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12月29日のおはなし「異説・美しい国へ」

「憎いし苦痛の反対なーんだ」
「それクイズ? えっと、憎くないし、苦痛じゃない」
「なにそれ、バッカじゃないの? クイズの答で、そんなのありえないでしょう」
「じゃあ、愛してるし、気持ちいい。あ、セックス」
「うわ! もう、輪をかけてバカ。大回転バカ」
「わかんねーよ。ってかそれクイズなってんの?」
「降参?」
「ああ降参」
「正解は、美しい国でした」
「え何なに、それ全然わっかんねーんだけど」
「ウツクシイクニ、反対から読んでみ」
「ニクイシ、え、マジ? ウツク、クツウ 、うわすげ。何これ、これってあいつ考えたの?」
「誰よあいつって」
「あのほらいまの首相っていうか総理大臣っていうか」
「んなわけないでしょバーカ」
「バカバカ言うなっつーの。お前のせいで、ほんとにバカんなったらどーすんだよ」
「大丈夫だよ。もうバカだから」
「うっせーんだよブース」

 というバカップルの会話を聞きながら、わたしは電車の中で本を読んでいた。2人の会話はまもなく2人にしかわからない領域に入って行ってしまったので、わたしの関心も離れた。が、そのあともしばらく頭の中でこの会話が渦巻いていた。
わたしの研究室では、長年にわたって流行語やスラングなどを分析して来た。毎年新年度版を上梓する『ニッポン現代スラング事情』は我が国でロングセラーになっている。そういうわけで仕事柄、町中でふと耳にした会話もどうしても気になってしまうのだ。

 輪をかけてバカというのはなかなかうまい表現だ。しかし、そのあとの大回転バカというのはどういうことだろう。輪をかけたその輪が回転するということだろうか。それとも輪という言葉からクルクルパーのクルクルが連想されて回転という言葉が出てきたのだろうか。ああそうだ。そうに違いない! いや待てよ。そもそもこの2人の年齢でクルクルパーという言葉は使われていただろうか? いや、すでに死語だった可能性が高い。すると話はまた戻る。やはり「輪」だから回転させたのだろうか。これは研究室についたらスタッフに意見を聞いてみよう。若いスタッフなら見当がつくかもしれない。近年の新語の出現数は尋常じゃない。

 しかしそれにしても。わたしは深くため息をつく。何なのだ、この日本語の乱れようは。「チャケバFMG」が、「打ち明けた話、父親(Father)からのお金(Money)を獲得してきた(Get)」という意味だなんてどうしてわかる? 自分の生まれた国の言葉に翻訳者が必要なんてどういう状態だ? 「あいつもう超どN」と聞いてどんな特殊な性的嗜好の持ち主なのかと思ったら「信じられないくらいノーマル」という意味だと言う。
いったいそれは異常なのか正常なのか。コメントすべき言葉が見つからない。

 ただ、一方で、感心するようなものもある。「超グンジョー」が「ブルーよりも深い群青」に「超」をつけたもので、一昔前にはやった「気分はブルー」という表現をさらに深めたのだという。ある男がしゃべった後、誰も何のフォローもせず別な会話が進んだ時に「ナチュラルシカトかよ!」と男が言うのを聞いた時には不覚にも笑った。そう。新しい言葉が生まれることは全然かまわないと思う。「超グンジョー」も「ナチュラルシカト」も、その表現は創造的だとすら言えよう。

 問題は、日本語を教えているわたしのような立場の人間だ。以前なら少々のズレが生じても、それは地域差による表現の違いだとか、おじいちゃん子だから古い言い回しを知っているとかで済んだ。いまではそういう言い訳は通用しない。わたしが子どもの頃に身につけた日本語は最早まるで通用しなくなっている。わたしが教える言葉はあまりに時代からずれてしまったのだ。

 言葉というのは仲間意識をつくる上で実に効果的だが、いったんズレが生じると逆効果だ。いったん仲良くなりかけても、自分とは異なる言葉を使う人間だとわかると、それ以上全く心を開かなくなってしまうような厄介なところがある。諸刃の剣なのだ。若い日本人を我々の仲間に引き込むためには、やはりある程度アップデートされた若者言葉を操れる必要がある。

 若者言葉や流行語ばかりを集めた参考図書を読みながら、わたしは頭が爆発しそうになる。「サンダる」とか「ちょリッチ」とか「デコでん」とか言う言葉を受験生よろしく真剣に覚えようとしている自分が正直情けない。これが昔だったら! マルクス主義を研究するサークルに顔を出した若者をオルグしたり、海外旅行先で出会った反体制思想(思想などと呼べる代物ではなかったが)を抱く若者を再教育したり。あの頃のわたしは今で言う所のカリスマ的とさえ言える力を発揮し、10人と話せば9人は本国に送り込むことができた。輝かしい日々。いや、待て。今ではもう、「カリスマ」なんて死語なのかもしれないが。

 現在のわたしと来たら打つ手がない。わたしの日本語研究室を出た生徒は日本に来ると浮きまくり(あるいはドンビキされ、フルシカトされ)、使命を果たせないまま本国に逃げ帰り、敗残者として余生を送ることになる。本国に帰っても人生が終わってしまうだけだということに気づき、任務を放棄して日本に亡命する者も出てくる。そしてそのすべてがわたしの落ち度になる。それと言うのも日本語が通用しないがためなのだ! 生まれ育った国の言葉が通じないなんて! するとまたさっきの2人の会話が耳に入る。

「飲みホ?」
「飲みホ。それがさ調子乗り子でリバースにつぐリバース」
「恥っずいなあ。マーライオンかよ」
「だからもうペコキュー症候群」
「うわマジ? どんだけ生命力あんの」

 ここはもう日本ではない。わたしの知る国では最早ない。本から目を上げバカップルを見て目を疑う。それは恐らく40代くらいの会社員の男女だったのだ。女の方が怪訝そうな表情でわたしの方を見る。あわてて目をそらすと、その視線の先の中吊り広告に、さきほどクイズのネタになっていた言葉が踊っている。週刊誌の見出しでいいようにネタにされ、叩かれているのだ。美しい国。いい言葉ではないか。そうだ。あの男の美しい国の政策が成果を上げれば、あるいは美しい日本語がまた戻ってくるかもしれない。そうすれば、ああ、そうすればわたしにもまたあの輝かしい日々が戻ってくることだろう。そしてたくさんの若者を感服させ、偉大なる体制、偉大なる指導者の元に向かわせることができるだろう。 
  
(「美しい国」ordered by tara-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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異説・美しい国へ


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著者 : hirotakashina
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