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12月25日のおはなし「パンドラの箱」

 毎年この季節になると、おとうさんが大泣きした日のことを思い出す。

「おとうさん」
「ちょっと待っとれんのか!」
 階段を降りて、声をかけようとしたのだけれど、その日は朝から立て続けに次から次へと難題が降りかかっていて、わたしはけんもほろろに追い返されてしまった。仕方がないので台所に入り、夕食の支度を始めた。その間にも電話がジャンジャンかかってきていて、おとうさんが不機嫌そうに応対する声が聞こえていた。

 なにしろまず朝一番で、霞乃健康食品の倒産が伝えられたのだ。この数ヶ月、支払いがなく、それでも長年のつき合いだからと納品を続けていたのに、それがすべて踏み倒されたことになってしまった。その金額を回収できないということは取りも直さず、おとうさんの会社にとっても甚大な打撃だということは子どものわたしにだってわかった。

 あちこちに電話をかけ始めた父の後ろ姿を見ながらわたしは学校に出かけた。そうしたら学校に連絡があって、留萌のおばあちゃんが倒れたから帰って来いという。できるだけ早く留萌に向かわなければならないけれど、飛行機が欠航していていつ飛ぶかわからない。とにかく早く戻ってきて支度をしろということだった。3時間目の途中でわたしは早退して家に向かった。

 こういう時、他の家ではどうするのかわからないけれど、うちはおとうさんとわたしと2人だけの家だから、父が家を離れるとわたしは1人になってしまう。そして父は絶対にそんな風にはしたがらなかった。わたしは家で一人留守番したって構わないし、逆に北海道まで飛行機に一人で乗っていくのも試してみたかったのだけれど、おとうさんに言わせれば言語道断な話だった。おかあさんがああいう形で亡くなったのでもう二度と家族を目の届かないところにおきたくないと、そう思っているのはよくわかった。

 けれどわたしももう高校生だし、もうすぐ大学にも行こうという年齢だ。おとうさんの気持ちはありがたいと頭ではわかるけれど、正直に言えばかなり煩わしかった。できるだけひとりにして欲しいと感じることも多かったし、「もう子どもじゃないんだから」と放っておいて欲しいこともしばしばあった。軟式テニス部の夏合宿も行かせてもらえなかったことは、内心もう絶対許せない、というほど恨んだ。でも毎朝食事の前におかあさんの仏壇に向かって手を合わせて、わたしのことをまかせろと言っている姿を見ると、何も言えなくなってしまった。

 家に戻るとおとうさんはまだあちこちに電話をしていて、聞いているとひどく気が立った様子で、わたしでもはらはらするほど乱暴な口調になっていた。相手に失礼なんじゃないか、相手を怒らせてしまうんじゃないかと気が気でなかったけれど、でもそんな口調になってしまう気持ちもよくわかった。おとうさんはとても真面目で、とにかく誠心誠意お客さんが喜ぶように仕事をする人だったから、その努力が報われているうちはいいけれど、理不尽な形で報われなかった時、だまされたような裏切られたような気持ちになって、怒りをこらえることができなくなってしまうのだ。

 そこへとどめのような連絡が入った。いままで応援してくれていた地元の金融機関が手を引くと通達してきたのだ。わたしが郵便屋さんから受け取った封筒をひったくると、関係ない封筒を突き戻し、その金融機関からの封書を開け、せわしなく読んだ後、おとうさんはこたつの前にがっくりと腰を下ろし、肩で息をしながら何ごとか小さく呟き始めた。詳しいことはわからなかったけれど、本当にとんでもないことになったということだけはひしひしと感じられた。わたしは2階に上がって、他の封書を開いて中身を確かめた。

 それから階段を降りておとうさんに声をかけたのだけれど、追い払われてしまった。「ちょっと待っとれんのか! 北海道に行く支度でもしとかんか!」わたしは2階に戻るか、夕食の支度をするかで悩んだけれど、何か食べて落ち着いた方がいいと思って台所に入った。おとうさんは家の中で何が起きているかなんて全然気づかずに、気づこうともせずにこたつに向かって呟き続けていた。

 夕食までに何本か電話が入り、おとうさんはそれでも何とか受け答えができるまでに回復していた。さばの味噌煮とほうれん草のおひたしと肉の少ない肉じゃがを並べながら、わたしはもう一度おとうさんを呼んで話しかけてみた。でも返ってきたのは憤然とした返事だけだった。

「うん?」
「さっき郵便屋さんがね」
「その話はもういい。おまえはそんなことは考えんでいい」
「ううん、そうじゃなくて」
「なんだ」
「さっき届いた封筒を開けたらね」
「何を?」おとうさんは急に声を大きくした。「何だ! まだ何かあるのか! これだけじゃまだ足りないっていうのか!」

 そう言うとおとうさんは、さっきの封筒をこたつにたたきつけ、その勢いで味噌汁の椀がひっくり返った。わたしは泣きたくなるのをこらえながら、やっぱり駄目だ、この話はできない。無理なんだ。もう何もかも駄目になってしまったんだと思いながら布巾で天板を拭った。その様子を見ながら気の毒に思ったのか、おとうさんは少しだけ声を落として言った。

「何が来た」
 どう答えていいのかわからなかった。お金のかかる話だし、いまのようには一緒にいられなくなるかもしれない話だから。
「言ってみろ。郵便屋は何を持ってきた」
「……かくつうち」
「何を?」
「合格通知、届いたんだけど」
「な!」おとうさんは言葉に詰まって、それからちょっとあって、やっとどういうことかわかったみたいだった。「何だと馬鹿野郎! 何だってそんなおまえ、大事なこと黙って」

 そこまで言うと不意におとうさんの目がきらきらし始めて大粒の涙がボロボロこぼれだしてきて、後はやったなおまえ、よくやった、とかなんとか言うんだけど、もう何を言っているのかちっとも聞き取れなかったんだ。

(「合格通知」ordered by kyouko-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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パンドラの箱


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著者 : hirotakashina
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