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1月8日のおはなし「うたかたの恋」

「約束ですよ?」という声が遠くに聞こえ、自分の声が「わかった」と答えるのを他人事のように聞いた。目の前に置かれたグラスの中の液体はたちまち咲き乱れる花へと姿を変えて行った。花弁の鮮やかな山吹色と、まるく広い葉の緑がまるで蛍光色のように目を刺した。そう思った瞬間、刺された眼球の穴から液体が溢れ出し、それを飲み干した花がさまざまな色に変化して行く。山吹色の花弁が内側から紫に染まり、赤に染まり、紺色に染まり、檸檬色に染まる。同時に刻々と形も変化し、あるものは花弁の数を減らし、あるものは紫陽花のように小さな花々が群れてカタチをなす。

 次から次へ突拍子がないことばかり起こるので、それが夢だということはすぐにわかった。だから色とりどりの花をそのまま身にまとい、花柄のワンピースに変えて彼女が登場した時も、もう驚かなかった。「螺旋階段なら用意できたわ」前からの約束のように彼女がいうので、つり込まれるように返事をしてしまった。「連れて行ってくれるかい」「たとえ命を落とそうとね」「あっはっはっはっは」最高の冗談を聞いたように大笑いする人がいるので誰かと思ったら自分だった。見下ろすとすぐそこを陽気に大笑いしながら自分が歩いて行く。図々しく彼女の手を取り、つないだ手を大きく振り回しながら歩いて行く。

 去って行く2人の後ろ姿を見ながら、あんな風にはしゃいでいるとじきに彼女に嫌われてしまうぞと思う。嫌われてしまえと思う心と、彼女に嫌われたくないと思う心が、居場所を争いながら結局ぼろぼろと両方ともはるか眼下に落ちて行く。気づくとずいぶん高いところまで来てしまった。傍らをフワフワとくらげのようなものが通り過ぎて行き、初めて自分は海の底にいたのだということがわかる。だからこんな風に身体が浮き上がっても何の不思議もないのだ。とげがたくさん生えたカラフルな魚が近づいてきて、ぎょっとした顔つきでこっちを見たかと思うと、身を翻して逃げて行く。

 取り巻く水全体が大きく揺らいだかと思うと前方に向かって動きだす。下の方から無数の泡が一斉に上がってきて、たちまちその中にとらわれてしまう。キラキラ光を放つ泡でできた壁が周囲を取り囲み視界が失われる。今になって急に溺れそうな気がしてくる。水の中にいるのだから呼吸できないはずだと気づいてしまったからだ。泡の中には空気があるはずだ、泡を口に含めば何とかなるのではないか。そう思って泡の壁に近づく。都合良く大きな泡ばかりだ。と思うとその泡の中に何かがいる。見ると自分と彼女だ。どの泡の中でも二人は身を寄せ合っている。手を伸ばすと泡が割れ、二人の声が一瞬聞こえる。

 一つの泡の中で自分は彼女に身を寄せて立っている。別な泡の中では自分は背後から彼女を抱きしめ、まさぐるように胸元に手を置いている。その泡に手を伸ばすと「あ」という彼女の声が聞こえる。別な泡の中では既に女は横たわり、男が衣服をはぎとろうとしている。嫉妬を覚えて暴れ回るとたくさんの泡が割れ、「だめ」「ふうっ」「そこは」「こんなに」「ん」「ほら」「いや」「すごいよ」「はずかしい」と男女のむつみ合う声と息づかいや喘ぎが順不同に溢れ出してくる。そうするうちにも
身体は上へ上へと浮かんでしまう。止めなければ止めなければと潜ろうとするがうまく潜れない。彼女に手を伸ばしながらどんどん高みへと連れ去られ、気がつくと泡は既になく、そこには雲が流れている。

 女の歓喜の声を微かに聞いたような気もするが、それは眼下を群れ飛ぶ白い海鳥の鳴き声だったかもしれない。高みへ高みへ。身体は引き上げられて行き、再び空気のないところへと運ばれて行く。海はやがて雲の向こうにくっきりした青を見せるようになり、それを縁取るように見えてきたのはどこかの大陸だ。自分が巨大な球体を見下ろしていることが感じられるようになった頃、地球の輪郭が見えてくる。輪郭の外には遥かな深淵が口を開けている。惑星の外に出てしまったのだな、真空の空間にいるのだなと思った時に、不意にそこが音楽に満たされていることに気づく。

 大きな泡のように見える地球の中で、自分が彼女と愛し合っている。自分は自分以外の誰でもあるし、彼女は自分であり、ほかの誰でもある。父であり母であり妻であり息子であり友人であり知らない誰かであり回遊魚でありカイツブリであり野良猫でありらくだでありクジラでありスフィンクスでありピラミッドであり万里の長城であり国家であり法律であり犯罪であり善行であり風であり光であり生であり死でありナスカの地上絵であり絵画であり演劇であり音楽であり詩である。 

 鳴り響く音楽と詩に満たされながら、あと少しだ、あと少しで何かがわかる、と思うが、そこでゆっくりと目を覚ましてしまう。
「おしぼり、いかがですか?」
 夢の中の女に似た女が話しかけてくる。身を起こし、彼女を見つめ、それが新入りのバーテンダーだと気づくのに少し時間がかかる。
「もう少しで見つかりそうだったんだ」
「はい」何もかもわかっているような微笑みを浮かべ、バーテンダーの女性がチェーサーの水を差し出してくれる。「見つかりそうだと思ったのなら、もう見つかったのと同じことです」
「見つかったのと同じこと?」
「と、マスターが言ってました。ですから」
 メニューに目を落として今飲んだカクテルの名前を探し出した私からメニューを取り上げて彼女は言う。
「『詩人の恋』は一晩に一杯だけ。飲む前の約束ですよ?」

(「詩人の恋」ordered by カウチ犬--san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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奥付



うたかたの恋


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著者 : hirotakashina
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/hirotakashina/profile


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