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時計塔

機械時掛けの街を孤児の少年が彷徨う。そこでは何もかもが規律正しく、また誰もが自分の仕事を持ちそれを粛々とこなす。スリや盗みの必要とされる隙間すらない街に長居する理由はない。立ち去ろうとした少年を呼び止める声があった。
彼は時計塔の技師である老人だった。老人は街の誰よりも早く起きて時計塔に上り、大時計が規則正しく時を刻むのを確かめた。点検し油を注し、摩耗した部品を取り替え、すべての仕事の手順を少年に教えた。時計の機構を理解するのと同じように、老人が動かなくなる時が近いことを少年は理解した。
老人がいなくなると、大時計の点検は少年の仕事になった。あれほど老人が心身を傾けていた仕事は、しかし酷く退屈だった。精巧な時計は滅多なことでは壊れることはない。申し訳程度に時計の様子を見るだけだった少年は、ある日街の様子が変わっていることに気づいた。
あれほど規則正しかった街の人々に乱れが生じていたのだ。遅刻や残業が増え、仕事の乱れから至る所で揉め事が起きた。整然としていた街角に浮浪者や盗人がみられるようになった。そしてついに、街は完全に動きを止めた。まるで、時が止まったかのように。
あの大時計が時を止めたのだと知ると、少年は老人の教えを思い出しながら無我夢中で修理した。その頬に涙が伝うのも気づかぬままに。そして、最後の歯車がカチリと音を立てるのを聞いたとき、自分もまた街の歯車の一つとして受け入れられたのだということを、少年は初めて悟った。

やわらかいもの

僕はぐにゃぐにゃした。そのか弱く柔らかいものに触れて。僕は堪らずに溶け出した。そのあまりにも滑らかに甘めく幻想の中で。身体の芯を失って、前後も左右もなく、身体の真上に崩れ落ち。そして所在をなくした愉悦だけが宙空を漂うのを、透明な目玉が見つめる。

宝探し

「では、目隠しを取ります。見えましたか?」アナウンスともに食い入るように映像に見入る参加者。「制限時間内にその場所を探してください。目印になるものが見えた方はラッキー」空しか見えない! 内心の嘆きは表に出さず、スタートと同時にいっせいに首無し人間たちが走り出す。

怪物

ベッドの下には恐ろしい怪物が住んでいて、隙あらば喰いかかろうと鋭い牙と三つの目を光らせている。だからわたしは、夜毎震えて朝日とともにベッドを飛び出す。現実に散々小突き回された後でも、わたしが安心してベッドから脱出できるよう、姿のない怪物は今日も暗がりで牙を砥ぐ。

持ち去った

彼らは私から沢山のものを奪った。腕をもぎ取り髪を焼き足を囓り胴体を踏み潰して、とうとう頭まで持ち去って、残されたガラスの目玉すらいつしか転がり去った。だか、変わらず私はそこにた。瞬きすらない暗闇で考える。では私は場だろうか。何故私の心を持っていってくれないのか。

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