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書堂春闊と幻影の産物

 

 青く澄み切った空が眩しい。海はおだやかな波風に揺れている。夏の終りに輝く太陽は過去の記憶を眼前に浮かび上がらせるようだ。  語りかけてくる。――生きた証しを忘れたくはないと。 黒ブチの丸いメガネをかけた、頭髪はまだ50代であるがロマンスグレーに染まりかかっているかつての紅顔の美少年が、 側近従者である仙湘名図美(せんしょうなずみ)に話しかけた。

「戦後の日本は見せかけの繁栄を享受し、国民はいかにも豊かに暮らしているように見える。だが、あの戦争で日本は滅亡したのだ。 今の日本は、日本の中の物は、民衆は、すべて亡霊?、魂の抜け殻?、土人形?、なんだよ。失われた物は大きい。 そう思うと日本は情けない人間ばかりじゃい……。男は――よっしゃあー!!!――で面白がる。 何か勘違いでもしているのか……」

「ほんとに面白いお話ですね。春闊さまと知り合えて私は本当に幸せ者ですわ」 仙湘名図美は24歳、男の秘書であり、また弟子でもある。男の名は書堂春闊(しょどうしゅんかつ)という。 「ウッフフフフ、私もだよ。君が傍にいるだけでどれほど気持ちが和むかー、ありがとさんよ~。うれぴい。」 はにかみながら照れ笑いし男は若い女に感謝した。 「私の友人に垂也礼芯(たるなりれいしん)という男がいるが、君はまだ会ったこともないはずだが、名前は知っているんじゃないかい?」 「ええ、確かその人は春闊さまの友人でしたね」 「さっき私が友人だと言ったじゃんよ……」 男はおちょくられてしまった。

「この人間界では「天狗」といえば悪者扱いだが、実際はそうとばかりはいいきれない。そこで人間にたいして悪さをする天狗を「邪テング」と 我々は呼んでいる。 その邪テングの中にも極めて禍々しい奴等がいるのだが、奴等との霊戦で人間の身でありながら、 その死闘を制した男がただひとりいる。それが私の友人の垂方礼芯(たるかたれいしん)だ」男はその戦いをまのあたりにしたかのように 微かな興奮を隠さずに言った。

「垂方礼芯さまも大変凄いお方だということは私もわかりました。春闊さまも、戦後の日本国民は敗戦ショックでまるで自律神経失調症に 陥った病人だと言って、気合一発、国民の意識を立て直しつつあるのは、これまた物凄いことのように思えます。 最近、春闊さまは小説を世に出しましたが、私の小説を読めば世の中変わると予言されましたが、 実際その通りになっているような気がしてなりません。景気、雇用もじょじょに好くなりつつありますからね」 心地よい風が仙湘名図美を優しく包んで平和な世界を実感させた。

【書堂春闊の真髄】

 私の「影響力」というものを実感したことがない者はわからんで当然なのだが、 私がこの世であらゆる存在に対して目をつけたモノに人間は「神」が宿ったかの如く、それに対して執着することに なるのである。その最たる機関がマスメディアで、残念ながらそれらは民衆にとってはマスナス方向を指す、不利益なだけに 終わってしまう事になりそうだ。そもそもマスコミなどというものは私の足を引っ張るのが仕事のようなもので、 直接私に挨拶をするわけでもなく、私が遠隔操作用の言葉を投げかけてもいうことをきこうとするのでもなく、 実にかつてな奴等なのである。 サタンは釈迦が過去現在未来を見通せたように、特殊な眼を持っている。だから予め先回りすることができるといってもいいだろう。 しかし、被造物であるサタンに造物主の「変化の神律」を打ち破るスベはなし。

■一致する者を奴等は恐れる。「神」はチカラの源であり、神に服従する人間はそれなりの福徳が与えられる。が、世界は汚濁にまみれているため「神」から遠ざけられている。私に同調賛同する者を奴等は恐れる。だから、すべての事案において「ズレ」を設定するのだ。「一致」することは、奴等にとって好結果をもたらさないためである。○荘陣営には何もやらんぞ。という執念にも似た、打消し的にしゃかりきになってくるのである。その姿はなんとも悲しく情けない。政治とかの仕事の面においてもそれがやむなく本荘陣営の者であれば、奴等は自分たちの不利益となるような役職に絶対就けないようにしゃかりきになるのである。その姿を見るとなんとも悲しく情けないものである。悪神系サタン一派の日本国日本人に対する憎悪がまさに内部に食い込み、がん細胞化してしまったといえなくもないだろう。なにはともあれ、「霊肉一致」「祭政一致」「言行一致」等々、「一致」することは大事である。

 【幻影なる高校戦争】  旧文部省が作成した「高校二極化制度」は幻想の産物でしかない。それは、この私の存在が 大きすぎるから、幾分そう見えるだけのことなのである。高校野球とか高校総体で高校の宣伝をして 奴等が国民の税金を余分に使っている分を申し訳なさそうに?ガス抜きしているにすぎない。 そもそも読売巨人軍が一方の高校陣営に偏っているのは実にバカげているふうにしか見えんだろう。マスコミ朝日にとって私に依存することが奴等にとって最大のテーマであり、私のいうことをきかん奴等が厚かましさもほどがあるというもんだろ。 すべては国民の認識不足が招いている。 そもそも「私立大学国立大学の付属高校は第三極」に位置づけられるべきで、十把ひとからげになんでもかんでも私に面倒をみさせようとしているのは言をまたずして自明の理である。 勢力的争いを好むのはに男の本能だろう。日本社会は、高校を二手に分けてそれで いろいろ切磋琢磨する算段であったのかもしれない。高校体育連盟・高校野球連盟が軸となって 大いに煽動してきた。しかしながら残念ながらそれは、双方公平な権益を分け合うことにはなっていなかったのである。公立高校と私立高校がごちゃごちゃしてわけがわからなくなっている。あまりにも凄い男である私の存在を知った秋○高校陣営は存亡の危機を感じ、まさに手段を選ばない作戦にうってでたのである。私が小・中学と徐々に「威光」を増すにつれ、危機感を覚えた秋○高校は、村岡を使って私の影を薄くしようとしたのである。おかげで私は全く良い事がなく、衰弱の一途であった。とにかく秋田県民は秋田高校陣営に対抗できる高校として 本荘高校になにかと注目してきたわけだが、秋田さきがけグループもそれを煽ってきたわけだが、いかんせん秋田高校の手先である村岡一派がハバを効かせている現状を見ればわかるように、秋田高校に乗っ取られているも同然の有様なのである。いかにもカルト連中も私が村岡一派に組み込まれているかのごとく喧伝しているが、 実際はこの私をあまりにも怖れるあまり嘘をついているにすぎないのである。 

 

【同姓同名宣伝疑惑】

テレビ朝日グループのW杯サッカージャパンへの肩入れは尋常ではない。

長谷部誠は由利本荘市の市長と同姓同名である。アギーレ新監督になっても召集されるようだが、

オカダジャパン、ザックジャパンを引き継ぐ流れとなっている。朝日新聞などは明らかに詐欺的なところがあるのは否めない。

とにかく文部科学省と新聞社の癒着はどうにかならんものなのか、辟易のきわみだ。国会議員村岡兼造の卒業高校詐称の件だが、朝日・読売・さきがけ等の新聞も糾弾するわけでもなく、また周辺の者たちも私に教えるわけでもなかったので、俺としては憤激ものの暴れ金太郎である。承知していたなら、国立大学民営化論も出なかったし、

県立大学誘致もなかったとみてもらいたいのだ。さらに慶応大学の小泉―小沢―石原一家、等の慶大派閥

の台頭はなかっただろう。これらは詐欺で名を馳せたとしかいいようがないのである。

■新聞が売れないと囲碁将棋のプロ棋士にとって死活問題だろうが、新たなスポンサーを開拓する自助努力が望まれる。

 

【崩壊パワーバランス】

文部省の新聞社との癒着は害悪以外の何物でもない。

文部省の学校主義は害悪以外の何物でもない。私の研究では、○荘高校のボート部が

ひとつのヒントをあたえてくれている。文武両道を謳う高校は多いが、スポーツオンチの東京大学がいきすぎてボートなんぞ

やるもんだから、とんだトバツチリを受けたというほかはない。私などはまともに勉強したわけでもなく、

スポーツもテキトー主義であるにもかかわらず、なぜか学術界、スポーツ&武道界の両界から

信仰されているのは人間の身で私ぐらいのもんでござろう。

東大の合格状況を見ると、帝京だの堀越だの早稲田などが歓迎されているようだが、

鹿児島ラサール、桐蔭学園等は落ち込んでいるのではないか? これを見ても何を敵視しているかは

歴然としているというもんだろう。単純な話、○荘ボートによる東大神話は崩壊したといえるわけで、

東大は新たな道を模索すべき時代となったのである。東大に限らず国立大学進学とスポーツの

パワーバランスは消え去り、連中にとっても安穏と過ごせる世の中ではなくなったのは、

日本国にとって光が射してきたといえるのである。

 

■日本の敗戦はまさに国滅亡に相当するものであった。敗れし者の言葉に人は落胆するしかなかったのだ。

以来日本語は憂鬱な言葉となったのだろうか?現代のうつ病患者の増大がそれを物語っている。

私の小説とかブログ記事を嫌う者が少なくないが、再生を恐れる者たちなのではないか?

今現在の流れの中で私の「旬語」をメディアは引用したりしているが、(旬語とは現実に生きる私の息づいた言葉とでもいいましょうか)

無意識のうちにも私を頼ろうとする逼迫感があるといえる。説得力を失っている自分たちの言語では

にっちもさっちもブルドックなのだ。こういう礼儀を失した手法が明るみに出ると信用を失うのは明らかで、

「すべてはパーになる」というもんだろう。

◆「商品先物取引好きの秋田さきかけ新報」やこれに意気投合し同じ「商品先物取引手法」を駆使する宮城の河北新報もなにかとスポーツネタに依存する体質で(秋田高校と仙台二高が主動)、

本来の民衆の生活向上につながった活動をしていないという事実は火を見るよりも明らかである。

 

■人それぞれのことばによる表現のしかたの特徴的な相を見ることができる。言説とか文脈等に「霊波動」

ともいうべき人の性格が言霊と融合し発動する。その者の霊力が強いほど人々に影響を与えることになる。邪念を込めた言葉では邪霊にとりつかれるようなもので、

反動的悪果をまねきやすい。

例えば私などもいろいろな「文」に遭遇することがあるが、波長の合わない文章はとても読めるもんじゃない。

気分も悪くなってくるのである。自分の特長、個性をモロだしているというか、伝わってくるのだ。

 ◆米国が日本人と日本の国内事情を理解しているとは思えない。例えば学校的ふたつの陣営があるとしても、

それはけして質的に拮抗した勢力争いでもなんでもなく、まったくつまらない社会構造の中で日本国民は

これがまともであるかのように活動しているのである。

 

 

【無極の柱】

何者か知らんが、例えば秋田高校陣営を雄極、雄軸とし、麻布高校陣営を雌極、雌軸と見立て分別しようとする意思で動いているような気がしてならん。だいたい学校などでそういう雌雄をつける恣意性は認められるものではないだろう。オカマとかゲイが増えるはずである? ハワイなどは高校まで義務教育だという。日本も義務教育化すればだいぶ大学本位になるのではないかと考える。このわしを敵陣営は東大が好きな朝日にしたいようであるが、やはりわしが一番でなければならないということなのか。だが東大は「絶対」ではないため限定的存在でしかないのだ。新聞を強調すると連中の支配力を強めるようで不本意だが、ガチッと社会にとけこんでしまっているのでなんともならない。とにかく毎日に向いてもらいたくはないようだが、このわしがどちらかに固定することは世のためにならない。

なぜならわしは、バランスアジャスターだからである。それは「無極の柱」ということでもあり、「虚飾の影」と「分真の影」を生じる存在である。―― このわしが武道・スポーツ界と学術界のみならず全方位にわたって信仰されているのは事実であろう。なにかにつけてわしにインネンをつけないと何もしないような、できないような輩どもが常にわしを見て餌にありつこうとしているのだ。根源神、贖罪神、免罪符等、の見立ては負担がかかるものだ。それゆえとにかくわしに金払うことが最重要である。

 

【絶対服従精神VS牽強付会狂人】

この私に逆らうということは、牽強付会狂人ということである。そもそもこの私を勝手に頼りにしてきたのは奴等のほうであり、私がいいように連中を操作したわけでもない。いざ、いざいざ私がいうことをきかせようとしたら、ななな、なんと全然わしのいうことをきかないではないか。いちばんいい例が日本プロ野球機構だ。例えばセリーグもDHにしろ、外人枠を4人から7人に増やせといっておるがその気がないようだ。それとテレビ局だ。さらには政治家連中だ。特に安倍晋三と菅は俺の名(権威と名声と運)にへばりついて世人を愚弄しているのである。とにかく「民」は騙されないよう願いたい。おい、日本語わがらねのが、おい。

 

 

【幼稚な子供を利用するマスメディア】

嘘かまことか、おれどんの子供がマスコミ芸能界に棲息しているとかいないとか。例えば老人は孫の元気をもらって自分も元気になることができるもんだ。ところがおれどんの場合はだ、子供におれどんの生気を吸い取られ?子供のほうがやたら元気になっていくような気がしてならんわけよ。その子供からマスコミ連中が元気をもらって盛んになっていくわけである。つまりおれどんは衰弱し子供を通じてマスコミ芸能界連中は元気盛大になるということなのだ。全くとんでもないことになっているんじゃないのか?

学校大好きのマスメディアは早くて中学あたりから二極化勢力の色が付き始めるからせいぜい小学生までが利用価値があるというところだろう。奴等はおれどんが怖いから高校は本荘陣営の反対側に引っ張りたいだろうよ。とにかくおれどんとは子供は一致してもらってはこまるようなツラをしているから、結局奴等のいいなりになりやすい境遇にもっていかれるのがオチである。とにかく小学生でもなんでもマスコミ芸能界で活躍するのは邪道だということがわかるだろう。「とにかくテレビ局はやめろといったら、やめろよ」じゃ、よろしゅう。

 

【正極負極第3極論】

文部省の高校二極化競争推進策はメリットよりもデメリットのほうが大きいといわざるをえない。譬えるなら本荘陣営を「正極高校群」とし、秋田陣営を「負極高校群」、大学付属高校・定時制・通信制を「第3極高校群」とするのがおれどんの大枠のとらえ方だが、たとえ正極高校群でもおれどんになじめない連中とかナリスマシ・偽者などもいるわけで油断ならないものでござろう。第3極はまた正極寄りと負極寄りに分かれるが正極そのものではないためイマイチな具合なのである。実は正極高校群の者でないと「究極奥儀」は修得できないといっても過言ではないだろう。負極高校群その他はその者のために邪魔したりしていろいろ試練を与えてやる役目かもしれん。ちなみに会社でも正極、負極、第3極があり、例えば読売巨人軍のように負極組織集団が正極高校群を集めてもたいしたことにはならんだろう。じゃ、よろしゅう。

 

 

【アホに用は無し】

NHK会長=フランス・ラ・サールは受信料値下げを拒絶しやがった。←アホの典型。 月270円程度で十分というもんだろ。本来無料タダにするのが良心的だ。それができないのが「ぼったくりNHK」の真骨頂なのだろう。80%徴収しているらしいが視聴率が80%かと思いきや、な、な、なんとほとんどの番組がのきなみヒトケタ台である。どういう意味なのかさっぱりわからない。譬えるなら100円で仕入れた物を10000円で押し売りするようなもんだろ。■妖魔・魔天狗・悪鬼が魔界に引きずりこもうとあの手この手で騙すように、マスコミ芸能界も全く同じである。例えば詐欺師が投資などで芸能人を広告塔にして金を集めるように、マスコミもスポーツとかお笑い芸人とかアナウンサー等、正極高校群の者を広告塔にして民集をたぶらかしているのが真実である。なにゆえこのような事相となっているのか。それは理由はただひとつ、この私が「正極の神」ということになっているからであーる。「正極高校群の神」ではない。正極高校群は「正極の神」に付随するだけのものだからであーる。じゃ、よろしゅう。 


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最終更新日 : 2017-12-26 10:02:27

群魔環視の中で

 書堂春闊は日本国、日本国民の行く末を案じている。それよりももっと自分自身の行く末を案じている?! これは利己的であるという意味ではない。 我の景気が良くなることが日本の景気が良くなることにつながる。我が幸福になるということは、 日本国民も幸福になるということである。(ちょっと独善的かも)だから、邪魔する者たちの存在はウザウザウザ~イ、 書堂春闊、ついに本気モードに入ったか。ダッ、ダッ、ダッ! 「景気雇用などがよくなるのはけっこうだが、人の心の豊かさが社会を潤すのではないかな。 社会経済は外的要因で壊されることもある。いつどうなるものやら……わかったもんじゃない。 世の闇に、光を求め、光に従うのが一番だろう。この世に放り出された人間というものは「なぶりもの」になる宿命なのか。 荒涼たる自然になぶられ、人間同士なぶりあう。それは「魂」の成長を促すものであるにせよ、リスキーな世界に思えるのだよ。 ひとつ間違うと奈落の底に突き落とされる」  男の表情には、にがにがしい、苦痛にも見える訴えがあった。 「なんとかならんのか、しんどいぜよ」

 「春闊さまは、巷では言霊使いの如く信じられておりますが、かなり過剰反応のようにもみえるんですけどこう言っては失礼でしょうか?」

「ムッフフフフフ、この私を言葉を重要視してくれるのは、ホント複雑な気分だよ。 およそ現代の混濁の人間に言霊を発動することは稀だと考えられる。自らの心正しくなければ、漂遊の霊の虜となり、餌食となり、 「コジツケ」が作用連動する。己自身の心霊が邪霊そのものの漂遊の霊に感応道交し、周囲に伝播してしまうのだ。 それが言霊というものだと決め付けている輩もいるだろうが、やっかいな話だ。 通常は、倫理道徳上の良心的言葉使いを心得えてコミュニケーションをはかるのが無難だろうし、 感情を押し殺した事務的言葉で武装してあたりさわりのないようにするのもひとつの智慧かもしれん。 おそらくは厳密には言霊は選ばれた者にしか発動しえないのだ。そのためたとえ言霊使いにならってその言葉を使っても心正しくなければ、 思わぬ方向へそれてしまうのである。ほとんど「コジツケ」を言霊と思い込んでしまい、世の中大いに混乱しているように見えるのだが、 私からすれば日本人なら常識的に知らなければならないことだと思っている。そうは思わんかね、名図美君」

この春闊という者は幼い頃より、俗世間に影響を与えていた類稀な者であった。 それは、敗戦後の権威なき日本に出現した神威分掌者の如くである。その本質は万能神的影響力にある。 あらゆる方面、分野から視線を受けているのだ。その割には周囲の人間は慎重に扱おうとしなかったのは、 日本の悲劇ともいえるものだった。守るべきものを守らずしては滅びの道に足を踏み入れることになる。理屈ではない。

 

【付記】 言霊とは「物象を左右させる力」であり、「その霊妙なる力が、人の運不運をコントロール」するものであり、 「言霊そのものが神霊」である。言葉とは、いうまでもなく会話や、意思伝達(言語・文字)に関わるもので、言霊とは、 これらに霊力・神秘力が伴うものであって、両者を混同して考えてはならない。 日本が、万葉集以来の「言霊の幸はう国」であっても日常の挨拶言葉や仕事上の会話、男女間の会話、 古今それぞれの権力者や政治家の問題発言、暴力者の威嚇言葉……、などまでを言霊の範疇に入れてしまうのは間違いで、 これらは最小必要な言葉であったり、各立場(分野・職場)の人間の教養や品性から放出される言葉でもあり、言霊以前の問題である。 「言霊」とは、本来悪に作用するものではなく、「善」に作用するものである。<某書より引用>

「春闊さまの含蓄のあるお言葉は、私自身、たいへんためになります。あの大戦で敗れたこの国の現状は悲惨としかいいようがありませんわ。 確かに平和を謳歌でき、暮らしも良いでしょうが、本来の正常な国体を為しているわけではありませんからね。 やはりどこか狂っているということでしょうか?」  名図美は、憂慮する眼差しになりこれからの日本の行方を気にした。

「そうだな、今の日本国民の大勢は私の側には無いと言ってもいいだろう。マスコミ・メディアの奴等が一癖もふた癖もあって、 まさに「群魔環視」のもとに制約されてしまっている。私が全幅の信頼をおく垂方礼芯はいわゆるサタンパワーを封じるためにだけ存在しているといってもいいだろう。 確かに彼は頭脳も優秀ではあるが、なぜか社会的には地位も名誉も金も縁遠い。それは、彼には特命があるからにほかならないのだ。だから彼は忙しくてしょうがないんだ。 私もいろいろ協力はしているがね。 この人界においては男性優位の社会であることは否めない。「男尊女卑」は偏見であり、男と女は「同心一体」というのが真理なのだ。 男と女は違うものである。人間とは、修理固成に貢献すべき存在でる。大妖魔は女性を活用することを得意としている。 もとより女性運用は仙人の特許、特権? ヤツラは男の運を持ってくることを女に期待しているんだろうな。 本来的に日本の女性は純潔意識が高く、素直で男に尽くすことをわきまえているのであるが、 気持ちは男に向かっていても、行動力に欠けるため、男の足を引っ張ってしまう場合が多いかもしれない。 まだこれは良い方で、近頃の女性は奔放、遊び上手、自立する者が増え社会的にも大いに活躍しているが、 所詮女は男の付属体とみなされているため、邪悪な連中により、神の如き男に対する道具として利用されるのがオチなんだよ。 君も内心そう思っているんじゃないのかね」 「そうかもしれませんね。なんでこうも女と男とでは違いがあるのかイヤになることがたびたびですわ。 でも私の師匠である春闊さまはス・テ・キ、カッコイイかも――」  名図美はその美しい瞳を輝かせ、書堂春紋という唯一無二の存在をあらためて認識した。

「確かに私ほどの異色の人間存在は見当たらない。この私によって今や、日本人の霊的区分が明確になりつつあるといっても過言ではないだろう。 端的にいえば、我輩の偉業を打ち消そうとする勢力が現存することを国民は認識することになる。 それはあたかも「闇」が「光」を打ち消そうとする習性と全く同質のものなのである。 「闇」によって消されない「光」であることは極めて重要であるが、なによりも自分自身のありかたに自信を持つことであると考える。 「光」はまた「光」を生み出していく。とにかく奴等につぶされないように努力は怠らないことなのだ。サタンはマスメディアを駆使して 、強固な包囲網を築き上げた。私のものは「知恵」でも「運」でもなんでも盗めばいいという発想ですべては、仕組まれているのである。 「暴力的発想」に支配される人間が急増するこの日本において、打開の道を見出そうとする者はいないというのか」

 春闊は悲嘆にくれた。 が、自分自身を頼りにし、信じてついて来る人々を思うとなんとか期待に応えたいという気持ちにもなった。 が、春闊のいうことをきかないヤツラはオシオキや~。

「日本人とは名ばかりの「人面魔魂」の人獣(じんじゅう)がまさに魔臭を漂わせて活動している。 油断ならぬ世の中でありその餌食とならぬよう諸君はくれぐれも気をつけねばならん。例えば私のように仲間よりはぐれて 「罠のテリトリー」にみずから乗り込んで連中と共にするなって真似はやめた方がいい。 もとより私は自身の特殊な存在性のためにそうなったにすぎす、普通の人間なら頭がおかしくなったりして廃人になってしまう可能性が高いのだ。 虎穴に入らずんば虎子を得ずとはよくいったものだが、人生、楽そうに見えて楽じゃないんだよ。 とにかく世の中にはやっかいな連中がたむろしている。その代表的なのがサタンの郎党だ。 サタンの郎党は私のいうことをきく者をもっとも忌み嫌うという特徴を持っている。 これはヤツラが隠すにも隠し切れない大欠陥なのだ。そもそもヤツラは私を攻め立てることによって、 おいしいおまんま(ご飯・うどん・そば・パンなど食べ物))にありつけると信じているのだ。私ひとりでさえままならぬのに、 私の仲間が存在することは極めて恐怖なのである。だから人々はこれをよく認識し行動生活しなければならない。 原因がわかれば対処もたやすいし、仲間意識も強まっていくというものである。私自身、ひとりの戦いとなるとさすがに容易ではないので、 気心の知れた同い年の垂方礼芯君にも助っ人として登場してもらうことになったという次第だ。 もっとも私と垂方君は我々の「師」であるたんたん仙師の化身ともいうべきなのだが、師のことを語ることは許されていないので、 ここではその名前だけにとどめておくことにした」

 春闊は、師の名前を口にするだけでおそれおおいことだと思っている。

 

【八百長幇助】

プロ野球をやりたければ、東日本リーグと西日本リーグに分かれて出直すしかない。

阪神・広島中日のような巨人出来レースを盛り上げる八百長幇助球団とは決別しなければならない。

「商品先物取引好きの秋田さきかけ新報」やこれに意気投合し同じ「商品先物取引手法」を駆使する宮城の河北新報もなにかとスポーツネタに依存する体質で(秋田高校と仙台二高が主動)、

本来の民衆の生活向上につながった活動をしていないという事実は火を見るよりも明らかである。

 

【テレビ局カレンダー地雷作戦】

NHK・テレビ朝日をはじめとするテレビ局協業組合キングギドラは打倒「識堂てんのう」をスローガンにスポーツイベントなどを利用する地雷をカレンダーに敷き詰めているのである。これは私の行動を制約するもので実に私は身動きできない事態となっている。どういう意味かというとキングギドラは一日一日を地雷で埋め尽くす作戦を考えたのだが、

これは私の「運」を使うというか、自動我田引水で私の「運」がキングギドラに流れていくシステム構築なのだ。

サッカーを例にとると試合は三日に一度にもかかわらずなんだかんだとテレビニョースで毎日のように宣伝している。プロ野球が始まればまた支離滅裂なスポーツ報道で攻勢をかけてくるのである。これがスポーツにかぎらず芸能とか政治経済をももってきて徹底的に一日一日をベチャベチャに塗りつぶそうとしているのである。私がちょっと外に出て買い物に行くだけでも奴等は我田引水式に私から「運」を抜いてしまおうという魂胆なのである。まさに地雷を踏ませるようなもんで危険きわまりないことになっている。全くもって情けない所業というほかはない。―― ■マスコミが俺に金払わんから、W杯サッカー・五輪サッカーやフィギュアスケート等は2002年にとっくに終わっているのだが、にもかかわらず、いつまでも騒いで面白がっているテレビ局には誰もがゲンナリするであろう。とにかくマスコミは日本語がわからんから厄介だ。これら影流の郎党がいつまでもいい思いをしつづけるのは、宇宙の法則上、理にかなっているものではないのでさっさと清算することが望ましい。

 

【根深いもの】

毎度のことのようにセ・リーグ主催者は広島原爆の日、お祈りの日に巨人と広島のカードを組んでいるが、どういう意図なのか、ザマァみろ。ということなのか?東日本震災といい熊本地震といい、巨人ファンの住処域じゃないのか?巨人ファンの中にはサイコパスかと思うほどいかれている男がいるぞ。これが野球の本質的性格では?プロ野球なんぞに深入りしちゃあかん。薩長連合政権にとって、徳川残党勢力を押さえ込むことは至難の業であったに違いない。まさに江戸幕府は巨人だったのだ。野球というアメリカ産の化け物を利用してまつろわぬ江戸勢力を収容所?に入れるが如く封じ込める作戦を思いついた。薩長と徳川の対立感情がどれだけ根深いものであるか、俺には全く実感できない。が、プロ野球の原爆の日にあえて巨人広島の試合を組んだりするのは不快である。被爆広島の怒り悲しみが地震を引き起こしたとしか思えん。

 

【文商ヤクザと寄生物】

文商ヤクザとは何か。攻撃的利己的文章を売り物にして民を手篭めにしようとする輩のことである。わしの造語。寄生物とは何か。わしに寄生して名利を得ようとする輩のことである。わしの造語。マスコミを取り締まることができる機関がないことが問題だ。わしにインネンをつけないと何もしないような、何もできないような郎党に91兆円請求が妥当である。

 

 

 

 

【詭計者集団からの仙種防衛】

安倍晋三の派閥「清和政策研究会」のいわれ、出典は、東晋元帝諸葛恢の統治を「政清人和(清廉な政治でおのずから人民を穏やかにした)」によるものだということだが、清和源氏と勘違いするかもしれんので、これはやめて「政人会」か「政清会」が良かったと考える。「清和会」は誰がきいても違和感を覚えるだろう。徳川家康と同様の「詭計者集団」にしかみえ~んよ。やめてもらいたい。わたしは秋田県では「の天皇」とみられている。……むむむむっ何?、誰もいってない……。気のせいか……。「神の遺伝子」が私の中に目覚めたというか、生きているというか、不可思議な力を有する存在として影響を及ぼしているのは知る者ぞ知るところでござろう。「神の遺伝子」とは「超霊力」といったらいいだろうか。これは「神の遺伝子」ではあるが、子々孫々、発動するしいわけでもないようだ。隔世的に、それは千年の時を経て覚醒するものなのかもしれない。片鱗でしかないだろうが、わたしというもんがなんなのか考えてもらうのはうれぴいかも。ともあれ、魔眼をぎらつかせ右往左往する輩が少なくない世の中で、蛍のような光を放つ存在でも「奇跡」に感じうるだろう。

 

【磐石安泰比率】

文部省の高校二極化策を推進するのは問題がある。そもそも本荘陣営を正極とすれば、秋田陣営は負極である。さらに中途半端な大学付属高校は第3極とするのが適当である。だいたいが大学教員自体がこのおれどんを強く意識しているとしか思えん。

俺ドンを本荘の玉体身とみられてもこまるのだが、東大と京大どちらにも合格者を出すのが日本にとってもバランスがよくなる安泰な事案というものである。やっかいなことに本荘は東大ボートを被せられ縛りをかけられてしまっているが、しょせんスポーツ高校体育連盟レベルであり、反本荘陣営の京大阻止の思惑は通用しないものなのだ。それは、東大に向けば東大に重心が傾き、京大にいけば京大に傾くようなものであろう。だから日本は不安定を余儀なくされ、揺れ動くことになる。地震がそのいい例かもしれん。これは秋田高校が日本のバランスを統御できるものではないことを証明している。反本荘陣営からすれば本荘の「ツキ」落とすには好都合なのである。それゆえ東大京大どちらにも合格者を出すのが一番良いわけなのだが、なかなかそうはさせないだろう。そこでおれどんは「ツキ」が落ちないような工夫をしてみた。これはチョー秘伝である。これを知れば能力向上は間違いなしじゃ。知った者は実に幸運というほかはない。おれどんの手下郎党の勢力図派閥なるものを想定してみた。わかりやすくマスコミを代用することにした。

毎日系=45%、朝日30%、産経11%、読売2%、その他12%。ということになった。

 

■これからは便宜上、本荘高校陣営を「正極高校群」、秋田高校陣営を「負極高校群」と表現させていただく。よろしゅう。

 

 

【運魂減殺の策謀】

私は神的存在である。県立高校出身で世界に広く影響を与えてきたあまりにも凄い男である。[魔]の激攻を受けるのもやむなしである。大学附属高校が私を頼りの源となるといささかテリトリーの侵害に近いものがある。私の運魂が引っ張られ弱体化に繋がっているふうにも見えて、本拠たる正極高校群に潤いがなくなるのではないかと憂慮しているわけよ。例えば東大・京大進学校である本荘高校をマネして早稲田系列が東大を目指すようになっているが、昔はありえないことだ。これは負極高校群主流のメディアなどの策謀が働いているともいえるだろう。世の中、県立・府立・都立が核心・骨格・精髄なのだが白黒はっきりしない中途半端な大学附属高校だから平和?で融合的なところが子供たちに支持され進学先に選ばれるのかもしれん。

 

 

【NHK反逆の侵攻】

神瑞者である私に挨拶もしない金も払わんマスコミ芸能界に飼育された子供など全く論外である。なんのために飼育されているのかよく考えてみろ。凡そ、私の薫陶を受けてもいない者が

 

[俺ネタ]に依存して名利を得ようとするのは許されることではない。こういう簡単なモラルがNHKその他・創価学会にはわからない。なにはともあれ、神瑞者王国に攻め込んできているのは明らかである。


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最終更新日 : 2018-08-10 08:46:42

絶対不文律

 

 文術師・書堂春闊には著作本がある。自らの思想哲学を書き綴ったものだが、これを読んだ者は好かれ悪しかれ影響を受けない者はいないといっていいほど強烈な光彩を放つ書物である。今や、仏典、聖書等を超越してしまったかのような感があるのだ。まじで。人類は春闊の書物を頼りにし、大いに活用する機会を与えられたわけだが、実際物凄~い成果が顕現しているのである。そして世人は書堂春紋を認めた。

「恐るべし、書堂春闊!」――と。 まだ一部の人間にしか知られていない、その書物に巡り会うは実に幸運である。

「梅福解伝(うめふくかいでん)くんが、今日来る予定なんだが、名図美くんもひさしぶりだから早く会いたいだろう」」 「ええ、いつも彼からはメールが来ますので、近況は知らされています」 「ナニッ~~!、チミたち私のしらないところで……。ということは、ほかの、多気部尚松(たきべなおまつ)君とかもか? 「実は、弟子の会でみんな連絡をとりあっています。いけませんでしょうか?」 「そうか、それもそうだな。別にびっくりするほどのことじゃなかったわい」  書堂と名図美は書堂の海辺の近くの別荘にいる。どこであるかは明かすことはできない。 どどっとーと人がおしよせてくる可能性もなきにしもあらずだ。 そうなれば、こうして静かな風景を眺める幸せのひとときもだいなしにされてしまうというもんだ。

「こんちわー、書堂さん、おひさしぶりです。いつもお元気でなによりです」 噂をすればかげだ。唐突に梅福解伝は登場した。梅福解伝は本屋を経営している。 自身が大変な本好きでかつ読書家で学生時代から本に関係する仕事をしたかった。 念願かなっていまでは本屋を3店持つようになっていた。39歳になる。彼がどこでどこに本屋を所有しているかは明かすことはできない。 なぜならば、作者がどこにするかどこがいいか検討中?だからだ。

「おー、来たか。仕事の方はどうだい? まっ、ここでくつろいでいってくれたまえよ」 「こっちはだいじょうぶです。書堂さんの本もじわじわと売れてきてますよ。これは全国的な傾向で、 ロングセラー。ベストセラーも夢ではないでしょう」 「むふふふふふふ、そうなってくれると私もやりがいがあるよ。私の戯言につきあってもらうとするかな」  春闊は、みずから冷蔵庫にいき中からピーチジュースを取り出し梅福と名図美にふるまった。名図美は秘書の如くそばにつきそっているが、 しょっちゅう自分で名図美に飲み物を差し出しては気をきかしているつもりであった。

【真柱論】 ■人間は物の考え方、見方が皆同じということはない。例えば大別二分されるとしよう。 わかりやすい例として政治体制側の人々と反体制側の人々をみれば容易だが、霊的にたとえ分かれるとしても複雑複合的で、 あってないようなものである。「神」を信仰する者としない者というわけ方もあるが、 人は自身をみて本当に神を信じているのかわからないところもあるに違いない。 「神」の分魂の如き存在を主体とすれば、これに従う勢力と反勢力の対立的磁場が生じ、人間社会が活気づいていく。 さて、主体側はもともと王者であり、挑戦を受ける立場である。 チャレンジャーは王者でないコンプレックスをバネにして凄まじい努力を厭わずひたすら王者を倒すべく死に物狂いで戦うことになる。 一方の王者の側は精神的特典を付与され気持ちに余裕があり、チャレンジャーのファイトをなめてかかり、 知らないうちに力が衰退してしまったりする。王者は常に挑戦者の執念を思い知りその上を行く努力をしなければ、 王者であり続けるのは容易ではないだろう。このような傾向は、進学勉強、仕事社会等に如実に反映されているので、 心して生きていきことが肝要である。

■はたして、あちらがこちらを真似をする方がこちらがあちらを真似をするのよりも成果があるのは、なぜなのか? どちらかが「影」でどちらかが「本体」といったような極端な区別まではいかないまでもそれに近い見方ができようかと思う。 挑戦者は「追い詰められた野獣」でありまさにありとあらゆる手段を用いて、死に物狂いで向かってくるのである。 それを受ける王者は、燃え盛る執念と勢いに優る挑戦者を退けるべく、 精神力と力でねじ伏せるぐらいでないと「死闘」を制することはかなわぬであろう。 最後に「ツキ」を味方につけるために全身全霊を傾けるしかない。

「周囲の者が勝手に私を祭り上げていたというしかない。いい迷惑である。 少しは気を遣ってくれてもよさそうなものだが、あとは知らぬ存ぜぬではこの私が気の毒というものだろう。 さて、私を小玉体身と信じる者は、私の存在を世にも類稀な「宝玉(ほうぎょく)」とイメージすることである。 欠陥だらけの生身の人間肉体身であることはわかりきっている。私を直視すれば幻滅するというものではないか。 学校時代ろくに勉強もせず、また精神上、肉体上、強いとはいえない私である。信じる者に私の欠点弱点を投影したところで進歩がないだろう。 自らを閉ざすな。「道」はそこにある。信じる者、個人の努力と向上心によってすべては克服されるであろう。(←ホントかよ) 「贖いの神」は菅原道真やイエス・キリストのように品行方正の者でないとその資格はないと思われる。 私の使命はそういう類のものではないことは明らかである。

それにいったい何者がこの私をH高校の玉体身にまつり上げたのか知らないが、 私にしてみれば、知らないうちにそうなっていて非常に不可解で不愉快な話なのである。 我が霊存在が、下々まで影響を行使、展開するという理屈だけでは、一方通行で、これでは下々に吸い取られてしまうだけである。 私自身が手下の人たちに手厚く保護されて生活しているのであれば、それも通用するかもしれないが、 如何せん、典型的ビンボー人に成り下がっている現状においては迷惑千万というものだ。  ただ私に頼るだけでなく手下の人たちも、この私にとって役に立つように心がけてもらえれば最高であるし、 各個人の努力が王者を支えるといっても過言ではないだろう。 そうでなければこの私によって激しく罵られ、抹殺(社会的生命を絶たれる)されること必定である。 たとえその者がこの私をなんとも思わなくとも敵対勢力は、仕向けてくるであろうから、注意することだ。 王者と手下の者たちが一致協力するのが理想的な姿であることはいうまでもない。 とにかく、私ひとりを封じればそれで万事うまくいくという奴等の定義を打破することを今後の課題として提起しておく」

 【遠心分離器】

奴等はこのおれどんを遠心分離器にかけているといってもいいだろう。 それは、まさに牽強ふえ式にヤツラにとって不都合な案件は無視するようにし、 このおれどんの「運」は勝手に使ってしまおうという不誠実な手法で我々を圧倒してしまおうということだ。

※遠心分離器とは遠心力を利用して水分と固形物を分離する器械の総称。

 

 

 

【まつろわぬ民】

そもそも野球というスポーツが民衆統治の道具にされているのには違和感を覚えるというものである。長きにわたって徳川政権に苦しめられてきた明治維新政権にとって、いかにしていわゆる武士廃絶された江戸系のわつろわぬ人民をコントロールするかが最大の課題であったのである。

読売巨人プロ野球によってそれら民衆を収容するシステム構築を打ち立てたわけだが、副作用というか、反動というか、そういう短絡的な事案が通用するわけがないのだが、この私の存在を知ることで、次元を超越した発想に到達せざるをえなくなったのは自然の理でござろう。

 

【震撼!スポーツベスト10】

私が30年以上も前に発表した「スポーツベスト10」は高校スポーツ界にとてつもない衝撃を

もたらした。これが秋田高校の牙城を崩す契機となり、秋田高校関係者を大震撼させた。

以来、本荘高校の躍進が秋田高校のトラウマとなり、ひいてはテレビ朝日、毎日新聞等メディアも

私を強く意識するようになったのである。私がスポーツ万能人間という評判がたち、ひいては「スポーツの神様」ということになり、人々は「スポーツベスト10」にはいっていないスポーツでも、「スポーツの神様」である私を

信仰すればなんとかなると思い込んでしまったのである。

秋田高校陣営は高校スポーツで本荘高校を押さえ込むために、私の威光を全国的、世界的な方向へ持っていこうとしたのは明らかであろう。アメリカ合衆国野球大リーグやオリンピック、W杯サッカーなどが協力しているのである。このように利用しようとしたテレビ・新聞が大々的にプロ野球、フィギャアスケート、大リーグ、サッカー、ゴルフなどで

儲けようとたくらんだのである。もとよりテレビ・新聞スポーツは金(マネー)に絡むものだから、餓鬼の遊びというもんだろう。 なんでもいいからメディアは私に金を払ってもらいたい。タダで儲かっちゃバチが当たるというもんだろ。

 

◇ちなみに第一回スポーツベスト10には、

弓道、剣道、柔道、ボート、陸上、野球、水泳、バスケ、などがランク入りしていた。

 

【地上壱人】

文武両道を謳う高校は多いが、スポーツオンチの東京大学がいきすぎてボートなんぞ

やるもんだから、とんだトバツチリを受けたというほかはない。

イメージ戦略で縄縛的に制限を受けてきたともいえる。―― さて私などはまともに勉強したわけでもなく、

スポーツもテキトー主義であるにもかかわらず、なぜか学術界、スポーツ&武道界の両界から

信仰されているのは人間の身で私ぐらいのもんでござろう。実際のところ、私のほかに聞いたことがない。

これが日本のみならず外国にも知れ渡りつつあるのは、なんとも奇妙である。

じゃ、よろしく。

 

【1対数千万の攻防?】

わしは昔、一般会社が商業的にスポーツに関心を持って仕事をすることは、例えば秋田県の場合、

高校スポーツ・高校野球に夢中になる社会人が少なくないわけだが、業績に影響が出るとわしは言い放ったことがある。これに同意したのか、反発したのか、このわしの理論に服従した秋田高校とその支持者および創価学会・妙智会等が、

テレビ朝日等のテレビ局協業組合キングギドラに働きかけ、全国的に徹底した「スポーツによる搾取作戦」を繰り広げているのである。まさにこの状況は国家的危機である。わし個人をピンポイントで狙った運魂減殺のつもりだろうが、それは大間違いだ。幅広い分野で悪影響が出るのはまちがいないだろう。例えば、大学運営とか、会社運営とか、インターネットとか、景気(株など)とか、いろいろやねん。

 

【旧帝大合格と権力闘争】

マスメディアは大学入試の時期になるとなにかと仕掛けてくる。東大を筆頭とした旧帝大は権力の礎となっている日本の根幹ともいうべき大学である。理系の場合は、医系学部なら旧帝大の理工系よりも良いだろうが、文系の場合は面白くないだろう。特に法学だ。法曹界への道は私立から向かわなければならないが、官僚界はしんどいやろ。文部省の高校体育連盟と高野連は朝日と毎日に振り分ける役目を果たしているふうに見える。

極めて惰弱な手法と言わざるをえない。これがなければ生徒はもっと自由な勉強ができるはずなのだ。邪道なるテレビ朝日は、大学入試に合わせて、またまた道楽趣味のW杯サッカーを放映しようとしている。日本語をわかろうとしない露骨すぎる姿勢はもはや鬼畜の所業であろう。昔テレビ朝日は教育放送といっていたらしいが、

しょせん利己的縄張り的でこの私に敵意むき出しというほかはない。東北大学に対して不利になるようにするためだろうから、

東北大学は分割して本荘高校陣営と秋田高校陣営にすればなんら問題は生じないだろう。秋田大学も分割するのが妥当である。例えば、東北甲大学と東北乙大学にするのである。大学を新設する必要は全くなくなるだろう。

 

―― つづく。

【隔離された世界と妖怪人間】

マスメディアは大学入試の時期になるとなにかと仕掛けてくる。東大を筆頭とした旧帝大は権力の礎となっている日本の根幹ともいうべき大学である。理系の場合は、医系学部なら旧帝大の理工系よりも良いだろうが、文系の場合は面白くないだろう。特に法学だ。法曹界への道は私立から向かわなければならないが、官僚界はしんどいやろ。文部省の高校体育連盟と高野連は朝日と毎日に振り分ける役目を果たしているふうに見える。

極めて惰弱な手法と言わざるをえない。これがなければ生徒はもっと自由な勉強ができるはずなのだ。邪道なるテレビ朝日は、大学入試に合わせて、またまた道楽趣味のW杯サッカーを放映しようとしている。日本語をわかろうとしない露骨すぎる姿勢はもはや鬼畜の所業であろう。昔テレビ朝日は教育放送といっていたらしいが、

しょせん利己的縄張り的でこの私に敵意むき出しというほかはない。東北大学に対して不利になるようにするためだろうから、

東北大学は分割して本荘高校陣営と秋田高校陣営にすればなんら問題は生じないだろう。秋田大学も分割するのが妥当である。例えば、東北甲大学と東北乙大学にするのである。大学を新設する必要は全くなくなるだろう。

 

■朝日がエンタメ芸能界とかスポーツに熱心なのはわしがエンタメ好きとスポーツ万能文武両道人間であることに起因している。すべてはわしを中心に動いていることを前提にしているためなのだ。そもそもわしは朝日の会長でもあるまいし、朝日のわしに対する執着心は尋常ではないことを人は察しなければならない。政治と官僚、東大が好きな朝日がエンタメやスボーツなども手中におさめるならフジテレビと読売の立つ瀬がなくなるといもんだろう。マスコミ芸能界&スポーツ界は一般社会とは隔離された世界であり大学受験戦争や就職戦線と同等に扱うのはやめるべきである。隔離された世界の人間はほとんど妖怪と思ったほうがいいだろう。ジャニーズ事務所はほとんどわしに服従するわけでもないのに無断で俺ネタを乱用しているふうに見える。俺はマスコミ芸能界の人間ではないので、マスメディアも厳重に姿勢を正して素直に気持ちになって俺さま~に嫌われていることを悟ってもらいたいのである。金も払わんくせして、おかしくて気分が悪くなるわい。

 

 

【絶対不文律】

たとえば寺田心のようにわしがアンチ巨人であることを知ってて「巨人ユニ」を着たり、「将来の夢はシェフ」とほざいているが、サンマには「芸能界はやめられましぇんよ~」と明言しているような嘘をつくことを知っている小学低学年ははじめて観たわい。とにかく俺に逆らってるくせに「俺ネタ」を使うつもりでいる餓鬼と読売は芸能界はガチガチに躾けろ。特にお笑い芸人どもの仕事だ。そもそも俺に逆らう者が「俺ネタ」つかっちゃいかんやろ。

 

【正極負極第3極論】

 

【正極負極第3極論】

文部省の高校二極化競争推進策はメリットよりもデメリットのほうが大きいといわざるをえない。譬えるなら本荘陣営を「正極高校群」とし、秋田陣営を「負極高校群」、大学付属高校・定時制・通信制を「第3極高校群」とするのがおれどんの大枠のとらえ方だが、たとえ正極高校群でもおれどんになじめない連中とかナリスマシ・偽者などもいるわけで油断ならないものでござろう。第3極はまた正極寄りと負極寄りに分かれるが正極そのものではないためイマイチな具合なのである。実は正極高校群の者でないと「究極奥儀」は修得できないといっても過言ではないだろう。負極高校群その他はその者のために邪魔したりしていろいろ試練を与えてやる役目かもしれん。ちなみに会社でも正極、負極、第3極があり、例えば読売巨人軍のように負極組織集団が正極高校群を集めてもたいしたことにはならんだろう。じゃ、よろしゅう。

 

 【高校事案】

小生の[高校・桜三国志]は日本社会の主軸、基準となる論証である。奴等・負極高校群の意識を探れば、正極高校群の者は避け第3極・大学附属高校に代用させるのが最善と考えている としか思えんのである。大学とは両極高校の合流点ゆえにその大学に附随する高校などは半陰陽のようなものだろう。重要なことは県立・府立・都立が核心なわけであり私立に主導権があるわけではないのである。が、肝心要なことは、学校とは関係なくいかにこの私に尽力、貢献するかである。

 

 

【恣意構造を穿つ】

マステレビメディアは特にキャスター、アナンサーとかコメンテーターだが本来的な秋田高校など負極高校群を重用せず、わざと本荘陣営の者を抜擢利用して非難させているように見える。さらにはスポーツ選手もかくのごときで、例えば羽生、錦織、大谷、イチロー、これらをもてはやし押し上げることで、爆発的反動力を生成して社会的地位にある者たちを追い落とそうとしているように見えるのである。学校学業者・一般社会人にとっても少なからず影響が及び、それは会社をクビになりやすくなったり病気に罹ったり、なにかとストレスがたまることになりかねないだろう。なんとも狡猾きわまりない。とにかく気をつけてもらいたい。わかるかね。


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最終更新日 : 2018-04-25 08:02:45

桜三国志「校」の戦争

 

 書堂春闊は何人かいる弟子の中で随一の読書家で博覧強記の梅福解伝と話をするのが最も快い。 梅福から得る情報知識も有意義である。梅福解伝の博覧強記がいかんなく発揮された渾身作「照魔鏡伝説」を春闊は絶賛している。 「春闊さんの20数年前に選定したスポーツベスト10は日本国中のアスリート、関係者の関心の的になりましたが、 春闊さんの意図するところは自身の母校のスポーツを強化することにあったわけですよね。 案の定敵対陣営が妨害工作に打って出てきて、最近では機能しなくなってきたのではないでしょうか?」 「そうなんだよ。もとはといえば高校体育連盟に主導権を行使できる高校じゃないから、 こっちがやたら勝つと奴らは怒りをあらわにしてくるからな。 生意気にこの私のナマエを(ナマエとは、権威、威光、ツキ、運、愛である) 無断で使用してイイ思いをするために奴らも必死なんだということが世間はよくわかっただろうよ」

「群魔環視のもと、春闊さんのような人間がこの地上で活動しておられるというのは、四次元感覚を体感できるようでなんとも不思議ですよ」 「ヤツラがこの私の存在に戸惑っているのは私の策戦勝ちといってもいいだろう。私自身、別に学業・スポーツ等実績があるわけでもなんでもないのだから、ヤツラにしてみれば極めて難解な問題に遭遇してしまったわけである。 外形論をもって攻撃するのが一番だと思い込み、私の欠点をつこうとするが、むしろそれはヤツラ自身の心の醜さを露呈することになり、民衆の心を買うことはできなかった。仮に実体・本体をこの私とすれば、 属性の存在に気づくことになる。属性の者が必ずしも私と似たような外観をしているわけではない。キリスト教では神は自分に似せて人間アダムを創ったというが、 そのアダムの子孫は親のアダムのコピーの如くブタや鶏と同じ顔体となったわけではないだろう。   【資料】■人間の起源~ 人類がどのようにして地上に現れたのか   世界 各地に、人類の起源を語った神話がある。中国の神話では、女神が泥から人間をつくったとある。 最初はひとりづつ丁寧に作っていたのだが、やがて面倒になっ たのか、泥の中に綱をひきずって、跳ね上げた土をそのまま人間にしたのだそうだ。 きちんと作ったものは富貴な人となり、いいかげんに作ったものは卑賤な人 間になったという。 また、キリスト教徒が「旧約聖書」とよぶユダヤ教の聖典では、神が土の塵からアダムという男がつくられ、アダムの肋 骨からイブとよばれる女がつくられたとある。 その他、北欧神話は木から、マヤの神話はトウモロコシから人間が生まれたと語っている。残 念ながら、そのような夢とロマン(?)にあふれた神話群は、現在ではあまり面白みのない「進化論」にとってかわられ、忘れられてしまっている。  進化論の基礎は、19世紀イギリスの学者ダーウィンがつくった。生存競争に生き残った個体が子孫を残すことで、生物は少しずつ環境に適応する方向に進化す るというものだ。 人間も生物だから例外ではないが、当時多くの人が誤解した(そして今でも誤解される)ように、人間はサルから進化したわ けではない。 かりに野生のサルを何十万年観察したところで、人間にかわることはありえない。 ダーウィンが言いたかったのは、人類はサルと共通の祖先から枝 分かれしてきたということである。(以上抜粋)       「私の運魂が盗まれて、ヤツラに喰われてしまっているようなところがあるが、これはあたかも鬼が一寸法師を飲み込んでしまったようなもので、その後鬼がどうなったか――。 梅福君にはまだ明かしていなかったが、私に「秘法一寸法師の術」があるということを。 肉を切らせて骨を切るとでもいうか、ヤツラは一筋縄ではいかないだけにヤツラの油断を誘う有効な方法なんだよ。ムッフフフフ」 「邪悪なヤツラにとっては毒になるといことなんでしょうね。一霊四魂の思想がありますが、霊魂の存在は否定し難いと思いますが。肉体が滅びると、つまり死ぬと人間はそれですべて終わりだと思っている者は今の世の中いるんでしょうかね?  死後の生活があるわけでそれを考えれば現世における生活も変わったものになるかもしれません。」 

  【二重人格幻惑術】 マスコミは二重人格で幻惑してくる。サタン(悪魔)とルシフェル(天使)の顔である。 スポーツを活用して因縁をつけてくる。マスコミは今や完全に「サッカー馬鹿」に変貌してしまった。 おれどんが、ちょっと興味を示したりするとすぐ付け込んで乗じてくるのだ。 おそらく読売巨人軍がなかなか勝てないことになってしまい、ワールドカツプサッカーに随順する 「Jリーグ」を立ち上げて、さらなるスポーツ攻勢を仕掛けたのである。男子サッカーに加え女子サッカーまでも マスコミ戦隊に組み込み、このおれどんに挑んできているのである。それはなぜかというと、このおれどんは、 日本国の要の柱としてとてつもない権力の一端をになっているためなのである。←たぶん。奴等の術は見切った。おれどんひとりで押さえ込むことができるはずだ。 【教育負の連鎖】 マスコミカルトパワーのプロ野球を文部科学省の所管としている以上、学制改革だなんだのとない頭をひねって やったとろで抜本的改善とはならんだろう。政治がマスコミに支配されている国は日本以外に どこがあるのか知らんが、あまりにもふがいないとは、このことだ。 プロ野球界は、一種の精神病院的収容所であり一般の人間とは違うということがわかるだろう。 その顕著なのが、おれどんは読売嫌いだと云っているのにヘラヘラして素直に受け止めることができない。 おれどんのいうことも全くきこうとしない。これでは国民の頭もおかしくなるはずである。これは本来厚生省日本医師会がめんどうみるべき事案であり、おれどんが世話できるような連中ではない。 精神疾患は肉体的にも支障きたすであろうから、病人が増えて医師不足に陥ってしまったのだのだと推測される。とにかくプロ野球は文部科学省所管から切り離してもらわないと、まともに勉学できないというのが理解できるだろう。

 

【マスコミと景気の関係】

昔は、NHKは赤字続きだったものだが、その頃は景気は良かったような気がする。 最近はNHK日本放送協会は、とにかく受信料を取ることに執念を燃やして、裁判まで起こすなんてことは 邪道というほかはない。我輩はNHKは民営化してテレビ朝日なんて奴等は潰したほうがなにかと都合が良いと指摘してきたが、全くそういう気はないのである。民放各社も視聴率をノルマに「営利団体」化しているのは 明かである。マスコミが儲けると世の中不景気になるという法則を我輩は大発見した。 だから、マスメディアには赤字になってもらうのが一番なのである。とにかくテレビメディアは何様なのか知らんが、礼儀をわきまえていない。勝手に無断で「オレネタ」を 使って日本民衆を取り込もうとしているが、我輩にとってははオレネタを見たところでなんの面白みがあるわけでもないし、他人の情報の方が新鮮というもんだろう。「オレネタ」なんだから金出す必要はあるわけないので、もらえるのが常識というもんだろう。よくよくマスコミは日本語がわからないヤツばかりで、たとえ文章が読めたとしても「読解力」がないのだから、全く話にならない。

 

◇西洋12星座占いの瑕疵

西洋星占いがすっかり定着しちまっているが、西洋文化と日本文化の違いは明らかなわけで、
違和感ありすぎるだろ。特に星座の守護神である。これが相当の偏見をひろめているというしかない。
西洋星占いを信じるのはやめるべっきーだな。
我輩がすすめる占いは単に「2月生まれ、4月生まれ、など」の占いでいいと考えるのである。

 

【大学受験資格と機能不全】

日本の内閣総理大臣は慶応大学村岡兼像の台頭で私立大学出身者が飴を舐める流れになってしまったというほかはないが、このような事態を招いたのはこの私が嵌められたことによるもので、気分一新、これからの内閣総理大臣は秋田高校陣営以外の国立大学出身者を指定したいと思う。村岡捏造氏は選挙パンフレット、名刺に本荘卒業と記載してあった。実際は中途から東京の小石川高校に編入しそこを卒業してそこの資格で大学受験している。本荘由利のもんは誰ひとりこの愚弄を咎めるわけでもなく、たいしたことはないとふんでいた、公然の秘密だったというのか。また秋田魁新報などは本荘市長の柳田弘と高校同期としるすだけでそれからの事情は無視している。同期なら普通いっしょに卒業したものだと思うだろう。TDKの斉藤憲三のプロフィールでも大阪の桃山学院出身にもかかわらず東京の早稲田高校としていた。その昔、職場で誰が持ち込んだのかわからなかったが新潮社の「フォーカス」を読んでいたところ、「小沢一郎と小石川高校の同窓生である村岡兼造は……、」という記事に遭遇して新潮間違っているべよ――と俺はそのとき思ったのだが、管理人の原田に「村岡は本荘じゃねど」と指摘したところ、否定もせず原田はあわてた様子で写真雑誌を処分してしまっていた。前から詐称していることを知っていたと確信した。騙されていたのは俺ぐらいのものだったのだろうか。公然の秘密だったのか。以来、新潮社の「フォーカス」は「カイカ~ン!」を叫ぶことなく、「ハイカ~ン!」の憂き目にあったのであった。不審な点はあった。本荘高校男子弓道部が全国切符をかけた東北大会選抜に臨む際、本高は優勝候補に挙げられていたのだが、なぜか村岡捏造が秋田魁新報に邪な談話を載せてきた。そんなこともあって本高は優勝どころか全国切符も逃してしまったという苦杯を舐めさせられた記憶がある。結論からして村岡捏造は秋田高校の手先であるかのような存在である。この捏造氏がもたらした災厄に秋田県立大学誘致がある。横手出身の佐々木知事が県立大学創立を掲げ、場所を公募することにしたのだが、結果、秋田市と本荘市に分割設置の運びとなったが国会議員である村岡氏は知らん振りを装っていたので、村岡に助勢してもらうよう提案したところそのかいあって知事は本荘に傾いた。しかしこれに反発する県会議員は多くおおいにもめにもめたものである。いったん知事は白紙に戻したのだが、これには本荘由利の県会議員が猛反対し、最後はTDKを条件に決着したのだが、これでおさまるわけでもなかったので、知事は引退を余儀なくされることになった。この本荘県立大学反対勢力によって担ぎだされたのが佐々木と同じ横手出身の早稲田大学の寺田典城なのである。

噂では本荘は宮城の東北工業大学を誘致しようとする試みがあったというが、秋田勢にしてみると本荘が東北大学のある宮城県と絆を深めることになり重大な懸念事項であったにちがいない。それを回避するために県立大学が利用されたのではないかと憶測するところである。なにはともあれ、この事案は村岡捏造氏が小石川高校であっことを知らなかった時代のことで、知っていたなら傍観していただろう。とにかく俺にとっては後々災厄以外の何物でもないことであったことを全国民は周知すべきある。

 

【恣意構造を打破】

WBC監督に元巨人の小久保を指名したのは誰なのか?わしは、王は原の時はものめずらしさで日本代表を応援したもんだが、テレビはTBSがメインだったが、この大会は非常に危険ということが判明してきた。選手生命を絶たれかねないことになってしまうということだ。呪われた大会といってもいいだろう。巨人とパリーグ以外の選手には本気を出してやるべきもんではないと忠告しておく。巨人とパリーグでまにあうだろう。そういうことで監督小久保とTBS&テレビ朝日にはわしをアテにすることなく、自力で戦っていってもらいたい。そもそもわしと毎日TBSを遠ざけるようとする恣意的なマスコミだが、TBS自体も敬遠していると思えるがこういう二束三文の商売スポーツでTBSにわしをくっつけられても糞以外の何物でもないわい。ともかく恩知らずのメディアには辟易すること無限大である。二束三文の事案はわしの領分に見立てた計略であるからよく念頭において行動してもらいたい。中高生個人個人の進路問題に影響するのではないか。枢要なる社会権力を行使できないようこのような二束三文の事案に従事させ押し込めようとしているのである。奴等は決して利権、権益は譲らない根性なのである。とにもかくにも頭のいいもんならわかりそうなもんだろう。

 

【馬鹿にはまいる】

秋高横校創価学会とかマスメディアとか国大教員とかその他は、この私を本荘高校の玉体とか総元締めとか黒幕とかその他に見立てているようだが、違和感があるのでそういう見立てはやめるべきだろう。より親近感のあるひとつの霊団の総帥といったほうがより真実に近いだろう。そもそもおたくらが思っているほど執着しているわけではない。というのも高校を通じて赤の他人に(例えば読売ジャイアンツの監督・選手・コーチ・その他)ポロポロと私の「運」がぬすまれてしまうからだ。これは全国的に及んでいる。こういう展開になってしまったのもすべては魔天狗文部省が高校野球・高校総体で主導する同極高校群としてふたつに分類して煽っているためである。魔天狗の皆さんのマジカルパワーに愚弄されるだけでしかない。これが邪道でなくてなんなのか?気にくわん。

 

【権力闘争の意義】

権力者を取り締まるのは警察なのかマスコミなのか、市民団体なのか。

例えば総理大臣の不正、不祥事、犯罪などは誰がどうやって取り締まるのか。この打開策は皮肉にも政治権力闘争しかないだろ。検察警察を動かせるほうが勝つ?マスコミは権力闘争自民党派閥抗争を非難してきたが、これはマスコミの意思に逆らう連中を排除したいがためであろう。現今の安倍政権をみてつくづく感じた。

 

マスコミに操られるような首相、マスコミに諂う首相では悪事を暴くというのは困難だろう。特別検察官制度がないため権力は民意から遠ざかるだけであろん。■加計と森友の件は総理の権限なのか職権濫用なのか、なんなのか。

 

【ことばの命】

マスコミや政治家は「刺客」とか「愚直」なんてことばが好きなようだ。特に安倍晋三と公明山口は、愚直に愚直に繰り返し強調するが、

 

その意味は正直なばかりで臨機応変の行動をとれないこと。また、そのさま。ばか正直。ということである。正直に正直にと言えばいいものを何を考えているのかわからん。バーカにされているようで不快感100%だ。■マスコミ特にテレビ局などは私の一字一句厳重にマークしているのは明らかである。私が使った漢字一字でさえ、連中はこれを使ってすり替えて消し潰してしまおうという魂胆なのであり私の字文にあやかろうというよりも悪意的なもんであろう。漢字一字にも言霊がある。言霊は命である。命は大事にするのが人の道というもんでござろう。だから私は造語を練って自分の言葉を生み出したりしているんだが、とりもなおさず世の中を善方向へ動かすのが目的である。じゃ、よろしゅう。

 

【安倍公明党信用なし】

安倍晋三と公明山口は愚直に愚直にとはどういうことだ?それに消費税の権限を持っているかのごとくなれなれしいが、秋田ではこの私が消費税・売り上げ税を考案したことになっている? ならば権料を支払ってもらわねばならんだろう。暗黒面だけをこの私に押し付けようとしているのは火を見るよりも明らかである。

 

 

■第2次安倍内閣発足後、解散は2回目。衆院議員の任期は4年だが、実際の在任期間は前回が1年11カ月、今回が2年9カ月だ。小池は安倍以外を総理に据えて2年後あたりに国会解散させようとしているのか?もう安倍は限界でつかいもんにならん。

 

【桜三国志「校」の戦争】

文部省の高校二極化競争推進策はメリットよりもデメリットのほうが大きいといわざるをえない。譬えるなら本荘陣営を「正極高校群」とし、秋田陣営を「負極高校群」、大学付属高校・定時制・通信制を「第3極高校群」とするのがおれどんの大枠のとらえ方だが、たとえ正極高校群でもおれどんになじめない連中とかナリスマシ・偽者などもいるわけで油断ならないものでござろう。第3極はまた正極寄りと負極寄りに分かれるが正極そのものではないためイマイチな具合なのである。実は正極高校群の者でないと「究極奥儀」は修得できないといっても過言ではないだろう。負極高校群その他はその者のために邪魔したりしていろいろ試練を与えてやる役目かもしれん。ちなみに会社でも正極、負極、第3極があり、例えば読売巨人軍のように負極組織集団が正極高校群を集めてもたいしたことにはならんだろう。じゃ、よろしゅう。

 

【強大な権威を誇る者の指定大学】

いつ俺様が中央大学が気に入ってるとかなんとか云ったのか?早稲田とか駒沢も無関係な話だ。記憶が全くない。二階と高村、秋元康、小倉智昭(中大付属高校)、寺田学が中大出身で重宝されているのか?すべては俺様の権威が強大なことに起因している。が、俺がちょっと口にしただけで簡単に手にはいるような権威(お墨付き)は権威ではない。「妄執・大錯覚」「煩悩魔」でしかない。

読売ジャも中大出身をドライチ指名だ。そもそも中央大学とは縁もゆかりもないし、なんの連絡もない。全くの無関係でござる。

とにかくちょっと俺様が口にしただけで飛びついてくるんだから全く始末が悪い。ちょっとオレ様が口にしただけでお墨付きをもらったような気になるというのは異常である。本当にやめてもらいたいわい。これは大学だけではないのである。女優とかの著名人でもこの傾向が見られる。すべては盗人集団のマスメディアが誘導しているというほかはない。せっかくだから私立大学で俺様が指名できる大学というのを探してみたが残念ながら見つからなかった。せいぜい国立大学の1.京大、2.東大、3.阪大がトップ3だろう。ゆえに内角総理大臣も国大出身者が適任だということだ。

 

※東京大学は敗戦により2位に降格となった。じゃ、よろしゅう。

 

 

【運魂減殺の闇活】

私は神的存在である。県立高校出身で世界に広く影響を与えてきた。[魔]の激攻を受けるのもやむなしである。大学附属高校が私を頼りの源となるといささかテリトリーの侵害に近いものがある。私の運魂が引っ張られ弱体化に繋がっているふうにも見える。主たる正極高校群に潤いがなくなるのではないかと憂慮している。例えば東大進学校である本荘高校をマネして早稲田系列が東大を目指すようになっているが、昔はありえないことだ。これは負極高校群主流のメディアなどの策謀が働いているともいえるだろう。

 

【正極負極第三極論】

  

文部省の高校二極化競争推進策はメリットよりもデメリットのほうが大きいといわざるをえない。譬えるなら本荘陣営を「正極高校群」とし、秋田陣営を「負極高校群」、大学付属高校・定時制・通信制を「第3極高校群」とするのがおれどんの大枠のとらえ方だが、たとえ正極高校群でもおれどんになじめない連中とかナリスマシ・偽者などもいるわけで油断ならないものでござろう。第3極はまた正極寄りと負極寄りに分かれるが正極そのものではないためイマイチな具合なのである。実は正極高校群の者でないと「究極奥儀」は修得できないといっても過言ではないだろう。負極高校群その他はその者のために邪魔したりしていろいろ試練を与えてやる役目かもしれん。ちなみに会社でも正極、負極、第3極があり、例えば読売巨人軍のように負極組織集団が正極高校群を集めてもたいしたことにはならんだろう。じゃ、よろしゅう。」※正極高校軍の中でも格付けがあって第1位県立府立都立、第2位が私立、第3位が大学附属(正極寄り)・定時制通信制、と区別されている。読売巨人軍などは正極高校主体的編成したところで私の厳密な区別方式で円滑を欠くことになるだろう。さらには、プロ野球だけでなくスポーツ界幅広く正極高校軍の者が利用されている実情からしてほかのスポーツが勝てば[運]がとられ巨人軍は勝ちにくくなる具合となるであろう。

 

 

【世界を変える格付け方式】

 

正極高校軍の中でも格付けがあって第1位県立府立都立、第2位が私立、第3位が大学附属(正極寄り)・定時制通信制、と区別されている。読売巨人軍などは正極高校主体的編成したところで私の厳密な区別方式で円滑を欠くことになるだろう。さらには、プロ野球だけでなくスポーツ界幅広く正極高校軍の者が利用されている実情からしてほかのスポーツが勝てば[運]がとられ巨人軍は勝ちにくくなる具合となるであろう。相乗効果を期待しても相殺力学がまさって、足の引っ張りあいとなるのがオチである。もはや昔とちがって読売巨人軍の出来レースは崩壊、通用しなくなったといえるのである。

ドリャッー!!

 

 

 


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最終更新日 : 2018-07-02 13:21:23

神瑞者

 

 【神瑞者】

 

歴史というものは人間が捏造、改ざんした信憑性に欠けるものだ。私・神瑞者は歴史とはあまり縁がない。論より証拠、江戸幕府勢力の属性と決め付けられながらも、なぜか維新政府に頼りにされている。これぞ神瑞者たるゆえんである。

 

ドリャッー!!

 

■何度も言っているように読売巨人野球は、神瑞者である私を打倒するために仕組まれた魔天狗の謀術であり、決してこの私が好きでやっているわけではないのである。徳川は天皇をないがしろにしたがために霊界では罪悪人として処遇されている。さらには秋田さきがけ秋田高校朝日読売産経などは私を本荘高校の総帥とみなしているが、これぞまさしく[バガの極み]と云わざるをえない。これにより非肉にも私が大赤柱?として世の中を支えることになったが私の犠牲の上に成るものであるから、すべては神瑞者である私の意思次第で世の中どうにでもなるといってもいいだろう。えっ、ならね。?!ウッソー!

 

 

 

 光の増幅に「悪神プログラムコントロール」は呼応し、そのネットワークが策動する。日本の社会構造の奇矯さに気づいた。 いったい誰が望んだのか日本人のモラルは低下、人心荒廃を招き日本は萎縮していくだけなのではないか? 

「春闊さんは、つねづねテレビ・新聞を非難していますが、彼らにはほとんど無視されているようにしか見えませんが……」  久しぶりに視た海は梅福の多忙な心身を癒した。 「マ スメディアによる私に対するスポーツ攻勢をなんとかして打破せねばならん。まったくとんでもねえ野郎どもだ。 この私にその対価も払わずにタダで儲けようったって そうは問屋がおろさねえよ。 自分の都合だけで私をないがしろにする罪は重大だ。 そもそも世界戦・全日本代表クラスのスポーツイベントにいつも私が担ぎ出さ れているようで非常に不愉快だ。 とにかく連中は私に頼りすがって戦えという作戦にみえる。こっちはH高校を勝たせるために躍起になっているのを知ってて、  そうはさせないとばかりに妨害する奴らのくせに、どういうシンケイしているのかよくよくあつかましい人種だ」  書堂春闊の怒りはときどき天まで届 き、天変地異を引き起こす場合があった。今の日本社会体制は、野球好きが考え出した、 野球をうまく利用することを思いついた人間が構築したものであると春 闊はみていた。 明治維新政府の政治がはたして日本という国の舵取りをうまくできてきたのか? 徳川幕府の亡霊をひきずって全体的なバランスを欠いていること は否めない。 まつろわぬ人々を巨人野球に向かわせ、源氏封じを弄して政権を堅持するシステムはもはや限界である。 源氏とは皇族と同族という意味である。鎌 倉幕府の源頼朝、室町幕府の足利尊氏、 江戸幕府の徳川家康(家康は賀茂氏という説がある)は、天皇に対して幕府政治に君臨し、 極めて独立性、権力性が強く 天皇の意向を反映することはかなわぬ者たちであった。 それゆえ、源氏政治には大変なアレルギーを有しているといえるのである。 徳川家康などはホントに源氏 なのかどうなのかという怪しい人物のために源氏が愚弄されるのは疑問である。 家康は民衆に「檀家制度」を定め、仏教王国を目指したわけだが、 本地垂迹説に基づいて「本当は仏教の仏です(本地)が、日本では神道の神としてやってます(垂迹)」東照大権現であることを衆知させ、 自ら日本人らしさをこばんでいる。今は本地垂迹説は消滅している。読売巨人野球空間はやっかい者たちを収容する施設、刑務所に近いかも。 実際は、政権が読売をつくったわ けで、別に政権を揺さぶる存在でもなんでもないのである。 だから、NHK、朝日は自らの地盤を体制を固めために読売巨人を煽り立て褒めまくっているのである。

勝負事と商売・経済の関係法則を探ってみた。勝負事としてスポーツを例にとってみるとして、 基本的に「勝ち」は商売にとって実質的には良い影響を与えるものとは思えない。 例えばプロ野球球団の優勝にあやかっての感謝セールはその時だけの効果しかなく持続性は期待できないばかりか、 かえってその反動の方が怖いような感じがするのではないだろうか?  はやい話、「勝利の神」と「商売の神」の仲、関係が全体的なバランスを保っているのだが、 この両神に同時に好かれるのは至難の業に近いといえる。好かれるのは書堂春紋ぐらいのものであろう。 人はくれぐれも春紋の真似を無理してやるべきではない。これは人間業ではないからである。 こういう春闊にあやかろうとしているのが、いいかげんな企業群である。今の日本国はスポーツ狂社会と化している。 まさに細胞分裂を引き起こしているのだから、たまったもんじゃないっしょ~。 日本の勝負世界(特にスポーツ)において、書堂春闊が最高権威の如く関係者に信じられてきたようであるが、誠に気の毒ながら、 つまりは春紋に否定されてしまえば、その勝ちも意味がないようなもので、全くの名前だけ、ペーパー上の無味乾燥の骨折り損のくたびれ儲けと化すのである。もっとも記録(紙)に残るだけで満足する輩が多いのも確かだが、春闊に認められないのではまさに自慰的快感でしかないだろう。世界的中心人物である書堂春闊の承認を得ずして価値は生じない。 とにかくずるい輩が多く、汚い勝ち方をしても負けた方は悔しい思いも薄く、負けた気がしない。 負けた側には死ぬほど悔しがってもらわなければ勝った側は面白くないというものであろう。 しらけた勝負だらけで、ヘラヘラ笑う輩が増大する日本に明日があるはずがなーい。【マスコミスポーツに深入りするな】 真実を明かすならば、プロ野球、Jリーグ等のマスコミスポーツはこの私を打倒するためにやっているといっても 過言ではない。それが現在のプロ野球の隆盛を招いたのであり、マスコミにとって命綱が出来上がってしまっていたのである。こう私が教えなければ未熟者である読売等マスコミは真実を知らぬまま死んでいかねばならなかったであろう。とにかく大学・高校で先生がた、がたがたは、私のブログ記事・小説を若者に教えて、 進路を誤らぬように「親心」で守ってもらいたいものである。 ■マスコミが営利団体化すると、一般社会の景気が悪くなると判断せざるをえない。 スポーツは磁場を生むため、それはあたかも磁石が蹉跌を引き寄せ付着させるようなものである。 求心力が働き、カネとかの物心が集まり、 このままにすると固まってしまうので、このままにせず遠心力を以って集めた物心を流通させなければ意味がないのである。

 

【世界最高権威の私のランキング】

私が20代の頃定めたスポーツランキングベストテンは敵対陣営を脅かした。スポーツをランク付けするとは不謹慎だ、スポーツ界蹂躙だとみる者がいたが、私 からすればスポーツを道具にして民衆をたぶらかすヤツラからいわれる道理はないのである。そもそも私のランキングに権威を認める人々が多い以上は私の勝ち じゃ。

  ☆スポーツランキングの更新☆ 「私が選んだスポーツベスト10」を20数年ぶりに更新いたします。

1.名堂得凱の「射的道」、2.剣道、3.100M競走、4.ピストルダーツ、5.柔道、 6.ドッヂボール、7.太極拳、8.フットベースボール、9.うさぎとび競争、10.エクササイズなわとび。

※そもそも野球(硬軟)などの経験のないスポーツを面白がっても意味なし。 野球といえば読売ジャイアンツだ。権威ある私のランキングから消えたのは自然の成り行きである。

■キング・オブ・スポーツ「射的道」がついに登場だ。これは、「スポーツ剣道」と「射的」で成り立っている。

最初にスポーツ剣道をやるが、これで汗水たらたら流し体力気力を相当消耗させてから、極めつけの「射的」に臨むというものである。「スポーツ剣道」は通常の剣道とは簡易的というか、竹刀でなくその衝撃度が半分以下に抑えられた特殊な素材でできた棒?を使用する。あまり痛くないから防具も軽く、しかも面の上は固いお皿になっている。道着ではなく、射的のユニフォームであるポロシャツとスラックスタイプズボンなので非常に身軽でナウイのだ。ルールは3分間でメン・ドウ・コテ・ツキをとれるだけとるもので通常の剣道で2本先取で勝利というのではない。つまりはポイント制を採用しているのだ。3分間で5ポイントとれる場合もあれば、0-0の場合もあるので、このスポーツ剣道のポイントがけっこう勝敗を左右しかねない要素もあるのだ。

 

■「射的」は玩具銃を使用。射距離:49m、的:直径42cm、立ち構えで放つ。ひとり9発である。一個入れて1ポイントである。弓道の的の盤に近いものを空洞にしたものに穴を開ける。この円盤は木製では都合が悪いのでウレタン製。厚さは10センチ程度で十分。コルク弾も崩れやすいだろうから、硬いゴム製にする。弾が10mmだとすれば穴は12~15mm程度に設定し、中心に1個、横列に7個縦列に7個とし、この穴に弾を入れるというゲームだ。穴の大きさが同じなら真ん中を狙うしかないから穴の大きさは実は中から外になるにつれ大きくしちゃうのだ。真ん中がイチバン小さいから難しいともいえる。入った玉は盤の下にためる箱をつけておけば縦列のイチバン下の穴が弾でふさがることはない。

 

☆☆スポーツ剣道のポイントと射的のポイントをたした合計ポイントで勝敗を決定するスポーツである。

 

 

【毎日広告】

だいぶ前になるが、夏の甲子園秋田県予選で毎日新聞から広告出稿のお願い電話があった。私個人は全くネガティブな案件だったわけだが、それも3万円近くもの出費である。毎日がなんとか頼むということでやむなく私個人の有益性も考え応じることにしたのであった。

「守って攻めろ!本荘高校」というフレーズだったが、野球は、先攻後攻があって、別に後攻を意識してのものではないことは明らかである。まことにもって誤解の極みでござった。私の野球よりも武道寄りの性格が出てしまった。

これでは先攻(攻めてから守れ?)のときは勝てなくなってしまうというもんだろう。私が云いたかったのは、

主体性を持って、つまり自分自身に勝って、勝つことによって相手を攻め倒せ!という意味なのであり、守って攻めろを真に受けては後攻に懲り固まってしまい、先攻になったら必敗ということになるので野球というスポーツにはあてはまらないもので、実際は柔道剣道のフレーズであった。 どういうわけか主催の朝日新聞からは切実なお願いはなかったが、フレーズは「攻めてから守れ本荘高校」といったところか。私的には毎日は王道、朝日新聞は覇道のイメージ?である。

マスコミ主導社会は不条理だが、霊的事情に便乗しているのかもしれないが、今のこのシステムを超越するシステムが出てこない限りイライラし続けることになるだろう。

 

※王道とは 道徳をもって天下を治める者の道。

覇道とは 武力や権力によって国を統一し、治めようとする者の道。

 

【サッカーを超えるスポーツが誕生】

以前、サッカーを越えるスポーツを考え中といったことがあるが。ついにできた。これはサッカーをベースにしたスポーツである。まさにサッカーを超えるスポーツが誕生だ。その名も「エボリューションフットボール(略してエ゛・フット)」だ。ゴールポストの左右と上に壁板を設置する。この壁板にはラグビーボールを半分にしたような形状体がところどころ貼り付けられている。はねかえりに不規則性をもたせるためである。シュートして、これに当たって跳ね返ってきたところシュートすることができるのだが、どこにボールが返ってくるかわからないところがミソなのだ。

だいたい幅1メートルである。だから、じゃんじゃんシュートできるのである。選手がぶつかるとケガをしないように安全な素材でてきているのだがボールがあたったときはそれなりに反発力がある。ボールは通常のサッカーボールより若干小さく柔らかい。

ペナルティエリア圏外からゴールインは、得点がなんと2点となる。

そのうえ、終盤残り5分以内のゴールインはプラス1点加算される。とっても点が取りやすいゲームとなっている。1チームあたり10人で、グランドの長さは縦横サッカーグランドより2メートル20センチ短い。ハータイムは35分制である。

選手交代枠はキーパー1人、ほか5人までの計6人となっている。

 

☆私が考案した新スポーツ「エボリューション・フットボール(略してエボ・フット)」はまさにサッカーワールドカップ、オリンピックの

 

世界大会を凌駕するものになるに違いない。とにかくスリリングでエキサイティングでおもしろすぎるスポーツだ。世界最高峰のワールドカップに向けて加盟国を募集したいと思う。スポーンサーとテレビ局も選定したい。じゃ、よろしく。

 

 

【呆れることメガトン級】

ジョビキッズの寺田ころろのようにわしとは別人の種のくせして、わしの「おもちゃん」の真似をするウツケ者がいるがジョビキッズの躾けがいかに愚かなものであるかわかるだろう。厳重に処罰したい。またNHKは衛星放送の番組を地上波総合テレビで横流し再放送するというのは、納得しかねる。なんのために衛星放送なのか疑義を呈する。テレビ朝日もエンタメとスポーツに注力しているのはこのわしがエンタメ好きとスポーツオールラウンドマン(あらゆるスポーツ関係者に頼りにされる男という意味)ということを真似しているだけなのである。なにゆえに私の真似をするのか、それは私が嫌いだからである。私が嫌いなのに俺ネタで儲けようとする根性には呆れることメガトン級である。とにかくNHK(日本放送協会)もまた秋田高校とかその他同様このわしにインネンをつけないと何もしない、できないような組織であることは、世界中に知れ渡っていることを人は知るべきである。

 

 

【マスコミ政治による日本社会の損失】

政治家に偉大なる男が出現しないのはどういう理由からなのだろうか?自民党にしてもマスコミに振り回されるだけの弱点だらけの無能集団と化している。創価学会公明党といっしょだからなのか?そもそも公明党と与党というのは奇奇怪怪な話である。すべては村岡兼造(慶応大学)が東京小石川卒であるにもかかわらず本荘を詐称したことにあるといっても過言ではない。これで歯車が完全に狂ってしまい、日本社会は混迷を深めることとなった。そもそも誰もその件について私に教えることもなく、マスコミも知らぬふりして黙っていたから、3、40年の損失は計り知れない。村岡はなぜか小泉を支持するとやらで当時の橋本派を離れていったのも奇奇怪怪な話であった。これより小泉純一郎一派がマスコミの支持を得て調子付くことになる。その手下である小池百合子が都知事の椅子を強奪し、公明党と組んで都議会をも制圧するにいたった。そもそも自民党は公明党が東京において協力関係を断ったにもかかわらず、国政ではいまだに手をきれずにいるのはきわめて愚鈍、不信を募らせる。

 

■魔天狗マスコミは私の系統の者を極度に嫌い避ける傾向があることを知れば、今の政治家権力が魔天狗マスコミの身内だけで回っていることに気づくだろう。未曾有の人間?である私について妙智会・創価学会等の詭計団体が情報収集してNHKなどメディアに入れ知恵してきたとしか思えんのである。これほどマークされてきた凄い私だが「魔網」を突き破るのは容易ではない。その魔網メディアに好かれている都知事・小池百合子は「ヒアリ」の女王アリにチョーそっくりだ。じゃ、よろしゅう。

 

【権益攻防戦埋没する正極高校群】

安倍晋三と公明党の頭はどうなっているのか?加えてマスメディアは完全にいかれている。消費税(売り上げ税)は秋田ではこの私が考案したことになっている。財務官僚も私に権料を支払う義務がある。さらに憲法改正なども私が最初に言い出したのであり、それから動くようになったのである。これに厚かましくも乗っかってジラリして民衆を煽動する姿には我輩には悪魔にしか見えんのであーる。マスコミ読売・朝日・その他は我輩に挨拶するわけでもなくなれなれしく知ったかぶりして虎ノ威を借る狐に変身してボロ儲けしている姿を見ると我輩には悪魔にしか見えんのであーる。奴等にとって権益で正極高校群に主導権を渡すことは死ぬよりもつらいことであり、あの手この手で騙し騙し凌いでいるのが真実情である。

 

■マスコミ特にテレビ局などは私の一字一句厳重にマークしているのは明らかである。私が使った漢字一字でさえ、連中はこれを使ってすり替えて分捕って消し去ってしまおうという魂胆なのであり私の字文にあやかろうというよりも悪意的なもんであろう。漢字一字にも言霊がある。言霊は命である。命は大事にするのが人の道というもんでござろう。だから私は造語を練って自分の言葉を生み出したりしているんだが、とりもなおさず世の中を善方向へ動かすのが目的である。

 

 

【東大信仰】

日本民の東大信仰の根深さからして、私立の早稲田大学慶應義塾大学などは相手にされないというのが真実であろう。だから、内閣総理大臣といえどもたとえ正極高校群の者がその座を勝ち取るとしても例えば橋本が慶應、竹下が早稲田、と全然怖くないのが重用され、なかなか東大出身が成し遂げるのは困難な事案となっていると言ってもいいだろう。


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最終更新日 : 2018-07-19 07:59:22


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