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1

 その朝、ギュンターは憮然と寝台から体を、起こした。

ローランデが北領地[シェンダー・ラーデン]に戻ってからというもの、それ迄しつこく攻め込んで来た南領地ノンアクタルのその向こう、ローデルベール国のラウンデルⅢ世はぴたり!とアースルーリンド侵攻を、取り止めていたからだ。

つまり、それ迄ひっきりなしに戦闘に駆り出され、戦いに明け暮れていた日々が、いきなり平穏に満ちた毎日と成り、ローランデとずっと過ごしていた近衛宿舎に今は一人、寝泊まりする羽目と成り、嫌が上でもローランデの姿を部屋の至る所に思い出し、最悪な気分で、先週北領地[シェンダー・ラーデン]までとうとう居ても立っても居られず会いに行き、だがそれからたった三日だと言うのに、もう腰がむずむずし、再び北領地[シェンダー・ラーデン]迄駆けようか。と思い悩む程だった。

「…起きてたの…?」

ギュンターは気づいて振り向くと、寝台には見た顔の栗毛の女が裸でその真っ白で豊かな胸をシーツで隠し、身を起こして寝台に掛ける自分の背に、しなだれかかる。

ギュンターは一瞬夕べの事を思い出そうとし、同時に彼女の名前を、記憶から呼び出そうと暫し、沈黙する。

「メリーアン…?」

確か…そんな名だった。

女は背に額を付けたまま、くすりと笑った。

「アリーナ」

ギュンターは顔を揺らす。

「…酒がまだ、残ってるな…すまない。間違えて」

彼女は後ろから首に両腕巻き付けると、くすくすと笑った。

「メリーアンは貴方の左横に居たわ。

でも貴方は私の誘いに、乗ったじゃない?」

ギュンターはぼんやり、夕べの事を思い浮かべた。

そうだ…。隊長会議でディングレーやアイリスと一緒で…ローランデが北領地[シェンダー・ラーデン]に戻った事から近衛中に、俺がローランデに振られた。と知れ渡っていたし…どうやら、俺の様子が奴らですら心配げな表情をさせる程らしく、上品な席だから。と、舞踏会に無理矢理連れて来られ、そして………。

取り囲む女が、何時迄も引かなくてしつこくて、ギュンターはその中の一人を、選ばざるを得なくて…。

結局名を聞いたメリーアンで無く、反対側の横に居た女を…選んだ事を、思い出した。

笑顔が気さくな、栗毛の二十代の半分程年齢の、物の解った後腐れなさそうな、気軽な親しみやすさが気に入って。

赤毛の女と金髪の女は火花を散らし、一触即発だったし…とにかく、振り払ったかと思うと次々に女が現れ、避難所のつもりで今背にしなだれかかってる女の手を取り、他の女避けにしていたのですまないと思い、その後も付き合った。

ギュンターは周囲を見回す。

屋敷の、一室だ。

明るい陽は外に続く一面のガラス窓から差し込み、黄色を基調とした小花の散る壁紙やカーテン。明るい栗色の艶やかで手の込んだ調度品の数々。そして天蓋付きの寝台を、眩しく照らし出していた。

彼女は振り向くギュンターにうっとりとした表情を浮かべ、その顔を傾けたので、ギュンターは習慣に従って彼女に口付けた。こんな洒落た室内じゃ、多分自分の美貌はそれは、ロマンチックに彼女に、見えている事だろうな。と内心、肩をすくめながら。

ギュンターは顔を離し、巻き付く彼女の腕を首からそっと外すと、立ち上がる。

「あら…。

この後予定が、あるの?」

彼女に聞かれ、ギュンターは床に散らばる衣服を掻き集めて身に付け初め、呻く。

「その予定を、連れに聞かないと。

確か会議の翌日、左将軍に報告をするから集まると、聞いた記憶が確かか、確認取らないとな。

…奴らがまだ、居ればいいが」

アイリスは多分、自分同様屋敷内で女に掴まり、確実に朝を迎えてると解っていた。


ディングレーは…ローフィスと居る筈だった。

ローフィスの移動が決まり、隊長だった奴に代わって副隊長のディングレーは隊長に昇格する。

身分の低いローフィスは自分同様、敵対勢力ムストレス派の標的になる事しばしばで、奴はとうとう神聖神殿隊付き連隊へ移動願いを左将軍ディアヴォロスに出し、奴を兄貴のように慕ってるディングレーは多分、別れをそれは、惜しんでいる筈だ。

態度には出さないものの。

まあ、ディングレーの兄貴のグーデンは宮中護衛連隊へ配属されていて別れ別れだが兄弟仲はすこぶる悪いし、あのロクデナシの兄貴を、あの立派な男が見習うどころか軽蔑し、ローフィスへと入れ込むのも無理はない。

ローフィスもデキた男だし面倒身も良かったから、自分より身分の遙か高い、立派な体格の強面の男前に懐かれても、ビクともしない。

俺なら…絶対ごめんだが。

聞くと奴らの付き合いは教練に上がる前からだと聞く。

…の割には、ディングレーは年上で隊長である筈のローフィスに、敬語を使うのを一度も耳にした事が無い。

教練時代、酒場でこの二人連れに出会った時、その以外な取り合わせに本当にびっくりした。

…今はさすがに慣れたが。


2

戸口で今だ寝台に居る彼女に、視線を投げる。

「もしまだここに居るのなら…」

前髪を上げ、栗色の柔らかな髪が緩やかにくねって色白の顔を縁取り、豊かな胸と肢体を真っ白なシーツに包む女性らしい艶やかさを纏った、穏やかさを湛えた少し垂れ目の、美人だった。

その瞳が青色だと気づき、ギュンターはつい、吐息を吐く。

ローランデとは勿論全然違うが、あの青の瞳に引きつけられるように彼女を、選んだのも確かだった。

彼女は戸惑うギュンターに、くすり。と笑った。

やはり、品の良い親しげな微笑だった。

「あら。戻って来てくれるの?」

ギュンターは柔らかな冗談交じりのその皮肉に、肩を竦める。

「予定が優先なら、使いを寄越す。

でなければ…戻るが?」

彼女はまた、くすくすくすと笑う。

「それとも誰かに、掴まらなければ?

貴方ってほんと、競争率高いわ!」

ギュンターは言われて、押し寄せる女の数を思い出し、もう一度肩をすくめた。

「夕べはなぜかいつもより凄い」

彼女はギュンターを、じっと見た。

「なんだ?」

「…だって貴方、恋人に振られたばかりでしょう?

空いた席をみんな、狙ってるのよ」

ギュンターは“振られた"と言う件(くだり)でつい、思い切り喉を、詰まらせ俯いた。

「…あら…。ごめんなさい。

平気そうに見えたから………。

堪(こた)えてたのね?

夫も貴方は凄く、入れ込んでたって。

でもそのお相手と言うのが、北領地[シェンダー・ラーデン]の貴公子じゃね」

振られるのは当然だ。と言う口調に、ギュンターはもっと、俯く。

相手が良く知る飾る必要無い相手なら、思い切りがっくりと、肩を落としていた所だ。

がふと、聞き返す。

「…夫?」

彼女は笑った。

「安心して。別居状態だから」

ギュンターはつい、顔を揺らす。

「…旦那の、浮気か?」

「愛人を五人も抱えられちゃ、妻を構ってる間なんて、無くて当然よね!」

彼女の剣幕に、ギュンターはつい、肩をすくめた。



3

 広間の続き部屋に顔を出すと、だだっ広い室内にまばらに、それぞれの椅子やソファに掛けて空の酒瓶を前に話し込む男達の姿が見え、その中に案の定、ディングレーとローフィスの姿があった。

扉の直ぐ横には名前を間違え、夕べ選ばなかった黒髪のメリーアンが、振り向くなりいきなりふん!と顔を背け、横の長身の色男、レルムンスの腕をぐい!と自分に引き寄せる。

レルムンスの、淡い栗毛の狐のように優美な、相変わらず整った生っちろいにやけ顔が自分に注がれたが、無視した。

レルムンスはギュンターの隊の副隊長ディンダーデンのいとこだがムストレス派の男で、大嫌いないとこディンダーデンが居ないと、それは態度がデカかった。

ディンダーデンに言わせると昔しょっ中いじめてたらしいので、今だディンダーデンの姿を見ると、レルムンスはそっと身を隠す。

が今や体格は自分らと並ぶ長身の、隙無い剣を使う、近衛の隊長の一人だった。

がギュンターは視線をディングレーらに戻す。

彼らにそっと近寄ると、二人は揃って長椅子から振り向き、だがその椅子に辿り着くその前に、腕をふいに横から掴まれ、振り返る。

アイリスの端正な、長く濃い栗毛を肩に流す優雅な姿が目に飛び込み、だがそのいつも余裕しか持ち合わせが無いように微笑を湛えている筈の顔が、眉間を寄せ困惑の表情を浮かべているのについ目が吸い付き、問う。

「…アイリス…!何だ?!」

「…君、夕べアッサリアス婦人としけ込まなかったか?」

ギュンターは一辺に言葉に詰まり、アイリスの心配げな表情の理由がずどん!と重く胃にのし掛かるのを、感じた。

「アッサリアス?………アリーナと名乗ってたが………。

もしかして彼女の夫が………」

途端、ローフィスが立ち上がる。

そしてそっと横に付き、周囲の男達を覗うように、声を潜めてギュンターにささやく。

「とっととここを、逃げ出せ」

ディングレーもローフィスの背後から声を忍ばせる。

「ムストレス派の奴らがお前の失態を、目こぼしする筈が無い。

准将がここに、駆け付けて来ない内に逃げて、後日は知らないとばっくれ通せ」

ギュンターは俯く。

「だが彼女の話だと准将は愛人を五人も抱え、彼女の相手をロクにしないと。

本当に、アッサリアスは駆け付けて来るのか?」

アイリスは思い切り、吐息を吐いた。

そして顔を上げ、声を思い切り潜める。

「…知らないのか?

あっちが下手だと婦人から寝室から閉め出され、それで五人も抱える羽目に成ったんだ」

ギュンターは横に肩を並べる年下の大貴族の整った顔を、たっぷり見た。

「…もしかして、技術向上の為に………?」

アイリスに頷かれ、ギュンターは思いきり、顔を下げた。

ローフィスが、畳みかける。

「…婦人の口から、お前が“良かった”なんて、洩れてみろ!

婦人の手前その場は濁しても、後日絶対恨みを買うぞ!」

ギュンターは、そう言った軽やかな伊達男を見つめる。

「…もしかして、アッサリアスは婦人にベタ惚れか?」

目前のローフィスも隣のアイリスも、そしてローフィスの背後のディングレーまでが思い切り、頷く。



4

 扉を開けると、彼女はまだ、そこに居た。

夕べ見た淡いピンクのドレスを品良く身に付け、ギュンターの姿に微笑みを送る。

「あら…!

約束を守る方だとは、思わなかったわ!」

親しげな微笑を湛える彼女に、ギュンターは表情を引き締め、口早に問う。

「…旦那は、アッサリアス准将なのか?もしかして!」

彼女は目をまん丸に、する。

「どうして、慌ててるの?」

「旦那が怒鳴り込みに来る。多分」

婦人は爽やかに、笑った。

「じゃ、貴方は私の後ろに隠れていらっしゃいな」

自分より頭三つ分は背の低い、華奢な女にそう言われ、ギュンターは呻いた。

「そんなみっともない真似が出来るか?」

婦人はますますにっこり、笑った。

「でも主人は、ムストレス派よ?

貴方、ディアヴォロス派でしょう?

夫に睨まれると、まずいんじゃないの?」

「…あんたと寝た時点でとっくにまずいさ!」

彼女は軽やかに笑う。

「私は、楽しみだわ!」

「言ってろ!」

だが彼女は、少し拗ねたように顔を俯けた。

「北領地[シェンダー・ラーデン]の貴公子の為ならムストレス派と平気で事を構える貴方なのに、私相手は嫌なのね?」

ギュンターは途端、顔を引き締めつぶやく。

「ローランデは惚れた相手だから覚悟は出来てるが、あんたは違う。

夫から奪いたくて口説いて無いからな。

だが…どうせムストレス派の連中がごろごろそこら中に居る。

ばっくれても、無駄だろう」

アリーナは、にっこり笑った。

「顔が綺麗なだけじゃなく気骨があって、貴方のそんな所が大好きよ。

心配いらないわ。私の実家は、ラフレルデス大公家だから、夫に脅しを掛けて貴方の身の安全は、私が保証してあげる」

「…………准将に取っては、逆玉の輿か?」

婦人は顔を上げてもっと、笑った。

「彼が私に頭が上がらないのは、そのせいよ!」

が、ノックと共にアイリスが慌てて室内に滑り込む。

「准将が、たった今到着した。ギュンター。ここに彼女と一緒に居るのはもの凄く、まずいと思う」

婦人はアイリスの姿をみつけ、ますますにっこりと笑う。

「あら。もう一人の競争率の高い殿方だわ?」

ギュンターは慌てるアイリスに色目を使う婦人に、思い切り呆れた。

だがアイリスは婦人の色目使いに動揺する気配無く、いつものチャーミングな笑顔を浮かべると、丁重な口調で告げる。

「失礼ですが、こっそり裏口からお帰り頂いて、夕べの内にギュンターとは別れたと、ご主人に告げては頂けませんか?」

婦人は嬉しそうに微笑むと、アイリスを見上げる。

「じゃあ、取引ね。

貴方が私の別宅に夜、尋ねて来て下さるなら、お引き受けしますわ?」

ギュンターは顔を下げた。

第二の餌食だ。

だがアイリスは内心を押し隠し、笑顔を崩さなかったので、ギュンターはアイリスが婦人同様大公の叔父が居るから婦人と寝てもお咎め無しで肝が据わってるのか、それとも単に、婦人が好みのスケベ男なのかと、いぶかった。

アイリスはにっこり笑うと

「ギュンターと夜を過ごしたと言うのに、私に迄目をかけて頂いて光栄としか申せませんが、生憎私には妻が居(お)ります」

婦人はその都合の良いアイリスの言い訳をばっさり斬った。

「でも夕べはナーデンタール婦人と過ごされたんじゃ、なくて?」

婦人もギュンターにもバレバレなのにアイリスは、にっこり笑って見え見えの言い訳をかます。

「ご婦人とは話が弾んだだけです。

夜更け前には、ご自宅に帰られましたよ?」

「言い逃れが、お上手だこと!」

アッサリアス婦人は素っ気なく言い、アイリスは女性が思わず胸ときめかせるチャーミングな笑顔で、婦人に微笑みかける。

「…本当に、残念です。

貴方のようなお方をいつでも腕に抱ける准将は本当に、幸せなお方だ」

「それはありがとう。アイリス」

アイリスはぎくっ!と一瞬肩を揺らしたし、ギュンターは顔を上げ、アイリスの背の向こうの扉からその姿を現す准将を見、婦人は夫に微笑みかけた。

「…お久しぶり」

背後にムストレス派の隊長の一人、銀髪のララッツが付き従い、その横のローフィスが、ギュンターに

『まだ居たのか!』と鋭い視線を送る。

准将は婦人に憮然。と一つ、頷き挨拶に応える。

ローフィスもララッツも、婦人を取り巻く男二人が夕べの舞踏会で、会場の女性の視線をかっさらう一二を争う美男で、准将が鷲鼻の尖った顎の、どう見ても美男とは程遠い容姿なのについ、顔を下げた。

准将は瞬間、背後のララッツに小声でつぶやく。

「昨夜の相手はどっちだ?

…まさか、二人ではあるまい?」

アイリスがその言葉につい、ギュンターを見、ギュンターはアイリスを巻き込むまいと口を開けようとし、が、婦人が先に言った。

「どうしてそれを、私にお尋ねにならないの?」

准将は途端、言葉に詰まった。

「…つまり男が浮気をすると甲斐性で、女がすると不貞だとか、思っていらっしゃるの?まさか」

准将はその、いかつい顔を思い切り、下げる。

ギュンターもアイリスもが、婦人に頭が上がらない准将をつい、揃って見つめた。

「おかしいじゃない?

殿方は美人と名高い婦人を寝取ると、自慢げにお話されるのに。

どうして女もそうだと思わないのかしら。

私が競争率の高い女性に人気の殿方を勝ち取っただけの魅力の持ち主だと、ご自慢に成れないの?」

その場の男達は一斉に、准将に同情して顔を、下げる。

「貴方が登場したお陰で、もう一人の人気者を落としそびれたわ。

二人と過ごしただなんて、どれだけ女達の間で鼻が高いか、お分かりにならないの?

あの、自分はどの殿方も求めて止まないと自惚れているメリーアンの、鼻を開かせるのに!」

准将は顔を上げる。

「で、君は結局昨夜、どっちの人気者と夜を過ごし、どっちを口説き損ねたんだ?」

彼女はその美しい顔を傾け、じろりと夫を見る。

「…それを聞いて、どうなさるの?

家内がメリーアンの鼻を開かせ、相手をしてくれてありがとうと、感謝でも口にされるのかしら?」

ローフィスはもう、顔が上げられない。と言う位俯いていたし、ララッツも同様だった。

良く見ると、少し離れた後ろの廊下に、ディングレーが背を向けて顔を下げて居た。

日頃それは態度のいい准将は、妻の言葉に一言も返せず、小声で気弱に告げる。

「…そうだ………。

感謝しないとな。

で、私はどっちに感謝すればいい?」

婦人は両脇を、見た。

ギュンターも、アイリス迄もが俯いている。

婦人はいきなりにっこり夫に微笑むと、ささやく。

「どちらと過ごしたと言ったら、貴方は妬くのかしら?」

准将は憮然。と小声で怒鳴る。

「どっちもだ!」

婦人はますますにっこり笑うと、夫にささやく。

「じゃ、貴方が美人と名高いナーデンタール婦人と夜を過ごしたら、お教えするわ!」

全員がその言葉に顔を上げ、呆けて婦人を一斉に見つめる。

准将はますます眉間を寄せる。

「…無理に、決まってるだろう!

婦人は美男の趣味の良い男しか、相手にしないんだぞ!」

「あら…!そんな事無いわ!

ジェラルディシュ候は、美男じゃないけど口説き上手で婦人を落としたじゃない?」

准将は婦人が相手にしてきた男は誰を取っても色男と名高い男ばかりなのについ、唇を噛んで文句を垂れる。

「…どうして私が婦人と浮気をしたら教えるんだ?」

「妻が、何十倍もの競争率の美男を勝ち取ったのよ?

貴方も同等の、資格を得るべきだわ?」



5

 はぁ…。はぁ…。

ディングレーとローフィスのため息を聞いた所でギュンターは、二人に尋ねた。

「俺は単なる、勲章なのか?」

アイリスは肩をすくめる。

「暇を持てあましたご婦人に取ってはね。

君と過ごしたと言えば魅力を認められたようなもので、女が上がるんだろう?」

ギュンターは思いきり、顔を下げる。

「……………………」

ローフィスがため息混じりに言う。

「気づいてた癖に。

何にしろ、婦人のお陰で助かったな!」

「お前、ローランデ以外でもムストレス派とやりあうネタを作る気か?」

ディングレーに凄まれ、ギュンターは肩をすくめた。

「彼女が青い眼なんかじゃなかったら、一夜を過ごさなかった」

アイリスが、そっとギュンターを見る。

「…それは…ローランデを偲んだ。と言う事か?」

「先週北領地[シェンダー・ラーデン]迄飛んで行ったばかりだ。

早々、行けないだろう…………。

あっちの護衛連隊に、空きは無いのか?」

ディングレーが呆れてつぶやく。

「近衛の隊長が地方護衛連隊に自ら下る。だなんて、聞いた事が無い。

地方護衛連隊配属は北領地[シェンダー・ラーデン]出身者でなけりゃ、まず無理だ」

ギュンターが、がっくり肩を、落とす。

アイリスが素っ気なく言う。

「…次に惚れる相手は頼むから、ムストレス派を刺激しない相手にしてくれ」

ギュンターがアイリスのすかした顔を見た。

「そんな事計算して恋愛出来るか?!」

だがローフィスが、真顔で告げた。

「お前が奴らとやりあうと、結局こっちにとばっちりだ!

俺は抜けるから、少しは不器用なディングレーの事も、考えてやってくれ!」

ギュンターはディングレーを、見た。

ディングレーはローフィスに喰ってかかる。

「不器用?!

直ぐ奴らと喧嘩に成るといいたいのか?!」

「お前、突っかかられたら直ぐ喧嘩を買うだろう?!

身分がギュンターより遙かに高いから、今までお咎め無しなんだ!

だがお前にやり返せない分、別にまたとばっちりが行く!

少しはアイリスを見習って、全部喧嘩を買うんじゃなく、要所だけに出来ないのか?!

お前ら!」

年上のローフィスにそう怒鳴られ、ギュンターとディングレーは同時にジロリとアイリスを見つめる。

猛者二人の睨みに臆する様子も無く、アイリスは肩をすくめた。

「言いたい事は解る。年下の癖に。だろう?

でもその年下の男に面倒かける自分達がだらしない。とは思わないのか?」

ディングレーが、怒鳴った。

「口が減らないな!」

ギュンターも唸る。

「お前のように、恥も外聞も無い見え見えの言い訳を押し通す程、根性が汚くない!」

アイリスはローフィスを見たが、ローフィスは肩をすくめてぼそり…とつぶやいた。

「それでもだ。

アイリスのやり方は皆腹にうっぷんは溜まる物の、少なくとも揉め事は起こらない。

この結果をお前らはどう見るんだ?」

ギュンターが瞬間、反撃した。

「結果が全てか?」

ディングレーも唸る。

「意地と誇りはどうなる!」

ローフィスはため息混じりに首を横に振りまくり、ギュンターとディングレーは揃って顔を見合わせ、アイリスは肩をすくめて言った。

「ローフィスが居なくなったらつまりは私が、今後面倒の収拾に当たる役割に成る」

ディングレーが憮然。と唸る。

「まるで俺達が、面倒ばかり起こしてるみたいな言い草だ!」

アイリスがすかさず言い返す。

「だってそうだろう?」

ギュンターがアイリスを、怒鳴りつける。

「自分だけいい子ちゃんで、いようって腹か?!」

ローフィスが、とうとうぼそりと、つぶやいた。

「本人達の自覚がこれだけ無いんだ。

揉め事が、起こらない方がおかしい」

その言葉に、とうとうディングレーも、ギュンターもが無言で、深い吐息を吐き出した。




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