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毛利少輔四郎
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その一
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その二
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 大分川合戦
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その三
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 21
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 24
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 26
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その四
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 27
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 28
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その五
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その六
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 29
天下を望まなかった男
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毛利の隠し矢
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大友家すいーつクリスマス
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 4

「あの姫が男子でなくて、これほど安堵する事はない」

「まったくだ」

 宇佐八幡での対面時に兵を率いた吉岡長増と、宇佐衆代表で警護を担当した佐田隆居の当時の一言は、この後何度も二人の間で交わされる事になる。

 もし、珠姫が男ならば当時の大友家唯一の後継者候補となり、己の生んだ子供でない彼を奈多夫人が受け入れたかどうか激しく不安な所だろう。

 珠姫が女子ゆえ必然的に他家に嫁に行き、己が生む子のライバルになる事がないからこそ、奈多夫人は彼女を受け入れたのである。

 まぁ、そんな政治的打算も長く付き合えば情も沸くのは人間の面白い所で、二人の関係は実の母娘と同じようになっていく。

 そんな幸せな母娘の光景の外では、冷酷極まりない政治がこの二人を取り囲んでいる事にまだ二人は気づいていなかった。

「豊前南部で怪しい動きをしている家はない。

姫様のおかげよ」

 佐田隆居の呟きに吉岡長増は何も答えない事で肯定を伝える。

 大友二階崩れから大寧寺の変までの西国大乱は激震となってあちこちに燻り、宇佐衆を束ねる佐田隆居の元には大友義鎮と大内義長の双方から所領安堵の書状がやってきていた。

 誰につくべきか各地の国人衆が右往左往する中で、豊前南部が大友寄りで纏まっているのも、奈多夫人の前で笑っている幼子のおかげである。

 

「大友・大内のどちらにつくかは、宇佐八幡のご神託にて決める」

 

 佐田隆居は宇佐衆だけでなく双方からの誘いまでをこのようにして煙に巻いて時間を稼ぎ、珠姫という人質を差し出すという好条件を提示した吉岡長増に従って大友についたのだった。

 当然、何かあった時は人質である珠姫の事を皆が考える事になり、大内家豊前守護代の杉重矩(すぎ しげのり)すら、その動向に注視せざるを得ない鬼手となったのである。

 なお、杉重矩は陶晴賢との権力争いに敗れて粛清されたのだが、その一因となったのは豊前南部の国人衆離反を責められたのが一因になったという。

 このように宇佐八幡および宇佐衆が大友よりの中立を保っている事は、領内の掌握に追われる大友家にとってもありがたい事だった。

 大友家は多くの将兵を討ち取られ、敗亡寸前に追い込まれた勢場ヶ原合戦を忘れてはいない。

 あの合戦で間道を大内軍に教えて大友本陣を壊滅させたのは、何を隠そうこの佐田隆居なのだから。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 5

 宇佐を中心とした豊前南部が安定すると、地理的に国東半島も安定する。

 ここを押さえている田原家および奈多家は大友義鎮の統治に積極的に協力しており、豊後安定の要石になっていたのである。

「府内の様子はどのような感じで?」

「空いた加判衆の座に、雄城治景(おぎ はるかげ)が座るらしい」

 現役加判衆首座である吉岡長増から機密を漏らされた佐田隆居に衝撃が走る。

 雄城家は大神系国人衆の分家で、佐伯・小原に次ぐ格を持つ有力他紋衆である。

 とはいえ、加判衆の座に座る才能があるかといえば疑問符がつく程度の人物であり、実質的に小原鑑元の勢力拡大と受け止めた方がいいだろう。

 同紋衆である一万田鑑相の後釜に他紋衆が座るという衝撃は、今の佐田隆居と同じように豊後国内に激震として伝わるだろう。

 大友家最高意思決定機関である加判衆は現在五人で構成され、一万田鑑相粛清後は以下の四人によって運営されていた。

 

 吉岡長増(同紋衆)

 田北鑑生(たきた あきなり 同紋衆)

 臼杵鑑続(うすき あきつぐ 同紋衆)

 小原鑑元(他紋衆)

 

 同紋衆四人に他紋衆一人の圧倒的支配から同紋衆三人と他紋衆二人への移行は、一万田鑑相粛清後の微妙なパワーバランスに変わる予兆なのだが、吉岡長増は更なる爆弾を用意していた。

「二階崩れより空いていたもう一つの加判衆の座に、志賀親守(しが ちかもり)殿を据えようと思うておる。

雄城殿に座ってもらう代わりという事よ」

 大友三大支族の一家である志賀一族は豊後南部に広大な勢力を築き、北志賀家と南志賀家という二つの本家を持つ一族である。

 その南志賀家当主である志賀親守を加判衆に加えるという吉岡長増の告白に、何度も繰り返されてきた大神系国人衆との宿命的対決の再来を佐田隆居は戦慄せずにはいられない。

 元々、加判衆は六人で構成されており、先の大友家当主である大友義鑑(おおとも よしあき)は『同紋・他紋三人ずつで構成せよ』と遺言を残している。

 それに従わずに強引な同紋衆支配に他紋衆は不満を溜めていたのも事実で、同紋衆三人と他紋衆二人への移行によってその不満も解消されると同時に、今度は同紋衆に不満が溜まるだろうと佐田隆居は読んではいたが、ここまで迅速に同紋衆が他紋衆との対決に舵を切るとは思っていなかったのだ。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 6

 吉岡長増がここに来た理由を佐田隆居は悟る。

 大内への警戒だけでなく、大友内部で起こるであろう再度の内乱において、宇佐がどう動くのかを見極める為だと。

「何故に、そこまで事を急ぎまするか。

大内も中が荒れてい……それが理由ですな……」

 己が尋ねようとした吉岡長増への質問に、答えが含まれていた事に佐田隆居は苦笑するしかない。

 大内家が混乱している今だからこそなのだ。

 復権しつつある大神系国人衆を一掃して、大友一門支配を完成させる機会は。

 吉岡長増は佐田隆居に自嘲する。

「お屋形様は、同紋衆を信用しておらぬようだからの」

 身内骨肉の争いの中で大友家当主となった大友義鎮からすれば、同じ血を引いているだけで信用できると言い切れる訳がない。

 まだ己との利害関係に誠実な他紋衆の方がよほど分りやすいというのもあり、二階崩れで身辺を警護した佐伯惟教(さえき これのり)や、正室である奈多夫人の兄にあたる田原親賢を重用していたのもそこに起因する。

 佐田隆居は吉岡長増の自嘲に悟らざるを得ない。

これは、大友家同紋衆の総意なのだと。

「宇佐衆には動いてもらう事はない。

というか、動かぬよう頼みに来たというのが本音よ。

我らとて一万田の二の舞など味わいたくはないからの」

吉岡長増は独り言のように呟き、佐田隆居はあえて何も言わずにそれを流す事で答えた。

 吉岡長増が奈多夫人とその護衛を連れて豊後に帰ったのを見届けた佐田隆居は、宇佐に戻ると宇佐八幡大宮司である宮成公建(みやなり きみたけ)が彼の帰りを待っていた。

「寄進をしたいと言ってきた者がおる」

 祭事を司る大宮司をして、実務を担当する宇佐衆に話しておくほどの人物からの寄進というのは、例外なく裏がある事を佐田隆居は経験から知っていた。

 だから、初老に入ろうとしていた顔はわざととぼけたままで、ゆっくりと尋ねることで心を落ち着かせながら、その人物の名前を聞いた。

「それは上々な。

で、どなたですかな?」

「安芸国、毛利元就殿にて」

 

 運命なのかもしれないと、佐田隆居は後にこの時を思い出すようになる。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 7

永禄七年(1564) 府内 吉岡長増館

 

「この前、姫様に従った大神惟教(おおが これのり)より、大神側から見たあの乱の事を聞く事ができた」

 佐田隆居は空を見上げたまま生臭い思い出話を語る。

「火種になった中村長直(なかむら ながなお)率いる水軍衆は、多くの流れ者を抱えていたらしい。

その中に毛利の間者が居たのでないかと、佐伯惟教は後に疑ったそうだ」

「あの時、毛利は交渉役として小寺元武(こでら もとたけ)や小倉元実(おぐら もとざね)が常に府内に来ていたからの。

間者が中村と接触していた可能性もあろうよ」

 同じように吉岡長増も思い出話を語り、二人して暗い顔でため息をつく。

 既に過去の事であるし、乱によって多くの死傷者が出た後でそれを特定するのは不可能に近い。

 だが、佐田隆居がそんな事を言うのも乱が過去になったからで、毛利元就の手を佐田隆居が知ったからに他ならない。

 なお、その情報源は彼が仕える珠姫であり、佐田隆居は裏取りをしただけだりするのだが。

珠姫がどうして毛利元就の謀略を事細かに知っていたのかは判っていなかった。

「尼子新宮党や、陶の江良房栄(えら ふさひで)の粛清。

毛利が大内家を滅ぼした手を知れば、大友にそれをしかけなかった方がおかしい。

間違いなく、当時の大友は大内についたでしょうから」

 それが珠姫の示唆だったが、当事者にとっては霧を晴らす一言だった。

 その示唆を元に情報を集めなおして出てきた答えは、推測の域を出なかったが真っ黒だったのである。

「君側の姦を討つ名目で実際に兵を起こした中村・賀来・本庄の兵達は、『姫様に婿を取らせる故、お屋形様に手をかける事やむなし』と命を受けていたらしい」

 佐田隆居の乾いた笑みと共に吐き出される毒に、吉岡長増も投げやり気味に言葉を吐き捨てる。

「大寧寺の変再びと言った所か」

「佐伯惟教がどうして伊予宇都宮家に逃げ込んだのかというと、それが理由だそうな。

背後に毛利が蠢いているならば、沖家水軍に逃げ込むは自ら檻に逃げ込むようなものだからな」

 小原鑑元の乱によって、一族を引き連れて豊後より逃亡しなければならなかった佐伯惟教が逃げ込める場所は、伊予宇都宮家しか無かったのだった。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 8

 土佐一条家と伊予河野家は、それぞれ大友家より妻をもらい大友側の家臣がおり、伊予西園寺家は、宇和海をめぐってたびたび衝突を繰り返して怨恨があったのだ。

「しかし、乱は失敗した」

「吉岡殿を始め、加判衆が賢明だった故。

毛利元就とて成功するとは思っておらぬだろうて。

ただ、大内を滅ぼす間、大友が混乱してくれればいいと」

 吉岡長増も佐田隆居も何も食べず、何も飲まずに記憶を探る。

 今、毛利元就の毒牙にかかろうとしているのが珠姫であり、あの時もっとよい手が無かったのかと考えるのは、現在の状況打破になりうる一手を考える事に繋がるだろうからだ。

 毛利元就にとって、ある意味で成功し、ある意味で失敗した小原鑑元の乱を考える事は。

 

 

弘治二年(1556)五月 府内

 

府内の町を見下ろす上原館より炎が上がり、町の外周部にて兵達が殺し合いを行い、府内は阿鼻狂乱の坩堝と化した。

「謀反じゃ!謀反じゃ!」

「中村長直が裏切ったぞ!」

賀来家も襲ってくるぞ!」

「町に火が放たれたぞ!」

「助けてくれぇ!」

 燃え盛る炎、逃げ惑う人々。

 発生する略奪に、響く剣戟の音。

 炎と血によって彩られる紅の地獄は、確実に府内の大友館を目指していた。

「本庄新左衛門尉(ほんしょう さえもんのじょう)、賀来紀伊守(かく きいのかみ)、中村長直の手勢がこちらに向かっております!

既に上原館には炎が!

お逃げを!

落ち延びて再起を図るのです!」

 府内中央に位置する大友館を守っていた兵の悲痛な叫び声を、能面のような表情で大友義鎮が眺め、その隣では同じような顔で吉岡長増が大友義鎮を見つめていた。

 

そもそもの原因は、厳島合戦にて陶晴賢が討ち取られ、動揺著しい大内家救援の為に兵を集めていた事にある。



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