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毛利少輔四郎
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 1
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その三
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 21
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 24
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 26
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その四
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 27
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 28
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その五
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その六
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 29
天下を望まなかった男
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毛利の隠し矢
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大友家すいーつクリスマス
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用語解説

大友三大支族

 

田原家

 国東半島を拠点に勢力を持つ。

 幾度と無く独立を望み、大友宗家より常に警戒される家。

 その分断策に吉弘家など田原分家が優遇された。

 

志賀家

 豊後南部に勢力を持ち、北志賀家と南志賀家(双方とも志賀と名乗っている)に本家が分裂しているがその地盤は強大。

 南部衆と言えば、この志賀家とその一族を指す事が多い。

 

託摩家

 肥後を拠点に菊池家の血と混ざり土着化。肥後の名族菊池家をついに乗っ取る。

 だが、菊池義武の大友からの独立とその戦乱で衰退。

 

 

大友家以外の国人衆

 

宇佐衆

 宇佐八幡宮の荘園領主を母体とした国人衆の集合体。

 現在の筆頭は佐田隆居で、宇佐衆は勢場ヶ原合戦にて大内家の方につき、現在でも大友家中ではその怨恨を引きずっている所が多い。

 

大神系国人衆

 鎌倉時代前から豊後に土着し、緒方惟栄などを輩出して豊後を支配していた一族。

 それゆえ、豊後の支配をめぐり鎌倉時代に下向した大友家と長い闘争を続けていた。

 小原鑑元の乱によって、一族宗家を束ねる家が滅亡・逃亡・引退に追い込まれた事で、一族としての統一行動を取る事はほぼなくなっている。

 

城井宇都宮家

 元は関東の名家で豊前国に根付いた一族。

 とはいえ、大友・大内にはさまれた結果勢力は衰え、分家の多くが大友・大内(毛利)へと独自の判断にてついている。

 宇佐衆筆頭の佐田家は城井宇都宮家の有力分家の一つ。

 

大蔵党

 筑前国に根を張る国人衆の集合体。

 藤原純友の乱鎮圧に功績のあった大蔵春実を祖に代々大宰府府官を務め、子孫は九州の原田氏・秋月氏・波多江氏・三原氏・田尻氏・高橋氏の祖となって繁茂。

 筑前国人衆に大蔵の血が入っていない所はないと言われるが、大内家や少武家などの守護勢力の下で弱体化。

 大蔵党は原田・秋月・高橋の三家の格が高いのだが、高橋家は断絶。一万田家より養子をもらう事で家を存続させた。

 それが高橋鑑種である。


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毛利少輔四郎


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 1

老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編

 

永禄七年(1564) 府内 吉岡長増館

 

 大友義鎮への挨拶と称して佐田隆居が府内にやってきたその日の事。

 挨拶も済ませた彼が次に訪れたのが吉岡長増の館だった。

 互いの身内を遠ざけた二人きりの会話は、二人の老人からすればあまりに生々しすぎるものだった。

「加判衆?

俺に死ねと言っているのか?」

「言うつもりが無いからこそ、釘を刺しているのだろうが。

豊前どころか筑前すら、この間の件で蠢動し始めているのだぞ」

 互いの白髪のみしかない髪を眺めながら、二人共同じように苦笑する。

 話題は秋月騒乱から城井内紛までその騒動の渦中いた一人の姫君の話だった。

 珠姫。

 今は伊勢参りの為に畿内にいる姫君の巻き起こした騒動によって、大友家はかつてない安定を見せようとしていたのである。

 同時に、否応なく始まっている内部の権力争いの中で、重要な因子として大友家に組み込まれた事を意味していた。

 大友家最高意思決定機関である加判衆の座二つ。

 そこに誰が座るかで、府内は静かな緊張状態に包まれていたのである。

「一つ聞かせて欲しいのだが、佐伯帰参という手を考えたのはお前か?」

 吉岡長増が感歎の表情で尋ねると、知らなかった佐田隆居が驚愕の顔を晒し、それが全てを語っていたのだが一応言葉で答えを告げる。

「残念ながら、それは姫様自ら考え出した事だ。

本当に残念な事だがな」

 二人してため息をつきながら、同じ結論に至らざるを得ない。

 あの姫は、小原鑑元の乱の事を知っている。

 それだけではない。

 間違いなく大友二階崩れの事も掴んでいる。

「佐伯帰参の理由がまた笑えぬ。

『毛利水軍に勝つ為に、佐伯を使い強化する』ときた」

 そして、このままでは毛利家との戦に大友家は負けると判断している。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 2

 的確かつ冷酷な状況判断は父親である大友義鎮の血を引いていると納得すると同時に、それゆえ父親から猜疑心を持たれていると本人が悟っているあたり救いようがない。

「あの姫は火種にしかならぬ。

府内に置いていたら、今まで生きていられなかっただろうよ」

 珠姫の側にいたからこそ、佐田隆居は本音を漏らす。

 既に彼女は彼女の知らぬ所で、既に三度も政治に巻き込まれていたのだから。

 一度目は、一万田鑑相(いちまだ あきすけ)によって。

 二度目は、小原鑑元(おばら あきもと)によって。

 三度目は、大内義長(おおうち よしなが)によって。

 

 

天文二十二年(1553) 豊前国 宇佐八幡宮

 

 大友二階崩れによってその寵を失っていた一万田鑑相だが、同紋衆の中心として加判衆評定を取りまとめて大友義鎮の大名としての立ち上がりに尽力していたのは誰もが認めていた。

二階崩れの後に勃発した菊池義武(きくち よしたけ)の謀反討伐などを主導し鎮圧に導き、大内家で勃発した大寧寺の変と呼ばれるクーデターにおいて陶晴賢(すえ はるかた)と手を結んで、弟大友晴英を大内義長として送り、二階崩れで動揺激しい大友家の安定化にある程度成功したのだ。

ただし、これらの功績は彼の出身派閥である同紋衆を主体にして行われた事であり、それゆえ二階崩れにおいて復権した大神系国人衆で他紋衆の中で唯一加判衆の座にいる小原鑑元との確執は、修復できないレベルにまで拡大してしまっていた。

 大友二階崩れで没落した他紋衆は大神系国人衆『以外』の国人衆で、二階崩れとその後の混乱はかえって大神系国人衆の影響力の回復という形になって跳ね返っていたのである。

 宿敵ともいえる大神系国人衆の復権に、身内である同紋衆からも一万田鑑相に対して非難の声が上がり、板挟みの状況に置かれていたのは間違いがない。

 一万田鑑相は己が死地にいる事を十分理解しており、それゆえ必死になって打開策を模索し続けた。

 息子高橋鑑種(たかはし あきたね)を送り込んだ大内家との関係を使い家中をまとめるだけでなく、弟宗像鑑久(むなかた あきひさ)を筑前宗像大社神職でありその周辺を支配していた宗像家の養子に出す事で己の勢力を増大させようとし、大神系国人衆を牽制するために正室となった奈多家を優遇して第三勢力を形成しようと画策。

 大内家との関係改善と宗像大社への養子、国東半島に強い影響力を持つ奈多家の優遇は、田原家および宗像大社とも縁が深い宇佐八幡宮対策と言っても良く、一万田鑑相はこれらの手段を駆使して死地を脱しようとしたのである。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 3

 だが、それが墓穴となった。

 大内家は案の定陶晴賢の独裁となり、豊前や筑前において大友勢力に手を伸ばしてきて軋轢が発生。

 筑前宗像家では、宗像鑑久の妻になる予定だった菊姫が、陶晴賢側の宗像氏貞(むなかた うじさだ)側の家臣に襲撃を受けて惨殺されており、養子話そのものが頓挫。

 更に、奈多家優遇策はただでさえ疑念を持っていた同紋衆から非難の集中を浴び孤立。

 そして、一万田鑑相が犯した致命的失策は、宇佐八幡宮に手を出した事で家中の内紛から逃すつもりで送り込んだ珠姫を政治的駒として確保する事を見透かされ、大友義鎮の逆鱗に触れてしまったことにある。

 この時、一万田鑑相を売って大友義鎮に一部始終を密告して寵を得たのが田原親賢だった。

 かくして、家中の誰もが敵となった一万田鑑相を助ける者は誰もおらず、彼が他紋衆の賀来民部(かく みんぶ)・将監(しょうげん)の兄弟によって殺害された時の府内の空気は、『やっぱりこうなったか』だったという。

 なお、この騒動時に宗像鑑久と一万田一族の服部右京亮(はっとり うきょうのすけ)も殺されたが、この騒動は私闘であるとして一万田家そのものは滅ぼさずに長男一万田親実(いちまだ ちかざね)に家を継がせ、賀来家の処遇は加判衆である小原鑑元に一任された。

 とはいえ、実際に誰が賀来兄弟を唆したかというと小原鑑元であり、彼の行動を黙認した大友義鎮に他ならず、大友家中は誰もが一万田鑑相は粛清されたと感づいていたのだった。

 一万田鑑相粛清前から宇佐八幡宮関連のパイプを握っていたのは吉岡長増で、宇佐八幡宮と利害関係で対立していた奈多八幡宮出身の田原親賢を用いなかったあたりに、大友義鎮の大名としての才が光る。

 吉岡長増と佐田隆居の付き合いはこの頃より始まる。

 

「母上と呼ぶがいい」

「は、は、う、え?」

 

 二階崩れの後、短い期間を経て珠姫は宇佐八幡宮に預けられた。

 母を知らぬ娘は不憫と、定期的に正室である奈多夫人がわざわざ宇佐八幡宮に出向いて幼な子の珠姫を見に来たのは、それを理由に宇佐八幡に護衛の名目で兵を送れるからで、大内家との関係が緊張する中で、豊前南部の国人衆を繋ぎとめる為の格好の政治的アピールになっていたのは否定できない事実だった。

 ただ、何も知らぬ(と周囲は思っていた)珠姫は素直に奈多夫人に懐き、奈多夫人も彼女の行為を受け入れたのである。



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