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壱の巻

 

壱の巻 
 
 社木姫子(やしろぎひめこ)は、都内の高校二年生である。
 丸顔に愛らしい瞳とみずみずしい唇が新鮮である。サラサラとした綺麗な黒い髪は肩までのばしている。セーラー服がよく似合う美少女といった感じだ。
 リリリッーン!
 2年D組の教室にきょう最後の授業の終わりを告げるベルが鳴った。
 「あーっ、やっときょうも終わったか。なかなか授業はしんどいよなあー」
 姫子の右隣の席の東田智聖(ひがしだともなり)が、いかにも疲れたかのように愚痴をこぼした。
 頭を短く刈って端正な顔立ちに精悍さを漂わせている。姫子とは小・中・高いっしょで、気心が知れているといった感じである。いっしょにいる二人を見る限り恋人同士と見えなくもない、似合いのさわやかカップルではあるが、ふたりともそれぞれ「恋」を感じる異性が存在していた。恋愛とは「刺激」である。ハートがチクチクしないと成り立たないというものだ。
 「智聖くん、大東流のけいこで疲れているみたいね。たいへんだね」
 と、姫子が神妙な顔つきで心配そうに言った。そのうち東田智聖が再起不能の体になるのではないかと危惧しているのかもしれない。
 東田智聖がはまっている大東流とは、合気道の植芝盛平も、小説「姿三四郎」のモデル・西郷四郎も学んだ日本武道のルーツとされる古武道である。日本武道の精華であり、もっとも高度にして、奥妙な技術を有するといわれている。そんな難度ウルトラZに挑む東田であったが、自分がどれだけやれるのか、真剣な姿勢で臨んでいることは確かなようであった。
 「ああ、姫子にそう言ってもらうと、疲れも癒えるというもんだよ。とりあえず、姫子のボディガードとして役立つよう頑張っているつもりさ。クックククッー」
 愉快げに東田智聖は表情をなごませた。
 「ねえ、姫子、帰りどっか寄ってく?明日から休みだしねー」
 そう言って寄ってきたのは、姫子と大の仲良しの八沢梨華(やざわりか)だった。どこか知的な容貌で髪はショートカットの活発な女の子である。
 「そうだなー、ちょっと本屋にでも寄って行こうかな。読書の秋だしね」
 姫子はあどけない笑顔をつくった。
 その時本屋と聞いた梨華は、姫子はB組の宇本晴寿(うもとはるひさ)がよく現れるという笑福門(しょうふくもん)書店に寄ってくつもりだと直感した。学校の周辺には三、四件の本屋があるが、宇本晴寿はほとんど笑福門書店に行くのという話である。姫子もそのことを知ってからは笑福門書店に行くのが楽しくなっていたのである。
 梨華は、姫子がB組の宇本晴寿に、ほのかな恋心を抱いているのがわかった。好きとか嫌いとかにヒジョーに敏感な性質の者はいたるところにいる。
 姫子は、入学して間もない頃、宇本晴寿を廊下で見掛け「あの人、誰?」親友の梨華に訊いたことがある。姫子のひとめぼれだったらしい。以来、姫子は、宇本晴寿のことが気になって仕方がないようだった。
 その宇本晴寿だが、「噂の男」といわれ、とにかく女生徒のみならず男生徒にも注目されている、高校始まって以来のスターの趣があった。何をやるわけでもなし、存在感で圧倒したというべきか? 世の中には妙な高校生がいるものだ。
 宇本晴寿は、小説を書くのが趣味だった。そのために暇さえあれば本を読んで知識教養を身に付けようと努力している文学少年で、孤高の作家に憧れていた。
 確かに宇本晴寿は、姫子がひとめぼれするほど美少年ともいえた。その稀にみる瞳の美しさと理知的な特徴的なアゴが女生徒をひきつける強力な武器となり、他の追随を許さなかったのは特筆に値する。自分では思わないのだが、いつも周りの者からカッコイイといわれるのである。それがだんだんと脳裏に焼き付き、いつのまにか自分自身もカッコイイと思い込んでしまっているのには苦笑せざるを得ない。
 しかるに、宇本晴寿が女生徒の関心を集めるのは当然といえたが、宇本晴寿自身は、なんと女性が大の苦手で、なるべく女生徒は見ないようにして、視線が合わないようにして学校の廊下を歩く癖がついていた。視線恐怖症が治るのに五十年はかかるかもしれない。
 「本屋って、ラーメン屋の隣の笑福門書店でしょ? 私もなんか、面白い本でも探しに行こうかな~」
 姫子と梨華は校門を出て、今日の学校生活の反省? をしながら、笑福門書店に向かった。
 姫子と梨華の通う私立天武高校(あまたけこうこう)は、十年程前までは、乙女の園、花の女子校だったのだが、なぜか男女共学の進学校に様変わりしていて、おまけに校名まで変わってしまっていた。だが改革の甲斐あってか、今では、都内の有名校の仲間入りを果たし前途洋々の感があった。
 私立天武高校は、一学年普通科五クラス、計十五クラスあるのだが、年々男子生徒が増加し、今や男女の割合が半々になっている。
 そんな男子におされてきた学校だが、姫子と梨華は、この高校の自由闊達、明るく楽しい雰囲気が好きだった。登校も帰りもいつもルンルン気分なのだ。
 笑福門書店は、ふたりの通う学校から歩いて十五分程の人通りの多いところにある。
 店内に入ると明るく広いというのが第一印象である。この書店には学術書から宗教書、また古本も置いてあり、万能的であった。
 近ごろは、万引きの被害などで閉店に追い込まれる本屋が増えてきているが、笑福門書店には、マナーの悪い客を寄せ付けない厳格な空気があった。万引きでもしようなら、死んでしまうかもしれない。
 姫子は、小説本が並んでいる書棚の前で、きらきらういういしい瞳で、本のタイトルを次から次へと追っていた。
 「面白そうな本、ないかなあー」
 友達の梨華は、姫子とは離れて漫画を立ち読みをしている。
 「あらっ、誰のために戦記? 識堂得凱(しきどうとくがい)? どんな小説かしら?」
 姫子の可愛い眼にとまったのは、な、な、なんと我が「誰のために戦記」であった。
 姫子は、興味深げに棚の隅にめだたずにあった「誰のために戦記」を手にしてその中身を窺ってみた。
 「識堂得凱なんてーそんな作家いたっけ。プロフィール~S33・4・5。ということは50過ぎのおっさんってことね。著作に「照破暗黒記」-ふーん、この「誰のために戦記」の前にあったんだ。何々、趣味はインターネット、読書にその他―。どうしようかな、思い切って買っちゃおうかな。まてよ、もっといいの探そうかな。でも何か気になるな。やっぱ、これにしようかな。やっぱやめようかな。でも面白そうなんだよね。よし買ってみようか! でもやっぱ、やめようか。もーっ、迷っちゃう!」
 なんともはや、優柔不断な娘である。
 ―― そう言わずに損したと思って買いなはれ。おすすめでっせ。←この人、誰?
 すると、さっきまで漫画を立ち読みしていた梨華がいつのまにか姫子の傍にきていた。
 「あれ、姫子。いい本見つかったみたいね。その本どう、面白そう?」
 梨華が表情をなごませて言った。
 「この本読んでみようかなって思ってるの。識堂得凱の「誰のために戦記」ってヤツなんだけどさ、梨華知ってる?」
 おおかた漫画しか読まないであろう梨華に無駄だと思いつつ、姫子は訊いてみた。
 「知ってるわよ、識堂得凱。その本「誰のために戦記」って新作ね。この前「照破暗黒記」が出たばっかしなのに、もう次のが出たんだ。早いわね」
 意外であった。たとえそれがたまたまであっても、自分が知らないのに梨華が知っていたというのはー、いささか心理的ダメージを被ったというものだ。
 確かに梨華は知的で成績も良い方だ。だが、姫子はなぜか自分の方が梨華より頭が良いし、物知りだとかたくなに信じていたところがあった。だいたい梨華は読書はあまりしないと言っていたし、自分の問いに答えは「知らない」と返ってくるのが自然だったのである。だから、その本を読まない梨華が五方龍権のことを知っていたのには、姫子は不愉快な気分になった。憂鬱な人生はおくりたくないというのに。
 「へぇー、梨華知ってるんだ。それで、その「照破暗黒記」っての読んだわけ?」
 「読んだわよ。実はさ、姉さんが持ってたのよ。なんか夢中になって読んでいたんで、私も気になってさ、姉さんから借りて読んでみたわけ。そしたらさけっこう面白いじゃん。すっかり五方龍権のファンになってしまった感じなわけ。なんか縁があるみたいね。姫子、その「誰のために戦記」、読み終わったら私に貸してよね。いいでしょ?」
 梨華は、ラッキーとばかり声をはずませて言った。
 「いいわよ。でも私、勉強もしなくちゃいけないからね。いつ読み終わるかわからないわよ。じゃ、梨華のために買っちゃおうか。フッフフー」
 「あっ!姫子、B組の宇本晴寿くんよ!」
 「えっ、どこに。」
 一瞬、姫子が硬直したようであった。
 「うっそだよ~ん」
 梨華の眼がからかっていた。
 「何言ってんのよー」

   社木姫子はその夜、さっそく手に入れた「誰のために戦記」を読みにかかった。

 「誰のために戦記」       識堂得凱(しきどうとくがい)・作

 宇景探偵事務所は、東京港区にある三階建てのビルの三階にある。事務所は応接室と探偵宇景敢兵(うかげかんぺい)が寝る部屋ぐらいのものである。貧乏探偵に不満などなかった。
 探偵の宇景敢兵は、齢三十一才になる。いまだ自慢じゃないけどピカピカカピカピの独身である。さらには、結婚の予定は全くないところがミソだ。
 短髪で野性的な面貌にミスマッチな、どこか愛嬌がある眼が、ユニークなキャラクターを想像させる。いつでもお笑い芸人になれると本人は自信を持っている。
 なるべくふだんは、サングラスをかけてハードボイルド風にカッコつけるようにしている。実際そうしていれば、ハリウッドスターよりきまっていた。硬派の探偵として、間抜けなイメージは極力避けたいところであった。
 トントンとドアをノックして入ってきた者がいた。
 「おっ、どうしたい素美(もとみ)ちゃん。きょうは水曜日だぜ。大学はサボタージュかい?」
 午前十時である。宇景敢兵はたまたまヒマしていた。ソファに座りいつもの梅こんぶ茶を飲んでいたところである。そこに現れたのは、この三階建てのビルのオーナーの孫娘の旗田素美(はただもとみ)であった。
 宇景は、家賃を特別安くしてくれるというのでオーナーである旗田礼吉(はただれいきち)爺さんの宅へ、お礼の挨拶に伺ったことがある。
 その時、爺さんの孫娘の素美が居て三人で楽しく談じだのだが、それ以来女子大生の素美は、しばしば宇景の事務所に顔を出すようになっていた。素美にとって、宇景のようなタイプの男はこれまで縁がなくアゴヒゲアザラシのような奇異な訪問者に映ったのかもしれない。男性観察にはうってつけ? の存在にちがいなかった。
 鮮やかなブルーのワンピース姿で現れた素美は、セミロングにきらきら光るイヤリングが上品な雰囲気を醸し出している。少女っぽさのぬけない顔のくりっとした瞳にメガネがついていた。すせり女子大学三年の旗田素美は珍しくメガネが似合う娘であった。
 「まあね、チョット気分転換したかったのよ。大学の講義って退屈なのよ。宇景さんこそ余裕でお茶飲んでるのね。あーっ、羨ましい!」
 と言って、素美は皮肉っぽくほほ笑んだ。赤字経営でそのうち追い出されるんじゃないかと心配しているのだろうか。ハッパをかけに来たのかもしれなかった。
 「言ってくれるね。わしゃ百獣の王ライオンなんだで。一度の狩りで蓄えができるのと同じでな。デッカイ餌を仕留めた後は、しばらく遊んでいられるわけよ。なーんちゃってー」
 宇景は見栄を張ってみせた。
 「と言いたいところなんだが素美ちゃん。あいにく浮気調査とかストーカー相談ぐらいしかないんだよね。でっかい餌が欲しいってか、素美ちゃん! ハッハハハー」
 宇景は、女性と話す時は、サービス精神旺盛でつい饒舌になってしまう。女性に面白い男に見られたいのか、ヘンな言葉使いが頻繁にあらわれる。まこと宇景はきわめて社交的な男でもあった? 女性限定で?
 「ところでさ、この事務所相変わらず事務員がいないのね。そんなに経営状態が悪いのかなあ。それにしても、宇景さんひとりでやっているなんてすごいわ。尊敬しちゃう。これホント」
 素美は辛辣なつもりなのだろうが、耳ざわりの良い透き通った声が心地好い。
 「それなんだよ。実はね。最近とみに留守番雑用の事務員が必要かなって思っていたところなんだよ。クックク、素美ちゃん、どう、ここに就職するかい?」
 懇親の旗田礼吉オーナーの孫娘となれば身内のようなものだ。宇景は冗談まじりに打診してみた。普通の者なら酒が入っていないと怖くて言い出せもしないだろう? ことわられたら立ち直れんぞー。
 「ありがとうございます。宇景探偵。お気持だけでうれしいです。でも一応考えてみようかな。大学卒業して行くとこなかったらどうしよう? フッフフフフー」
 素美は、茶目っけたっぷりに宇景に視線を送った。素美は将来は大手のまともな出版者に勤めたいと考えていた。それだけに読書量もはんぱじゃない。なかなかの勉強家なのである。
 「そうか、まっ、コーヒーでも飲んでゆっくりしていってくれたまえ」
トントントン、とまたドアをノックする者がいる。
 「おやっ、お客さんかな。ハイッ、どうぞお入り下さい。」
 宇景は低音の響く声で応対した。
 ドアの向こうから六十四、五才ぐらいの初老の紳士と二十代半ばと見える体躯の頑丈そうな若者、背丈は百七十七ある青見都と同じぐらいであろうか、のふたりが無表情に現れた。
 宇景に対面すると、小柄な初老の紳士が陰鬱な面持ちで宇景に名刺を差し出した。
 「私は埼玉で製菓業をやっております松名千兵衛(まつなせんべえ)と申します」
 名刺に松名製菓株式会社  取締役社長  松名千兵衛とあった。
 「この度、折り入って伺ったのは……」
 「社長さんですか。まっ、そちらへお座りください」
 と言っていつもお客が座る席を促した。
 宇景は、お客のふたりに丁重にお茶を出した。ひさしぶりの大仕事かもしれん。待ってました ~。
 「で、さっそくですがご用件はなんでしょか? お見掛けしたところ、深刻な問題を抱えておられる様子ですがー」
 素美は、所長(宇景)のデスクのところでコーヒーを飲みながら見知らぬ来訪者のふたりに見入っている。目元をなごませ興味しんしんの様子である。
 「実はですね、宇景さん。私どもの会社で「仙人プリン」なるプリンをつくっているのでありますが、宇景さんはご存知でしたでしょうか?」
 「いえ、それは知りませんでした。「仙人プリン」ですか、見掛けたこともありませんね。私は独身なんで、しょっちゅうスーパーやコンビニに行きますが……、それがどうかしましたか?」
 プリンときいて宇景は、なんだかプリンが食べたくなってきた。すると、
 「その仙人プリンを宇景さんに。これ矢川部、仙人プリンを宇景さんに差し上げて。ー」
 矢川部(やがわべ)と呼ばれた屈強そうな若者が、バックの中から手際よくプリンを取り出し、テーブルに二個差し出した。
 「どうぞ」
 「いやはや、よくご存知でしたね。私がプリンプリンなピチピチオッパイが好きなことがー」
 一瞬、みなシーンとなった。みな目が点になっている。
 「実はですね、宇景さん。この仙人プリンには世にも稀な仙薬が含まれておりまして、これを食べると仙人が好きになってくるという ものなんです。今や、世をあげて仙人ブームといっても良いと思いますが、わが社の仙人プリンの影響は免れないところです。あのようなうさんくさい仏教など糞くらえであります。およそ仙人プリンは日本人にとって体質的にも有益なことは言うまでもないのです。
 無論、健康に良いのは当然であります。私どもとしても仙薬の効果など信用していたわけでもありませんでしたが、なんか「夢」を感じましてね。思い切ってプリンの生産販売に踏み切ったという次第でした。いざ販売となった段階でも売り上げはたいして期待していたわけではありません。ところがどうでしょう、これがなんと予想外で全国的に好評を博すということになり、勢いあまって通信販売もてがけて相当の収益を得ることができました。誰も思ってみないことで、なんとも世の中の不思議を感じざるをえません。仙人プリンはまさに「福の神」でありました。ウッホホホッ」
 松名社長は、晴れやかな貌になった。仙人プリンへの熱い思いが感じられた。
 「ハッハハー、なるほどわかりました。察するところ、その仙薬がなくなった、盗まれた。ということではありませんか?」
 「あらまっ!、その通りであります。さすが宇景探偵お察しが早い。実は私、十年程前になりますが、出雲大社に参詣したことがありました。その帰りに妙な人物に出くわしましてね。見たところ歳は八十才ぐらいの前歯が欠けた小柄な老人で、いきなり私に二十センチぐらいの苗木を見せて、
 「これは特別の果樹でしてな。あなたにぜひとも買ってもらいたいのじゃ。あなたを見込んでのことである。いかがなものか?」
 と、私を試すように言うのです。そう言われても私としても盆栽とかの趣味はありませんでしたし、ことわろうとしたのですが、その時の老人の少年のようなつぶらな瞳が爛々とまぶしくてー、その熱心な瞳に心を打たれたのでしょうか、
 「おいくらですか?」
 という言葉が思わず出てしまいました。
 これも何かの縁だったのでしょう。
 私はその苗木を埼玉の自宅に持ち帰り、庭に植えることにしました。親切なことに苗木には説明書がついておりました。読んでみると「この木のなる果実は、食べると仙人が好きになる果実である。スキ、スキ、ダ~イスキ。ただし食べ過ぎに注意。下痢になる。他言すべからず―― 云々」
 とありました。私としても信じる気にはなれませんでしたが、気がつけば実家が神社だったわけで、不思議な気持にはなりました」
 松名社長は、神妙な顔つきになっていた。
 「人生、何があるかわかりませんね」
 宇景は、興味が湧いてきたかのように言った。
 「木を植えてから四、五年程で高さ三メートルぐらいまで成長し果実がなりました。 果実は桃のようで桃ではありませんでした。未だ見たこともないような、誰も知らないような果実でありまして、食べてみますと、なんともまろやかなこの世のものとは思えない味がしました。そこでできればこの果実をわが社の商品に応用できないかと考えたわけでありまして、それが「仙人プリン」ということなのです。これは重秘事項なのですが、果実を粉末にして、これに松やにを加えれば仙薬とすることができると、かの説明書にはありました。仙薬は、まこと日本民族の心質体質に関わるものであることは確かなようです。
 社員従業員には、この粉末はプリンのかくし味だと教えておきましたが、これが仙薬だと知っているのは私とこの矢川部しかいません。他に誰も知らないはずです。しかるに私は国民がこの幸せのプリンを食べて日本復活再生のきっかけになればと、そう願いつつ世にも稀な「仙人プリン」を世に押し出したという次第です。宇景さんにはご理解いただけると思いますが……」
 素美は、面白そうな話だなと、お客の話に聞き入っていた。時計はいつのまにか午後二時を回っていた。
 「うーむ、それは素晴らしいアイデアでしたね。国民は幸せだ」
 宇景は感嘆して言った。
 「思えば我が日本国は、国の内外を問わず、悪意ある者どもによって深く貶められた感があります。神国日本に対して根深い敵意、怨心を抱く者どものために一敗地にまみれたのは無念と言わずしてなんでありましょう。
 現在の憲法は、私なりに言えば亡国憲法、萎縮憲法であり、かつ日本民族の霊魂を呪縛する忌まわしき念文は、すぐさま抹殺し国家の再生復活を期すのは、日本人として当然のことでありましょう。私自身、この神州男児として強く祈念する者であります。
 「仙人プリン」で少しでもお国の役に立てればと努力してきたのは決して無駄にはならないと信じて疑いません。宇景さん、おわかりいただけますね」
 調子にのってきた松名社長の弁舌はさえ、顔は紅潮し、気持が高ぶっていた。 「大正十三年に、日米戦争の必至を予言した人がいました。戦争は太古からの神界の経倫が進行した結果であり、戦争は避けられないものであることを明言しております。哀しいかな結果は虚しく出ましたが……」
 宇景は、なんとも言えぬ集燥感にとらわれた。
 太平洋戦争は、日本がアメリカ、イギリスに対して先に戦いを仕掛けて始まった。
 その宣戦布告をした頃日本は、八十万近い兵力を中国全土に展開し、国土の半分以上を占領していた。だが、やっかいなことにアメリカが中国に軍事支援をし、日本の動向をうかがっていたところであった。
 アメリカのルーズベルト大統領は、自国の世論を「参戦」に導くため、さまざまな手段を使って、日本を挑発したのであった。
 それが真珠湾の奇襲につながったわけだが、日本はまんまとアメリカの策謀にはまったのである。
 だが、そもそも太平洋戦争の原因は、日中戦争そのものにあったといえる。日本は戦争(日中戦争と太平洋戦争)の大義名分を大東亜共栄圏の建設ということに置いた。
 共栄圏の建設は、「八絋一宇(はっこういちう)」の実現であり、八絋一宇とは、神武東征神話に出てくる言葉で、「地の果てまで(八紘)一つの家(一宇)のようにまとめて天皇の統治下に置く」ということである。
 日本書紀に神武天皇の詔ちょく「六合(くに)を兼(かさ)ねて都を開き、八紘(あめがした)をおおいて宇(いえ)を為(せ)むこと、また可(よ)からずや」とある。
 八紘一宇という標語自体は日蓮主義者の田中智学が明治三十六年に日本的世界統一原理として造語したものであるという。
 さて、古事記には「神武東征」とある。西征ではなく「東」だ。誰だ! ゴー・イーストを歌っているのは!東だといっているのに西へ向ったのはなぜだ?これって、素朴な疑問? 大東亜の東はこじつけだ。
 東征は、予言である。近代日本の行き先を見通していたからこそ、敢えて東を刻んだのであろう。
 なにはともあれ、大東亜共栄圏の建設は夢と散ったが、中国侵略は真実、無謀だったといえる。
 密謀者が、わが日本国神典を悪用し、国家転覆を狙い、世界的展開に持ち込んだ壮大な仕掛けなのかもしれない。
 「確かに先の敗戦は、日本国民にもたらした心理的ショックは計り知れないものがあったでしょう。そのショックも癒えぬまま、戦後、政府は性急な経済復興政策を促したわけで、急激な工業化、モータリゼーションの尋常ならざる発展は高度経済成長期を形成することになり、日本が望む望まないにかかわらず、貿易立国日本が確立されてしまったわけですからね。
 ぬきさしならぬ状況に追い込まれてしまったと言うほかはないと私は思いますね。
 私は、これぞ敵の思う壷じゃなかったのかと思うわけです。敗戦国日本が手枷足枷をビダッとはめられてしまった感じです。明治維新のきっかけとなったペリー黒船来航の続編? あるいは後遺症ともいうべき、やっかいな展開を招いてしまったというほかはないでしょう。今の日本を見ると松名社長もそうだと思いますが、情けないもんです……」
 ついでながら? 宇景はがらにもなく持論を展開した。宇景の口調はなかなか明晰でうならせるものがあった。それを聞いていた素美はあのズボラないつもの宇景とは思えない、別人がいるようであった。――だれなのこの人?いったい何者?
 「ところで、本論の仙薬が盗まれたというのは?」
 「そうそう肝心なことを忘れていましたね。実は、木が根こそぎ盗まれてしまったのです。あれほど大きな木が持っていかれるなどと夢にも思っておりませんでした。
 犯人は、あれが何の木であるか、知っていたのでしょうか? あれが「仙木」であることを知っているのは、私とこの矢川部だけなわけでありますし、皆目見当がつかないのです。
 松名社長は放心したように歯切れが悪かった。心なしか顔色が悪い。
 「その木に説明書がついていたとおっしゃっていましたね。他人が読んだということはありえませんか?」
 「説明書は、誰の眼にも届かない所に厳重に保管しておりまして、何者かが盗み読みしたというのはチョット考えられませんね」
 松名社長は、頭に手をやりながらむずかしげなおももちで言った。
 「そうですか。そうなると……、たぶん木になっていた果実を見た者が、ヘンに思い調べた可能性があるかもしれません。
 とにかく一度、現場を見てみるしかありませんが、さっそく明日にでもお伺いしたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
 「そうですか。お引き受けしてもらえますか、それはありがたい。わざわざ埼玉からきた甲斐があったというものです。ぜひとも宜しくお願いします」
 松名社長はカンシャ感激アメアラシ金太郎飴であった。
 
―― ふーっ、あー疲れた……、今日はこの辺にして、寝ようーっとー
 時計の針は十時半を過ぎていた。姫子はピンクのパジャマに着替えてベッドに寝転んだ。眠ったと思ったら、もう夜が明け朝になっていた。部屋に眩しい陽日がさしこんでくる。
 「姫子! 起きなさい、ごはんよ!」
 母親のカン高い声が響く。姫子の母親は小学校の教師をやっている。教育熱心だと思うだろうが、ところがどっこい、実の娘の姫子に関しては自由奔放に育てていた。それは、自分の娘なんだからそれなりにしっかりしているだろうと思っていたし、またけっこう面倒臭がりな性格にも因っていた。
 一方、父親は文部科学省に勤めるキャリア組のエリートである。
 父親もまた娘には寛容で娘の意志を尊重し、押しつけがましいところがなかった。それに娘の姫子には多くを望んではいなかった。どだい自分のようになるのは無理な注文だというものである。子どもが親の自分を超えられるとは夢にも思っていない。
 いつも口癖は、
 「変な事はするなよ」である。
 朝食をすませ、玄関を出ると梨華が待っていた。姫子と梨華の家は近くいつもふたりいっしょに学校に通っている。
 学校までは歩いて二十分ぐらいかかるが、その間いろいろおしゃべりをしながら学校までを過ごすのである。
 「姫子、きのうあの本読んだの?」
 さっそく梨華が訊いてきた。
 「うん、読んでみたわ。まだ先が長くてね。今夜も続きを読んでみようかなって思ってるのよ」
 姫子の眼がとろんとしていた。
 「実はさ、きのうB組の恭子からメールがあってさー」
 B組の恭子とは梨華のいとこであった。
 友だちである姫子がB組の宇本晴寿のことを気にしているので、その動向を探るため、恭子から情報収集していたのだ。もっとも梨華も宇本晴寿に興味があったから楽しかった。 宇本晴寿はいい男すぎた?
 「メールにー、あの色男・宇本晴寿くんに彼女ができたらしいのよ、姫子!」
 「えっ、冗談でしょ。彼は女の子がと~ても苦手という話よ。ありえないわ」
 姫子はいぶかしそうに眉をひそめた。
 「姫子びっくりしないでよ。その彼女ってのが、うちのクラスの三景(みかげ)はやならしいのよ。図書館で宇本晴寿くんと三景はやながふたり仲良くいっしょにいるところを見たっていう人がいて、実際頻繁にふたりで図書館に現れるって話よ。姫子、図書館に見に行ってみたらどう?」
 梨華は他人事だと思って屈託なく声をはずませて言った。
 「ウッソー!」それを聞いた姫子は思わず絶叫した。
 通行人が、いっせいに立ち止まって姫子の方を振り向いた。
 ― 何事だー
 その日の授業は案の定、さっぱり身が入らず何も覚えていなかった。
 「好きな人がいるって、幸せなことだったのに……。嫌いになったのかしら。」
 せつなく憂鬱な気分におかされた姫子は教室の窓の外に見える、自分の気持とはうらはらに雲ひとつない、青く澄み切った壮快な大空がむなしかった。
 
図書館に詰襟の男子とセーラー服の女子が仲良く肩を並べて学習している様子があった。
 男子は、薄い黒縁のメガネをかけているが、紅顔の美少年の趣がある。それに少年は、笑うと笑窪が出るのが特徴であった。
 女子の方は、ロングヘアーがよく似合う、前髪を眉毛のところでカットして、マンガのような特異な光彩を放つ可愛らしい顔をしている。
 男子は名を宇本晴寿、女子は三景はやはなという。あの女性が苦手な宇本になんで彼女ができてしまったのか、誰もが不思議に思うところであった。
宇本は、入学したての頃、とにかくなんでもいいから部活動をするつもりであった。
 たまたま同級生が生物部に入ったという話をきいて「オレも入りたい。」と同級生に申し出たのがそもそもの始まりであった。
 その生物部で何をやったかというと、実は真面目に生物部らしいことをやったわけでなく、ただひたすら遊ぶことに専念したのであった。放課後の部室でピンポンに励んだといおうか、夢中になって遊んだ。部員でない者も誘い、にぎやかにやった。無論、教師に気づかれないようにだ。
 二年の春、三景はるなが入部してきた。宇本晴寿が好きだったのでなんとか仲良くしようと考えていたのである。はやなにはそんな下心があった。そんなはやなの思いが通じたのか、宇本ははやなを意識するようになっていた。(宇本は彼女は自分のことが好きなのだ。まいったなーと思っていた。)そうこうしているうちに、いつのまにかふたりは交際するようになっていた。時の流れがふたりを自然に近付けたのか。そしてついにふたりは、ふたりの世界に没頭したいがためにいっしょに生物部をやめた。
 それからは宇本とはやなの図書館通いが始まったのである。
 「宇本くんにインタビューしたいと思います。好きな科目はなんですか?」
 はやなは、鉛筆の削れてない方をマイクのつもりで宇本のアゴに向けた。
 「何? 好きな科目とな。それはですねー」
 宇本はそう言うや、はやなの鉛筆を口で奪おうとした。はやなはそうはさせじと鉛筆を逃げた。追い回すように宇本は口をパクパクさせる。はやなははやなで、からかいながら鉛筆を動かし回す。
 そんなふざけたことをやっているうちに、はやなの鉛筆の削れてない方が宇本の鼻の穴に突っ込んでしまった。
 「いて、いて、いて!」
 宇本は呻声をあげる。はやなは、鉛筆をねじりながら宇本の鼻の穴から抜いた。
 「ウッフフフ、どう宇本くん、まいった?」
 はやなの瞳がきらきら笑っている。
 「はやな、すごい技だ。すごい進歩だ。恐れ入ったよ」
 何いってんだかー
 宇本は鼻血をだしながら、はやなの鉛筆技に感心した。これで鼾が治ったらラッキーじゃないかー
 「宇本くんって、ホント面白い人なのよね。これって、付き合ってみないとわからないんじゃない?ってことは、分かるのは私だけなのよね。なんかみんなに悪い感じ。フッフフ」
 「そうか?はやなは特別さ。オレはね、はやなといっしょにいると自然にこうなるだけなんだ。はやな、一心同体といきたいもんだね」
 宇本はお互いの愛を確かめたいといつも思っていた。が、なぜかなかなかチャンスがなかった。せめて甘いキッスでもー
 宇本は男だが、とりたてて喧嘩に強くなりたいと思ったこともないし、女は好きだが、女のために自分が犠牲になるという概念も持ち合わせていなかった。学業成績にしても、目立って良いわけでもなくガツガツ勉強するタイプでもない。さらには、負けず嫌いなくせに、勝負事で負けても一日たてばケロリと忘れている淡白な面があった。やる気があるのかないのか……、妙な性格だ。
 凡そ宇本晴寿はなんとかなるさ主義で目的意識が薄かった。しかしその反面、宇本はとてつもない試練に立たされていたのだ。奇妙な苦悶にとりつかれていた奇妙な高校生と見るべきであった。
 ただこれだけの色男である。女性の視線が気になって、いささかノイローゼ気味であった宇本にとって、はやなはそれを癒してくれる貴重な存在には違いなかった。
 明らかに情熱的な恋愛といえるものではないが、気兼ねなく気持を開放できる関係が、ふたりにとっては心地好いものなのである。
 書架に隠れて、宇本とはやなをじっーと見ている者がいた。
 いとこの恭子から、宇本とはやなの交際を知らされた八沢梨華であった。
 ―― あのふたり……、 羨ましい……。
  
学校の帰りに姫子は、気分転換にコンビニに寄ってアイスクリームを買うことにした。十本入りで三百円の牛乳アイスである。
 スランプの時は味覚で脱出だ~い。
 さて、その夜、衝撃のお知らせで-、きょうも読むつもりだった「だれのために戦記」だが、姫子は気力が萎えて億劫な心理状態だった。
 かといって、勉強する気にもなれないし、こりゃまた気分転換のつもりで、やっぱり読むことにした。それになんとなく続きが気になっていたのである。


 宇景探偵事務所の時計は、いつのまにか午後五時になっていた。
 宇景がふと周りを見ると、素美がまだいる。
 「あれっ、素美ちゃん、まだいたの。もう帰ったと思っていたよ。随分とヒマなんだね」
 お客と話しこんでいるうち、すっかり素美は宇景の頭から忘れ去られていた。
 「あっ、そうだ!もう五時じゃない。ともだちと会う約束があったんだわ。いっけな~いルージュマジック。じゃ、青見都さん、私はこれで帰るから後をよろしく。じゃないや、戸締りしっかりしてね。さようならー」
 「あいよ。いつも心配かけるね。じゃ、気をつけて帰ってよ。お爺ちゃんによろしく」
 宇景はソファから立ち上がって、エレベーターのところまで送って行った。
 
「今のお若い女性の方は、事務員の方かと思っていましたが、そうではないようですね。宇景さんの恋人でいらっしゃいますか?」
 松名社長がうらやましそうに目許を和ませて言った。
 「いえ、このビルのオーナーの孫娘さんなんですよ。私、オーナーとは懇親にさせてもらっていまして、特別の付き合いといいましょうか、彼女がときどき遊びに来るんですよ。まだ女子大生でしてね。自由奔放な身分でうらやましいもんです」
 宇景は、そんな素美を妹のように可愛がっていた。
 「ところで松名さん、どうしてまたこの私に依頼されたわけでしょう? なんか妙ですね」
 「たまたま識堂得凱(しきどうとくがい)という作家の小説を読む機会がありましてー、それは「仙家同盟物語」という分厚い本でした。識堂得凱ときいてもうおわかりですね。宇景さんも当然、識堂さんの小説は読まれていると思いますが、小説にはこの宇景探偵事務所のことが出てきますよね。まさかこの通り実在するものとは、びっくりしました。奇遇ですね。面白いですね」
 松名社長はうれしそうに、清々しい表情になった。
 「なるほど。そうでしたか。小説を読まれたとなれば話が早い。あの小説にある通り識堂さんは、われわれ同盟の総師でありまして、またの名を五気春龍(ごきしゅんりゅう)といいまして、邪神勢力が最も敵視する、卓越した存在であります。同盟内では、五気さんは、「たんたん仙師」の名で通っています。同盟の絶対指導原理である仙師は直接的行動は控えており、決して自ら表に出るということはありません。そのかわり、仙師の直系の部下であるわれわれが手となり足となり「同盟仙士」として活動しているという次第です。仙師もまたわれわれには全幅の信頼を託しておられるようで、その期待に応えるべく心がけております。松名さん、私は常人ではありません。ここだけの話しですが超人です。」
 宇景の口調は明晰で歯切れがよかった。
 「なんか未知の世界に紛れ込んでしまったような、そんな感じですね。ところで気になったことがあるのですが、小説に仙家紋というのがありましたが、よろしければどういうものなのか教えていただきたいのですがー。一般的家紋とはどう違うのでしょう?」
 松名の自重した口調に畏敬の念があらわれていた。となりで退屈そうに黙り込んで座っている矢川部は、早く帰りたいような顔をしている。
 「う~む、仙家紋のことですか……、ここだけの話ですが、それはですね……」
 宇景は戸惑い気味に小声になった。
 「松名さんは仙縁あるお方のようですし、特別お話しましょう。
 仙家紋とは、左の掌に霊的刻印をされている紋章のことなのです。この紋章はほとんど偶然にしか現れず、まず見ることはありません。 だいたい常に左の掌を見ているわけにはいかないでしょう。それにじっーと見ていたとしてもいつ現れるかわかりませんからね。
 紋章は、生まれながらの仙人の証しであります。わが同盟の総帥たんたん仙師は己の左の掌にそれを確認したといわれております。
 ついでながらわれわれ仙師の部下で誰ひとりとしてみたことがありませんが、仙師によれば刻印されているのは疑いないということです。
 これからして我が宙真賦同盟は、生まれながらの仙人の集まりということになります。おわかりいただけたでしょうか?」
 宇景は宙真賦同盟のいわれを話した。
 「なるほどそうでしたか。それにしても、そのような前代未聞の組織が存在するとは、いやはや信じがたいですね。ですが私自身、仙人ファンとして誇りに思えてきました。
 お話をうかがって宇景探偵は、やはり警察より頼りになる感じです。今回の犯人自体、警察の手に負えない邪悪な組織の者かもしれませんからね」
 といって、松名社長は腕時計に眼をやった。
 「おやおや、もう7時ですか。あっというまですね。そろそろこの辺でおいとましなくてはー」
 松名社長と矢川部は席をたって軽く会釈した。
 「そうですか、今日はわざわざ遠いところお疲れさまでした。では、明日お伺いしますので宜しくお願いします」
 宇景は、ビルの外までおくることにした。駐車場には黒塗りのベンツがとめてあった。
 松名社長と矢川部のふたりは、現実に存在した宇景探偵事務所を後にした。
 後部席の松名社長の顔が、雲を払ったようなすがすがしい表情になっている。

 ―― 夢は見るものだ―。 

 翌朝、宇景は軽い食事をすませ事務所を出た。愛車の紅と銀のツートンカラー4WDカローラワゴンに颯爽(さっそう)と乗り込み、埼玉目指して発進させた。
 松名社長の邸宅に着いたのは午後一時頃であった。
 松名社長の家は山を背にし、あたりは一帯田園風景だ。晴れやかな青空のもと、のどかな涼風が吹きわたっている。
 家は瓦屋根のどっしりとした重量感のあるおちついた構えになっていた。門扉の呼び鈴をならすと、普段着の格好で松名社長がニコニコしながら出てきた。
 すると、その後から妙な黒っぽい生物がひょこひょこついてきた。柴犬であった。
 「いやいや、宇景さん、こんな田舎まですみませんね」
 「いやぁ、風が気持いい!松名さん、いいとこに住んでますね。さっそくですが、例の木がなくなった庭を拝見させてもらえますか」
 松名社長は、例の宝の木がものの見事引っこ抜かれた庭の方へ宇景を案内した。
 庭は、二百坪はあろうか、ところどころにでっかい石が置いてある。鯉がゆうゆうと泳いでいる大きな池が松の木に囲まれて風情を醸し出している。
 「まあ見てください。ここなんですよ」
 直径5メートル、深さ30センチぐらいのクレーターができていた。
 「チョット、この中を調べてみましょう。何かてがかりになるような物が見つかるかもしれません」
 宇景は、クレーターにそろり足を踏み入れ屈んで、土質などや、何か埋まっていないか調べてみた。すると、あの黒っぽい柴犬がチョコマコチョコマコ、クレーターの中をうろついているではないか。人懐っこい憎めないカオをしている犬だ。犬が宇景の尻のあたりにきてとまった。
 宇景は、この機を逃さず、ブッーと強烈な屁を犬にかましてやった。
 絶妙のタイミングで屁が出た。そういえばきのう、さつまいもの天ぷらを食べたことを思い出した。
 犬はいかにも臭そうな、やられたというようなカオをしている。
 ―― 気のせいか-
 「松名さん、この犬の名前はなんていうんですか?」
 「犬ですか。プン太郎っていうんですよ。プン太郎はこわがりでしてね。番犬には向いてないんですよ。ですが、宇景さんには、えらくなついているようですね。プン太郎がこんなに楽しそうなのは、あまり見たことありませんよ。ウッホホホー」
 松名社長は愉快そうに言った。プン太郎は相変わらずクレーターの中を走り回って、小判でも出てきそうな賑わいだ。
 「これ、プン太郎!チョットおとなしくしてくれよ」
 宇景は、プン太郎を抱き上げ、松名社長に預けた。
 「五気さんも犬と猫が好きで両方飼っていましてね。犬はワンゴウ、猫はニャンゴーという名前なんですよ。どっちも雄なんですが、これが人間の言葉を話すことができましてね」
松名社長がきょとんした顔になっている。
「とは言ってもホントに話すわけじゃありません。実は五気さん自身が犬猫語を解釈できるというからくりなんですがー、松名さん、信じられないでしょう? クッククク、ホントなんですよ。昔のいなばのシロウサギの神話の時代は動物は実際しゃべっていたらしいんですがね。」
 「それはすごいですね。私にもそんな能力があれば、と思います。信じられない」
 松名社長は、訝しげに眉を動かした。
 「盗まれたのは夜中でしょう。昼間は目撃されやすいですからね。九州の親戚の結婚式がありまして、二、三日留守にしている間をやられたわけです。まさか、この通り根こそぎ持って行かれるとはね。あきれたもんです。このプン太郎は、放し飼いにして昼は庭中を跳ね回っていますが、夜は死んだようにぐっすり眠ってしまう犬でしてね。大きな音をたててもチョットやソットじゃ目を覚ましません。全く番犬の役にはたちません。プン太郎の目を見てください。犯人なんぞ見ていない目でしょう。コラッ、プン太郎!」
 松名社長は、プン太郎の鼻をつまんで、小憎らしげに笑いながら言った。
 宇景は、プン太郎が足跡をつけた所から何か見つけたようである。
 1センチぐらい残し土の被さっていたビニール袋らしきものが宇景の眼にとまった。
 土に埋もれていたビニール袋を取り上げ、ついていた土を払った。中に紙が入っていた。青見都はサングラスをはずし、ビニール袋から紙を取り出そうとした。
 「紙に何か書いてあるのでしょうか。犯人が計算ずくでわざと置いていったのでは?」と言った松名社長の顔がかすかにひきつっている。
 宇景が紙を見てみると、やはり何か文字らしきものが記されてあった。
 「ナニナニ……、ようこそ宇景探偵ドノ。仙木はワシがもらった。返して欲しければ、このワシから力づくで取り返せ!  ――魔轟亡宮(まごうぼうきゅう)・邦魔(ほうま)」
 宇景の精悍な双眸が光った。
 ―― 魔轟亡宮、・・・蛇狂会か!
 「宇景さん、なんと書かれているのですか、やはり犯人のですか」
 「どうやら犯人は、この私がめあてのようです。松名さんに怨恨のある者の仕業ではありません。その点ご安心ください。
 その犯人ですが、松名さんが危惧しておられた通り邪悪な組織の者とわかりました。
 そうとわかった以上、私はさっそく犯人を探しに行くんで、今日はこの辺で失礼させてもらいます。では、これでー」
 「そうですか、まっ、そう急がずともー、せっかくですからお茶でも飲んでいってくださいよ。コーヒーもありますから――、あららっ、そんなに急ぐんですか、あーあ、あ、宇景さん!」
 松名社長がお茶を勧めるのもきかず、宇景は先を急いだ。それはまるで獲物を狙い定めたネコ科の野獣のようにすばやかった。
 愛車の紅と銀のツートンカラーの4WDカローラワゴンに、さっと乗り込むやいなや、急発進し、ぶっとんでいった。獲物はすぐそこだ。
 宇景は、見わたすかぎりの田園を走り抜けて、ようやく狭山市に入った。国道沿いのコンビニに車をとめ、クレーターから発見した紙をじっくり読み返した。松名社長には言わなかったが、紙には小さく携帯電話の番号が記されてあったのである。
 宇景は、ズボンの左ポケットからドコモのD206を取り出した。iモードのない古いヤツだ。折りたたみ式のiモードを買おう買おうと思っているのだが、残念ながら実現には至っていない。
 宇景は、紙の番号をプッシュしてみた。
 音声が電源が入っていないようなことを言う。
 「野郎、ふざけやがって!」
 肩すかしをくった宇景は、コンビニでメロンパンとレモン紅茶、そしてパソコン雑誌を買いひとまず休憩することにした。
 それから宇景が港区の事務所に着いたのは午後六時であった。
 事務所のドアを開け入ったとたん電話が鋭くなった。耳につきささった。
 「はい、こちら宇景探偵事務所-」
 「ケケケッ、ケケケッのケッ~、iモードのない携帯電話からは受け付けていないのだよ、宇景探偵ドノ。アイがなくっちゃね。」
 抑揚のない、機械のような無機的な声だ。殺気が伝わってくる。
 ―― こいつか-
 宇景は、眉をひそめた。
 「おまえか、邦魔とは。素直に電話に出んか!二十四時間電源入れとけ、アホ。オイッ、木はどこだ、どこにある」
 宇景は忌ま忌ましげに舌打ちをした。
 「木かー、そんなものはどうでもいだろう。そんなものより、宇景、きさまと会いたい魔轟亡宮の力を教えてやろう。ワシが先生だ。ケケケッー。明日の深夜一時、秋塞区(しゅうさいく)の巨丘(こおか)公園に来い!」
 プッー。電話が切れた。敵が挑んできた。
 宇景は血のたぎりを覚えた。野獣が、久し振りに強敵に出くわしたような熱い緊張がほとばしってくる。
  
無数の星々が散りばめられた夜空に、満月が照り輝いている。月明かりが小さな電灯の光を圧倒し、公園内は妙に明るかった。
 宇景は公園のベンチに腰掛け、ヤツが、邦魔が現れるのを待った。
 どこともなく一陣の妖風が吹き込んできた。公園のブランコが動き出している。
 ブランコに人影が映りはじめ、しばらくしてはっきりと姿が立ち現れてきた。
 そいつは、双眼が不気味なぬめりをおび、卑しげな笑みを口のはしににじませていた。
 坊主頭の醜悪の貌は、凍り付くような圧迫感があった。ヤツがブランコからおりてきた。
 小柄だ。身長は150センチ程、年は50才ぐらいに見える。ヤツは、全身に鬼気をみなぎらせて呪わしげに言った。
 「ケケケッ、よく来たな。宙真賦同盟の宇景敢兵。ワシはお知らせの通り、蛇狂会・魔轟亡宮の邦魔だ。上から宙真賦同盟を殲滅(せんめつ)しろという命令が下ってな、こうしてご案内さしあげたわけだ。ありがたく思え、宇景敢兵!!。まずはてはじめに、きさまから血祭りにあげてやろうということだ。ご指名おめでとう。ケケケッー」
 邦魔は、怪しい薄笑いを浮かべた。瞬間、峻烈な旋風が宇景のそばを吹き抜けた。
 「ふむ、魔轟亡宮だと? あの紙を見た時蛇狂会だなとピンときたが、詳しいことは知らんな。何人いるんだ? まさかおまえひとりじゃないだろう。他の奴等も紹介してもらいたいもんだな。邦魔よ」
 「ケケッ、何人いるのかって? あいにく公表するわけにはいかんのだよ。いろいろな事情があってな。知りたければこの小説の作者にきくことだな。ワシが魔轟亡宮の偉大なるリーダー様だと言いたいところだが、あいにくおっかねえボスがいる。蛇狂会の副会長様だ。
 そもそもワシら魔轟亡宮はお互い一致協力していっしょに戦うなんてことはしない。それぞれ自分が最強だと思っている狂犬の集りみたいなものだ。他の者を馬鹿にしているし仲も最悪だ。もっとも魔轟亡宮のひとりにさえ太刀打ちできるヤツはいないだろうがな。ケケケッ。
 まっ、そういうことでこのたびは先鋒として、ワシが指名を受けたまでのことだ。ワシも丁度退屈していたところでな。運が悪いな宇景敢兵。ケッケケケー」
 しわがれた声は自信にみちていた。冷酷に凍て付く眼がにぶく光っている。
 「いいだろ。それならば受けて立つしかあるまい。邦魔よ、おまえを倒せば、また誰か紹介してもらえるってことだな、うれしいやんけ。その副会長さんによ次の方を今から選んでおいてもらいたいもんだね。クッククク、こりゃ楽しみだな」
 宇景は挑発し、相手の出方を窺った。
 対峙した両者は完全に戦闘態勢に入った。
 邦魔は全身に魔闘気(まとうき)を帯びはじめた。
 「風術カマイタチ!」
 と発するや、邦魔は両腕を右、左、右、左と交互に目も止まらぬ速さで斜めに振り風刃カマイタチを飛ばしてきた。唸りをあげて襲いかかってくる。まるでカレー皿がすさまじく飛んでくるような感覚であった。
 宇景は間髪入れず、瞬間移動術を使い、右、左、右、左と消えては現れ消えては現れ、すさまじく連続して乱れ飛んでくる風刃カマイタチをかわす。まともにくらえば、五体バッサリやられてしまうだろう。だが、かわしはするが、想像を絶する風圧で掠り傷が生じ、血が散った。
 なかなか仕留められない邦魔は狂ったように次から次へと間断なく風刃カマイタチを発する。
 宇景の瞬間移動術も限界に近付いてきた。傷だらけ血だるまだ。さすがの宇景も風刃カマイタチの付加価値の風圧までは避けられない。宇景の瞬間移動術は、せいぜい3分しか使えないのだ。距離的にも2、3メートルが限度だ。5、6メートル離れた邦魔の後方に回ることは不可能といっていい。
 圧倒的な邦魔の攻勢に反撃の余地がない。だが、その時この凄絶な死闘にスキが生じた。天の助けか、邦魔の風刃カマイタチが一瞬ゆるんだ。わずかなスキが生じた。そのスキともいえぬスキを突き、宇景はとっさに右手で砂利を握り、必殺の高速指弾を放った。
 宇景の超絶の指弾は拳銃の弾丸よりも威力があるものだ。
 一発目が邦魔の右腕を貫き、カマイタチが止まった。
 間髪入れず宇景は、機関銃のように十発指弾をぶち込んだ。
 邦魔の醜悪な顔面に砂利がのめり込んだ。怪我の巧妙? 元の貌より良くなったかもしれない。整形美容成功やで。
 はたして宇景の指弾が効いたのか、邦魔は無表情に棒立ちになっている。
 「ふん、痛くも痒くもねえが、きさまの砂利弾きにはびっくりしたぜ、ギャッフンダーッ!!!」
 数発、顔面にぶち込まれた、くいこんだ砂利が、ポンッ、と跳ね返って地面に落ちた。
 弾力性のあるゴムのような皮膚体だった。
 それを見るや否や敏捷なる野獣、宇景は烈風の如くすばやく突進し、邦魔めがけ撃打した。
 ついに出た! 天点八卦掌・貫裂掌(かんれつしょう)!
 右掌を顔面に、左掌を喉元に浴びせた。
 さすがの不死身の化け物・邦魔、7、8メートル宙高くブッ飛び、激しい勢いでブランコの鉄柱にたたきつけられた。宙を飛んでいる時点で邦魔はこの現実界から追放されていた。
 貫裂掌の破壊的衝撃波は、体芯を砕き、内から外へ膨張する断裂波によってすでに邦魔は滅したのである。
 首の骨が折れたようだ。頭が右に傾いたままだ。眼は死んでいる。
 「グボッー」
 邦魔の口からどっとどす黒い血があふれ出た。
 「ア、オ、ミ、ズ……」
 突然、ボッ、という音がして邦魔は紅蓮の炎に包まれた。そしてその燃え盛る炎とともに、邦魔は消え失せた。
 宇景は近くに寄り、燃え跡を確かめた。ゴムが焼けたような、イヤな臭気がたちこめている。
 「ヤツめ、地獄へ還ったか……」
 頭上には、星ひとつなく月も隠れ、ただ漆黒の天空があった。
 公園の小さな心細い電灯が寂しげだ。
 これは戦いの始まりにすぎないのだ。立ちはだかる闇の勢力の打倒を誓い、宇景は公園をあとにした。
  
「グエッ、グエッー」
 奇妙な呻き声であった。醜悪な爬虫類のような妖貌の男が、酷薄な双眸をぎらつかせていた。
 「闇形、邦魔が抹殺された。グッグググ、宙真賦同盟・宇景敢兵、やってくれるは!」
 男はにがにがしげに吐き捨てた。
 この妖気を発する男は闇の組織「蛇狂会」のナンバーツー・鬼藤乗郎(きどうじょうろう)であった。
 副会長のおのれのデスクの上に置いてあるガラスの髑髏首に映し出された、邦魔と宇景の戦いを見ていたのであった。
 デスクの傍らには腹心の長渡闇形(ながわたあんぎょう)が立っている。
 「邦魔が消されましたか。宇景敢兵という者、これほどとは思っておりませんでした。
 さては、その宇景と並ぶ超絶の仙士、七田寿達の方はどうなっておりますか、鬼藤様」
 闇形は、臓腑の捩れるような悔しさをゆでダコのような顔ににじませた。魔轟亡宮・邦魔を失う。
 「七田寿達(ななだじゅたつ)には、凶魅(きょうみ)が向かった。邦魔がやられたとて、あわてることはない。宙真賦同盟の実力をとくと見物させてもらうのも悪くはあるまい、闇形よ」
 鬼藤乗郎の妖気を発する眼が奥深く光った。

 闇が光を滅殺するか、光が闇を駆逐するか。
 刀光剣影、宙に躍った――

 

             壱の巻 了


1
最終更新日 : 2017-07-28 14:42:49

弐の巻

弐の巻

―― さあ、将棋界伝統の名人軍VS竜王軍戦、今期10勝10敗で迎えた第21戦。
4勝4敗となって最終九番手大将戦は名人軍は多福云(たふくうん)、竜王軍は渡原(わたはら)の対局です。解説の天座那(てんざな)さん、こうなると今最強とうたわれる多福云の勝ちは揺るぎないと思われ名人軍の今期勝ち越しが決まる感じがしますね。
―― そうですね。序盤名人軍が3連敗して、4将と6将7将で踏ん張って副将早乙女で追いつきましたからね。もうこうなると大将戦はよっぽどのことがないかぎり多福云に軍配が上がるのは目に見えていますよ。
 後手番渡原、飛車で王手歩取りですね。なんかこれで逆転したんじゃないですか?まさに一歩千金、歩を取ったら妙手がありそうですが―。
―― 歩が好きやからね、渡原は。多福云が香車で王手ですね。おっと、渡原が「待った」を宣言しました。1回だけ「待った」を使うことができますが、しかたなく、多福云は金で待ち駒しました。おっとー、渡原、「きたない、ずるい!」と泣き叫んで多福云に殴りかかりました。2回頭を拳骨でたたいたように見えました。
―― これはいけませんね。こんなことをやったら永久追放ですよ。
―― おっと、多福云が反撃です。渡原にタンペ攻撃した上に、さらに頬骨のあたりにパンチをみまわせました。そうとう効いたようでダウンしました。横たわってピクリともしません。
 投了ということなのでしょうか!?

―― おっとなんと渡原突然起き上がり、再開をうながしております。多福云も続けたいようで、また両者の対局がはじまりした。渡原、歩を手にしていますが、
「王手!」渡原、満面の笑みを浮かべています。
「あーあ、それ2歩だもんね~」
多福云、仲間から胴上げされています。さすがは多福云であります。

「おっー、さすがは多福云だ。やっぱり勝ってしまうんだよな、不思議に」
 テレビの将棋中継を見て歓喜の表情になり唸ったのは、七田寿達であった。七田は大の名人軍のファンであった。よくプロ将棋中継を観る。名人軍ファンの熱狂性は、大いにゲームを盛り上げてくれる感じで、そこが好きなところでもあった。ファンの少ない将棋ではシラケルというものだろう。名人軍を見ていると、ファンあってのプロ将棋ということがつくづく思い知らされるのである。
「良かったですわね。名人軍が勝ってー。七田先生のアンチ竜王軍は全国的に有名ですからね、先生にはこれで気分よく仕事をしていただけますわ。ウッフフフー」
 七田の隣に座って見ていた、桃太郎出版社の北車涼子(きたぐるまりょうこ)が、白い透き通るような清楚な顔立ちに笑みを浮かべて言った。涼子はよく将棋観戦につきあわされるのである。自身も将棋は2段の腕前である。
 北車涼子は、大学を出たばかりで大学では国文学を専攻していた。大手の出版社を希望していたのだが、知人の薦めで「桃太郎出版社」に決めたのであった。知名度は低いが、社風が自分に合っているような気がして仕事もしやすいと思ったのである。それに若い社員が多く活気があった。
 北車涼子は身長158センチ、胸はCカップ、お尻は桃のようであった。ショートカットヘアーのボーイッシュな洗練された雰囲気と知的な瞳が異彩を放っている。
「北車さんは、プロ将棋リーグはどこのファンだったけ? そういえば訊いていなかったな」
 七田がふと思い出したように言った。
「私ですか? 私は将棋は棋聖軍です。最近は将棋よりスポーツをやってますけど私はスポーツといえば射的道ぐらいのもんですね。このスポーツは私が好きな作家さんが発明したもので、結構愛好家がいるんですよ」涼子は照れくさそうに言ってコーヒーカップに手をやった。
「ほう、射的道ね。北車さんは運動神経は良さそうに見えるよね。若いからなんでもチャレンジしてみたら? おっと、もう9時じゃない。つき合わせて悪かったね。山中編集長によろしくいっといてくれたまえ」
 七田はマイペースの作家である。売れない作家なのに無理な仕事は引き受けない主義で、自分をより大事にし、仕事のために病気にでもなったら大変だといつも用心しているのである。だが、今回は美女に弱いという性格を突かれてしまっていた。北車涼子を見てことわれなかったのであった。涼子のおかげで桃太郎出版に作品を提供するハメになったというわけなのだ。
「ええ、もちろんですわ。じゃ、私はこの辺で失礼します。七田先生おやすみなさ~い」
 北車涼子は白いポルシェに乗って帰っていった。七田宅の外の車置き場は、4、5台のスペースがある。白いポルシェがその広いスペースにぽつんととめてあるのがしばしばであった。車庫には七田の愛車の白いベンツがある。カローラワゴン4WDの探偵宇景とはえらい違いがあるが、見た目だけであることはいうまでもなかった。なんと七田は貯金は7万円しかないのである。それでも借金があるよりはましともいえる。

 翌日、桃太郎出版社から電話がかかってきた。涼子が昨夜交通事故に遭い、救急車で運ばれたというのだ。幸い軽いむち打ち症で済んだらしく一週間もすれば退院できるという話だった。そのため涼子の代わりの者を遣わすとのことであった。
 その日、午後二時頃さっそく涼子の代わりの者がやって来た。
 富士村理奈(ふじむらりな)、27才。身長162センチ、胸は涼子と同じCカップでお尻も涼子と同じく桃のようであった。セミロングヘアーが似合って、見たところ芯がしっかりして頭の良さそうな感じがした。
「はじめまして。私、富士村理奈と申します。ピチピチの北車涼子さんより5才年上ですけどよろしくお願いします。実は以前から七田先生の大ファンで、一度お目にかかりたいと思っていたんです。このたびは、北車さんがあんなことになってしまって…。北車さんには申し訳ないんですけど、代役を任せられ、七田先生に会えて私今本当に幸せなんです」
 本音のようだ。お世辞ではないようだ。瞳がうれしさで潤んでいる。
「それにしても桃太郎出版は、美女がいますね。北車くんといい、あなたといい、私好みのタイプの女性なんで恐縮しますね。山中編集長は私の好みのタイプを研究されているのかもしれない。いや~まいりました。おかげで仕事の意欲が湧いてくる感じですよ。美女って、最高!」
 七田は、桃太郎出版の美女攻めに奇声をあげた。美女攻めクルチイ~、けど、じゅんじやん歓迎しちゃうぞ~。
「まあ、七田先生ったらーお世辞がお上手ですこと。ウッフフフフフフー。ところで、最近先生は、短編小説も書き始めたとのことですが、わが社で七田先生の短編小説集を出そうか出さないかで議論になっているんですのよ。もっとも先生次第なんですけどー。ご存知でしたでしょうか? 実は、今日はその件についてこうして伺ったわけなんです」
 理奈は七田を見ているだけで、自然に微笑みが湧いてくるのが心地よかった。
「ほう、そんな企画があるのか……。知らなかったな、初耳だよ。北車くんはそんなこと一言も言ってなかったしね。私はライフワークの超大作「夢想伝」に凝り固まっている状態なんでね。それに桃太郎出版に出している「青春のレジスタンス」もなかなか筆がすすまないのでチョットあせっているんだ。短編小説は息抜きで書いているようなもんだから、数は書けないなあ。たとえ書くにしても相当時間がかかるのは間違いないね」
 七田はさりげなく理奈の胸に視線を送った。なぜか自然に顔でなく胸を見てしまうのは、
なかなか直りそうにもない癖のようだ。理奈は七田が自分の胸の方に視線がきたのを察したらしく表情そのものに言うに言えないコワク的な魅力と、背筋がぞくぞくするような色香があらわれた。
「そうですか。それもそうですね。七田先生に短編小説を書いてください。と言っても無理な注文でしたわね。それより「青春のレジスタンス」の原稿をまともに書いていただければ、わが社としてはそれで十分ですわ。読者の反響も大きいわけですし、「月刊・天才小説」もおかげさまで部数が伸びてきているんです。あの大ヒット作「竜虎の剣」以来、先生は音なしの構えでしたからね。ひさしぶりにヒット作誕生といったところではないですか?」
 実は、桃太郎出版社に「青春のレジスタンス」の単行本はまだ出ないのかという問い合わせがひきもきらないのである。七田自身、意外な反響にめんくらっていて、いささか焦っているようなところもあった。
 理奈は「青春のレジスタンス」に熱い期待をよせているようである。「青春のレジスタンス」はプロ将棋の名人軍と竜王軍を中心にした物語であった。七田は恋愛小説よりも将棋小説が好きでまた書きやすいのである。また戦国時代の架空の人物をモデルにした「竜虎の剣」は全国的にベストセラーになったのだが、七田はこれでなんとか作家の肩書きを保持しているようなものだった。それから後が続かなかったのである。とはいってもまぐれでも大金を手にしたとのだから物書きとしては立派なものであろう。大衆に支持されたという自信も宝となっている。
「ところで先生、北車さんの件なんですがー。私、お見舞いに行ってきたんですが、北車さんの話によりますと、なんで事故ったのかわからないって言うんです。彼女はまるで狐につまされたようで自分ではスピードは丁度良いくらいだったし、前方は良く見えていた。それなのになぜ電柱に激突してしまったのか? 不思議でならないって、何度も言うんですよね。その辺は事故多発地点で北車さんもふだんからその辺を通るときは慎重に運転していたということですから、これはチョット何かあると思いませんか先生? 地縛霊がいてその仕業とか?」
 理奈がいぶかしそうに言った。
「確か、石会病院(いしあいびょういん)のあたりだったな。実は私もあのあたりでしょっちゅう事故があるんで、気にはかけていたんだー。実際に北車くんが関わってしまったとなると、私としても看過するわけにはいかなくなってきたようだね。そうとなったらさっそく今夜、現場検証してみることにしますかな、理奈くん。じゃ、いっしょに幽霊でも見に行くかい? ハッハハハハー」
 七田自身、どこか奇妙な感じがしたので、調査にやる気が出てきたのであった。交通事故封じに一役買ってやっかという意気込みもあった。これは、罪なき者にイタズラをしている魔物の仕業ではないかという疑いを持っていたのである。
「そうですか。いよいよ七田先生が動きますか。七田先生を動かすのは大変だという話ですからね。きっとすごい悪霊なんですわね。七田先生がせっかくやる気を起こしたのですから、私、ぜひともお供させていただきますわ。ウッフフフー」
 理奈は心底楽しかった。瞳が好奇心できらめいている。実は理奈は、このしがない作家である七田寿連の不思議な噂を耳にしていた。七田は超能力だというのである。それも商売霊能者とはわけがちがう桁違いの力を持つ者だというものであった。
 いったい誰がそんな噂を流したのであろうか。スプーン曲げなどの奇術が世間をにぎわせているご時世ゆえに、七田はそんな噂は気にもとめていない様子である。もっとも七田は奇術師の如くふるまうのは朝飯前である。簡単な手品は趣味のひとつでもある。いざとなったらその方面で生業を立てるのも悪くはないななどと人に冗談を飛ばすこともあった。もっともやたら人前に出るのは気疲れして七田の性に合わないのは明白であったがー。

 夜の11時に例の事故現場に行くことにした。石会病院までは歩いて20分くらいかかる。ふたりは人通りが少なくなった路地、暗い夜道を痴漢などに警戒しながら目的地を目指して歩いて行くことにした。
 いきなり「キャッー!」と理奈が七田に抱きついてきた。猫だった。猫が飛び出してきたのにひどく怯えてしまった様子であった。
「猫だよ。怖がりなんだね」
といいながら七田はどさくさまぎれに理奈の胸に触っていた。
「キャー!先生のエッチ!何するんですか。私、先生に警戒するの忘れていましたわ」
理奈が七田の手にびっくりしていた。考えてみれば抱きついた私も悪いところはあるけど、ついでに私の胸に触るなんて、チョットずうずうしい感じがした。そういえば七田の名言に「私の手は、ペンと女性のためにある」というのがあったのを理奈は思い出した。七田と会う時は鉄のように硬い下着を身に着けるしかないと思った。
「う~む、いいね君の胸。もっと抱きついて欲しいなあ。何度でもOKよー、イッヒヒヒー」
 七田は少年っぽく笑った。
「やめてくださいよ、もう……先生ったら。私、暗い夜道はホントに苦手なんです。先生のドエッチにはまいりましたわ」
 理奈の表情が真剣に訴えていた。理奈はすっかり意表を突かれてしまったことを、憤慨している様子である。
 石会病院一帯は半径1キロぐらいまでは住宅街だがその周りには小さな工場や倉庫などが多く建っていた。この不景気で倒産した企業の跡地が買い手がないまま空き地になっているところが目につくようになっていた。
 七田と理奈がようやく石会病院前まで到着すると、突然、ガシャーンという車が衝突したような衝撃音が夜の街に響き渡った。その音をききつけてゾロゾロと野次馬が集まってきている。
七田と理奈も急いで現場に直行することにした。現場には2台の車があった。乗用車同士の正面衝突であった。見ると、両車とも同じぐらいずれてセンターライン上でまともにぶつかっている。両方の運転手が車から出てきて、激しい言い争いになっている。ひとりは20代のように見える若い女性で、もうひとりは30代と思える男性であった。ふたりともかなり興奮している様子であった。幸いふたりともケガはしていないようだ。この道路はスピードを出して走る車はほとんどない。ふたりともぶつかった原因がよくわからなかったようで、互いに相手を非難している。どちらも自分に過失はなかったと思い込んでしまって収拾がつかないような雰囲気であった。
 七田はふたりの口論をきいていたのだが、この事故の見物人の中に、妙に気にかかる者がいることに気がついた。その者は、パンチパーマをかけたヤクザ風のいかつい顔をした男であった。まわりにいた一般の人にはただの落ちぶれた男にしか見えないかもしれないが、七田には男の殺気を如実に感じ取ったのであった。それは自分に対する男の信号であるかのように思われた。そのパンチパーマの男は、よく見ると顔がゆがんでいるようだった。陰湿な、悪意にみちた眼が、ふくみ笑っていた。その男が場からいなくなると、七田は男のあとをつけてみることにした。理奈は、自分のそばから七田がいなくなったことに気がつかなかった。それも丁度七田がいなくなった直後、現場に警察が到着し事故の解明に興味深く見守っていたのであった。七田はどうでもよかった。


 男は、身長は180はゆうにありそうだ。痩せていて、どこかカマキリを思わせるようなところがあった。七田は男に気づかれないように後をつけた。男は20分も歩いたであろうか、全く人気のない倉庫らしき建物の中に入って行った。この倉庫は今は使われていないようだ。周囲は草がボーボーとして殺伐としいてる。倉庫のそばの電柱の灯りがわびしく照っている。
「誰か、人を探しているのかね、七田寿達ドノ。」
 声に強烈な凄みがあった。七田は倉庫の前に立っていた。後ろから意表を突かれることになった。振り向くと、さっきこの倉庫の中に入って行ったあの男がいた。
 飢えた狼のような凶暴な体臭を発散させている。
「どうして私の名前を知っているのだ? お前は何者だ」
 さりげなく、殺気の放射される方向へ声を押し出した。
「クックククー、話は簡単。七田寿達よ、オマエの首をいただきに参ったまでよ。いままで待ちくたびれていたんじゃないかい? クックククー、おっと、その前に自己紹介をー。オレの名は、天下の蛇狂会・魔轟亡宮のひとり、凶魅(きょうみ)という。この凶魅サマの名前はよく覚えてもらわないとこまるのことよ。なんでかって? あの世でオマエが誰にやられたのかと尋かれた時に名前を知らなかったために「アホ」にやられました、なんて答えられたんじゃあー、せっかくのオレの功績がだいなしになるってもんだ。オレサマの出世に響くってもんだろが、ガッガガガー。その辺のところをよろしくな。ところで、七田、魔轟亡宮の名は知らなくとも蛇狂会は知っているだろう。わが魔轟亡宮は、蛇狂会の副会長であらせられる鬼藤サマ直属の精鋭部隊だ。そしてこの凶魅サマこそが、その中でも最凶と思ってくれい。クックククー、小癪な宙真賦同盟が――、このオレの餌食にしてくれるわ!」
 凶魅の双眼に凶暴な光がたぎっている。冷え切った声が凄まじいまでの狂気をおびていた。
「おまえだな、交通事故の仕掛け人はー。よっぽどイタズラが好きなみたいだな。遠慮せず、直接私のところへ来ればいいじゃないかー」
「オー、それもそうだったな。まあ、いいじゃないか、いろいろとムードを盛り上げてからじっくり料理するのがオレの趣味なのさ。オレは性急なタチじゃないんでな。クックククー」
 なまぐさい風が吹きつのってきた。凶魅の全身がみるみるうちに「魔闘気」につつまれた。おぞましい悪念波動が渦巻く磁場と化している。いつのまにか凶魅右手には、剣らしきものがあらわれていた。

 姫子は、そこで本を閉じた。これから熱い闘いが始まるという時になんで閉じるねん。姫子は、とにかく眠くて、目を開けていられなくなっていた。朦朧としてきた。おそるべき睡魔に襲われた姫子である。本なんぞどうでもよかった。
 ベッドにバタンキュー!
 姫子は、幸福な眠りについたのであった。

 翌朝は金曜日の朝だった。休み前の金曜日は心なしか、開放的になり生き生きとしてくる感じであった。特別、休日に男とデートするわけでもないのだが、相手もいないのだが、学校は退屈で憂鬱だったのである。あの片思いの宇本晴寿(うもとはるひさ)に彼女がいて、しかもその彼女が同じクラスの三景はやな(みかげはやな)と知っては、そのショックも計り知れないものがあろうというものである。姫子は自分はそのうち不登校、ひきこもりになるのではないかと不安な気持ちになってきていた。
 その日、学校が終わって、姫子はひとり帰ることにした。自分でも知らないうちになぜか本屋に寄っていた。あの宇本晴寿がよく現れるという「笑福門書店(しょうふくもんしょてん)」であった。
 姫子は識堂得凱の「だれのために戦記」を見つけたところで、立ち読みをしていた。すると、横の方から誰かが声をかけてきたような気がした。
「あれっ、D組の社木さんじゃない?」
 その声は自分に対してのものだった。
「えっ?」
 横を見た姫子の茶目っぽい瞳がきらきらした。あの宇本晴寿がそばに立っていた。姫子は宇本に声をかけられるなんて夢にも思っていなかったのである。中学も違うし、高校でもめったに会うこともないし、ましてや話したことは一度もないのである。姫子はドキドキした。
「あ、あなたはB組の宇本君―。何か、私に……」
せきあげるような感情に姫子はみたされてしまっている。
「やっぱり社木さんかー。きやすく声なんかかけたりして、気分を害してしまったかなあ。
別にいいでしょ、同じ高校、同じ学年だしさ」
 宇本はメガネの奥の精悍な眼でなれなれしく話しかけた。
「もしかして、これってナンパなの?」
「ピンポーン! 正解。100点満点の100て~ん」
 宇本は誇らしげに微笑した。見かけによらず積極的に性格なのだろうか。学校では静かな男といわれているのだが、学校を出ると人が変わるのか。ヘンなヤツ。こんなことってあり?
 姫子は、宇本にははやなという彼女がいるのにずうずうしくもこの私をナンパしようとするなんて浮気性の男なんだと思った。イメージダウンも甚だしい。なんか、とっちめてやりたいという気持ちにかられた。
「ところで、これからチョット付き合わない? いいでしょ。まだ4時だけど、ラーメンでも食べていこうよ。もちろん俺のおごりー」
「う~ん、どうしようかな……。この際、付き合っちゃおうかな」
姫子はことわる気にはなれなかった。ラーメンまでごちそうしてもらえるのだ。ラッキーというほかはない。
「よ~し、それじゃ決まりだな。ラーメンまでGo!」
 ふたりは、恋人同士のように仲良く本屋をあとにした。
 一見してふたりは、似合いのカップルであった。姫子はうれしさのあまり雲を払ったようなすがすがしい表情になっている。はやなのことはすっかり忘れていた。
 姫子と宇本のふたりが入った店は、「ホイホイ軒」という名のラーメン専門店であった。笑福門書店のすぐ隣にラーメン屋があるのだが、人目をはばかって、なるべく目立たない店を選んだのである。
「ホイホイ軒」は4時ということもあって、客は2、3人しかいなかった。店の収容人数は50人ぐらいであろうか。姫子と宇本は、奥の座敷に席を取った。ここならデート気分になれそうな絶好の空間といえた。ふたりはそろってミソバターコーンラーメンを注文した。
「あのー、宇本くん、彼女がいるんじゃなかった? 知ってるわよ」
「はっ? オレに彼女がいるって? 誰からきいたわけ? もしかしてはやなのことかい。はやなとは恋人の関係というほどのもんじゃないけどね。図書館でいっしょに勉強するくらいのもんだし……、どうかなー。他人が見たら確かにそう見えるかもね。そういえば社木さんと同じクラスだったな。はやなとは仲いいの?」
宇本の答えはそっけなかった。姫子は、梨華の話ではかなり親密で、宇本はいつもはやなに肉体関係を強要しているというようなことだった。それにはやなは乗り気ではないらしかった。はたしてふたりの関係は、終止符が近いのだろうか。宇本は別れるつもりなのか。それは自分次第ということなのか。姫子は心に未来予想図を描いた。
「はやなとはただのクラスメートだわ。宇本くん、はやなと付き合っているということは事実よね。もしかして別れるつもりなの?」
 宇本は、はやなと別れて自分と交際したいのだと、姫子は期待感を覚えた。
「どうかなー。先のことはわからないなあ。高校卒業しても彼女と付き合っているかな。う~ん、わからん。俺は彼女は何人いてもいいと思っているんだ。いくらでも欲しいんだ。浮気性なんだろうな。こんな俺でも良かったら、どう、付き合わないかい姫子」
 姫子と呼び捨てにしてきた。見た目では人はわからないものである。姫子は宇本とこう話していると、今まで見えなかった顔が、だんだんと見えてくるようであった。今までの宇本の顔はニセモノであった。
「いきなりそう言われてもね。どうしようかな……、こんな浮気男と付き合っていいのかしら……。姫子、考えちゃうなあー」
 姫子は意地を張ってみせた。軽い女とは見られたくなかった。
「あー、ところで東田とはどうなっているの? 幼なじみで仲がいいみたいじゃない。付き合っているわけ? はやなから聞いているよ」
「気になるの? 東田くんとはタダのお友達なんだけどー。東田くんに直接訊いてみたらどう?」
「そっか、別に東田に気をつかうこともなさそうだな。姫子次第ってとこか。まっ、俺のこと、ひとつ考えてみてよ。よ・ろ・し・く」
 宇本は素直に自分の気持ちを吐露した。そんな宇本のペースに姫子はまんまとはまってしまったのかもしれない。だが悪い気はしなかった。前から宇本が好きだったし、こういっしょにいること自体夢心地であった。だが、宇本はいささか軽薄な性格なのではないかとがっかりするところがあったのは否めなかった。すべてはこれからの交際にかかっているのかもしれない。
 いろいろおしゃべりして、すっかり仲睦まじくなってふたりはラーメン屋「ホイホイ軒」を出た。あまり噂になっては都合の悪いこともあろうかと思い、ふたりは店の前で別れることにした。目撃者がいたら、店でたまたまいっしょになったと言えば良い話。神経質になるほどのことでもなかった。

 姫子は、家に帰ってからというものしばらく夢心地気分にひたっていた。まだ信じられないのだ。あの憧れの宇本くんとデートしたなんてー、あれは本当の事だったのだろうか? 姫子はあまりにもうかれていたようであった。その夜、梨華に電話してみることにした。
「もしもし梨華。わたし姫子だよ~ん。きょうさ、とんでもなくいい事があってさ、今、最高の気分なのよね。」
「へぇ~、いったい何があったっていうの? その様子だとかなりのもんだね。わかった! もしかして男ができたんじゃないの? それしかないよね。信じられないけどー」
 梨華の鋭いつっこみに姫子は思わず
「きょう、宇本晴寿くんといっしょにラーメンを食べたのよね」
 宇本の名を口にしてしまった。が、もう後の祭りである。
「ウッソー! あの宇本くんと? まさか冗談でしょ。ホントかなあ、信じられない……」
 梨華はかなり落胆した様子だった。 
「ウッソー! あの宇本くんと? まさか冗談でしょ。ホントかなあ、信じられない……」
 梨華はかなり落胆した様子だった。
「梨華、びっくりした? ただ、ラーメン屋でお話しただけだから、他に何ができるというわけでもないでしょ。いまのところ、プラトニックラブよ、うっふふふふ」
 姫子は、梨華を傷つけてしまったかと思い、話すんじゃなかったなと後悔した。それにおしゃべりな梨華のことだから、きっといいふらしてあるくにちがいないのである。はやなが知ったらどうしよう、恨まれて殴られるかしらー。姫子は一抹の不安を覚えた。が、すぐ気を取り直した。
「これもあの「だれのために戦記」を買って読んだおかげなのよ、きっとそうだわ。まだ読み終えていないけどね。梨華も私から借りずに買って読めば、私のように何か良い事があるかもよ。そうしたら、ウッフフフフー」
「そうかな? 本のご利益があったって言いたいわけ? 信じられないなあー。そんなことで姫子から宇本くんを譲ってもらえるかしら? ハッハハハ」
 梨華は買ってまでして読む気はしなかったようだ。
「梨華、このことはないしょにしてよー」
 とにかくおしゃべりな梨華のことだから、みんなに暴露されてしまうかもしれなかった。電話は切れていた。姫子はかけなおそうかと思ったが、やめることにした。べつに噂になったところで、たいしたことないかな、かえって嬉しいかなと思ったのであった。今が大事、幸福感で充たされていた。床についても宇本の顔が浮かんできて、眠れそうになかった。これも作家・識堂得凱(しきどうとくがい)の「だれのために戦記」を買って読んだおかげなんだろうと姫子は、作家・識堂得凱に心から感謝した。きょうは興奮状態なので、「誰のために戦記」の続きはあした読むことにし、きょうはゆっくり休むことにしたのであった。

 部屋は、内閣総理大臣室をそのまま模倣してこしらえてあった。蛇狂会会長室にふたりの男がいた。
 会長の大食氏蓮(おおじきうじれん)は、不機嫌な面妖な眼つきで、副会長・鬼藤乗郎の顔色をうかがっている。

「鬼藤、魔轟亡宮の邦魔(ほうま)が、宙真賦同盟の宇景敢兵(うかげかんぺい)に消されたそうじゃないか。五気春龍の外堀から埋めていく策戦はいいが、そんなザマでやつらが倒せるのか?」
 大食氏蓮は、坊主頭で眼と眉のあいだが極端に狭く、眉毛はやたら長く特徴的で、頬骨が異様に突き出て不適な凄みがあった。
「ハッハー、何事も番狂わせというものがありましょう。魔轟亡宮の実力はこんなものではありません。会長の期待に応えるべく、魔轟亡宮とて死に物狂い、決死の戦いに臨んでいるのは当然のことであります。戦いは、これからと思っていただきたく存じます」
 鬼藤は、削げぎみの頬に、陰湿な笑みをにじませて言った。
「お前も良くわかっているだろうが、ワシは結果しか信用しない。結果がすべてだということを忘れたわけではないだろうな、鬼藤よ。失敗すれば更迭だ。獄寺(ごくでら)と入れ替わってもらう。その覚悟をしておけ!」
 大食はいらだっていた。木剣(ぼっけん)をバキン、バキンと激しくデスクに打ちつけ、鬼藤の顔面に投げつけた。鬼藤はとんできた木剣をすばやく反射的に掴み取り、そっと大食のデスクの上に置いた。
「ハッハー、承知いたしました」
 その場にただならぬ妖気がただよった。
 
 副会長室に戻った鬼藤は体中に酷薄な殺気をただよわせていた。そして苦々しげに吐き棄てた。
「闇形、魔轟亡宮が宙真賦同盟の一角も切り崩せないとなると、ワシは、獄寺と入れ替わらなければならない。大食め、獄寺の名を出してきやがったー」
 獄寺とは、秋塞支部長で名を倪(げい)という。本由支部長の影尾瓶烙(かげおびんらく)
と並んで、蛇狂会御三家と称されている。創設者である会長の大食氏蓮は鬼藤、獄寺、影尾の三人をうまく競わせて操作する術に長けていた。いずれはこの三人の中から後継者にふさわしい者が出ると考えているのである。
 大食は、実力主義で、非力な者はすぐさま斬って捨てる非情冷酷さがあった。鬼藤は、その大食に実力を認められて副会長の座を得たのであり、御三家で一歩抜きん出た感があった。それだけに、ここまで来て失脚、しかもライバルの獄寺に取って代わられるとあっては、元も子もない話であった。
「獄寺―、秋塞支部長の獄寺倪ですか。獄寺は最近めっきり力をつけてきています。その配下の
 巨妖牢車(きょようろうしゃ)の力はどれほどのものか謎であり、我らに知られておりません。今の蛇狂会の大食-鬼藤体制を変えるとしたら、確かに獄寺倪が最右翼でありましょう。また最近、神道側と強力な協調関係にある仏教系教団「黎明宗(れいめいしゅう)」を滅亡に追いやった本由支部長の影尾瓶烙の手腕を大食会長は高く評価しているときいています。影尾瓶烙の異形戦闘集団・邪顔虐門(じゃがんぎゃくもん)も我らからしても恐るべき存在であることにはちがいありません。
おそらく獄寺というカードを鬼藤サマにちらつかせたのは、鬼藤サマが影尾より獄寺をより意識していることを察してかのことと思われます。実際は影尾こそは大食に似たタイプであり、
その実力とて獄寺に劣るものではありませんし、会長の本音としては影尾を後継者に指名したいのではないでしょうか。
とにもかくにもこの二人の実力者を抑えて副会長の座をもぎとった鬼藤サマであられますから、そう簡単にひきさがるわけにはいかないというものではないでしょうか?
ここまで来たわけですし次期会長の椅子に一番近いのは、なんといってもわが鬼藤サマであることは疑いありません。それゆえ今、あの獄寺に副会長の座を譲るとなると、もはや鬼藤サマは島流し同然の待遇となりましょう」
 闇形は、辛らつな調子で、にがにがしげに口許を歪めた。
「実際のところ、獄寺も影尾もいつ副会長になってもおかしくないツワモノであることは否定できん。もっとも支部長の肩書きではあるが、あのふたりは副会長同格だ。ただワシがこの本部の執務を任せられているだけのことで、もとよりワシは大食会長に特別に贔屓されて、ここにいるわけではないのだからな。要は実績だ。これから真にワシの真価が問われるということだろう。ヤツラ、宙真賦同盟を壊滅すればそれですむことだ、闇形。ここは魔轟亡宮に託すしかあるまい」
 鬼藤の眼が、凍ったようににぶく光を放った。
 外は雨が降りしきり、暗雲がたちこめ、凄まじい雷鳴が轟きわたった。


 交通事故の現場に警察が到着し、双方の運転手に事情聴取している。見物人がいつのまにかいなくなっていた。理奈は、そばでいっしょに見ていたと思っていた七田がいないことに気がついた。
―― あれっ、七田先生ったら……、どこへ行ったのかしら? ひとこと言ってくれればいいのに、気がきかない人ね。ホントに失礼なヤツ。
 理奈は、七田の無神経ぶりに不快感を抱いた。
理奈は携帯電話で七田と連絡をとろうと思った。だが肝心の電話番号を知らなかった。
―― しまった、携帯の番号をきいておけばよかったわ。これから私どうすればいいのかしら。この夜道をひとりで帰れっていうの。
理奈は夜あまりにも遅くなったのでタクシーを拾い、自宅に帰ることにした。

 天空はまさに漆黒の闇であった。ただ電柱の薄明かりだけが頼りだった。
 倉庫の前の空き地で七田寿達と殺気だった男が対峙していた。男の名は凶魅といった。凶魅の右手には刀のような物が握られていた。電燈の光が刃物に白く反射し、それは血に飢えている不気味な光であった。
 凶魅は、切っ先を天に向け、両手で刀を紫電一閃、振り下げた。その瞬間、何か紐のような物が飛び出てきた。七田に向かって恐るべき妖風とともに十本以上飛んできた。なんとそれは蛇だった。凶悪な蛇群が宙を飛んで襲い掛かってきたのである。
―― なぬっ!
 七田は、それが醜怪な蛇群であることを見極め、顔面まできた瞬間、七田は瞬間移動術によって難を免れた。そして七田は、これが化け物退治の戦いであることを察し、ついに霊刀・龍光風軍(りゅうこうふうぐん)を空中から抜いた。
「ほっ、きさま、刀をどこから出した。仙刀ということかー。その刀、はたしてオレさまの妖刀の相手になるかな? クッククククー。」
 凶魅は、必殺の切っ先をきらめかせ、妖刀をふりかざした。何度も妖刀を振り蛇群を飛ばしてきた。
「クッククク、このヘビの毒は猛毒だ。ヘビにふれただけで、イチコロよ。七田よ、所詮お前は人間だ。肉体は脆いものと思え」
 なんということだ。弾丸のように闇を切り裂いて放たれる蛇群であった。だが、七田寿達の心は、波ひとつたたずに凪いでいた。霊刀・龍光風軍の一閃によって、蛇群は切り裂かれこなごなになって宙に舞い散った。眼を疑う光景だった。いともたやすく蛇群を払いのける様は、七田寿達の力が底知れぬものを感じさせた。
 凶魅はついにここぞとばかり跳躍し、空気を切り裂くような勢いで七田めがけ妖刀をきらめかせ斬りかかってきた。二度三度凶魅の妖刀と七田の仙刀はぶつかった。それは七田にしてみれば滅びゆく者に対する礼儀のようなものなのだろうか。
はたして、恐るべき七田の時間と空間を自在に操るが如きの動きは、凶魅の首が胴から離れるまで時間はかからなかった。何事もなかったかのように終わっていた。
 龍光風軍は一閃の光をまたたかせただけであった。凶魅は、龍光風軍の一閃必殺のもとに敗れ去ったのである。
 凶魅は眼球が飛び出て、口からはゾロゾロと蛇が這い出てきた。あたりにはドス黒い血があふれ出ている。突然、ボッ、という音がしてあっというまに凶魅の頭と胴体は紅蓮の炎につつまれてしまった。燃え尽きて消え失せた跡には、異様な臭気がただよっていた。
 七田は、霊刀・龍光風軍を空中の鞘におさめた。
―― 蛇狂会か……。
 闇の勢力との戦いは、始まったばかりなのだ。七田は、邪悪組織の殲滅を誓い、刺客・凶魅を退けた場をあとにした。


 姫子は思った。宇景敢兵と七田寿達どちらもかっこいいんだけど、私、どっちが好きなのかな? 例えばどっちを選んでしまうんだろう。中国拳法の宇景敢兵は、大東流の東田智聖(ひがしだともなり)くんに似ているのかな。なんか野暮ったいんだよね。
 メガネをかけた二枚目という七田寿達は、私の憧れの宇本晴寿(うもとはるひさ)くんだわ。なんかイメージが重なるのよね。
 そこで、姫子は、作者の識堂得凱が「あとがき」でどんなことをいっているのか気になった。登場人物について解説しているかもしれないと思ったのである。
 姫子は「あとがき」のページをめくった。

 ―あとがきー
 
「だれのために戦記」は、宙真賦同盟の総帥であるたんたん仙師(五気春龍)の部下である宇景敢兵、七田寿達、蘭咲夏代を主人公として物語は展開する。私は、彼らは自分自身をモデル、イメージして創出したキャラクターといってもいいだろう。もっとも私がそんなにかっこいいわけではないが、いうなれば想像世界の自分がいるわけである。彼らの顔を想像する場合、いろいろな改良? を加えているので私の顔よりははるかに良いのは当然で、現実世界には存在しないような人間の顔、キャラクターになっている。現実の俳優、女優はまったくあてはまるものでないし、映像化はどちらかというとイメージダウンにつながると思う。アニメにするにしても中途半端は免れないだろう。
 小説は読者の想像にまかせるのが妥当であろう。どれだけ作者のイメージが読者に伝わるかは、個人差があるわけで、小説の世界はそれだけに無限の広がりを持つものにちがいない。
 ところで、この起伏の激しい小説についてこれる人いるかな? なんちゃってね。よろぴく頼むよ~ん。

 ふ~ん。なるほどね。自分で勝手にいい男に仕立てるのが一番かもね。姫子は、また物語の続きを読むことにした。これまでほとんどマンガしか読まなかった姫子だったが、小説「日本仙妖大戦」の世界にすっかりのめり込んでしまったようであった。
―― もしかして、マンガより面白いんじゃない?!

 七田寿達は凶魅が人間でないことを知っていた。「魔種獣(ましゅじゅう)」というものだった。姿形は人間に化けているが、並みの刀や銃が通用する類ではない。凶魅を倒すことができたのは、霊刀・龍光風軍の降魔の威力が発揮されたからにほかならなかった。
 歩きながら、七田はふと、理奈のことを思い出した。
―― おっとー、理奈はどうしたろう。もう帰ったに違いないな。
 時刻は、深夜の一時になっていた。七田はこのまま歩いて家まで帰ることにした。
―― もうあの付近で妙な事故は起こらないだろう
 その夜、七田は、化け物退治を祝してブランデーの水割り一杯を飲んでから就寝した。

 翌日、桃太郎出版から電話がかかってきた。電話の声の主は理奈であった。
かなりカンカンになっている様子である。「スッポカシは犯罪よ」ときた。七田は、携帯電話の番号を教えっこしようと申し出た。
「そうですね。今度、名刺に私携帯番号を書いてお渡ししますわ。七田先生は神出鬼没みたいですし、すぐ連絡がとれるようにしておかないとこまりますわ」
「そうだね。じゃ、私も名刺に番号を書いておくよ。今、電話で言うと、盗聴されているかもしれないからね、ハッハハハー」
 理奈はこのまま自分の担当なのだろうか。事故に遭った北車涼子は、一週間もすれば退院できるということだったから担当に復帰してもおかしくはない。後で桃太郎出版の山中編集長に尋かねばならんと七田は心配した。


 桃太郎出版の「月刊・天才小説」に連載している小説の原稿の締切日が近づいてきた。すると理奈がやって来た。あの日から二週間経っていた。
「お久しぶりです、七田先生。ハイッ、お約束の名刺―」
 理奈は、さっそく携帯電話の番号を書いてきた名刺を七田に差し出した。
「北車涼子くんはどうしてる? もう退院しているはずだけど……。山中編集長にきこうと思っていたんだが、このまま君が私の担当ということになったみたいだね」
「ええ、これからは私にお任せください先生。もしかして、私より若い北車さんの方が良かったというんじゃないですよね? これでも私20代なんですのよ。それもまだ独身、恋人募集中で~す。私はてっきり七田先生はこの私に気があるのだとばっかし思っていましたし、あのセクハラ事件で確信しちゃったんですけどー、どうなんでしょ?」
 理奈は自信ありげに、瞳を輝かせて言った。
「実は、北車さんには私からお願いして代わってもらったんです。山中編集長にも了解してもらいました。彼女には大学時代から付き合っている人がいて、そのうち結婚するかもしれないんです。先生のおかげで、北車さんの気持ちが変わったらその人がかわいそうでしょ? それに七田先生には、涼子さんのような若くて可愛い女性は似合わない感じですもの。これで良かったんじゃないでしょうか?」
理奈の口調には皮肉が入り混じっていて、涼子にライバル意識をむき出しにしているようなところがあった。ときめくような表情になっていた。
「ほう、そういうことだったの。北車さんに彼氏がいるなんて知らなかったよ。私は別に仕事で来る人に特別な感情は持ちませんよ。私のこの事務的な顔を見ればわかるだろ? 理奈くん。ハッハハハー」
 とは言いながらも七田は、北車涼子に未練たらたらだった。目から涙がこぼれそうだった。
「ところで理奈くんは、プロ野球とか、スポーツの方面は興味あるの? 涼子くんにはテレビ観戦を付き合ってもらったりして、ウマが合ったんだよね。私が名人軍ファンなので彼女も名人軍を応援してくれたもんだよ」
「ヘェー、そうだったんですか。私は棋王軍ファンなんですよ。うちの両親がとにかく棋王軍が好きで、その影響をもろに受けてしまったのでしょうね。七田先生は名人軍ファンでしたの。どうしましょ、私いまさら鞍替えするわけにはいきませんけど……ウッフフフフ」
「理奈くんは棋王軍ファンかー、そうか、でも竜王軍ファンでなくて良かったよ。理奈くんは、合格じゃ~」
「先生、竜王群ファンに悪い人でもいるんでしょうか? チョット偏見が過ぎやしませんか?」
 理奈は鋭い指摘で切り返してきた。プロ将棋リーグぐらいでそういきりたつなよ、といわんばかりであった。
「そりゃそうだ、ごもっともである。理奈くんの良識的見解に敬意を表したい」
 七田は、理奈に一本取られた感があった。七田は照れて頭をかこうかと思ったが顎をなでていた。
「ところで先生、あの日どこへ行ったんですか? いなくなった理由をまだ訊いていませんでしたよね。もしかして犯人を見つけて追って行ったんですか? そうなんでしょ?」
 七田は言い訳を考えていなかった。理奈の鋭いつっこみに思わず素直になってしまった。
「実はそうなんだ。私は怪人物を見つけ、そのあとをつけて行ったのだ。そいつは、とんでもないヤツだったので、私はこてんぱんにやっつけてやったよ。ヤツは、交通事故を引き起こしていたことを白状した。これでもう二度とあそこらへんで妙な事故は起こらないはずだ。どう、納得したかい?」
七田は、かよわい女性の理奈に相手が闇の勢力組織、蛇狂会だと本当のことを話したら、理奈を巻き込んでしまう怖れを感じていた。極力、一般人を犠牲にするのだけは避けなければならなかった。
「へぇー、先生、どうやって怪人物をやっつけたんですか? 七田先生ってそんなにお強いんですか? やっぱり七田先生は、超能力者だったんですね。そうとしか考えられませんけど……」
 七田は答えに窮してしまった。意外と理奈は手ごわいと思った。
「実は私、五気春龍の「仙家同盟物語」という小説を読んだことがあるんです。とても分厚い本で、またけっこう難しいところがあって、全部読むのに半年ほどかかってしまいました。なんとか全部読み終えたのは良かったのですが、内容をよく覚えていないというか、記憶されていなかったんですね、これがー。なんか不思議な感じがしました。でも、登場人物の名前だけは覚えていました。―― なんで、七田先生と同姓同名の人物が登場するのでしょうか? それも職業も同じ作家だなんて……。私は今回、実際、七田寿達という人がこのとおり実在しているのを知ってびっくりしました。先生、これはいったいどういうことなんでしょう? タダの偶然とは決して思えないんです」
 理奈は興奮を抑えるように言った。
「確か、小説の中の七田寿達は「宙真賦同盟」という組織のメンバーで、それも幹部という設定だったと思います。もしかしてこれは、現実の七田先生のことを指しているのではないですか? 教えてください、七田先生。ぜひとも知りたいんです私」
 理奈は、切迫した表情で七田に迫った。七田は「仙家同盟」という小説は、選ばれた者にしか読むことができない天下無双(てんかむそう)の書物である。まさかこの富士村理奈が読んだとは信じられなかった。だが、理奈は、内容はほとんど覚えていないという。覚えているのは、登場人物の名前ぐらいのものだという。してみるに、名前を覚えているだけでもたいしたものではないかー。なにしろ今こうして自分は理奈に正体を知られつつあるのだ。しかし、このかよわき女性の理奈に、真実を語るには七田はきわめて躊躇せざるを得なかった。
「仙家同盟物語……、知らないな。君、その本持っているの? ぜひ貸して欲しいね。私も読んでみたくなったよ」
 七田はさりげなく言った。七田の表情やしぐさから、本意を読み取るのは不可能といってよい。人は何を考えているのか皆目見当がつかないであろう。
「七田先生ともあろう人が、仙家同盟物語を読んだことがないなんて全く意外でしたわ。本は、図書館で見つけて読みました。家にはありません。本の値段が450万円だったんで、いったいどういう本なんだろうとかと気になってしまったんですね。だいたい、そんな高額な本を読んだことありませんもの。それも小説なんですよ、信じられませんでした」
「そうなのかー、図書館にあるのか。私と同姓同名の登場人物がいるなんて面白そうだな。それで、理奈くんー」
 すると突然、理奈の携帯電話の着メロが流れ始めた。
「あら、会社からだわ」
 理奈は会社に戻らなければならなくなったらしい。理奈はさっさと帰ってしまった。もう夕方の5時になっていた。
 今回の事件で、七田は、蛇狂会が本格稼動を開始したことを悟った。闇の勢力の戦いにおいて蛇狂会が当面の敵となる。自分の周囲で犠牲者が出るのではないかと一抹の不安が脳裏をかすめた。
 雷光が、天幕を裂き、地上に激しい雨を叩きつけてきた。明日なき戦いが訪れた七田寿達の双眼が、ふりしきる雨を見据えていた―。

 通学の朝、姫子と梨華がいつものようにいっしょに歩きながら話をしている。
「きのうの話、ホントなの姫子? それで宇本くんと付き合うつもりなの? やめといた方がいいんじゃない。姫子には東田くんがいるじゃない。宇本くんに私を紹介してくれない? それでこそ友だちでしょ?」
 梨華が無理難題をつきつけてきた。
「梨華、それはいくらなんでも無理よ。だいたい私、東田くんとはなんでもないじゃない。それに宇本くんに紹介してふられたらどうすんのよ」
 姫子は、茶目っけたっぷりに心配そうな目で梨華を諭すように言った。
「姫子、痛いところ突いてきたわね。三景はやなと修羅場になっても知らないわよ」
 機嫌を損ねたようであった。それからふたりは学校まで口をきかなかった。

 蛇狂会本部がある東京の山の奥の奥あたりは、嵐が吹き荒れていた。闇が闇を呼ぶ狂風であった。
―― グェッ、グェッ。
 鬼藤のあの爬虫類を思わせる顔がゆがんでいた。あまりの悔しさのあまり、鬼藤は赤く血塗られたどくろ首を怨念を込めて容赦なく壁に投げつけた。壁に深くどくろ首がのめり込んだ。もうひとつのどくろ首、ガラスのどくろ首で凶魅と七田寿達の対決を見ていたのだ。
「またしても……、またしても宙真賦同盟に屈辱を味あわされるとは! 闇形、いいかげんにしろ!」
 やつあたりであった。鬼藤は、湯呑み茶碗を長渡闇形の顔面めがけ、投げつけた。闇形は避けようともしなかった。その額から黒い血が流れ出してきている。
「嫌な予感はしていました。もとより七田寿達は宇景敢兵と甲乙つけがたい力の持ち主がゆえに、凶魅も邦魔同様の結末に至ってもおかしくないわけでー」
 闇形は、当惑の表情で、あいまいにことばを濁した。
「やつらの一角も崩せないとなるとワシは更迭だ。そうなったら、この蛇狂会にはおれまい。万一の場合に備え、ワシは身の振り方を考えている。情けない話だがー。実はな闇形、オマエには話していなかったが、以前からヘッドハンターがワシのところにきている。「狐艶教(こえんきょう)だ。教祖の九尾フメ(くびふめ)は、ワシの遠い親戚に当たる者でな。そんなこともあって、ワシを引き抜こうとしているわけだ。時期会長のつもりでいるワシがのる理由がなかった。大食会長を裏切る気もない。だが、状況次第では、ワシも考えざるを得なくなったようだ。最悪の結果を招いた場合は、ワシは狐艶教にいくことにした」
 鬼藤は、体中に酷薄な殺気をただよわせている。
「あの狐艶教ですか……。狐艶教は今や、女性信者の増加が著しく、また集金力もこの蛇狂会をしのぐ勢いであります。我等暗黒教団界の頂点に君臨統轄する「闇制会(あんせいかい)」の評価も高くわが蛇狂会の脅威ともなっております。いまだ暗黒教団界でナンバーツーの地位を確保しているわが「蛇狂会」ではありますが、鬼藤サマが失脚すれば、「狐艶教」にその座を取って代わられるのは必至でありましょう。なにしろ蛇狂会・御三家の一角が崩れ去るわけですからね。ですが、はたして大食会長は、鬼藤サマが狐艶教に移ることを許されるでありましょうか? おそらく大食会長は、御三家はなにがなんでも維持し、バランスを保っていくことに執着するでしょう。決して鬼藤サマをこの蛇狂会から手放すことはないと思います」
「確かにオマエの言うとおりかもしれん。まがりなりにもワシは、次期会長候補ナンバーワンだからな。たとえ獄寺が副会長に就いても、ヤツがそのまますんなり居座り続けることができるかは疑問だ。宙真賦同盟の力は図れ知れないものがある。それだけに再びワシが浮上するチャンスはないとは言えない。一寸先は闇よの、闇形」
 鬼藤の眼が刹那的に狂気のひらめきを発した。
「鬼藤サマがこの蛇狂会を離れるとなれば、大食会長は必ずや刺客を放つでありましょう。刺客を恐れる鬼藤サマではありませんでしょうが、何かにつけて支障が生じるのは否めないでしょう。煩わしいことになりましょうぞ。私としては、鬼藤サマはこの蛇狂会に残り、しばらく様子を窺うのも悪くはないと考えます。たとえ島流し同然の待遇であれ、鬼藤様の過去の栄光によって、また御三家のひとりとして牽制できるのであります。それに鬼藤派の者どもが雲霧消散することはないでしょう。ココはまず、最後のチャンスにかけましょう。蘭咲夏代を仕留めれば首はつながります。鬼藤サマ、魔轟亡宮・蛾蓮(がれん)がいます。蛾蓮の結果を見てからでも遅くはありますまい」
 闇形は、鬼藤をなだめるように言った。
「時間かせぎにしかならんような気がするが、勝負事は何が起こるがわからんからな。ひとつ蛾蓮にハッパをかけてやるか! カッカカカカー」
 鬼藤は、念を放ち、蛾蓮を呼び寄せた。
「鬼藤サマ、お呼びでしょうか。蛾蓮、参上いたしました」
 蛾蓮は、見たところ女であった。この魔種獣は女に化けるのが趣味のようだ。
「蛾蓮よ、オマエも知ってのとおり、魔轟亡宮の御三家ともいえる邦魔と凶魅が宙真賦同盟に抹殺された。その一角も切り崩せない有様だ。蛾蓮、もはやオマエに魔轟亡宮とこの鬼藤の命運が託されていると思え。必ずや使命を果たせ! わかったか!」
 怒声が響き渡った。鬼藤の妖眼が鋭く蛾蓮を睨みつけた。
「ハッハー、しかと承りました。必ずやこの蛾蓮、鬼藤サマのご期待に応えましょうぞ」
 そういい、蛾蓮は、スッ、と姿を消した。
 正念場を迎えた鬼藤の執念深い顔が、暗い凄みをはらんでいた。

「老師、日本にいつまで滞在するおつもりですか?」
「山が恋しくなってきたか、ヒュウ。ワッハハハハハー」
 中国から天点老師が日本に来ていた。ヒュウとクハンという20才ぐらいのふたりの若者を連れて、東京の観光ホテルに三日ほど前から泊まっていたのであった。三人それぞれべつべつに部屋をとっていた。同じ部屋に三人いっしょ、ってことはない。この時は、ヒュウとクハンが老師の部屋にいた。朝早い6時である。
 天点老師、床屋に行って頭をバッチシきめてきた。フサフサの白髪頭が美しくさえある。
 その容貌もとても90才には見えない。60才ぐらいに見える。背筋がピンとしていて、スーツ姿は老紳士である。背丈も180はあるようで、貫禄、風格申し分ない。変身術が得意な老師であるが、術を使わずとも普段のままの方がスゴイ感じがした。もしかしてすでに術を使っているのか?
「また今日もぶらぶらするのでしょうか? 何が目的でこの日本に来たのか、まだ教えてもらっていませんでしたね、老師」
クハンは、日本に初めて来た。日本は官能主義文化隆盛の国という印象を持っていた。とりたてて日本に対して憧れのようなものはなかった。中国が共産化したのは、そもそも日本が中国侵略したのが、きっかけとなったのだとヒュウとクハンのふたりは考えていた。
「ふたりとも日本があまり好きではないようだな。特に目的などないさ。観光旅行のつもりでお前たちを連れてきたまでだよ。くまなく見て行くがいい。後で身を助けることになるかもやしれんぞ。まっ、あと一週間はいるつもりだ。ワッハハハハー」
 ヒュウとクハンのふたりは、天点老師の豪快な笑いに相好をくずした。
 天点老師とヒュウ、クハンの三人が泊まっている観光ホテルは、蘭咲夏代のマンションの近くにあることを一行は知る由もない。
 
 陽がすっかり西に傾いた夕方、蘭咲夏代のマンションを囲む木樹の梢から、せまりくる異変に怯えたのか、鳥たちが、いっせいに飛び立っていった――

弐の巻 了


2
最終更新日 : 2017-07-28 15:59:14

参の巻

 

 参の巻


 蘭咲夏代のマンションは品川区にある。自宅は2LDKの特に豪奢なものではなかった。夏代は、ブティック3店を経営する女社長であり、従業員は51人を数えるまでになっている。大学を卒業と同時に始めて今日まで順調に進んでいる。が、事業をハデに展開する気は夏代にはない。
 夏代はマンションには一人住まいである。大学時代付き合っていた彼氏とは、いまひとつ満足するものがなかったので、ほどよく別れた。ひとりはやはり寂しいので、柴犬を飼っている。雌で名前をランコという。休日はよくランコを連れて散策するのが楽しみのひとつでもあった。
「宙真賦同盟」に入ることになったのは、たんたん仙師(五気春龍)にスカウトされたことによる。スカウトといっても仙師に入れと直接いわれたわけではない。いつのまにかそうなっていたというのが本当のところである。そして自然とそれらしくなってしまっていた。
 夏代は、学生時代にカラオケパブでアルバイトをしたことがある。いろんなお客と会話することが将来の役に立ち社会勉強にもなると考えてのことであった。
ある日、その夏代の店に五気春龍(たんたん仙師)がひとりやってきたことがあった。それが夏代と五気春龍の最初の出会いである。
 狭い店は、カウンターだけで10人分のイスがあり、あとはカラオケステージだけの実にシンプルなものであった。ホステスは、夏代とミエコという夏代より年長の厚化粧が気になる女とふたりである。店内は天井に小さい灯りが星のように照り薄暗く、明るい照明はカラオケステージに向けられている。
「何にします?」
 夏代がきいた。黒髪がきれいなロングヘアーがよく似合う夏代だが、いまだかつて五気春龍の様なタイプの男は見たことがないような物珍しそうな瞳になっていた。
―― 好奇心。男に対してこんな気持ちを抱いたことがあったろうか。夏代とて男を惹きつける光彩を放ち、その存在感もひときわ際立っている。が、その光の強さにむしろ男たちは敬遠するというが自然だったのである。この人は、そんな男たちと違う―、「異彩」―を放っている。夏代はひと目見て五気春龍という男が気になり始めていた。
「そうですね。ブランデーにしますか―」
五気春龍は夏代の若々しい瞳を見つめながら低い声で言った。
五気春龍は一見童顔だが、声は低い男性的な重みが備わっている。毒のない、それは心地よいともいえるものでもある。顔からして明らかに人にはミスマッチなものに思えるであろう。なじむには、かなり時間を要するかもしれない。
薄い黄色の半そでのポロシャツに黒のスラックスで夏代の前に現れた五気春龍だが、そんななんの変哲もない格好の五気春龍が「宙真賦同盟」総帥であることを、その時の夏代は知る由もなかった。
「はい、どうぞ」
五気の前にブランデーの入ったグラスが丁重に差し出された。すると丁度その時、店のドアが開く音がして若いカップルが機嫌良さそうにして入ってきた。前の店でほどよく酒を飲んできたようだ。歌いたくなって来たのだろう。新客はミエコが相手をするようである。
夏代は五気と対して、話がしたいような面つきである。
「あの―、お客さんはお仕事は何をされているのですか? きょう初めてここにいらしたみたいですが―」
夏代から先に口を開いた。
「あ―、私ですか。そうですね、この店はきょうが初めてですね。仕事ですか。実はね、私はこれでもね作家をやっているんですよ。売れない作家ですがね。それよりも40過ぎてもまだ独身でしてね。どうすればいいんでしょうね」
そう言って五気は名刺を夏代に差し出した。
「ところであなたの名前は? この店にあなたのような可愛いお嬢さんがいるとは、ラッキーでしたね。けっこうけっこう」
にこやかな表情になって五気は、いかにもラッキーだといわんばかりである。
「私の名前は夏代といいます。― 五気春龍さんとおっしゃるんですか……。私はこれでもけっこう本は読む方なんですけど、五気さんはどんな作品がおありなんでしょうか? これを機に読んでみたいですね」
五気から手渡された名刺を見ながら、夏代は意外そうに言った。夏代は五気が作家だとは思わなかった。一瞬、異世界に足を踏み入れてしまったような感覚に襲われた。
凡そこの店のお客はほとんどサラリーマンや自営業者など一般人である。作家や芸能などの特殊な職業人が来ることはめったにない。普通に生きてきた夏代にとって、作家という人種は、別世界に住む亜種に思えてならなかった。
夏代は、読書は好きだし、作家に対してある種の尊敬と憧れがある。本を読むことによって知識教養を得ることができるのはもとより、別世界に入り込むことができるし、小説などはいい夢を見させてくれる程の面白さがあると思っているのである。
五気がいくら売れない作家だと謙遜しているとはいえ、そのはしくれには違いない。そう思うと夏代は興味しんしん、ウキウキしてきた。
「そうですね。私が書いている物はチョット特殊でしてね。普通の人、一般人にはなんのことやら、わからんだろうと思うし、また一般の関心を惹くものでもないでしょうしね。一応、小説ということになっているんですがね。小説というスタイルをとらないとうまくいかないところがあるわけでしてね。そのわりには、我ながらよくこんな物が書けたもんだなと感心するくらいなんですよ。自分でいうのも変ですがね。夏代くんが私の小説を読みたそうな顔をしてるから、本を届けてあげましょう。読んだら感想でもお願いしたいもんですね。ハッハハハハハ―」
夏代の納得したような顔を見ながら、五気はブランデーグラスをかたむけた。

隣の若いカップルがミエコを相手に盛り上がっている。するとデュエット曲が流れはじめカップルがあわててステージに向かった。客を見下ろしながらスターの気分で歌えるのである。気分は最高にちがいない。カップルのカラオケが始まると、どっとにぎやかな音響に圧倒されてしまい、カウンターにいる者にとってはいささか話し声が聞き取りにくくなる。五気は、もう用が済んだとばかりに勘定をすませてさっさと店を出て行った。
「じゃ、また会おう―」と、右手を挙げたかっこ良い素振りが夏代の心に残った。
その一方、夏代は「作家」ともっと話をしたかったのにもう帰ってしまうなんて、なんてそっけない人なんだろうとがっかりするところがあった。それに今度いつ来るとも言わずに―。
本当にあの人の本を読むことができるのかしら? 夏代は、五気春龍が「本を届ける」と言ったことが脳裏から離れなかった。
ふと名刺があるのを思い出した。名刺には、名前と携帯電話の番号が記されているだけで、住所がない。夏代はなぜ住所がないのか疑問に思ったが、電話が通じるならべつにかまわない。電話で尋けばいいことである。そのうちかける機会があるかもしれない。
五気春龍という奇妙な訪問客遭遇したその夜は、夏代は五気のことで頭が占有されてしまっていた。これから何かが起こりそうな、そんな予感がした。

それから一週間も経ったであろうか。自宅に宅急便で小荷物が夏代宛に届いた。両親と高校生の妹と四人暮らしなのだが、両親は共働き、妹は学校である。その日は、夏代は大学を午前で切り上げて、丁度帰宅したところであった。平日水曜日、特に用事も何もなかったのだが、妙な予感のようなものが夏代につきまとっていたのだろう。気にしていた物が現れることになったのである。
小荷物は丁寧に包装紙でくるまれた本、例の五気春龍が届けると言っていたものであった。装丁箱入りの、それもかなり分厚い豪華な立派な本である。
―― この本ね。いったいどんな内容なのかしら……。それにしてもなぜ宅急便なんかで―。私の住所を誰からきいたのかしら? ミエコ? 店長? だったら私にひとこと言ってくれたらよかったのに。でもそうでないとしたら、ストーカーみたいな気味悪さがあるわね。夏代はどこか不安な気持ちになってきた。これから理由もなくあの妙な作家の男につきまとわれるのではないかと―。もしかしてこれは「不運」なのかもしれない。夏代はいよいよ蒼ざめてきた。あの五気春龍という謎の作家と対決を迫られているといのだろうか。知的な感じのする薄い唇をきりっと結んだ。
重く分厚い本の題名は「天極仙家同盟物語」となっている。
―― なるほど。確かに題名からして、あの作家が言っていた通り一般向きじゃないわね。それにしてもこの本、重くてページが多くて、読み終えるのにどれぐらいかかるか見当がつかないわ。あの五気春龍という作家、著作はこれしかないわけ? それともわざと、こんなの読ませるために……。
そうだ、すっかり忘れてたわ。名刺の電話番号に電話すればいいことじゃない。なんで今まで私、かけなかったんだろう? ますます妙な気分になってきたわ―。
そう思い立って夏代は、携帯電話で五気と連絡をとることにした。
電話をかけて30秒ぐらいで五気が出た。すぐ出ないところからして身に持っていないのだろう。おそらく普段はあまり使わないため、充電器にはめたままにしているのかもしれなかった。
「もしもし、五気春龍さんでしょうか?」
「はい、そうですが―」
「どうも、夏代です。この前のカラオケパブの、ワンダーグラス」
「あー、夏代くんですね。あれから店に顔を出さずじまいで申し訳ないですね。私の本、届いたようですね。まあ、直接店に行って手渡すのも悪くはなかったですがね」
用件を知っていたような口ぶりである。もっともそれしかないのだがー。今にしてみれば、あの時店で余計なことを口走ってしまったものだといささか後悔しているのだが、いまさらことわるわけにもいかず、本が届いたことを報告することにした。成るように成るというものである。
「本、今日届きましたよ。宅急便でしたけど、私の住所、調べたんですね。じかに五気さんから、店で受け取れるものだとばかり思っていたんですけど―」
と、夏代は辛らつな調子で問いかけた。どちらかという丸い顔だが、その顔にときめくような色が表れている。
「まっ、いいじゃないですか。無事に届いてなによりです。迷惑でしたでしょうか? 今届いたなら、まだ読んでいないということですか。とにかく全部読んでみてくださいよ。それは私からのプレゼントですから返さなくてもけっこうです。だからあせらず読み通してください。もし、不要になったら誰か物好きな人にでも差し上げていただいてもかまいません。まっ、後で夏代くんの感想をいただければ嬉しいですね。じゃ、またお会いしましょう、夏代くん―」
そう言って電話がきれた。
なんか一方的に電話をきられて、夏代は不機嫌になった。これから読む本が、憂鬱になるような本だっただけに、拍車をかけて気分は最悪という感じなのだ。もっとも、五気の本を読みたいと言い出したのは自分なのだから、作家を責めるわけにもいかないのである。それどころか、約束を守って本を届けてくれたのだから、非の打ち所がないではないか。
夏代はあきらめて素直な気持ちになって、いつ読み終えるかわからない五気龍位の「天極仙家同盟物語」を読みにかかったのであった。読み始めると、とっつきにくいと思われた本だが、意外とすらすらと読むことができるのには安心した。漢字が多いがたいして難解なものはない。内容は、現代が舞台となった勧善懲悪をにおわすストーリー展開だということを把握できた。ところが夏代に待っていたものは驚愕の真実ともいえるものであった。夏代は読み進めていくうちに、こともあろうか現実と小説の境界線を見失うことになってしまったのである。
うろたえてしまった。どうしようもない奇矯な空間にはまり込んでしまったような感覚に陥ってしまったというほかはない。何に起因したのか? 不思議な小説であった。なんと小説の中に自分が―、蘭咲夏代がいるのである。
自分と同姓同名のキャラクター。そして驚くべきことに姿形、性格、趣味などこの現実に存在する自分そのものではないか……。これはいったいどういうことなのであろうか。この小説は、あの五気春龍という作家が、自分と出会う前にすでに書き終えているもの。それは疑いようもなかった。五気は、以前から自分を知っていて書いたものなのだろうか? はたまたこれは預言書のようなものなのか? 不思議である。こんなことがあっていいのだろうか? 夏代は、考えれば考えるほど底なしの深みにはまっていくようでおかしくなりそうだった。抜け道が見つからない。
それでも夏代は、本と格闘した。この本の世界から逃げる気はなかった。現実の自分はまだ精神病院のお世話になるのは全く考えられない。日常生活はいたって健康そのものである。問題は五気の本を読んでいる時だけなのである。
―― 「解決」、夏代は乗り越えるべく試練を与えられたのであろう。


 読み始めて5日経ったであろうか、百科事典一冊分ぐらいの容量のある本は、まだ20ページしか進んでいない。そんな夏代のところへ五気から電話がかかってきた。しかも自分の携帯にである。五気に番号を教えた覚えがあろうはずもない。五気龍位には相変わらず驚かされると思った。
この本にある通り、五気春龍は超霊力者―。五気は「宙真賦同盟」という組織の総帥ということになっている。そして自分は―。その通りだとしたら……、そう思うと夏代は体が燃えるように熱くなった。
いったいこの先には何が待っているといのだろうか。おそらくそれは、現実感に欠ける現実。異次元感覚。夏代は電話の主の声に緊張感に包まれた。
電話の主は、一度じっくり話しをしたいので都合の良い日に会いたいという申し出であった。夏代はいつでも良かったし、できれば早く五気と会い話をしたかったということもあり、タイミングがいい感じがしたのだが、行き着けの喫茶店で明日の午後三時に会う約束を取り付けた。

五気春龍は先に店に来て待っていた。窓際の目立たないところに席をとっている。喫茶店はせいぜい20人ぐらいのつくりで、静かで落ち着いた雰囲気がある。客は5、6人いる。クラッシク音楽が流れゆったりとくつろげる感じである。
夏代は五気春龍の方へ向かった。五気と目が合った。薄い黒ブチのメガネの奥の眼がすずやかに笑って迎えてくれた。
「あ―、悪いね。呼び出しちゃって」
ウエイトレスが来たので夏代はコーヒーを注文した。五気は紅茶を飲んでいる。
「いえ、私、閑ですから―」
夏代は淡い紫色のワンピースに身を包み、薄く化粧はしているがほとんど素顔のままといってよい。
「それで五気さん、お話というのは……」
五気は顔を隠していた薄い黒ブチメガネをはずし、メガネ拭きの布でレンズを拭き始めた。
沈黙の空気―。レンズに息を吹きかけながら、いかにもピカピカにきれいにしようとしている。メガネを顔から除いた五気龍位は風格があった。底知れぬ威厳のようなものが伝わってくるのが、夏代にはわかった。
―― もしかしてこの人は、ホントにとんでもない人なんだわ……。
五気春龍が発する霊光は、夏代の意識を別世界へ誘う力。それは、蘭咲夏代が「仙士」として覚醒する時が至ったことを意味しているのだ。
「私が何を言おうとしているのかわかりませんか? 夏代くん」
五気春龍が反応した。ほとんどききとれないような低い声である。唇が動いていない。腹話術の達人であるかのように。そしてメガネをかけた。
「わかっています。私が宙真賦同盟の一員であることを認識できました。それにこの私が念動力法術の使い手だなんて……」
夏代は表情に愛嬌をにじませて答えた。だがそれは自分ではない他の者が発したことばのように思えてならなかった。もうひとりの自分なのか―。
五気の使用済みのオシボリが、今せっかくきれいにふいたばかりの薄い黒ブチのメガネに、ヒョイッとテーブルから吹き飛んでかぶさった。五気はみごとに視界を閉ざされた。
五気の鼻から顎までが笑っている。それを見ていたらしいカウンターの傍にいるウエイトレスがクスッ、と笑った。向かいの夏代が手で思い切りオシボリを五気の顔面に投げつけたのだと思ったのだろう。しばらくふたりの様子を見ていたいような表情になっている。
夏代は自分の意思に反したことばといい、今起こった事といい、戸惑いざるを得なかった。なんで? 私、オシボリを五気さんに投げつけてなんかいない!どういうことなの。
「夏代くん、わけがわかりませんでしたか? まだ20ページぐらいしか読んでいないようですね。まっ、全部読んでもらえば落ち着きますよ。心配ご無用!」
また五気はメガネをはずしてレンズを拭きなおしている。
その時、外で人の声がした。見ると小学生の女の子たちが、3、4人笑い声を立てて歩いてくる。夏代はそんな楽しそうな彼女たちに気をとられた。女の子たちは笑顔を見せ、なごやかに通り過ぎていった。
―― 平和な世界。夏代は自分も気持ちが和らぐようであった。
ふっと、窓の外から五気の方へ目をやると、五気がいない。紅茶のカップもオシボリもなくなっている。あとかたもなく気配を断ってしまっている。
―― もう、用事は済んだ、ってわけ……
夏代はさっきまで五気龍位が座っていた椅子をしげしげと見つめながら、コーヒーカップをかたむけた。

 あれから、5年の月日が経っていた。気がつけば夏代は、ブティックを3店経営する、今ではバリバリの女社長である。初めは親に出資してもらったのだが、それは滞りなく返済し、業績がうなぎのぼりに発展しいつのまにか株式会社になるまでに成長していた。幅広い年齢層をターゲットにし、購買年齢層の需給データを参考にしての柔軟な対応姿勢で安定感があった。急いで店舗を増やすつもりはない。あくまでも堅実な手法を採用優先させるのが若き女社長、蘭崎夏代のやり方である。基本はなによりも倒産しないことなのである。

その日は、月に一度の店長会議があった。会議には社長の夏代と専務取締役の妹の冬美、冬美は、まだ女子大の四年で大学院進学を目指している。専務といってもほとんど仕事らしい仕事はなく、お飾り的なものである。
ファッションセンスは、姉の夏代よりも上の感があり、将来は夏代に対抗して独立するつもりでいるのかもしれなかった。姉である夏代の経営手腕を学び取る意欲は周囲の者をして並大抵のものではないといわしめているのである。
身長167センチとすらりとしたファッションモデル並みの姿形と明るい光彩を放つ美貌は周囲の者たちの羨望の的であった。その冬美が店長会議の議長役であった。あと会議に出るのは、三人の店長である。いずれも女性で占められている。
渋谷店の笹田玲子(ささだれいこ)、35才。銀座店の花坂京子(はなさかきょうこ)、29才。青山店の冴木美鈴(さえきみすず)、39才。いずれも蘭咲姉妹より年長の社会経験豊富なやり手の女性たちである。
会議は、三店輪番で受け持つことになっている。今回は渋谷店で行われることになっていた。渋谷店は、原宿にあり四階建てのビルで、三階までは店フロアで四階に事務室、応接室、会議室が設けられている。
妹の冬美が専務になるまでは当番の店長が議長をやっていたのだが、専務といっても仕事らしい仕事をやっていないので、社長の夏代が冬美を指名したのである。
創業して3年ほどになるが、従業員は総勢51人を数えるまでになっている。総売上も億の単位であり「蘭咲ブランド」が全国に浸透しつつあるといってもよかった。遠くはるばる沖縄、北海道からやって来る者があとをたたない。そんな熱心なお客に支えられているのは幸せなことであろう。

夜8時前、会議のメンバーが全員顔を揃えた。丸いテーブルをぐるっと5人が囲んでいる。8時きっかり、議長の冬美が司会のあいさつをする。会議に入ると、いきなり銀座店の花坂京子が口火を切った。
「わが社はここ最近業績がすばらしいものがあります。わが社は今上昇気流をとらえています。この機会をこのままほおっておいていいものでしょうか? まさに商勢拡大の時でありましょう。私は提案します。今の三店を中核として、東京以外の関東に店舗を設けるべきだと考えます。具体的には神奈川の横浜・湘南2店。埼玉はさいたま市1店。千葉は千葉市1店、と計4店は大丈夫だと思います。堅実商法の蘭崎社長といたしましても、最近の好調ぶりからして私の意見に賛同していただけるような気がしますが―」
自信みなぎる口調である。花坂京子は銀座のホステス上がりで、ひときわ艶っぽい雰囲気を漂わせている。気の強さもままならなかった。銀座店はホステス時代のなじみの客が多く、店長である花坂京子は常といってよいほど売り場に顔を出しているのであった。高級ブランドものを多く売りさばいている自分が一番会社に貢献していると花坂京子は一歩ぬきんでているつもりなのである。
だが、その花坂京子に対して、向こう5年は店舗は増やさないという社長の夏代の意向に忠実であろうとする、渋谷店長の笹田玲子と青山店長の冴木美鈴のふたりは案の定、花坂京子の強引ともいえる主張に異を唱えざるを得なかった。
三人の店長は、共に強烈なライバル意識を持っているわけだが、実は社長の夏代の企画方針は絶対権威であり、他の者が入り込む余地はないものである。はたして店長以上の地位はあたえられることはあるのだろうか。会議は実際は形式的にものにすぎず、顔を合わせる場で決して意見を述べる場ではなかったのである。ただ店の状況報告だけにとどまっていた。
今回の花坂京子のひとり浮いてしまった事態に、他のものが奇妙な念にかられたのはいうまでもなかった。社長の夏代、専務の冬美、渋谷店長の笹田玲子、青山店長の冴木美鈴の四人は銀座店長の花坂京子にそろって鋭い視線を投げかけた。
「きょうの花坂さんは少し変ですね。何かあったのでしょうか?」
冬美が、いつもの花坂京子でない、まるで別人のように思えて問いかけた。
夏代はクールな表情で、右手にボールペンを持ってくるくる回している。夏代の綺麗な指にボールペンが弄ばれている。
「そうでしょうか? 皆さんそう不信がることはないんじゃありませんこと? 向こう5年間は店舗はつくらないという社長の方針は忘れたわけじゃありませんわよ。ただ、私― この会社をグチャグチャにしてしまいたかっただけですのよ。悪かったでしょうか? クッフフフフ―」
室内に凍りつく冷気が生じた。思わず花坂京子は、余計なことを、いや本音を口走ってしまったのであった。
夏代が強力な「念力」をかけ、花坂京子の口を割らせたのである。
「グググッ、蘭咲夏代!オマエごときが、小癪な―」
みるみるうちに花坂京子の顔がひび割れ、瀬戸物のような欠片が床に落ちていく。そしてバギンという音とともに花坂京子の身体は衣服もろとも一気に砕け散り、何かがつっ立っていた。それは、おどろおどろしい、幽鬼のような、髪は長くボサボサ、呪わしげな眼の、見たところ女の形をとっている妖怪女のようであった。
「あ、あなたは誰?! なんなの!」
笹田玲子が絶叫した。
「花坂さんじゃないわね。花坂さんはどうしたの?」
冴木美鈴がわなわな震えながら尋いた。
これが花坂京子の正体? そんなわけがない。きっと花坂京子は― 、まさかこの化け物に取って代わられたというのか、乗っ取られたというのか? それとも床に散り散りになっている欠片となってしまったのか? この惨状に笹田玲子と冴気美鈴は恐怖に打ちひしがれてしまった。全く馬鹿げた話である。こんな事が現実にあっていいのか。正気の沙汰ではない。一刻も早くふたりは、正気を取り戻したかった。
「グッグググ、ミーの名は蛾蓮。私のクローン技術は、チョットやソットじゃ真似できるシロモノじゃないわよ。驚いたでしょ、皆さん。クローンの方は粉々になってしまったけどね」
蛾蓮がそう言うやいなや、夏代はボールペンを眼にも止まらぬ速さで、蛾蓮の眉間をめがけ撃ち放った。今まで右手でこねていたボールペン、それには強力な念力が込められていた。
―― 念力加工術。わずか数分間のうちに恐るべき武器に変貌を遂げていたのである。夏代の念力によって銃弾なみの物質に変換されていた。
蛾蓮は不覚にも、その弾丸ボールペンをよけることができなかった。ものの見事、弾丸と化したボールペンは予定通り、蛾蓮の眉間を貫いた。蛾蓮が背にしていた窓のガラスが割れる音がした。
「クローン技術って言ったわね。花坂京子は生きているの?」
夏代の眼には力がこもっている。
「花坂京子は預かっている。今日はほんのあいさつがわりだ。いずれ改めて特別招待状をやる。楽しみにして待っていろ蘭崎夏代!」
蛾蓮は眉間を押さえながらはき棄てた。そしてすばやく窓ガラスを突き破り、蛾蓮は夜闇の虚空へと消え去ってしまった。
「いったい何が起こったんですか……」
笹田玲子があっけにとられて、こわごわと言った。笹田玲子、冴気美鈴、そして冬美は夏代を奇異な目で見ながら、眼もうつろに呆然と立ちすくんでいた。

室内は、陶器が砕けた欠片のようなもので散らかっている。クローン人間の残骸だというのだろうか。人間の皮膚、肉らしいものはない。それは奇妙な光景にしか映らない。確かにさっき起こったことは現実にあったこと。状況証拠として、あの蛾蓮は残していった。わざとらしく―。
「とにかく、このゴミを早くかたずけてしまいましょう、皆さん!」
かたまって立ちすくんでいた者たちに目を覚まさせるかのように、また檄を飛ばすかのように夏代は強い口調で言った。
窓ガラスの破片をかたずけようとして笹田玲子が窓際までくると、外でなにやらガヤガヤする。下を見ると、通りすがりの人々が野次馬となってこのビルの下でかたまっている。人だかりになっているではないか。夜の10時を回ったところだが、まだ人通りの多い所である。野次馬は何か爆発事故でもあったのかと訝しげにこのビルの四階を眺めているようだ。
「社長、下は野次馬ですごいことになっていますよ!」
笹田玲子が夏代に訴えるように言った。
夏代が外の様子を窺うと、二百メートルほど先の歩道を警官がふたりあわてて走って来るのが見えた。どうやらこっちに向かっているらしい。誰か通行人か通報したのだろう。警察沙汰になってしまったようだ。その警官が到着する前には、現場はガラスの割れた窓を残して、きれいにかたずいていた。
ドカドカと制服姿の警官がふたり室内に押し入って来た。
「どうしました? 何があったんです?」
20代と思える若い警官が大きい声で尋ねてきた。もうひとりの警官は、40代のいかめしい顔つきの男で、室内を隅から隅までなめまわすようにして怪訝な双眸をぎらつかせている。
「突然のことでした。強い風が吹いてきたのでしょうか、それとも鳥かなんかがぶつかってきたのでしょうか。この通り、窓ガラスが割れてしまったんです。原因がわからないんですよ。決して爆弾などが爆発したとかのものではありませんから―。どうぞ検証してください。ところで、外には何も落下物はありませんでしたでしょ? 何か目撃した人がいたでしょうか?」
夏代は丁寧な応対で、警察の現場検証を促した。警官は夏代のことばを信用したらしく、特に気にかけるものがなかったと見え、30分程で切り上げていった。
人垣の野次馬たちは、ビルから警官が何事もなかったように出てくるのを見て、みな散り散りに去っていった。またいつもの通り道になっている。
「あんなこと誰も信じないでしょうね。私、ホントに寿命が縮んでしまったわ。思い出すだけで震えてしまう―」
笹田玲子はひどく疲れた表情でイスの背にもたれかかっている。冴木美鈴も恐怖にとりつかれて今にも泣き出しそうな顔になっている。
その場から恐怖の余韻は消えようとしなかった。
10月の終わりの夜、ガラスの割れた窓から、風が冷たく室内に吹き込んでやまなかった。

あの忌々しい事件から一週間が過ぎていた。銀座店店長の花坂京子は死んだわけではない。蛾蓮は、花坂京子を預かっていると言い残して去った。そこでとりあえず銀座店は、冬美が任せられることになった。夏代の意向で警察には届けていない。従業員たちには、花坂京子は休養を取って旅行に出かけていることにしていた。
いずれ蛾蓮は、必ず連絡をとってくるはずなのである。今はじっと待つしかない。その時が来れば決着をつける。夏代は己れひとりで解決するつもりであった。
仙能者・蘭咲夏代は怒りの炎をかき消すことができないでいるが如く、闘争心は研ぎすまされて、静かに時を待つ身となっているのであった。

11月中旬、その日、品川のマンションの自宅に帰ったのは、夜の9時を過ぎていた。
入浴のあとにリビングで、一杯やりながらテレビを観るのが習慣になっている。寝るのはいつも11時過ぎである。いつものように愛犬のランコの頭をなでながらブランデーを口にしている。手にしているブランデーグラスをガラステーブルに置こうとすると、丁度その時、ガラステーブルの上に置いてあった携帯電話が鳴り出した。メールが届いたらしい。
一瞬、夏代の脳裏を奔り抜けたものがあった。
―― きた!
メールを開く。やはり蛾蓮―。あの蛾蓮が言った通り、例の招待状が送られてきたのであった。
―― 今晩は。宙真賦同盟・蘭咲夏代さま。お待たせしました。さて本題―、花坂京子は、都内の山の方の民家に監禁している。民家といっても今は誰も住んでいない空き家だ。ミーの目的は、花坂京子を殺すことにあらず。オマエを引き寄せ、そのお命を頂戴することにあるのは、ご承知のとおりわかりきったこと。来るべき場所を示しておく。指定された日時に忘れずに来るがいい。ミーはすっぽすことはしないから、その点心配するな。オマエの最期の日であることを心配するがいい。
※蛇狂会・魔轟亡宮、蛾蓮
―― 蛇狂会の刺客……。とうとう私の方にも来たってわけね。
夏代は、先日、蛾蓮に襲撃される前に、宇景敢兵と七田寿達より蛇狂会の魔轟亡宮の者を撃破したという知らせを受けていた。必ず自分の方にも現れるはずだと彼らから忠告されていたのである。おかげで心の準備はできていたといってもよい。あの会議の場に突如現れた蛾蓮に臨機応変に対応できたのがその証左であった。
花坂京子が監禁されている場所は八王子のあたりのようである。そこは、一軒家で周囲は畑か野原で人目につかない地理条件のようだ。メールには約束の日時はあさっての午後4時となっている。とにかく花坂京子は無事で生きているのは確かなようだ。夏代はひとまず安堵した。
あとは蛾蓮とケリをつければそれで済むこと。自分がやるべきことはそれだけなのである。だが、夏代に一抹の不安がないわけではなかった。
―― あの化け物を退治できるかしら。それも私ひとりで……。まっ、なんとかなるでしょ。
夏代は花坂京子の安全を祈りながら、その夜も深い眠りについたのであった。


「老師、八王子に行くのですか―。ボクは、もう老師に振り回されているみたいで目が回る思いですよ」
頭を短く切って精悍な顔立ちのクハンが東京めぐりは飽きてきたといわんばかりに愚痴をこぼした。天点老師とクハン、ヒュウの三人は、電車に乗って八王子に向かっていた。
座席は空いていてかなり余裕がある。老師の両脇に付き添うようにしてクハンとヒュウが座っている。
ヒュウとクハンは身長も体重もだいたい同じくらいで、顔立ちも目鼻がはっきりして聡明な双眸が印象的である。年齢はどちらも21才である。一見双子のようにも見えなくもない。彼らは、天点老師の弟子になって3年に満たない天点八卦掌修行者なのであるが、老師の弟子になるほどだからその資質実力は言わずとしれたものであろう。
ふたりは宇景敢兵の弟弟子にあたるわけだが、宇景が中国を去ってから入門したので、実はまだ顔をあわせたことはない。老師に日本にいっしょに行くといわれた時は、真っ先に兄弟子の青見都を訪ねるものだとばかり思っていたのだが、その老師にはそんな気配はみじんもなかった。当てのない日本巡りに付き合わされている。おそらく帰る間際に寄るのかもしれないとふたりは期待していた。
ヒュウとクハンは、天点老師から、宇景は天点八卦掌の継承者の資格を有している者だときかされている。齢90の老師が育てた弟子はヒュウとクハンを含めて、これまで十本の指に満たない7人である。老師はまだまた引退する気はないようである。継承者を指名するのは老師なのだから、その時に至れば判明することではあるのだがヒュウとクハンにとっては興味深いことだった。掟として継承者以外は弟子を持つことを許されないことになっている。弟子を育成する資格を失い、あとは一兵卒として生きていかなければならない。もっとも天点老師の弟子としての勲章、誇りは、継承者にもひけをとらないものかもしれないが―。
唯一継承者は「神」と化す。霊的昇華。それは辿り着いた者しか知らない至高の境地なのであろう。男はそれを目指す。
「まあ、そう言うな、クハンよ。なんか八王子がワシを呼んでいるような気がしてな。何かあるぞ―、ハッハハハ―」
正午を過ぎていた。その日、老師一行と蛾蓮の対決に臨む蘭咲夏代が、八王子の同じホテルに泊まることになろうとは誰も知る由がなかった。
八王子の「ホテル王子様」に着いた老師一行は、ホテルのロビーでくつろいでいた。お客がまばらに通り過ぎていく。ヒュウとクハンの目にとまった客がいた。ひと際、華やかな雰囲気を漂わせている。白のブラウス、薄い紫色のジャケットとスカートに身をかため、白いブーツ、黒ブチのメガネをかけて表れたロングヘアーの若い女性。ヒュウとクハンが釘付けになってしまった女、蘭咲夏代であった。
夏代は老師一行には見向きもせず、たんたんと先を急いでいる様子だった。
「ムッムムム、オイ、クハンよ。彼女日本人だよな。なんて眩しいオーラを発散させているんだろうな。ただもんじゃないぞ」
「確かに気になったな。すごい霊気だ」
「老師は―」
ふたりが同時に老師の方を振り向くと、新聞紙を広げて隠れていた。実際天点老師は、日本語の新聞が読めるので、またヒュウとクハンのふたりはそれを知っているし、そのとき自分たちの問いを避けるためにわざと新聞を広げていたいたなどとは疑うわけもなかった。
はたしてヒュウとクハンが目撃した女が、宙真賦同盟・蘭咲夏代であることを老師はすぐさま了解した。当然であろう。宙真賦同盟総帥・たんたん仙師の部下を知らずして盟友にあらずである。
その時、天点老師の「アンテナ」がスイッチオンとなった。

その夜、「ホテル王子様」の食事を終えると三人は老師の部屋に集まった。ガラステーブルを囲んでイスに背もたれ三人向き合っている。驚くべきことに三人は、なぜか修行者の身でありながら、日本酒を盃でちょびちょびやっている。破戒者か? 堕落だ。なんと日本酒がうまくてたまらん様子である。たいして飲んでいるわけではないが、三人ともすっかりうかれたような顔になっている。そのうち、女を持って来い!なんてわめくんじゃないだろうな。そんなことはないだろうとは思うが―。たまにはほろ酔い気分になるのも悪くはないだろう。
そんな時、老師がポツリと言った。
「今から一年ぐらい前に、宇景敢兵が真夜中に路上で通り魔に出くわした。なんでもそいつは、蟷螂拳を使う二十歳前後の若者だったという。歳はお前たちと変わらない」
気むずかしい顔になって云った。
「蟷螂拳―、障一味……。それはおそらく邪道に堕ちた障隆絶(しょうりゅうぜつ)の一派かもしれません。なんでも奴等は、まともな拳法家たちを排他攻撃しているということですが、手段を選ばずどんな汚い事でも平気でやるという話です。障隆絶のことは老師も知っておられると思いますが―」
クハンが複雑な面持ちで腕を組んで言った。
「奴等は、障家蟷螂拳を標榜し、既成の蟷螂拳勢力を壊滅に追い込もうとしているのは確かなようです。そして組織拡大のために障家蟷螂拳に鞍替えさせるつもりなのでしょう。裏では中国マフィアと繋がっていると思われます」
ヒュウはこの日本にも奴等の魔の手が伸びてきたのかと思うと表情が曇った。
「奴等はイザとなると銃を使う。拳もすこぶる腕が立つ者がいることはいるが、概して拳法使いとは名ばかりの全くやっかいな奴等だ」
クハンが吐き棄てた。
「宇景の前に現れた若者はちょうどお前たちぐらいだ。あの宇景が、すこぶる腕が立つ者というぐらいだから相当なもんだろう。おそらく今のお前たちの力では通用しないかもしれん。それほどの者が障一味にいるとは思えんが……」
「そうですか。それほどの使い手がいるとはね。クハンは心あたりはあるか?」
「いや、ボクも知らない。障一味でないとすると……。何者なんだろう」
ヒュウとクハンのふたりは、こっちにも現れれば遠慮なく相手をしてやる。そう思うと、心が躍った。
「実はじゃ、今回日本に来たのは、宇景が出くわした蟷螂拳のみならず、我が宙真賦同盟を標的に闇の勢力が動き出したからなのじゃ。うかうかしておられなくなってきた。蛇狂会という組織が攻撃を開始してきた。それは、この日本における名だたる暗黒教団とされている。そんな日本の空気を吸いにきたといったところなのじゃよ」
 天点老師の双眸が奥深く光を発して迫力があった。すると、ヒュウとクハンのふたりから同時に質問が飛んできた。
「老師、宙真賦同盟とはなんのことですか?」
 老師はそのことばに、うっかり口走ってしまったことに気がついた。いずれは話すべきことではあったが、いまさら秘密裏にしておくほどのことでもなかったが、まだ弟子たちには「宙真賦同盟」について全く明かしていなかったのである。もっともその必要もなかったわけである。
「うむ、そうか、まだ言ってなかったな。まっ、それは後の楽しみにとっておけ、ヒュウとクハンよ。ワッハハハハ―」
ヒュウとクハンのふたりは訝しげに顔を見合わせた。天点老師の豪快な笑い声が八王子の夜を圧倒し、夜空を照らす月もどこかしら笑っているようであった。

「ホテル王子様」でひとり夜を明かした夏代は、朝7時にはホテルをチェックアウトした。予定は午後四時だが、その前に何かやることがあるようであった。
普段は白のベンツに乗っているのだが、目的地の場所を考えて今回は小回りのきく赤いミニクーパーを利用している。おそらく複雑に交錯する細い道を走らねばならないのだろう。大型のベンツでは役に立たないのだ。
わざわざホテルに泊まる必要はなかったかもしれないが、敵が敵だけに花坂京子が監禁されている場所の近くで精神を落ち着かせたかったともいえる。パッと行ってパッと帰れるような相手ではないのだと夏代は自分にいいきかせた。
決戦の日は、どんよりとした密雲が立ちこめ、嵐の予感さえする。花坂京子は今どうしているだろうか。どうなっているのか。蛾蓮に花坂京子を殺す気はないようだ。確かに殺しはしないだろう。
「魔種獣」は、一般の人間の命を奪うことはないといわれている。めくらめっぽう人間を襲い食い殺す他の魔物の類とは一線を画す感があった。それはまるで「魔種獣」は並みの人間は味がまずいかのように―。
ようやくその時は来た。蘭咲夏代は、赤いミニクーパーで目的地にたったひとりで向かっていた。場所はわかりやすい。なんの苦もなく辿りつける。そう夏代は勘ぐっていた。だが、事は容易ではないことに気がつくことになった。もうすぐ目的地だと思うとなぜかそこはさっき通り過ぎた所である。まさかぐるぐる回っているわけじゃないだろう。二度三度繰り返してみるとやはりそうである。土地勘があるわけではないので、さっぱりわけがわからない。夏代は、のっぴきならぬ亜空間にはまり込んでしまったような感覚に当惑した。蛾蓮―。ヤツの仕業なのか? ならば、風穴をあけてやるしかないようだ。夏代は目を閉じ念を渦巻かせた。
―― 念龍の術。

 とりあえず畑のある土地のあたりで車を停め、車から降り、周囲を見渡すことにした。例の一軒家を探してみる。遠くに低い山が見える。そのあたりは住宅らしいものがない。ただ畑や野原が広がっているようだ。あっちか―。時間は刻々とすぎていく。強風が吹きつけてきた。夏代の長い髪が天まで舞い上がり乱れた。だが、夏代の心は波ひとつたたずに凪いでいた。
 地図を見れば、目的地の近くには、近くといってもだいぶ離れているようだ、消防署と店がある。夏代は探した。あれか―。200メートルぐらい先に旗がはためいているのが見える。消防署のものなのか。それをめあてに夏代はふたたび車を走らせることにした。消防署であることが確認できた。その近くに小さい店がある。缶コーヒーの自動販売機が2、3台置いてあり店屋というのがすぐわかる。車を停めるスペースにも余裕があった。夏代はその店に寄って道を尋ねることにした。
すると、50代くらいの白髪まじりの婦人が出てきてこう言った。
「そこは、今は空き家になっているよ。いったい何のようだい?」
ぶっきらぼうで、人を疑いやすい性質なのだろう。顔がまた愛想が悪い。
「ええ、じつはその家を買わないかといわれて、下見に来たんです」
ウソも方便。臨機応変に答えた。
「ふーん、あの家をね。あんなもん買ってどうしようっていうのかね。世の中、広いもんだね。まっ、アタシの知ったこっちゃないけどさ。紙に書いてやるから、まちがえないで行くこったな」
婦人は、相変わらず不信な眼つきで、めんどくさそうに書いた物を渡してくれた。
「あっ、どうもすみません。― この五千円の日本酒くださいな」
お礼がわりに夏代は買い物をすることにした。しぶしぶ応対する婦人の顔が心なしか笑っているようだった。
紙を見ると、この辺りは意外とふくざつに道路が交錯しているのがわかった。神経を集中し、意識を強く持ち、ヤツに妨害されないように道をたどって行った。今度は大丈夫のようである。着実に向かっているようである。気がつけば、もう約束の時間まで30分を切っているではないか。あと何分で着くというのだろうか。夏代は赤いミニクーパーのアクセルをふんだ。
細い道を鮮やかに走りぬける夏代のハンドルさばきは見事なものであった。ラリードライバーさながらである。畑が目立つ先に、ついにあの一軒家らしきものを発見した。
―― あれだわ! 花坂さんはあそこにいるのね。
着いた。まだ四時まで20分ほどあった。夏代は、静かに車から降り、そして民家に近づいて行った。その場にはりつめた空気が漂っている。
その時突然、妖風が吹き込んできた。強烈に夏代の身体を圧迫束縛し、夏代は歩みを止められた。
「待ちな! 誰が家に入っていいと言った」
褐色の肌、目だけぎらついている、蛾蓮であった。猛り狂っている。眼が血走ってどうにも押さえがきかない殺気だった形相である。昔人のような服装と思いきや、現代風にTシャツとジーンズのいでたちであった。両手には草刈鎌がある。
「それは失礼。約束の時間よりチョット早かったもんだから―」
と、夏代がいうやいなや、蛾蓮が宙を跳躍し斬りかかってきた。蛾蓮が持っていたのはよく見るとギザギザの刃の鎌ではなかった。妖光を発する反りの大きい刀であった。これぞ二刀流である。
「蘭咲夏代、破れたり!」
蛾蓮は双眼が裂けるばかりに見開き、両刀を振り下ろした。
―― 瞬間移動術。
それは、宇景も七田も使う術。夏代は、蛾蓮の視界から消え、標的を見失った蛾蓮の後方に平然としている。かわされた蛾蓮には凶暴な憤怒と殺気が充満し、周りの空気を捻じ曲げるかのようである。
外はもう薄暗くなってきている。すると、二階建ての民家の全ての部屋の電灯がついた。そのおかげで、民家の外の空間は幾分明るい環境になっている。家の周囲は、けっこう広い空き地と今は耕されることのない畑になっていて、蛾蓮と夏代が戦う条件としては十分であった。
誰に見られるということもない。
天空を占めていた黒雲が稲妻を奔らせた。
ふたたび蛾蓮は両手の妖刀をふりかざし、夏代をめがけて突進しようとした。
 グッ!
蛾蓮の臓腑がよじれた。動かない。足が動かない。すると金属と思えるような飛礫が次々と蛾蓮の体に突き刺さった。なんとそれは水が放たれたものであった。
夏代の右手に水鉄砲が握られているのがわかった。昔なつかしい子どもの頃手にして遊んだ水鉄砲。一直線に水は放射されるが途中から弾丸に変貌を遂げ蛾蓮を釘付けにしているのだ。水鉄砲の水に夏代は念力を施し恐るべき武器につくりあげていたのである。
 まさに究極の念力加工術である。
 水の弾丸は蛾蓮の全身を穴だらけにした。だが、そんなものは子どもだましにすぎず、魔種獣には通用しない。が、蛾蓮は意外な武器に一瞬めんくらったような表情をつくった。あのボールペンの時もそうだった。魔種獣も意表をつかれるのは苦手なのかもしれなかった。蛾蓮は、両腕を顔面で交錯させ、呪文を唱え始めた。ブガッ、ブガッとにぶい音がしたかと思うと、蛾蓮の傍に何者かが立っている。なんとそれはもうひとりの蛾蓮であった。
「ガッガガ―、コピー成功。こんな事、オマエにはできまい。蘭咲夏代!ガッガガ―」
すでに蛾蓮は水鉄砲の弾丸がぶちこまれた穴が塞がっている。本物の隣にいるコピー蛾蓮は、あきらかに物質化されているもので、幽霊のごとく実体のないものでいないのだ。本物同然にも等しい。
夏代は思わぬ展開に拍子抜けしてしまった。
―― チョット、私の方、不利なんじゃない……
「おや、そちら双子の弟さんかしら? お名前はなんていうのかしら?」
夏代の言ったことに、一瞬、蛾蓮は目が点になったように見えた。
「オマエにはミーの術がわからんのか? 手品で双子のもうひとりが出てきたと思っているのか、アホ!ミーの分身だよ。がっかりさせるな。だいたいオマエのような小娘に時間をかける必要もないだろう」
「ひとりのうら若き娘に、そんな怖い化け物がふたりががりだなんて、チョット卑怯なんじゃないの?」
「ハテ? 卑怯って、どういう意味? 卑怯だろうがなんだろうが、そんなきれい事が通用すると思っているのか。こっちは逼迫しているんだ。我が魔轟亡宮のドンであらせられる鬼藤様の命運がかかっているのだ。すでに邦魔と凶魅がそれぞれ青見都と七田に葬られている。これが緊褌一番。オマエは宇景と七田以上の役回りとなっているのだよ。気の毒にね。せいぜい健闘することだね」
ふたりの蛾蓮は、同時に猛然と躍りかかってきた。
夏代は雌豹のような双眸を光らせ、時空を引き寄せ投げ返すかのようにふたりの蛾蓮を睨みつけた。ハッと目を疑うような光景があらわれた。
ふたりの我蓮が宙に止まっている。動かない。ふたりの我蓮の相貌が歪んで今にも壊れそうだ。
―― 超絶の念動力の発動。
夏代は、渾身をこめて「力」を放ったのであった。
―― ズダーン!
不意の銃声。
―― ウッ!
夏代の左肩から血が飛び散った。夏代は間髪いれず、後ろを振り向くと同時にスナイパーを狙い定め、念力加工弾を撃った。弾道を直感でたどり的は定められていた。放たれた水は、矢のように細く長かった。蛾蓮にぶち込んだのは、拳銃の弾丸型であったが、夏代の背後から狙い撃ってきた者をめがけたのは、破魔矢弾ともいうべき究極的発展型なのである。スナイパーは10メートル離れた木裏から撃ったのだが、夏代の破魔矢弾は楯になっていた木をも通り越し、スナイパーを射殺することに成功した。破魔矢弾が2発スナイパーを貫いていた。ライフル銃を持っているスナイパーの眉間と心臓を2発は破壊したのである。スナイパーは、悲鳴をあげることも許されずあえなく絶命した。坊主頭の脂ぎった額が特徴的なその者は、鬼藤の腹心、長渡闇形でありその最期であった。その身体がそのまま蜘蛛の姿に変じたかと思うとネズミ花火のように燻り、あとかたもなく消滅したのであった。
夏代が銃撃を受け、それまで宙にとまっていたふたりの蛾蓮が夏代の念力の呪縛から解放されている。ふたりの蛾蓮がふたたび、夏代に襲いかかろうとしていた。
もはや蘭宇景夏代のエネルギーは枯渇したにも等しい。いまだかつて、これほど念力を放射したことはないのである。凄まじい疲労に見舞われた。夏代がたじろいださまに、ふたりの蛾蓮が妖刀で夏代の首を掻き切ろうとした。その時、
「グッ、誰だ!」
ふたりの蛾蓮が、またしても銃弾を撃たれたように穴だらけになっている。その穴は蜂の巣と変わりつつあった。闇の方へ目をやった。飛んできたのはパチンコ玉のようだ。闇の奥から銀球が機関銃のように炸裂し、さすがの蛾蓮も不動直立に自信はあったがよろめきざるを得なかった。不死身の蛾蓮に対して銀球は威力を示した。圧倒的な風圧だった。
人影がふたり近づいてくる。民家からもれてくる光が、近づいてくる者の姿を明らかにした。外はもう真っ暗な世界である。
「なっ、なんだオマエらは!」
蛾蓮は怒声を浴びせた。
「誰でもいいでしょ? アンタたちの相手はボクたちがしましょう。なんか不服でも?」
現れたのはクハンとヒュウ。端麗なふたりの若者が精悍な挑戦的な眼を光らせ、蛾蓮に立ち向かおうとしている。クハンとヒュウは、天点老師の弟子となってまだ3年に満たない。はたして彼らがどれほどの力を発揮できるというのであろうか。しかも名だたる「魔種獣」を相手に。
それぞれ蛾蓮に相対し、戦いが始まった。まったく似たような展開である。蛾蓮は妖刀を振り回しながらも、口から針のようなものを次々と吹き飛ばしてきた。針には猛毒が塗られているに違いない。クハンとヒュウの動きはすばやかった。針は掠めもしない。そのうち蛾蓮の眼は、疾さについていけなくなってきていた。夏代の強力な念力をまともにくらっているためか、動きが散漫になっているのだ。利いていた。ダメージを被っているのはまちがいなかった。蛾蓮は水の中で手足を動かしているよう感覚に陥ってしまっているのもしれない。ふたりの蛾蓮はクハンとヒュウの攻撃をかわすのはともかく反撃もままならぬようである。
クハンとヒュウの凄まじいまでの疾さと威力ある拳撃に蛾蓮は手の内ようがなかった。だが、なかなかクハンとヒュウもとどめを刺せずにいる。さすがにタフな怪物である。なんだかんだともちこたえているのだ。ややもすれば、弱ったと見せかけていきなり反撃してくるかもしれなかった。
夏代は、ライフル銃に掠められて負傷した左肩をハンカチで押さえながら、思いがけない救援に助かったと思い、離れて傍観している。
―― いったい、あのふたりは……
力が抜けたようにだるく、もはや念力は使えそうになかった。最悪なことに眠気が襲ってきている。とにかく今のうちに少しでも回復をはからなければと夏代は焦りにも似た思いが突き抜けた。瞼が重い。彼らの戦いを眺めているのもままならないといのにはこまった。朦朧としてくる。
クハンとヒュウ、ふたりの蛾蓮の戦いはまだ続いている。

雨が降りそうで降ってこない。寒々とした風が強くなってきた。
化け物の蛾蓮を倒すのはさすがに容易なことではないとクハンとヒュウは悟った。だが、クハンとヒュウはとにかく力の限り戦うしかなかった。クハンとヒュウのスピードは衰えをしらない。拳撃も打ちまくる。そんなクハンとヒュウの攻撃に受身一方で、相変わらず口から毒針を飛ばしては抵抗をこころみるが、とうとう、ふたりの蛾蓮は力が尽きたのか、動かず仁王立ちになった。
「クハン、ヒュウ! 離れろ!」
夜闇の天空から、恐るべき雷音の如く声がつんざいた。なんと10メートルほどの中空にあの天点老師が、両足を組んで座るようにして浮いているではないか。天点老師の発する霊光で漆黒の宙空がそこだけ明るくなっている。驚愕の光景―。
「おおっ、老師!」
クハンとヒュウは咄嗟にその場を離れた。
宙空の天点老師は、呪文を唱え、両手をかざし、ふたりの蛾蓮に向けて光を、「仙光電撃」を奔らせた。稲妻のような雷光が音をたてず、一瞬の閃きで、ふたりの蛾蓮の首を同時に刎ねた。ふたつの首がものの見事宙にとんだ。胴も地に倒れ、どす黒い血が辺りをぬらしている。するとボッ、という音がしてあっというまにふたりの蛾蓮の首と胴体が紅蓮の炎に包まれ勢いよく燃えはじめた。強烈な異臭がその場を覆っている。そして例のごとく、魔種獣・蛾蓮の死体はあとかたもなく消え失せているのであった。
この瞬間、蛇狂会・魔轟亡宮は滅亡ということになったのである。戦いの終わりを告げるが如く、漆黒の天空に、雷音が響き渡り、凄まじい雨が地面を殴りつけるように降ってきた。雨はいままで我慢していたのだろうか。容赦なく地面をたたきつけてくる。
夏代は、咄嗟に民家に身を寄せた。あのふたりの若者も民家に雨宿りしてくると思ったのだが、どこにも見当たらない。いなくなっている。それにあの空中の老人の気配もない。
―― あの老人、そのまま空を飛んでいってしまったのだろうか? いったい、あの者たちは……
とにかく私は、あの者たちのおかげで命拾いしたようなもの。彼等が現れなければ、いまごろ私はどうなっていただろうか―。
そう思うと夏代は、あの三人に感謝の気持ちでいっぱいだった。きっと仙家紋同盟と深いかかわりを持つ人たちなのだわ。そうでなければ、タイミング良く現れるはずがないのだと夏代は確信を持ったのであった。

降りしきる雨の音を聴きながら、ふっと、花坂京子のことを思い出した。蛾蓮との激闘、そして左肩を掠めた銃弾の傷の痛みで夏代は我を忘れていた。
腕時計に目をやると、10時を回っている。夏代はあわてて家中を探しまわった。なんとか体力が回復したようだ。体が動く。眠気も去った。あとは花坂京子だけであった。
花坂京子は、二階の部屋に閉じ込められていた。ドアは鍵がかかっていた。夏代は探しあてた道具を使って壊し、無事花坂京子を救出することに成功した。その部屋はかつては子ども部屋だったのだろう。勉強机と椅子、ベッド、マンガ本がある。ここの家族は借金で夜逃げしていったのだろうか。生活臭がまだある。花坂京子は、手足を縛られていなかったので難なく部屋から連れ出すことができたのであった。
それから、夏代は花坂京子を引きつれ、激しく降りしきる雨をさえぎるかのように急いで車に乗り込み走らせた。

死闘のはてに決着がついた暗がりに、雨は弾幕にように降り続いていた。

ガラスの割れる音がした。そのころ蛇狂会本部周辺も猛烈な雨にみまわれていた。
会長の大食氏蓮はめったにこの本部にいることはない。実質的管理を任されているのは副会長の鬼藤乗郎である。
鬼藤乗郎は、副会長室にひとりこもって、例の如くガラスの髑髏で蛾蓮と蘭咲夏代の戦いを傍観していた。机には蝋燭の火がともっている。停電があり、いつ復旧するのかまだ電気がつかないでいる。
鬼藤の妖眼が、鋭く吊り上っている。凶暴な憤怒と殺気が部屋中に充満している。ガラスが割れた音は、その怒りの鉾先が向けられたものであった。赤く血で塗りたてられた髑髏の首をすさまじい勢いで投げ飛ばしたため、窓からは荒々しく雨風が入りこんで来る。狂風が、部屋をかき乱し蝋燭の火はあばれまくって、ときおり消えそうになる。どこともわからない体の奥から生じた炎が、地獄の業火のように鬼藤の中で燃え狂っていた。
念のため送った腹心の長渡闇形はあっけない最期を遂げた。
―― 役立たずどもめが!
つきあがってくる吐逆のような怒り。もう少しのところで突然現れたふたりの若者と老人に邪魔されたという屈辱感が、鬼藤の口許に陰惨な笑みをにじませた。そして憂慮するように眉根を曇らせ、鬼藤乗郎はゆっくりと椅子から立ち上がったー。

はたして、光と闇の戦いに終わりは来るのか。
われら宙真賦同盟、宇景敢兵・七田寿達・蘭咲夏代はきょうも行く。
                                          ― 終 ―

―― あっー、やっと読み終わったわ。
あこがれの宇本晴寿との交際が始まり、幸福な気分そのものの、社木姫子は「誰のために戦記」を閉じた。そしていつものように、深い眠りについたのであった。


     参の巻  了 

誰のために戦記 ― 完 ―


3
最終更新日 : 2017-07-28 16:01:30

秘鑰三令陣

秘鑰三令陣

 

第一部  秘鑰三令陣(ひやくさんれいじん) ※魔物が支配する戦後日本に宙真賦同盟なる超人集団が現れる。
五春得仙師の側近、宇景敢兵・七田寿達・蘭咲夏代登場す。     


 

 秘鑰三令陣(ふうこうんりゅうさんれいじん)
                  
 仙士(せんし)


  五春得仙師(ごしゅんとくせんし)の部下である宇景敢兵(うかげかんぺい)は、仙師の側近中の側近である。宇景は中肉中背で見るものが見れば男前である。この八月三日で満三十一歳になった。
 今は東京に活動拠点を置いているが、それまでは日本国中を転々としていたのであった。東京は魔人(まびと)が多い。多すぎる。-それが仙士・宇景敢兵の落ち着く理由となった。
 その宇景、なんの因果か、東京で探偵をやることになった。もとより宇景は一匹狼気質の男である。適職など無きにも等しかった。「無頼漢」―― 宇景には似合っていた。ところがどっこい、天が味方したのか、奇跡的に? 港区にある三階建てのビルになんとか自分の探偵事務所を開設することができたのは、とってもラッキーマンというほかはなかった。この成功には実はこの三階建てのビルのオーナーのありがたい理解があったのである。
宇景が知り合いに、どこかええとこないか、と頼んだところその知り合いにたまたまこのビルのオーナーがいて探偵事務所なら安くしとくよ。と気軽にOKしてくれたのであった。
「宇景さんとやら、探偵を始めるのかい。儲からんとは思うがね。まっ、よくよく警察の邪魔はせんようにして、警察に協力してやってくれや。協力者が少ないから喜ぶじゃろうて。特別安くしとくでな。カッカカカカー」
 オーナーである老人は七十は過ぎているようである。頭に毛がない。見事なツルツルピカピカで光り輝いている。ここにきてようやく爺さんの人生も光り輝いてきたのだろうか。この爺さん、警察を引退してからは、今はいろいろ好きな事をやっているという。多趣味でいつも元気ときた。
「ああ、爺さんのおかげでなんとか金儲けができそうだよ。ありがとさんよ。爺さん、長生きするぜ」
 宇景は事務所に寝泊りしている。住居兼用という次第だが、事務員を雇う余裕などあるはずもなく、あればピチピチのギャル、カワイコちゃんを採用して、いっぱいお話なんかしちゃうのだ。と宇景はいつも胸をときめかせていたものである。


 ところがどうだ、この現実は……夢物語か……。
  
 余談はさておき、宇景敢兵は、中国拳法・八卦掌の使い手でもある。探偵の宇景がボクシングや空手などの並みの格闘技のたしなみはあるようには、人には見えても、驚愕の超人拳法家であることは誰も知る由もなかった。
 宇景は、若干二十歳の時に中国に渡り、五春得仙師の盟友である天点老師に師事している。では八卦掌とはいかなるものなのであろうか。「八卦掌」とは、太極拳・形意拳とともに三大内家拳と称される「気」の拳法である。
一般に拳法は、相手を攻撃するとき、多少回りこむことはあっても、前後、左右、斜めの線に対して直線的に動いていくが、八卦掌はすべて円形ないし回転的に動く。そしてその動きは、まさに竜がうねりつつ舞っているように見えるところから、よく竜形八卦掌とも呼ばれるものである。
 また八卦掌は「暗拳」ともいわれ、全く意表をつく技が多く、相手の体の下へもぐりこんだり、後にすばやく回りこんだりして、相手を面くらわせながら、打ち、蹴り、投げ、指先で突くなどの、思いもよらぬ角度や方向から繰り出して、相手を倒してしまうものなのである。
 中国拳法の中でも八卦掌はもっとも高級にして深奥なものであるといわれ、それだけに修行を完成させることが極めて困難とされている。
 そんな高度な八卦掌に関わることになった宇景だが、宇景は幸運にも先天的素質に恵まれていたというほかはない。それは余人の思惑をはるかに越えて驚嘆に値するものであった。人が十年かかるところを、宇景はわずか二、三年でクリアできたのである。そして凄まじい修行の過程で驚くべき身体能力を獲得するに至り、今では自ら創意工夫した技を編み出すほどにまでになっていた。
だが、かといって宇景が八卦掌を極めたのかというと、極めたことにはなっていなかったのである。
たとえ技法は完成したとしても、秘伝・究極奥儀は、四十五歳にならなければ伝授されないと人伝に宇景は聞かされていたのである。ここでことわっておくが、実は宇景が学んだ八卦掌は「天点老師の八卦掌」もしくは「天点八卦掌」なるものである。世に名高い、薫海山―伊福―宮宝田の流れを汲む八卦掌とはいささか趣向を異にし、老師独特の技法が織り込まれているものなのであるが、それは薫八卦掌をさらなる磨きをかけたものだいえば、きこえは良いが、伝統的八卦掌とは一線を画すというのが妥当なところではあろう。
 しかしながら、なんだかんだ言っても、練習(努力)にまさる天才なし。継続は力なり、だ。およそ拳法を修行する者は、型の反復練習を何度も繰り返すことになるが、まず初めに正しい姿勢で型を正確に覚え、次に型に含まれる技法の本当の意味や拳理を理解し、ついには型を超越して自分を表現できる段階まで長期間の練習を行うことが必要とされる。そして練習によって「正しい呼吸・正しい動き・正しい姿勢・正しい心」が一致することによって、おのずと「道」が開けてくるのである。
―― 明日なき闘いに幸あれ。

 拳聖(けんせい)
 
 

 世に出た拳法の大家に「陳家最後の名人」陳家太極拳陳発科(ちんはっか)、「半歩崩拳あまねく天下を打つ」形意拳郭雲深(かくうんしん)、「少林の衣鉢(真の奥義)を承ぐ蟷螂拳」蟷螂拳創始者王朗(おうろう)、「李書文に二の打ちいらず」八極拳李書文(りしょぶん)などがいるが、世に隠れて彼らを凌駕する実力者もいたのである。
 それもそのはず、中国では武術を志す者は
「武術家は人と対するに、武術を以ってせずに、武徳を以てす。」と教えられる。これは他人に対して自己の腕前や、武術の威力をほのめかしてはならない。という教えである。そして何よりも中国拳法は「心の絆」を第一とするのである。拳法の精神ならずとも人は知るべきであろう。
 宇景は二十五歳の春、日本に戻り修行を続けることにした。修行はどこでもできる。それに俗世間に紛れ込み「仙士」としての仕事が与えられる時が来たとのことであった。中国にいたのは五年程であったが、激烈を極める修行はさすがの宇景も一年が十年にも感じられるものであった。だが、老師から課せられた難題を次々とこなしていった自信はゆるぎないものになり、さらなる向上心が宇景をして昂ぶらせた。宇景の天才は開花しつつあると言ってもいいだろう。その持って生まれた圧倒的爆発的エネルギーを拳法修行につぎ込んだがために、
 宇景は自己の破壊を免れたようなものだったのかもしれない。それほど自己喪失の危機に陥れるほどのエネルギーといえるものだった。まるで「破壊神」が宿っているかのような、この男のずば抜けた破壊的なエネルギーは霊的昇華を果たし、もはや人間守護の鬼神の如く躍動し始めたかのように見えたのであった。
 せっかくだ、エネルギーは有効に使わなければならない。
 ―― 不祥を祓い、吉祥を呼ぶ力よ。

 

春雷(しゅんらい)

 
―― 五春得は良い部下を持った。
 天点老師は宇景の練習を見るたびにそうつぶやいた。
 実は、「天点八卦掌」の創始者である天点老師だが、拳法の専門家というわけではない。本業は仙道士であり仙術使いである。拳法は趣味の範疇でしかないという。そんな物凄い趣味を持つ天点老師だが、本拠地の中国では無名の存在である。知っているのは、人跡未踏の山奥に棲んでいる者ぐらいだろう。
 この天点老師、わが日本のたんたん仙師とどういう縁で盟友関係を結んだのか一切不明、謎であるが、なんとたんたん仙師とは齢五十もはなれている。こういえば、ふにゃふにゃのご老体と思いがちだが、その肉体は頑健そのものであり二十代の筋力を保っている、想像を絶する高齢者であった。
しかもこの天点老師、その仙力たるや超絶的でファンタジーでほれぼれするものがあるといわれているのだ。変身術が好きで、なんと空飛ぶ鳥になれるのであった。物老ゆれば怪を成すとはこのことだったのか? 無論、駆邪の法にも長けているのだから、とにかくすごいというほかはないだろう。
 妖魔邪神との戦いにおいては、どれほど力があっても足りるといことはないだろう。そんな天点老師ゆえにたんたん仙師は絶大なる信頼を寄せているのであった。
そして 宇景敢兵もまた拳法のみならず、方術をも修行する身であった。
 いつであったか、中国山中で、拳法の修行中に不思議な人物に出会った。このような山奥で人などに会うことがあるのかー。その者は、宇景に一巻の巻物を手渡し、
「この巻物には雷法という方術が記されている。お前は雷法を行う者である。」そう言って、謎の人物はどこともなく消え去ったのであった。見るとその巻物には「雷法の巻」と書いてある。開いてみると、
「雷法とは、雷の力を呪術の力の源泉とし、雷部に所属する神将・神兵を使役して様々な目的を達成する呪術である。雷は天刑の執行者である。雷法は、悪鬼邪神を制圧する強力な威力を持つものである」
と、ざっとこのようなことが書かれてあった。
 うーむ、「雷法」……か。俺は拳法の修行で忙しいんだがー、いったいあの者は何者だというのだ。どうも引っかかる。まっ、これも縁というものかもしれん。一念発起、青見都は謎の人物がもたらした仙道方術「雷法」に取り組むことにしたのであった。八卦掌と雷法の両立は難儀を極めるかとおもわれたが、この不撓不屈の男にとって拳法と方術の両立は車の両輪の如くであって、余人が考えるほど困難なことではなかった。それもそのはず、青見都八祥は生まれながらの「仙士」だったからである。なんのことはない。
 さて、中国山中で現れた謎の人物から授かった巻物は不思議であった。
 最初、全部読んで暗記したつもりであったのが、もう一度読み返してみると、最初に読んだ時になかったことが記されてあったりした。
 おかしいな、気のせいか? 俺はこれでも暗記力には自信があるんだが……。ヘンでない、ヘンでない?
 それは例えば「十字経」というものであった。「十字経」とは、「九天応元雷声普化天尊(きゅうてんおうげんらいせいふかてんそん)」の十字のことであるという。
 この十字経の雷声普化天尊とは、通称を雷帝ともいい、万霊の師とされ、地獄に落ちた人間を天界に救い上げる権限を持っている。雷帝の直属の部下が、雷部二十四神で、悪行を重ねた者を殺すという。かの五雷元帥(雷公)も雷帝の部下である。
―― 零神よ行け。
 強力な呪力を持つこの十字経は、雷部の神を呼び、邪を制する法である。また、この法は身に覚えのない災い、天の道理を無視した悪霊や邪鬼の行動に対して行じられるものである。とあった。ところがまた三度目に読んでみると、どうしたことかあとかたもなくその文が消えてしまっているのであった。(つまり一回目・なし、二回目・あり、三回目・なし、ということ)
 これはいったい………。
 宇景は巻物に対し神妙にならざるを得なかった。まさに「雷法」は拳法一筋であった宇景敢兵に転機をもたらしたのであった。

 闇闘(あんとう)
 
 

 十二月の東京は寒い。深夜一時頃、宇景は港区にある、いつものパブで飲んで、ねぐらに向かって寒風が吹きすさぶ人気のない歩道を歩いていた。彼女とのデュエットは良かった、良かった。今年も有終の美が飾れたな。宇景は少々うかれた気分になっていた。ふと気がつくと暗がりの向こうから、寂しげな口笛を吹きながら近づいてくる人影がある。よく見るとそれは野球帽らしきものをかぶっている。両手をズボンのポケットにつっこんで威圧的だ。靴音が、静まり返る真夜中に、その寒々とした空虚な口笛とともに響きわたった。
 冷え切った霊気……。
 野球帽は、消えかかっている街燈の下で、丁度宇景と向かい合った。
「あんただな、宇景敢兵とは……」
 野球帽は年の頃は二十歳前後の若者のようであった。帽子の影で目は隠れているが、今にも消えそうな街燈の光で照らし出される白い顔が殺気をはらんでいた。
「そうだがー、俺になんか用か?」
と宇景が答えるやいなや、野球帽は両腕を振りかざし、挑みかかってくる構えを見せた。
 むっ、その構えは蟷螂拳……。
 野球帽は不気味な笑みを浮かべ、ピュッ、という風を切る音とともに拳撃を放ってきた。が、そこは百戦錬磨の宇景、なんなく身をかわす。条件反射で体が反応するのだ。
「おいおい、なんのつもりだ。」
 宇景は不意の刺客にせっかくのほろ酔い気分をだいなしにされたようで、不愉快になってきた。
「クッククク…」
 野球帽は躊躇なくなんの遠慮なく構わず次々と拳を突き出してきた。
「なんだ、なんだ、寒いからあったまりてえ、ってか?」
 宇景は野球帽の攻撃をかわしながらウォーミングアップを始めた。不思議な足さばきで、クルリクルリと回転しつつ、さまざまに手を変化させ動いてみせた。それはまさに竜の動きで、雲を呼び風を渦巻かせる、変幻きわまりない動きであった。野球帽はさらに軽妙迅速に技を繰り出してきた。だが、その速さもむなしく見えた。
 宇景は野球帽の前にいたかと思うと、次の瞬間、その背後に回りこんでいて、野球帽が拳を繰り出してくると、急激に体を低くし回転し、回転しつつまた上昇するといった具合なのである。全くとらえどころのないものであった。
このような応酬が十五分程続いたであろうか。
「若造、なかなかやるじゃないか」
と言った宇景の一瞬のスキをついて、野球帽はここぞとばかり渾身の一撃を打った。
 見事それは宇景の顔面に炸裂したかに見えた。だが宇景は何事もなかったかのように平然と突っ立っていた。さらにもう一撃が、宇景のわき腹に命中したが、またも何事もなかったようにしている。
「ふっ、だいぶ温まったぜ若造。今年度は暖冬かもな」そう言うやいなや、ヒュッ、と風を切る音とともに、宇景の右陰掌が野球帽を捉えた。今まで受身にてっしていた宇景のいやいやながらの?反撃であった。その衝撃で野球帽は凄まじい勢いで五メートルほど宙に舞い飛んだ。ところが、そのまま地に倒れ落ちるかと思いきや、やはり野球帽は並みの拳術使いではなかった。猫かリスのように一回転しながら足から地に着いたのであった。その身のこなし、鮮やかというほかはなかった。「もっと真剣に相手にしてくれない? さすが、天点八卦掌継承者の宇景敢兵。あんたの八卦掌、面白かったよ」
そう言い野球帽は忽然と宇景の前から消え失せたのだった。
「―小癪なマネを……」
 あの野球帽の若者は超人・宇景八祥が手加減していたのを悟っていたのである。
しかも天点八卦掌を知っているとはタダ者ではなかった。再び相まみえる時が来るやもしれぬ。
 無敵の拳士・宇景敢兵は一陣の烈風とともに暗く寝静まっている街へ消えて行った。

 剣仙(けんせん)
 
 

 五春得仙師の側近を務める二人目の仙士は、その名を七田寿達(ななだじゅたつ)という。宇景と年齢が同じだが、半年程遅れて二月九日にこの世に生を受けている。
 七田は文筆業で生計を立てている。何を書いているのかというと、政治、経済、教育、スポーツなど多方面にわたる評論から、伝奇小説、剣法小説も書いている。七田自身、なんでも興味を持つ好奇心旺盛なところがあり、なんにでも口を出さなければ気がすまない性分であった。されど物事は知れば知るほど自分が無知無能な低俗な存在であることに気づく。他人より少し物を知っている程度にすぎない。
しかも自分の意見に万人が賛同同調するわけではない。広い世界に接して自らを謙虚せしめるは、すばらしいことであろう。知ったかぶり人種の台頭は著しいものがあるが、これは破壊的衝動を引き起こす好ましい人々ではないだろう。肝心な事は知らないのである。
 七田は察しの通りレパートリーが多岐にわたっているわけだが、こまめにマイペースでやっていて、無理な仕事、気分の乗らない仕事は、いっさい引き受けない主義であった。もっともたやすくことわれるほど依頼が多いとはお世辞にもいえないのだが、わがままといわれればそれまでである。
 だいたい七田はこれで、物書きで財を成そうなどとは考えてはいないのである。何事もほどほどにしとくのが良い。それが賢明な生き方というものだ。
しかし、なぜか大田区の豪邸に住んでいるというのは、いったいどうしたわけであろうか? とても七田に似合うもんじゃない。ふだんから、ビンボくさいと定評のある男である。金持ちの真似ができるような者ではないと誰もがそう思っていることは確かである。
 実は、友人の作家が思わぬ借金をつくり、そのためあげくのはてに、この家を売りに出したのだが、アカの他人に住まれるよりは懇親の七田に住んでもらいたく、友人の作家は七田に無理を承知で買ってもらったのであった。七田自身、頼まれると意外とことわれぬナサケナイところがあった。世の中、保証人破産で身を持ち崩す人が多いのである。うっかりハンコを押すわけにはいかないものだ。それにしても七田に豪邸を買い取るそんな大金があったのか? まさか借金してまで買ったわけじゃないだろう。
 実は、七田は気軽に無造作に適当に書いた、書き下ろし小説の剣法物が、予想に反して大当たりして、予期せぬ一攫千金の幸運が貧乏作家の七田寿連に訪れたのであった。作家が皆憧れる夢の印税生活が訪れたのである。まこと、世の中なにが起こるがわからない。七田はそれで、パソコン、自動車、書籍、犬猫、そしてお金を生む原稿用紙を買ったのであった。そして豪邸はその余りで?
やむなく買い取ってやることができたという次第なのである。「余り」が友人の作家を救うことになった。が、預金をほとんどはたいてしまった七田は先行き不安になってきたのは当然であった。妻子がいれば尚更のことである。いなかった。 その迷惑な気の乗らなかった中古住宅の友人は、一生、恩は忘れない。といい残し、イギリスに渡ったのだった。
「おーい、彼女!固定資産税諸費用どうすりゃいいんだ」
 剣仙・七田寿達に女難がふりかかったか――。


  風声(ふうせい)

 ―― 音なきを聴き、姿なきを観る
 七田寿達は、身長は170cmあるかないかの痩せ型ではあるが、その容姿は非凡なカッコ良さを感じさせる。ファッションは、白のポロシャツと黒のズボンが定番である。
が、たまには黄色とか青なども時と場合に応じて着こなすセンスがあった。五春得仙師の若い頃を彷彿させ、いかにも若い娘にもてそうなのだ。さっきビンボくさいという定評があるといったが、それはそれで素直に受けてもさしつかえはない。ビンボくさいのである。
たいしてそれが、七田寿達のイメージダウンになるといものでもないのである。世の中、「あら探し」を得意とする者が少なくないが、いちいちそんな奴らの言う事は気にしている暇がないのである。顔は色白の二枚目タイプで、薄い黒ぶちのメガネをかけている。が、メガネをかけた作家というネクラなイメージとはうらはらに、どこか精悍さを漂わせているのが、七田寿達という常識離れした男であった。また、七田はさすがにこの世の者たちの「嫉妬」を呼び起こしてしまうほどの才能者であった。実にこの世の者とは思えぬ程の異能の持ち主で、それゆえに知る者はおなじ人間だとは思わないことになるのであった。
 超人・宇景敢兵は中国拳法を得意としているが、対して七田寿達は剣の達人である。
 現代剣道はスポーツとして、打ち合い、当てっこになった。剣は本来、四肢五体の操刀術である。それに剣の極意、秘伝といったものはもともと、技術といったことよりも精神上の消息というところにある。さらには、極意は修練を重ねた者しか機微がわからず、その機微が生死を分けることになるのである。もっともこれらは人間相手の話ではあるがー。剣の使い手である七田は、無論人を斬るのではない。斬るべきものは、異界の魔物の類であった。人間相手の剣理は魔物には通用しない。魔物相手の剣法があるのだ。
 この世で、この現実でその魔物と出くわす機会の多い七田は、なんと諸君驚くなかれ、空中に刀を隠し置くことができるのである。なに?驚くほどのことでもない?あっそっ。それゆえ七田の刀は常に七田の身辺にあり、危急の際にはいともたやすく刀を抜くことができるという按配なのである。な、なんと都合の良い話なのだろう。うまいことを考えた。考えた作者がすごい。都合の良いついでに、七田寿達の愛刀は並の刀であろうはずがない。霊剣である。七田の霊剣は強力無比の力を有し、魔物の恐れるところであった。その名を「龍光風紋(りゅうこうふうもん)」という。見た目は日本刀の形をしているが、七田寿達にしか使いこなせない、とされているのである。
 わが国の有名な剣法家に、「新当流」塚原ト伝、「新陰流」上泉伊勢守信綱、「柳生新陰流」柳生石舟斉、「二天一流」宮本武蔵、「一刀流」伊東一刀斉、「北辰一刀流」千葉周作、「無刀流」山岡鉄舟、「示現流」東郷重位などがいるが、彼らが、七田寿達の剣技を見たら、びっくり仰天、目を回して卒倒してしまうだろう。それも、あたかも生きているかのごとくに感じられる霊験「龍光風紋」に因るところも大きいだろうが、七田の剣さばきも神業というべきものがあるのだ。ついにはこの両者の力が相俟って降魔が達成されるのである。
 七田寿達といい、青見都八祥といい、その力は悪鬼・妖魔・邪神と死闘を演じる者にだけ与えられる「特権」というべきものなのであろう。

  北斗(ほくと)
 

 ある日、七田はたまたま寄った古本屋で、忍者が持っているような巻物を見つけた。その古本屋にはさまざまな骨董品も置いてあって、店の半分を占めていた。七田が見つけた巻物は骨董品が置いてある所に隠れているようにあったのである。手にしてみたところ、その巻物には「禹歩の巻」と表示してあった。七田は誘われるかのように、中身を呼んでみたくなった。「禹歩」の法は形と手順そのものの秘儀である。じつにあらゆる方術は、しかるべき形と手順をもってしなければ力にはなりえず、方術が方術としての効力を失ってしまうのである。禹は中国古代の夏の始祖といわれる伝説的聖王で、治水に功をおさめた。何らかのまじないを行うときや、呪いを封じ返す場合に、この「禹歩の術が行われることが多く、あらゆる呪法の基礎とされている。この日本においては「反閇(へんばい)」に変化した。云々……と、ほかにも何やらわけのわからぬ事柄が記されてあった。
 その時、七田は、巻物が微かではあるが、一種の光を放っているかのような感覚に捉われた。
 これはひょっとして霊書かもしれない。思い立ったが吉日だ。
「婆さん、これもらおうか」
 古本屋の番をしていたのは、年老いた白髪頭のひとのよさそうな婆さんだった。
 老眼鏡がいまにもずれ落ちんばかりに、うとうとと心地好くしていたところに、不意に七田の声に起こされ、ばあさん不機嫌そうに七田をジロリと見た。
「あんた、誰? あっ-、そうかお客さんだったね。そりゃ何だい? そんなのがあったかい。実はの、この店はこの通りボンヤリしておるが、妙なことに物を盗まれるってことがないんだよ。自慢じゃないがね。ヒッヒヒヒヒ。それどころかあんた物を置いていくもんが後をたたないんだわ。面白い店だろ? ヒッヒヒヒ……、何? ゴミ捨て場と勘違いしているって? まっ、
ええじゃないか、リサイクル、リサイクル。まっ、あんたの欲しがっているその巻物もそんなところだろうね。お金はいいから、あんたにあげるよ」
 気前のいい婆さんじゃないか-
「そうかい、そりゃうれしいね。こりゃ掘り出し物だと私は思ったんだがね。じゃ、この巻物のお礼といってはなんだが、私の本を置かせてもらおうか。こう見えても私は作家なんでね。書物には敏感なタチなんだ。そのうち、この私の本を高値で買おうとする者が来るかもしれんから、その通りにするんだよ。わかったかい婆さん」
七田は良い事であろうが、悪い事であろうが、なんでも倍にして返す主義であった。
 さて、七田が出遭った「「禹歩法」は中国で宇景が授かった「雷法」と並ぶ仙道方術である。なんと奇しくも同じ頃、ふたりはそれぞれの巻物を手にしたのであった。
 七田は自宅、友人からやむなく買い取ってやった豪邸で、古本屋伝授? の「禹歩法」を行じてみた。頭で覚えるのもなかなかしんどいものだが、実践にこしたことはない。七田にとって「画餅」に用はないのであった。はたして「禹歩」は単純明快にして奥が深い。これは確かに七田の好みに合っていた。七田はいい物をもらったと、ひとりほくそえんだ。
 七田寿達の「禹歩」は「トンロウ、コモン、ロクゾン、モンゴク、レンジョウ、ムゴク、ハグン」と、北斗七星の名を唱えながら踏み行うものである。「禹歩」は七田寿達の霊力を高めるメソッドともなった。「禹歩」を覚え、七田の力は飛躍的に向上した。ただでさえ非凡な能力者の七田寿達がである。
 ―― 悪星を踏み破り、善星をよび醒ませ。

 
 緑獣(りょくじゅう)   

 ある夜、七田かぐっすり熟睡して寝ていると、突然、ドカーン!と何かがぶつかったのだろうか、はたまた爆発したのか、とんでもない衝撃音がした。この近くだ。七田はすぐさま飛び起き外の様子を窺った。目の前は自宅の庭である。 庭は日本庭園風で大きな池があった。池が気になった。池を見ると、な、なんとその池の中に、月明かりに照らし出された、カバのような、牛のような全身が緑色に発光する皮膚におおわれた、なんとも奇態な怪物がいるのがわかった。
「うっ、何だ……、こいつは……」
 さすがの七田も度肝を抜かれた。「平静」を保つのが、能力発揮の生命線だというのにだ。七田は一発かまされたという屈辱感を味わった。その怪物は未だかつて見たこともない生物であった。七田はそれが、地球の生命体でないことを直感した。ウルトラマンの世界だ。シリーズの中でも七田はウルトラセブンと帰ってきたウルトラマンが好きだった。ウルトラセブンのカプセル怪獣が気に入っていて、自分もああいうのが欲しいと思っていたものである。あのカプセル怪獣をためしに目の前の怪物と戦わせてみたかった。。もっともセブンの場合はセブンがピンチに陥った場合に時間かせぎにしか役に立たないシロモノではあったがー。突然の訪問者であるその怪物は、一見、凶暴凶悪なふうではなく、襲い掛かってくるそぶりを見せるわけでもないが、油断を誘い、いきなり悪魔の本性を表わすかもしれんのである。七田は怪獣の動きを窺った。すると、その突然出現した緑色に輝く怪獣は、すぐさまテレポーティションの如くスッと消え去った。この謎の怪獣を目撃した七田はしばらくの間、衝撃の余韻に取り付かれる有様であった。およそ、七田が相手をする魔物はほとんど人間の形に近い物であり、あのような怪獣はいささか場違いといほかはなかったのである。「ちょっとレベルが高くなってきたんじゃない?」七田は、自らを奮い起こし難敵を迎え撃つ態勢に入ったのであった。
そんな奇怪な事件から一週間程たったであろうか、宇景から七田に電話があった。
「七田か、どうだそっちは、相変わらずか? 俺はこの前、飲んだ帰りに妙に謎めいた得たいの知れぬ若者に出くわした。そいつはこともあろうかこの俺に攻撃を仕掛けてきたんだが、蟷螂拳を使い、若いのにすこぶる腕が立つ。それにどうも日本人とは思えんのだ。それでだ、お互い近況報告ということで、久しぶりに蘭咲夏代と三人で話をしないか。」宇景は自分が狙われたことに、探りを入れたかったのであった。
「ほう、そんなことがあったのか。そいつはただの腕だめしというわけでもなさそうだな。おそらくわれわれが「仙家紋同盟」だと知ってのことかもしれん。じつはこっちも妙な化け物に遭遇したよ。未知との遭遇ってやつだ。誰の使いか知らんが、なにもせず消え去ったがな。じゃ、三人集合で決まりだ」

  

 盟友(めいゆう) 

 宇景敢兵、七田寿達、蘭咲夏代の三人は、宇景探偵事務所に、夜の九時に集まることにした。
 宇景のところには、ビール、日本酒、ブランデー、ウイスキー、焼酎、梅酒、黒酢、発泡酒など酒屋のごとくなんでもござれであった。お客さんが、飲み物には不自由しないようにということなのだろう。
宇景の気配りが感じられた。それに七田と夏代も酒は好きなほうである。酒は飲んでも酒に飲まれるようなドジではないが、饒舌になり場を盛り上げようとして陽気になるタイプであった。基本的に月に一度の盟友三人の会合だが、この時だけは日常の緊張感から解放される楽しいひとときにはちがいなかった。三人にとっては「祭り」なのであろう。
 さて、集合の約束の日、宇景は仕事を終え、もっとも探偵業は24時間勤務のようなものだが、夕方5時には事務所でテレビを見ながら待機していた。たまたまこの日は、某高校長の浮気調査が終結、解決に至り、依頼者の校長夫人から謝礼の1000万円を、いや60万円を頂戴し、ホクホクの日なのであった。
宇景敢兵探偵事務所は月に一度はこんなボーナスがころがりこんでくるのであった。宇景はこれでも七田よりは稼ぎはいいつもりだと確信しているのであった。宇景敢兵探偵事務所の謝礼はいくらと決まっているわけではない。依頼者の気持ちに委ねているシステムなのである。貧しい、こまっている人からは謝礼はもらわず、それどころかタダで引き受けたりー、それどころか宇景自身がお金をあげて調査してやるほどの実に面倒見の良い、こんなことありえないような探偵なのであった。
 もっともそこまでするのは、宇景の心が悲しく揺れ動いた場合に限られてはいたが……。ともかく、貧乏探偵宇景敢兵にとって謝礼金はありがたいものであり、うれしいボーナスであり、これがないとタダでさえせつない活動資金のやりくりに困ることは確かであった。仕事は一応、すべてひとりでこなしているのだが、さすがにアルバイト・人手が必要な時もある。その経営は複雑怪奇で、宇景がいかなる人脈を駆使して仕事をしているのか、誰も知る由もなかった。いったい宇景敢兵探偵事務所は黒字なのだろうか?
 
 

天晶(てんしょう)
 
 

 さて、三人約束の日、夜の8時半頃、宇景はソファに座り、ウーロン茶を味わいくつろいでいた。すると、
トントントンと事務所のドアを三回ノックする者がいる。
「私、夏代よ」
 蘭咲夏代(らんざきなつよ)であった。蘭咲夏代は二十五歳。宇景、七田のご両人とは六歳ほど離れている。もちろん独身だが、一見してこのうら若き娘が、美人アナウンサーや女優には見えてもブティックを三店経営する辣腕女性実業家とは、誰の目にも見えないだろう。そして男ふたりよりもお金持ちなのである。行く末は経団連会長かもしれんぞ。
「敢兵さん、七田さん、お金の貸し借りはなしよ」
 宇景も七田もかたなしであった。
―― ほかに借りるアテないんだけど……
 蘭咲夏代は、顔は丸顔だが、ロングヘアがよく似合い、眉毛の付近で前髪をカットしているのがなんとも可愛らしく、また不思議な色気を感じさせる娘だった。夏代は中国人でもないのに、美脚が見え隠れするチャイナドレスを着ていることが多かった。これは、たんたん仙師の好みに合わせているのだということは明白であったが、今日はたんたん先師がやってくるというのでもなしに、黄金のチャイナドレスに身をつつんで現れたのであった。
五春得仙師は蘭咲夏代に「ことづて」を預ける場合が多く、実際三人のうちでたんたん先師と会う機会が一番多かったのである。
 そしてふたりはメルトモでもあった。

 
  女仙(じょせん)    

 おっと、このうら若き蘭咲夏代にも巻物があった。盟友・宇景敢兵、七田寿達が所有する霊宝・仙道伝書である。
蘭咲夏代の物は「禁呪(きんじゅ)」であった。 
 超自然的な力を借り、危害を加えるものを呪縛したり、邪悪なものを祓い除いたりする方術を「禁呪」というのである。古代の人々は、呪文や巫術で「神の力」を借り、鬼神をコントロールしようとしたのであった。病気も悪い鬼神に取り付かれるため起こると考えられていたので、呪術的治療である「悪魔祓い」にも禁呪は広く用いられていた。
 「抱朴子(ほうぼくし)」に禁呪の法は霊験あらたかで、「気」によって行う。これを知っていれば、疫病の大流行している地にも入れるし、病人といっしょにいても伝染しないと記されている。この禁呪は、仙人の使う術として代表的なものであった。
 たとえば、年齢は数百歳ながら、姿かたちは二十四、五歳にしか見えなかったという女仙・徐仙姑(じょせんこ)も禁呪に優れていたという。
 「太平広記」に、この女仙は、術を用いて全国を旅し、名山景勝の地を訪ね、山中や林の窟、僧院などに宿泊することたびたびであった。女の一人旅だったため、いたずらをしようとする悪僧などもいたが、凄みのある術・禁呪を使い、彼らを金縛りにしてしまったというのはよく知られている。
 禁呪はオールマイティな護身術でもある。蘭咲夏代の「禁呪の巻」の最後には「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・前・行」
の九字を祈れば、いかなる害をも避けることができる。と、締めくくってあった。ところで、蘭咲夏代は、いかなる因縁でこの巻物を手に入れることになったのであろうか。夏代は犬を飼っていた。黒の雌の柴犬なのだが、ある日犬を連れて散歩に出かけると川原に来ると突然犬が駆け去ってしまった。しばらく見失ってしまったのだが、ようやく戻ってきた犬を見ると何やら口にくわえているではないか。犬からくわえている物を取ると掛け軸のような物だった。誰かが捨てていったものなのだろうか、かなり放置されていたように見えてそれはゴミ化していたのであった。中を開いてみると思ったほど傷んではいなかった。
このことを五春得仙師に打診してみると、それは天が君に授けたものであろう。所持しておきたまえ。という答えであった。かくして夏代の「禁呪の巻」が出現し、宇景の「雷法の巻」、七田の「禹歩の巻」と三仙士三巻が揃い、「仙家紋同盟」の絆が確立されたという次第である。


 奥儀(おうぎ)    

 仙道方術は、ほかにも符法、奇門遁甲、風水術など多彩に陣容を誇っているわけだが、ひとつの方術をきわめるのさえ困難なものである。だが、極めれば多大な効験をあらわすことができるとされている。
 「一法奇瑞」のことわりに則り、宇景敢兵、七田寿達、蘭咲夏代は、それぞれ縁を結んだ方術のエキスパート・テクノクラートとして、わが先人未発の「仙家紋同盟」の強力な仙士として組み込まれたのであった。
 それはまさしく、神仙道最高奥儀「○○○」の遂行者である、五春得先師の大いなる戦いの幕開けというべき「仙家紋同盟」の聖なる誕生であった。
 かく言えばかく成る。
   「この世の穢れた言霊を
            祓ひ給ひ清め給へ」

 皇国日本の「日本玉体信仰」の本質と真意を悟得することは、自らの「霊格・霊智・霊能」の向上につながるであろう。人間苦闘にまみれる、混濁の世は、夢、幻だというのか。
 たとえば、この世に勝負というものがあり、その勝負に負けということになっても、むしろ勝ちとなった敵の方に災いが及ぶ場合もあろうかと思う。世の中にはイカサマ師まがいに勝ちを奪い取る者がいるものだ。
 「至誠至信至愛」に優る勝ちはない。艱難辛苦汝を玉にす。のことばがある。
されど、必ず報われるかというと、「神も道に勝たず」の道があるのである。


  外伝(がいでん)   
  
 私は夢を見た。夜も明けようかという暁の時である。
 三羽の鳥が宙に並んでとまっていた。私にはそれらがハヤブサかタカのように思えた。
 向かって左の鳥はガブリエルという名であった。真ん中の鳥はミカエル、そして右の鳥、その名はサマエルであると私は思念(想念通信)で知った。
 すると突然、どうしたことか、サマエルという名の鳥がまたたくまに飛び去って行ってしまった。
 いったい、どこへ飛んで行ったのだろう。
 夢から覚めたのはまだ暗い午前五時、この日は早番勤務で朝早く家を出、薄暗い中を車で会社に向かった。
 暁の濃霧がたちこめる異様な視界の中、私は車を走らせていた。途中の陸橋の脇にカラスの大群が割拠し、空恐ろしく鳴きたてていた。
 あとで思ったのだが、カラスの大群は私にその先の危険を教えようとしていたのかもしれない。ひょっとして、その中に三本足のカラスが……。
 そのような仰々しさにもかかわらず、その時の私は、第六感がはたらくまでもなく、ただ、なんとうるさいカラスともだ。
と思っただけで、運転はやめられようもなかった。ところが……
―― 交通事故に遭遇するとは……。幸い大過なく、これといった後遺症もなく今日に至っているのだが、交通事故の恐ろしさを心底思い知らされたというほかはない。
 今思えば気になることがある。この交通事故の二、三週間前であったか、日は確かでないが、こういう事があった。
 その者は職場の者であった。年は五十歳代で坊主頭の出稼ぎ労働者ふうの男であった。会社のパートで働いていたらしく、私とはほとんど見ず知らずの者である。ところが、その坊主頭の男は私のことを知っていたらしく、モーションを仕掛けてきた。仕事勤務が終わってさっさと帰ろうとしていたところ、坊主頭の男が「俺をちょっと、そこまで乗せてってくれないか。」という。私はふいを突かれた感じだった。何も私に頼まなくとも、ほかに誰かいたはずである。変ではなかろうか。この私が男前だから、一度隣にいっしょしたかったのか? 私はそんな趣味はありまへんが。しょうがない。そこまでというので、左の助手席に乗せて車を走らせて行った。するとなぜか五百メートルも走らないうちに、ここでいい。とその坊主頭はさっさと車から降りたのである。ずいぶん簡単なもんだな。私は腑に落ちないところがあり、妙な気分だった。この坊主頭はいったい何者だったのだろうか? その後私は事故に遭うことになるのである。そして、事故後、あの坊主頭は、この私が親切に車に乗せてやった男は、職場から姿を消していたのであった。三十路まじかの二十九歳秋の出来事であった。
さらには、 思い起こせば、不吉な前兆があった。悪夢凶夢が訪れたのである。幽かに見えるかという暗闇の一室で、なにやら、なんとも薄気味の悪い、不気味な者が、四、五人集まって、何をか密談している様子であった。いったい彼らは何を話しているのか、せつに知りたかったのだが、それはかなわなかった。その夢以来、私はなぜか睡眠中に「寒気」に襲われることになる。夏の頃である。熱帯夜で眠れないことも多い季節に、なんか寒いのである。そしてその寒さがハンパじゃない時もあった。冬でもあるまいし、まこと霊的悪寒というものがあることを知った。おそらくこのことは交通事故とは無縁ではないであろう。あんな夢は二度と見たくないものである。
 夢は心理的、錯視的展開を示す場合もあるが、時空を越えた霊的世界の顕現でもあろうかと思う。
 そんな夢を私はたびたび感得した。
 ―― その映像はくっきりと、この現実とみまごうばかりのものであった。そしてそれは、きわめて暗示的で閉塞的なシーンであった。私の目の前には、見るもおどろおどろしい大蛇に体を巻かれた人ぐらいの大きさの猿が、何事でもないかのように平然として座っていた。猿は無表情にして無心の如くであった。
 猿の前に神官がいるのがわかった。神官は大蛇に身を巻かれた猿に向かって、恬淡と祈祷文を唱えている。
 いったいなんのために……。
 はたしてこの大蛇は猿の眷属なのか、それとも猿を封殺せんとして縛りあげている凶党なのか? 何者だというのであろう。私には、神官が猿から邪神(大蛇)を解きほどこうと、念じている様子に思われたのだがー。
 

                                           ― 了 ―


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最終更新日 : 2017-07-28 16:03:48

数字と西洋星占い

☆この日本国に西洋星占いが入り込み、今では自然に国民は受け容れてしまっている。ジュピター、マース、アポロンなどの神々と日本固有の神々との関係など知る由もないが、奇妙な現象ではなかろうか? 我輩は面白半分に「数字」なるものが、この十二星座となにか関係があるのではないかと疑い、1という数字には何座、2という数字には何座とあてはめてみたことがある。

こう考えたのも「姓名判断」の数字に関心を覚えたからなのだが、自己中心的な我輩は、自分自身が生まれた年、1958年は蠍座であったため、これを数字の「0」にあたはめ、以降順次、満一歳の年は射手座にあたり、1は射手座、2は山羊座、3は水瓶座……、という具合に決め付けたという次第である。数字が大きくなるにつれ、勢いもなくなっていくという説があるが、姓名判断の数字

の吉凶の解説を読んでも50以上は良い数字があるわけでもないようだ。また、我輩は、ひとつの数字は単純なものではなく、多角的多面的要素があるとにらんだ。つまり、例えば、1という数字には、射手座だけではなく、他の残りの11星座も入っているという観測である。では、12星座がいかなる関係で同居しているのか、我輩は我輩なりの法則をここにまとめてみたので、諸君も参考にしてみたらよかろう。

ちなみにまだまだ研究の余地はあるので、この法則は変わる可能性がある。

我輩としてはお遊び程度のものであるわけで、数字が十二星座に占領された印象は拭わねばならないが、日本的法則も発見され次第、発表したいと思っている。

 

◇優先順位表

 

☆【1】~①射手―②双子―③乙女―④魚―⑤牡羊―⑥獅子―⑦天秤―⑧水瓶―⑨山羊

―⑩雄牛―⑪蟹―⑫蠍

 

☆【2】~①山羊―②蟹―③牡羊―④天秤―⑤牡牛―⑥乙女―⑦魚―⑧蠍―⑨獅子

―⑩射手―⑪水瓶―⑫双子

 

☆【3】~①水瓶―②獅子―③蠍―④牡牛―⑤双子―⑥天秤―⑦牡羊―⑧射手―⑨魚

―⑩蟹―⑪乙女―⑫山羊

 

☆【4】~①魚―②乙女―③双子―④射手―⑤蟹―⑥蠍―⑦牡牛―⑧山羊―⑨天秤

―⑩水瓶―⑪牡羊―⑫獅子

 

☆【5】~①牡羊―②天秤―③山羊―④蟹―⑤獅子―⑥射手―⑦双子―⑧水瓶―⑨牡牛

―⑩乙女―⑪蠍―魚

 

☆【6】~①牡牛―②蠍―③獅子―④水瓶―⑤乙女―⑥山羊―⑦蟹―⑧魚―⑨射手

―⑩牡羊―⑪双子―⑫天秤

 

☆【7】~①双子―②射手―③魚―④乙女―⑤天秤―⑥水瓶―⑦獅子―⑧牡羊―⑨蟹

―⑩蠍―⑪山羊―⑫牡牛

 

☆【8】~①蟹―②山羊―③天秤―④牡羊―⑤蠍―⑥魚―⑦乙女―⑧牡牛―⑨水瓶

―⑩双子―⑪獅子―⑫射手

 

☆【9】~①獅子―②水瓶―③牡牛―④蠍―⑤射手―⑥牡羊―⑦天秤―⑧双子―⑨乙女

―⑩山羊―⑪魚―⑫蟹

 

☆【10】~①乙女―②魚―③射手―④双子―⑤山羊―⑥牡牛―⑦蠍―⑧蟹―⑨牡羊

―⑩獅子―⑪天秤―⑫水瓶

 

☆【11】~①天秤―②牡羊―③蟹―④山羊―⑤水瓶―⑥双子―⑦射手―⑧獅子―⑨蠍

―⑩魚―⑪牡牛―⑫乙女

 

☆【12】~①蠍―②牡牛―③水瓶―④獅子―⑤魚―⑥蟹―⑦山羊―⑧乙女―⑨双子

―⑩天秤―⑪射手―⑫牡羊

 

◆13以降は1からと同じとなる。

◇数列十二星座

 

※あまり西洋星占いというのを本気にしてもたいしたことはない。我輩の数字十二星座にしても遊び心によるものだから深刻に考える必要はないが、こじつけでもこれを覚えれば数字には強くなるかもしれんな。数字に強くなるということは事務能力も上がるということではなかろうか?西洋星占いなどの相性よりも我輩の【正極負極第3極方式】の相性のほうが強いといえるかもしれん。ともあれ人の相性にあまりこだわってもめんどくさいだけやろ。

 

【異次元構理】

以前にもいったように読売ジャイアンツなどはこの俺しゃまに照準を合わせた「陥穽ゲーム」であるということだ。なんとも表現が難しいのだが、江戸読売に俺しゃまを柱人物に見立て、わが敵対勢力である魔天狗の思い入れが強い秋田高・横手等の負極高校群が優位な立場を築こうとしたものである。読売江戸との関係性は根拠がなく、負極高校群の主張は明らかに正鵠を射ないものであることを人は知らなければならない。そもそも読売といい秋高横校といい俺しゃまにインネンをつけないと何もやらない、できない連中である。論より証拠、読売ジャイアンツは今や殺伐状態となっている。これから脱するにはメディア&創価学会カルトパワーに頼るしかないとみるべきだろう。同じ勝ちとはいっても全く意味合いが違ってくるのは明白である。それが読売の本来の姿ともいえるが、NHK・マスコミ朝日・その他にしてもおなじ穴の蛇感があり、これらはみな強大な権威を誇る俺しゃまの許可も何もとらず無断で使用していることを認識する必要がある。秋田高負極高校群はなにかと朝日毎日読売マスコミ分別方式で強制しようとするが、これはいかに俺しゃまを恐れているかの証である。それゆえ我々は正極負極第3極方式で流れを引き寄せていく作戦をとるのが賢明だ。とにかく俺しゃまに挨拶もお金も払わない非礼は全てをパーにするといっても過言ではない。

 

■マネーが絡むマスコミスポーツなどはしょせんマガイモノであり、画竜点睛を欠くといわざるをえない。メディアのテリトリーからはずれたところに真の武道がある。日本男児が本来求めるものはそれであろう。メディアテリトリーとは人霊を魔界に引きずり込もうとする魔天狗・悪鬼が棲息する世界でもある。だから非常に騙されやすいことになっている。大金がもらえるスポーツなどは邪道以外の何物でもないだろう。この人間界では一般社会で普通に生きるほうが難解といわざをえない。普通に生きるとは悪に染まらず善進することである。魔天狗・悪鬼が肩入れする秋高横校負極高校群は私が毎日と利することを極度に恐れ朝日だけに絞り込もうと謀策するが、どちらも私が干渉し、私の影響下にあるのが本当に正しいあり方であることを全国民は認識してもらいたいわけよ。じゃ、よろしゅう。

 

【正極負極第3極】

文部省の高校二極化競争推進策はメリットよりもデメリットのほうが大きいといわざるをえない。譬えるなら本荘陣営を「正極高校群」とし、秋田陣営を「負極高校群」、大学付属高校・定時制・通信制を「第3極高校群」とするのがおれどんの大枠のとらえ方だが、たとえ正極高校群でもおれどんになじめない連中とかナリスマシ・偽者などもいるわけで油断ならないものでござろう。第3極はまた正極寄りと負極寄りに分かれるが正極そのものではないためイマイチな具合なのである。実は正極高校群の者でないと「究極奥儀」は修得できないといっても過言ではないだろう。負極高校群その他はその者のために邪魔したりしていろいろ試練を与えてやる役目かもしれん。ちなみに会社でも正極、負極、第3極があり、例えば読売巨人軍のように負極組織集団が正極高校群を集めてもたいしたことにはならんだろう。


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最終更新日 : 2017-12-15 08:32:58


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