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毛利少輔四郎
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 1
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 17
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 18
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 19
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 20
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その一
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 21
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 23
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 24
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その二
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 大分川合戦
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 1
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 14
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 16
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 18
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 19
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 20
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その三
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 21
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 22
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 23
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 24
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 25
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 26
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その四
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 27
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 28
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その五
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その六
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 29
天下を望まなかった男
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毛利の隠し矢
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大友家すいーつクリスマス
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 5

 宇佐を中心とした豊前南部が安定すると、地理的に国東半島も安定する。

 ここを押さえている田原家および奈多家は大友義鎮の統治に積極的に協力しており、豊後安定の要石になっていたのである。

「府内の様子はどのような感じで?」

「空いた加判衆の座に、雄城治景(おぎ はるかげ)が座るらしい」

 現役加判衆首座である吉岡長増から機密を漏らされた佐田隆居に衝撃が走る。

 雄城家は大神系国人衆の分家で、佐伯・小原に次ぐ格を持つ有力他紋衆である。

 とはいえ、加判衆の座に座る才能があるかといえば疑問符がつく程度の人物であり、実質的に小原鑑元の勢力拡大と受け止めた方がいいだろう。

 同紋衆である一万田鑑相の後釜に他紋衆が座るという衝撃は、今の佐田隆居と同じように豊後国内に激震として伝わるだろう。

 大友家最高意思決定機関である加判衆は現在五人で構成され、一万田鑑相粛清後は以下の四人によって運営されていた。

 

 吉岡長増(同紋衆)

 田北鑑生(たきた あきなり 同紋衆)

 臼杵鑑続(うすき あきつぐ 同紋衆)

 小原鑑元(他紋衆)

 

 同紋衆四人に他紋衆一人の圧倒的支配から同紋衆三人と他紋衆二人への移行は、一万田鑑相粛清後の微妙なパワーバランスに変わる予兆なのだが、吉岡長増は更なる爆弾を用意していた。

「二階崩れより空いていたもう一つの加判衆の座に、志賀親守(しが ちかもり)殿を据えようと思うておる。

雄城殿に座ってもらう代わりという事よ」

 大友三大支族の一家である志賀一族は豊後南部に広大な勢力を築き、北志賀家と南志賀家という二つの本家を持つ一族である。

 その南志賀家当主である志賀親守を加判衆に加えるという吉岡長増の告白に、何度も繰り返されてきた大神系国人衆との宿命的対決の再来を佐田隆居は戦慄せずにはいられない。

 元々、加判衆は六人で構成されており、先の大友家当主である大友義鑑(おおとも よしあき)は『同紋・他紋三人ずつで構成せよ』と遺言を残している。

 それに従わずに強引な同紋衆支配に他紋衆は不満を溜めていたのも事実で、同紋衆三人と他紋衆二人への移行によってその不満も解消されると同時に、今度は同紋衆に不満が溜まるだろうと佐田隆居は読んではいたが、ここまで迅速に同紋衆が他紋衆との対決に舵を切るとは思っていなかったのだ。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 6

 吉岡長増がここに来た理由を佐田隆居は悟る。

 大内への警戒だけでなく、大友内部で起こるであろう再度の内乱において、宇佐がどう動くのかを見極める為だと。

「何故に、そこまで事を急ぎまするか。

大内も中が荒れてい……それが理由ですな……」

 己が尋ねようとした吉岡長増への質問に、答えが含まれていた事に佐田隆居は苦笑するしかない。

 大内家が混乱している今だからこそなのだ。

 復権しつつある大神系国人衆を一掃して、大友一門支配を完成させる機会は。

 吉岡長増は佐田隆居に自嘲する。

「お屋形様は、同紋衆を信用しておらぬようだからの」

 身内骨肉の争いの中で大友家当主となった大友義鎮からすれば、同じ血を引いているだけで信用できると言い切れる訳がない。

 まだ己との利害関係に誠実な他紋衆の方がよほど分りやすいというのもあり、二階崩れで身辺を警護した佐伯惟教(さえき これのり)や、正室である奈多夫人の兄にあたる田原親賢を重用していたのもそこに起因する。

 佐田隆居は吉岡長増の自嘲に悟らざるを得ない。

これは、大友家同紋衆の総意なのだと。

「宇佐衆には動いてもらう事はない。

というか、動かぬよう頼みに来たというのが本音よ。

我らとて一万田の二の舞など味わいたくはないからの」

吉岡長増は独り言のように呟き、佐田隆居はあえて何も言わずにそれを流す事で答えた。

 吉岡長増が奈多夫人とその護衛を連れて豊後に帰ったのを見届けた佐田隆居は、宇佐に戻ると宇佐八幡大宮司である宮成公建(みやなり きみたけ)が彼の帰りを待っていた。

「寄進をしたいと言ってきた者がおる」

 祭事を司る大宮司をして、実務を担当する宇佐衆に話しておくほどの人物からの寄進というのは、例外なく裏がある事を佐田隆居は経験から知っていた。

 だから、初老に入ろうとしていた顔はわざととぼけたままで、ゆっくりと尋ねることで心を落ち着かせながら、その人物の名前を聞いた。

「それは上々な。

で、どなたですかな?」

「安芸国、毛利元就殿にて」

 

 運命なのかもしれないと、佐田隆居は後にこの時を思い出すようになる。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 7

永禄七年(1564) 府内 吉岡長増館

 

「この前、姫様に従った大神惟教(おおが これのり)より、大神側から見たあの乱の事を聞く事ができた」

 佐田隆居は空を見上げたまま生臭い思い出話を語る。

「火種になった中村長直(なかむら ながなお)率いる水軍衆は、多くの流れ者を抱えていたらしい。

その中に毛利の間者が居たのでないかと、佐伯惟教は後に疑ったそうだ」

「あの時、毛利は交渉役として小寺元武(こでら もとたけ)や小倉元実(おぐら もとざね)が常に府内に来ていたからの。

間者が中村と接触していた可能性もあろうよ」

 同じように吉岡長増も思い出話を語り、二人して暗い顔でため息をつく。

 既に過去の事であるし、乱によって多くの死傷者が出た後でそれを特定するのは不可能に近い。

 だが、佐田隆居がそんな事を言うのも乱が過去になったからで、毛利元就の手を佐田隆居が知ったからに他ならない。

 なお、その情報源は彼が仕える珠姫であり、佐田隆居は裏取りをしただけだりするのだが。

珠姫がどうして毛利元就の謀略を事細かに知っていたのかは判っていなかった。

「尼子新宮党や、陶の江良房栄(えら ふさひで)の粛清。

毛利が大内家を滅ぼした手を知れば、大友にそれをしかけなかった方がおかしい。

間違いなく、当時の大友は大内についたでしょうから」

 それが珠姫の示唆だったが、当事者にとっては霧を晴らす一言だった。

 その示唆を元に情報を集めなおして出てきた答えは、推測の域を出なかったが真っ黒だったのである。

「君側の姦を討つ名目で実際に兵を起こした中村・賀来・本庄の兵達は、『姫様に婿を取らせる故、お屋形様に手をかける事やむなし』と命を受けていたらしい」

 佐田隆居の乾いた笑みと共に吐き出される毒に、吉岡長増も投げやり気味に言葉を吐き捨てる。

「大寧寺の変再びと言った所か」

「佐伯惟教がどうして伊予宇都宮家に逃げ込んだのかというと、それが理由だそうな。

背後に毛利が蠢いているならば、沖家水軍に逃げ込むは自ら檻に逃げ込むようなものだからな」

 小原鑑元の乱によって、一族を引き連れて豊後より逃亡しなければならなかった佐伯惟教が逃げ込める場所は、伊予宇都宮家しか無かったのだった。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 8

 土佐一条家と伊予河野家は、それぞれ大友家より妻をもらい大友側の家臣がおり、伊予西園寺家は、宇和海をめぐってたびたび衝突を繰り返して怨恨があったのだ。

「しかし、乱は失敗した」

「吉岡殿を始め、加判衆が賢明だった故。

毛利元就とて成功するとは思っておらぬだろうて。

ただ、大内を滅ぼす間、大友が混乱してくれればいいと」

 吉岡長増も佐田隆居も何も食べず、何も飲まずに記憶を探る。

 今、毛利元就の毒牙にかかろうとしているのが珠姫であり、あの時もっとよい手が無かったのかと考えるのは、現在の状況打破になりうる一手を考える事に繋がるだろうからだ。

 毛利元就にとって、ある意味で成功し、ある意味で失敗した小原鑑元の乱を考える事は。

 

 

弘治二年(1556)五月 府内

 

府内の町を見下ろす上原館より炎が上がり、町の外周部にて兵達が殺し合いを行い、府内は阿鼻狂乱の坩堝と化した。

「謀反じゃ!謀反じゃ!」

「中村長直が裏切ったぞ!」

賀来家も襲ってくるぞ!」

「町に火が放たれたぞ!」

「助けてくれぇ!」

 燃え盛る炎、逃げ惑う人々。

 発生する略奪に、響く剣戟の音。

 炎と血によって彩られる紅の地獄は、確実に府内の大友館を目指していた。

「本庄新左衛門尉(ほんしょう さえもんのじょう)、賀来紀伊守(かく きいのかみ)、中村長直の手勢がこちらに向かっております!

既に上原館には炎が!

お逃げを!

落ち延びて再起を図るのです!」

 府内中央に位置する大友館を守っていた兵の悲痛な叫び声を、能面のような表情で大友義鎮が眺め、その隣では同じような顔で吉岡長増が大友義鎮を見つめていた。

 

そもそもの原因は、厳島合戦にて陶晴賢が討ち取られ、動揺著しい大内家救援の為に兵を集めていた事にある。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 9

毛利元就討伐に出た大内軍二万は壊滅的打撃を受けたが、西国有数の大家である大内家は揺らぎこそすれ、まだ余力は残っていた。

事実、周防長門にはまだ一万近い軍勢がおり、豊前や筑前の大内勢が後詰に動けば大内の優位は動かないはずだった。

だが、その揺らいだ優位を毛利元就は慎重に、かつ容赦なく切り崩す。

長門守護代の内藤家に内部分裂をしかけ、内藤隆春(ないとう たかはる)が離反。

彼の妹は毛利隆元(もうり たかもと)の妻であり、大内義隆(おおうち よしたか)の養女として嫁入りした事で、『大内の正統は毛利側にあり』という政治的アピールに、大内家中が揺れに揺れていた証拠である。

大内義長は大内の血を引いてはいるが元は大友の人間であり、陶晴賢の傀儡でしか無かった事から多くの家が毛利元就に靡いたのはある意味当然だった。

ならば、豊前・筑前から後詰をと大内義長は考えたが、豊前守護代だった杉重矩が陶晴賢に粛清された事によって、息子杉重輔(すぎ しげすけ)はこれを拒否。

筑前はというと、実質的な守護代として動いていた高橋鑑種が筑前に帰還したが、この状況で大内につく者は少なく、高橋鑑種を含めて多くの家が大友に靡く始末。

 かくして、大内義長は兄である大友義鎮に助けを請うしか手段は残っていなかったのである。

最初、大友義鎮は兄弟の情というよりも、大友家の利益を踏まえて出兵を意図していた。

もちろん、弟を助けたいという思いが無い訳ではない。

だが、窮乏の大内家に助ける事によって、豊前・筑前の国人衆を掌握できる利の方が大きかったのだ。

既に立花鑑載(たちばな としあき)などの大友同紋衆の家は大友義鎮に服従の証書を出し、大内家家老として高橋鑑種からの救援要請が府内に届けられ大義名分もあり、商都博多も大友側が完全に握っている状況になっていた。

ここで大内義長を見捨てるという選択肢もあったし、毛利元就から小寺元武が府内にやってきて『毛利は九州に野心は無し、豊前・筑前はお好きなように』という言質も得てはいた。

加判衆だけでなく多くの重臣を集めた評定の場で、これに異を唱えたのは吉岡長増である。

「豊前・筑前はお屋形様自らの力で奪い取ったのであり、毛利元就に与えられたものではございませぬ」

 その一言に、大友家の外交を取り仕切っていた臼杵鑑続が続く。

「毛利が大内の後継を謳っている以上、かの家が豊前・筑前に野心を出さぬという事の方が戯言でしょう。

それよりも弟義長様を助け、大内より上位に大友を据える方が肝要。

 国人衆は弟を見捨てなかった義を見て、己も助けてくれると考えるかと」



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