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目次

将棋短歌    半島・題詠
七割未満(四) 清水らくは
指定局面    しゅう
駒とおむすびとペンギン  半島
Love and hate (inspired by Osamu Dazai's " Kakekomi uttstae ")  shogitygoo
対コンピュータ二手目6二玉戦法  ikkn
ふれあう将棋  ふりごま
駒箱の鍵    清水らくは
神様とミルフィーユ  清水らくは
一般棋士2.0   清水らくは
将棋-短歌 往復書簡  半島・跳馬
お城はあきた  清水らくは
月子のチェス日記「チェ的」  金本月子
エクストリーム・詰将棋   跳馬・清水らくは
短歌将棋   にゃんこむすめ・皆川許心
あとがき
作者紹介

題詠

お題
盤上に愛はあるかと問うてみた


盤上に愛はあるかと問うてみただけどお前は子猫みたいだ(半島)
盤上に愛はあるかと問うてみた将棋ソフトはやっぱり無言(落波)


盤上に愛はあるかと問うてみた康市に訊けば判ると云われた(跳馬)

 ワタクシ勉強不足デ康市ガ誰カワカリマセン……が、この歌から察するに相当愛についてく詳しい方と思われます。名著『愛するということ』を書いた方にちなみ、エーリッヒ・フカウラとでも名付ければいいでしょうか。ちなみに私は盤上に愛を感じません。気付くといつも私の玉が頓死しています。死体を愛する傾向は私にはないのです……(何でもないようなことが落波)

盤上に愛はあるかと問うてみた。中合いされて袖にされ(にゃんこ)

 あの卒業式の後、俺は伝説の木の下に呼び出された。告白が成就したカップルは永遠に幸せになる、そんな伝説のある木に……。彼女は将棋とチェスがうまい、ちょっと茶目っけのある女の子だ。一か月前までは、将棋部でよくからかわれたものだ。――木の下にたどりつく。だが彼女はいない。目を落とすとそこには一枚の手紙が置かれていた。そこには……ただ一言。
「ばーか」と丸っこい字で書かれていた”という歌だと理解しました。
(ときめき半島)

七割未満(四)



清水らくは

 対局ボードを、じっと見る。今日は順位戦以外は組まれていない。それでもC級二組とあって、ずらっと名前が並んでいる。この中でC級一組に上がれるのはたった三人。いや、関西の方でも対局しているから、実際はもっと少ないかもしれない。
 ついでにほかの部屋も見る。ふと、見知った顔がいることに気が付いた。部屋の奥で記録を取っているのは、水色のカーディガンを着た皆川さんである。姉弟子が記録係をしているのは、今まで見たことがない。もちろん知らないところではしていたかもしれないし、他の女流棋士がどれぐらいとっているものかもよくわからない。ただ、いつもとどこか様子が違うように見える。頬はいつもより自然に近い肌色だし、唇も赤くない。座っている時に机をコツコツと叩く癖があるのだが、いま彼女の手首はしっかりと固定されている。
 あんなに落ち着いた人だっただろうか。
 先日の敗戦が、相当こたえたのかもしれない。俺の見立てでは、つっこちゃんはすでに有段者ぐらいの棋力があると思う。しかし、奨励会の級位者に負けたという事実は変わらないのだ。プロとして戦っている以上、気分がいいはずがない。
 戦っているのは対局者だけではない、ということかもしれない。ただ、今日は他人に感心している暇などないのだ。
 対局室に戻る。部屋の空気が体中を刺してくるようだった。


「なんで、見えるの!」
 ある時、彼女が突然声を荒げた。たぶん俺は、ものすごくポカーンとしていたと思う。
「いや、まあ……なんでだろう」
 今よりもずっと幼かった俺は、適切な回答がわからなかった。俺よりも少し大人な彼女の方に、なんとかして折れてもらえればと思った。
 一度だけ、先輩に誘われてハイキングに行ったことがあった。まだ奨励会に入って間もない俺は、当たり障りのない断り方を知らずに参加することになってしまったのだ。そして将棋の集まりなので、どこでも将棋を指そうとする。昼食を採った後、俺は皆川さんと一局指すことになった。大自然の中で。
 内容は一方的だった。棋力差があったのだ、仕方がない。そして感想戦の途中、彼女はその言葉を発した。
 見える人と見えない人がいるのか、努力の差なのか。当時は考えてもわからなかった。ただ少なくとも、将棋しかすることのない自分の方が「強くて当たり前」だと思っていた。どれだけ皆川さんが頑張っているのか、悩んでいるのか知っていたら、はっきりと答えは出せただろう。才能の差があるから、と。
 傷付けることになったかもしれない。けれども、努力でどうにかなると夢見ることは、甘えにつながる。才能がないなりのやり方というのがあるのだ。
 今度聞かれたら、はっきりと言おう。それで嫌われるような関係ではないと思う。

 
 気が付くと、昔のことを思い出すほどに形勢が開いていた。
 どうしてこうなったのかはわからない。ただ、川崎さんにはいつもこうやってやられてきた。「何で見えるのか」あの時の皆川さんと同じように、心の中では叫びたがっている。俺には見えない道筋を、いとも簡単に見つけている気がする。顔つきはまったく変わらず、持ち時間が減っても焦った様子など一切見せない。こちらが思うほどには、俺のことなど意識していないのだろう。
 ただ、諦めはしない。どんなに泥臭くても、勝たなければならない。川崎さんにだけは置いて行かれるわけにはいかない。
 頭が沸騰しているかのようだった。湯呑みに水を注ぎ、一気に飲み干した。ポケットからチョコレートを取り出し、口に放り込む。甘さより苦さの方が感じられる。
 向こうで、終わった対局があるようで、すっと立ち上がったスーツのシルエットが目に飛び込んでくる。せっかくいいものを着こなしていたのに、この時間になったらよれよれだ。
 その前に、机に向かってびしっと背筋を伸ばしたままの記録係がいる。俺より若いけれど、彼の服はとてもいいものだ。きっと親がきちんと選んでいるのだろう。紺のポロシャツの襟元には、細いオレンジのラインが入っている。しかもそれを目立たせるのではなく、ちらりと見えるぐらいに襟を寝かせている。いいと思う。
 将棋に関係ないことが、きっちりと見える。冷静なのか集中できていないのか、よくわからない状態だった。そして、恐ろしいほどの勝負手を思いついた。香車でももったいないような犠打を、飛車で代用する手だ。それでよくなるとかではないけれど、局面の情勢は変化する。こちらの方に攻める手番が回ってきやすくなるはずだ。
 躊躇している余裕はない。飛車を、力いっぱいに打ち付けた。
 けれども、すぐに絶望に襲われることになる。俺が手を離すとき、すでに川崎さんの手は駒台に伸びていた。よどみなく、流れるような手つきで桂馬が置かれる。
 ……読んでいたのだ。飛車打ちを。
 桂馬はただで取れる虚空に置かれた。取らなければ拠点となってしまう、厳しい桂打ち。そして取れば、歩の数が足りるので先手で叩かれて飛車は無力化する。
 やられた。完全に読み負けた。そして終盤では、致命傷になるほどの失敗だった。
 何より悔しいのは、俺が筋悪な勝負手を指すことまで読み切られていたことだ。完全に踊らされているということじゃないか。
 どうしようもなくなった。
 形作りに入った。悔しいが、せめてもの意地だった。
 零時前、対局は終わった。川崎さんは一切表情を変えなかった。感想戦も、淡々と行われた。そして、どの局面でも読み負けていた。
 順位戦的には、まだ一敗だ。けれども、二人の距離は、とてつもなく開いてしまっていた。勝率も、七割未満になった。
 このまま、川崎さんは遠くに行ってしまうかもしれない。タイトル挑戦ぐらい、しても驚かない。けれども、才能の差とかで納得できるほど、俺は理性的じゃない。将棋しかない。俺には将棋しかないから。
 部屋を出て、控室に向かう。大人なら飲みに行ったりするんだろうけど、俺には深夜の街ですることなど何もない。悔しくて仕方ないのに、それを顔に出す技術もない。いつもと同じように将棋を見て、考えて、ため息をつくことしかできない。
 検討に加わったり、関西の対局をチェックしたりしながらしていたら、一時半になっていた。こうなるともう、帰ることも億劫になる。どうせならどこか千日手にでもなって、朝まで対局したりしないだろうか。
 しかしそんな都合よくも行かない。全ての対局が終わった。感想戦でも見に行こうかと、部屋を出た。
「辻村」
 突然名前を呼ばれた。振り返ると、そこには皆川さんがいた。
「どうしたんですか」
「記録終わったから。辻村こそまだいたんだ」
「俺、勉強熱心だから」
「で、まだいるの」
「え」
「今から帰るなら、送ってってくれてもいいかな、と思って」
 時間も時間だ。確かに女性を一人で帰らせるわけにはいかない……と考えるのが大人への第一歩だと誰かが言ってた。今回は彼女の師匠に挨拶するというハプニングもないだろう。
「なんだ、辻村君奥さんと待ち合わせしてたのか」
 検討に残っていた先生に軽口を言われるが、軽く会釈で受け流す。
「行きましょうか」
「えらく素直ね」
 本当は、助かったと思っていた。今は将棋に全く集中できる気がしない。俺らは、並んで会館を後にする。
「考えてみたら変ですよね。女性と高校生が普通にこんな時間までって」
「高校なんて行ってないじゃない。まあでも、変な感じではあるかな」
「皆川さんは……迷ったりしませんでしたか」
 自分でも様子がおかしいのはわかっていた。心が落ち着かなくて、饒舌になってしまう。不安なのか、怖いのか、とにかく自分のことを忘れたい気分だった。
「何に?」
「棋士として……やっていくことにとか。大学に行くとか……会社に就職する先輩もいるわけで……」
「迷うよ」
 きっぱりとした口調だった。思わず俺は歩みを止める。街の光と星明りに照らされて、茶色い髪がピカピカに輝いて見えた。
「将棋は好きだけど……それだけじゃやっていけないから」
「好きなものをはっきり好きって言えるのは、すごいと思います」
 皆川さんも歩みを止め、こちらを振り向いた。笑ったような困ったような、何とも言えない妙な表情をしていた。
「言えることばかりじゃないんだよ」
「でも俺は、好きなのかどうかも分からなくなる時があります」
「川崎君に負けたから、将棋を嫌いになるの?」
 心臓を生け捕りにされたようだった。それは、確かなようで全然違うことだった。川崎さんには負けたくない。負けたくなかった。けれどもそれと将棋が好きかどうかとは、関係ない。自分にとって将棋は、好きとか嫌いとか、そういうものじゃない。やってみたら強くなった。強かったらプロになれる。プロになったら……居場所がある。
「俺、そういうことよくわかんないんです」
「心配」
「え」
「辻村って、将棋以外ふわふわしてる。それなのに、そういうところあんまり見せないよね」
「そんなことないですよ」
「あるよ。わかるの……えーと……姉弟子だから」
「そんなもんですか」
 悪い気はしなかった。少なくとも、自分のことをよく知っている人が一人はいるというのは、安心できる。孤独に慣れることはできても、孤独が好きなわけではない。 
「そんなもんよ」
「じゃあこれからも、何か気付いたら教えてくださいね」
「そ、そうね。そうする」
 一人で帰っていたら、ただただ暗い気持ちだっただろう。今の俺は、決して前向きに離れないけれど、愛想笑いぐらいはできる。
 姉弟子に感謝しなければならないだろう。


 初めて、会館で研究会をすることになった。しかも自分以外の三人は奨励会員である。
 話の発端は数か月前にさかのぼる。順位戦開幕局で関西を訪れたとき、三東先生と昼食を食べる機会があった。その時につっこちゃんと仲良くしてくれ、と言われたのだ。師匠にそう言われるのはお墨付きを貰えたようで嬉しいが、監視されているような気もしないでもない。しばらく具体的には何もできずにいた。
 それで先日会館で偶然つっこちゃんに会った時に話をしたら、その場にいた他の奨励会と共に「研究会をお願いします」と言われた。積極的だったのは主につっこちゃん以外の二人だけど、彼女自身Bをとったりして悩んでいるようだった。
 現れたつっこちゃんは今まで通りかわいかったが、少し服が窮屈そうに見えた。たぶん本人が成長したのだろう。三東先生は鈍感そうだから、つっこちゃんのために新しい服を買っといてあげるなどはしないんじゃないだろうか。
 他の二人はよく知らない。記録などで顔は見ている気もするけど、奨励会の時期が重なっていない子はわからないのだ。ただ、目が輝いていて、なんだか眩しい。たぶん自分にはそういう時期がなかった。
「辻村先生に教わってみたかったんです!」
 そう言ってきたのは魚田6級。うおたくん、と言ったら「さかなだです!」と元気に訂正された。ファミリアというあだ名らしい。
「声おっきいんだよ」
 もう一人は関川4級。体格ががっしりとしていて、声も野太い。こちらのあだ名はせっきー。普通だ。
 つっこちゃんはほとんど黙ったまま、ちょこんと座っている。人と話すきっかけのつかみ方を知らない、という感じだ。
「とりあえず始めようか」
 なにはともあれ実戦から。俺対ファミリア、せっきー対つっこちゃんで対局を始める。持ち時間なしの20秒。これは俺が初めて習った先生が好んでいた時間であり、また実戦にない設定でどこまで指せるのかを見たい、という意図もあった。
 ファミリアは中飛車党のようで、力強い手つきでがんがん指し進めてきた。一手3秒ぐらいで指してくる。こちらもそこそこ早く指すのだが、手が交差してぶつかりそうになることもある。天性の早見えのかもしれないが、いずれ大きな壁にぶつかってしまうタイプだ。
 中盤ですでにほころびが生じているが、本人は気付いていない。級位者同士なら苦にならない差なのかもしれない。けれどもプロを目指すのならば、決定的な差だった。そして現状終盤力もこちらの方が強いのだから、まったく話にならなかった。完封だ。
「もう少し作りを考えないとね。終盤力は、いつか武器じゃなくて防具になるんだよ」
「防具?」
「今はまくって勝てるけど、いずれはそれが無いとどうしようもない状況になる。逆に言えば終盤の勉強に割く時間を節約できるんだから、序盤をみっちりやれるよね」
「なるほど……」
 もう一つの対局はまだ続いていた。相変わらずつっこちゃんはクラシカルな駒組みで、こちらは序盤の研究以前の話だ。ただ、悪くなっているわけではない。知識はないが、序盤力はあるのだ。仲間からはぐれて飛んでいた渡り鳥が、結局同じ日数で目的地に着くような感じだろうか。中盤も互角で、センスの光る手を放って優位になった。そして終盤は、相手の手を殺すことに専念していた。最善とは言えないが、実戦的な指し回しである。
 そのままつっこちゃんが勝って、感想戦が始まった。研究会の肝はここである。対局は、自分の弱点を明確にし、そこを克服していくための材料に過ぎない。そしてできれば、三人にも俺の弱点を見つけ出すほどの頑張りを期待したい。
 次は俺とせっきー、つっこちゃんとファミリアで対戦。せっきーは居飛車党で、横歩取りの激しい将棋になった。落ち着いて指しているが、体格のわりに迫力が感じられない、とも言える。せっかくなので温めていた新手を指してみた。とたんにせっきーの動きがせわしなくなる。慌てていることが手に取るように分かった。山場もなく押し切った。これでは新手が有効だったのかどうかはよくわからない。
 つっこちゃんは苦戦していた。ゴキゲン中飛車に対するこれといった対策がないのかもしれない。それほど謎の駒組みだった。ただ終盤、銀を見捨てて端攻めに打って出たのは鋭かった。結果にはつながらなかったが、可能性は感じられた。
 最後は俺とつっこちゃん、ファミリアとせっきー。こちらの対局は角換わり。つっこちゃんは5筋の歩を突いて、銀を出てきた。昭和の指し方である。なんというか、基本的につっこちゃんの将棋はは古き良き時代を感じさせる。
 正直なところ、自分でも形勢判断がしにくい局面が続いた。つっこちゃんは時折小さな息を吐いて、盤面をぐるりと見渡した。この子はひょっとして、将棋のルールだけを頼りに指しているのではないか、そういう思いすら抱いてしまう。たった20秒で、全てのことを読み取ろうとするかのように盤面を深く見ている。俺は、その姿を目に焼き付けたかった。
 だが、つっこちゃんの弱点ははっきりしている。終盤も、知識が重要なのだ。たくさん指して、並べて、見ているうちにある程度の筋は覚えてしまう。つっこちゃんにはその点が圧倒的に足りない。
 寄せ始めると、あっという間に寄ってしまった。 隣の対局はすでに終わっていたようで、二人で中盤の検討をしていた。
「最後、ちょっとよれちゃったね」
「……そう……ですね」
 対局が終わると、つっこちゃんの表情は暗くなった。まるで、共通の言語をなくしてしまったかのように、俺の言葉に小さな声で同意するばかりだった。
「でも、これからどんどん強くなるよ」
「……頑張ります……」
 彼女は、この世界に突然飛び込んできた。俺らが子供の頃から培ってきた対話方法を、ほとんど知らないようだった。将棋は、将棋以外の世界を引き寄せてくれる。こんな俺でも、何となく礼儀作法が身についている、と思う。それはプロの世界だからとかではなくて、将棋をする中でいろいろと学べてきたことだ。
「何か……こう、思うところがあったら言った方がいいよ」
「え……その……」
「ん?」
「時間って……どう使えば相手が慌ててくれるんでしょうか?」
 意外過ぎる質問に、ファミリアやせっきーまで目を丸くしていた、まあただ、こういうところがかわいいじゃない、って俺は思うのである。
 研究会が終わると、三人の後輩たちが頭を下げて、「またお願いします」と言った。悪い気は全くしない。
「よし、わかった」
 もちろん、つっこちゃんがいるならやる気も倍増だ。ただ、自分のためを思えばこれはベストじゃない。次こそ……次こそ川崎さんに勝つためには、もっと厳しいことをしなければだめなのだ。
 とりあえず会館に残り、将棋の勉強を続けることにした。


 最近、家に本当にいろいろとものが増えた。洋服が増えたらそれに合う小物が欲しくなるし、小物が増えたらインテリアにも凝りたくなる。音楽もいいスピーカーで聴きたくなり、買うCDも増えた。このままいくと赤字になってしまうのではないかと思うほどだ。
 将棋だけの人生は、長くは続かないと思う。将棋のためにも、家ではいろんなことをしていいのかな、と思うようになった。恋をして結婚して、家庭を持つこともあるかもしれない。ちょっと人とは違うルートだけど、棋士だって普通のことをたくさんしていいはずだ。
 ただ、普通の棋士にはなりたくない。それを許容してしまったとたんに、俺はだめな棋士になっていくだろう。一番を目指すことで、なんとか十番になれる、そういう人間だってことは自覚してる。
 ブラームスの流れる部屋で、アイロンをかける。新しくした夏用のカーテンが、太陽光を何割か部屋の中に透過させる。そんな日常の先に、大事な勝負はいくつか迫っている。
 そう、日曜日のテレビに、初めて出るのだ。びしっとした格好で決めなければならない。
 ネクタイを並べてみる。どれがいいだろうか。選ぶのに、一晩じっくりかけてもいいぐらいだ。


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