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毛利少輔四郎
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その一
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その三
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その四
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 27
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 28
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その五
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その六
老人達の思い出話 小原鑑元の乱 後編 29
天下を望まなかった男
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毛利の隠し矢
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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編

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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 1

老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編

 

永禄七年(1564) 府内 吉岡長増館

 

 大友義鎮への挨拶と称して佐田隆居が府内にやってきたその日の事。

 挨拶も済ませた彼が次に訪れたのが吉岡長増の館だった。

 互いの身内を遠ざけた二人きりの会話は、二人の老人からすればあまりに生々しすぎるものだった。

「加判衆?

俺に死ねと言っているのか?」

「言うつもりが無いからこそ、釘を刺しているのだろうが。

豊前どころか筑前すら、この間の件で蠢動し始めているのだぞ」

 互いの白髪のみしかない髪を眺めながら、二人共同じように苦笑する。

 話題は秋月騒乱から城井内紛までその騒動の渦中いた一人の姫君の話だった。

 珠姫。

 今は伊勢参りの為に畿内にいる姫君の巻き起こした騒動によって、大友家はかつてない安定を見せようとしていたのである。

 同時に、否応なく始まっている内部の権力争いの中で、重要な因子として大友家に組み込まれた事を意味していた。

 大友家最高意思決定機関である加判衆の座二つ。

 そこに誰が座るかで、府内は静かな緊張状態に包まれていたのである。

「一つ聞かせて欲しいのだが、佐伯帰参という手を考えたのはお前か?」

 吉岡長増が感歎の表情で尋ねると、知らなかった佐田隆居が驚愕の顔を晒し、それが全てを語っていたのだが一応言葉で答えを告げる。

「残念ながら、それは姫様自ら考え出した事だ。

本当に残念な事だがな」

 二人してため息をつきながら、同じ結論に至らざるを得ない。

 あの姫は、小原鑑元の乱の事を知っている。

 それだけではない。

 間違いなく大友二階崩れの事も掴んでいる。

「佐伯帰参の理由がまた笑えぬ。

『毛利水軍に勝つ為に、佐伯を使い強化する』ときた」

 そして、このままでは毛利家との戦に大友家は負けると判断している。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 2

 的確かつ冷酷な状況判断は父親である大友義鎮の血を引いていると納得すると同時に、それゆえ父親から猜疑心を持たれていると本人が悟っているあたり救いようがない。

「あの姫は火種にしかならぬ。

府内に置いていたら、今まで生きていられなかっただろうよ」

 珠姫の側にいたからこそ、佐田隆居は本音を漏らす。

 既に彼女は彼女の知らぬ所で、既に三度も政治に巻き込まれていたのだから。

 一度目は、一万田鑑相(いちまだ あきすけ)によって。

 二度目は、小原鑑元(おばら あきもと)によって。

 三度目は、大内義長(おおうち よしなが)によって。

 

 

天文二十二年(1553) 豊前国 宇佐八幡宮

 

 大友二階崩れによってその寵を失っていた一万田鑑相だが、同紋衆の中心として加判衆評定を取りまとめて大友義鎮の大名としての立ち上がりに尽力していたのは誰もが認めていた。

二階崩れの後に勃発した菊池義武(きくち よしたけ)の謀反討伐などを主導し鎮圧に導き、大内家で勃発した大寧寺の変と呼ばれるクーデターにおいて陶晴賢(すえ はるかた)と手を結んで、弟大友晴英を大内義長として送り、二階崩れで動揺激しい大友家の安定化にある程度成功したのだ。

ただし、これらの功績は彼の出身派閥である同紋衆を主体にして行われた事であり、それゆえ二階崩れにおいて復権した大神系国人衆で他紋衆の中で唯一加判衆の座にいる小原鑑元との確執は、修復できないレベルにまで拡大してしまっていた。

 大友二階崩れで没落した他紋衆は大神系国人衆『以外』の国人衆で、二階崩れとその後の混乱はかえって大神系国人衆の影響力の回復という形になって跳ね返っていたのである。

 宿敵ともいえる大神系国人衆の復権に、身内である同紋衆からも一万田鑑相に対して非難の声が上がり、板挟みの状況に置かれていたのは間違いがない。

 一万田鑑相は己が死地にいる事を十分理解しており、それゆえ必死になって打開策を模索し続けた。

 息子高橋鑑種(たかはし あきたね)を送り込んだ大内家との関係を使い家中をまとめるだけでなく、弟宗像鑑久(むなかた あきひさ)を筑前宗像大社神職でありその周辺を支配していた宗像家の養子に出す事で己の勢力を増大させようとし、大神系国人衆を牽制するために正室となった奈多家を優遇して第三勢力を形成しようと画策。

 大内家との関係改善と宗像大社への養子、国東半島に強い影響力を持つ奈多家の優遇は、田原家および宗像大社とも縁が深い宇佐八幡宮対策と言っても良く、一万田鑑相はこれらの手段を駆使して死地を脱しようとしたのである。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 3

 だが、それが墓穴となった。

 大内家は案の定陶晴賢の独裁となり、豊前や筑前において大友勢力に手を伸ばしてきて軋轢が発生。

 筑前宗像家では、宗像鑑久の妻になる予定だった菊姫が、陶晴賢側の宗像氏貞(むなかた うじさだ)側の家臣に襲撃を受けて惨殺されており、養子話そのものが頓挫。

 更に、奈多家優遇策はただでさえ疑念を持っていた同紋衆から非難の集中を浴び孤立。

 そして、一万田鑑相が犯した致命的失策は、宇佐八幡宮に手を出した事で家中の内紛から逃すつもりで送り込んだ珠姫を政治的駒として確保する事を見透かされ、大友義鎮の逆鱗に触れてしまったことにある。

 この時、一万田鑑相を売って大友義鎮に一部始終を密告して寵を得たのが田原親賢だった。

 かくして、家中の誰もが敵となった一万田鑑相を助ける者は誰もおらず、彼が他紋衆の賀来民部(かく みんぶ)・将監(しょうげん)の兄弟によって殺害された時の府内の空気は、『やっぱりこうなったか』だったという。

 なお、この騒動時に宗像鑑久と一万田一族の服部右京亮(はっとり うきょうのすけ)も殺されたが、この騒動は私闘であるとして一万田家そのものは滅ぼさずに長男一万田親実(いちまだ ちかざね)に家を継がせ、賀来家の処遇は加判衆である小原鑑元に一任された。

 とはいえ、実際に誰が賀来兄弟を唆したかというと小原鑑元であり、彼の行動を黙認した大友義鎮に他ならず、大友家中は誰もが一万田鑑相は粛清されたと感づいていたのだった。

 一万田鑑相粛清前から宇佐八幡宮関連のパイプを握っていたのは吉岡長増で、宇佐八幡宮と利害関係で対立していた奈多八幡宮出身の田原親賢を用いなかったあたりに、大友義鎮の大名としての才が光る。

 吉岡長増と佐田隆居の付き合いはこの頃より始まる。

 

「母上と呼ぶがいい」

「は、は、う、え?」

 

 二階崩れの後、短い期間を経て珠姫は宇佐八幡宮に預けられた。

 母を知らぬ娘は不憫と、定期的に正室である奈多夫人がわざわざ宇佐八幡宮に出向いて幼な子の珠姫を見に来たのは、それを理由に宇佐八幡に護衛の名目で兵を送れるからで、大内家との関係が緊張する中で、豊前南部の国人衆を繋ぎとめる為の格好の政治的アピールになっていたのは否定できない事実だった。

 ただ、何も知らぬ(と周囲は思っていた)珠姫は素直に奈多夫人に懐き、奈多夫人も彼女の行為を受け入れたのである。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 4

「あの姫が男子でなくて、これほど安堵する事はない」

「まったくだ」

 宇佐八幡での対面時に兵を率いた吉岡長増と、宇佐衆代表で警護を担当した佐田隆居の当時の一言は、この後何度も二人の間で交わされる事になる。

 もし、珠姫が男ならば当時の大友家唯一の後継者候補となり、己の生んだ子供でない彼を奈多夫人が受け入れたかどうか激しく不安な所だろう。

 珠姫が女子ゆえ必然的に他家に嫁に行き、己が生む子のライバルになる事がないからこそ、奈多夫人は彼女を受け入れたのである。

 まぁ、そんな政治的打算も長く付き合えば情も沸くのは人間の面白い所で、二人の関係は実の母娘と同じようになっていく。

 そんな幸せな母娘の光景の外では、冷酷極まりない政治がこの二人を取り囲んでいる事にまだ二人は気づいていなかった。

「豊前南部で怪しい動きをしている家はない。

姫様のおかげよ」

 佐田隆居の呟きに吉岡長増は何も答えない事で肯定を伝える。

 大友二階崩れから大寧寺の変までの西国大乱は激震となってあちこちに燻り、宇佐衆を束ねる佐田隆居の元には大友義鎮と大内義長の双方から所領安堵の書状がやってきていた。

 誰につくべきか各地の国人衆が右往左往する中で、豊前南部が大友寄りで纏まっているのも、奈多夫人の前で笑っている幼子のおかげである。

 

「大友・大内のどちらにつくかは、宇佐八幡のご神託にて決める」

 

 佐田隆居は宇佐衆だけでなく双方からの誘いまでをこのようにして煙に巻いて時間を稼ぎ、珠姫という人質を差し出すという好条件を提示した吉岡長増に従って大友についたのだった。

 当然、何かあった時は人質である珠姫の事を皆が考える事になり、大内家豊前守護代の杉重矩(すぎ しげのり)すら、その動向に注視せざるを得ない鬼手となったのである。

 なお、杉重矩は陶晴賢との権力争いに敗れて粛清されたのだが、その一因となったのは豊前南部の国人衆離反を責められたのが一因になったという。

 このように宇佐八幡および宇佐衆が大友よりの中立を保っている事は、領内の掌握に追われる大友家にとってもありがたい事だった。

 大友家は多くの将兵を討ち取られ、敗亡寸前に追い込まれた勢場ヶ原合戦を忘れてはいない。

 あの合戦で間道を大内軍に教えて大友本陣を壊滅させたのは、何を隠そうこの佐田隆居なのだから。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 5

 宇佐を中心とした豊前南部が安定すると、地理的に国東半島も安定する。

 ここを押さえている田原家および奈多家は大友義鎮の統治に積極的に協力しており、豊後安定の要石になっていたのである。

「府内の様子はどのような感じで?」

「空いた加判衆の座に、雄城治景(おぎ はるかげ)が座るらしい」

 現役加判衆首座である吉岡長増から機密を漏らされた佐田隆居に衝撃が走る。

 雄城家は大神系国人衆の分家で、佐伯・小原に次ぐ格を持つ有力他紋衆である。

 とはいえ、加判衆の座に座る才能があるかといえば疑問符がつく程度の人物であり、実質的に小原鑑元の勢力拡大と受け止めた方がいいだろう。

 同紋衆である一万田鑑相の後釜に他紋衆が座るという衝撃は、今の佐田隆居と同じように豊後国内に激震として伝わるだろう。

 大友家最高意思決定機関である加判衆は現在五人で構成され、一万田鑑相粛清後は以下の四人によって運営されていた。

 

 吉岡長増(同紋衆)

 田北鑑生(たきた あきなり 同紋衆)

 臼杵鑑続(うすき あきつぐ 同紋衆)

 小原鑑元(他紋衆)

 

 同紋衆四人に他紋衆一人の圧倒的支配から同紋衆三人と他紋衆二人への移行は、一万田鑑相粛清後の微妙なパワーバランスに変わる予兆なのだが、吉岡長増は更なる爆弾を用意していた。

「二階崩れより空いていたもう一つの加判衆の座に、志賀親守(しが ちかもり)殿を据えようと思うておる。

雄城殿に座ってもらう代わりという事よ」

 大友三大支族の一家である志賀一族は豊後南部に広大な勢力を築き、北志賀家と南志賀家という二つの本家を持つ一族である。

 その南志賀家当主である志賀親守を加判衆に加えるという吉岡長増の告白に、何度も繰り返されてきた大神系国人衆との宿命的対決の再来を佐田隆居は戦慄せずにはいられない。

 元々、加判衆は六人で構成されており、先の大友家当主である大友義鑑(おおとも よしあき)は『同紋・他紋三人ずつで構成せよ』と遺言を残している。

 それに従わずに強引な同紋衆支配に他紋衆は不満を溜めていたのも事実で、同紋衆三人と他紋衆二人への移行によってその不満も解消されると同時に、今度は同紋衆に不満が溜まるだろうと佐田隆居は読んではいたが、ここまで迅速に同紋衆が他紋衆との対決に舵を切るとは思っていなかったのだ。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 6

 吉岡長増がここに来た理由を佐田隆居は悟る。

 大内への警戒だけでなく、大友内部で起こるであろう再度の内乱において、宇佐がどう動くのかを見極める為だと。

「何故に、そこまで事を急ぎまするか。

大内も中が荒れてい……それが理由ですな……」

 己が尋ねようとした吉岡長増への質問に、答えが含まれていた事に佐田隆居は苦笑するしかない。

 大内家が混乱している今だからこそなのだ。

 復権しつつある大神系国人衆を一掃して、大友一門支配を完成させる機会は。

 吉岡長増は佐田隆居に自嘲する。

「お屋形様は、同紋衆を信用しておらぬようだからの」

 身内骨肉の争いの中で大友家当主となった大友義鎮からすれば、同じ血を引いているだけで信用できると言い切れる訳がない。

 まだ己との利害関係に誠実な他紋衆の方がよほど分りやすいというのもあり、二階崩れで身辺を警護した佐伯惟教(さえき これのり)や、正室である奈多夫人の兄にあたる田原親賢を重用していたのもそこに起因する。

 佐田隆居は吉岡長増の自嘲に悟らざるを得ない。

これは、大友家同紋衆の総意なのだと。

「宇佐衆には動いてもらう事はない。

というか、動かぬよう頼みに来たというのが本音よ。

我らとて一万田の二の舞など味わいたくはないからの」

吉岡長増は独り言のように呟き、佐田隆居はあえて何も言わずにそれを流す事で答えた。

 吉岡長増が奈多夫人とその護衛を連れて豊後に帰ったのを見届けた佐田隆居は、宇佐に戻ると宇佐八幡大宮司である宮成公建(みやなり きみたけ)が彼の帰りを待っていた。

「寄進をしたいと言ってきた者がおる」

 祭事を司る大宮司をして、実務を担当する宇佐衆に話しておくほどの人物からの寄進というのは、例外なく裏がある事を佐田隆居は経験から知っていた。

 だから、初老に入ろうとしていた顔はわざととぼけたままで、ゆっくりと尋ねることで心を落ち着かせながら、その人物の名前を聞いた。

「それは上々な。

で、どなたですかな?」

「安芸国、毛利元就殿にて」

 

 運命なのかもしれないと、佐田隆居は後にこの時を思い出すようになる。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 7

永禄七年(1564) 府内 吉岡長増館

 

「この前、姫様に従った大神惟教(おおが これのり)より、大神側から見たあの乱の事を聞く事ができた」

 佐田隆居は空を見上げたまま生臭い思い出話を語る。

「火種になった中村長直(なかむら ながなお)率いる水軍衆は、多くの流れ者を抱えていたらしい。

その中に毛利の間者が居たのでないかと、佐伯惟教は後に疑ったそうだ」

「あの時、毛利は交渉役として小寺元武(こでら もとたけ)や小倉元実(おぐら もとざね)が常に府内に来ていたからの。

間者が中村と接触していた可能性もあろうよ」

 同じように吉岡長増も思い出話を語り、二人して暗い顔でため息をつく。

 既に過去の事であるし、乱によって多くの死傷者が出た後でそれを特定するのは不可能に近い。

 だが、佐田隆居がそんな事を言うのも乱が過去になったからで、毛利元就の手を佐田隆居が知ったからに他ならない。

 なお、その情報源は彼が仕える珠姫であり、佐田隆居は裏取りをしただけだりするのだが。

珠姫がどうして毛利元就の謀略を事細かに知っていたのかは判っていなかった。

「尼子新宮党や、陶の江良房栄(えら ふさひで)の粛清。

毛利が大内家を滅ぼした手を知れば、大友にそれをしかけなかった方がおかしい。

間違いなく、当時の大友は大内についたでしょうから」

 それが珠姫の示唆だったが、当事者にとっては霧を晴らす一言だった。

 その示唆を元に情報を集めなおして出てきた答えは、推測の域を出なかったが真っ黒だったのである。

「君側の姦を討つ名目で実際に兵を起こした中村・賀来・本庄の兵達は、『姫様に婿を取らせる故、お屋形様に手をかける事やむなし』と命を受けていたらしい」

 佐田隆居の乾いた笑みと共に吐き出される毒に、吉岡長増も投げやり気味に言葉を吐き捨てる。

「大寧寺の変再びと言った所か」

「佐伯惟教がどうして伊予宇都宮家に逃げ込んだのかというと、それが理由だそうな。

背後に毛利が蠢いているならば、沖家水軍に逃げ込むは自ら檻に逃げ込むようなものだからな」

 小原鑑元の乱によって、一族を引き連れて豊後より逃亡しなければならなかった佐伯惟教が逃げ込める場所は、伊予宇都宮家しか無かったのだった。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 8

 土佐一条家と伊予河野家は、それぞれ大友家より妻をもらい大友側の家臣がおり、伊予西園寺家は、宇和海をめぐってたびたび衝突を繰り返して怨恨があったのだ。

「しかし、乱は失敗した」

「吉岡殿を始め、加判衆が賢明だった故。

毛利元就とて成功するとは思っておらぬだろうて。

ただ、大内を滅ぼす間、大友が混乱してくれればいいと」

 吉岡長増も佐田隆居も何も食べず、何も飲まずに記憶を探る。

 今、毛利元就の毒牙にかかろうとしているのが珠姫であり、あの時もっとよい手が無かったのかと考えるのは、現在の状況打破になりうる一手を考える事に繋がるだろうからだ。

 毛利元就にとって、ある意味で成功し、ある意味で失敗した小原鑑元の乱を考える事は。

 

 

弘治二年(1556)五月 府内

 

府内の町を見下ろす上原館より炎が上がり、町の外周部にて兵達が殺し合いを行い、府内は阿鼻狂乱の坩堝と化した。

「謀反じゃ!謀反じゃ!」

「中村長直が裏切ったぞ!」

賀来家も襲ってくるぞ!」

「町に火が放たれたぞ!」

「助けてくれぇ!」

 燃え盛る炎、逃げ惑う人々。

 発生する略奪に、響く剣戟の音。

 炎と血によって彩られる紅の地獄は、確実に府内の大友館を目指していた。

「本庄新左衛門尉(ほんしょう さえもんのじょう)、賀来紀伊守(かく きいのかみ)、中村長直の手勢がこちらに向かっております!

既に上原館には炎が!

お逃げを!

落ち延びて再起を図るのです!」

 府内中央に位置する大友館を守っていた兵の悲痛な叫び声を、能面のような表情で大友義鎮が眺め、その隣では同じような顔で吉岡長増が大友義鎮を見つめていた。

 

そもそもの原因は、厳島合戦にて陶晴賢が討ち取られ、動揺著しい大内家救援の為に兵を集めていた事にある。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 9

毛利元就討伐に出た大内軍二万は壊滅的打撃を受けたが、西国有数の大家である大内家は揺らぎこそすれ、まだ余力は残っていた。

事実、周防長門にはまだ一万近い軍勢がおり、豊前や筑前の大内勢が後詰に動けば大内の優位は動かないはずだった。

だが、その揺らいだ優位を毛利元就は慎重に、かつ容赦なく切り崩す。

長門守護代の内藤家に内部分裂をしかけ、内藤隆春(ないとう たかはる)が離反。

彼の妹は毛利隆元(もうり たかもと)の妻であり、大内義隆(おおうち よしたか)の養女として嫁入りした事で、『大内の正統は毛利側にあり』という政治的アピールに、大内家中が揺れに揺れていた証拠である。

大内義長は大内の血を引いてはいるが元は大友の人間であり、陶晴賢の傀儡でしか無かった事から多くの家が毛利元就に靡いたのはある意味当然だった。

ならば、豊前・筑前から後詰をと大内義長は考えたが、豊前守護代だった杉重矩が陶晴賢に粛清された事によって、息子杉重輔(すぎ しげすけ)はこれを拒否。

筑前はというと、実質的な守護代として動いていた高橋鑑種が筑前に帰還したが、この状況で大内につく者は少なく、高橋鑑種を含めて多くの家が大友に靡く始末。

 かくして、大内義長は兄である大友義鎮に助けを請うしか手段は残っていなかったのである。

最初、大友義鎮は兄弟の情というよりも、大友家の利益を踏まえて出兵を意図していた。

もちろん、弟を助けたいという思いが無い訳ではない。

だが、窮乏の大内家に助ける事によって、豊前・筑前の国人衆を掌握できる利の方が大きかったのだ。

既に立花鑑載(たちばな としあき)などの大友同紋衆の家は大友義鎮に服従の証書を出し、大内家家老として高橋鑑種からの救援要請が府内に届けられ大義名分もあり、商都博多も大友側が完全に握っている状況になっていた。

ここで大内義長を見捨てるという選択肢もあったし、毛利元就から小寺元武が府内にやってきて『毛利は九州に野心は無し、豊前・筑前はお好きなように』という言質も得てはいた。

加判衆だけでなく多くの重臣を集めた評定の場で、これに異を唱えたのは吉岡長増である。

「豊前・筑前はお屋形様自らの力で奪い取ったのであり、毛利元就に与えられたものではございませぬ」

 その一言に、大友家の外交を取り仕切っていた臼杵鑑続が続く。

「毛利が大内の後継を謳っている以上、かの家が豊前・筑前に野心を出さぬという事の方が戯言でしょう。

それよりも弟義長様を助け、大内より上位に大友を据える方が肝要。

 国人衆は弟を見捨てなかった義を見て、己も助けてくれると考えるかと」


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 10

 大友義鎮は二回崩れという内乱で父義鑑と傅役である入田親誠を討ち取って大名になり、その後叔父である菊池義武と先ごろ寵臣だった一万田鑑相を粛清した事もあり、冷酷であるという意見は常について回っていた。

 為政者にとってその冷酷さは大事な資質ではあったが、あまりに度を越えている粛清に怯えが恐怖となって暴発する事に大友義鎮はまだ気づいていない。

 それゆえ、この大内義長救援を命じれば、

「お屋形様にも人の心があったのか」

という安堵に繋がり、家中が纏まる事を吉岡長増や臼杵鑑続は狙ったのである。

 だが、この意見に異を唱える者がいた。

「義長様をお助けするのは異存が無い。

だが、馬関海峡(関門海峡)を超える事ができるのか?」

 疑念を呈したのが、水軍衆の将であった佐伯惟教。

 厳島合戦において毛利側に味方し、瀬戸内海最大最強の水軍衆である村上家を主体とする沖家水軍は、そのまま毛利家と同盟関係を続けており、四百隻を超える船団を相手にするなど大友水軍ではできる訳が無かった。

「義長様をお助けする為に死ねと命じられるのならば、この命いくらでも差し出しましょう。

ですが、我らは犬死だけは御免蒙りたい。

吉岡殿。臼杵殿。

我らが沈められし後に、周防長門に上がれる策はあるのかお尋ねしてよろしいか?」

 その質問に二人が答えようとする前に、末席から聞き捨てならない野次が佐伯惟教に浴びせられる。

「大神の佐伯殿は身内で無いから、犬死はいやだと仰る」

 その一言に、佐伯惟教は怒気を露にして野次の主である門司親胤(もじ ちかたね)を睨みつけた。

 門司家は名前の通り、馬関海峡の九州側である門司を中心に企救半島に領地を持つ家なのだが、この家れっきとした大友同紋衆である。

 とはいえ、場所が場所ゆえに近年は大内家に仕えており、厳島合戦の後で大友側に帰参したという経歴を持つ。

 なお、後に起こる大友と毛利の門司合戦は、彼が毛利側に寝返って門司城を奪われた事から始まる。

「大内の旗を背負って我らに吠えていたのに、大内の旗が折れたら今度は大友の旗を背負い、あげくに同紋衆面をなさるとは、面の皮だけは厚いようで」

 怒気を押さえてこんで放った佐伯惟教の皮肉に、野次を放った門司親胤が激昂する。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 11

「何だと!

そもそも、大友家の評定に大友家以外の者がいる事がおかしいではないか!」

 その一言に他紋衆が激昂し、末席に座っていた水軍衆の将だった中村長直が立ち上がって火に油を注ぐ。

「今までその同紋衆に家を任せた結果がこの有様!

大内の惨状も、晴英様を大内に送らなければ起きなかった事。

それを一万田が主導して、その一万田がおらぬと言うのに同紋衆はなお己の手で進めるか!」

 良港に恵まれた豊後国南部に領地を持つ大神系国人衆は元々水軍を率いる家が多く、また水軍は何よりも才能によって抜擢せざるを得ない専門職でもある事から、流れ者でも出世できる数少ない場所になっていた。

 中村長直もそんな一人であり、大神系国人衆ではない他紋衆として、自分達が同紋衆の盾となって犬死しろと言わんばかりの門司親胤の一言に激昂したのは理解できなくも無い。

 だが、中村長直の嘲笑に今度は同紋衆が激昂し、評定の場は怨恨深い同紋衆と他紋衆の対立の場に変わる。

 それが一触即発の事態にならなかったのは、目を閉じて大友義鎮の後ろに控えていた大友家軍師角隈石宗(つのくま せきそう)の一喝だった。

「やめい!

かりにも大友を支える者同士、尋常ならざる事態に陥り、お屋形様の前で罵り合うなど言語道断!

本来ならば、腹を切らねばならぬ失態なのが分からぬか!」

 目を見開き、同紋他紋双方を睨みつけての一喝で双方我に帰る。

「万が一にも、同紋他紋が互いに争うような事態になれば、それこそ毛利の思うつぼぞ」

 上座から小原鑑元が双方をたしなめる。

 彼自身は佐伯惟教と同じ懸念を持っていたが、この評定の前に内々で集まった加判衆の場で吉岡長増や臼杵鑑続の狙いを悟り、出兵やむなしと判断。

 大友義鎮の資質の改善という出兵理由など評定の場で言える訳も無く、かといって水軍衆を死地に送るつもりもなく、豊前出兵で留めて大内義長を九州に一時避難させる妥協案を内々の場で提示して加判衆の了解を得ていたのだ。

 それゆえ、大内救援の具体策に入る前に同紋衆と他紋衆の対立という想定外の事態を打開すべく、あえて彼は押さえに回る。

 だが、一万田鑑相粛清後に鼻息荒い他紋衆は、そんな彼の言葉を聞いて小原鑑元が加判衆内部で孤立していると勝手に解釈したのである。

 それを確信に変えたのが、評定を終わらせた志賀親守の一言だった。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 12

 彼に何か意図があったわけではなく、加判衆内部では意思疎通は図られていた。

 だからこそ、この無意味な評定を終わらせようと語気を強めてしまう。

「事の如何を問わず、この件は加判衆のみの評定で決めるとする」

 加判衆の構成は同紋四人に他紋二人。

 必然的に大内救援は確定せざるを得ない。

 中村長直をはじめ、数人の他紋衆が小原鑑元の元に詰め寄る。

「承服できぬ!

それでは同紋衆の数に押し切られ、大内救援が決まってしまうではないか!」

「この件は、評定にて話を続けるのが筋かと!」

「静まれ!

お主ら、静まらぬか!」

 小原鑑元や角隈石宗の叫び声を後に、評定の場で一言も発する事も感情を表に出す事もなく、大友義鎮は近習を連れて立ち去ったのだった。

 その後を追うように吉岡長増は静かについて行く。

 気配に立ち止まった大友義鎮が吉岡長増を見もせずに呟く。

「今になって、父上の末期の言葉が分った。

あの頃と何も変わらぬな」

 後姿しか吉岡長増には見えていないのだが、大友義鎮が自嘲しているのが分ってしまう。

「……覚えておけ、新九郎。

国主とは孤独なものよ、お前も必ずわしと同じ道を辿る。

大友の家を残す為に悩み、血を分けた我が子に葛藤する事になる」

 父大友義鑑が最後に息子義鎮に託した言葉は、呪いとなって彼を蝕んでいた。

 それを吉岡長増は知ってはいたが、彼には大友義鑑の心の闇を晴らす事はできない。

「小原殿は殿を支える柱石。

何卒、一万田の後を追わせませぬように」

 その一言で、同紋衆内部に起こっている小原鑑元排除の動きを大友義鎮に伝える。

大友義鎮はゆっくりと空を見上げる。

彼がそのような仕草をしている時、一人の聖者の事を考えているのを吉岡長増は知っていた。

「また、あのお方の事を考えておられでしたか」

「この世は地獄だったか。

彼が信じる神に縋れば、永遠に極楽に留まれるそうだ」

聖者フランシスコ・ザビエルが大友義鎮に出会えたのはほんの少しの間だったが、彼の言葉は荒れに荒れた大友義鎮の心を救っていたのである。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 13

最愛の人の失踪に、身内や重臣の裏切りや粛清、家臣間の醜い権力争い、古くからある神社や仏閣は救済どころか現世の栄達に奔走している始末。

心が壊れかかっていた彼にとって、神を信じるのみで己の魂が救われるという南蛮の聖者、しかも神の教えを広めるためだけに危険極まりない航海を経てこの地にたどり着き、みずほらしい姿で弱者を助け、神の教えを説いたフランシスコ・ザビエルに彼が魅かれるのも無理は無い。

 吉岡長増は黄昏ている大友義鎮にしばく声をかける事をせず、彼が首を戻したのを確認して彼の逆鱗に触れた。

 

「佐田殿より文が。

宇佐に毛利が探りを入れております」

 

 その瞬間に大友義鎮より出た殺気に近習達は一歩たじろぐほどだったが、吉岡長増は表情を変えずにその殺気を受け止めた。

「どういう事か?」

「毛利とて、提案が素直に受け入れられるとは考えておらぬでしょう。

ならば、受け入れられなかった時の次善の策は用意して然るべき。

宇佐は大内救援のためには、どうしても通らねばならぬ土地。

探りを入れるのは当然でしょう」

平然と理由を告げる吉岡長増の顔に一筋の汗が垂れる。

その汗を拭わずに彼はぎこちなく笑いかけた。

「ご安心くだされ。

毛利元就が姫様に手をかける事、今はございませぬ」

「その理由、申してみよ」

 近習から刀を奪い取って大友義鎮は詰問する。

 ふざけた答えが返ってきたら躊躇わずに斬るつもりなのだと回りは理解しているのに、吉岡長増は笑顔のままその答えを言ってのける。

「今のお屋形様の姿が答えかと。

姫様に手をかけるは、大友と全面対決をするという事。

今の毛利は、背後に尼子という敵も抱えております」

 吉岡長増の回答に納得したらしい大友義鎮は乱暴に刀を近習に戻す。

 その姿に親として子を思う人の姿を見た吉岡長増は安堵のため息を漏らすが、周りは今の死地を切り抜けた安堵と勘違いするのを放置して、そのまま言葉を紡ぐ。

「とはいえ、お屋形様の懸念はごもっとも。

姫様も大きくなり、侍女をつけてもおかしくないお年になり申した。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 14

よろしければ、こちらから侍女を送りたいと思うのですが」

 この話の流れで、吉岡長増の言う侍女がただの侍女ではなく、護衛兼監視の為の間者である事を大友義鎮は理解した。

「よかろう。

その者から、逐一報告を入れさせるのだ」

「はっ」

 そのくノ一は身分を偽装して林左京亮(はやし さきょうのすけ)の娘となり、珠姫の侍女として送り込まれる事になる。

「一つ聞きたい。

『今は』と申したな。

では、何時になったら、毛利は娘に手を出す?」

大友義鎮の放った問いかけに、吉岡長増は真顔で即答した。

「大内が滅んだ後。

弟君をお助けするは、めぐって姫様をお救いする為と考えていただけたらと」

 言いたい事を言い終わった吉岡長増は頭を下げてその場より動かず、大友義鎮は近習を連れて奥に戻ってゆく。

 二人ともこの時失念していたのだ。

 毛利元就には、珠姫を積極的に手に入れる理由が無い。

 では、毛利元就以外の者達にとって、珠姫を積極的に手に入れる理由はあるのかを。

 

 

既に煙は大友館にも広がってきており、いずれこの館も戦に巻き込まれるだろう。

 燃え盛っている上原館というのは府内の奥の台地に築かれた館で、大友軍の府内集結地の一つであり、府内の町を守る外廓の砦にもなっていた。

 そこが落ちたという事は、次に攻められるのは府内の町であり、その中央に位置する大友館、ひいては大友義鎮の命を狙っているという事なのだから。

 あの評定の後で正式に大内救援が決定してから一月後、それぞれ兵を率いて府内に集まるよう檄が飛び、府内に兵が集まりつつあったその時、本庄新左衛門尉、賀来紀伊守、中村長直の手勢が蜂起し今に至る。

 彼らに蜂起を決意させたのは何だったのか推測でしかないが、理由の一つに大友義鎮の近くに兵が少なかった事があげられる。

中村長直の手勢は水軍衆ゆえ元々人手が多く、同紋他紋の微妙な関係から府内近くの他紋衆は領地を転封させる事ができずに府内に速く兵が送れ、加判衆で同紋の志賀・田北・臼杵は兵を集める為に領地に戻っていたのが大きかったのだろう。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 15

幸い府内に近くて兵を集め終えた吉岡家の手勢が戦闘に参加していたが、蜂起勢が大兵という事から集まった他紋衆の将兵達は、勝ち馬に乗ろうと様子見を決め込む始末。

 状況はあまり良くなかった。

「上原館の一戦が落ち着いたので、謀反勢は兵をまとめなおしている様子。

 そう遠くない時間に、府内に押し寄せてきましょう。

本庄・賀来共に千の兵を繰り出せ、中村の水軍衆は人足を入れるとやはり数百はいるはず。

ならば謀反勢は三千を超えるでしょうな。

様子見の輩が二千ほどおりますが、他紋ゆえ謀反側に転ぶ可能性も頭に入れるべきかと」

 鎧姿の僧こと角隈石宗が淡々と現状を分析する。

 大友館にいる兵は数百しかなく、吉岡鑑興(よしおか あきおき)率いる吉岡勢五百が上原館落城後の謀反勢を横から殴りつけなければ、この館も落ちていたかもしれない。

 吉岡勢の大将である吉岡長増は息子に手勢を任せていた為にこの館に残っており、それゆえ当然のように臨時の大将として振舞っていた。

「明日になれば臼杵殿が駆けつけてこよう。

 とはいえ、臼杵勢を加えても三千には届かぬ。

田北殿や志賀殿の兵が来る三日後まで、日和見をしている他紋衆が動かぬとは考えられぬ……」

 角隈石宗の一言一言が突き刺さり、大友館の守将の顔は皆一様に暗い。

 そもそも『館』であるからそれほど防御が高くは無いし、敵は勝手知ったる身内である。

 状況が好転するのは三日後だが、その三日の時間を稼ぐのは不可能という現実を受け入れた吉岡長増が、鎧姿のまま一言も発しない大友義鎮に向けて口を開く。

「ここは落ち延びて再起を図るべきかと」

 この場にて初めて口を開いた大友義鎮の一言は罵倒だった。

「この状況で何処に落ち延びろというのだ!」

 一同固唾を呑んで見守る中、吉岡長増も一歩も引かない。

「府内以外ならば何処でも。

謀反勢の狙いは、お屋形様のお命。

お屋形様が落ち延びれば、その後謀反勢の勢いは水をかけられた火のようになりましょう」

「日和見を続けている他紋衆につく者がいるかも知れぬぞ」

「ですから、雄城治景殿に謀反鎮圧を命じるのです」

 ざわりと一同から声が漏れ、大友義鎮も怒りを忘れて吉岡長増を見つめる。

 領地が府内に近く、他紋衆系の加判衆かつ大神系の有力者である雄城治景は、この状況において兵を動かしておらず、それが日和見している他紋衆に正当性を与えていた。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 16

 誰が見ても謀反勢につくだろうと思っていた彼に謀反鎮圧を命じるという吉岡長増の進言に、思わず表情を出して大友義鎮は尋ねてしまう。

「正気か?吉岡?」

「いかにも。

この時点で、雄城殿は謀反勢についていない。

ならば、迷いがあるという事」

 角隈石宗が吉岡長増の言葉を聞いて前に進み出る。

「ならば、その諜略はそれがしにお任せあれ」

「許す」

 大友義鎮の了承で僧とも思えぬ素早さで角隈石宗が駆け出てゆく。

 そんな角隈石宗を見向きもせず、吉岡長増は次の策の為に言葉を紡ぐ。

「ならばもう一人、同紋衆より鎮圧をお命じになるべきかと」

 一同の顔に疑問の色が浮かぶ。

 現状信頼できる同紋衆がいないからこそこの窮状というのに、吉岡長増は何を言っているのかという疑問が皆の顔に浮き出るのを待ってから、彼はその将の名前を告げた。

 

「鎧ケ岳城城主。戸次鑑連(べつき あきつら)殿」

 

 周囲の顔に再度驚愕の色が浮かぶが、大友義鎮も吉岡長増も身じろぎせずに、互いの顔を見つめ続けていた。

 戸次鑑連は誰もが認める大友家の勇将で、肥後菊池戦や二階崩れにおける入田親誠討伐などに功績があり、彼が討伐の矢面に立てば謀反勢など蹴散らしてくれるという信頼感はあった。

 にも関わらず、この場で彼の名前が皆出せなかった理由は、彼が功績をあげた入田親誠の娘が彼の嫁だったからに他ならない。

 戸次鑑連は二階崩れ時に入田親誠討伐令が出ると直ちに嫁と離縁し、入田討伐に赴いてその忠誠心を見せて二階崩れの連座を回避した経歴を持つ。

 それゆえ、皆が口に出せなかったのは、

(二階崩れの時にこれだけ非道な事をしておきながら、こちらの危機に駆けつけてくれるか?)

 という疑念があったからに他ならない。

 この時期の大名というのは国人衆の連合政権という色合いが強く、大名自身の絶対権力が完成している訳ではなかった。

 それゆえ、現在の大内家よろしく大名の基盤が揺らごうものならば、共倒れを防ぐ為に国人衆は独自行動を取ってしまうし、鎮圧に特定の国人衆を当てにしてしまうと、大名権力が弱体化してしまうという欠点を抱えていたのである。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 17

 そんな理由から、同じく二階崩れでむごい仕打ちをしてしまった田原家や、嫁である奈多夫人の実家である奈多家に救援を求めるなんて事は除外されているのだ。

「何を出す?」

 ただより高いものは無い。

 功績多い勇将である戸次鑑連に謀反鎮圧を命じるにあたって、何を持って報いるかを大友義鎮は尋ね、吉岡長増は武将ではなく老人の顔をして微笑む。

「加判衆の座を。

それがしが府内館に残り、殿を勤めまする。

老人の白髪首の後は少々座り心地が悪いでしょうが、そこは我慢してもらおうかと」

 大友義鎮は声を出さない。

いや、出せない。

(死ぬな!爺!)

 大名である彼は、そんなたった一言を口に出すことができない。

 彼自身が逃げる為には誰かがこの場で殿を勤めなければならず、その殿に資格も経験も理由も相応しい吉岡長増が志願してしまったのだ。

 それを否定するだけの力も、理由も、言葉も、大友義鎮は持ち合わせていなかった。

 彼は己の心が張り裂けそうになりながら、最後まで大名の仮面をかぶり続けた。

「任せる」

「はっ。

落ちるとなればお急ぎを」

 その言葉のやり取りで、諸将が動く。

 吉岡家の郎党は府内館の守備につく為に、大友義鎮と共に落ち延びる者は逃げる準備をする為に、ただ覚悟を決めた吉岡長増だけがこの場に座ったまま動こうとしなかった。

 そんな彼に、まだ幼さが残る侍女が近づく。

 煙の臭いが強くなってきた部屋の中で侍女を見つけた吉岡長増は、好々爺の笑みで侍女に語りかけた。

「この騒動でお屋形様に紹介するのを忘れておったわ。許しておくれ」

 そして戦国武将の顔に戻った吉岡長増は、その侍女に小声で命を与えた。

「麟。

最初で最後の命を伝える。

珠姫様のそばについて絶対に離れるな。

この謀反が長くなるにせよ、片付くにせよ、あの姫の存在が最後に必ず関わってくる。

佐田殿には良く言っているから、彼の下について姫様を絶対に宇佐から出すな」

 こくりと小さく麟が頷くのを見て、吉岡長増は続きを話す


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 18

 幼き頃から間者として育てられた麟だから、引く手はあまただろう。

 だからこそ、今からいう情報は麟への持参金に等しかった。

「佐田殿に伝えよ。

『謀反勢は本庄・賀来の手勢に中村の水軍衆合わせて三千。

まだ増える可能性あれど、お屋形様は府内より落ち延び、戸次鑑連と雄城治景に鎮圧を命じた故、謀反は必ず鎮圧する。

万一の事あれど、加判衆の合議により決めるゆえ、絶対に田原と奈多に姫様を渡すな』と。

よいな?」

 煙なのかこれが遺言と分かったからなのか麟が涙目で小さく頷くのを見て、吉岡長増はしわがれた手で優しく麟の頬をなでる。

 この娘と息子吉岡鑑興が、いつの間にか兄弟のように互いに仲良くなっていたのを吉岡長増は知っており、麟の珠姫侍女というのは麟の身分を表に出して吉岡鑑興の嫁にという親心がまじっていたのは吉岡長増だけの秘密である。

 そして、息子ともどもこの館で果てるだろうと確信したからこそ、秘密にしてよかったと心から思いつつ吉岡長増は最後の言葉を麟に投げかけた。

「行け。

そなたが逃げる程度の時間を稼げぬほど耄碌してはおらぬよ」

「……はっ。

どうか、ご無事で」

 麟が煙の中に消えたのを見て、吉岡長増はゆっくりと立ち上がる。

 老将はまるで全盛期のように大声で郎党を叱咤する。

「お屋形様が落ち延びるまでの時間を稼ぐぞ!

吉岡の武名を残すはこの時と思え!」

 外で防戦の準備をしていたはずの吉岡鑑興が吉岡長増の前に現れる。

 という事は、準備が終わりあとは散るのみという事。

 その散り際が遅らせる事ができるかとうかに、大友義鎮および麟が逃げられるかがかかっていた。

「上原館に面する南側の木戸は全て塞ぎ、兵を配置しました。

それがしは万寿寺に、父上はこの館にて指揮をとって頂きたく」

 府内の町の東は大分川に沿っており、北側は別府湾に面して港が作られていた。

 謀反勢は本庄・賀来の手勢が南の上原館を攻撃すると同時に、北の港に中村の水軍衆が船で陣取って逃がさないように睨みを利かせている。

 現状の兵力では府内の町全てを守れる訳も無く、逃げ惑う町民は北西側の別府に繋がる道から大挙して逃げ出していた。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 19

 それゆえ、大友館と大友家菩提寺として保護を受け、町の防御拠点になっていた万寿寺に篭り連携するしか選択肢がなかったのである。

「館を燃やすぞ」

 吉岡長増みたいに割り切る経験が足りない吉岡鑑興が一瞬我を忘れる。

「最後は派手に散らねばな。

鑑興。

お前は館に火をつけたら、そのままお屋形様をお守りするのだ」

 その言葉にただ静かに吉岡鑑興は首を横に振る事で答えた。

「……まったく。

誰に似て強情になったのやら」

「父上だと思いますが?」

 まぁ、これだけ死亡フラグを建てておきながら二人して生き残ってしまったのは、この後彼らの主君と奥方がやってきて、彼らの度肝を抜く提案をやりやがったからなのだが。

 

 

「落ちるぞ。

そなたは奈多に帰れ」

 大友館の奥に来た大友義鎮はその一言を奈多婦人に告げる。

 だが、侍女達にまで長刀を持たせて戦準備を整えていた奈多婦人は、それを即座に拒否した。

「私は大友義鎮の妻でございます。

ならば、生きるも死ぬも一緒でございましょうに」

 夫婦仲は良かったと思う。

 事実、結婚から既に娘を二人産んでおり、娘達は即座に侍女達をつけて実家である奈多に落ち延びさせている。

 奈多夫人には彼女達が無事に落ち延びる確信があった。

 なぜならば、謀反勢が他紋衆であるという事は、同じ他紋衆に位置づけられる奈多家を敵に回す事になり、謀反成功後の後継者選定において二人の娘のどちらかに婿をつけないと大友家を掌握する事はできないからである。

 なお、この謀反を同紋衆が起こしたとしても同じで、奈多家は滅びる事は無くなったがある意味中立の位置に追い込まれてしまっていた。

 だからこそ、謀反を成功させかつ奈多家を敵に回しても大友家を掌握する起死回生の一手である宇佐八幡の珠姫を奈多家が害する、もしくは同じ国東半島を基盤として奈多家と軋轢がある田原家が拉致する可能性があり、吉岡長増が麟に『奈多と田原に姫様を渡すな』と厳命したのをこの二人は知らない。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 20

「死ぬぞ」

「二度も主人に先立たれて、まだ生きる意味がありましょうか?」

 こんな笑い方ができる女だったのかと、大友義鎮が思うぐらい凛とした笑みを奈多夫人は浮べる。

 元々奈多夫人はこれが初婚ではなく再婚だったりする。

 前の夫に先立たれて実家に戻った折の二度目の結婚だから、以外に図太いし、おまけに姐さん女房でもある。

 だから、こんな時でも己を見失わない。

「勝手にしろ」

「はい。

勝手にいたします。

落ち延びるのは何処へ?」

 言い放った奈多夫人の鼻を明かすがこどく、少し楽しそうに大友義鎮はその落ち延び先を告げた。

「いや、臼杵に行く。

手配せい」

「臼杵……ですか?」

 海路臼杵に行くには中村の水軍衆が船を浮べているので不可能に近く、陸路を逃げる為には西へ、大分川だけでなく大野川まで越えなければならない。

 事実、町衆が逃げだしているのは北西の別府に繋がる道のみ。

「だからこそよ。

別府への道は謀反勢とて網を張っていよう。

高崎山に篭るには町衆が邪魔よ」

 この時代の戦国大名の町は、普段は館に住み、何かあった場合山の城に篭るという具合に城と館を使い分けていた。

 府内における篭るための城は別府との間にそびえる高崎山にあり、この高崎山城の防御も備蓄も十分なのだが、篭る為には逃げ惑う府内の町衆が邪魔になるし、南側から攻められた場合の逃げ道が北西しか無い為に、敵側にとっても捕捉しやすいという欠点を抱えていた。

 だからこそ、大友義鎮はあえて虎穴に入るつもりなのだ。

「対岸にある吉岡長増の屋敷に身を隠し、そのまま吉岡長増の居城である鶴崎城に逃げる。

その頃には臼杵の手勢と合流できていようから、臼杵に逃れるのは容易い」

 事実その成算はかなり高いと奈多夫人も思った。

 ただ、一つの疑念を除けば。

「大神は、佐伯はどう動くのでしょうか?」


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その一


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 21

 臼杵は三方を山に囲まれた天然の要塞である。

 それゆえ攻めるには水軍が必要なのだが、その山一つ超えた場所が佐伯なのだ。

 今回の他紋集の蜂起に強大な水軍衆を抱える佐伯が参加、もしくは関与していた場合自ら死地に飛び込むことになる。

「神にでも祈るさ」

 大友義鎮の呟きに、奈多夫人は複雑な顔をした。

 彼女は神官の娘でもある。

 この時の神が八百万の神だけでなく、南蛮人が信仰していた神も含まれていた事を機敏に感じたからに他ならない。

 二人はそのまま吉岡長増と吉岡鑑興の元に行き臼杵行きを告げ、吉岡鑑興に呆れられるが吉岡長増は笑いながら了承。

 逃亡経路に吉岡領を使う為に二人とも死ぬわけにはいかず、とはいえ時間を稼がねばならぬから大友館を焼くことを吉岡長増は提案し、大友義鎮は即座に了承した。

 

「お急ぎを」

「船を出すぞ。

謀反勢に悟られるな!」

赤々と燃える府内の町。

 その中央で燃えるのは大友館である。

 炎と煙に人々は逃げ惑い、謀反勢もなすすべなくその奔流に巻き込まれるばかり。

 吉岡勢はその騒動を煽り、『高崎山城に一行が逃げた』と言う虚報をばら撒きつつ、大友義鎮一行を逃がそうとしていたのである。

 大分川に浮かぶ一艘の小船に乗るのは船頭の他に、大友義鎮と奈多夫人に吉岡長増と吉岡鑑興の四人のみ。

 吉岡勢は散らばりながらも、混乱と夜陰に隠れて吉岡長増の屋敷に戻る手はずになっていた。

「府内館が……燃える……」

 呟いた船頭の言葉を大友義鎮は聞き流す。

 国を治める大名ですらこうだ。

 父である大友義鑑は家臣に殺され、彼自身はその騒動で祭り上げられた果てに、この光景を見させられている。

 なんという皮肉だろう。

(人は、神の前には皆同じなのです)

 あの聖者の言葉が胸に響き、大友義鎮は奈多夫人の手を強く握る。

 それを奈多夫人は府内炎上の怒りと捉えて、優しく握り返すのみだった


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 22

 この臼杵逃亡は図に当たる。

謀反勢は、落ち延びる先を高崎山城もしくは別府であると判断しており、高崎山と別府湾に網を張って待ち構えていた。

 だが、大友館から火が出て府内の町に燃え広がると混乱は更に激しくなり、大友義鎮一行を見失ってしまう。

 翌日、府内館炎上を見て更に参加者が増えた謀反勢は、焼け野原になった府内と高崎山城を占拠するも大友義鎮一行は見つからず、彼らが臼杵に落ち延びる為に鶴崎城に入場したとの報告に謀反勢に動揺が広がる。

 鶴崎城には落ち延びた吉岡勢と府内館守備兵に臼杵勢まで合流しており、兵の数ではまだ謀反勢が勝っていたが田北・志賀勢が合流すれば敗北は免れず、動揺が広がりだしていたのである。

 彼らが慌てて鶴崎城を攻撃しようと兵を向けた矢先、大分川に沿って謀反勢に向かってくる旗印が二つ。

 兵は千五百ほどだが、彼らの旗印に謀反勢は首を傾げる。

「あれは……雄城に、同紋の旗は何処だ?」

「戸次?

こちらに加わるのか?」

 謀反勢の猜疑心いっぱいの視線を一身に浴びながら、戸次鑑連がただ手を謀反勢に向けて振り下ろした。

「放てぃ!」

 戸次、雄城勢から一斉に放たれる矢に謀反勢は大混乱に陥るが、その時には既に戸次勢を先頭に謀反勢に突っ込んで行ったのである。

 勝負はそれでついた。

 謀反勢は三倍近い兵を抱えていながら、この攻撃を支える事ができなかった。

 昨日のうちに大友義鎮一行を討ち取っていれば話も違っただろう。

 だが、大友義鎮一行を取り逃がした事で謀反勢は動揺が広がり、将兵が増えたことで統制がとりにくくなっていた。

 それを見逃す戸次鑑連ではない。

 戸次勢は五百ばかりで躊躇う事無く謀反勢に突っ込み、それを雄城勢がサポートする。

「矢を常に射掛けろ!

謀反勢は脅えて突っ込んでは来ぬ!」

使者として出向いた角隈石宗が、臨時の将として叱咤激励すれば、

「由布惟信(ゆふ これのぶ)ここにあり!

我こそはと思うものは前に出て来い!」


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 23

 一隊を率いて戸次勢と張り合うように、由布惟信が謀反勢に切り込んでゆく。

 その光景を見ながら、雄城治景は馬上から安堵のため息をつくばかりだった。

 雄城治景は自分が加判衆に抜擢されるほど才があるとは思っておらず、大神系国人衆で有力分家だから抜擢されたという理由を理解していた。

 それゆえ、加判衆評定でも積極的に発言する事無く小原鑑元の影に隠れ、今回の謀反勃発において府内炎上という決定的事態になってさえも静観を決め込んだのだった。

 それが彼の命を救った。

「お屋形様より、謀反討伐の命が下っております」

 使者として赴いた角隈石宗の言葉に頷きながら謀反勢からも、

「是非に、我等の総大将に」

 と誘われていたのである。

 そんな中、謀反側の使者が告げた重大な情報が彼の耳を捕らえる。

「此度の謀反は、他紋衆皆の蜂起ゆえ、糸を引いているのは肥後の小原殿にございまする」

 加判衆でかつ肥後方分という重責についていた小原鑑元は、大内救援の為の兵を集める為に領地のある肥後に帰っており、この豊後に居るわけが無い。

 事実、謀反勢は他紋衆で大神系の賀来家が参加していたが、小原家の旗を見た者はいなかったのである。

 本当に小原鑑元がこの謀反の首謀者ならば、彼がこの場にいないという矛盾に、雄城治景は決断を遅らせていた。

 それを救ったのが、同じ大神系国人衆で府内に向かっていた由布惟信の一行だった。

 雄城治景は同じ大神系で武勇の功績も十分にある由布惟信に一部始終を話し、決断を委ねたのである。

「もし、小原殿が謀反を成功させると考えたのならば、手をつけなければならぬ場所に手をつけておりませぬぞ」

 雄城治景の話を聞いた由布惟信はそう言って、理詰めで迷っていた雄城治景の心を解してゆく。

「何処だ?それは?」

「宇佐八幡宮。

大神系の名前では、同紋衆が従うとは思えませぬ。

ならば、大内よろしく傀儡を据えるのは必定。

奈多とは争わねばならぬ立場ゆえ、宇佐の珠姫を手中に収めねばこの謀反は成功いたしませぬ」

 吉岡長増が見抜いた事を由布惟信もまた見抜いていたのである。

 迷っていた雄城治景の心に光が当たる。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 前編 24

「それがしが謀反勢の将ならば、まずお屋形様を討ち取ると同時に、珠姫様を掌中にした事を伝えまする。

ですが、聞く所では府内館炎上のみで、お屋形様の生死もわからず。

この状況で珠姫様の事に触れぬのはおかしいのです」

 ぽつりと、押し殺した声を雄城治景は漏らす。

「つまり、謀反勢はまだ珠姫様を抑えてはいない……」

「この状況では、同紋衆に総攻撃を受けるでしょうな。

小原殿の策にすれば、あまりに下策かと」

 その一言が雄城治景の決心を固めた。

「我ら雄城家はお屋形様の命に従い、謀反勢を討ち取る!

由布殿。どうか、我らと共に戦ってくだされ!」

「もちろん。

差し出がましいですが、謀反勢と一戦を行うのでしたら、角隈殿にもご助力をお願いすべきかと

 かくして、馬上で雄城治景はため息をつく事ができたのである。

 途中、同じく謀反鎮圧の命を受けた戸次鑑連とその手勢を見つけて合流、眼下の合戦に至る。

「駄目だ!支えきれない!」

「負けじゃ!この謀反は負けじゃ!」

「逃げるだ!

謀反に従ったとあれば、お屋形様に殺されるぞ!」

 中央の壊乱が全体の総崩れに移行するのに、そんなに時間かかからなかった。

 そして、ついに決定的な報が戦場を駆け巡る。

「本庄新左衛門尉討ち死に!」

「賀来紀伊守!

由布惟信が手勢が討ち取ったり!」

 謀反勢の指導格である大将二人の討死に、謀反勢は完全に統制を失って総崩れに陥った。

 水軍衆ゆえに後詰として控えていた中村長直は負けを悟り、府内の港に戻って船で逃げようとしてその旗を見つけてしまう。

「臼杵に吉岡が押して来たか……

毛利の口車に乗ったのは失敗だったか……」

彼の首は臼杵勢を率いていた臼杵鑑続の弟、臼杵鑑速(うすき あきはや)の手勢によって挙げられた。

 こうして、府内を灰にした他紋衆の蜂起は第一幕が終わる。

 だが、大友の怨恨、大内の断末魔、毛利の執念を織り込んだこの喜悲劇はまだまだ幕を残していたのである。

 

 その第二幕は肥後国から始まる。


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 地理説明 その二


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老人達の思い出話 小原鑑元の乱 大分川合戦

 

大分川合戦

         
             

兵力

           
 

大友軍 

雄城治景(由布惟信・角隈石宗)

戸次鑑連

臼杵鑑速

吉岡鑑興

三千

 

謀反勢 

本庄新左衛門尉

賀来紀伊守

中村長直

 

四千

             

損害

           
 

大友軍 

数百 (死者・負傷者・行方不明者・捕虜含む)

     
 

謀反勢 

四千(死者・負傷者・行方不明者・捕虜含む)

     
             

討死

 

本庄新左衛門尉・賀来紀伊守・中村長直(謀反勢)