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おまけ3:鉄火

鼠色の雲が広大な空を覆いつくし天と地とを遮る。
水蒸気が凍てついた空で冷え、やわらかな雲を紡ぎだしたかと思えば大地を穿つ銃弾となって降り注いできた。
閃光が雲と大地を照らし出し、照らし出されたものは影を伴って存在を顕わにする。
湿った土の臭いが鼻腔をつく。
やがてそれは味気ない雨の匂いへと変わっていき、霧のように辺りを覆いつくし湿気の底へと沈めて行く。
暗い世界。
淀んだ世界。
そんな淀みをどこかへ洗い流してしまうかのように冷たい風がゆっくりと流れを作る。風の流れの中で木々はさわさわと雑談をはじめ、かたや鳥たちは沈黙を守る。
ざわめきと沈黙。
ノイズ混じりの静けさ。
それはこれから何が始まるのか期待する劇場に集まった観客たちの放つものなのかもしれない。
やがて劇の主役となるべき男がひとり、やって来る。雨に濡れながらも毅然とし、淀んだ気配もそよぐ風もまるで気にかけていない。
男の前方には稲光に照らし出されたもう一人の主役。それもまたその場の状況などは胸中に無い。あるのはただ、目の前にある好敵手のみ。一対の影はゆるりと距離を詰めるとやがて止まった。まるでそれが予め指定された立ち位置であるかのように微動だにせず、ただ相手を一心に見詰めるばかりである。2人の戦士は戦いの鐘が打ち鳴らされるのを待ち構えていた。そこには鐘を打つ者などいない。2人の戦いの場に入り込めるものなど誰一人としていなかった。だがやがて鐘は打ち鳴らされるのだ。2人の間に流れる均衡。それが打ち破られるとき二人の胸中には何かが到来し、鐘を打つ。
男の肩が揺れたとき、鐘が鳴った。
男は肩の傾いた方向に重心を寄せそのまま横に走り出す。もう一方の存在もまたそれに呼応するかのように反対側へと素早く移動する。2つの影は円を描くかのように動く。 男が足を地面につけるたびに水しぶきが飛び上がり音を立て、存在もまた浮遊装置の反作用によって雨や草を切り裂いてゆく。
閃光。
光が世界を包んだ瞬間、戦闘存在の触手が男の心臓めがけ打ち出される。男の眼前に迫ろうかという刹那、触手は刀に弾かれ行き先を見失う。遅れて金属音が響いたときには男は既に姿勢を屈め走り出していた。
疾風迅雷。
疾風の如き速度で距離を縮め、迅雷の如く空を裂く。存在はすぐさま二弾、三弾と続けざまに触手を発射する。男は体制を崩すことなく抜刀し弾道を逸らす。触手は方向を見失いかつて男があった場所を漂ったかと思えばすぐさま男の背後へ迫りくる。
減速の過程など無き、一瞬の静止。抜刀。
男の急激な転換によって形成された水しぶきの壁を越え弾丸の速度に達した触手が到来する。二弾目を受け止めた瞬間新たな触手が背後の存在より打ち出される。小さな舌打と壁の中の影が打ち抜かれたと思われたときには男は宙へと飛び上がっていた。
存在が再び男の存在を認識した瞬間には男は既に切っ先を存在に向け空を蹴って落下してきていた。
触手が反射的に存在を覆う。
刃は存在に達することなく一本の触手を切り裂いたのみだった。次の瞬間には触手たちが身をしならせ男を弾き飛ばす。空へと投げ出された男は体制を入れかえとんぼ返りして再び足に地面の感触を味わう。再び立ち上がろうとするも足に激痛が走り膝をついて崩れる。これを好機と見た存在は再び触手を打ち出そうとしたが指令は神経コードの末端に達し、其処で途切れた。存在はすぐさま触覚情報と光学情報を検索し触手が無残に切断され紫色の体液を垂れ流しながらだらしなく伸び上がっていることを認識する。 再構成している暇など無い。存在はすぐさま戦闘装備を切り替えると男も神経を集中し激痛を忘却の彼方へと追いやる。
男は流れるような動作で正眼に構えた。
男の背後で雷鳴が響き、閃光が2つの影を浮かび上がらせる。
存在は光電子ブレードを下段に構え、全ての感覚装置を限界まで高める。
高められた二人の感覚が極限まで達した瞬間、何もかもが静止した。
雨も風も、音も光も。
やがて
それらは
ゆっくりと
変化を取り戻し、

再び動き始める。

全てが時間を取り戻した刹那、二つな影が交錯した。


男は盛り上がった土の上に刀を突き刺し、手を合わせた。
幾度も戦った好敵手を討ったその手を合わせ男は祈った。男は何を祈っているのか良くわからなかった。死後の冥福?良い輪廻に巡り会えるように?そのような願いなど果たしてこの好敵手に必要なものなのだろうか。男の祈りは好敵手への感謝の表れだったのかもしれない。
階層再編に伴い、侵略系の軍勢は引き上げて行ったのだがこの戦闘存在だけはこの階層に残った。男と決着をつけるために。
戦闘存在に過ぎないその存在が意思など持つはず無かったのだが、戦闘において致命的なエラーが発生してしまったためかいつしか男を自らの好敵手と定め、幾度も戦いを挑んでいた。そして階層再編の情報を与えられていなかったにもかかわらず、何かを察知しこの階層へと残った。
存在は単純な戦闘だけではない、何か別の存在意義を見つけたのかもしれない。それはある種の友情に似たものだったのではないだろうか。そして男はそれに答えた。
男と戦闘存在はライバルであり、友であった。言葉は一度も交えなかったが、それでも戦いを通して分かり合えた気がした。
戦闘者でもあり、探求者でもあった男はそんなことを考えながら空を見上げる。
空は青く、晴れ渡っていた。
「師匠」
村長の娘がやってきて男の横に座る。娘は何故か許嫁である筈の男の事を師匠と呼び慕っていた。男もまた5つほど歳が離れていたせいか娘を妹のように可愛がり、時には弟子のように様々なことを教えていた。
「食うか?」
男は懐取り出した包みを開け、鉄火巻きを娘に与えた。男はおいしそうに鉄火巻きを頬張る娘の頭を撫でてやった。
「やめてくださいよぉ」
娘は子供のように扱われるのが不満なようで頬を膨らませて男の腕を振り払おうとする。
そんな二人を見守るように、空にはライノーツの船がゆったりと浮かんでいた。





メモ:当初の構想とか

この短編はTexpoで企画された鉄火場大賞に参加した時の作品です。

確かお題は「カバ」「鉄火巻き」「NHK」。


漫画「BLAME!」とSFマガジン2007年8月号掲載の短編「夜明け、夕焼け、大地の色」に触発されて書きました。前者は超高層の建築物と交流の断絶された階層に住む人々のことあたりを触発されました。後者の方は大型客船が謎の現象によって消失してしまい残された人々を描いている作品です。この作品は残された人々の名前をタイトルにしてそれぞれの視点に立った小話幾つか組み合わせています。この短編もその影響を受けて様々な人々の視点に立った物語を組み合わせた構成になっています。


書き始めていた当初考えていた章の構想は以下のようなものです。


田中
探求者の家系に属する。階層再編について探求。

ケムリ
手牟族の娘FAMEと恋仲。

さざめ
親友との別れ。清々しく。

GдNA
報道者。再編後、他の階層へ電波を送り続ける。他の階層に残った娘と妻へのメッセージ。

それがいつの間にかこんなお話になってしまいましたが、今思えば最初の構想の方が面白かったかなぁとも思います。


最後に個別の作品について少々(少しネタバレあり)

ライノーツの船
本当は哲学のたとえ話に出てくるノイラート船を使おうと思っていたのですが、勘違いでライノーツの船に。ゲルモと平行して書いていて、特に何も考えずに書いていた感があります。

ゲルモ
世界観の説明といった部分。何か書いてる本人も良くわかってない世界観を適当に書いていたため後で無理やり辻褄をあわせてます。これを書いてる途中に階層再編のアイディアが浮かびました。そっちがメインになってしまったため、以降タイトルのライノーツの船は無理やり出してます。

ケムリ
他のと平行して書いていたのですがさざめと村長が男女の別れのエピソードになってしまったので当初の構想を変更して父と子の別れを書いてみました。あと、とりあえず別の作品で出した手牟族を出してみたかった。

さざめ
親友とのわかれっつーことで普通に書こうと思ったのですが大抵の男女の別れが恋愛がらみなのが気に入らないので男と女の親友を書いてみました。今読み返してみると友達以上恋人未満のような感じです。

村長
もっとお題を活かさなきゃって事とせっかく表紙でふざけたから村長メインの話も書いてみようって事で書いたもの。テキスポでの公開当初は何故か一番評価されているような気がする。

NHK3号
一応まとめって感じで。階層再編の数年後を書いてみた感じです。

おまけについても

キース
なんかもっと平凡な別れがあっても良いよなってことで書きました。食べ物の表現って難しいけど何か楽しいなっておもいました。

田中
とりあえず作った世界観をぶち壊してやろうということで書いたものです。論考風味。でも、ぐちゃぐちゃ。

鉄火
ライバルとの別れって事で戦闘シーンを書いてみたかったのです。一応過去編的な感じで、後半蛇足です。村長出てきてるような、出て来てないような。


この本の内容は以上です。


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