閉じる


<<最初から読む

18 / 37ページ

第17話 心の余裕

 

 『ザ・クマさんプロレス』の開発期間は3ヶ月です。

 

 ぼくはグラフィックと企画も受け持っていますが、企画を受け持つということは同時にディレクター(監督)みたいな役割もしなければならないので、とても忙しくてタイヘンです。

 

 開発がスタートして最初の1ヶ月は、研究のためにとテレビで放映されている『クマさんプロレス』をみんなと見ながらワイワイと楽しくやっていましたが、2ヶ月目にはいるとゲームがしだいに目に見えるかたちになってきて『ああ、ぼくは今、ゲームを作っているんだなぁ……』という実感と責任感がわいてくるようになりました。ぼくはこの責任感が仕事にほどよい緊張とメリハリをつけてくれるので気に入っています。

 

 しかし、ゲームが目に見えるかたちになってくると困った問題もおこってきます。それは『最初に頭の中でイメージしたゲームのおもしろさ』と、『実際に目に見えるかたちになったゲームのおもしろさ』との間にズレが生じることです。

 

 つまり、最初に頭の中で考えたゲームのおもしろさは『理想』ばかりで、気づかない『欠点』がたくさん隠れています。それを、プログラムという方法で現実に遊べるかたちにしてゆくことで、それらの隠れた『欠点』が魔法のように表面にあらわれてしまうのです。

 

 「まぁ、新しいタイプのゲーム作りってそんなもんだよ。遊びを発明するみたいなもんだから最初から理想どおりにゆくわきゃないよね。かんじんなのは、いかにして理想と現実とのズレを調整してゲームのかたちに仕上げてゆくかが、プロの腕の見せどころだよ」

 

 と、モグリンさんがぼくをはげましてくれました。

 

 「そうですワン。そこのところのトライアンドエラー(試行錯誤)が、ゲーム開発のおもしろさでもありますワン」

 

 「よおし! オレもブブくんやモグリンに負けないように、ゲームサウンドがんばらなくちゃな。ゲームをうんと盛り上げるためにも」

 

 「ブブくん。絵をかくのがタイヘンになったら、遠慮せずにあたしに言ってね。あたしブブくんのぶんまでがんばるから!」

 

 ゼロワンさんやピコザさん、ミーちゃんも、ぼくをはげましてくれました。

 

 (ありがとう、みんな!)

 

 ぼくは、みんなのはげましに感謝しながら、少しでもおもしろいゲームになるようにテストプレイを何度もくりかえしました。そして、とりあえず『プロレスごっこ』のおもしろさが楽しめるかたちにまでもってゆくことができました。

 

 でも……。なんていうか……。なにかものたりません。

 

 (なにが、ものたりないんだろう?)

 

 ぼくは必死になって考えましたが、それがどうしてもわからないのです。

 

 そして、開発がスタートしてから3ヶ月が過ぎました――

 

 いよいよ開発の締め切りが近づいてきました。しかしスケジュールの方はちょっと遅れぎみです。ぼくはかなりあせってきて、正直、心に余裕がなくなってきました。

 

 「まぁ~、あせってもしょーがないって」

 

 そういうモグリンさんのはげましも、今のぼくには『はげまし』ではなく、他人ごとの無責任な言葉に聞こえてしまうのです。正直、かなりヤバイ状態です。そして、その『心の余裕のなさ』が、とんでもない失敗をやらかしてしまうことになるとは……。

 

 そんな、ある日――

 

 緊張した表情のファルコン社長が、みんなを集めて言いました。

 

 「突然だが、今夜、このゲームを買ってくださるという取引先の社長がゲームの見学にお見えになられる。この会社にとってとても重要な方なので、みんな失礼のないように」


第18話 若気のいたり

 

 午後7時過ぎ――

 

 有名ゲームメーカーであるデーターポンポコ社の社長さんが、ぼくらが開発している『ザ・クマさんプロレス』を見学するために会社にお見えになりました。

 

 そのタヌキの社長さんは、いかにも社長という感じのかんろくのあるお腹をしていました。でも、目つきがなんとなく相手を見下すような感じで、ぼくの想像したイメージとちょっと違ってました。社長さんの後ろには顔色のよくないやせたカワウソさんがヒョロリと立っていました。どうやら社長さんの部下のようで、いっしょにゲームの見学に来られたようです。

 

 「データーポンポコ社のカネポン社長だ」

 

 ファルコン社長はめずらしく緊張しながらそう紹介しました。

 

 ぼくは、カネポン社長とファルコン社長は仲良しだときいていたので、きっとカネポン社長もファルコン社長のように新しいタイプのゲームに対して理解のある方だろうなぁ、と期待していました。ところが……

 

 「紹介はいいから、はやくゲームを見せてくれ!」

 

 カネポン社長はぼくらにあいさつもせず、すごくいばった口調でファルコン社長に命令しました。ゼロワンさんがファルコン社長の指示でゲームを立ち上げると、ゲームテーブルのテレビ画面に『ザ・クマさんプロレス』が表示されました。

 

 「ふ~ん、プロレスねぇ……。プロレスをテレビゲームにして、ほんとうにおもしろくなると本気で思ってるのかねぇ。企画者はだれ? 遊び方を説明してくれ」 

 

 カネポン社長は、いきなりぼくらの作っているゲームにケチをつけはじめました。ぼくはちょっとカチンときました。他のなかまもムッとした顔をしていました。でも、ファルコン社長だけは相変わらず緊張した表情で額に汗をにじませていました。

 

 ぼくはカネポン社長にゲームの遊び方を説明しました。

 

 「このクマさんレスラーを動かして、敵のレスラーと組み合わせます。そうしたら技のメニューが出ますから、好きな技を3秒内に選択して……」
 「なんかイライラするゲームだな!」

 

 ぼくが説明している途中でカネポン社長がまたケチをつけました。ぼくは、またカチンときましたが、グッとがまんして説明を続けようとしました。

 

 「もういいよ!」

 

 いきなりカネポン社長が、ぼくの説明を中断させました。ファルコン社長やみんなはビックリしました。

 

 「もっと期待したのに、なんだこりゃ!? こりゃ売れないよ。おまえもそう思うだろ?」

 

 カネポン社長は後ろ立っていた部下のカワウソさんにききました。カワウソさんはもの静かな口調で「社長、結論をつけるにはちょっと早すぎますよ。最後まで説明を聞きませんか?」と答えました。

 

 「んなもん、聞いても時間のムダだよ!」

 

 カネポン社長のその一言に、ぼくの頭の奥でプチッと何かがキレる音がしました。たしかに、うちにとっては取引先の大切な社長さまかもしれませんが、もうちょっとものの言い方があるんじゃないでしょうか? これが普段のぼくだったらグッとガマンしたでしょうが、ゲーム開発で疲れて『心に余裕』がなかったせいか、ちょっと荒々しい気持ちがわきあがってきました。

 

 「それに、そのレスラーにかかれている白いドットはいったいなんのつもりだ? 君がかいたのか? ただのゴミにしか見えないぞ」

 

 カネポン社長は、今度はドット絵をかいていたミーちゃんの所へ行ってケチをつけ始めました。ぼくはついにキレました! 「プロレスラーの光る汗を表現したかったの」と、少ないドットと色数をやりくりしながら一生懸命工夫してくれたミーちゃんの絵までもバカにしたからです。ぼくは思わずミーちゃんを見ました。ミーちゃんはうつむいていました。

 

 「ちょっとどいてください! ぼくがその白いドットの意味を説明しますから!」

 

 ぼくは、ミーちゃんの横でふんぞり返っていたカネポン社長をどかそうと、わざと激しく肩をぶつけてやりました。

 

 「な、なんだぁ……?」

 

 今まで社長に逆らう動物は1匹もいなかったのでしょうか。ぼくの予期せぬ反抗的な態度に、カネポン社長はまるでハトが豆鉄砲をくらったような驚いた顔をしました。

 

 (あ、しまった! やっちゃった……)

 

 ぼくがとった乱暴な態度に、会社のみんなはビックリしているだろうと思いながら、ぼくはまわりを見まわしました。すると意外や意外。ビックリしていたのはファルコン社長とミーちゃんだけで、ほかの3匹はうつむいてニヤニヤしていたのです。

 

 「まあ、まあ、カネポン社長。だから最後まで説明を聞きましょうって」

 

 興奮して顔を赤くしているカネポン社長の肩を、カワウソさんがなだめるようにポンポンとたたきました。

 

 「う、うむ……。 まぁ、君がそう言うなら……」

 

 ぼくはビックリしました。あんなにいばりまくっていたカネポン社長が、まるで呪文にかけられたかのようにカワウソさんの言う事をすなおにきいたからです。

 

 カワウソさんはカネポン社長にむかってニコリと笑った後、ぼくのそばに歩み寄り、こう言いました。

 

 「私はデーターポンポコ社のゲーム開発部長のヌラリンともうします。私、このゲームにとても興味があります。もっとくわしく説明を聞かせていただけますか?」

 

 ヌラリンさんの、そのおだやかなしゃべり方が、凍りついていたファルコン社長とミーちゃんの心を溶かし、そしてぼくの荒々しい気持ちも一気に溶かしてゆきました。と、同時に、冷静になったぼくは、自分がしでかした『ことの重大さ』に絶望的な気持ちになり、どんどんと落ち込んでゆきました。


第19話 もう1匹の自分

 

 「なるほど。どんなゲームかだいたいわかりました。ずいぶん斬新(ざんしん)なゲームですね」

 

 データーポンポコ社のゲーム開発部長のヌラリンさんが、ぼくにそう言いました。

 

 「ふん、斬新だからいいってもんじゃないよ! 今までにお客が慣れ親しんだゲームの遊び方を素直に引きついで、それを今風にアレンジするのが一番お客に受け入れられやすいんだ」

 

 カネポン社長はどうもこのゲームが気にいらないようです。それに対してヌラリンさんが言いました。

 

 「社長。たしかに社長のおっしゃることは正しいと思います。とても現実的な考え方だと思います。でも、だからと言って、いつまでも似たようなゲームばかり作っているとお客さんが飽きてしまって、ゲームからはなれてしまう危険性もありますよ」

 

 「うっ。ま、まあ、たしかにそれも言えなくはないが……」

 

 カネポン社長はエヘンとせきばらいをしながら、『ザ・クマさんプロレス』が表示されているテレビ画面のガラスを指でコンコンとたたきました。

 

 「しかし、このレスラーのドット絵はどうにかならんか? ちょっと、わかりずづらいぞ」

 

 カネポン社長が指差しケチをつけた絵は、ぼくがかいた2匹のレスラーが組み合っているドット絵でした。ぼくは、もうさっきまでのようにカチンとくる気力もなくなり、ただ落ち込んでゆきました。すると、ヌラリンさんがぼくに向かってこう言いました。

 

 「たしかに、このドット絵はわかりづらいですね」

 

 ぼくはショックでした。だって、ヌラリンさんはこのゲーム……というか、ぼくらの味方だと思っていたので、まさかケチをつけるはずはないと思っていたからです。ぼくはいよいよゲームに対する自信をなくしました。

 

 「カン違いしないでくださいね。わたしはケチをつけているんじゃありませんから」

 

 ヌラリンさんはそう言ってぼくにほほえむと、話を続けました。

 

 「たぶん、この絵をかかれた方には、これがレスラーが組み合っているカンペキな絵に見えるかもしれません。でも、それはあくまでかいた方の『思いこみ』なんです」

 

 (思いこみ?)

 

 ぼくは初めてそんなことを言われて、ちょっととまどいました。

 

 「つまり、この絵をかかれた方は『これは組み合っているレスラーなんだ』と思いこんでいるので、絵のおかしいところになかなか気づかないんです

 

 ヌラリンさんはニコニコしながらぼくの目を見ました。(たしかにヌラリンさんの言ってることはあたってるかも……)ぼくは自分の欠点をスバリと指摘されたような気がしてはずかしくなり、ヌラリンさんから目をそらしました。

 

 「でも、それは仕方がないことなんです。私だって、むかしはそうでしたから。だから訓練するしかないんです」

 「くんれん? どうやって訓練するんですか? ひたすらデッサンの勉強をするんですか?」

 

 ぼくはあせりながらヌラリンさんにたずねました。

 

 「もっと簡単な方法があります。もう1匹の自分を持つんです」

 「もう1匹の自分?」

 「そう、自分の中にもう1匹の自分――つまり、自分の絵をとてもきびしい目で批評する『さめた自分』を作って、そいつに批評させるんです」

 

 自分の絵をとてもきびしい目で批評できる『さめた自分』――。ぼくは、ヌラリンさんの言っている意味が最初はよくわかりませんでした。でも、言われたとおりに自分のかいたドット絵を(これは自分がかいた絵じゃないんだ)と思いながらさめた目で見てみると――あらあら、不思議! たしかにヌラリンさんが言ったとおりに絵のおかしい部分がわかってきたのです。

 

 「このゲームは斬新でヒットの可能性をもっていると思います。ただ、注意しなければならないのは、斬新で今までにないタイプのゲームだからこそ、普通のゲームの何倍もわかりやすいものにしなければならないんです。遊び方も絵もわかりやすくして、うんと『ゲームの敷居』を低くして、そしてどんなお客さんにも楽しく遊んでもらえるように何倍も努力する。それが新しいゲーム作りを目指すゲームクリエイターの義務だと思います」

 

 (そのとうりだ……)

 

 ぼくは、ヌラリンさんのとてもわかりやすい本質的な話に、目からウロコが落ちる思いでした。そして、なぜカネポン社長がヌラリンさんの言う事を素直にきくのか、その理由もわかったような気がしました。

 

 ヌラリンさんは、べつにむずかしい事を言っているのではなく、ただ『本質的なこと』を言っているだけなのです。でも、カネポン社長のような性格の動物さんは、つい、その『本質的なこと』を忘れて判断を誤ってしまうことがあるかもしれません。だから、カネポン社長はヌラリンさんみたいな動物さんを必要としているんでしょう。

 

 「わかっていただけました? えっと……、お名まえは?」

 「ブブともうします。おっしゃられたこと、とてもよく理解できました。アドバイスありがとうございました」

 「参考になったようでよかった。じゃあ、ブブくん。そんなかんじで絵の修正とゲームバランスの調整を進めてもらえますか?」

 「はいっ!」

 「では、社長。そういうことでよろしいですよね?」

 「う、うむ。まぁな……」

 

 カネポン社長はヌラリンさんに対し、ちょっとにえきらない返事をしました。

 

 「このゲーム、きっと社長を大もうけさせてくれますよ」

 「なにっ!? 大もうけ?」

 

 カネポン社長は『大もうけ』という言葉を聞いて急に機嫌がよくなりました。

 

 「それじゃぁ、ファルコンくん! ひとつよろしくたのむぞ!」

 

 カネポン社長はそう言いながら、ぼくらを無視してさっさと会社を出て行きました。そのあとについて会社を出てゆこうとしたヌラリンさんが、ぼくらの方を振り返ってこう言ってくださいました。

 

 「若さは挑戦だからね。応援しているよ、がんばって!」

 

 ぼくはとてもうれしくなって、出て行ったヌラリンさんに向かって深々とおじぎをしました。

 

 「ふぅ~……。ブブくん。たのむから、もう2度とあんなマネはしないでくれよ。心臓が止まるかと思ったぞ」

 

 ぼくが声の方を振り向くと、そこにはすっかり安心してヘナヘナになったファルコン社長が、イスにすわって苦笑いをしていました。


第20話 音の哲学者ピコザさん

 

 「サンプリングデータが使えるよ」

 

 ゲームサウンド担当のピコザさんが、ぼくに言いました。

 

 「サンプリングデータってなんですか?」
 「録音した本物の音のことだよ。本物のレスラーの声や観客の声とかが出せるよ」

 

 ぼくはビックリしました。だって、今までのゲームってピコピコという電子音ばかりで、本物の音がでることはなかったからです。

 

 「と、いっても合計で10秒ぐらいしか出せないけどね」

 

 でも、10秒もあればレスラーの声やレフリーのカウントの声なんかも、ギリギリで入りそうです。なんか本物のプロレスみたいになりそうで、ぼくはとてもワクワクしました。

 

 「わぁ~! ゲームが盛り上がりますね。ぜひ使いましょう。ところで、本物のレスラーやレフリーの声なんかはどうするんですか?」

 

 すると、モグリンさんがニヤニヤしながらぼく向かって言いました。

 

 「それは君の担当だよ」
 「えっ、ぼくですか? ぼくの声を録音するんですか?」
 「それが企画屋の仕事っちゅーもんだ」
 「ほんとうですかぁ? 恥ずかしいなぁ、トホホホ……」

 

 ――と、いうことでレスラーやレフリーの声はぼくが担当することになりました。プロレス会場の声援はプロレスのテレビ中継の音声から録音することになりました。

 

 「さあ、ブブくん。いってみようか。とりあえずいろんな声のパターンを録音してみて、その中から1番いいやつを使おう」

 

 そう言いながら、ピコザさんは安物のラジカセにつないだ録音マイクをぼくの口元に差し出しました。ぼくは恥ずかしくてたまらなかったのですが、これも仕事だから仕方がありません。

 

 『ウッシャーッ!』
 『フンガッ!』
 『アチョーッ!』
 『ドスコイ!』

 

 ぼくが思いつくだけのレスラーの気合の声を叫びまくると、それを聞いていたみんながいっせいに笑い始めました。すると、突然社長室のドアが開きファルコン社長が顔をのぞかせました。

 

 「なにしてんの?」

 

 最初はキョトンとした顔をしていた社長も状況が理解できたのか、笑いながら社長室にひっこみました。

 

 (も~! ぼくはシンケンなのに!)

 

 ひととおりの声を録音し終わり、ピコザさんはそれらの声をパソコンにとりこんで、その中から使えそうなものを選び始めました。フンイキがあり、かつ、秒数が短めの声がポイントです。

 

 「お、この声がいいな」

 

 ピコザさんは選んだ声を再生しました。

 

 『ワン! ツ~! スリヒィ~~!!』

 

 それは、緊張して声がひっくりかえってしまったレフリーのカウントの声でした。よりによって、どうして失敗した声なんかを選ぶんだろうと、ぼくはピコザさんのセンスを疑いました。ところが、モグリンさんやミーちゃん、ゼロワンさんまでもが口をそろえて、その声がいいと言うのです。

 

 「いい感じじゃん! モグッ!」
 「フンイキがでてるわね!」
 「気合が入ってグッドですワンッ!」

 

 ぼくは納得できない顔をしました。すると、ぼくの表情を見ていたピコザさんが言いました。

 

 「いい声かどうかを決めるのはブブくんじゃない。それを聞く側が決めるんだ」

 

 (なるほど、たしかにそのとおりかも。さすがピコザさん。たくさんのライブ演奏をして、たくさんのお客さんたちの反応を見てきただけあって、言う事が深いなぁ……)

 

 「どうせなら、ゴングの音も本物を使いたいな。モグ」

 

 無責任なモグリンさんの言葉にゼロワンさんがのってきました。

 

 「それはグッドですワン! でも、本物のゴングはここにはないので、テレビ中継の音声から録音したらいかがでしょうワン?」

 「うん、それしかないね。モグモグ」

 

 すると、その意見に対してミーちゃんが言いました。

 

 「でも、会場の声援とまざって聞きづらくならないかしら?」

 

 モグリンさんとゼロワンさんは「それもそうだね」と言って黙ってしました。

 

 「ゴングならそこにあるじゃないか」

 

 ピコザさんはそう言いながら立ちあがりました。みんなは、どこにあるんだ? という顔をしながらいっせいに仕事場の中をキョロキョロと見まわしました。

 

 「みんな、ちょっと目をつぶってくれるかな?」

 

 ぼくたちはピコザさんの言うとおりに目をつぶりました。

 

 (カ~~~ン!)

 

 ぼくは驚きました。その音はまるで本物のゴングの音みたいだったからです。思わず目を開けるとそこには右手にボールペン、左手にアルミの灰皿を持ったピコザさんが立っていました。なんと、ゴングの音の正体は『アルミの灰皿をボールペンでたたいた音』だったのです。まるで手品のしかけを見てしまったお客さんのように、なるほどと感心しているぼくらの前でピコザさんが言いました。

 

 「ゴングの音に聞こえるかどうかを決めるのは、この灰皿じゃない。君たちの耳が決めるんだ」

 

 う~ん。ぼくは、なんだかピコザさんが音の哲学者にみえてきました。


第21話 どたんばのお願い

 

 夏に開発をスタートしてから3ヶ月たち、季節はすっかり秋になっていました。

 

 『ザ・クマさんプロレス』もいよいよ完成です。

 

 ゲーム企画に初挑戦したぼくが、どうにかゲームの完成にこぎつけられたのも、みんなの協力やデーターポンポコ社のヌラリンさんのアドバイスがあったからです。この仕事につく前はずっとひとりで絵をかく作業をしていたぼくにとって、みんなで力を合わせてひとつのものを作り上げる作業はとても新鮮で感動的でした。

 

 「いよいよ完成ですねワン!」

 

 デバッグ(プログラムミスの修正)をしていたゼロワンさんが、にこやかな顔で言いました。たしかに完成と言えば完成ですが、実を言うとぼくは少し悩んでいました。それは、昨夜思いついた『あること』をどうしてもゲームに取り入れたくなり、それをゲームが完成した今になってゼロワンさんにお願いしていいものか、ということでした。

 

 「どうしましたワン?」

 

 ぼくの悩んでいる表情に気づいたのでしょう。ゼロワンさんがぼくに話しかけました。

 

 「あのう、完成しているのに言いづらいんですが……。システムを1個追加することってできますか?」

 

 ぼくはダメもとでゼロワンさんにきいてみました。

 

 最初はちょっと驚いた表情をしていたゼロワンさんでしたが、しだいにその表情はきびしいものへと変わってゆきました。

 

 (しまった! やっぱり言わなきゃよかった……)

 

 ぼくは後悔しました。なぜなら、ぼくら企画屋は簡単に仕様の変更や追加をプログラマーに言えますが、それはプログラマーにとって大変な作業になるということを知っていたからです。ましてや、バグとりもほとんど終了した今になってシステムの追加をお願いするということは、ゲーム作りの現場において非常識この上ないことだったからです。

 

 「……いいですよワン。どういうシステムですかワン?」

 

 ところが、ゼロワンさんは意外にもOKしてくれました。ぼくはビックリしました。だって彼に怒られるかと思っていたからです。

 

 「ただし、もう時間がないので、できなかったらできませんとハッキリ言わせてもらいますワン」

 

 やった! ぼくは最後のチャンスにかけてゼロワンさんに言いました。

 

 「2人で遊べるようにしたいんです」
 「2人で? どういうことですかワン?」
 「つまりプレイヤーAが操作しているレスラーAが、なかまのレスラーBにタッチしたら、今度はプレイヤーBが操作できるようにしたいんです」
 「つまり、タッグチームのようにプレイヤーも交代できるようにしたい、ということですかワン?」
 「そうです!」
 「……。特に問題はありませんね。できますよ。かんたんですワン」
 「ええっ!?」
 「しばらくまってくださいワン」

 

 そう言ってゼロワンさんは自分の机にもどり、パソコンをたちあげプログラムに何かを追加し始めました。

 

 そして10分後――

 

 「できました。さあ、ぼくと遊んでみましょうワン!」

 

 ぼくがゲームテーブルにつくと、ゼロワンさんはテーブルをはさんで反対側にすわりました。

 

 ぼくはワクワクしながら自分のレスラーを操作しました。そして、コーナーポストで待機していたゼロワンさんのレスラーにタッチしました。するとどうでしょう! 突然ゲーム画面が180度回転して、今度はゼロワンさんがレスラーを操作できるようになったのです。ぼくがやりたかったシステムどおりです。これを見ていたほかのなかまたちも感動して「オオ~!」と歓声をあげました。

 

 「すごいなあ……。ゼロワンさんありがとう!」

 

 するとゼロワンさんが言いました。

 

 「いやぁ、ブブくん。グッドアイデアですワン! ますますおもしろくなりましたね」

 

 ぼくはついにゲームが完成したことを実感し、うれしさのあまりその場でクルクルと回って小おどりしてしまいました。すると、それを見ていたゼロワンさんが苦笑いをしながらぼくに言いました。

 

 「でも、これからはできるだけ早くシステムの変更や追加は言ってくださいワン。今回はハードのモードチェンジだけの変更ですんだのでラッキーでしたけど……。できるならパッチはあてたくないんですワン」

 

 「パッチ?」

 

 するとモグリンさんが説明してくれました。

 

 「パッチワーク。『つぎはぎ』のことだよ。つまり、完成しているプログラムに後で新しいプログラムを強引に付け加えることだよ」

 「それのどこが問題なんですか?」

 

 私はモグリンさんにききました。

 

 「本来、想定していないプログラムだから、それが別のプログラムに悪さをして新たなバグを発生させる危険性があるんだよ。もしそれでバグがでたら、その原因を探すのがとてもタイヘンなんだ」

 「そうだったんですか……」

 

 ぼくはゼロワンさんの気持ちも考えず、いい気になってよろこんでしまった自分の無神経さに、ちょっと恥ずかしさを感じてしまいました。

 

 (ゼロワンさん、ありがとう。感謝しています。次回からはもっと早く言いますね……)



読者登録

平野文鳥さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について