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引き金

 中国・満州の内陸平野部・タオナン原発では、そこに設置された出力130Mwを誇る中国製新型炉・ABWR(進化型沸騰水型炉)の0号・1号・2号・3号の4基のうち、0号機が運転中だった。
 平野部での工業用の電力不足に対応するために作られた新型炉の運転に、運転員はみな、中国科学技術の勝利を疑っていなかったし、炉も十分に管理され、大きな電力を供給していた。
 発電所は農村の点在する緑豊かな内陸部のクリークを掘って貯水池を作り、その畔に建屋など施設が作られ、その貯水池の水で冷却と熱交換をするように設計され建設されていた。

 そこから20キロ離れた深さ30kmの地中で、貯水池の建設のために変わった地下水脈の影響か、古い断層が一挙に5メートルずれた。
 それを付近の複数の地震計が察知し、緊急地震速報を発令した。
 その大きな断層の崩壊の振動を検知したコンピュータはすぐに原発へ信号を送り、それは地震波よりもはるかに早く光ファイバ内を通り、届いた。
 届きはした、のだった。

「緊急地震速報!」
「原子炉停止! 緊急停止だ!」
 中央操作室で運転員がその操作をしようとした。
「待て」
 みなが当直長のその眼に釘付けになった。
「緊急停止準備で待機」
「なぜです? 停止すべきですよ!」
 若い運転員が反駁するが、当直長は落ち着け、と仕草をした。
「先月、速報で3号機を停止したろ? それが速報が取り消されたが3号の停止トリップは取り消せず、結果今、党の原子力局の審査が終わらず、ここの4基のうち動いているのは我々の0号機だけだ」
「でも止めるべきですよ」
「いや、まだ地震が来ない」
 沈黙があった。
「これは誤報だ。我が国の地震計はあてにならないが、俺達はフクシマのようなヘマはし……」
 その時、強烈な揺れと共に、全員が突き飛ばされるようにバランスを崩し、操作室の灯りが消えた。
 僅かなLEDランプが灯った薄暗さの中、みな手すりで懸命に身体を支えようとしている。揺れはまだ続いている。操作室天井のメッシュが次々と落ちてくる.。
「非常電源はどうした!」
 地震によろけながら運転員たちは暗闇の中、声を掛け合う。
「だめです、直流電源喪失!
「隣の1号から配電を! 配電盤操作急げ!」
 運転員が連絡しようと電話を取った。
「馬鹿! お前が走れ!」
「炉内圧力上昇!」
 それと同時に、地の底から轟音が響く。金属が連続してぶつかり合う音だ。
 みな、一瞬で理解した。ABWRの弱点、高速回転中の格納容器内ジェットポンプが脱落し、分厚い合金の格納容器を破り始めたのだ。
 その固定については十分な検査と保守がされているはずだったのだが、強度が設計段階から不足していた。
「炉心緊急注水!」
「操作応答なし!」
「まずい! ECCS起動!」
「隔離系電源も喪失してます!」
「なんてこった!」
「燃料集合体、温度急上昇!」
「ガス反応! 水素発生検知!」
「窒素注入!」
「注入弁が電源喪失で動きません!」
「手動で操作しろ!」
 運転員が走りだしたその時、そのすべてが一瞬で、白い衝撃波でノックアウトされた。
 水素爆発が起きたのだった。


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悲鳴の伝播

「機長」
 そこから1000キロ離れた日本海の海上自衛隊のEP-3のセンサーマンが呼んだ。
「中国内陸部に不審なアップストリームがあります。距離1万」
 機長は機長コンソールのトラックボールを転がし、そのストリームを分析にかけた。
「データリンクを開始。ここではパワーが足りない。市ヶ谷に転送して分析させよう。データコム、頼んだ」
「リンク作動開始しました。でもいいんですか? 傍受中にリンクを使うなんて」
「量的にも質的にもこれはやばそうだ。責任は俺が取る」


「情報衛星の速報もきます!」
 自衛隊市ヶ谷指揮所も戦場になっていた。
「気象庁観測、満州内陸部で地震発生。マグニチュードは8.4。震源域は原発付近です」
「速報来ました!」
 統幕長がその結果を見て、老眼鏡を押さえた。
「原発で爆発事故、中国人民解放軍のヘリが砂袋を搭載して出発しました」
「石棺を作るつもりか。福島より悪そうだ。大臣と官邸に速報を」
「ええ」
 みな、正面スクリーンの動静図に目をちらりと向け、またそれぞれの連絡作業にもどった。
「訓練されているとはいえ、いやなものだな。こういう時に俺たちは嘆く以前に対応せねばならない」
「そうだな」

 それが、狂い始めた世界の、さらに狂った戦争の引き金がひかれた瞬間だった。


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小さな会議

 その1週間後。

 自衛隊情報本部の霜田3佐の説明に、市ヶ谷防衛省の会議室でため息がそろった。
「そうか、こういうシナリオか」
「岩国のEP-3情報収集飛行隊の収集した情報、そしてウェブ情報傍受と米ESAエシュロン連絡室を持つ本部情報収集5課も同様の結果を出しています。
 中国の軍備増強はすでに言われていましたが、最大の問題はこの大量の燃料と物資の調達と輸送についての交信量増大です。
 これは原発事故対応だけではありません。明らかにホットウォー、大規模な戦争状況の兆候です」
「状況の規模は」
「ハイテク武器のこの時代であっても、3年を覚悟すべきでしょう」
「3年か。俺定年なってるな」
 統幕長が冗談を飛ばしたが、皆笑えないほど、この資料は重みがあった。
「笑えないですよ。背広の私を呼んだほどの状況の悪さと思っていましたが、ここまでとは」
 防衛省の背広組、大臣官房長が資料を何度も見返しながら言う。
「さて、対応しようにも今の大臣も総理はもう持たないしな。震災の復興すらまだ厳しいのに」
「タガが緩んだってやつさ。震災で儲けたハゲタカファンドもいれば、原発の汚染地域の除染の名を借りて一儲けの業界もある。ひどい話だが」
 そして、喜多方情報本部長が腕時計を見た。
「そういや地下の指揮所には標準電波飛ばないから電波時計使えないんだよな。でも意外と時間経ってないのか? まだ1500時じゃないか」
「ちがうさ、もう1630時だ」
「なんだ、この時計故障か? Amazonで買ったのに不良品? 針が止まってる」
「その時計のとおり、時間止めたいよ。泣き言だが、F-Xの選定失敗に政治のムチャブリで震災対策に世界各地の災害救難復興支援で俺も隊員の皆ももうヘトヘトだ。
 それも本来任務とはいえ、いつのまに俺たちは便利屋になったんだって話。人員採用は楽になったが例によって財務省が締めるから増員も思うようにならず、練度維持も若手中堅層がどんどん出払ってしまい各術校からも悲鳴が届く始末。
 まったく、どうしたらいいんだと思うぜ」
 皆、息を吐いた。あえて選んだ狭い会議室の中で、重たい空気が更に重たくなる。
「どっちにしろ前々の防衛旋策研究を参考に、少しずつ要員を確保、そして統幕長補佐に誰か活きのいいのを入れよう」
「ジャック・バウアーなんかいいだろうな」
 皆、かすかに笑った。
「お前古いよ」
「それと、もっとハードな執務に耐えられる奴が必要だ。探してくれ。急いで」
 統幕長の言葉に皆が注意を向けた。
「それはこの状況への対応に着手するということですか」
「ああ。この情報、金融危機とリンクした東シナ海争奪の兆候というレポには信頼できるものがあると思う。大臣や政治への根回しは」
「また俺か」
「お前がやってくれ。独断専行の原則、後で承認を得られる確実さを持った判断からいえば、今は、独断専行をすべき時と思う」
「物騒だが、まあここにこう集まっているだけで物騒だしな」
「人集めは手をつけていいと思う。あとは政治との連携」
「無理無理。できっこないって」
「わかってるさ。ただ俺たちは政治家と中国と状況を煽るファンドの3正面作戦は無理だ。せめて黙っててくれるように。これはお願い、だよ」
「そうだな。お願いするしかないな」
 事務次官が頷いた。
「わかった。動くしかないと私も思う。ただマスコミ対策は厳重に」
「それはもう」
 喜多方情報本部長は深く頷き、そして冗談にプルプルと頭を震わせた。
「ということは今で4正面作戦か」
「というわけだ。なかなかの苦労だが、維新元年なんてそんなもんだろ?」
 海幕長に視線が集中した。海自は維新元年とのキャッチフレーズを掲げている。
「坂の上の雲じゃあるまいに」
 空幕長が茶化す。
「まったく、いつそうなるかとは思っていたけど、自分がここでそれを迎えるとはね」
 太沢陸幕長が太い声で笑う。
「まあ、初心忘れずだ。先輩は世界を敵に回したし、そのあとは冷戦も生き抜いた。我々は音を上げるわけにはいかんさ」
 陸幕長の言葉に、皆、それぞれに合意の視線を向けた。
「さて、毎回こういう面子で集まるのは感づかれる。また人集めもいるが、以降は省内SNSで進捗を管理するということで」
「よし!」
 みな声を揃えた。
「火はついていた。種火に封じていたいが、まちがいなく世界規模の状況になる。その覚悟で手を打つ」
 ちなみに、状況とは、自衛隊用語では実践、戦闘のことも含む言葉である。
「みな、職責を果たしてくれ。私も覚悟を決めた」
 そこにアラームがなった。
「またEUで債務不履行だ。つられてまた円買いが進み、日銀介入の動きも」
「欧州情勢は奇々怪々ってやつだな」
「ごめん、それ笑えない」
 戦前、WW2の昔、欧州、特に独ソ関係の不可解さに振り回された当時の外相の言葉だった。
 そして、それが続く世界大戦のことを想起させるからだった。


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密会

「遅れてすみません」
 東京湾岸、日本科学未来館に彼はいた。
「ここにいると、絶望から少し逃れられる」
 そういう老けているのにも関わらず背筋を伸ばし、この科学館に集まった子供たちの眼を嬉しそうに目を細めて見つめる男に、海幕長・宮辺は頷いた。
「子供たちのあの瞳だけが希望だ。国が滅びても、子供たちはきっとやっていってくれる。そう思わなければ、現状に押しつぶされそうになる。たまらん」
 海幕長は背広に着替えてここに来ている。
「真正面からぶつかるのは愚策とはいえ、状況は、旅順要塞という近代に立ち向かう明治日本から希望を引き算したような状況だからな」
「磐田さん、本当につらそうで」
 磐田は海自出身のもと情報本部の知恵袋であり、プロジェクト管理を専門として、自衛隊に一時代を築いた男である。
 情報部門を長く勤め、海将補となって定年を迎え、今は横須賀に住んでいるのだが、年金生活の足しにと、近所のスーパーの駐車場の管理人をしていたという。
 しかし結局そういった隠居生活でいられるわけもないのが磐田の性分だ。
 海幕長はそれを知っているし、何よりもその磐田の現役時代にその手際を学んだ「磐田教室」の一番の生徒であったのだ。
「話はやはり、という話だった。人集めなら、こいつがいい」
 磐田は名刺の裏に名前を書いた。
 在川美由紀とそこにあった。
「女性ですか?」
「指揮幕僚課程をトップで終えるはずが思わぬ怪我でナンバーを落としてしまった。でも十分使える。それと」
 もう一枚の名刺に磐田は書いた。
 大倉瑚珠とあった。
「ちょっとまえから官邸に入っている警察出身の人間だ。官房参与でやっているが、今、人事がばたついているために手持ちの駒になっている」
 そして、もう一つの名前は、
 鈴谷圭一、とあった。
「知ってるな」
 磐田はそう言うと、くっと笑った。
「知らないも何も無いですよ」
 海幕長はそう声にした。何事かとそれを前のコーナーでロボットの実演展示をしていた展示ボランティアが一瞬目を向ける。
「ああ。もうすぐ定年になる。まさか警視庁特殊犯係から、警察庁副長官、そして新設された内閣調査庁初代トップとは誰も思わなかった未来だ」
 海幕長は頷いた。
「でも、我々のいる未来は、そういう未来だ」


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