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神隠し

1.神隠し 

「――母さん。御飯は此処に置いておくから、ちゃんと食べてね?じゃぁ、学校行ってくるから」

「…………」

「――行ってきます……」

 零は布団で横たわる母の側にお盆に載せた朝食を置くと、静かに部屋を出る。母は何も語らない、あの事件から一年。未だに母の感情は戻る気配を見せる事は無い。あの時の男子連中達は、一切学校へ顔を出す事は無かった。精神崩壊してしまった彼等は、“自分という存在”だけを残し生かされている。中には時に暴れだす者も居た、異常な程に……その動きは人間離れをしていてる狂暴さだ。村の大人達は彼等を今、村へ野放しにするのは余りにも危険だと判断し、少年達を牢へと閉じ込めてしまう。しかし、その話を聞いた零は不思議に思う。何故、こんな静かな田舎村に牢屋等という物が存在しているのだと。それは、まるで以前にも似た様な事があり、その対策として、それはそこに存在したのかと……

 大人達は口を揃えて言う『心を喰われてしまえば、何も残りはしない』と……例えるならば、バケツに入った水を全て流してしまえば、その中には一滴も残らず何も入ってはいない只の空っぽな器でしかない。

また、別なモノを入れて満たせばいい。単純に考えるならこんなところだろう。

 少年達は完全に心を喰われてしまったが、母の場合は半分が持っていかれたというところだ。

言語障害は有るものも少しの感情は残っている。

零にとっては、それが唯一の救いである。しかし、あの時に母が現れずに居ればこうなっていたのは自分自身であったのかもしれないと彼は思う。

 

 家先には零の準備を待つ、菜々樺の姿があった。

「――おはよう、零」

「菜々樺、もうちょっと待って」

「早くしなさいよ?出ないと私まで遅刻しちゃうじゃない?」

「――じゃぁ、先に行ってればいいだろ?」

 零は、せっせと仕度をしながら。文句を言う菜々樺に突っかかる。

「何ですって!あ、あんたの為に来てやってるのに」

「――別に来てくれと頼んだ覚えなんてないよ」

「この……減らず口が」

「……はぃはぃ。よし、じゃぁ行くか」

 そう言って零は玄関で靴を履き、立ち上がると菜々樺の肩にポンと手を乗せ、なだめる様に呟く。腑に落ちない菜々樺であったが渋々、零の後を追いかけるようにして付いて歩く。

 


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神隠し -2-

 隣に居た菜々樺が零に問い掛ける。

「そう言えば、こんな事を噂で聞いたんだけど……」

「――噂?」

「うん、例の男子中学生事件覚えているでしょ?」

「……まぁ、出来れば忘れたいけど。それが、どうかした?」

 零が聞き返すと菜々樺は複雑な表情を浮かべると言葉にする。

「彼等が牢に監禁されてるの有名な話……」

「まぁ……ね。申し訳ないとは思ってる……」

「――それがね……消えていたんだって」

「……消えた?」

 零は一旦歩みを止めると菜々樺に疑問の眼差しを向け聞き返す。

「昨日、見回りで行った時には姿が何処にも無かったんだって。全員……」

「――き、昨日?」

「――うん、話では。でもまだ、非公開って形になっているみたいだから」

「何で菜々樺がそんな事を知っているんだ?」

「あれ?言わなかったっけ?私の御父さん、村の役員しているから」

「……そっか」

「でも、あくまで噂だから余り口外しないでね?」

「――あぁ、わかった」

 

 後日、噂は瞬く間に村中に広まっていた。零が口外した訳では無い。

まして、菜々樺が言った訳でも無い。それはある事件を切欠に起きた。

 彼等が姿を晦ましたのは、菜々樺から言われた日から一昨日の事だった。

夜、いつもの様に見回りに来ていた役員は懐中電灯を照らし薄暗い牢を見回る。いつもなら五月蠅い程に叫ぶ声がしたり、檻の柵をガシャガシャと揺らす金属音が木霊していた。心を喰われた少年達は、まるで何者かが憑依したかの様に理性を失った行動をする。そんな日が幾日も続いていた。

 しかし、その日は違った。不気味な程に静かだ、牢屋で暴れている様な五月蠅さすら感じない、廊下には寒気がする程に冷たい空気が周囲を包む。

そして檻の前まで来た時、役員は異変に気付く。中に誰も居ない。脱獄?違う、柵は破られてすらいない、硬い煉瓦で囲われた殺風景な個室、光が差し込むような窓すらない。逃げる所等は何処にも無いのだ。その光景はまるで、最初から誰も居なかった様にすら感じる。

 そして、驚いた役員は事情を別の役員に事の詳細を全て話す。

すると、『――此処で見た事は内密にする』そこで話は纏まった……はずだった。


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神隠し -3-

 

 

 村中に知れ渡った原因。少年達が消えて三日後、第一の事件が起きた。それは突然の出来事だ。学校の友達が、ある日を境に来なくなった。少年達が脱獄した晩の翌日からだ。先生が家に連絡を入れても、家の人すらも分からない。しかも、その友達というのが零に文句をつけて来た、あの時の男子生徒だという。何かの偶然なのだろうか?彼は思う。しかも、最初に消えた少年達は今回、行方不明になった男子生徒と絡みがある学生だった。これも何かの偶然、それとも必然?どちらにせよ、まるで神隠しにでもなった様なこの事件は、あの一年前の興味本位で行った『肝試し』から始まったのは間違いが無いだろう。

 その話が広まってゆくに連れて、零は不安を感じる。何故なら、彼もまた当事者であるのだから。

そして、それを先に言い出したのも零自身だ。

 

「――ねぇ、最近。村の様子がおかしいよね?」

 菜々樺は不安気な表情を浮かべ零に問い掛ける。

「その話は、あまりしない方がいいよ」

「どうして?」

「――どうしてって……何かそんな感じがする」

 学校の休み時間、零と菜々樺はそんな話をしていた。この間の事件以来、何故か明るい話題が出て来ない。話すのは例の噂話ばかりだ。

 零は、この重い空気を変える様に話を切り出す。

「――そうだっ!久し振りに一勝負するか?」

「いいわね、今度は前回の様には行かないわよ?」

「――なんだ。今日は花を持たせてくれないのか?」

 またも零はからかう様に意地悪な言い方をする。

「そう何度もしてあげないわよ、今日は勝たせて貰うからねっ!」

「はぃはぃ、期待してるよ」

「むぅ~……いつも馬鹿にしてぇ」

 二人は将棋盤を机に置くと対局の準備をする。

そして、菜々樺は零を睨みつけるとやる気満々に言い放つ。

「何処からでも掛かって来なさいっ!」

「――さぁ、お手並み拝見と行こうか……」

 

 二人は、この時だけは事件の事を忘れ様と今を楽しもうとしていた……


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噂話

2.噂話

 日を増すごとに、村の中では『噂は本当なのではないのか?』という話が至る所で飛び交っていた。零も、あながち嘘とは思えなかった。勿論、事件の当事者としての感想である。別に“鬼”の存在を認めた訳では無い。そうだとしても、この頻発する奇怪な事件をどう証明すればいいものか。

 この間の男子生徒失踪事件から一週間、あれから何も起こる事は無かった。これ以上、噂が広まり混乱を招くのを恐れた役員は失踪事件に関しては一切触れる事はしないという決断をする。つまり“事件”を“事故”として処理してしまったのである。だが、この話は学校内では毎日の様に語られていた。物珍しい話に面白がって食いつくクラスの男女。学内では、あくまで『噂話』としてでしか取り上げられていないが、その真意を職員に聞いても『そんな話は止めなさい』と言って黙秘する者が殆どである。

 だが、零や菜々樺だけが『噂話』とは、到底思えそうには無かった……

「――零?」

「なに?」

 教室で自分の席に座る零に菜々樺は声を掛ける。

「こんな事を思っているの、私だけなのかもしれないけど……」

「――どうした?」

「何かね……最近、思うんだけど……前より人が減ってる気がしない?」

「……えっ?」

 菜々樺は不安気な面持ちで教室を軽く見渡すと零に問い掛けた。

「……人が?」

「うん、前なんて五月蠅すぎる程に賑やかだったのに。何か、ここの所は教室が凄く静かに感じる……」

「そう……かな?」

「何か、前より人が少ない気がして……」

「――気のせいだよ……」

 菜々樺の疑問には零も気付いていた。まるで、以前程の賑やかさは感じられない。あれ程まで、馬鹿みたいにゲームの話で盛り上がっていた連中も今は例の『噂話』で持ち切りだ。そして、菜々樺の言う通り、日に日に学校の生徒数が減っている様な気がする。学校自体は大きくは無い。教室は三つ、一クラスが十人程度。零達のクラスからは前回の事件……いや、事故で一人が居なくなっていた。菜々樺が言っていた疑問は、このクラスに対してでは無く、学校全体での生徒数に対してだった。自分のクラスなら一人二人減っただけでも直ぐに気付くだろう。しかし、他のクラス等の事等知る訳が無い。菜々樺の話に由れば、隣のクラスでも女子が一人突如失踪してしまっているという。理由は解らない、失踪した事に気付いたのは事故から翌日の事。前の日まで、菜々樺は学校でその子と話をしていたと言う。つまり、失踪したのは学校が終ってから、夜が明ける迄の間。

 彼女にしかり、同クラスで失踪した男子生徒、共にある共通点がある。

それは両者とも事故の前日、または、それ以前に『噂話』をしていた。

だから、どうという事では無いのだが、この繋がりは明らかに偶然過ぎる。

 これは零の推測に過ぎない。しかし、大人達はこの事に対し頑なに口を

閉ざす。それが余計に零の疑問を肥大させていった。

 


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噂話 -2-

 

 帰り道、菜々樺は元気が無かった。無理も無い、最近まで親しく話しをしていた友達が忽然と姿を消してしまったのだから。零は敢えて、何も言わなかった。自分が何か慰めて、菜々樺の気持ちが晴れたとしても失踪した彼女が帰ってくる事は無いだろうと……

すると、俯いたまま菜々樺は呟く様に問い掛けてくる。

「――ねぇ、零?」

「なに?」

「……本当に消えちゃったのかな?」

「……分からない」

「もし、もしね、あの話が……原因だったとしてだよ」

「菜々樺っ!その話は」

 菜々樺は零の前に回り足を止めると、真っ直ぐ零の目を見て言う。

「もしもの話だよっ!それに……」

「――それに?」

「一年前の事件だって……」

「いい加減、忘れろっ!僕だって……思い出したくは無い」

「――そうだよね……ごめん」

 ちょっと言い過ぎたかもしれないと反省する零だが、菜々樺の言いたい事は痛い程に分かる。何故なら、この村がおかしくなってしまった原因は、あの日……『肝試し』の夜に、あの祠を開けてしまったのが全ての始まりだったからだ。祠の扉には再度封印し、御払いだって施した……なのに、悲劇は治まるところが止まる事すらしなかった。零は後悔をしていた。

しかし、事態を収拾するにしても事の原因が未だに判らない。ならば、自分で撒いた種なのなら自分で何とかしなければ……零は思った。

「――悪い、菜々樺。ちょっと、寄り道していくから……先に帰ってて」

「寄り道って、何処行くの?」

「……それは、言えない」

「そう……」

「――じゃぁ、また明日」

 そう言うと、零は菜々樺に背を向け彼女と逆の方角へ歩き出す。すると、後ろから呼び止める様に菜々樺が零に言葉を返した。

「……零」

 菜々樺の声に零は一度足を止め、振り返ると菜々樺は小さく笑い言った。

「――ちゃんと帰って来なさいよ」

「えっ?」

「勝ち逃げなんて許さないんだからねっ!」

「ありがとう……菜々樺」

「――零、約束だからね?」

 零は『わかった』と菜々樺に返事をすると再び背を向け歩みだす。彼の去って行く後姿を菜々樺は寂しそうな面持ちで見つめていた。菜々樺は、薄々気付いていた。零の言う『寄り道』を……だが、聞く事は出来ない。聞いたところで、きっと零は何も語ってはくれないだろう。今、菜々樺に出来る事は、零の帰りを待つ事だけである。

菜々樺は信じている。零は、必ず“約束”を守ってくれるはず……だと

そして、菜々樺の視界からは零の姿は見えなくなった……

 



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