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夏の風景

 22世紀の新首都である立体都市新淡路市は夏を迎え、高層部は高原植物によって彩られ、低層部は重たいほど濃い緑の木々に明るい芝生とそれを刈る自動芝刈り機の動作音がセミの声と共にこの1000万人都市を満たしている。
「夏といえば宿題よね」と香椎が快活に言うが、整備科のみなはげんなりとして、視線を向けるでもなくため息一つ吐き、またそれそれのコーナーでホログラフィによる書類作成に戻った。
「8月って36日まであるよね」と一人が疲れた声で冗談を言う。
「時空管理保安院にそういうのは通用するはずないわよ」と声が返る。
「だいたい沖島機付長はイケドンすぎますよ、『9月だが8月だ、まだまだいける』とか冗談かと思ってたらこうして切羽詰まって報告書の山と格闘とか。沖島さん管理職なのに計画性なさすぎです」
 みなが沖島を口々に責める。
「だって海とかキャンプとか縁日とかで忙しかったじゃん」と沖島は反論する。
 が、「そんなの子供時代に済ませる話です」とみな聞き付けない。
「でもその報告書、私が手伝えるなら手伝ってあげたいけど、それ規則違反だし」と共有ライン経由でシファがいう。
 今みんなが作っている報告書は彼女、人間型人間サイズ時空潮汐力戦艦シファの主機関の運転監査報告書なのだ。

 そのシファは母艦ちよだのそとでちよだ警務長の女性士官・香椎一尉に手伝ってもらって自転車の練習しながらである。
「そりゃそうだ、時空潮汐装置規制法違反になるし」と声が返る。
「監査される側の時空潮汐力戦艦シファが運転監査記録提出したら監査の意味ないからねえ」と。
「でもシファもログの提出があるでしょ」の声がでる。
 ところが、
「私がこの夏、朝のうちにやっておくように言っていたから、上半期分はもう8月初旬に提出済み」と香椎が誇る。
「えーっ、みんな困るのわかってて自分たちだけ仕事済ませるなんて」という声に「早目の行動、着実な確認、十分な検討って連合艦隊の標語でしょ」と香椎は続けた。
「だいたいシファの処理能力だって簡単ではないログ解析を毎年ほったらかして夏遊びするあなた達が毎年こうなるの学習してないんだもの、あなたたちが甘いんです」と香椎はとどめを刺した。
 みんな半べそで「香椎さん手伝ってよ、このままだとみんな3日徹夜だよ」というと、香椎は『遅めの夏休みでミスフィと木星の衛星にお泊まりするからダメ』とほほえむ。
「またレースクィーンの刑!?」というと、香椎はなんの恥じらいもなく首を縦にし、皆怖い考えになった。
「そういやシファも夏休み過ごしたんだよね、正式就役前の圧縮成長で学校にいたとき」、の声が出たが、シファは一瞬顔を曇らせ、その声の主に皆が『空気読めよお前』と突っ込む。
 圧縮成長の時のシファ、大変だったんだから、というと、シファは首をふった。
 でもあれは楽しかったし、幾つもの気づきになったからいいの。
 シファはそう言って顔を上げた。その長い髪が穏やかな南風に流れる。
「本当?」の声に、シファは、ゆっくりと話し出した。


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転校生

「転入生を紹介するわ。
 シファさん」
「はい。
 和子(かずこ)・シファリアス・フェアファックスです」
「よろしくおねがいします」
 まだ14歳の体のシファはペコリと頭を下げた。なんとも幼さ、あどけなさのある姿である。
「じゃあアマリアの隣の席で」
「はい」
 シファはアマリアに会釈して、座った。
「浩子(ひろこ)アマリアっていうの。
 私も帰国子女だから、なかよくしましょう」
「ええ。よろしく」
 その時、シファの視界に匿名メッセージが届いた。
 -アマリアとは一緒にならないほうがいい
 シファは「だれ?」と聞いたが、匿名メッセージの主は不明だった。


「シファ#14ね。14歳の宇宙戦艦」
「ホント、日本もどうなっちゃったかと思うよ。
 時空潮汐力宇宙戦艦シファの心を数年のうちに成人に成長させるため、1年間で複数の人格を同時に使って、それを毎夜統合するなんて。精神医学的にはかなり難しいだろう」
「トラウマだのなんだのいっぱいになるとはいえ、これはやらなければならないわ」
 シファの建造に加わった賀茂アツコ心理学教授は、相手の稀代の論理工学の天才・近江秀美に眼を流した。
 =警報、実弾射撃あり。実弾射撃あり。要員は配置に退避せよ=
 まだ14歳、学校の制服のシファが眼を向けているのは、昔日本連合艦隊の主力艦だった重装甲の空中戦艦だ。
 それが今回の標的艦になる。
「対艦効力射8発、弾頭徹甲、信管遅延、装薬緑7。
 調定諸元よし」
 シファはゴビ砂漠の射場で、ぽつんと立っている。
 その姿はあまりにも小さく、か細い姿には彼女が14歳の身体として青く華奢な体であることが輪をかけている。
 しかし、その回りに警報表示のあと、533ミリの空間の穴が8つ開く。
「撃ち方始め!」

 その空間の穴から轟音と共に壮絶な発砲炎が吹き出し、直径533ミリ、重量1トンの砲弾が撃ち出された。
 その砲弾はシファの誘導を受け、空中を回避起動している標的艦に向かって落ちて行く。
 轟音とと主に放物線を描いて空中を駆け抜けた砲弾は、大落角で標的艦につきささり、3発は装甲板を貫きそのまま艦底さえも貫いて炸裂した。
 そしてもう3発も装甲を貫き、その直後に標的艦の艦内で炸裂し、10万トンのチタンとセラミックと複合繊維装甲の空中戦艦を風船のように破裂させた。
 最後の2発が着弾するとき、もう空中戦艦は空中分解していた。しかし信管が同時に近接モードに切り替わったその2発はさらに破壊を拡大した。
 レーザーの撃ちあいですら耐え切る空中戦艦は、シファの攻撃に耐え切れず、粉々になって砂漠に降り注いだ。
 そのエネルギー量は、軽く核兵器を超えている。



「射撃終了。効力確認チームに引き継ぐ」
「シファ了解」
 シファは自分の放った砲弾の破壊を見つめ、少し考え込んだあと、「整備班に合流します」と報告した。
「この強大な力にみえるけど、これがシファにとっては一部でしかない。
 惑星を、さらには太陽系さえも破壊できる戦略兵器、シファ級戦艦の鍵として、彼女に心をもたせたのだから、彼女の心を育てない限り、この世界に時空潮汐力戦艦は就役させるべきではない」
 アツコは言い切った。
「可哀想な気になるわ。14歳の心にはこの定めは過酷すぎる。
 でも、今の彼女でなければ、これから鍵になることはできない。
 でも、逆に彼女だからこそ、希望が持てる」
 シファが基地の整備棟に格納され、調整を受けている。
「プラスティックのプリンセス。傷ついても砕け散ることのできない、傷つき続けるだけのプラスティック。罪深いものを生み出してしまった。
 でも、私達が作らなければ、誰が作るか分からない」
「はたしてどれが正しいことなのか、もう分からない。
 ただ、劇は始まってしまったな」
 津島内閣調査庁事務次官は、そう頷いた。



 シファはその日のうちにゴビ砂漠の試射場から新淡路に帰還し、そして翌朝の中学校での授業に出ることになる。
 過密スケジュールだが、シファにとってはその処理能力と疲労回復システムが働くため、困難ではない。



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