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華やかなる場の、険悪な一幕

 その、高い天井に素晴らしいシャンデリアが幾つも吊され、白を基調とした壁と手の込んだ彫刻が施された柱が幾本も立ち並ぶ華やかな大広間に、続々と詰めかける着飾ったご婦人達に混じり、先程の近衛の隊長会議で見知った顔がそこらかしこに伺えてディングレーは思い切り眉をしかめ、隣のアイリスを見る。

「ムストレス派の連中も多いな。

大丈夫か?」

がアイリスはもう、こっそり寄って来る女性と微笑みを交わしていて、隣のディングレーに振り向きつぶやく。

「心配なのはギュンターより君だ。

女性より喧嘩の方が、楽しいんだろう?」

理解出来ない。と言う口調でそう言われ、ディングレーは

『その通りだ』と言おうとした言葉を、喉の奥に引っ込めた。

「…それよりいつもはあっと言う間にギュンターに並ぶお前なのに、今夜は女性の喰い付きが悪いな」

アイリスは吐息を吐く。

「だって女性がこちらに来ようとする度、君睨んでないか?」

確かに睨み付けたが、アイリスの手前ディングレーはばっくれた。

「お前の気のせいだ。

…確かにギュンターは、あの様子じゃムストレス派と喧嘩してる間は無さそうだ」

既に周囲を着飾った婦人に幾重にもびっしり取り囲まれ、その中央に紺の近衛隊服に身を包んだ背の高い金髪、美貌のギュンターの姿にディングレーは顎をしゃくる。

が言ってる間にもディングレーはこちらに来ようと歩を進めるご婦人に気づくと、憮然。とした表情を向ける。

途端女性はその強面に睨まれて、怯んでその歩を止めた。

「ほらまた…!

女性には優しい態度を取れと、教えられて無いのか?

君、そんなにタチの悪いご婦人にしか、今迄出会ってないのか?」

アイリスに呆れられ、ディングレーはじっ。とアイリスを見る。

「睨んで無い」

「してない。で押し切る気なんだな?」

吐息混じりのアイリスの言葉に、ディングレーは知らんぷりした。


 広間には今だ人が続々と詰めかけ続け、色とりどりのドレスを纏った婦人達は足を踏み入れるなり、当たり前の流れのように既に女性に取り囲まれるギュンターの元か、アイリスの方へとその歩を進める。

だが今夜は…その横の尊大な男前の王族が、その流れを睨み付けて止めていた。

それで…女性達は狼狽えて背を向け、チラチラとディングレーがいつ、素晴らしく魅力的なアイリスの横からどくのかを広間の隅で覗った。

男達はいつも道理かもしくは、いつもよりもっと凄い数に取り囲まれるその滅多に見ない美男ギュンターの姿を、恒例だ。と肩を竦めて見つめていたし、次に第二の美男、大貴族然とした優雅なアイリスの様子に視線をくべ、その横に黒髪を背に流す、高価そうな特別仕立ての紺の近衛隊服を堂と着こなす立派な体格のディングレーの姿を見つけ、強面の王族と目が合う前に顔を下げた。

がついに、ひそひそ声がディングレーの耳にも届く。

「いつもは隊長といらっしゃるのに…」

「あら。ご存知無いの?

その隊長、この度(たび)近衛を辞任するんですって!」

「まさか…隊長を振ってアイリスに乗り換えたのかしら?

だから…隊長は彼に振られて辞任されるの?」

「…アイリスもお相手が王族だから…お断り出来ないのかしら…。

でもアイリスは………」

「そうよ。アイリスは女役はなさらないでしょうから…。

まさかあのお方………」

「そうよね。

隊長との時はてっきり、隊長さんが女役だと思っていたけど実は………」

「まさか!

いくら女嫌いだって、それは無いわ!

それは男らしい、あのお方に限って!」

「そうよ!あんまりよ!

彼の方が、寝室で女役だなんて!」

アイリスが、そのささやきにじっ。とディングレーを見る。

もう、わなわな震える拳を握っていて、アイリスはローフィスの苦労がつくづく解った。

「ディングレー。解ってると思うけど、下々(しもじも)の言う事だ。

君は立派な王族だから、聞き流せるよな?」

だが俯くディングレーの返答が無く、アイリスは内心

『やっぱり拳を握ったら忘れるじゃないか…』

と吐息を吐いた。

「…いいから、お前はいつも道理女と居ろ!

俺はここを離れる。

これ以上お前との誤解を振りまきたくない!」

アイリスは背を向けるディングレーの腕を、咄嗟に掴んだ。

ディングレーは巻き付けてくるアイリスの腕から自(みずか)らの腕を引き抜こうと、振り上げる。

「何だ!」

「冗談だろう?

今君を解き放ったら、ダンスの代わりにムストレス派と派手な喧嘩を披露するじゃないか!

奴らを殴ってすっきりする腹だろう?!」

ローフィス同様、人の心を読んだようなアイリスの対応に、ディングレーは心の底から忌々しく思った。

が、ここは我慢だ。

「俺は滅多に拳は振るわない」

言って、アイリスのまん丸な目を見、しまった。と思った。

「酒はまだなのに、もうそんなに酔ってるのか?

自分の、言ってる事が、解ってる?」

まるで説得力が無いばかりか、アイリスに心配げな表情をされ、ディングレーはとうとう腕を掴むアイリスの手を振り解けなかった。が、更にご婦人達の視線が集まり、ついぼそっとつぶやく。

「腕を放せアイリス。更に誤解が深まるだろう?」

アイリスは一つ、吐息を吐くとささやく。

「ローフィスが来る迄だ。

彼が来たらご婦人達だって、ローフィスが来る迄のつなぎだったんだ。と私の事を理解するさ」

ディングレーが途端、目を剥く。

「つなぎ…?!」

「何も、無いんだろう?

もっと堂々としてればいいじゃないか…!

サイシャ。悪いけれど、アデレステンを呼んで来てくれないか?」

アイリスはディングレーの腕をまるで囚人を拉致するように掴んだまま(周囲には、それは仲の良い恋人のように思われたが)、横に居た艶やかな栗毛を縦ロールに結い、可憐な顔立ちで光沢ある黄色のドレスの似合った小柄な女性に、その魅力的な微笑みを向けて屈み、ささやく。

ピンクの小花を散らした髪飾りを振り、サイシャはだが紺の近衛隊服を素晴らしく粋に着こなすアイリスに、そっとささやき返す。

「貴方に、一つ貸しよ?」

アイリスは笑顔で頷き、そっと告げる。

「お礼はするから」

彼女は笑って、その場を離れた。

ディングレーは呆れたようにアイリスを見たが、日頃ローフィスに『自分の常識でアイリスを判断するな。奴は別世界の常識の持ち主だ』と聞いていたので、私見を控えた。

が、その腕は幾度もアイリスの腕を、振り解きたそうにぴくぴく動く。

アデレステン。と呼ばれる黒髪の細やかな巻き毛を胸に流した、はっきりとした顔立ちの素晴らしい美人が、胸の開いた真紅のドレスに身を包み、そっ。とアイリスに近づく。

アイリスはやっぱりその長身を屈めると、アデレステンに何かささやく。

そして念押しするように語気を強める。

「彼は決まった女性が居るから、君に誘われるとマズイんだ」

彼女はじっ。とディングレーのその、男らしい体付きと整って気品ある顔立ちを見つめ、心から惜しそうに黒鳥の羽扇を口元に当てて頷き、そしてそっとアイリスの横を抜け出し、ディングレーの横へ行き、扇を胸に落としてにっこりとその魅惑的な微笑を王族の男に向け、そっとアイリスの掴む反対側のディングレーの腕へと真っ白で華奢なその腕を、滑り込ませて絡ませた。

ディングレーは思わず身を寄せる彼女を見たがアイリスに

「誤解避けだ」

と耳元でささやかれ、微笑を向ける彼女に軽く、頷く。

途端、そこいら中からカエルが潰されたような呻き声がし、ディングレーはつい、眉間を寄せてアイリスに顔を寄せる。

「あれは、何だ?」

アイリスは間近にその整いきった男らしい顔を見つめ、そっと耳元に顔を寄せるとささやき返す。

「誰の手もとらない孤高の憧れの男性が、初めて女性と腕組みする姿に悲嘆に暮れる女性の呻きだ」

「そんな男が別に居るのか?

…ギュンターもお前も、いつも女の手を取ってるだろう?」

真顔で尋ねるその男に、ローフィスがいつも苦労する筈だ。とつい、握る彼の腕を引くとささやく。

「孤高の男とは君の事だ!」

ディングレーは一瞬アイリスを、見る。

「俺とローフィスがデキてる。と思って無い女が、居たのか?」

アイリスは素早く小声で言い返す。

「みんなデキてる。と思ってるさ!

だけど君は王族だから、世継ぎの子供を産む女性はどうしたって必要だろう?」

ディングレーは思い切り眉をしかめた。

「みんな…?!」

アイリスは慌てて言った。

「ローフィスが去れば、誤解は直消える!

ローフィスはあれでとっても女好きだから」

ディングレーは知ってる。と言うように頷く。

「巨乳好きだな。それでいつも、揉める」

アイリスは目を、まん丸にした。

ディングレーは一つ吐息を吐くと、俯き声を落とす。

「デカけりゃいいってもんじゃないが、やっぱり存在感が確かな方が、男は楽しいだろう?

俺は口説けないのに奴は口説きに行こうとするから、言い争いになる」

アイリスがそっとささやく。

「どうして口説きに行けない?」

「俺が行けるか?

口説いたりしたら相手が思いきり期待するだろう?」

「玉の輿を?

期待を持たせないよう口説けないのか?

逆にたくさんの女性と遊んで、身持ちの良く無い男の評判が立ったら誰も、期待しないと思うが」

ディングレーは言いにくそうに余所を向いたままアイリスに顔を寄せ、声をうんと落としささやく。

「避妊を忘れる」

アイリスはつい、声が上ずった。

「毎度?!」

ディングレーはアイリスを見ないまま頷き、アイリスはその男らしい横顔をじっ。と見た。

「それで周囲が、君に安易に女と付き合うな。と痛い釘刺してるんだな?」

ディングレーは躊躇ったが、認めた。

「まあ…そうだ」

『だからその憂さを晴らそうと、いつも喧嘩っ早いのか…』

アイリスは納得したが、爆弾抱えているようなものだった。

「だから…お前がよこした横の女はかなり、タイプだ」

アデレステンの、真紅のドレスから覗く白い豊かな胸がディングレーの腕に当たるのを見、アイリスは思い切り顔を下げた。



華やかなる紛争と男の威厳について

 楽隊がダンス曲を奏で始めると、ギュンターの周囲はもう、戦争だった。

色とりどりの華やかなドレス姿の女性達にびっしり囲まれ、最初は一人、二人が屈み聞き耳を立てるギュンターの腕を引き、甘えるようにねだり、だがその腕を引き払って別の女が腕を巻き付け…取り合いになり、その内ぎゃあぎゃあ。とカラスが鳴くような声で一斉に喚き始め、女達の戦いが勃発して大騒ぎに成り、ついには揉み合いに成って髪を引っ張り、掴み合う女性達迄出た。

「凄まじいな………」

ディングレーがつい、その着飾った髪とドレスを乱し、相手の女に目を剥き手を伸ばし掴み合う女性達を、呆けて眺める。

アイリスの隣のサイシャがささやく。

「だって彼、北領地[シェンダー・ラーデン]の貴公子に振られたばかりでしょう?

彼を惚れ込ませるのは自分だと、それは大勢の女性が目の色変えてるのよ」

アイリスがくすり…。と笑った。

「女の誇りにかけて?」

「だって…貴公子に負けてるだなんて、我慢出来ないんでしょう?

それに彼…本当に、側に寄るだけで胸がどきどきしちゃうし」

アイリスが彼女に、にっこりと笑った。

「粋な金髪の、素晴らしい美男だしね」

だが彼女は落ち着いた濃い栗毛を品良く胸に流す、濃紺の瞳の優雅でチャーミングなアイリスの微笑にうっとり頬を染めると

「私は勿論、貴方がいいけど?」

と言ってアイリスに顔を傾ける。

アイリスはもっと笑って言った。

「それはありがとう」

隣でディングレーは思い切り、肩をすくめた。

が視線を前に向けつぶやく。

「ローフィス。遅かったな!」

ローフィスは二人の前へ来て、ディングレーの隣の黒髪の美女の豊かな胸元に、一瞬誘われるように視線を投げる。

ディングレーがぶっきら棒にローフィスに告げる。

「アイリスが、手配した」

ローフィスは一つ、頷くと爽やかな微笑を彼女に向け、丁寧に言った。

「どうも、ありがとう。後は私が彼の護衛を引き受けるから」

彼女はローフィスの、明るい栗毛を肩で揺らして明るい青の瞳の、整った顔立ちのとても青年らしく感じのいい明るい笑顔につい、一緒に微笑むと告げる。

「女性の私に彼を護衛をさせた、お礼は頂けるのかしら?」

ローフィスはその誘いに肩をすくめると

「今夜は責務があるから無理だけど、後日なら」

アデレステンは笑うと

「私への連絡法はアイリスに聞いて」

と言い、ディングレーに絡ませた腕をそっ。と、とても惜しそうに解いた。

ローフィスがすかさず彼女の手を取って持ち上げ、その甲に口付けささやく。

「では後日必ず」

アデレステンはその爽やかな青年に思い切り微笑を送り、そしてそっ。と黒髪の男らしい王族の男に振り向き、別れを惜しむ視線を送って軽く頷き、挨拶に代えた。

ディングレーはつい、深い吐息を漏らし、ローフィスがその様子に呻く。

「ああ…思い切り、好みだったんだな?

文句垂れてもいいぞ?今なら、聞いてやる」

「彼女と約束出来たから、余裕か?」

ローフィスはディングレーの、そのふてた言葉に肩をすくめる。

「いや。近衛を去ると、もう文句を聞く機会が無いからだ」

ディングレーはどっちの事も胸にずん…!と重くのしかかり、思い切り項垂れる。そして小声でローフィスに告げる。

「明日のディアヴォロスへの報告会で、辞職を撤回出来るぞ?」

ローフィスが未練がましいその男に肩を怒らせがなる。

「な訳あるか!

決定なんだ!いい加減諦めろ」

アイリスもつい、そっとディングレーにささやく。

「ローフィスとの誤解がこれで、解けるじゃないか」

ディングレーはふてきって言った。

「どうせ副隊長のフィンスとデキてる。と今度は誤解されるに決まってる」

ローフィスが、アイリスに顔を傾ける。

「奴は何、フテてんだ?」

アイリスはこそり。とささやく。

「彼女の胸の余韻がまだ、残ってるんだろう?

腕にずっと触ってたみたいだ」

ローフィスも思い切り腕組んでつぶやく。

「彼女の方も、少しでもディングレーに印象付けたかったんだな」

ディングレーが思い切り俯く。

「アイリス。

今度誤解避けに使う女には、俺はちゃんと正常な男だと言っといてくれ」

アイリスは言い淀む。

「だってディングレー。君は男しか駄目だと思ったから、アデレステンもそれは控え目なんだ。

正常だ。なんて言ったら…もっと、凄かったと思う。

その…印象付けが」

ディングレーはそれは惜しそうに俯き、吐息を吐いて言った。

「それは凄く、残念だ」

ローフィスとアイリスはつい、顔を見合わせた。

が、広間中央のギュンターはもっと深刻な事態に成りつつある。

とうとう数名の男性が、掴み合い罵り合う女性達を、取り押さえに出動していた。

ローフィスはやれやれ。とアイリスを見る。

「…どうする?

助けが要ると思うか?」

ディングレーは40人近い女性達がギュンターの周囲で揉めまくる姿に腕組むと、ぼやいた。

「モテる男って、大変だな」

ローフィスとアイリスはそのディングレーの様子に再び顔を見合わせ、がアイリスは視線をギュンターに戻しそっとつぶやく。

「ああ…大丈夫だ。失恋で呆けても、理性は残ってるみたいだ」

アイリスの言葉にディングレーもローフィスも女性の輪の中央の一際背の高い金髪の男に目を向けると、ギュンターは横の黒髪の女に顔を、傾けたかと思った途端、反対側の女性の手を取りその乱闘騒ぎの中を巧みに擦り抜け、横のスペースで踊り始める紳士淑女に混じって、手を取った栗毛の垂れ目の美人と隣の乱闘等無いようにすましきって、踊り始めた。

掴み合い、怒鳴り合い揉み合う女性達は彼のそんな姿に気づき、騒ぎは徐々に沈静化し始める。

「…騒動慣れしてるな」

ディングレーの言葉にアイリスは肩をすくめ、ローフィスは投げやりにつぶやいた。

「いつもの事だしな」



日常なる平静の安寧


 ローフィスとディングレーがアイリスから離れた途端、隙を伺っていた女性達が一気にアイリスの元へと詰めかけ、あっという間に女性の巨大な輪が出来る。

ディングレーはその素早さに、無言で目だけを見開いた。

ローフィスが隣でぼそり。と告げる。

「…待ち構えてたんだな」

ディングレーは躊躇いながらも、ギュンター同様輪の中央で一際抜きん出た長身の、濃い栗色の巻き毛を胸に品良く流す優雅なアイリスに顎をしゃくり、ローフィスにささやく。

「だが…奴は最初からずっと居たサイシャって栗毛の女と約束してる筈だ」

甘やかな微笑を零しながら、アイリスはダンスをねだる彼女達を優雅にたしなめている様子だった。

が、ディングレーが見ているとアイリスはサイシャに顔を寄せ、耳元にささやきかけ、うっとりとした微笑を向けて確認を取り、サイシャはちょっと憮然。としたが、直ぐアイリスが二言三言足す言葉に、頷いた。

そしてアイリスは、群がる女性に微笑を送りながら掻き分けるようにゆっくり歩を進め、まるで約束してるから。と言わんばかりにその舞踏会で一二を争う美人、金髪の素晴らしく豪華なレース仕立ての華やかなドレスを身に纏ったナーデンタール婦人の方へと寄って行く。

婦人の周囲には男達の垣根が出来ていたが、その一際整った顔立ちの美人は、姿を見せる長身のアイリスに気づくとにっこりと笑いかけ、自分を取り巻く男達を避けてアイリスの方へ、その歩を進める。

その、取り巻きを作る程の美男美女は引き合うように腕を絡ませ、微笑を浮かべて見つめ合いながら、踊りの輪の中へと優雅に歩き去った。

「相変わらず、鮮やかだ」

ローフィスの言葉に、ディングレーは呆れてモノが言えなかった。

「…あれでどうして女達は懲りずにあいつを取り囲むのか、理解出来ない」

「いつもはあの輪の中から選んでるが、今夜はムストレスの姪、アンリッシュが居る」

見ると確かにムストレスの年の離れた姉の娘アンリッシュの、ダイヤで飾られた銀の素晴らしい細工の髪留めで濃い栗色の巻き毛を結い上げ、一目で高価だと解る黄金色の艶やかなドレスに大きなダイヤモンドの首飾りと耳飾りを付け、群れるご婦人達の中一際気取った、つん。とした横顔を見せていた。

吊り目気味の大きな青の瞳が色白の肌に映え、小さな真っ赤な唇の、可愛らしいが生意気な顔をディングレーは「左の王家」(黒髪の一族)の集まりで見た記憶を呼び覚ます。

その記憶は彼女がまだ六歳くらいの時のものだったが。

がその時からもう、自分はとても可愛らしくて魅力的で、どんな殿方でも自分には、平伏すように乞うものだ。と思ってる態度が最悪に気に障ったものだ。

あの当時はまだ若いディアヴォロスに事ある毎に絡み、誰にも乞われる魅力的なディアス(ディアヴォロスの愛称)は皆の注目の的で、餓鬼の癖して必死で彼の気を引こうとしていた。

そして自分には、未熟な少年。と見下す視線を送り、モノ知らぬたった六歳の少女に思い切り腹を立てた記憶を思い出すと、今はアイリスの取り巻きに群れる彼女に、ディングレーは思い切り呆れた。

「…アイリスも、身分も気位も高いムストレス派の彼女を面と向かって断れないから、ああいう手段に出たんだろう?

だが「右の王家」(金髪の一族)の血を引くナーデンタール婦人が相手じゃさすがのアンリッシュも、引かざるを得ない」

「腹黒いな」

ディングレーの感想につい、ローフィスは顔を下げた。

「だがあいつはあれで、変な誤解を受けてない」

ディングレーはぐっ!と言葉に詰まった。

「お前と一緒に舞踏会に出席した時居合わせた婦人を口説くのに、お前とは何でも無い。と説得するのに俺がどれだけ苦労してるか、知らないだろう?」

ディングレーはふて切った。

「俺とデキてると、思われてるんだろう?

いつもはあんたと一緒だから不愉快な噂は耳に入らないが、今夜はずっとアイリスと一緒だったからな」

ローフィスはたっぷり頷くと、ぼそり。と言った。

「あいつの言い回しに腹立ててないで、世間を良く知るあいつの側で少しは勉強したらどうだ?」

がディングレーは即答した。

「それは俺に何度、握った拳を振り上げるのを我慢出来るか試せ。と言う試練か?」

ローフィスはそう言ったディングレーの男らしい真顔を思わず見上げ、つぶやいた。

「…悪かった。俺の考えが甘かった」

ディングレーはたっぷり、頷いた。



美貌の野獣の人望

 がディングレーは、広間の続き部屋でそこらかしこに置かれた椅子に掛けて話し込む客達に混じって、隊の騎士達の今後の扱いについてローフィスと酒を煽りながら話し込み、ギュンターの事もアイリスの事も念頭から消えている事にふと、気づく。

ローフィスが思い出したようにその控えの間の長椅子から身を起こすと、両開きの開いた扉から、そっと広間を覗う。

「…………………」

呆けて固まるローフィスの横顔に、思わずディングレーも立ち上がる。

「どうした?」

「奴の姿が無い」

ディングレーも広間を見ると、まだかなりの数の男女が曲に合わせて踊っていて、その中でも長身で美男のアイリスは一際目立ち、ナーデンタール婦人の手を取りそれは優雅なダンスを披露し、会場中の視線をかっさらってそこら中のご婦人に、ため息をつかせていた。

「ギュンターの事か?

どうせどっかに、しけ込んだんだろう?」

ディングレーの言葉にローフィスは、固まったまま青く成った。

「まさか…最初に踊ったご婦人とじゃないだろうな?」

「なぜいけない?」

ディングレーの問いにローフィスは言葉を詰まらせながら、それでも言った。

「俺の記憶が確かなら………あの栗毛で垂れ目のご婦人はアッサリアス准将婦人だ」

ディングレーは一瞬、言葉を見失った。

「…ムストレス派のか?

その記憶は、本当に確かなのか?」

ローフィスはそう言ったディングレーを見上げ、素早く言った。

「いや。確認を、取って来る」

駆け去るローフィスの背を見送り、ディングレーは広間を見回すとムストレス派の隊長達が集い、ひそひそ話す姿を見つける。

嫌な、予感がした。

が、ローフィスがアイリスの元へと辿り着くその前に、アイリスは婦人の手を取ったまま優雅に踊りの輪を抜け出す。

どっかで休む腹か。

ディングレーはそのまま見ていたが、踊る男女に阻まれ、両開きの扉の向こうに消えたアイリスの背を追い、ローフィスも「失礼」と男の背を掻き分けながらその姿を扉の向こうに、消した。

ディングレーはつい、年長のアルフォロイス派の隊長を見つけ、側に寄ると尋ねる。

「ギュンターが一緒に消えた相手は、アッサリアス准将婦人か?もしかして」

彼は尋ねるディングレーに顔を向け、目を見開いて喉を、詰まらせた。

「消えた時一緒の相手は、見ていない。

踊っていた姿は見たが」

「で………?」

そうだ。と彼は頷いた。

「確かに、准将婦人と踊っていた。

私はローランデが去った今、彼にはもう何も恐れるものは無い。と言う程自暴自棄に、成っているのかと思った」

ディングレーは愕然とした。

「…そうじゃない。失恋のショックで単に、我を忘れてるだけだ」

「どう違う?」

言われて、ディングレーは説明に詰まる。

そして思い切り動揺してつぶやく。

「…つまり踊っただけでも…まさかお咎めか?」

「准将婦人だぞ?

隊長夫人相手でも揉めるのに!」

ディングレーは思い出すとたっぷり、頷いた。

前回ムストレス派隊長夫人とやっぱりギュンターは踊り、夫は妻の手を取り、ギュンターに喧嘩を売っていた。

「………確かに」

「アッサリアス准将がここに居ない事が救いだ。

ご婦人だけの出席なら多分、遊びの邪魔だから一緒に来るな。と婦人に言われてるんだろうから、ダンスくらいなら表だってのお咎めは無い」

ディングレーの、眉間が寄った。

「表だっての?」

明るい栗毛を肩で揺らして隊長はたっぷり頷き、言葉を続ける。

「そりゃ、睨まれるのは確実だ。

婦人の実家の方が家柄が良くて准将は妻に頭が上がらないが、あれで婦人にはベタ惚れなんだ。

それに…知らないのか?

婦人が准将を連れず舞踏会に出てるのはつまり…つまり………」

凄く言いにくそうなその年上の男に、ディングレーは促すように顔を寄せ、頷く。

「つまり………?」

その言葉にとうとう隊長は顔をさっとディングレーの耳に思い切り寄せ、うんと潜めた小声でささやく。

「あっちが下手で楽しめないと、ご婦人に足蹴にされてるからだ」

ディングレーは顔を上げると、隊長は目を合わせ、頷く。

ディングレーは呆けて言った。

「……つまりそれって…婦人はここで楽しめる男を見つけ、浮気しようって腹で?」

隊長は気品の塊の黒髪の王族の男が、実はかなり言葉使いが下品なのを知っていたが、それでもやっぱりつぶやいた。

「言い回しは最悪だが、その通りだ」

ディングレーは言い回しにこだわってる場合が。と思ったが言った。

「それじゃ……その…もしギュンターとしけ込んでたら………」

隊長はまた、ディングレーの耳に思い切り顔を寄せた。

「私の姪も彼に入れ込んでいたが、ギュンターはその…床上手だろう?

一晩過ごすだけでも最悪なのに、更に彼がご婦人を…その、思い切り満足させたりしたら…………」

今度はディングレーも、たっぷり頷いた。

「最悪に恨みを買うな。准将の」

隊長も同様、頷く。

そして彼はもう一度、ディングレーの耳に顔を寄せてささやく。

「なあ…。ギュンターはもしかして今度は、自殺志願でその………」

ディングレーは一瞬青冷めた。

確かに、思い詰めていたが………。

去られて自殺を考えるような柔な男じゃない。

離れていたならどうして距離を詰めるかを、現実的に考え続ける男だ。

「そんな心配はいらない」

隊長はほっ。と胸を撫で下ろした。

「姪から妹からいとこから…彼のファンが多くてね。私の血族には。

彼がローランデを庇ってムストレス派の男を殴り、最前線に送られる度、私がせっつかれる。

『彼を、死なせるな』と。

だが…………」

ディングレーも確かに、と頷いた。

「自ら好んで相手と喧嘩してる奴に、大人しくしろと言っても無理だな」

隊長は頷くと、ディングレーの肩をぽん。と叩く。

「君達は本当に、彼の為に苦労のし通しだ!」

ディングレーは叩かれた肩を見、隊長はついその年下の男が王族だと思い出し、手を慌てて引っ込めた。

「俺に気兼ねはいらない。

でもつまり、あんたの見解だと今度もまた………」

隊長は一瞬で顔を引き締めると、言った。

「今は戦闘が無いからな。

今度はどんな処罰を、奴らは考えるやら…………」

ディングレーは思い切り俯くと、ため息を吐いた。

隊長は心配そうに、ディングレーを覗き込む。

「また…助けてやるんだろう?彼の命を?」

ディングレーは顔を上げると言った。

「左将軍は彼を見捨てない。あんたの血族の女性達に、本人は死ぬ気が無いから左将軍はきっと助ける。と言っといてやってくれ」

彼はやっと笑うと、またぽん。と、ディングレーの肩を叩いた。



敵のやり手


 ディングレーは集まったムストレス派隊長らの一人が、こっそりその場を抜け出すのを見て、そっと後を付ける。

そしてその男が下僕に使いの男を寄越してくれ。と廊下で告げるのを聞き、扉の影で使いの男が来るのを、その男と一緒に待った。

間もなく使いの男がやって来て、頭を下げる。

ムストレス派の隊長は彼に顔を寄せるとささやく。

「アッサリアス准将に。

ご婦人と不届きな時間を過ごすディアヴォロス派の命知らずが居る。と、大至急」

ディングレーは顔を上げた。

そして隊長が広間に戻り来るのを、扉の影で背を向けてやり過ごし、直ぐ使いの男の後を、追った。

長い廊下を抜け、扉を開け裏口へと回るらしく、その暗い廊下でディングレーは扉の向こうに消えようとする男の背に、素早く迫った。

「ディングレー殿」

ふいに背後から声を掛けられ、その使者の肩を掴もうとした手を慌てて引っ込める。

振り向くと暗い廊下だったがその男が、ムストレス派銀髪のララッツだと解った。

ムストレス派でも立ち回りの上手い男で、ディングレーはちっ。と舌打つ。

直情型で無く、奴と渡り合えるのはアイリスみたいな海千の男だ。

「…こんな所で、ご婦人と待ち合わせですか?」

ほら。敵対勢力の俺にすら、つっかからず言葉使いも丁寧だ。

ディングレーはチラ…!と扉の向こうに消えて行く使者の背を見、舌打ちしながらつぶやき返す。

「いや。酒が切れたので、探していた所だ」

「召使いに届けさせましょう。貴方のお席に」

「俺がどこに陣取ってるか、知らないだろう?」

だがララッツは銀のさらりとした真っ直ぐな髪を揺らし、理知的で腹を隠した喰えないすまし顔で言った。

「先程迄ローフィス殿とお話していた、あのお席ではどうです?」

ディングレーは唸り出しそうだった。

「…銘柄はローレンタールだ。あるのか?」

「私はさっき迄、それを飲んでましたよ。

切れて無い筈だ。直ぐに。お席に」

だからお戻りを。とじっくり見つめて来る薄茶の瞳に、ディングレーはつい、睨み付けたいのを我慢し、頷くと歩を踏み出し、その背にララッツは付き、何としても使者の後を追わせないやり用は敵ながら念がいっていて、ディングレーはとうとう使者の足を止めるのを、諦めた。




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