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3.裁判-英雄テフィルス-

英雄と呼ばれた男は、沢山の軍隊を指揮し、先陣を切って闘い続けた。
土埃のふく貧しい国は他国に侵略され、領土をとられかけていた。
彼は戦い続けた。何度も怪我を負いながら、国のために闘い続けた。
自分の国を守り抜き、他国へ侵略をし、勝ち続け、ついに国は独立することができた。
しかし戦いの際の傷が原因で、皆に惜しまれながらこの世を去ることになった。

英雄テフィルスの裁判である。

「裁判を始めます」
巨大な金の天秤、両サイドには扉が各一つずつ。黒い扉の前には黒い翼の男、白い扉の前には白い翼の女。
天秤の上には羽をもった女と、鎌を持った男。
扉の前の男が黒い本を開き、天秤の前に立つ英雄の名前を挙げた。
「名はテフィルス=ハルゼイン。年齢は二十七」
ここはどこだ、と、テフィルスはあたりを見渡す。
巨大な天秤を前に、初めて恐れをいだいた。
「国のために犠牲を出し、間接的にも殺した生物の数は大規模、七十万を超す」
「英雄気取りか」
本を持つ男の隣で黒い翼の男が笑った。
「お黙り、続けなさい」
天秤の上の白い羽をもった女は一喝する。
天秤の上の二人は絶対的な存在らしい。
昔読んだ本では、死者には裁判があるということを知っていたテフィルスは、聖騎士として王の前に膝まづくように、天秤の前で敬意を示した。
「たった一つの国のためだけに多くの血を流した罪は深い。ここに一時期死者が多く訪れたのもテフィルスによって死んだ者たちだろう」
その言葉に、テフィルスは本を持った男を見た。
「私のやっていることが間違っていたと…!?」
動揺する彼を見ながら、今度は白い本の女が読み上げる。
本にはずらりと文字が並んでいた。
「これは全て読み上げるのは大変ですね。テフィルスは国を守った、まさに英雄と言えます。カリスマ性と騎士としての素質を持ち、国を独立させた男です。軍隊を率いて積極的に戦い、弱った兵への心遣いも忘れていなかった模様。彼がいなかったら、国はここに存在していないでしょう」
その言葉に、黒い本の男が険しい表情をした。
「それによって沢山の命が奪われた。英雄といえどここではただの人間、殺した生物は莫大すぎる。自ら策を練って出陣し、街を焼いて罪のない人間たちを地獄へ落とした」
「それもそうだな」
テフィルスは、やはり動揺したが、また座り込んだ。
腰に携えた聖なる剣は、神の加護を受けているという。
それを国王直々に頂き、その剣を以って闘い続けた。
白いマントを翻し、銀色の鎧を身につけ、戦い続けた。国のために。
「いいえ、彼がいなければさらに多くの血が流れていたことでしょう。彼は最小限に戦争をとどめたのです」
白い翼の女が対抗する。
テフィルスは彼らの威圧感に圧倒されながら、凛とした声で鞘に入った剣を手に乗せた。
「この剣は神の加護を受けています。多くの犠牲者を出したことも事実、街が焼かれたのも事実、しかし私は出来る限りのことをやりました。神の意志に従い、我が国を救い出しました」
その剣を手に取ると、黒い翼の男はまじまじと見つめた。
柄の部分に宝石が細工されている、非常に美しい剣だ。
鞘にも紋章が描かれてある。
「また偶像崇拝して心酔した結果か」
男の言葉に、う、と、小さく漏らした。
「私は聖騎士として、神の加護を受けたものとして闘った次第」
「神は全世界にいくつあるか知っているか。あんなに沢山の神がいたら天国も地獄も死者より神様であふれちまうね」
その言葉に黒い翼の男たちは頷く。
黒い翼の男に向けて、今度は白い翼の女がふっかける。
「偶像とはいえ、信仰する気持ちに変わりはないではないですか。今回の件は非常に裁判に困ります。テフィルスは大変優秀な人材です。国を守り、まじめな性格であり、慈悲を持った人間である」
「だがくだらない戦争で命を落とした数は多い。テフィルスは自分を正当化して殺しを続けただけだ。慈悲を持つのも国のものだけ、他国には容赦ないといわれている」
今度は黒い本のページをめくり、話を続けた。
「他国から見たテフィルスの評価。領地を奪い金品を絞り上げ、国で英雄といわれていても、ここでは鬼印。テフィルスの死を喜ぶものは多い。やはり地獄へ突き落すべきだ」
「国から見た評価は高いが、他国からの評価は低い、と」
鎌を持った男は低音でテフィルスに自分のいい分を促した。
緊迫した空気。
このような英雄様が現れるたびに裁判は難航する。
テフィルスは 悪魔のような翼の生えた男が神の加護を与えられたという剣を平気で持っていることに驚いていた。
あの剣は神の加護の熱いものにしか持てないはずである。
それに気付いた黒い翼の男は剣を眺め、そのあとテフィルスを見つめた。
「これはただの剣だ。特殊な彫り込みをして、形だけの儀式をした、ただの剣だ」
「そ、んな。馬鹿な、神はどこへ?神の啓示を受けた聖女と共に私たちはつきすすんだ、国を守った。神の名のもとに私は」
「だから、神は人間の作り上げた偶像だ。実際には存在すらしない」
それを聞いたテフィルスは、泣き崩れた。
白い翼の生えた女たちを見上げると、すがるように膝まづいたまま、肯定してほしいと訴える。
「残念ながら、彼らのいうとおりです。各国にあるという神は存在しません」
女は憐れみを持った目で、テフィルスを見て、息をついた。
テフィルスは声をあげて顔を覆った。
 聖騎士として闘い続け、生涯をささげた彼にとってはあまりにも非情な現実だった。
「私は騙されていたのか?そして罪のない人間を殺していたのでしょうか。国の未来のためとしていたことが、ただの大量虐殺だった。私は、他国からでは悪魔のような存在だったと…」
泣き崩れるテフィルスは、罪の意識と後悔にさいなまれた。
「では、本を天秤へ。これによってあなたの罪が確定されます」
天秤の上にいた女は、大きな羽を天秤の上に置いた。
同時に本が置かれ、大きく天秤が揺れた。
テフィルスは涙にぬれた顔で、それを眺めた。
ギ、ギ、と大きく揺れ続ける。
しかしどうも天秤は安定する様子はない。
「これは一体どういうことか」
鎌を持った男は、不思議そうに地に降りて眺めた。
「これは、以前にもありましたね。実際には罪も大きいが、今罪の意識を感じ取った天秤は、判決できない状態でしょう」
やがて並行になった天秤は、時折ぐらぐらと揺れた。
どうするべきか。
相談し合う男と女。
しかし結論は出ない。
天秤も安定を見せず、裁判は長引いた。
そこで、泣き続けたテフィルスは顔をあげた。
「私に選択をさせていただけませんか」
テフィルスは大きな決意を胸に示した。
皆の視線がテフィルスに集中する。
その合間にも天秤は大きく音を立ててぐらぐら揺れ続けた。
「では言ってみなさい」
「では言うがいい」
天秤の上に女と、鎌を持った男は同時にテフィルスに言う。
テフィルスは神にしてきたように膝まづき、涙を拭くと、一礼した。
「私は大変罪深い人間、国のためと行っていたことは、確かに他国から見れば悪魔にひとしい。存在しない神の啓示に従っていた私は」
胸についた聖騎士の証の紋章を破りすれた。
剣を黒い翼の男から受け取る。剣を鞘の床につき、剣を抱く形で、選択をした。
「私は、地獄を選び、永久罪を償い続けます。しかしわがままをお許しください」
ほう、と、全員が感心し、テフィルスを眺めた。
「きっとこの先も、私についてきた者たちがここに来ることでしょう。しかしお願いします。彼らをお許しください、彼らは私に踊らされただけなのです。私が永久に償い続けます、彼らの分まで。彼らの罪は軽くしてください。私はずっと罪を胸に抱き、どんな苦痛にも耐え続けます」
「なるほど、聖騎士として他のものたちの分まで罪を受けるというのですね」
白い本を手にしていた女は、手元にあった羊皮紙に何かをつづった。
女は天秤の上の女を見上げた。
「潔い青年である、ここは天へ行かせたいところですが、その願いを引き受けましょう。貴方は永遠に業火に焼かれ続けることになるが、本当にそれでいいのか?」
白い翼をはためかせ、揺れる天秤の上にある、羽と本を取り上げた。
カクン、と音を立てて天秤は動いた。
水平になった天秤を見ると、鎌を持った男は、テフィルスに言い渡した。
「地獄へ案内しろ。ただしテフィルスには慈悲を渡す」
鎌を持った男は、膝まづくテフィルスの首をめがけ、鎌を振りおろした。
ごとんとテフィルスの首が落ちる。
「これで痛みは感じない。だが罪を償うために地獄へ落とす」
テフィルスは、体と首が離れた状態になったが、血が噴き出すことはなく、最後に小さく呟いた。
「ありがとう、ございます」
その首と体を抱えると、黒い扉を開く。
血の海の中へと落ち行き、姿が見えなくなった。煮えたぎる海の底はもっとも罪深い人間が落とされる場所であるが、鎌によって痛みは感じない。

「人間とは不思議なものだ、他人の分まで全ての罪を引き受け、自ら地獄を選ぶとは」
黒い翼の彼らが扉を閉めた。
「テフィルスの遺言は確かに引き受けました。人間は罪深い生き物であり、同時に慈悲深い生き物であるのです」
羽をもった女はそれだけ告げると、次の裁判が始まった。


終。


4.裁判-物書きリージ-

男は真面目に暮らしてきた。
そして小さな家庭を築いた。
可愛い子供が出来て、男は幸せだった。
妻と子供、三人で一緒に生きるものだと思っていた。
働いても働いても暮らしは変わらず、借金の肩代わりをさせられて、妻と子に逃げられた。
ふがいない、趣味で続けていた未発表の小説は遺言となり、男は一人小さな部屋で首をつる。
せめて貯金だけは、死ぬ前に妻と子に。
突然自分の家の前に、別れた夫から少しでもお金があればびっくりするだろうな。
男は少し微笑んで、椅子を蹴り飛ばした。
世は不況、世は食糧不足、世は自然災害の嵐、世は自殺者が増える一方。

裁判を始めます。

足を踏み入れた先は、白い羽の女が白い扉の前に四人、一人は白い本を持っている。
黒い翼の男が黒い翼の前に四人、そのうち一人は黒い本を持っている。
巨大な黄金の上には、鎌を持った黒い翼の男と、白い羽をもった白い翼の女。
男は小説の中に迷い込んだのだろうか、と、高い天井を見上げた。
不思議と怖くない。
「では、始めます。名前はリージ=ミリアス、年齢は五十七」
黒い本を読みあげる。
キョロキョロとリージはあたりを見回した。
「彼は人を一人殺しています。殺してきた生物の数は十万。食料のほかに、いたずらに生物を殺しています。ここに載っているのもおかしなことですが、人がよすぎたせいで他人の借金の肩代わりをして自滅した模様。死因は自殺です」
その言葉に、リージは首をかしげた。
「人を?」
殺した覚えはないが、と、ただそこに突っ立って、告げられる罪を聞いていた。
「裏切りの数は…三人、家庭崩壊を招いたせいで、リージの身内の生活が大変なことになっているようです」
「勝手に自滅して勝手に周りを巻き込むとは、なんて迷惑な奴なんだ」
黒い翼の男がぼそぼそと悪態をついた。
「お黙り、続けなさい」
羽をもった天秤の上の女に促されて、今度は白い本を持った女が読み上げた。
「…おや、こちらにも同じことが書かれています。借金の肩代わりをした、優しすぎる人物だったと。それゆえに自滅したようです。平凡な人生を歩んできた模様、いたずらに殺した生物には墓をつくる程度の優しさはあります。ただ、周りを巻き込んだせいか、ここから先は白紙です」
本を閉じると、女はため息をついた。
「天秤で計らなくてもこれは地獄ではないのだろうか」
黒い翼の男が話しだす。
リージは目の前の巨大な天秤を見ては、好奇心に駆られていた。
周りは天使か悪魔か。
「おお、あなたたちが天使と悪魔か?初めてだ、これで一つは小説が書けてしまうな!」
リージは喜びに満ちた声で、相談しあう彼らを見た。
今何が行われているのか、リージは理解できていないようだ。
「…、まあいい、巻き込まれた人間は?」
少し呆れて、羽をもった女が黒い本の男に聞く。
「はい、離婚する前の妻と子、あと一人は…、?おかしいですね、もう一人の名前が載っていません」
「?」
首をかしげる男に、白い翼の女が口をはさむ。
「お待ちください。おかしいです」
ぺらぺらとめくられる本には、次々と勝手に文字が連なる。
先程白紙だった所はインクで真っ黒になり、ページが勝手にめくられては記載されていく。
「素晴らしい、幻想的だ!この天秤はなんという?羽の生えたあなたたちをモチーフに、小説を書いてもいいだろうか!」
リージは目の前の天秤に感激しているようだった。
黄金色で、巨大な天秤は、リージにとって不思議で偉大な存在に映るようだ。
しかしなんていう能天気。
天秤の上にいる羽をもった女は、リージを一喝する。
しかしリージは目を輝かせ、落ち着かない。
「…お黙り!!して、何が書かれている?追加されたことを述べよ」
白い翼の女が、次々と書かれていく文字に目をやりながら、何とかして元のページに戻ろうとする。
しかし黒い翼の男が述べた。
「いたずらに命を奪った数があまりにも多すぎます。食べるためや生きるためではなく、好奇心による殺戮、命を奪ったことに変わりはありません」
ふむ、と皆は頷いた。その間にも勝手にページは白い本に記載されていく。
「リージ、なぜに好奇心で殺した?たとえ小さな虫であろうと、命は命、言い逃れをしてみたいならして見せるがいい」
黒い翼の鎌を持った男が、リージに向かって問いかけた。
リージは、軽く頷くと、背をまっすぐ伸ばし、ありのままを伝えた。
「もちろん!!小説のためです。死ぬ時はどんな様子か、ずっと小さいころから見て痛かった。わざと蟻を蜘蛛の巣に引っ掛けて、蜘蛛がそれを食べていく様子を見るため。アレ?これって裁判?」
堂々と発したその言葉に、皆は呆れかえって、あるものは笑い、あるものは顔を覆い、あるものは目をそらせた。
「裁判ならどうどうと言える、私は趣味で小説を書いていました。ほら、だって医学だってそうでしょう。マウスやモルモットや兎を殺して医学を発展させる。小説だってリアリティを出すために、どんなふうに血を流すか、それを」
突然黒い本を持った男が笑いはじめた。
皆の視線が男に集中する。
「いやぁ、笑わせてもらった、言い訳しないで堂々と罪状を述べる。お、っと、罪状が増えたぞ。何、やはり罪悪感がないらしい」
黒い本にもすらすらと文字が書かれていく。
白い翼の女たちも、あまりにもストレートに罪の意識のなさに、少々嫌な表情をしている。
「ふむ…、しかしもう一人の裏切りが気になるな」
「少し、よろしいでしょうか。本が止まらないのです。この世界と彼らの住んでいた世界とは時間が極端に違うせいでしょうか」
白い本を持った女は、書かれ続ける文字を一生懸命見ながら、何とかして止めようと試みるが、今までにない早さで書きつづられる内容に、困り果てて本をそのままにさせた。
「所で、私が殺した一人とは?動物なら確かに沢山殺しました。実験とはいえ、すまないことをしたと思っています。しかし人体実験はしたことがない」
ああ、と黒い本を持った男がページを最初の方へめくった。
黒い本には、ただ一人の名前が書かれいた。
「リージが殺したのはリージ、つまり自分自身を殺したことが罪だ」
自殺が罪。
「はあ。自分自身を殺した、確かに。面白い解釈ですね!ここに紙とペンはないですかな、メモでもいいので」
リージは自分のポケットをまさぐるが、ペンと紙は見つからない。
まさか彼らの持っている本に書くわけにもいかない。
「何を書くのですか」
女が言う。
「自分自身を殺すことが罪というが面白いので、メモしておきたいんですよ」
「…」
女は絶句する。
男は笑いを必死にこらえている。
天秤の上の羽をもった女は、今までにないお気楽な性格の男に、何もいえず凝視している。
「!!失礼、見逃しているものがありました。リージは、妻子に少量ながら死ぬ前に金銭を残しているようです」
ほう、と、今度は感心した声が上がった。
女はそれを聞いて、クスクス笑いながら天秤の上の二人に向かって言う。
「彼に罪の意識はないのはどうかと思いますが、基本的に善人の様です。私はそう判断しました。天秤にかけてはいかがですか?」
「そうですね、では本を乗せなさい」
黒い翼の男は、本を乗せる。しかし白い本は、まだまだ書かれることが止まらない。
一体何だと女は困り果てて、次々にめくられていく本の扱いに困り果てた。
それから五分ほどした時、やっとぴたりとやんだ。
本は、びっしりと善行が書かれていた。しかもそれは、彼が死んだ後の行いのようだった。
「では天秤に」
白い羽を天秤に載せようとする女に、本を持った女は、ページをめくり、驚いて声をあげた。
「…、お待ちください、今本に新たに書き足されたことを述べます。リージの残した作品が、世に感動をもたらしているとのことです。救われた人間の数が、更新されていきます。現時点で全世界に。どうやら、残した作品が本になり、世界で人気になっているようです」
それを聞いたリージは、驚いて彼女の手をとった。本に書かれている内容を眺めると、リージには読めない字で、確かに書かれている。
「何と!私の小説が!?一体それどういうことですか」
「そちらの本に、裏切りの人物が一人書かれていませんか?」
女は、黒い本を乗せた男に向けて言う。ぺら、と天秤の上の黒い本はめくれ、やはり何かが書きたされたようである。
男はそれを確認する。
「裏切り、の人物が書きたされています。これはなんだ?リージを嫌っていた人間の様だ…」
「はい、その人物と、元妻がリージの遺品整理の際、リージの遺作であるそれを見て、本にすると決意したようです。先程本が止まらず書き続けていたのはそれに対する評価だそうです」
リージはその言葉を聞いて、天秤の前に立つと、大きく手を広げた。
「それは本当ですか!私の作品が世に出たと!おお、それならばその本は誰に対して印税が入りますか、妻と子に苦労はなくなりますか!?」
「そのようですね」
リージは胸の前で手を組んだ。そして座ると、嬉しさのあまりに涙を流す。
白い本には、リージのヒューマンドラマやファンタジックな内容に、胸を打たれたと、つづられている。
「妻よ、子よ、皆に感謝します!灰色の世界に少しでも光させば、と書き続けていたもの。少しでもこの世界に明るいものが見いだせるようにと書き続けた、しかし私にその資格はないと思っていた。だが、だが、今それが今叶った!ありがとう、死後にこんなにも嬉しいことがきけるとは。これでもう思い残すことは一切ない!」
長く書きつづられた白い本を読みあげるのには苦労しそうだ。
仕方なく、白い本を羽をもった女に渡すと、その本を見た女と、隣の鎌を持った男は、驚いて声をあげた。
「これは…」
めくってもめくっても書かれているのは、称賛の嵐。
何ということか、ここまで人を変えたとある文字がつづられた本は見たことがない。
「リージ、先ほど自身のために殺したと言っていたな」
鎌を持った男は、鎌を持ったまま、地に降りた。
鎌を向け、リージに告げる。
「自身の作品のためとはいえ、殺してきた生物の数はあまりにも多い。よって、お前には輪廻はいい渡せない」
場が鎮まった。
鎌を持った男は、本を読み続ける、羽をもった女を見上げた。
「だが、ここまで人の心をよい方向へ変えた人間はなかなかいない。して裁判は天秤に委ねられる。だが私はここに言おう、輪廻はさせない」
白い本と羽を天秤にかける。
黒い本も天秤にかけられる。
ガク、と一瞬にして天秤は傾いた。
天秤は、善を示した。
「リージ、貴方は天へ行く。しかし輪廻をさせないと言いました。それでもよいですね?」
天秤の上の女は、白い扉へ目を向けた。
それを見てとった女たちは、白い扉をあける。
 扉の向こう、花が咲き乱れ、まるで神話にあるような、石で出来た建造物。そこに、天へ言い渡された亡者がいた。
「ありがとうございます、感謝いたします!!は、そうだ、そこに紙とペンはありますかな?」
リージは扉の向こうに広がる美しい光景と陽の光に、目を細めた。
そよそよと風は流れ、それに乗って花が揺れる。
「?あるにはあるが、何をする気だ」
鎌を持った男は、リージを扉の前へ立たせる。
「私は、そこでずっと書き続けたい。ここに来る前の夢は叶った。次の世界へ歩む人たちに感動を与えたい」
「永遠ですよ?」
女の言葉に、涙をぬぐうと、晴れやかな顔と声で、リージは確かにいった。
「構いません!輪廻なく、ここでずっと作品を書き続けることができるなら、私は幸せだ!そして、ここにいるあなたたちにも見てもらいたい」
リージが振り返る。
「私の作品を、地獄にも天にも、裁判所の皆にも見てもらいたい!」
笑い声が上がった。裁判所にいる全員が、笑いだした。
それにリージはきょとんとするが、皆は相談し合う。
「短期間のうちに遺作で人の心を変えた、人間が書くものはどんなのだろう。面白い、私たちは裁判がない間は暇を持て余している、持ってくるがいい」
その言葉を聞くと、リージが手を振って園へ踏み入れる。
やがて石でできた建造物まで行くと、紙とインクとペンを手に取り、書きだした。
白い扉が閉じられた。

それからしばらくたち、リージはずっと作品を書いては、ここに来る人々に読ませている。
明るい陽の光の下、作品を書き続ける彼は、特殊な存在になった。
「面白い人間ですね。死んでから遺したものが世に認められ、まさか我々の退屈すらも変えてしまうとは」
羽をもった女は、数枚の紙を手にしていた。
リージの作品である。
亡者のいない裁判所、リージの作品を読む彼らがいる。
「ああ、面白かった!久しぶりにドキドキしました。こちらの方の続きも読みたいですね」
「それならもうすぐ出来上がるとか…」
白い羽の女も黒い羽の男も、夢中になる。
死んでもなお作品を残し続ける彼は、色んな人に感動を与えているという。






5.裁判-魔女アフェルタ-

女は秘かに愛する人がいた。
絶対に他人には言えない関係、秘すればもっともっと禁断の関係に酔いしれる。
愛する人は同性、彼女は軽い病気を患っていた。
この時代、薬など作れば魔女として処刑されてしまう。同性愛ならは更に罪が。
病状悪化する愛する相手のために、彼女は薬を作り、渡した。
相手は病気は治ってきたが、その関係と薬を渡した所を、悪意ある他人に見られてしまった。
この世は地獄、言えば魔女として裁判がされる時代である。
女は十字に磔にされ、火あぶりにされた。

人間の裁判と死後の裁判どちらが正しいか?
天秤はどちらを示すか。それとも人間の裁判と死後の裁判の結果は同じだろうか。
裁判を始めます。

扉を開けて驚いた。
巨大な天秤と、冷たい空気。
右手に白い扉、その前に白い本を持った女と白い翼の女、計四人。
左手に黒い本を持った黒い翼の男が計四人。天秤の上に鎌を持った男と巨大な羽をもった女。
押しつぶされそうな空間。
処刑されたはずだった。熱さに耐えて、ワイワイと騒ぐ民衆の前で燃やされたはずだった。
意識が途切れる前に見えたのは、民衆に紛れて悲しそうな顔でこちらを見ていたあの人だった。
「ではこちらから始めます」
ぺら、と黒い本のページをめぐる。
「名前はアフェルタ=ソレイユ。…殺した生物の数は三万ほど、それくらいですね」
更にぺらりとページをめくるが、特別悪いことは示されいない。
今度は白い翼の女も読みあげる。
「家族を病でなくしているようです。恋人はいましたが、死んだ理由は…」
裁判に次ぐ裁判、アフェルタは真っ青になって、天秤の前に坐した。
同性愛に、さらに薬を作って渡した、それだけで重罪だ。どんなことが起きるのか。
実際にそれで処刑されたのに、また処刑を味わうのか。
アフェルタは深くため息をついた。
「ああ、魔女裁判にかけられて処刑された模様」
一瞬場が静まり返った。
天秤の上にいる羽をもった女は、本を持った二人にいう。
「何か特別なことは?」
「…」
「…」
皆は顔を見合わせ、本をめくる。
「殺した動物も食べるため、草も薬や食べるため…ですね」
黒い翼の男は軽く石畳をける。
「普通だな」
それに合わせて、皆が頷いた。
「そうですね。普通ですね。特別目立つような良いこともなければ悪いこともない。薬を作って助けた程度ですね」
普通だと頷く彼らを見て、アフェルタは戸惑った。
魔女として裁判にかけられたにの、死後に自分の行いが普通と言われるのは。
「あの、裁判、ですよね?」
アフェルタは天秤の上の二人に問いかけた。
頷く二人に、あたふた戸惑い、自分のことを述べる。
「私が愛した人は同性、つまり女性です。さらに薬を作った…、これは立派な魔女です、裁判されておかしくないのです、私は死んで当り前では…!?」
アフェルタの言葉に、全員が顔を見合わせた。
「…人間の世界ではそうだろうが、ここでは、まあ同性愛くらいは。ただ、子供が作れない程度だろう」
黒い翼の男が軽くいう。それに続いて、白い翼の女も、本を眺めた後、アフェルタに目を向けた。
「そうですね。むしろ同性や近親相姦が当たり前な時代や国もありますし。あえて言うなら薬を作ったことは我々にとっては、草花や薬のために摘み取ったことは軽い罪ですが、他人を助けるためならば善と判断されます」
ぽかん、とアフェルタは口をあけた。
同性愛、更に薬を作って魔女として連れて行かれ、挙句の果てにひどい拷問をされて、やっと認めた火あぶりされた。
すぐに楽になる方法が素直に罪を認めるほかなかった。
 聖なる火というものに手を焼かれ、聖なるナイフによって体をさされ続け、ボロボロになってやっと罪を認めて、想像を絶する熱と共に焼かれた。
魔女裁判は民衆にとって娯楽だったから、熱狂するヤジ馬たちにみられ、もうすぐ会えなくなる恋人の姿を見て、薄れた意識。
そしてやってきた死後の裁判では、苦痛を味わい認めた罪が、それが普通だった。
「で、ですが、これは…」
アフェルタは納得がいかなかった。
拷問もされて、磔にされて、足元に薪と油をまかれて、呼吸できないほどの火に焼かれたのに、それが。
「宗教などしらねぇ。お前の生きた時代では罪だろうが、別の時代ではむしろ同性愛認められるわ、差別されてもいない。むしろ裁判した人間たちの方が罪重いはずだけど」
さらりと告げる黒い男翼の言葉に、脳天を叩かれたようにショックが響いた。
「え、えええ…」
両手を、冷たい地面についた。
「そ…んな…。何のために、私は焼かれたの…。何のために、私はあの人と別れなければならなかったの…」
アフェルタが急に泣き出した。そばにいる白い翼の女の服にしがみつく。
体重をかけて、その服に泣きついた。
「私は、罰ではないとしたら、何故…!!私はあの人と一緒にいるだけで、あの人と一緒にいたかっただけで、それが罪だって…、他にも私の様に薬を作って、貰っただけで死んだ人がいるのに!!」
広い裁判所には泣き声が響く。彼らは困り果てて、首を振った。
泣きつかれた白い翼の女は、身をかがめて、アフェルタの背をなでる。
「貴女は運が悪かったのです。人間など神話の時代から、それ以降数千年経った世界まで、それにあなたは知らないでしょうが、国が数え切れないほどあります。ここは時間軸が様々なので、それと同様に様々な人が来ます。英雄と呼ばれた人間、裏切りを重ねた人間、独裁者から善人まで。彼らを人間の罪に当てはめてしまったら、おかしくなってしまう。私たちは私たちの定義で、裁判を行っています」
優しく彼女を撫で、女が優い声で言った。
それを聞いて、泣きはらした顔で、アフェルタは女を見上げた。
「なら、あの人は、私の愛した人はここに来るということですか!」
時間貸しべくというものを知らない彼女だったが、なんとなく言いたいことはわかる。
ここが死後の世界なら、彼女はいつか死が訪れる。
「もう来ているのか?」
天秤の上の鎌を持った男が、隣の女に呼び掛ける。
「人間の数など数えればきりがないですからね。ではここで裁判を決めたいと思います。本を乗せなさい」
白い本と黒い本が、天秤に乗せられる。
ギ、キギ、と重い音を立てて、天秤は傾き始める。
羽を今度は乗せる。
あっという間に天秤は善を示した。
「では、天へ。輪廻はどうしましょう?」
「特に非もないので、輪廻がいいですね」
「だが運の悪い女だ、その時代に生まれなければすんだものを…」
運の悪い女。それを聞いて、アフェルタは首を振った。
「いえ、私はあの人と会えただけで、大事でした。その時代に彼女がいたから、私はそれを支えに出来ました。彼女に会いたい…、もう一度でいい、会いたい…、でも、それすらも分からないのですね」
アフェルタはぐずりながら、白い扉が開かれるのを見つめていた。
美しい世界、空は青く、石造りの神殿。
花が咲いていて、たまに人が通っている。
天国とは分かったが、それでも納得がいかない。
アフェルタは立ちあがろうとしないので、白い翼の女たちは、彼女を立ち上がらせる。
諦めたアフェルタは、園に行こう足を運んだ。
「では、次の裁判を行います」
その言葉と同時に、重い扉の開く音がした。
背後から光が差し込むのに気付いたアフェルタは、すぐ後ろにある裁判所の扉の方を向いた。
そこには、優しい笑みをたたえたあの人がいた。

結局彼女二人は魔女としてほぼ同時に裁判にかけられたらしい。
アフェルタが裁判された直後、相手も同様に処刑されたようだ。
アフェルタは愛する人と再会できた喜びに、泣きながら抱き合った。
二人は天国行きを言われたが、輪廻を言い渡された。
輪廻は救済処置にあたるが、同時に今まで生きてきた記憶と、罪と善行すべてを忘れる。
魂は次の時代に引き継がれ、当然愛した人も家族も忘れてしまう。
 だが罪が重ければ、輪廻すらさせてもらえず、もっと悪ければ地獄で焼かれ続ける。
彼女達はそれを聞いて、輪廻を拒否したが、白い翼の女は許さなかった。
いつか輪廻は訪れる。それもすぐ。
どの時代に生まれるかは分からない。
ただ一言だけ、彼女たちに羽をもった女は、いい渡した。
「出会いというものが真実であれば、また別の時代に生まれても、めぐり合うこともできるでしょう」
確率は非常に低い。
当然出会えずに輪廻を繰り返すこともある。
しかし、実際例がないわけではない。
 輪廻し続け、その時代で様々な形で出会う人間の魂はある。
女の言葉に、アフェルタと彼女は、にっこり笑いあって、手をつないで園へ踏み入れた。

そしてしばらく経ち、罪人がしばらく来ない裁判所、天の園から帰ってきた白い翼の女が話題を持ち出した。
「そういえば、例のアフェルタですが」
「…魔女裁判のですね」
「無事に輪廻をいたしました」
二人は同時に輪廻のに入った。
どの時代に生まれたかもわからない。
「そうですか」
天秤の上で、女は頷いた。
二人は、再びめぐり合う。
姿も性別も国も別だが、同じ時代に輪廻を果たした。

それだけの会話をすると、また次の裁判が始まった。





6.裁判-無垢な子供サニャ-

十歳にも満たない女の子は、何ももらえなかった。
貧しいわけでもない、家族がいないわけでもない。
ただ虐待という事実。
父の連れ子だった彼女は、父が再婚した母親から食事をもらうことが出来ず、やせ細っていった。
生きるために盗みもした。
見つかって通報されて、殴られ続ける。
そしてついに彼女は息たえた。

では裁判を始めます。

ぺたぺたと音を立てて入ってきたのは、白人の子供。
素足にボロボロの黒がかった、元は白いワンピース。
茶色の髪の毛は短いが、不自然な切りそろえられ方をしていた。
周りを見渡すと、彼女は首をかしげた。
「ここどこ?」
目の前には巨大な天秤。
右手に白い扉、その前に白い本を持った女と白い翼の女、計四人。
左手に黒い本を持った黒い翼の男が計四人。天秤の上に鎌を持った男と巨大な羽をもった女。
「わあ、綺麗!!お姉ちゃんもお兄ちゃんも綺麗!!その羽はどうやって生えてるの?鳥さんみたいに飛べるの!?」
ぱさ、と白い翼の生えた女の羽が揺れる。
冷たい床を駆け回り、少女は両脇にいる彼らに無邪気に触れて回った。
「鳥さんみたい、綺麗!!お兄ちゃんはお化け見たい、触ってもいーい?」
「お黙り!!裁判を始めなさい」
天秤の上の羽をもった女が、少女を一喝した。
その言葉に、少女は異様なまでに反応を示し、その場にしゃがみこむ。
頭を抱えながら、何度も小さく呪文のように繰り返す。
「?…では、私から始めます」
「ごめんなさい、ぶたないで、ごめんなさい…ごめんなさい…」
静かな空間に、少女の声が木霊する。
それを遮る形で、黒い本を持った男はページをめくった。
「名前はサニャ=ブランスト。年齢は、八歳。殺した生物は三千。罪状を述べます」
黒い本をめくる。
サニャは、黒い翼の男の前でうずくまったまま。
面倒くさそうに黒い翼の男は、サニャの方腕を引っ張って、天秤の眼前まで向かわせる。
手を引っ張れば、サニャはガクガクと怯えて、引きずられていく。
「面倒癖ぇなあ…。ここで立っていろ」
サニャは、天秤の前に立たされる。
うずくまろうとしていたので、黒い翼の男はサニャの軽く背中をたたく。
その時に気付いた、ワンピースから見え隠れする、多数の傷跡に。
「ぶたないの…?ごめんなさい、サニャ、悪い子、だから、怒らないで、いい子になるから、お願い、ごめんなさい」
「何だよ、急に。大人しくそこにいりゃ、叩く必要なんてねぇから」
その言葉に、サニャはすっくと立ち上がる。
おどおどとした目をしながら、彼らの言葉を聞いていた。
 黒い本を持った男は、ページをめくる。
「死亡原因は…ああ、これはよくあるパターンです。虐待による死。殴られ、転んだ際に頭を壁にぶつけて死亡。サニャは死んだことに気づいてないでしょう」
それを聞いて、白い翼の女たちは、哀れみの視線を送る。
「可哀想…」
「虐待?確かにあの年齢であの格好にあのあざや傷跡は酷い」
その続きを述べる。
「盗みを繰り返していた模様。八歳で盗みを働くとは。盗んだものは、食糧から、金銭に至るまで。当然困ったでしょうね、盗まれた相手は」
そこに割り込んできたのは、白い本を持った女だ。
「お待ちください。それには理由があります」
白い本をめくる。
白い本には、彼女が生きてきたことが全て書かれてあった。
惨い、と一言いうと、女は顔を覆う。しかしすぐにいつものように続けた。
「家族構成がありますが、複雑です。父親とは血がつながっていますが、すぐに再婚し、家族は計五人。サニャの上に義母の連れ子の姉と兄。義母は日常的にサニャに暴力をふるっています。サニャは食糧すら貰えず、それによって盗みをしていました。いわば生きるためなのです」
ふむ、と皆が頷いた。
しかし黒い翼の男はそれに疑問を持ち、言葉にする。
「父親はなにしてたんだか」
「見て見ぬふり、のようです。また、義理の姉と兄もサニャを気にしていなかったと書いてありますが」
ため息が聞こえた。
母の名前を出すと、サニャが白い本を持った女の方を向いて、叫ぶ。
「お、お母さん悪くないの、サニャ悪いの!!サニャの目が嫌い、って、サニャいなければもっとお母さんたち幸せだって…。お母さんたち悪くないの、本当なの!!お姉ちゃんもお兄ちゃんも、忙しいだけなの!!」
「お黙り!!」
再度羽をもった女が天秤の上から叱咤する。
びく、と震えると、サニャは涙ぐんでしまった。
なるほど、虐待になれているから、怒鳴られれば過剰に反応するわけだ。
先程彼女を天秤の前まで導いた男は、地面をけってサニャの後ろまで飛んでいく。
「とにかく黙れ、あまりうるさいとまた怒られるぞ。黙っておけば、誰も殴らないから」
「本当?」
サニャはぐずりだしながら、黒い羽の生えた男を見る。
苦笑しながら、男は頷いた。
すぐにサニャは笑顔になる。
「黒い羽のお兄ちゃん、最初は怖く見えたけど、優しい」
「良いから黙っておけ」
サニャは涙を拭くと、ニコニコしながら、頷いた。
「困りましたね」
黒い本を持った男は、ページをめくって首をかしげた。
「どうした?」
天秤の上の鎌を持った男が、その男に問いかける。
「それが…、読めないのです。ご覧になりますか?」
ページには、何も書かれていないわけでも、読めない言語があるわけでない。
ただ、真っ黒に塗り潰されたかのような、絵のような、それとも何かのような。
とにかくひたすらにクレヨンのようなもので塗りつぶされていた。めくってもめくっても、そればかり。
これでは元になにが書かれていたか書かれていないかも、わからない。
黒い本は正真正銘、途中からぐしゃぐしゃに殴り書きされた状態のページが続く。
「ん、ああ。ちょっと貸せ」
本を、隣にいた男が奪い取る。
「あー…これは仕方ない。これは罪状を述べると同時に、本人の罪の意識と迷いが書かれている。それだ」
「迷い?…ここまで塗り潰された本は見たことがないが?罪状を取り消したのではないのか?」
本を持っていた男は、隣でそれを聞き、奪い取られた本を覗きこむ。
時々出てくるのは、子供が描くような人間の絵。
それがどれも上から黒いもので塗りつぶされている。
「物書きの例がありましたね、時間軸が違う彼の場合では、確か白い本が止まらないほど書きたされていった」
白い翼の女は、サニャをちらりと見た後、天秤の上の二人にいう。
物書き、リージの例である。
彼は現在輪廻を禁止された状態で、天行きを言い渡され、ひたすら話を書き続けている。
その彼は死んだ直後、遺作が世界から評価され、次々と白い本に人の人生を変えたことが書き綴られた。
 ここは時間軸が違う。くる人間は様々。
リージは死んだ後に評価されたが、人間でいえば実際は一年は経っているはず。ここに辿り着くまでに時間が掛ったか、たどり着いた後に評価されたか。
「彼の逆では?」
「なるほど。しかしこれはなんとなんて読めばいいのか…、とにかく返す」
黒い翼の男は、何度もページをめくるが、読めないことを目の当たりにし、首を軽く横に振ると、本を返した。
「!!わかりました。そちらの白い本にも何か描かれているはずです」
見え隠れする塗り潰されたページの下にある、もの。
盗みを働いた時のサニャ、笑わない家族、冷たい視線。
何度も描かれている、茶色の髪の白いボロボロのワンピースを着た少女。
それらが子供のクレヨンで描いた絵となって現れ、それをさらに上から真っ黒に塗り潰された。
サニャは先ほどから自分が悪いと主張している。
 黒い本を持った男は、一つ間をおいて、通った声で言った。
「サニャにとって、自分の存在が罪である」
白い本の女は、いくつかページをめくると、やはり何か描かれていることに気付いた。
「わかりました、絵ですね。ただこちらはたった二ページ、塗り潰されておりません」
白い本を囲むように、四人の女はそれを見た。
「描かれているもは?」
天秤の上の羽をもった女が言う。
「これは、家族の絵だと思います。横に解釈が私たちの言葉であります。サニャの、過去です」
白い本には、茶髪の男と女と手をつないで、笑っている茶髪の女の子。
その横に、説明が載っている。
「手をつないでいる金髪の女性は彼女の実母、同じく手をつなぐ茶髪の男性は過去の実父。中央に描かれているのはサニャ自身です」
次のページは、うっすらと途中から消えている。
「それから、三人で一緒になって寝ている…絵ですが、こちらは消えかけております。たったこれしか。善行についても、ほぼこれのみで答えられるほどのものがありません」
本は人の心を無意識に移す。
白い本には彼女にとって大切で楽しくて、悪くない自分。
黒い本には、変わってしまった実父と、死んだ母の代わりに来た家族。そして塗り潰されている自分自身。
 あまりにも子供すぎて、素直に心が絵となって現れてしまったようだ。
「読みあげようがないじゃないか。そろそろ天秤にかけたいのだが?」
鎌を持った男は、その二つの本を見比べながら、隣の白い翼の女に問いかける。
彼女も頷くと、天秤を指差した。
「本を天秤へ。羽より重ければ地獄へ、軽ければ天国へ」
本が天秤にかけられる。
それを聞いたサニャは、天秤を見た。
「サニャ、悪い子だから天国いけないって!!サニャ、お父さんとお母さんたち困らせる子だから!!絵本で読んだもん、いい子しか天国へいけないって」
その言葉は無視される。
後ろで黒い翼の男が、何度かサニャの頭を撫でた。
「ママが、読んでくれたもん!!天国にはいい子しか行けないの!!」
全員が振り返った。
涙交じりの声に、「お母さん」ではなく、「ママ」の単語が出てきたからだ。
「ママ?」
黒い翼の男はサニャを覗きこむ。
「大好きなママ、本当のお母さん。サニャはママのこと大好き」
どうしたものか、と皆が考え込む。
「すまないが、ちょっと俺に任せてくれないか?」
黒い翼の男は、全員に向かって申し訳なさそうに聞いた。
天秤の上の二人は、皆と目を合わせると、無言でうなずいた。
「サニャ、素直なことを言わねぇとどうしようもねぇ。そのママに会いたいか?」
「サニャ、ママ大好き。会いたい」
「他は?」
「…お父さん、帰ってこない。あっても、話してくれない。お姉ちゃんとお兄ちゃんは…怖い」
「全てを言え」
命令口調だが、声は優しかった。サニャは、彼にしがみついて、わんわん泣いた。
うるさいほどに響き渡る。
だが羽をもった女は一喝しなかった。
「サニャ、嫌い、お母さん嫌い!!でも嫌いって言っちゃだめってお父さんから言われた!!サニャはいい子って、ママがいってくれたけど、サニャ悪い子だった!!お母さんは嫌い、でもママは好き、いつも優しく隣で本読んでくれたの!!長い髪の毛が似合うって、でも」
ぐずっ、と、また声が響く。
「サニャの髪嫌い、って、お母さんが切っちゃった。お母さん、ママのことも嫌いって」
不自然に切られた髪は、義母が、サニャの髪が伸びるたびにハサミで切り続けたそうだ。
白い本を持った女は、最初のページへ戻した。
「失礼、新たに加えられています。義母に当たるサニャの母は、実母のサニャを嫌っていました。義母は、実母が死んだことを喜んで、サニャの父目当てに結婚したようです」
更にページをめくると、消えかけていた本には絵が浮かび上がる。
内容をひたすらと言葉にする。
「服を買ってくれた実母の絵、三人で談笑する家族、ベッドで一緒に本を読んで眠りにつく」
白い本はまたも止まった。
「サニャが六歳の時点で、実母の絵がないです。その先もやはり描かれていません」
それを聞くと、サニャの側にいる黒い翼の男は、サニャの頭を撫でた。
「サニャ、良いか、これは誰にでもわかることだ。お前が全て悪いと思っている?」
「ママ死んだのも、お父さんが変わったのも、サニャがいるから」
黒い本を持った男は、ため息をついた。
「やはり原因はそれか」
「このガキが自分が悪いとすべて思っているなら地獄行きだろう?」
他の理黒い翼の男が、本を持った男に向けていう。
本を持った男は頷く。
「仕方ないです。それが罪だと信じてしまっているのですから。子どもゆえにまっすぐで、純粋」
白い本の女と同時に、同じ言葉を言った。
「罪と信じ込んでいるなら罪」
「面白い例ですね。ここには子供はあまり来ないので、例がなかったのですが。その逆ならありましたが。本人が悪いと思っていなければ罪は罪と」
鎌を持った男は頷く。
「サニャ、悪くないんだ。ママに会いたいなら、悪くないってはっきり言え」
サニャは泣きはらした目で、男を見上げた。優しく笑う男を見て、安心して、サニャは彼の胸に顔を埋めて、いった。
「サニャ、悪くない!!サニャ、ママにいい子って言われた」
黒い本が一瞬にしてまっ白なページに変った。
塗りつぶされた絵のページだけが、まっ白に変わった。
「さ、て、以上だ。あとは天秤を例のように。余計なまねをしすまない」
サニャから離れると、全員に向かっていう。
元の位置に戻ると、本は天秤に掛けられた。
もう片方は羽が。
天秤が動き出し、段々と天国へ示す。
「では、天へ。輪廻についてですが…このような子供、事情が事情ですから困りますね」
「輪廻はさせるべきでしょう」
白い羽の女たちは、天秤を囲んで話し合う。
黒い翼の男は、盗みを働いたことが一番気にかかると話し出す。
「盗みは盗み、悪いものは悪い、最初は自分が悪いと言い切っていたのだから、輪廻させるべきではない」
「いいえ、輪廻はさせるべきです」
黒い翼の男と白い翼の女は、人すらそれを続ける。茫然とそれを見ていたサニャだが、指をくわえると、彼らに問う。
「りんね、って、なに?ママに会えるの?」
はっとして、先ほどサニャといた男は、サニャに告げた。
「そうだな、もしかしたら奇跡的な確率で会えるかもしれないな」
サニャの実母はすでにここに来たか、それとも輪廻をしているかもしれない。
まだしていなければ、いずれかの形で出会える。
本当に、「奇跡」的な確率だが。
奇跡的な確率という言葉がわかっていないようだが、会えると聞いた途端、サニャは満面の笑みで手を挙げた。
「サニャ、ママに会いたい!!」
子供が無邪気に裁判で、死んだことにも気付かず、輪廻すらわからず、実母に会えると喜んでいる。
全員は顔を見合わせて、ふっと息をついた。
「子供には弱いようですね」
黒い本を持っていた男は、頷いた。
「まあ、これくらいのわがまま聞いてやれ」
白い扉が開かれる

白い翼の女は、サニャの小さな手を握った。
ところどころにあったあざは、消えかけている。なかには火傷や切り傷もあったが、天への道標がさされた途端、綺麗に消えていった。
「ねえ、そのりんねをしたら、お父さん優しくなってくれるの?昔のお父さんに戻ってくれるの?」
拙い口調で、手を引いていく白い羽の女に問いかけた。
「ママに会えるかな?また、ママに会えるの?りんねをしたら、会えるの!?」
白い羽の女は、軽く頷いた。
それを見たサニャは、彼女の手を引っ張って、嬉しそうに園を駆け回る。
ゆっくりと白い扉が閉まる。
冷たい空気、冷たい壁、冷たい天秤。
輪廻の意味を理解していないサニャ、嬉しそうに園を駆け回るサニャ。
天秤を見上げながら、サニャと話した男は、呟いた。
「次は、家族に恵まれれば良いな」
天秤に掛けられた本は消えた。
「そればかりは確実なことが言えないので何とも言えません、が、同意です」
誰かが同意を示した。







7.裁判-電子の人間正行-

電子の波を泳いでたどり着いた。
彼は小説家になりたかった。
投稿を続け、見てもらうことを続け、見つけた先が、大型掲示板だった。
ここなら評価ももらえる、ここなら沢山の人が見てくれる、ここなら同じ思いの人がいる!
狂喜乱舞で固定のハンドルネームを作ったのは最初の一カ月。
一カ月過ぎれば実力差に気付き、自然と羨みから毎日固定ハンドルを外し、才能ある人たちを中傷した。
最近そいつら現れないなあ、もっと落ち込めばいいのに。
そんな矢先、彼は工事現場を散歩中に通りがかり、上から鉄板が落ちてきて押しつぶされ、あっという間に死んだ。

電子の波、知らない本名 、知らない相手、知らない作品、知らないこと、いなくなった相手。
では裁判を始めます。

「うっわ、さむう」
たどり着いた先は、まるで小説の世界。
ライトノベルにありそうな設定だな。
彼はそう思い、目の前の大きな金色の天秤を眺めた。
上から何か落ちてきて当たった気がする。
でもまあいい。きっと夢を見ているのだろうし、夢からさめれば毎日パソコンに張り付いて、けなし続ければいい。
ブログのあいつも嫌だな、謙遜してるくせに本当は自信あって投稿してるんだぜ。そういえばコテハンのあいつは、デビューしたんだっけ。あー、ムカつくムカつく。
後は自分を持ち上げれば、いい。
金色の天秤の前に立ってみた。
右手に白い扉、その前に白い本を持った女と白い翼の女、計四人。
左手に黒い本を持った黒い翼の男が計四人。天秤の上に鎌を持った男と巨大な羽をもった女。
「寒いなー、なんだよ、暖房もねぇの?夢なんだから仕方ないけど」

黒い本を持った男が、声をあげた。
「彼の名は、相沢正行。年齢は二十七。死亡原因は事故死」
「なんだなんだ、俺が死んだって何だよ、変な夢だな」
正行は体を震わせて、息をつく。息は白い。
「彼は死んでいることに気づいてないのでは?」
他の白い服の女が、正行を見て、言う。
「何だよ死んだなんて冗談じゃねぇよ、嫌な夢だな、早く覚めてくれよ」
「お黙り!」
突然天秤の上から、鋭い喝が入る。
「!怖!なにお前」
そういいかけたところで、天秤の上の鎌を持った男が、黒い本を持った男に指示をする。
「続けなさい」
「はい」
黒い本には色々なことが書かれているらしいことは、少し見えた。
「英語と日本語なら分かるんだけど、なに書いてあるの」
覗こうとやって来た正行を、黒い翼の隣の男は、軽く制した。
「邪魔すんじゃねぇ、お前は死んだんだ、死後の裁判だ」
しかし正行は分かっていない。
やはり死んだことにも気付かず、興味を持って本を取り上げようと手を伸ばした。
「え、そういう設定なの?何それ面白い」
「うるさいので黙らせなさい」
鎌を持った男は、呆れて彼を黙らされるように指示をする。
制した黒い翼の男は、軽く正行の口に向かって、人差し指を向けた。
それから一切声が出せない。出そうとしても、喉が焼かれるように声が出せない。暴れようにも、寒すぎて何もできない。
寒さに震え、正行は天秤の前まで連れて行かれた。
「えー…彼が殺した生物の数は四万、そのうち人間は、二人。直接的には殺してないのですが」
(殺した?)
正行には覚えがない。
両親は健在、死んだ祖父母は老衰だし、この前死んだ従兄弟だって病死。
(大体自宅警備員の俺が人を殺せるわけ…)
「大学卒済みの二十七歳、この時代ではよくいるパターンですが、よくいる仕事をしない人間です。だが夢を持っていた模様。それが小説家。この時代には、作品を発表する場がありますから、そうして夢を握る人も少なくありません。しかしそれ故に、電子の波で調子に乗りすぎた。彼は気づいていません、二人、殺したことに」
驚くほど自分のプロフィールを知られていることに、正行は焦りを感じる。
しかしやはり声が出ない。
「では、次は私が」
白い翼の女が、白い本を読みあげた。
「彼は、大変優秀な頭脳を持っています。両親に恵まれ、いい大学を卒業しました。しかし就職せず、そのまま。かといって、両親の手伝いくらいはしています。彼は、とても友達が多かった」
…多かった。
(そうだ、俺は友達が多かった。面白い奴とはいつもつるんで、遊んで…、あれ?)
そこで正行が気付いた。
全てが過去系になっていることに。
(…実際ここ一年であった奴何人?皆は?結婚、就職、夢を叶えて言った奴ら。俺、それで嫌になって、引きこもった)
いつからか、就職活動もうまくいかず、コミュニケーション不足から、友達をなくした。なくしていったのはいつか。
インターネットにはまりこんで、気にいらない人間の中傷を始めたあたりから。
俺は凄い奴だ、大学だってお前らと違う所でてるし、だから俺は絶対賞をとって、有名な小説家になるんだ。
そう言って…?
「お待ちを。こちらの本に書かれていることを」
黒い本を持った男は、ページをめくった。
「彼がもっとも罪深い所をあげます」
(なんだよ、俺は何もしてないって!)
寒いな、寒い。
下を向いたあたりで気づいた。
自分の服が、真っ赤に染まり、段々黒に変化しているのを。
散歩中に事故に遭って死んだと言っている。
散歩中、白いセーターを着ていた。明るめのジーンズ生地のズボン。こんな色になるのはあり得ないはずだ。
散歩中、突然黒い影が落ちてきたのだけは何とか覚えている。
着ている服はところどころ白が見える程度で、ほぼ黒と赤に染まるセーターに、悲鳴を上げようとして出来なかった。
自分の肩を抱いたその手も、乾ききってない血で赤く染まっている。
叫ぶことができないのは、単純に先程黒い翼の男に妙なことをされて、悲鳴が出せないだけ。
寒いのは、自分の血で濡れて、そこから風が入りこんでいるからだ。
「間接的にとはいえ、人を二人殺しているところです」
「どういうことですか」
白い翼の女は、疑問を投げかける。
それに対して、黒い本を持った男は、軽く頭を抱えた。
「…、読めますか?」
そう言って、隣の黒い翼の男に、本を見せる。
何度か見せられた相手は首をかしげて、さらに隣へ本を回す。
一体何が描かれているのか予測もつかないことと、自分の姿に、正行はパニックに陥った。
しかしそれを気にも止めず、彼らは話をつづけた。
「あ、え?ああ、これ、この時代特有のだな、固定ハンドルネームって奴だ。ほら、絵描きとか物書きが別の名前使うだろう。それに似たようなの。コテハンとかHNとか言われている」
なるほど、と、本を返してもらった黒い翼の男は、説明を聞いて頷いた。
「だから、そのマサ ◆3vCtYjWPfoって奴が、そいつの電子部分での名前。本名じゃない」
「ちょっと何言ってるかわからないです」
白い翼の女が、口をはさんだ。
「お前絶対知ってるだろ」
黒い翼の男がそのフレーズに、反応する。
白い翼の女は、くすくす笑い、頷いた。
「まあ、色んな時代の人がここに来てますから。知っておいて損なことはないです。面白い時代ですから、裁判の仕方もかなり風変りになりますね」
「電子?少し前の、テレビや電話の時代とは違いますか?」
他の女が質問をする。
「それを全て取り込んで別のものが生み出された、そんな時代です。一言では説明できません。時代の流れがあまりにも早すぎて、ついていけない部分が多いです。彼らなりの固定観念も簡単に変わってきます。それより裁判の続きをどうぞ」
確かに中世的な雰囲気には似合わないだろう。
困惑し続ける正行をそのままにして、話を続けた。
「すみません、私には読めませんので、代理で貴方に話していただきたい」
黒い本を持った男は、先ほど固定ハンドルネームに詳しい男に渡した。
どうやらわけのわからない文字と数字の羅列に、なんて発言すればいいか全くわかってないようだ。
「はいよ。正行、喋っていいぞ」
人差し指を彼の口の前で動かすと、正行は、喉を焼かれる痛みがなくなった。
が、体中真っ赤。すっかり言葉を失う彼に、皆の視線が集中した。
「この『大型掲示板の創作文芸板』って知ってるよな?お前が、マサ ◆3vCtYjWPfoって名前で、パソコンを使って出た所。見てて面白かったけど、顔の知らない奴と会話もできる、雑談もする」
その言葉に、正行が顔をあげた。
べっとりと血のりのついた手は、少し冷たい。
壊れた人形のように、首を縦にふる。
知っているもなにも、そこは自分のすみかだった。電子のなかでの、自分の家であった。
「知ってるなら話は早い。そこの、krs ◆fZAxfdd8JU、RED ◆bljf0KurQwは、お前のライバルだな」
言いづらい名前だな、と男は思いながら、読みあげる。
◆より前が彼にHN、◆移行の意味不明な文字列は、彼らがネットで本物ですというような記号と思えばいい。
「あ、最近来てない、のは知っているけど…?」
その二人は、ずっと正行が執着して、作品を発表すれば、他人を装って、評価を散々にして荒らしまわった。
羨ましかった。
他人を魅せる文章、穏やかな性格、中傷されても逃げない。
そんな本名も顔も何も知らない二人は、一カ月当たり前から、急にその電子の中で顔を出さなくなった。
「どうせ忙しくてやめたんだろ?」
クス、と、本を託された男は笑う。
だが目は笑っていなかった。
「その二人、自殺したんだよ」
にっこりと歯を見せて笑う黒い翼の男の言葉に、背筋が寒くなった。

しばらく、その場に言葉は流れなかった。
ようやく口を開いたのは、代理として黒い本を読みあげた男だった。
「お前のやらかしたこと、全て書かれてある。まあ、お前だけじゃないさ。奴らを自殺に追いやったのは。krs ◆fZAxfdd8JU、まずこっちな。ブログ持ってたよな。お前はそれを知っていた。小説を投稿して、見てもらう。確かそう言うシステム。たまに日記か。krs ◆fZAxfdd8JU。こいつの本名は、大貫玲子。女だ。詳しいことは省くが、そいつは中傷に耐えきることができなくなって、手首切って自殺した。何が正しいか、何が自分で悪いか、何をしても人間を信じられなくなった」
「…」
「この時代でありがち、顔が見えない、住所も分からない。性別だって分からない。性格だってまともに知らない。彼女は全てを小説に捧げて、低学歴なことも気にして、迷った矢先にお前と出会った。うん、そんなもんだ。仕事、家庭、何もかもうまくいかなかった時期、支えだった小説に何も希望が持てなくなって、自殺したんだと」
ふむ、と彼らは頷いた。
正行は言葉が出ない。
「ですが、中傷したのは一人ではないのでしょう。彼のせいですか?」
白い翼の女は、彼をかばうようなそぶりを見せる。
本を託された男は、何度か首を横に振った。
「書かれてるそのまま出すと、こうなる。タイミングが悪かった。が、その中の一人に、正行がいた。そんくらいかな」
「気軽に意見を聞ける反面、人間の妬み、つらみ、羨望、全てが直接やってきます。疲れている時に、自身のあった作品を貶されて、耐えきれなくなった」
本を託したほうの男は、すらすら告げる。
「だからよ、直接的に人間殺したには変わりねーんだけど、こいつらも人間的に弱すぎるよな。時代と国によって全く違うとはいえ」
話を茫然と聞いていた正行は、今度は手を眺めた。
血は乾いてきて、パラパラと粉になって落ちていく。
「そんな話、あるかよ…、死んだとか、しらねぇよ…」
羨ましいだけだった。
何もかもうまくいってるような、そんな文章に、苦しみなんて書かれているはずもない。
自分より学歴も低くて、それでもそんな文章を書いていたことすら知らない。
堂々と高学歴を自慢していた自分自身の言葉のたびに、彼女がコンプレックスをいだいていたなんて知らない。
「いや、ある…」
正行は記憶を遡る。
彼女がいなくなる直前、いつものように賞賛と中傷であふれかえるブログを見て、せせら笑った。
ほら、称賛より中傷が多い。
コメントを数えて、称賛の方が少なかったことに満足を覚えた。
名前を変えて、媒体も変えて、「つまらない、読む価値もない、二度と現れるな」と、かきつづる。
自分以外にも彼女に嫉妬した人は多い。
ブログはその直後に止まった。
コメント欄のない最後の日記らしきものには、たった一言だけ書かれていた。
『諸事情により、以降更新できません』
背景が白多めの可愛らしいそのブログに、赤いその文字は妙に頭に残った。
「…え、何それ…あれ、遺書なの?」
もう書かないんだ、そう思っていたが、何かおかしいとは感じた。
でもそれを振り払った。ただただ喜んだ。ライバルが減ったことを、ただ喜んだ。
だって、彼女のころや私生活なんて全く知らないのだから。
 自分が書いた言葉が彼女の心に刺さっていたなんて全く気付かなかった。
「あともう一人の方な、こっちはお前か原因じゃないんだけど、あいつはリージ=ミリアス、ここにかつてきた男だよ。日本語も結構出来た、お前にとって外人だ」
「ん、ああ、彼ですか」
名前を聞いて、皆が騒ぎ出す。
正行にはよくわからないといった様子で、一斉に話をしだす周りを見ていた。
「リージは確かに自殺でしたね」
「そうだな、あいつ、趣味で小説書いていたっけな。だが自殺原因は別だろう?大体未発表の作品が多かったじゃないか」
リージのことを知っていることに驚いた正行は、恐怖にかられる。
「何だ、なんであいつのこと知ってるんだ、なんなんだ、何があるんだ、俺は何をした?」
人が死んだ、軽い中傷。気晴らしに書いた悪い噂、それらが重なって、人が死んだことを知った正行にとって、二人目も同じ末路をたどったことは怖くて仕方なかった。
裁かれるからとか、そういものではない。
何となくやったことが、自殺の原因につながることが、怖くして仕方なかった。
ただ、自分も死んだ事実は、認めざるを得ない。
なぜなら、この夢が覚めることもなく、全て言われていることが事実なのだから。
明晰夢にしたって、タチが悪すぎる。
寒い、ここは寒すぎる。
「リージは借金を抱えていた。それで家族と別れた。その合間合間に、そこにきていたらしいな。日本人として過ごしていたらしいが、お前もうすうす気づいていただろう。リージが趣味で書いた小説」
正行はまたも記憶を遡る。
突然現れた、その人間。
 時々文章が日本語としておかしい時があったし、日記を見てみれば、英字で書かれていた時がある。
後で分かったが、それらはもとは英字で書かれていて、彼の友人が日本語に訳していた。
日本語が不自由だとは感じたが、彼の書く小説は幻想的で、その中に人間の本音が見え隠れしていた。
 きっとこいつ、自分を追い越す。
そう思って、彼にも。
「リージのその後を知らないとすると、やはりリージとほぼ同時期に死んだのでしょうか、彼は」
羽をもった女は、手元に置かれている紙を見ながら、白い本を持った女に話しかける。
「そのようです。リージ死亡一ヵ月後のことなので」
「貴方に、リージがどうなったか教えよう」
本を託した男は、丁寧な口調で、正行に近寄った。
「彼は、自殺して一年は経過してからここに来た。貴方がここにいるのも、死んでから随分たっただろう。彼の小説は、元妻と友人たちの手によって、書籍化され、世界中で大ヒットを生み出した。白い本が止まらないほどの賞賛だった。彼は輪廻を自分から拒んで、ここにいる。白い扉の向こう、リージはずっと書き続けている。今まで裁判してきたなかで、随分と異例な例。実際、私たちも暇なときに読んでいる」
正行は、気がつけば、地面を強く踏んでいた。
悔しい、悔しい、せっかくいなくなったのに、自分が死んだ後にヒットしたなんて。
「何だよ、死んだくせに、ずるいじゃねぇか!!自殺した弱虫のくせに!」
苦々しい言葉が、腹の底から込みあげ、言葉として出てきた。
「それが貴方の本音です」
優しい声で、男は言った。
「!!」
出る杭は打たれる、打たれて打たれてそのうちいなくなる。
そうして、何人もその狭い電子の波から消した。
狭い、ということでまた気付いた。
「…狭い」
自分がいたのは、インターネットのごく片隅。
そのごく片隅で、叩いては満足してを繰り返しただけ。
それが実際どうだろう、たった狭い所で、タイミングが悪く自殺した女もいれば、別のことが原因で死んで、その後世に出て、称賛された。
「じゃあ俺はなんなんだよ、間接とはいえ殺して、引きこもってずっと書いてきて、お前らは知っているのかよ、俺がずっと努力してたこと!」
しん、と静まり返った。皆の冷たい視線が、正行に突き刺さった。
「貴方は気づいていますね?」
「何がだよ」
いらだたしげに、肩に置かれようとした手を振り払った。
 羽の生えた男は、目を伏せ、言葉を続けた。
「先ほど述べた人たちにも人生があり、彼らもまた努力というものをしていたこと。貴方達の世界では綺麗事と言われる言葉を、貴方に贈りましょう」
正行はその場にへたり込んだ。そして血まみれの手で、自分の顔を覆って笑い出した。
さすがに、皆は戸惑った。
「っは、なんだ、なんだ、皆同じじゃねーの!!バーカ、俺馬鹿だな!あーあ、何でこんな簡単なこと、気付かなかったんだろ!!」
顔が見えない相手、本音を隠す電子の波に書かれる言葉、それでも発表し続けたライバルたち。
「あー、そうかそうか、俺は本当、馬鹿だ!!そりゃ死んで当然だ!自殺に追いやってんだからな!」
ゲラゲラと壊れた笑い声が響き渡る。
「なあ、裁判って言ったけど、これって何の裁判なんだ?その扉の向こうには何があんの?もう好きにしてくれよ、いきなり死んでいきなり、あいつらの死んだ原因とか苦労とか今更知って、馬鹿みてぇ!俺って、井の中の蛙だったんだな!!」
覆う手の隙間から、涙がこぼれた。
人を殺した、他に原因が重なったが、原因の中の一人が自分。
人が死んだ、彼は死んでから真に世界中から評価された。彼の実力は本物だった。
人を殺した、何気なく書いた、羨望と嫉妬にまみれた言葉。
「小説家目指してたのにそんなことすらわかんない、馬鹿みたいだなあ。いやー、馬鹿なんだろうなあ、俺」
笑い声は段々小さくなっていく。
それを見ながら、羽をもった天秤の上の女は、指示を出した。
「では、本を天秤へ」
天秤の上に、黒い本と白い本が置かれる。派手な音を響かせて、傾いていく。
もう片方に羽を乗せると、地獄を示した。
「と、言うと、彼は地獄ですが」
「輪廻はさせるべきでしょう」
「輪廻なあ。どうする?一応反省はしてるみたいだが?」
ぼそぼそと相談を始めるが、彼らは輪廻を選んだ。
「俺、地獄行くの?」
そこに割って入った。下を向いたまま涙を流し続けていて、力なくその場で座り込んでいる。
白い翼の女は、彼の肩をたたいた。
天秤の上から本は消えてなくなる。
「残念ながら。ですが、すぐに輪廻させられるでしょう」
「そうか、そうか、輪廻か。生まれ変わったら、もっとまともなことやってやんよ。あ、そうだ。」
立ち上がり、黒い翼の男に、黒い扉の前へと連れて行かれる。
うつむいていたが、振り返ると、正行は笑った。
「REDことリージは、そっちの白い方にいるんだろ?その先に何があるか知らないけどさ、一言頼むわ」
白い翼の女は頷いた。
「ではどうぞ」
「俺、マサは、REDを応援してるってよ」
黒い扉が開かれた。真っ赤に煮えたぎる血の海。
それを眺めて、正行は頷いた。
「うっわ、熱そう。ずっと寒かったから、俺にはぴったりだな。んじゃ」
自分からそこに飛び込む正行を見た後、黒い扉は閉じられた。


「はい、マサさんですか。いましたね、懐かしいです」
リージは、花が舞い散る園にある、石で出来た机の上で、いつものように小説を書いていた。
周りに輪廻を前に駆け回る子供や、リージの小説を待つ人たちがいる。
白い翼の女は、正行の最後の言葉を、リージに告げた。
「そうですか…、応援してくれるとは嬉しいです。マサさんは怖い人だと思っていましたが、そうでもなかったんですね、本当、インターネットというのはよく分かりません!」
書きあげると、白い翼の女に紙をつきだした。
「どうぞ、新作です!生まれ変わったマサさんにも、私の遺した小説を見てもらいたいです!」






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