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かたり神 1

 かたり神の家に今夜も物語をねだりに娘がやってくる。
「ねー、お話」
「……人の膝に寝転がらないで下さい」
 顰めてかたり神は言うが、娘は甘えた素振りを見せる。
「いーじゃん、減るもんじゃなし」
「お前はいつもそうですね……さぁ、どんな人生がお望みかな?」
 娘は言った。

「短いのがいいわ。
 だって、今は夜明けが早い」
 それでは、と言ってかたり神は静かに語りはじめる。

1.

〈森の奥深くに館があった。「物語を集めているの。世界中の、ありとあらゆる」娘は言う。継いだばかりの館主は、困ったように首をかしげた。「ここにある本は、総て街で手に入るものですよ」「いいえ、本じゃない。物語はどこにでもあるわ。そう、例えばあなたの中に」〉

〈狭い部屋にところ狭しと並んでいる本棚。見上げでも、一番上など見えない。「世界中の物語を集めたよ、きみのために」どこからともなく声がする。わたしは一冊、本棚から本を取りだした。目眩く物語がわたしを虜にする。思い出しかけた何かを忘れ続けながら、物語を読んでいく〉

〈大学合格のお祝いに貰ったのは、一冊の日記帳だった。ぱらぱらめくってみると、物語が綴られていた。ページを繰るうちに、どんどん物語の中に入っていく。ふと気付くと夜が明けていた。こんな凄い物語を書く作者に逢ってみたい。願いは確信に変わっていった〉

〈11月5日、とかけてふと、カレンダーを見る。頭の中を既視感が通り過ぎていく。なんとも言えない感覚を残して消えていった。そして、わたしは日常の物語を紡いでゆく。消えていったあれのコトは、このノートに封じ込めて〉

〈ラベンダーの薫りを漂わせて、小さな物語が電子の海から流れてきた〉

〈このアプリはあなたの代わりに #twnovel を書きます。そんな言葉に惹かれてダウンロードしてみた。アプリが紡ぐ物語とはどんなものだろう。早速、使ってみる。物語生成というボタンを押す。画面に文字がズラリと並んだところで、目が醒めた。生成した筈の物語は、虚空に消える〉

かたり神 2

 ようやく月が出てきた。
「月が出てきましたね。
……いい加減、膝からどいて頂けませんか? 痺れてきた」少しだけ顔をしかめてかたり神がいう。
「あー、きれーなお月様」
 不機嫌そうなかたり神のことなどお構いなしに、呑気な口調で娘は言う。
「ねぇ、月が出てくる話はないの?」

2.

〈 何処かで太鼓の音がする。娘は音を頼りに、暗がりの中を歩いていった。欠けはじめた月が、娘の足元を照らす。身体の芯に響く音を、感じて、娘の足ははやくなる。響いているのは、太古からのリズム〉

〈人のいなくなった街で、佇んでいた。白い月が薄暗い蒼空に、儚く浮かんでいる。彼女はどこにいるのだろうか。僕は彼女を探さなくてはならない。裂けた地面を踏みしめて、僕は歩き出した〉

〈闇色の雲から月が見え隠れしている。僕は月を追いかけてはしって行く。「この夜を飛び越えて、逢いにきてよ」彼女の声が聞こえた、月夜の公園で〉

〈濃紺の空に、黄色い月。お酒を飲みながらベランダから月を眺めていると、ふわり身体が浮かんだ。びっくりしていると、隣の部屋のあの人が「キレイな月だ。今夜は空中散歩日和ですね」という。わたしはどぎまぎしながら相槌を打つ〉

〈キミの言葉はまるで甘露のよう。言葉を集めて、あたしだけの物語を創ろう。その物語から、永遠に醒めなければいい〉

〈お姫様がねむりに就いてから、99年がたとうとしていた。その間に科学技術は進歩して、二進法の王子様が、モーニングコールで目覚めのキスを送ってくる〉

かたり神 3

「ねぇ、」
 物語を話しつづけるかたり神は、娘の言葉に口をつぐんだ。
「なんです?」
「わたしのこと、愛してる?」
 いきなりな問いかけに、かたり神は思わず破顔する。
「何を今更。嫌いなら、夜伽などせぬ。
 ……愛しているよ」
「……ウソつき。
 ホントはなんて厄介な娘だって思ってる癖に」
「私は神ですからね。神は人を嫌いになどなりませんよ」
穏やかな口調で言い聞かせるかたり神に、娘はなおも言い募る。
「ウソよ。
 だって、みんなはじめはそう言うんだ。愛してるって。
 でも、じきに疎ましくなる」
「でも、私は嫌いになどなりませんよ」穏やかな笑みを浮かべ、かたり神は言った。

 穏やかな、本当に穏やかな笑み。娘は、何故か心の奥がザワザワするのをとめられずにいる。

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