閉じる


試し読みできます

韓国水曜デモ1000回アクション in Tokyo「 外務省を「人間の鎖」で包囲しよう!」 バーチャル劇場

東京・日比谷公園入口付近。こちらが外務省を包囲するために集まったグループ。警官に守られながら、警官に食ってかかる姿もチラホラ。対面には抗議の一団が。

在特会など右派グループが集結。双方、一触即発の状態だ。慰安婦活動家の一人が食ってかかると即座に警官が殺到して制止した。物々しい雰囲気。
警官に誘導されながら外務省へ向かう左派の一団。道路の反対側からは右派が追うように並行して歩いていた。
外務省正面左側。すでに多くの活動家が外務省前に集合し、鎖の準備をし始めている。
外務省の裏手。東京の自治体の市議会の慰安婦動議のノボリが目立った。
すでに裏手は完全に鎖がつながっていた。それにしても随分と集まったもの。平日、昼間によくこれだけ動員できたものである。
中国戦争被害関連の運動家も出動!
わざわざ田川市からも参加。
外国人グループも参加。NHK裁判でもおなじみのバウネットのメンバーだった。
外務省正面左側。活動家、メディア、警官でごった返している。
外務省正面玄関付近。この手の運動には必ず顔を出す糸数慶子参議院議員がスピーチ。社民党・服部良一衆議院議員の姿も。
写真のオモニは88歳の宋神道《ソンシンド》さん。まるで見世物のようである。手には愛犬・マリコが抱かれている。
鎖がつながったよ~。みんなで一斉に手を挙げてアピール。

12月14日、外務省付近は慰安婦問題の解決を求める左翼活動家と右翼団体で騒然となっていた。韓国水曜デモ1000回アクション in Tokyo「 外務省を「人間の鎖」で包囲しよう!」こう銘打たれた抗議活動に各地から1300人が集まって外務省を取り囲んだのである。もともとこの問題に対して、日韓基本条約締結時に解決済みだったのが、日本国内メディアや活動家、政治家によってたびたび蒸し返され、河野談話、村山談話と謝罪を繰り返してきた。12月18日、野田首相は来日していた李《イ》明博《ミョンバク》大統領と会談し、「優先的に慰安婦問題を解決を」との申し入れに対して、解決済との見解を示した。ただ一部報道で野田首相は「人道的見地から努力する考えを示した」と伝えたという。

この人道的見地からの救済案については外務省から民主党内部からも同様の主張がなされることもある。もともと人道的、そして民間による救済策として「女性のためのアジア平和国民基金」が村山内閣の時代に設立された。基金は集められ、一部の「慰安婦」とされる女性は基金を受け取ったが、日本政府による正式な補償ではないとし拒否した慰安婦も少なくない。中には「基金を受け取った女の名前を公開せよ」と訴える元慰安婦や活動家もいるほどだ。結局、この基金はとん挫したのである。

つまり現在、一部の政治家が考える「人道的見地」とは「国民基金」の二番煎じのような発想であり、同じことを繰り返すだけなのだ。毅然《きぜん》と「解決済み」とだけ言えばいいものの、なまじ人道的と蛇足《だそく》見解を示したというのも愚かな話。この国の外交力は何一つ進歩というものがないのである。(三)



試し読みできます

立場宣言は如何にして行われたか

米子の立場宣言

「米子の同和地区は、いかにもな同和|御殿《ごでん》が建っていて、大きな門があって、高級車が止まっていますね。固定資産税の同和減免を止められないのは、そういった事情からでしょうか」

「鳥取市にも減免があっても維持できないような同和御殿がたくさんありますよ。米子市は、鳥取市が通った道を後追いしてますね」

白昼のレストランで、人目も気にせずこんな会話が淡々と交わされる。解放運動家や行政関係者への取材は、万事こんな調子だ。これが企業関係者や、一般市民だとそうはいかない。私が何気なく「同和」という言葉を発すると、個室の居酒屋であっても。「おいおい、隣に聞こえるがな」「同和地区とかでかい声で言うな。「あの地区」と言え」と慌《あわ》てて遮《さえぎ》られる。

世間一般では同和に関する話題はタブーだ。しかし、解放運動や同和事業に長らく携わった人は何のためらいもなく、同和に関する話題を口にする。むしろ、部落解放運動は誰にとってもそうなることを目指してきた。部落解放同盟も「部落民であることを明らかにしても差別されない社会を作る」と標榜《ひょうぼう》している。解放同盟と対立する人権連、全日本同和会、自由同和会でさえもそうだ。

人権連の機関紙では同和地区名が伏せられている理由を、人権連の関係者に聞いたところ、こんな答えが返ってきたことがある。

「別に隠すつもりはないですよ…ただ、そのまま書くと行政がびっくりしてしまうので」

また、筆者が全日本同和会の集会を取材した時のこと、そこでは幹部が行政関係者の前で堂々と同和地区名を語った。

自由同和会は部落地名総鑑を批判しつつ、同和行政により同和地区名のおおよその場所は公になってしまっているので、同和地区名が書かれていれば何でも部落地名総鑑だと非難することには意味がないという趣旨の見解を出している。その意味について関係者に聞いてみると、要は部落名を出しても何ともないようにすることが大事で、一方で同和地区を利用して金儲けする行為に対しては毅然《きぜん》と対処するという。

「部落ということを堂々と言える」ことを極端な形で具現化したものが、学校で行われた部落民宣言、あるいは立場宣言と呼ばれるものなのだろう。教師に促《うなが》されて、同和地区の児童生徒自らが部落民であるということを、クラスメートの前で話すというこの授業、建前は本人の意志だが、小学生や中学生に自由意志もないだろう。実際は強制に近かった。鳥取県内では、昭和50年頃から、校区内に同和地区がある各地の小中学校で行われた。

どうしてそんな授業が行われるようになったのか? そのことについてはいずれ説明することとして、まずは具体的に立場宣言がどのように行われるのか説明しよう。

2010年9月、鳥取県議会で、共産党の錦織《にしごおり》陽子《ようこ》議員から次のような質問がされた。

ことし2月、旧同和地区を有する小学校の6年生の人権同和教育の過程で、児童に校区内の旧同和地区名を知らせ、該当する児童に旧同和地区出身者であることを発表させました。この児童Aさんが中学に入学した7月には、部落差別の人権学習で、地区住民から体験談を聞いた感想を各クラス代表1名が発表する学年集会を持ち、AさんのクラスだけはAさんを含めて2人発表しました。Aさんは、旧同和地区の出身であることを話しましたが、このとき泣きました。そして当日、学級代表者の発表の後、生徒全員にその場で感想を述べさせ、当日どうしても感想を述べなかった3人の生徒がおり、翌朝、改めて学年集会を持ち、3人の生徒に感想を述べさせました。教育現場で、しかも人権の学習をする中で、生徒たちの発達過程も無視するようなことが行われています。私は人権侵害だと思いますが、教育長の見解を伺います。

それに対し、横濱《よこはま》純一《じゅんいち》教育長が次のように答えた。

そのような学習の中で、例えばいじめにかかわった経験だとか、あるいは外国出身のお母さん、お父さんがいるということとか、あるいは障害のある兄弟姉妹がいるということとか、そうしたことをより学習内容の充実につなげるため、児童生徒が自分自身と人権の問題にかかわるという面で意見発表する場面もございます。今の議員のお話で、学校の事例がございましたけれども、私どもの把握では、そのような事実は確認しておりません。生徒は、自分のことを発表できてよかった、あるいは友達が頑張れと言ってくれるのでうれしいというようなことを言っているというふうに聞いております。
このような取り組みでは、発表する児童生徒は自分の思いや願いを伝えていき、また、聞く側の児童生徒も発表の内容をしっかり受けとめて、自分自身の問題として振り返っていくことで、人権学習を深めていくというぐあいになっております。生徒が発表ができてよかったというふうに肯定的に話しているというのは、恐らく自分自身も思いを伝えることができましたし、周りの生徒もしっかり思いを受けとめてくれて、ともに差別をなくしていこうという思いを共有できたということを実感できたからではないかというふうに考えております。

「米子ではまだ立場宣言をやっているというのは驚きましたね。「宣言」というような意味合いでやっている学校は少ないのではないでしょうか」

このことを知ったある教育関係者は筆者に対してこのように感想を述べた。現在は鳥取県教育委員会としては立場宣言はやっていないというのが建前だったはずで、現実にも保護者からの批判が多いことからほとんどの学校ではやっていないと思われていたものが、つい最近でもあったということは大きな驚きだった。

教育委員会の指導方針

1980年前後の頃、「自らの社会的立場を明らかにする指導」というものが県教育委員会の指導方針にあった。「社会的立場」というのは、様々な意味合いがあるのだが、その筆頭が「同和地区出身者であること」だ。他にも障害や病気、家の貧富、片親であること、在日であることなどが「社会的立場」なのだが、特に「立場宣言」と言えば、自分が同和地区出身者であることを宣言することを意味していた。

そのやり方は、学校ごとに創意工夫があったという。“米子方式”は、1人1人の児童に作文を書かせ、それを読むことで自分が同和地区出身であることを明らかにさせるというものだ。一方、鳥取市では発表形式の立場宣言が多かったという。同和地区の児童生徒が手分けをして自分の地区の「差別の歴史」を聞き取り調査し、レポートにまとめ、クラスメートの前で発表するというものだ。1人で作文を読むよりは、少しは気が楽かも知れない。

しかし、発表させられる児童生徒の心理的負担は大きい。「部落民は差別される」ということを、これでもかというほど教えられた後、「自分がその部落民である」と公にしなければならないのだから。実際に1990年ごろ、小学校で立場宣言をしたという人はこう語った。

「あれは強制だった。あの時は泣きそうだったし、泣いている人もいた」

今の30~40代には立場宣言を目にした人は多い。感想を聞くと、概《がい》してよい印象を持っていない。

「同級生がしましたが、それで初めてそいつが同和だと知りました。しかし、不愉快だったですね。誰がいつお前を差別したんだと」(鳥取市内の中学校で立場宣言を見たという経験者)

ところが、どの学校でもそのような悲壮感のあるものだったかと言えば、そういうわけでもないようだ。2006年6月のこと、当時の鳥取市|倉田《くらた》隣保館(現在の南《みなみ》人権福祉センター)職員の間屋口《まやぐち》真功《まこと》氏が自らの運営する部落解放同盟青年部の電子掲示板で、同和を題材に人気お笑いコンビ「オリエンタルラジオ」の「武勇伝ネタ」をやっていたことが発覚した。当然、上司から大目玉をくらい、しばらく別の部署に異動させられた。その時、掲示板に書かれていた「ネタ」の1つがこれだ。

◆武勇伝 武勇伝 武勇でん でん ででん☆
by 間屋口

クラスで社会的立場学習する☆すごい!クラスの五分の四がきょうだいです!

武勇伝 武勇伝 倉Tの武勇でん でん ででん でん♪

「社会的立場学習」とは、立場宣言のこと。「クラスの5分の4がきょうだい」というのは、クラスメートのほとんどが同和地区出身者であるということだろう。「倉T」つまり鳥取市の倉田小学校区は鳥取県でも最も「同和率」の高い地域の1つだ。同和地区住民が半分以上を占めており、小学校の学年によっては「クラスの5分の4がきょうだい」ということがあっても不思議ではないだろう。ここでは部落民の方がマジョリティだ。クラスの大多数を占める児童が「実は僕達は差別される地域の生まれなんです」と大泣きするようなこともないだろうから、立場宣言にもそれほど悲壮感はなかったであろうことは想像に難くない。


試し読みはここまでです。続きは購入後にお読みいただけます。

この本は有料です。閲覧するには購入する必要があります。
購入するにはしてください。
有料本の購入に関しては、こちらのマニュアルをご確認ください。
販売価格100円(税込)

読者登録

示現舎さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について