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銀座商店街幻想

闇の中をとぼとぼと歩いているとそれはひょっこりと現れる。
入り口には看板が掲げられており最初の二文字は判別できぬが、あとは錆びたような字で銀座商店街と書かれている。
様々な店が立ち並んでいるのだが、果たしてこれが店なのかと問われれば答えに窮してしまう。商店街と銘打っている以上は店なのだろうけれども、気狂いの工作展ともつかぬものもばかりだ。
例えば三段の棚に面をかぶった猫が整然と並んでいる店がある。天狗に火男、般若に悪尉、みなそれぞれ違った面をつけ正面を向いている。その猫どもは皆背筋をしゃんと伸ばし、動かない。剥製ではないかと思ってしばらく見ていると僅かに尾や耳を動かすのである。
店主と思しき男は狐面で宮司のような出で立ちである。この男もまた奥に座って背筋をしゃんと伸ばし、動かない。
また別の店では暗闇にポツンと手だけが浮いている。店の中はまるで見えず、白い女の手だけが手招きをしているのだ。
しばらく歩くと木の格子の向こう側で着物姿の女郎が座っている。後ろを向き艶っぽいうなじを覗かせているのだが、いつも顔を見ることができない。
向かいには皮を売る店がある。店頭には手袋と銘打った人の手の皮がぶら下がっている。
古びた地蔵やら卒塔婆で雑然とした店、碧い金魚が並ぶ店、深い穴のある店。
早くここを出なければと足を速めるのだが出口は一向に見えぬ。ならばと思って振り返ってみても入ってきたはずの入口が見えぬ。
店と店との間は隙間などなく、どこにも抜け道はない。店先の老爺が快活に笑い出す。どこぞで犬が吠え出す。何かが軋む音がする。眩暈がする。

目覚める。
夢だ。
毎度これで最後にしてくれ思うのだが、何度も見るあの夢だ。
恐らく何か買うまでは見続けるしか無いのだろう。
だが、あそこのものを買ってしまったら、何かよくないことが起こりそうな気がするのだ。

銀座商店街戦争

 街は戦場と化していた。
 どこからともなく現れた軍勢が街を蹂躙した。
 ニュースはそれを伝えなかった。
 助けは来なかった。自衛隊も、警察も。
 住民たちは逃げようとしたが道路は軍隊に封鎖され、それ以外の場所でも突如として現れた壁が行く手を遮った。
 何が起きているんだ。誰も答えを教えてくれはしなかった。
 季節は冬へと変わり、街は雪に包まれた。
 不思議なことに食料と生活必需品、そして武器が知らぬ間に届けられた。物資を積んだトラックが乗り捨てられているのだ。
 敵がいる。武器がある。自然と住民たちは銃を手にした。
 その前線の一つに、ここ銀座商店街があった。
 酒屋でかつての店主たちが古びたストーブを囲んでいた。
「うぅ、今日は一段と冷えるの」
「昨日も同じ事を言うとったぞ」
 皆、半ば隠居の身、店を畳んだものや次代に託したものばかりであった。
 若者はショッピングモール奪還作戦に出払っている。
 今ここにいるのは老人たちばかりである。
「まさかこの歳で戦争に駆り出されるとはの」
 ストーブの上には薬缶が乗っており中には徳利が入っている。
「この酒を飲むのもこれで最後になるやもしれんな」
「なに縁起でもないことを」
「そういう意味とは違う。この酒は送ってきてくれんのじゃ」
 老人たちはほのかに酔っていた。戦場は街の向こう側、遠く離れている。
 半鐘が打ち鳴らされた。見張りは金物屋である。
「なんじゃ」
「金物屋ボケとるからのぅ」
「見に行ったほうが良かろう。鐘を鳴らされ続けちゃたまらんわい」
 重い腰をあげると「よっ」と一声かけて外套を着こみ、手袋をはめ、冷たい小銃を肩にかける。
「敵が来ていたらどうする?」
「なぁに、返り討ちよ」
「そうさな。冥土の土産に一花咲かせねばなるまいて」
「また縁起でもないことを」

 整形外科技術の発展に伴い、手術の危険性は極小に抑えられ、整形手術の簡易化、費用の大幅な低下が見られた。
 それは整形手術の普及と世間一般の整形に対する偏見の拭うことに大きく貢献した。
 いまや整形手術は一般的なものとなった。
 整形をしたことのある小学生もこのご時世珍しくない。
 老人たちの中には未だに偏見を持つものがいないわけではないが、今では整形を一度も経験せずに死ぬものの方が少ない。
 もはや、顔は一生変えられぬものなどではなく、思い通りにすることができる時代となっていた。
 気に入らなければ、変えてしまえばいい。
 それが、常識であった。

 自然と街中にいるものは皆美男美女である。
 かといって皆同じ顔をしているというわけでもなく、それぞれ何となく特徴があり、美形にも様々なタイプがある。
 それでも以前と比べれば人違いが多くなったのが昨今の事情ではある。
 例えば街角でアイドルを見かけたとしても、人々は何の反応も示さない。同じ顔にしたファンの一人にすぎないと思うだけだ。

 教室の中でずっと俯いて本を読んでいる少女がいる。
 今は休み時間、他のクラスメイトたちは思い思いの場所で遊ぶなりしゃべるなりしている。
 わずかに教室に残った者たちもグループを作ってそれぞれ楽しげに笑っている。
 少女は他の生徒達とはどこか違った。その違いは孤立しているとかそういう状況的なものとは違う。
 違うのは、顔だ。
 彼女の顔は、美しくなかった。

 少女は一度も整形をしたことがなかった。
 顔にメスを入れたことがなかった。

 美しい顔ばかりがいるクラスの中で、少女の顔は目立った。
 周りの者達とは明らかに違うのだ。
 少女の顔は左右対称ではない。
 顔のパーツの間隔は黄金比率ではない。
 年齢よりも若くみえるわけでもない。
 初対面の人間は少女の顔を見て明らかに驚き、街中でもジロジロと見られることがよくある。
 男子に話しかければ不快そうな顔をされ、女子と歩くときには距離をとられる。
 中学生の時は虐められもした。
 高校に入ってからは虐めはなくなったが、皆に「見ない」ようにされた。

「幽霊」

 クラスメイトたちの間で彼女はそう呼ばれていた。
 
 少女の家庭は整形も出来ぬほど貧困していたわけではない。
 むしろどちらかと言えば富裕層に属するような家庭だった。
 だが、他の家とは違うところがあった。
 彼女の両親はとある宗教の熱心な信者だった。
 宗教と入ってもいわゆるカルトの類の怪しげなものでもない。ただ、道徳を重んじ、信者に節制のとれた生活を望むだけの危険のない宗教だ。
 そして、彼らの重んじる道徳の中には己の欲がために自らの身体を傷つけるような過渡があってはならぬというようなものが混じっていた。
 要は整形は禁じられていた。
 そうはいってもこのご時世、強制力はない。大半の信徒は整形を経験している。
 ただ、彼女の両親はとても熱心だった。

 彼女には両親に逆らうような勇気はなかった。
 あったとしても、部屋の中をめちゃくちゃにする程度の僅かなものである。
 宗教的な面以外では両親は優しかったし、彼女のことを本気で心配していた。

 
「いつか、お前のことを本当に理解してくれる人が現れる。表面ではなく、内面を」

 彼女が自分は一生恋人なんかできないかも知れないとこぼしたときに、父親が言った言葉だ。
 そのことを彼女は鵜呑みにしたわけではないが、どこかでそれにすがっている。
 母親の持っていた少女漫画に出てくるような優しい男の子が迎えに来てくれるかも知れない、と。
 私の顔ではなく、心を好きになってくれる人が。
 そんな心の優しい人が。

「隣、いいかな?」

 少女は最初、それが自分に向けられた言葉だとは思わなかった。
 図書館の隅の席、周りには誰もいない。
 顔を上げると、そこには優しいく微笑む青年の顔があった。

「君、いつもこの席座ってるよね」

 言葉に詰まった。
 彼は返答を待つことなく彼女のとなりに席についた。
 驚いている彼女を尻目に彼は次々と言葉をかけてくる。次第に彼女もぽつりぽつりと返答を返していった。
 いつしか彼女も笑顔になり、彼と様々な話をした。
 話の内容はまるで覚えていない。それでも彼女にとっては数年ぶりの楽しい時間であった。
 彼女は眠りにつくまで夢見心地だった。

「いつも君のことを見ていたんだ」

 初めは彼が騙そうとしているのでは無いかと疑いもした。
 影では馬鹿にしているとか、何かの罰ゲームだとか。
 でもそんな素振りは一切見られなかった。彼の笑顔は本当に純粋で、とても嘘を付いているようには見えなかった。

「ねぇ、付き合ってくれない」
 
 少女には彼の申し出を断る理由はなかった。
 彼は私の中身を、本当の私を見てくれている。彼女はそう感じた。
 彼の心は純粋で、見てくれの美しさなど全く気にしないのだと。

「愛している」

 彼女も彼を愛していた。
 彼といる時は、何もかも忘れ、幸せな時間を過ごすことができた。

「この時間がずっと続けばいいのに」

 彼さえいれば、自分の顔のことなど忘れていられる。
 嫌な事など、何も見えなくなる。

「ねぇ、私のどこが好き」と彼女は問う。

「顔」と彼が答える。


「だって、君みたいな顔、滅多にいないよ」
「面白いよね。すごいよね。皆似たような面白みのない顔なのに君だけそんな顔なんだもん」
「いつまで見ていても飽きないし、見るたびに面白い発見があるんだ」
「君みたいな顔の子と付き合えるなんて僕は幸せだよ」


「絶対に整形なんかしないでね」



虫の知らせ

 見通しの良い一直線の道路をワゴンタイプの車が一台駆け抜けていく。
 夕日を背にして夜へ向かって突き進んでいく。
 窓を開ければ爽やかな初夏の風が車の中に入り込んでくる。
 乗車しているのは4人、運転席と助手席、後部座席に座るもの一人と、最後尾の席で寝そべっているものが一人。
 ゆったりとした空間の中で、皆が皆緊張感もなくゆったりと過ごしている。
 皆、知っている者同士。旧知の間柄。親友たちである。
 対向車もなく、前にも後ろにも車の陰はない。特に急ぐ用事にもなく、目的地の旅館にももうすぐ着く頃だ。
「これで、あいつさえいればな」
 一人が寂しそうな顔をしながらふと呟いた。
 何時もの面子には一人かけている。
 学生時代いつも一緒に行動し、何刻も馬鹿をしていたのは5人のメンバーだった。
 それが今日は4人である。
 そう、それはつまり、
「馬鹿。なんでそんな顔してんだよ。用事だってんだから仕方ねぇだろ」
 用事があったから来れなかったのだ。
「悪ぃ。でもよ。あいつ、この前会いに来たんだよ。何か深刻そうな顔してよ、しかも特に用事もなくて、ただ何となく会いたかったっていってさ」
「マジかよ。俺んとこにも来たぜ」
「俺も」
「俺んとこにも来た」
「嘘だろ。だって、あ、あいつ九州だろ?つっちゃんって秋田だっけ?わざわざ来たの?」
「ああ、何か出張のついでとか言って、俺も仕事たまってたんだけど、どうしても会いたいっていうからさ」
「……」
「まさかあいつ……」
 そこまで言わなくとも皆の頭の中に去来する2文字は同じだった。
 自殺。
 死ぬ前に会いに来たのでは無いだろうか?
 もう会えなくなるから、その前に顔を見に来たのではないだろうか?
 だが、その憶測を誰も口にすることは出来なかった。
「たまたまじゃね?たまたま」
「だよな。あいつがまさか、な。一番しぶとそうだしな」
「ねーよ。ねーよ。まじありえねぇ」
「でも、まさかってことも。結構よく聞くじゃん、誰も気が付かなかったって」
「……」
「うっせ。うっせ。空気読めよ。大丈夫だって。マジたまたまだって」
「だってあいつこの旅行すっげぇ楽しみにしてたんだぜ。それが急に用事だなんて。何の用事かもいわねぇし」
「性病とかじゃね?」
「ば、ちょ、何だそれ」
「ほら、言い難い理由っつったらさ。温泉とか入って俺らに伝染したら、あれじゃん?」
「あり得る。あいつ風俗ハマってたしな」
「はははは。ありえるわ。ありえる。ま、とりあえず俺電話してみるわ」

 何故だか突然、友人たちの顔が見たくなった。
 虫の知らせ、というのは正しいのだろうか。もう会えなくなる気がしたのだ。
 多分、俺は死ぬ。
 そんな気がした。
 自殺する気なんて毛頭ない。
 ただ、事故か何かで死ぬような気がした。
 そう思うと何もする気が起きなくなった。何もかも無駄に思えた。
 ただ、長い時間を一緒に過ごした友人たちの顔だけは見ておかなければならないと思ったのだ。
 せめて死ぬ前に。
 友人たちの顔を見たら、あとは準備は整ったと思うようになった。
 そう思うと、今度は外に出るきも起きなくなって、会社も辞め、ただ引きこもるだけの生活が始まった。
 あとは死を待つだけ。
 死が怖くないわけではなかったが、ただ何となく準備はできたという漠然とした気持ちだけはあった。
 だから、いっそ早くして欲しかった。
 死を恐れる恐怖を長い間は味わっていたくなかった。
 やるならばひとおもいにやってくれ、と思うのだ。
 だからといって、自殺する気はない。
 自殺では親や友人たちが悲しむ。だが、事故ならば仕方ないと、どこかで諦めてくれるだろう。
 きっと事故か何かで死ぬのだ。
 友人たちを巻き込むわけにも行かないから、旅行はキャンセルにした。
 楽しみだった。
 むしろ、この旅行の機会に友人たちとくだらないことを語り明かしたかった。
 仕方がない。
 俺は死ぬのだから。
 旅行は今日だ。今頃旅館について温泉にでもつかっている頃だろう。
 ふと、ニュースから流れる音声に耳が反応した。
 それが何故か、最初理解できなかった。
 画面に流れる文字が、異国の物に思えた。
 やっと理解した時、世界は闇に包まれた。
 現実のニュースは既に別の事件を伝えているはずなのに、私が見ているニュースはずっと同じ事を伝え続けている。
 とある事故のニュース。
 一直線の見通しのよい道で、運転を誤った大型トラックがワゴン車に正面から突っ込んだという事故。
 死者の名前が読み上げられる。
 見覚えのある名。
 生きているはずの名。
 笑っているはずの名。
 温泉につかっているはずの友人たち。
 ニュースに流れた知っている名前を見て、俺は自分の勘違いを嘆いた。
 死ぬのは俺の方じゃなかった。
 俺は勘違いをしていたのだ。
 顔を見たくなったのは、俺が死ぬからじゃなくて、アイツらが死ぬからなんだ。
 もう、会えなくなるのは、俺じゃなくて、アイツらだったんだ。
 なんで、なんで、気付かなかったんだ。
 教えることができたかも知れないのに。
 止めることができたかも知れないのに。
 暗闇に包まれた部屋の中で携帯電話が光を放っていることに気がつく。
 事故の時刻の着信にあった。
 旅行に行った友人からのものだ。
 メッセージが残っている。
 俺は嗚咽を漏らしながら携帯を耳に当てた。
 激しい衝突音。悲鳴。ノイズと携帯が転がるような音。
 苦悶の声。
 痛い痛いと苦しむ声。
 やがて、その声もやみ、無音になる。
 無音になっても俺は携帯を耳元から話すことが出来なかった。
 ただただ、聴き続けた。もはや、残されたメッセージなど無いというのに。
 だが、メッセージが最後に一つ、残されていた。


「なんでおしえてくれなかったんだ」



いちご いちえ

「春は埃っぽくて嫌い」
「花粉症」
「ううん。でも埃っぽいでしょ?」
「そう?」
「そう」
 彼女は一つくしゃみをして鼻をすすった。やっぱり花粉症じゃないか、と言いかけて止める。
 何せ彼女は赤の他人。氏素性もお互い知らない仲だから。
 始めに行っておこう。これは出会いの物語でもなければ別れの物語でもない。日常の一場面である。
 これ以来彼女とは話していないし、姿を見てすらいない。
 神に誓って。
「やっぱり嫌い」
「でも夏とか冬とかよりはましじゃないかな」
「冬は好きなの」
「夏は」
「春と同じくらい嫌い」
 春は残酷な季節だってどこかの詩人が言うくらいだから、春を嫌う人がいたっておかしくないのだけれど、埃っぽいからって嫌われる春はちょっと可哀想だ。
 それを言ったら僕は夏は暑いから嫌いで、それはいいのかと問われれば答えに窮してしまうわけだが。
「僕は嫌いじゃないけど。春」
 彼女と出会ったのはついさっきで、彼女の目的も名前も知らない。ただ、ぼうっと桜の蕾を眺めていたら隣にいて、しばらく一緒になって眺めていた。
「面白い?」
 それが彼女の声を聞いた最初で
「それなりに」
 これが僕の彼女に聞かせた最初の声。
 振り返って見れば太陽が傾いていて、そこから飛行機雲が一本、斜めに伸びている。
 まるで巨大隕石の軌跡みたいで、地球最後の夕暮れ時といった感じ。
 太陽の眩しさに目をシパシパしていると、彼女は寂しげに言う。
「世の中には直視しちゃいけないものってあるのよ」
「例えば?」
「親の不倫現場」
「してたの?」
「ううん。見たのは、飼猫と野良猫の交尾」
 まぁ、よくわからない。
 彼女の不思議な言動はたまたまかも知れず、普段は普通なのかも知れない。けれどもそれは僕には知りえない。
 何せ彼女とはその場限りのお話だけで、その後は会うことも無ければすれ違うこともなかったんだから。
 本当だ。
 これは始まりの物語ではなくて。
 何かの出会いの物語ではなくて。
 恋物語では決してありえない。
 神に誓って。




 まぁ、神様なんか信じちゃいないんだけどさ。

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