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1月2日のおはなし「鼠の王」

 ねずみ男が町にやってきたという噂を聞いた。噂を聞いた時点で町はすでに、ほぼねずみ男の手中に落ちていた。まったく迂闊なことにおれは、この町の護民官たるおれは、何も気づかないまま、なす術もなく町をあけ渡していた。“なす術もなく”というよりも、手を打つ暇もなく、気がついた時にはもう人心はもうねずみ男のものとなっていたのだ。つい数日前までおれの友人だったはずの人間がみな、ねずみ男を指導者と仰ぎ、偶像とあがめていたのだ。

 いまから思い返せば、確かにそれに先立って奇妙なことはいろいろあった。だったらもっと早く気がついても良さそうなものなのだが、奇妙とは言え、どちらかというと、“良い出来事”ばかりだったので、特に怪しみもせず、珍しいこともあるもんだな、くらいにしか考えていなかったのだ。“良い出来事”というのも、そんなに特別なことでもない。いつも不機嫌なンジュワデのかみさんがやけに愛想がいいとか、ケサダのところの悪ガキどもが妙に礼儀正しいとか、そのくらいのことだ。

 2、3日前、畑を荒らしたやつがいるから調べてほしいと、ウルワギに呼ばれて出かけた時も奇妙と言えば奇妙だった。
「やあ、きてくれたんだね」
 ウルワギが言った。おれは少し目を細めてウルワギを見つめた。
「ああ。お前に呼ばれたからな」
「ありがとう。嬉しいよ」

 おれはちょっとまわりを見回した。これは何かの冗談で、おれたちを見ながら笑っている奴らがいるんじゃないかと思ったからだ。ウルワギがこんなしゃべり方をするなんてヘンだ。けれども、畑のまわりには誰もいなかった。わずかに3、4羽のカラスが、何か落ちているものはないか探しているばかりだった。
「仕事だからな」おれは用心深く返事した。「来ただけで感謝されたのは初めてだよ」

 そもそもウルワギというのは気の短い暴れん坊で、畑を荒らされたなんて言おうものなら、いつもら護民官の
おれに連絡するより先に、町の酒場に突進して行って片っ端から「おまえが畑を荒らしたのか!」なんて、からんで回ったはずだ。そして、だいたい喧嘩騒ぎを起こして、それでようやくおれの耳に入るというのが常だった。それが騒ぎも起こさずおれに連絡してきたところからして、そもそも奇妙と言えば奇妙だった。

「要するにとっつかまえて、お前の前に引き出せばいいんだな?」
「うん、まあ」ウルワギが煮え切らない表情で答える。そしてハハッ!というような、奇妙な短い笑い声を立てたかと思うとこう言ったものだ。「仲良くできればいいな、と思うんだ。友達からものを盗んだりするやつはいないだろう? そう。友達になりたいんだ」

 おれはウルワギを睨みつけた。ウルワギは見たこともないような満足げな微笑みを浮かべている。何か変なものを食べたりしないかと尋ねたが、ウルワギは特に気分を害した様子もなく、大丈夫だと答えた。町の東のはずれのゲゾの森には、食べると人を幸せな気分にさせたまま死に至らせるキノコがある。それを食べたやつはちょうどこんな感じになる。やたらハッピーで、やたら前向きで。

 結局ウルワギの畑を荒らしたやつが誰かはわからないままだった。けれど、それと似たようなことが何回か続いた。車を接触した奴らが、妙に機嫌良く自分の非を認め合って、最終的には仲良く別れていった。酒場から大騒ぎが聞こえたので、飛び込んでいったら、カベラの子ども達が出し物をやって、やんやの喝采をあびているのだった。いつもなら出し物を演じきる前に叩き出されていてもおかしくないのに。

 昔からこの町に暮らして、どんよりした顔ながらも喧嘩したり罵り合ったり、それなりに楽しくやってきた奴らが、急にやり方を変えてしまった。みんな毒キノコかサボテンでも口にしたみたいに目をキラキラさせて、互いをほめ合うのだ。怒ったり悲しんだりグチったりするはずのところを、褒め合ったり慰め合った励まし合ったりするのだ。冷静に考えたら正常なはずがなかったのだ。

 けれど、そういう出来事をおれは見落としていた。単に気候のせいだと思っていたのだ。気候が良くなってきたせいだと。命の気配もない乾期が過ぎ、じめじめした雨期に入る前の、束の間の爽やかな気候が、みんなの機嫌を良くしているのだと思い込んでいた。でも実はそうではなかった。すべてねずみ男の仕業だったのだ。ねずみ男が、町の男たちを骨抜きにし、町の女たちをたらしこんでしまったのだ。

 そんな時にねずみ男の噂を耳にした。ねずみ男が現れた町でどんなことが起こるかについて。それはまさにいま、護民官たるおれが守っているこの町に起こっていることとぴったり同じだった。そこに及んでようやくおれは悟った。この町にもねずみ男が入り込んだのだ。町の人間の心を捕まえてしまったのだ。ねずみ男とは一体何者だ? 新興宗教の教祖タイプに違いない。何とかしなくては。

 遅ればせながら、あわてておれはいろいろ調べてみた。おれは知らなかったが、ねずみ男は大層な有名人(動物?)だった。ねずみ男は映画にも出演したことがあった。
外見はそう見えないが、実際には大層な年寄りらしい。ふだんは何人(何匹というべきか?)かの仲間と行動することも多いが、一人で独自の行動をすることも多いらしい。妖術を使うことができ。どこかにその妖術で支配する王国を持っているらしい。おれは自分の住み慣れた町が変わっていくのが許せなくて、ねずみ男に直接対決を挑むことにした。他の奴らは籠絡されても、おれはだまされない。化けの皮を剥がしてやる。

     *     *     *

「やあ、来てくれたんだね」ねずみ男は開口一番、ウルワギと同じことを言った。正確にはウルワギがねずみ男のマネをしていたのだろう。「キミに会えて嬉しいよ。どうもありがとう。ハハッ!」
 奇妙な笑い声を上げると手を差し伸べてきた。白い手袋をしている。この町で手袋をしているやつなんかいない。おれは不信の目を向けながら、なんとか握手をした。ねずみ男はおれの予想に反して、あまり宗教的カリスマは持ち合わせていないように見えた。けれどその人懐っこい笑顔と、映画スターならではのオーラは確かにあった。
「ようこそ、夢と魔法の国へ! さあ、キミも一緒に楽しんでね! ハハッ!」

 案内されたねずみ男の家はいろいろな仕掛けに満ちていて、飽きることがなかった。清潔で、心引き立つ音楽が流れていて、楽しい驚きがいっぱいだった。そして細かい気遣いを受けて、快適な時間を過ごすうち、おれは自分の疑念が恥ずかしくなってきていた。おれは子どものとき以来たくさん笑い、子どものとき以来ハラハラドキドキした。気がついたらおれはみんなの歌声に包まれて行進していた。

「ぼっくらっの、クッラブッの、リーダーは……」
「どうだい、楽しいだろう? ハハッ!」
 ねずみ男が振り向いて言った。
 おれはニコニコしてうなずいた。

(「ねずみ男」ordered by カウチ犬-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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鼠の王


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著者 : hirotakashina
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