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毛利少輔四郎
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 1
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 20
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その一
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その二
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 大分川合戦
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 16
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 18
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その三
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 21
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 24
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 25
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 26
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その四
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 27
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 28
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その五
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その六
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 29
天下を望まなかった男
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毛利の隠し矢
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大友家すいーつクリスマス
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 2

 的確かつ冷酷な状況判断は父親である大友義鎮の血を引いていると納得すると同時に、それゆえ父親から猜疑心を持たれていると本人が悟っているあたり救いようがない。

「あの姫は火種にしかならぬ。

府内に置いていたら、今まで生きていられなかっただろうよ」

 珠姫の側にいたからこそ、佐田隆居は本音を漏らす。

 既に彼女は彼女の知らぬ所で、既に三度も政治に巻き込まれていたのだから。

 一度目は、一万田鑑相(いちまだ あきすけ)によって。

 二度目は、小原鑑元(おばら あきもと)によって。

 三度目は、大内義長(おおうち よしなが)によって。

 

 

天文二十二年(1553) 豊前国 宇佐八幡宮

 

 大友二階崩れによってその寵を失っていた一万田鑑相だが、同紋衆の中心として加判衆評定を取りまとめて大友義鎮の大名としての立ち上がりに尽力していたのは誰もが認めていた。

二階崩れの後に勃発した菊池義武(きくち よしたけ)の謀反討伐などを主導し鎮圧に導き、大内家で勃発した大寧寺の変と呼ばれるクーデターにおいて陶晴賢(すえ はるかた)と手を結んで、弟大友晴英を大内義長として送り、二階崩れで動揺激しい大友家の安定化にある程度成功したのだ。

ただし、これらの功績は彼の出身派閥である同紋衆を主体にして行われた事であり、それゆえ二階崩れにおいて復権した大神系国人衆で他紋衆の中で唯一加判衆の座にいる小原鑑元との確執は、修復できないレベルにまで拡大してしまっていた。

 大友二階崩れで没落した他紋衆は大神系国人衆『以外』の国人衆で、二階崩れとその後の混乱はかえって大神系国人衆の影響力の回復という形になって跳ね返っていたのである。

 宿敵ともいえる大神系国人衆の復権に、身内である同紋衆からも一万田鑑相に対して非難の声が上がり、板挟みの状況に置かれていたのは間違いがない。

 一万田鑑相は己が死地にいる事を十分理解しており、それゆえ必死になって打開策を模索し続けた。

 息子高橋鑑種(たかはし あきたね)を送り込んだ大内家との関係を使い家中をまとめるだけでなく、弟宗像鑑久(むなかた あきひさ)を筑前宗像大社神職でありその周辺を支配していた宗像家の養子に出す事で己の勢力を増大させようとし、大神系国人衆を牽制するために正室となった奈多家を優遇して第三勢力を形成しようと画策。

 大内家との関係改善と宗像大社への養子、国東半島に強い影響力を持つ奈多家の優遇は、田原家および宗像大社とも縁が深い宇佐八幡宮対策と言っても良く、一万田鑑相はこれらの手段を駆使して死地を脱しようとしたのである。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 3

 だが、それが墓穴となった。

 大内家は案の定陶晴賢の独裁となり、豊前や筑前において大友勢力に手を伸ばしてきて軋轢が発生。

 筑前宗像家では、宗像鑑久の妻になる予定だった菊姫が、陶晴賢側の宗像氏貞(むなかた うじさだ)側の家臣に襲撃を受けて惨殺されており、養子話そのものが頓挫。

 更に、奈多家優遇策はただでさえ疑念を持っていた同紋衆から非難の集中を浴び孤立。

 そして、一万田鑑相が犯した致命的失策は、宇佐八幡宮に手を出した事で家中の内紛から逃すつもりで送り込んだ珠姫を政治的駒として確保する事を見透かされ、大友義鎮の逆鱗に触れてしまったことにある。

 この時、一万田鑑相を売って大友義鎮に一部始終を密告して寵を得たのが田原親賢だった。

 かくして、家中の誰もが敵となった一万田鑑相を助ける者は誰もおらず、彼が他紋衆の賀来民部(かく みんぶ)・将監(しょうげん)の兄弟によって殺害された時の府内の空気は、『やっぱりこうなったか』だったという。

 なお、この騒動時に宗像鑑久と一万田一族の服部右京亮(はっとり うきょうのすけ)も殺されたが、この騒動は私闘であるとして一万田家そのものは滅ぼさずに長男一万田親実(いちまだ ちかざね)に家を継がせ、賀来家の処遇は加判衆である小原鑑元に一任された。

 とはいえ、実際に誰が賀来兄弟を唆したかというと小原鑑元であり、彼の行動を黙認した大友義鎮に他ならず、大友家中は誰もが一万田鑑相は粛清されたと感づいていたのだった。

 一万田鑑相粛清前から宇佐八幡宮関連のパイプを握っていたのは吉岡長増で、宇佐八幡宮と利害関係で対立していた奈多八幡宮出身の田原親賢を用いなかったあたりに、大友義鎮の大名としての才が光る。

 吉岡長増と佐田隆居の付き合いはこの頃より始まる。

 

「母上と呼ぶがいい」

「は、は、う、え?」

 

 二階崩れの後、短い期間を経て珠姫は宇佐八幡宮に預けられた。

 母を知らぬ娘は不憫と、定期的に正室である奈多夫人がわざわざ宇佐八幡宮に出向いて幼な子の珠姫を見に来たのは、それを理由に宇佐八幡に護衛の名目で兵を送れるからで、大内家との関係が緊張する中で、豊前南部の国人衆を繋ぎとめる為の格好の政治的アピールになっていたのは否定できない事実だった。

 ただ、何も知らぬ(と周囲は思っていた)珠姫は素直に奈多夫人に懐き、奈多夫人も彼女の行為を受け入れたのである。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 4

「あの姫が男子でなくて、これほど安堵する事はない」

「まったくだ」

 宇佐八幡での対面時に兵を率いた吉岡長増と、宇佐衆代表で警護を担当した佐田隆居の当時の一言は、この後何度も二人の間で交わされる事になる。

 もし、珠姫が男ならば当時の大友家唯一の後継者候補となり、己の生んだ子供でない彼を奈多夫人が受け入れたかどうか激しく不安な所だろう。

 珠姫が女子ゆえ必然的に他家に嫁に行き、己が生む子のライバルになる事がないからこそ、奈多夫人は彼女を受け入れたのである。

 まぁ、そんな政治的打算も長く付き合えば情も沸くのは人間の面白い所で、二人の関係は実の母娘と同じようになっていく。

 そんな幸せな母娘の光景の外では、冷酷極まりない政治がこの二人を取り囲んでいる事にまだ二人は気づいていなかった。

「豊前南部で怪しい動きをしている家はない。

姫様のおかげよ」

 佐田隆居の呟きに吉岡長増は何も答えない事で肯定を伝える。

 大友二階崩れから大寧寺の変までの西国大乱は激震となってあちこちに燻り、宇佐衆を束ねる佐田隆居の元には大友義鎮と大内義長の双方から所領安堵の書状がやってきていた。

 誰につくべきか各地の国人衆が右往左往する中で、豊前南部が大友寄りで纏まっているのも、奈多夫人の前で笑っている幼子のおかげである。

 

「大友・大内のどちらにつくかは、宇佐八幡のご神託にて決める」

 

 佐田隆居は宇佐衆だけでなく双方からの誘いまでをこのようにして煙に巻いて時間を稼ぎ、珠姫という人質を差し出すという好条件を提示した吉岡長増に従って大友についたのだった。

 当然、何かあった時は人質である珠姫の事を皆が考える事になり、大内家豊前守護代の杉重矩(すぎ しげのり)すら、その動向に注視せざるを得ない鬼手となったのである。

 なお、杉重矩は陶晴賢との権力争いに敗れて粛清されたのだが、その一因となったのは豊前南部の国人衆離反を責められたのが一因になったという。

 このように宇佐八幡および宇佐衆が大友よりの中立を保っている事は、領内の掌握に追われる大友家にとってもありがたい事だった。

 大友家は多くの将兵を討ち取られ、敗亡寸前に追い込まれた勢場ヶ原合戦を忘れてはいない。

 あの合戦で間道を大内軍に教えて大友本陣を壊滅させたのは、何を隠そうこの佐田隆居なのだから。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 5

 宇佐を中心とした豊前南部が安定すると、地理的に国東半島も安定する。

 ここを押さえている田原家および奈多家は大友義鎮の統治に積極的に協力しており、豊後安定の要石になっていたのである。

「府内の様子はどのような感じで?」

「空いた加判衆の座に、雄城治景(おぎ はるかげ)が座るらしい」

 現役加判衆首座である吉岡長増から機密を漏らされた佐田隆居に衝撃が走る。

 雄城家は大神系国人衆の分家で、佐伯・小原に次ぐ格を持つ有力他紋衆である。

 とはいえ、加判衆の座に座る才能があるかといえば疑問符がつく程度の人物であり、実質的に小原鑑元の勢力拡大と受け止めた方がいいだろう。

 同紋衆である一万田鑑相の後釜に他紋衆が座るという衝撃は、今の佐田隆居と同じように豊後国内に激震として伝わるだろう。

 大友家最高意思決定機関である加判衆は現在五人で構成され、一万田鑑相粛清後は以下の四人によって運営されていた。

 

 吉岡長増(同紋衆)

 田北鑑生(たきた あきなり 同紋衆)

 臼杵鑑続(うすき あきつぐ 同紋衆)

 小原鑑元(他紋衆)

 

 同紋衆四人に他紋衆一人の圧倒的支配から同紋衆三人と他紋衆二人への移行は、一万田鑑相粛清後の微妙なパワーバランスに変わる予兆なのだが、吉岡長増は更なる爆弾を用意していた。

「二階崩れより空いていたもう一つの加判衆の座に、志賀親守(しが ちかもり)殿を据えようと思うておる。

雄城殿に座ってもらう代わりという事よ」

 大友三大支族の一家である志賀一族は豊後南部に広大な勢力を築き、北志賀家と南志賀家という二つの本家を持つ一族である。

 その南志賀家当主である志賀親守を加判衆に加えるという吉岡長増の告白に、何度も繰り返されてきた大神系国人衆との宿命的対決の再来を佐田隆居は戦慄せずにはいられない。

 元々、加判衆は六人で構成されており、先の大友家当主である大友義鑑(おおとも よしあき)は『同紋・他紋三人ずつで構成せよ』と遺言を残している。

 それに従わずに強引な同紋衆支配に他紋衆は不満を溜めていたのも事実で、同紋衆三人と他紋衆二人への移行によってその不満も解消されると同時に、今度は同紋衆に不満が溜まるだろうと佐田隆居は読んではいたが、ここまで迅速に同紋衆が他紋衆との対決に舵を切るとは思っていなかったのだ。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 6

 吉岡長増がここに来た理由を佐田隆居は悟る。

 大内への警戒だけでなく、大友内部で起こるであろう再度の内乱において、宇佐がどう動くのかを見極める為だと。

「何故に、そこまで事を急ぎまするか。

大内も中が荒れてい……それが理由ですな……」

 己が尋ねようとした吉岡長増への質問に、答えが含まれていた事に佐田隆居は苦笑するしかない。

 大内家が混乱している今だからこそなのだ。

 復権しつつある大神系国人衆を一掃して、大友一門支配を完成させる機会は。

 吉岡長増は佐田隆居に自嘲する。

「お屋形様は、同紋衆を信用しておらぬようだからの」

 身内骨肉の争いの中で大友家当主となった大友義鎮からすれば、同じ血を引いているだけで信用できると言い切れる訳がない。

 まだ己との利害関係に誠実な他紋衆の方がよほど分りやすいというのもあり、二階崩れで身辺を警護した佐伯惟教(さえき これのり)や、正室である奈多夫人の兄にあたる田原親賢を重用していたのもそこに起因する。

 佐田隆居は吉岡長増の自嘲に悟らざるを得ない。

これは、大友家同紋衆の総意なのだと。

「宇佐衆には動いてもらう事はない。

というか、動かぬよう頼みに来たというのが本音よ。

我らとて一万田の二の舞など味わいたくはないからの」

吉岡長増は独り言のように呟き、佐田隆居はあえて何も言わずにそれを流す事で答えた。

 吉岡長増が奈多夫人とその護衛を連れて豊後に帰ったのを見届けた佐田隆居は、宇佐に戻ると宇佐八幡大宮司である宮成公建(みやなり きみたけ)が彼の帰りを待っていた。

「寄進をしたいと言ってきた者がおる」

 祭事を司る大宮司をして、実務を担当する宇佐衆に話しておくほどの人物からの寄進というのは、例外なく裏がある事を佐田隆居は経験から知っていた。

 だから、初老に入ろうとしていた顔はわざととぼけたままで、ゆっくりと尋ねることで心を落ち着かせながら、その人物の名前を聞いた。

「それは上々な。

で、どなたですかな?」

「安芸国、毛利元就殿にて」

 

 運命なのかもしれないと、佐田隆居は後にこの時を思い出すようになる。



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