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そもそも『プリキュア』の魅力とはなんなのか?


8年も続いている作品ですので、物語キャラクター作画等々見るべき、語るべきものは非常に多くあります。

なので私が『プリキュア』シリーズを通して「そこだ!そこに震えるんだ!」という部分を特にご説明します。

プリキュアの主人公は、その殆どが年端もいかない少女達です。
地球の平和を守る義務を、街の幸せを守る義務を、人の心を守る義務を、彼女達が背負う必要は本来一つもありません。
それでも彼女達は自分の命をかけて、その重すぎる責務を抱え戦うのです。

それは何故でしょうか?

彼女達が戦う力を得たのは―プリキュアになったのは、「偶然」によるものです。
たまたまそこにいたから、たまたま知り合いだったから、たまたま見つけたから・・・彼女達はその「偶然」に翻弄され、否応なしに血みどろの戦いの渦に放り込まれます。

そんな理不尽に対して、彼女達は「目の前の誰か」をただ助ける為だけに立ち向かいます。
そこには「善」であろうとする強固な意志はありません、恐れを押さえつける決意もありません。
それでも彼女達が立ち向かえるのは、「少女」という長い長い女の一生の中で一瞬だけ輝く『無垢な正義』があるからです。
「少女」であるがゆえに、何も考えず伸ばしたその手は「誰かを救う」のです。
(そしてそこが「魔法少女モノ」の血脈を受け継いでいる、あるいは「己の意思で正義となる/なろうとする」仮面ライダーの系譜との一番の差だと思っています)

ただ、その『無垢な正義』にも限界はあります。
無垢だからこそ、その一挙手一投足が『正義』である代わりに、僅かな迷いで砕けてしまう儚いものなのです。

そしてそこを乗り越えるのが、彼女達の「決意と気付き」です。
血ヘドを吐き、骨を砕かれ、それでも立ち向かう事を決意した時、彼女達は自分達が今立ち上がったのはプリキュアの力では無い」ことに気がつきます。

言い換えましょう。
彼女達が今まで戦ってこれたのは、偶然によってプリキュアの力が与えられたからに過ぎません、それはたまたまプリキュアになった私」が戦っているだけです。
しかしそのプリキュアの力が砕かれ倒れた時、それでも彼女を立ち上がらせるのは「プリキュアではない力」・・・それはつまり「彼女が本来持っている力」なのです。

そう!この瞬間!
彼女は「プリキュアに使役される者」から「プリキュアを使役する者」に生まれ変わるのです!
たまたまプリキュアになった少女から、プリキュアを凌駕する力を持った少女への羽化!
「プリキュアになる『偶然』」から「プリキュアになる『運命』」への!
デュアルオーロラウェーブでありルミナスシャイニングストリームでありデュアルスピリチュアルパワーでありプリキュアメタモルフォーゼでありスカイローズトランスレイトでありチェインジプリキュアビートアップでありプリキュアオープンマイハートでありレッツプレイプリキュアモジュレーションなのです!!(あ、これ全部変身の掛け声ね)

・・・えー、とにかく
少女に降りかかった『偶然』が、少女の力によって『運命』に変わる瞬間に、超弩級のカタルシスを感じて痺れるのです!

その点が私の『プリキュア』をずっと見続けている、一番のポイントなのです。


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