試し読みできます

大学に入学するために上京して、ひと月くらいたった頃、母親から電話がきた。
「おじいちゃんとこのタロが死んだよ」
僕は、「ああ、やっぱり」と思った。
タロは、おじいちゃんが飼っている雑種の茶色い小さな犬で、こっちに来る前に、上京のあいさつをしに、おじいちゃんの家に行った時に会ったのが最後だった。
その時には、もう立ち上がるのもやっとというくらい弱っていた。
タロは、僕が小学校に上がる前から飼われていたから、15歳くらいのはずで、弱るのもしかたない歳だった。
タロは、僕の顔を見ると、前足をちょっと動かして立ち上がろうとしたので、あわてて近くに行って、立たなくていいぞと頭をなでてやった。
「タロは俺よりお前の方が好きだからなあ」と、おじいちゃんが言っていたのを思い出した。
僕はタロの頭をなでながら、「ジョー」と呼んだ。
タロはみんなにはタロと呼ばれていたけど、僕だけは「ジョー」と呼んでいた。
試し読みできます
タロは仔犬の時から左目がつぶれていた。それを、幼稚園だか、小学校低学年だったかの僕が、当時のマンガに出てきたお気に入りのヒーロー「片目のジョー」みたいだと思い、僕だけがジョーと呼ぶようになった。
たまには、みんなと同じようにタロと呼ぶこともあったけど、ジョーは、タロと呼んでも、ジョーと呼んでも、同じように僕に飛びついてきて、しつこいくらい僕の顔をなめ回した。
ジョーは、おとなしい犬で、他の人には、こんな事はしなかった。
僕とジョーが抱き合って笑っているのを見るたびに、おじいちゃんは「タロは俺よりお前の方が好きだからなあ」と決まり文句のように言っていたのだ。
「お墓参りに行ってあげなさいよ」 母親が少し硬い声で言った。
「うん、わかった。夏休みに帰った時に行く」 僕が、そう答えると、母親はちょっと黙ったあと 「そうしなさい」 と言って電話を切った。

いたざわしじま・吉田哲也