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タイトルページ

Title: 難破船 (Nanpasen)
Title of the original story: Derelict
Author: Albert Berg
Translator: Kiyotoshi Hayashi


This Japanese translation is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-NoDerivs 3.0 Unported License.

The original story DERELICT by Mr. Albert Berg is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-NoDerivs 3.0 Unported License. This license doesn't allow users to change the work in any way, but upon my request, Mr. Berg generously gave me the permission to translate the work and distribute it under the same creative commons license. I express my warm appreciation to the author.

The original English text is found in Amazon.com, ManyBooks.net and Smashwords.com.

1

難破船

 エアロックから暗い通路に足を踏み出した瞬間、ウォーリックは何かを感じた。それをはっきり名指すことは難しい。不吉な予感、と言えば言い過ぎになるだろう。しかし何かそういうものだ。強いて言えばかすかな既視感、前にもここに来たことがあるという淡い感覚だった。彼はその感覚が消えるのを待って船に無線を入れた。
 「見たところ誰もいないようだ」その声はヘルメットの中で大きく不自然に響いた。
 「間違いないか?」ジョーンズの声が無線を通して聞こえてきた。
 ウォーリックは前方の暗い通路、垂れ下がった蜘蛛の巣、制御装置が発する薄暗い光を見た。「間違いない。ここには誰もいない」
 「乗組員はどこにいるんだ?」
 ウォーリックはその問いに対する答えを知らなかった。本当のことを言えば今度の事件は何もかもが薄気味悪くてしかたがなかった。七日前、火星の軌道飛行管制局は軌道に進入してくる一隻の宇宙船に気がついた。通常行われるべき航行目的の連絡はなかった。大抵の場合、そうした振る舞いは密輸などの違法な活動を示唆している。しかし今回に限ってそれは考えにくかった。
 表層スキャンによると宇宙船はEクラスの上級船だ。密輸入者がそんな大きな船を使うなど聞いたことがない。大きすぎて姿を隠すことがあまりにも困難なのだ。
 いつものように地球に問い合わせると、多少くわしい情報が得られた。この奇妙に寡黙な宇宙船はペルセポネ号という貨客船で、乗客と採掘用機材を満載して火星へ定期航行中なのだという。少なくともウォーリックが属する軌道関税捜査支部が受け取った報告によるとそうらしい。
 はじめのうち当局はこの奇妙な船を無視した。しかし一週間経っても一言の説明も、目的の報告もないため、ウォーリックの班が偵察に送り出されることになった。
 「ヘンダーソンがもうすぐ装備を完了する」とジョーンズの声が返ってきた。「一分でにそちらへ行く」
 「わかった。急いでくれ」
 待っているあいだ、ウォーリックは事態を振り返った。彼は迷信深いたちではない。しかし何かがひどくおかしいと思った。乗船する前からその感じを抱き、船内に入った今は……。彼はゾクッと身震いした。ますます募る不安な気持ちが思わず外に出てしまった。

2

 はたしてこの暗闇の中に生きている人間がいるだろうか。どう見てもそれはありえそうになかった。難破船の空気清浄装置は稼動していなかったが、ヘルメットのセンサーは明らかに周囲の空気が呼吸可能な酸素レベルにあることを示していた。この船に生存者がいるとしても、きれいな空気はほとんど使い尽くされてしまっているだろう。それでも彼は、小さな虫けらでもいいから何かがこの謎めいた船の中で生きていてほしいと願わざるをえなかった。その可能性が信じられるなら、前方の暗闇に立ち向かうことも、いくらか楽に、容易になろうというものだ。
 その時、彼は突然、閉所恐怖にとらわれた。自分が安全スーツに閉じ込められたも同然であるという、恐ろしい事実に不意に直面させられたのである。気が狂ったように首の横のラッチをつかみ、留め具をはずした。ヘルメットがシュッという音とともにはずれ、ウォーリックはほっとしながらすえた空気を味わった。それが愚かしい行動であることは百も承知だ。これまでのところ、この難破船の船内に生き物がいる気配はない。しかも乗務員と乗客を皆殺しにしたかもしれないものが何なのか、まるで判らないのだ。空気感染する新種のウイルス、あるいは毒素かもしれない。ありとあらゆる可能性が考えられる。
 しかしある種の感染病が原因であるなら、死体はどこにあるのか。このクラスの船なら千人近い客を乗せられるはずだ。豪華船というにはほど遠い設備だが、混雑した地球を脱出したい人には十分なものと言える。
 デッキはすでに隅から隅まで調べた。しかし指一本見つからなかった。
 べつに期待がはずれた、というわけではない。もしもこの船に死体があるとしたら、それらはとうに腐敗の最終段階に入っているだろう。彼はどろどろに溶けた顔や、眼球のない窪みを必死になって思い浮かべまいとしたが、それは惨めなくらい失敗に終わった。彼はもう一度ブルッと身震いした。スーツ内の温度は常に快適な二十五度に保たれているというのに。
 「ヘンダーソン? ジョーンズ? まだ来られないのか?」
 束の間のあいだ、誰も答えなかった。無線の雑音とともに応答が返ってきた。「あせるな、ウォーリック。もうすぐそっちへ着く」
 「早くしろ。気味の悪い場所だぜ」
 数分後、エアロックの鋭い空気音が聞こえ、ドアが開いて、他の二人が入ってきた。
 「ここで何があったんです?」ヘンダーソンが低く口笛を吹いて言った。「ゴースト・タウンみたいだな」
 「ゴーストなんてやめてくれよ」ウォーリックが言った。「こっちはそうでなくても充分び


3

びっているんだ」
 「どうした?」とジョーンが訊いた。「怖気づいたか?」
 「やめろよ」とヘンダーソン。「ここはおれだって気味が悪い。さっさと仕事を片づけてしまおう」
 「そうは問屋がおろさんよ」とジョーンズが言った。「念入りに調べないとな。このサイズの船には隠れ場所になるような隅っこや奥まった箇所がごまんとあるんだ」
 ウォーリックはいったい何が隠れているのかとジョーンズに説明を求めたりしなかった。かわりに彼は言った。「それじゃ行くぞ」
 ジョーンズはヘルメットをはずし、深呼吸した。次の瞬間「悪くないな」と言った。
 「何のためにヘルメットをつけたんだ? エアロックを抜けて五秒後にはずしてしまうなんて」ヘンダーソンがぼやくように言った。
 「おい、ぶつぶつ言うのはやめてくれ。自分の面倒は自分で見る」
 ヘンダーソンは肩をすくめた。
 「で、どういう手はずでやるんだ?」ジョーンズが訊いた。
 「手分けしたほうが早いでしょう」とヘンダーソンが言った。
 「いや」とウォーリックが答えた。「誰に何と言われようと、ここは危険を避けて行動する。この船は何か変だ。お前たちもそう思うだろう。みんな固まっていくぞ」
 ヘンダーソンが肩をすくめて言った。「おっしゃる通りにしますよ、隊長。先導してください」
 ウォーリックは喉のかたまりを呑みこんだ。彼は手を上げてヘルメットの照明を「強」にした。
 ライトが前方を鋭く照らし、通路の床に光の輪を描いた。
 「このタイプの船の構造を知っているのか?」とジョーンズが尋ねた。
 「いいや」とウォーリックが答えた。「こいつは新しいモデルだ。トヨタの軌道組み立てラインから出てきたばかりさ。君はどうだ、ヘンダーソン?」
 「知りません。でも情報部がヘッドアップディスプレイに基本構造図をダウンロードしてくれましたよ。この廊下は船の腹の下を通って船倉へ通じています」
 「よし。ゆっくり進もう。こんな船の中で迷子になりたくはない」
 「ここに突立ってるだけなら死人のほうがおれたちより速く進むぜ」
 「ああ、その通りだ」とウォーリックが答えた。「じゃ、いくぞ」


4

 最初の一歩がいちばん困難だった。行ってはいけないと虫が知らせるのだ。子供じみていることはわかっていたが、こんな任務は放棄して安全でぬくぬくした自分の寝台に戻りたいと願わずにいられなかった。しかし最初の一歩を踏み出せば、二歩目はさほど難しくはなかった。三歩目はほとんど自動的だった。その後、引き返すなどという考えはどこかへ消えてなくなった。
 最初の通路に興味をひくもの、この船が無人のまま暗黒の虚空を漂っている理由を示すものは何もなかった。
 ライトの光が前方に上り階段をとらえた。船倉に通じているに違いないと彼は思った。階段の下で足を止め、上を覗いたが、彼のライトでさえ向こう側の闇を貫くには十分でなかった。躊躇していることをジョーンズにからかわれるのではないかと思ったが、驚いたことに二人とも口をつぐんでいた。やつらも感じているんだ、と彼は思った。何かが確かにおかしいということを。
 彼は自分の恐怖に蓋をして、階段を一段一段上がっていった。そのあいだライトが前方の暗闇の中に何かの姿を浮かび上がらせるのではないかという気がずっとしていた。何もあらわれないとわかると、いっそう不安に駆られた。もう少しで階段を上りきるところまで来ても、ウォーリックは最上段から完全な虚空の広がりを目にするのではないかという感じを拭うことができなかった。しかし上にたどり着いたとき、ライトが捉えたのは、暗闇の中を延々何マイルも広がる、灰色の金属の床だった。
 「ここですよ」とヘンダーソンが言った。「船倉です」
 「船荷はどこにあるんだ?」とジョーンズが訊いた。
 「たぶん運び出したんだろう」とウォーリックが言った。
 「誰がです?」とヘンダーソンが訊いた。
 ウォーリックは返事をしなかった。答えを知らなかったのだ。船倉は船の中でもっとも広い空間である。当然のことだ。それならなぜここには何もないのか。梱包用の箱ひとつない。長々と列をなす棚もない。粘板岩のような灰色の床にはホコリの玉すらないのだ。
 「次はどこだ?」と彼はヘンダーソンに訊いた。
 ヘンダーソンはしばらくヘルメットの内部を見つめ、それから指をさした。「あっちの方……じゃないかと思います」
 「確認しろ」
 ふたたび短い間があった。「ええ、間違いありません。船員の居住区を抜ける廊下があるは



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