あとがき
たいていの本で教経は義経に組み打ちを挑むも、逃げられたと書いてあります。このマンガでもそのように描写しました。 ところで、その逸話の出典である平家物語ではどう描写されているのでしょう?
いかものづくりの大太刀ぬき、白柄の大長刀のさやをはずし、左右にもってなぎまはり給うに、おもてをあはする物ぞなき。
(中略)
「さては大将軍にく《組》めごさんなれ」と心えて
(中略)
判官もさきに心えて、おもてに立つ様にはしけれども、とかくちが《違》いて能登殿にはく《組》まれず。されどもいかゞしたりけん、判官の船にのりあた(ッ)て、あはやとめ《目》をかけてとんでかゝるに、判官かなわじとや思われけん、長刀脇にかいばさみ、みかたの船の二丈ばかりの《退》いたりけるに、ゆらりととびのり給ひぬ。
(引用元:「日本古典文学大系 平家物語」 岩波書店 強調部は筆者による)
要約すると、
・(教経は)左右に大太刀・大長刀を持って雑兵をなぎ回っていた。正面きって戦おうとする源氏の武将はいなかった。
・「(雑兵はいいから)大将軍(義経)に組めと言うのだな」と心得た。
・義経は真っ向勝負するように見せかけながらも決して相対せず組もうとしなかった。
・しかしついにチャンスが到来して飛びかかったが逃げられた。
…となります。ここで気になるのは原文では「組む」とあって「組み打ち」とは書いてない点です。
教経が義経に飛びかかる前に大太刀・大長刀を捨てたという描写は無いですし、義経も長刀を脇に抱えて逃げています。
つまりここでの「組む」は「組み打ち」という言葉から連想される取っ組み合い・徒手格闘戦ではなく、
長柄の武器を組み交わすような一騎打ちのことではないか……と私は思ったわけです。
しかしながら、結局なやんだあげくマンガでは素手で飛びかかる描写にしました。そういうネタのマンガだったからです。
平家物語が史実というわけでもありませんし。
めてにゆんでに刃乱万丈
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著者 : 桝田道也
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更新履歴
- 2011-12-21 : パブーで公開
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桝田道也