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12月18日のおはなし「人影」

 静まり返った深海で、人影を見る。さほど離れていない海底にたたずんでいる。その姿形をはっきり見ることはできない。どんな潜水スーツを着ているか、どんなボンベを背負っているか。そこまではわからない。ぼんやりとただ人影が見えるばかりである。ぼくは調査作業の手を止め、視界の隅の人影を確認するためゆっくり向きを変える。サーチライトが届いた頃には、しかし、もう人影は見えない。

 気のせいや幻覚などではない。間違いなくそこに人がいた。いまのいままで。百歩譲って、人に見える何かの影だったとするならば、小さな魚の群がたまたま人の形を取ったのかもしれない。よかろう。その可能性は残しておこう。それならば、一瞬にして消えたことの説明にもなる。でもそうではない。確かに人を見た、とぼくは思っている。

 潜水マスクのガラス面の反射、酸素ボンベのシルエット、ぼんやりとではあるが確かに光っていた作業灯。見間違えるはずがない。誰かがそこに、それもかなりすぐそばにいた。何をするでなく背筋を伸ばしてそこに立っていた。言うまでもなく、それはもちろんぞっとするようなできごとだ。一人で潜っているはずの、それもおよそ人が訪れるような場所ではないポイントの、しかも深海で、自分以外の人影を見るなんて。

 それは自分自身の影だ、という説を聞いたことがある。あるいは立ちこめるマリンスノーのもやの中に、トンネル状に自分の形に穴があいて、それを人影と見間違うのだという説も聞いたことがある。もっとオカルト寄り
の説となると、ごまんと聞いたことあるがいまは思い出したくもない。でもぼくは慎重にあたりを見回しながら、いろいろな説を思い出してしまっている。

 極限状況下では、心の中に浮かんだものを視覚的に実際に見ているかのように感じるという説があって、それが一番説得力がある気がする。つまり本当は覚醒しているのに、脳がまるで夢を見ている状態に入ってしまい、夢の中のありもしない像を現実の視界に重ねるのだという。でも実感としてはとてもじゃないが承服できない。あれが幻覚だって? だとしたらなんでまた潜水スーツなんか着ているんだ?

「どうした?」
 耳元で囁くような声がしてほとんど倒れそうなショックを受ける。けれども驚くには当たらない。実際には海上船通信本部のハザマから連絡だ。とっさに口をきくことができず黙っていると再び声がした。
「大丈夫か? 何があった?」

 作業の手を止めたのと、恐らくモニターされている心拍数が急激に上がったために、異常を察知したのだろう。その時なぜぼくがありのままに話さなかったのか、それはよくわからない。人には話さない方がいいような気がしたのだ。事故以来ずっと潜っておらず、しかも復帰して間もない潜水だったから、能力を疑われたくなかっただけだと思う。

 探していた鉱脈は見つからず、10分ほどで船に戻る。もうそれ以上その場に留まりたくなかったからでもある。光り輝く海面が見えてきたときは心からほっとした。

 ところが海上も大騒ぎになっていた。ぼくが潜った後、突然天候が荒れ始め、海は大時化となり、死傷者まで出たという。重傷者も数人出て、その手当てで殺気立っていたというわけだ。いまは悪天候の気配もない。わずか30分ほど時化るだけ時化て、一瞬にして凪いだような海に戻ったらしい。海底は全く静まり返っていて、そんなこと気づきもしなかった。

「誰が死んだんだ?」
「ハザマ君よ」司令室のミズノが言う。「あなたが潜ってすぐだった」
「そんな……」
 はずはないと言いかけてぼくは口をつぐむ。
「ひどかった、本当に。でも」ミズノが続ける。「嵐は去ったわ」

(「嵐」ordered by yuki-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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奥付



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著者 : hirotakashina
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