「ワークライフバランスで解決」?
では、そもそもなぜ本を書こうと思ったのか。まずはタイトルのことからお伝えします。『迷走する両立支援』というタイトルですが、この作業に取り掛かっていた2005年、2006年というのは、少子化への危機感が非常に大きくなって、少子化に対する注目度が以前に増して高まっていたときです。一方、だいたい2003年ぐらいから行政の言葉として「ワークライフバランス」という言葉が登場してきます。新聞や雑誌等のメディアの一部ではかなり早い段階の2001年ごろから、記事等で登場するようになってきます。
ですから、少子化とワークライフバランスという2つのキーワードをタイトルに持って行ったほうが注目もされるだろうし、図書館などのキーワード検索でも引っかかりやすいのではないかということは、編集者の方と議論しました。しかし、あえて「両立支援」という、ある意味クラシックな言葉を選んだわけです。
なぜかというと、あえてクラッシックな言葉を使うことで、今始まった問題ではなく、私たち、この社会がずっと抱えている課題として考えたいと思ったからです。いわゆる「仕事と家庭の両立」と言われる状態や両立することの困難さを、いとも容易く「ワークライフバランスで解決」とか、「○○で解決」とか、そんな簡単なものだって思って欲しくなかったんです。こうしたら解決できると簡単に言って欲しくなかったっていう思いがすごくあります。
皆さんもすでに実感されていると思いますが、仕事と家庭、これらは分けて考えられるものでしょうか? それらは引っくるめたら皆さんの人生そのものではないですか。人生そのものの折り合いを自分の中でどうやってつけようかという悩みの渦中にいる人が、「ああ、制度できたから解決だ」というようなことは無いだろうと思ったのです。まさに自動販売機で100円入れたらジュース出てきてああ良かったという、そういうことではないだろうと。
ワークライフバランスと言ってしまえば、「ワーク」、「ライフ」、「バランス」という言葉が一連につながっているわけですが、ここで言うワークとは何でしょうか。ワークと言えば、雇用されて働く、賃金をもらって働くというワークのほうを思うかもしれません。しかし、ワークという言葉は英語で使う以上、ケアワーク、ドメスティックワーク、アンペイドワーク、ボランタリーワーク、とにかくいろんな形のワークがあるわけです。それを想像していただいたら、朝起きて寝るまで、皆さんはワークの連続なわけです。では、ワークとライフをバランスさせるってどういう意味なのかと考えました。
加えて、当時のアプローチの仕方も考えてみました。当時は、少子化だ、両立困難だ、お母さんたちが大変だと言っている、育児休業だ、短時間勤務だ、制度を充実させなければならない…となったわけです。2003年から2005年にかけて、今の原型になるようなものは、ほぼ出そろったわけですよね。
そこで私は、それでいいのかな、と。“さあ、制度はできた。あとはそれを利用して皆さんのノウハウを駆使しながら、いわゆるワーキングマザーたるもの明るく軽やかにいきましょう、前向きに”。そういうことでいいのだろうかと思ったのです。つまり、その制度を利用した人が何パーセントになりました、女性の就業率が何パーセントになりました、男性の育児参加は何パーセントです…。そうやって数値に置き換えられていくことで、結果的に日本は両立できる世界になった、ワークライフバランスが達成できる社会になったと言えるのかなと。そこがすごく私の中の問題意識としてありました。
最終的に編集者の北山さんが「仕事に打ち込み、生活と呼べるだけの経済的基盤を持ち、子供や家族との時間を大切にする」と私が書いたものに、「ただこれだけの暮らしが、なぜこんなにも遠いのか」と言葉を足して、とても良い帯を付けてくれました。これがやっぱり根本のところです。
個人ではなく社会のありよう
当時1999年から2005年にかけて、両立支援というものへの追い風が吹いていたわけですね。ところが一方で、サービス残業と長時間労働に歯止めがかからず、むしろ、この時期にどんどん増えていきます。そして非正規雇用の問題が表面化していく。そういう時代だったわけです。
雇用の柔軟化と言われ、仕事と家庭の両立と言われながら、実態は雇用劣化、雇用の基盤が崩れていっているような状態です。さらにその時期は、ジェンダーバッシングもありました。小泉政権下で構造改革が本格化し、「規制緩和」でひた走っていく。さらには皆さん、記憶に新しいと思いますが、格差社会ということがこの時期にパーンと言われるようになります。
その中で会ったお母さんたちというのは、皆さん本当にきれいで、「ああ、仕事を頑張ってらっしゃるんだな」という雰囲気で、前向きに、お子さんのことも一生懸命考えながらやっているのだろうなという感じの方ばかりでした。生き生きとはつらつとして頑張っているお母さんたち、子育ても仕事も頑張っている親っていう感じなのです。本当にそうなのです。
その方たちとお話をする中で、実は、「悩んでいますか?」と聞いたことは一度もありません。「困っていることはありますか?」と、聞いたことは一度もないのです。ただ淡々と生活やその状況を聞いていく。その中で象徴的だったことは2つあります。
職場は育児に対して理解はあります、制度もあります、と。しかし「でも」と言うわけですね。「でも」と言ってから黙られたり、あるいは考えられる。また、短時間勤務を利用して働き続けられるし、実際、私はそれでやっている、という方も、「でも…」となるわけです。「うーん」とも。
私は、この「でも」から始まる部分、この「うーん」と言った後のところを言葉にしたいと思いました。そこに彼女たちの逡巡をすごく感じたわけです。逡巡というのは、両立の悩みや困難を、ノウハウで片付けられる部分に落とし込んで語ろうとすればするほど、自分の言っていることは愚痴で無駄なことを言っているんじゃないか、私はクヨクヨして嫌なやつなんじゃないか、本当は私に能力がないことが問題なんじゃないかというためらいです。
結果、彼女たちは「私の話は悩みとか苦労というものじゃない。制度も利用できているし、実際働いているし」とか、「こんなとりとめのない話でいいんですか」ということを必ず言っていました。
中には、すごく明るく話していたのに「でも」と言って、その大きな目からポロポロポロッと涙があふれてきて、何も言えなくなるという方もいました。例えば、「昇進や昇格は難しいかもしれないよ」と上司に言われたという体験、時間にすれば人生においてたった1秒か2秒のことに過ぎないかもしれない。ですが、その瞬間の持つ意味というのは、その人の人生そのもの、生き方そのものに突き刺さってくるわけですよね。やり過ごしてしまえばいいのかもしれないけれども、生き方とか人生に刺さってきた部分に、やっぱり私は向き合いたかった。頑張っている人たちに向き合いたかったというのが一番大きかったです。
それはやはり、個人の問題なのではなくて、こうやって彼女たちが体験していることそのものが今の社会のありようだと思うからです。子供を持って働くことを自分が選んだのだから、と片付けてしまうようことなく——。いきいきと働きたい、子供を持って充実した暮らしをしたいというささやかな希望が、わがままだとか、贅沢だと言われてしまうこの社会を、やっぱりもう一回考えたいという思いが本のきっかけです。
答えは簡単に出ない
山口:この本を読んで、率直に思ったのは、すごくフェアな本だな、と。というのは、このように個別にインタビューをしていくようなアプローチだと、“こういう例やああいう例があった、うまく制度にあてはまらない、だから制度が悪いんだ”というような論調で、安易にここが問題だというふうにして繋がることが多いのですが、この本はそうではない。
我々も制度を作るのがゴールではなくて、一人ひとりがさまざまなシチュエーションで、それぞれの抱える立場や状況によらず、生き生きと働き続けられることをゴールにしようと思って政策を考えているわけですけれども、では達成するために一体どうアプローチしていったらいいのかというのは簡単ではないわけです。
働き方の問題は、非常にいろいろな要素が組み合わさっています。決して、何かこれだけやればすぐ解決で、あとはうまくいくというわけではありません。そこをどう解きほぐしていくのか、どこから手をつけていけばいいのかがすごく難しいのですが、この本はそれを正直に出しているわけですね。ですから、オープンエンドというか、最後に問題が提起されていて、それでこれはチャレンジですねと、投げかけて終わっている。誰が悪い、あれが悪いと安易に決めつけていないところが、すごくフェアというか、正直な本だなというふうに感じました。
育児休業取得率:女性85.6%、男性1.72%の横顔
司会:次に萩原さんにお聞きしたいのは、執筆から今4年経っているわけですけれども、書いた時点から今の時点までの間に何か変化を感じていらっしゃるかどうかをお伺いしたいと思います。
萩原:なにがしか読者の心に届いたということは筆者としては本当にうれしいと思っています。それは一方で、当時の状況とあまり変化がないということでもあるわけですが、それでもなお、この4年間なり5年間なりを見るとやはり変化というのはあるわけです。いくつかスライドを見ながら、その変化を追ってみたいと思います。
スライド0
(雇用保険事業統計年報各年版。
*育児休業給付受給者は年度をまたぐケースがあるため、職場復帰率は参考値として作成。)
まず、このスライド0でわかるように、育児休業取得者は男女ともに増えている。育児休業給付金の初回受給者数は2005年と2007年を比べてもわかりますし、2004年の時点から比べると2倍程度になっているわけですね。男性の育児、育児休業の取得など山口さんがまさに手がけられたイクメンプロジェクトをはじめ、育児・介護休業法の改正などの動きが追い風になっていることは事実です。ここのところはやっぱり大きいと思っています。
私が本を書いたときには、まだ男性が「両立に悩んでいます」「育児に悩んでいます」とはなかなか言えなかったのですが、この間に一番変わってきたのは、育児をしたいということではなく、どのようにコミットしていいのかわからなくて悩んでいると言える男性が出てきたということです。
実際、今日の会場でも本当に男性が多くて、ここにも変化をすごく感じます。また、文京区長や伊勢市長、そして広島県知事など自治体の首長が育児休業を取ることに対し、メディアが温かく迎え、あるいは議会が温かく迎えっていう部分は、すごく大きな意味があると思っています。もちろん3日しか取ってないじゃないかとかいろいろ文句は言えるのだけれども、それを超えて重要な変化だと思います。ワークライフバランス政策の展開もそうですし、その観点からの企業のプログラムが豊富化したこともインパクトがありますね。
そうした象徴的な取り組みや動きはありますが、男性の育児休業取得率に関しては、実態としては相変わらず低調ということになりますでしょうか。増えたけれども低調ということです。女の人の育児休業取得率はだいたい85.6パーセントです。男性1.72%と言われるものを実際に取得者の数字で見てみると、意外に少ないのだなという印象を持ちませんか?男性の育児休業取得者は2007年でも1230人ぐらい。男女全体として見ても、増えたとはいえまだ15万、16万ぐらいの取得者数なんですね。
職場復帰率としていますが、これは仮に出した参考値です。どうやってこの数値を出したかというと、育児休業取得すると育児休業給付金をいただくと思います。これを受け取った人が職場に復帰して6ヶ月経つと、育児休業職場復帰給付金を受け取ります。この復帰給付金の取得者数を単純に取得者数で割ったものなので、年度をまたいだりとか、途中でさらに長くなったりという人はカウントできません。ですから、本来はこれでは出せないので、参考程度、傾向をみるということだけのことですが、やはり全員が職場復帰するという感じになってはいません。ここのところは課題だと思います。
スライド1
(厚生労働省発表「育児・介護休業法施行状況」「男女雇用機会均等法の施行状況」【各年】)
スライド2
(左:「労働力調査」 右:「賃金構造基本統計調査」)
次に育児休業取得等に関する不利益取り扱いや解雇などの職場の取り扱いに関する相談件数を見たスライド1です。2005年段階から見てみると、育児休業を取りたいという人が増えたということで、これだけ職場で軋轢を生んでいる。
では、この間、働く女性は増加したのか。女性労働者のM字カーブ、男女間の賃金格差(スライド2)を見てみると、2005年に比べ、2009年はやはりM字の底が上がっていますね。実感として働いている女性たちは増えています。しかし、男性を100としたときの男女間の賃金格差を見てください。どこから格差が広がっていくかというと、いわゆる子育て期です。子育て期の30代からあとはジェットコースター状態です。20代で入った初職のときをピークにあとはもうジェットコースターのようにガーッと下がっていき、50代後半からちょっと上がるという感じですね。男性のほうも働き方自体が緩やかになっていく時期にようやく上がる、ということです。
非正規雇用では未だ女性が7割
スライド3
(「労働力調査」(2000年までは特別調査、2005年以降は詳細集計)
また、このスライド3は非正規雇用、正規雇用者の増減を見たものです。2009年のところで、非正規雇用が100万人程増えています。正社員は相変わらず絞られたままですね。ここで重要なのは、非正規雇用が増えて正社員全体のパイが縮小するという傾向の中で、1985年から2009年まで、非正規雇用全体の中での女性の比率がどう変わったかということです。これが実はずっと7割で変化ありません。非正規雇用がいくら増えたと言われても、全体の中での女性の割合は7割という構造は変化がないということです。ちなみに正社員に関して言うと7割が男性です。やはり構造的にずっと同じです。こうした構造の中で非正規雇用者の数、つまり圧倒的に女性の非正規雇用者が増える形でM字の底が上がるという状況が続いているということですね。

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