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課題

 それは午後の授業中で、アイリスはうつらうつらと眠気に誘われた。
剣術の戦法の講義中で、講師が自分が初めて剣を握った日の話に、講義は脱線していた。

「ちゃんと聞いとけ。
昼食の肉詰めパイが、どれだけ美味くてしこたま喰らって腹が満腹で眠気に襲われようと」

正気を保ってる奴はここで笑った。

…が。

「初めて剣を握った日が幾つの時でその時どう感じたか。
感想を書いて来い。
後日発表させるからな!

じゃ次は…」

言って講師は、夢物語の作家が突拍子も無い戦法を編み出した話をし始める。
それは結局最後は実現不可能だと、オチを知っていたアイリスはさっさとペンを取り、宿題にされた『初めて剣を握った日』を思い描いた。


追憶

その日の前の晩、盗賊の襲撃を受けた。
入ったばかりの使用人が手引きし(その男は盗賊の一味だった)
大公邸内は逃げ惑う女中の、悲鳴が響く。

廊下が騒がしく、アイリスは寝ぼけ眼を擦り、寝台を出て何事かと、廊下に続く扉を開け、そっと出た。

蝋燭が消された廊下は暗く、窓から月明かりの青白い光差し、昼間とは別世界に思えた。

そういえば、蝋燭が消えた廊下を、見た事が無かったと思い出し、こんなに幻想的なのか。
と一瞬壁から天井迄を、見渡した。

が途端、腕をぐい!と引かれる。
咄嗟に柱の影に連れ込まれ、後ろから手で口を、塞がれた。

バタバタバタ…!

目前を駆け抜けて行く男達。
ギラリ…!と月明かりに、銀に光る剣を下げ。

連中が行くと、背後からほっ。と吐息が聞こえ、アイリスは振り向く。
「エルベスは、知ってるの?
あれが何か」

振り向くその年長の少年があんまり整っていて素晴らしく品の良い、綺麗な少年で、アイリスは尋ねながら見惚れた。
濃い栗色の巻き毛は肩に垂れ、月明かりに浮かび上がる、青白い形の綺麗な頬。

深い青色の瞳。形のよい高い鼻。そして唇。
「盗賊だ。
滅多に入れないのに」

アイリスは少し、不安に成った。
その時だった。

きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

女中の悲鳴が聞こえ、途端走り出していた。
うんと小さかったから、直ぐエルベスに捕まる!と思ったけど、右に左に蛇行して(ヨロめいて)走ったお陰で、悲鳴が聞こえたお祖母様の、部屋の前迄捕まらなかった。

扉が開いていて、一瞬躊躇した隙にエルベスに捕まえられ、後ろから素早く囁かれる。
「君を危ない目になんて合わせたら、私が母や姉さま達に殺される!」
 
でも、それどころじゃなかった。
女中は床の上に倒れ、ごろつき達は剣をぎらりとかざし、その奥に居るだろうお祖母様を、脅していたから。


しとやかで美しいレディ達の本性

「死にたくないんだろう?
大人しく、宝石を寄越しな。
素晴らしい首飾りとか耳飾りを山程、持ってるんだろう?」

一瞬お祖母様の元へ、駆け込もうとしたけどエルベスに、抱きとめられて止(とど)められた。

部屋からは声が聞こえた。
「当然、持っていますよ。私を誰だと思ってるの?

けど…そうね。貴方がたには、とうてい不似合いなシロモノ。
宝石達だって、小汚い貴方達の手に握られるよりは、私の首で輝いていたいと、そう思うでしょう」

「ごたくはいい。婦人(レディ)。さっさと出しな。
特大の宝石箱があるんだろう?」

エルベスに後ろから抱かれていたから、エルベスを引き擦る形で扉に、詰め寄る。

その時、寝台の手前でガウンを着た祖母の威厳に満ちた姿が見える。

けれど心がざわついた。
相手は体の大きな三人。

祖母は華奢で小さく見えた。
男達が祖母にじり…じり。と寄る度、剣が窓から射す月明かりで銀色にぎらり…!
ぎらりと光る。

「…まあいい。
どうしても出したくないんなら、あんたを黙らせてから家探しさせて貰う」

男は剣を祖母に向け、その剣は一際ぎらり!と不吉に銀に輝くのに、祖母は言った。

「…あら、まあ性急だ事。
女ばかりの屋敷と、舐めてかかられたのね」

「お喋りは終わりだレディ!」

剣は祖母に向かって振り下ろされ、アイリスは叫びそうになってエルベスに後ろから口を再び、塞がれた。

その、素晴らしい調度で豪華に飾られた、優雅そのものの祖母の寝室で血が飛び散る!

そう…思ったが、チャリン…!
剣の触れ合う音。

チャリン…!チャリン!

アイリスは遮二無二エルベスの手を口から取っ払うと、扉に駆け寄る。

そして中を覗いた。
祖母が男と、剣で渡り合っていた。

「…何見てる!
とっととこの女を殺れ!」

お祖母様の剣を、受けてる男は怒鳴る。
後ろに居た二人は腕組みし
「女一人に、三人がかりか?」
とぼやいた。

が男は剣を華麗に振り回す、お祖母様の剣を必死で受けて、怒鳴る。
「さっさと始末しないと!
腕自慢が駆け付けて来たらどうする!」

「…あら!
もう遅いわ。腕自慢は駆け付けて来ているもの」

見ると、奥の部屋の扉の前で、ニーシャおば様が腕組し、その手には婦人用の剣が握られていた。

結い上げられた明るい栗毛がほつれ、素晴らしく艶やかな美人の登場に、後ろの二人の盗賊達は色めき立つ。

胸の開いたピンク色の夜着から豊満な胸が零れそうに覗き、紫サテンのガウンを羽織っていた。

「そんな物騒なモン捨てて、俺といいコトしないか?」

一人が言うと、ニーシャ叔母様は戸口から離れ、艶然と微笑むと剣を振り被り、そう言った男に剣を突き立て、突っ込んで行く。

「あら!」
カン!
「…悪いけど今、殿方の席は満席。
どれも手放しがたい美男ばかりだし…誰も現在の所、結婚の予定も無いから、空席は無いわ!」

カン!

アイリスは、ぽかん…と見とれた。
その剣捌きは素晴らしく、確かに腕自慢と呼べる程、その切っ先は鋭かった。

二人が女性二人を相手に剣を激しく交え初め、残る一人は現在の内にお宝頂こうと、こっそり奥の部屋へ、歩を運ぶ。

が、戸口から真っ直ぐ喉に突き付けられた剣に、じり。じりと後退する。

「…母様…!」

アイリスがその意外な登場人物に思わず声を漏らすと、アイリスの母エラインは彼女の母、姉と共に盗賊と戦い始めた。

戸口で声を漏らす小さな子供を、祖母の相手の盗賊がチラリ…!と見るなり、エルベスはアイリスの前にずい…!と出て、手にした剣の鞘から、剣を抜く。

ちっ!
人質に取れそうな子供の前に塞がる邪魔に、盗賊は舌打ったが、祖母はそれを見て、かっ!と怒りダン!と盗賊の剣を上から叩き落とし、カラン…!と音を立て剣を落とすその男の喉元に剣のきっ先突き付け、僅かに息を、切らして睨め付ける。

「…私の可愛い孫に手出し、する気だったの?!
絶対許しませんよ!!!」

言って剣を思い切り振り上げ、一瞬で振り下ろす。

ぎゃっ!

男は呻き、胸に深手喰らって手を当て床に、背を丸め屈み込んだ。

祖母はきっ!と二人の娘達を見ると
「さっさとケリを付けてお終い!」
と叫ぶ。

ニーシャは
「そうね」
言って、右、左と剣を派手に音立ててぶつけ、一瞬の隙に胸を突いた。

うぎゃっ!

突かれた男は叫び、床に背から、もんどり打って倒れこむ。

母、エラインはそれを見てぼやく。
「だって、母様だって姉さまだって、少しは鬱憤晴らしなすったんでしょう?

…もうケリを付けてしまうの?」

アイリスは、エルベスの後ろから衣服の裾を握り覗いていたが、母のその残念そうな声音にぎょっ!とした。

一旦、剣を下げ、はぁ~。と吐息を吐き、突き付けて来る盗賊の剣をひょい。と避けて呆気なく男の胸を突く。

う゛っっっ!

男は呻き、胸を押さえ、がくん!がくんと膝を折り、床に付いてそのまま崩れ落ちた。


美女達の気晴らし

祖母は戸口に振り向くと、エルベスに告げる。
「侍従頭を呼んで来て。
アイリスは私が見ますから」

エルベスは一つ頷くと、剣を鞘に終う。
「はい。お母様」

言って、一瞬振り向きアイリスに微笑を零し、廊下を駆け去って行った。
が直ぐに女中に呼ばれた警護の騎士達と廊下で、すれ違ったが。

アイリスが振り向くと、警護長のラスダンデスは、栗色の巻き毛の、髭を粋にはやしたいい男だったが、床で呻く盗賊に、苦笑いで帽子を上からひょい。と持ち上げ、婦人達を斜めからその青い瞳で見つめ、ぼやいた。

「…私を雇った、意味がおありで?」

ニーシャ叔母様は顎をつい!と上げる。
「あるわよ。
この男達は重くて担げないし。

それに、私の寝室のお相手は重要なお仕事だと、思うんだけど」

ラスダンデスはそれには応えず、背後の部下達を促し、彼らは隊長の前に飛び出し、傷ついた盗賊達を抱える。

呻く男達が引きずられ室内から運び出されるのを、アイリスは避けて見送った。

祖母が近寄り、囁く。
「大丈夫だった?」

アイリスはどう言ったものか、迷ったけど呟いた。
「お祖母様が心配だったけど…無用でしたか?」

祖母はにっこり微笑った。
「無用よ。
時々、女主人と舐めて使用人が裏切り、盗賊を手引きするから…。
今はもうすっかり、息抜きに成ってるわ」

アイリスはその“息抜き”の意味が分からず、目をぱちくりさせた。

叔母と母はまだ、言い争っていた。
「それでもお姉様は少しは手応えが、あったんではなくて?」
「口だけよ。あの男は。

さっさと自分だけ先に達って女を置き去りにしといて
“俺は満足させた”と大ボラ吹くような男」

「こっちは、掠りもしないわ。
きっと、盗む方は目利きで手練れなんでしょうけど。
剣はからっきしのようね」

ニーシャがだが、にんまり微笑う。
「…でも手引きした者の、吊し上げがまだよ」
母、エラインも同様にんまり微笑い相槌打つ様に、アイリスはつい、顔を下げる。

祖母が頭上で、言った。
「エルベス。アイリスを寝かしつけて頂戴」

エルベスは頷く。
利発そうで文句なく整った綺麗な少年のエルベスに背を押され、アイリスは俯いたまま、寝室に向かいながら呟く。

「母様だけでなくお祖母様も…もしかして、楽しかったのかな?」
エルベスを見上げると、凄く戸惑う表情で呟いた。

「…ドレスで着飾って愛想振りまくと、肩が凝るし鬱憤が溜まる。
って、いつも言っているから」

言って、顔を寄せて耳元で囁く。

「…賊が入ると解ると、真っ先に母様達の部屋で鈴が鳴る。
母様達は来ると知っていたんだ。
…警護の者の部屋で鈴が鳴るのは、その後」

アイリスは、ぽかん。とエルベスを、見上げた。



初めて剣を握った日


 翌日、朝日溢れる朝食の席でしとやかに食事を取る、三人の気品ある美女達に、アイリスはいつものように駆け寄って
“素晴らしくお美しい、お祖母様。叔母様。
それに母様”
と言って、おはようのキスが出来なかった。

しょげたように侍従に椅子を引かれ席に着くアイリスに、祖母が囁く。
「…どうしたの?」

ニーシャはちょっと意地悪く囁く。
「まさか男の子なのに、“血が怖い”とか、言わないわね?」

エラインが取りなす。
「ショックだったのよ。
この子が生まれてから初めての賊だもの」

ニーシャが吐息混じりに呻く。
「…どうりで、鬱憤が溜まりまくっていた筈ね」

アイリスは、ショックはショックだったけど、お祖母様、叔母様、母様達の方が、賊なんかより数倍ショックだった。
とは言えず、ひたすら下を向いて、食事を終えた。

居間のソファで食後のお茶を愉しむ祖母に近寄り、囁く。
「剣を…お使いになられるの?
けど、れんしゅうされている所、見た事ありません」

祖母は口に運んだお茶のカップを左手に持っていた受け皿に乗せ、テーブルの上に置くと、言った。
「一緒に、いらっしゃい」


 人気(ひとけ)の無い、屋敷の離れだった。
カン…!
剣の触れ合う音がする。

祖母に促され、中に入るとそこは屋根付きの運動場で、ニーシャ叔母様がエルベスを相手に剣で翻弄し、とうとうエルベスの手から剣を叩き落とし、言った。

「…貴男は、公爵家の跡継ぎなのよ?
そんな下手くそじゃ、示しがつかないわ!」

アイリスは、言われてエルベスが悔しそうに、床に落ちた剣を拾うのを、見た。

エルベスは七歳に成ったばかり。
でも年よりうんと、大きく見えた。

ニーシャは戸口のアイリスを見つめる。
「この子もそろそろ、剣を握る年じゃなくて?」

エラインが、喰ってかかる。
「アイリスはまだ、小さいのよ?!
それに剣を扱い慣れてないわ!」

祖母が吐息混じりに囁く。
「慣れてるもないわ。
初めてなのだから。貴方方の相手には成りません。
この子にはちゃんと、いい講師を付けるから。

エルベスの時だって、そうしたのよ?」

が、ニーシャがくすくす笑う。
「エルベスに講師が付いたのは、幾つの時だっけ?」

エラインが母に、肩を竦める。
「講師が付くより先だったわ。
お姉様がエルベス相手に剣でいたぶったのは」

ニーシャがきっ!と妹に振り向く。
「…あら人聞きの悪い!
鍛えてただけよ!」

祖母はそれを聞いて、エルベスに振り向く。
「…まあ!
ニーシャの荒くれ剣を先に受けていたのに、悪い癖が付く訳じゃなくちゃんと型が身につくなんて!
えらいわ!エルベス!!!」

が、アイリスが見ているとエルベスは顔を下げ、そのほめ言葉に複雑な表情を見せた。

「ご主人様、公領地護衛連隊の騎士が、盗賊を引き取りに参りました」
「今行くわ!
貴方方。
アイリスは餌食に、しないのよ?!」

言って、祖母は練習場を出て行く。
ニーシャはエルベスに顎をしゃくる。
「子供用の剣を、アイリスに貸しなさい」

エルベスは直ぐ年上の姉に言い返す。
「母様の言った事、聞いてないんですか?」

ニーシャは腰に拳を当て、怒鳴る。
「私といつも剣を交えてるから!
貴方、この辺りの子供と剣の試合をしていつも、表彰されてるじゃないの!
アイリスの時、そのトロフィーが別の子息の元に、移ってもいいの?!」

言われてエルベスはしぶしぶ、子供用の小さな剣を剣立てから選び、アイリスに差し出す。

「…こうして…握って持つんだ」

エルベスが背後から、一緒に剣を握り、振ってくれた。
「どいてエルベス。怪我するわよ!」

ふいに目前からニーシャ叔母が斬りかかる。

がつん!
がつん!

二振り目で、剣は手から離れ、飛んで行った。

「…あら…!
情けないこと。
それでも男の子?

確かちゃんと、付いてるもの付いてたわよね?」

アイリスは床に落ちた剣を、慌てて拾う。
その意地悪と、腕が痺れる程の衝撃に、今度は必死で落とすまいと、剣を握った。

…けど、振り方すら知らない彼は、ニーシャの剣をただ、受けるだけ。

ニーシャは剣を、上げて言う。
「…あら…エルベスより随分劣るわ。
剣で相手をねじ伏せるより、その可愛い顔で垂らし込んだ方が早いんじゃなくて?」

これにはエラインが、猛烈に喰ってかかる。
「そんな筈ないわ!
第一エルベスの初めての時を、お姉様本当に、覚えてるの?!」

そしてニーシャを押し退け、アイリスの前で叫ぶ。
「剣を構えるのよ!」

アイリスは言われた通りにした。
が結局、ニーシャの時と同じだった。

落とすまい。と必死で握ると、がつん!と当たる度腕が痛くて、とうとう三振り目を受けた時腕が千切れそうに痛くて床に落とすと、母は怒鳴った。

「男の子は落としません!
落とすのは女の子のする事よ!」

アイリスは剣を拾い、歯を食いしばった。

けどやっぱり、三振り目で剣が手から離れて飛び、床に転がった。
アイリスは腕は痛かったし、自分は男の子なのでとうとう我慢出来ず、泣いた。

涙をポロポロ流すアイリスに、エルベスは駆け寄るがニーシャは畳みかける。

「…泣くのも、女の子のする事よ。
…最も私は、悔しかったら泣くのをやめて、相手の脛を蹴ったけど」

「あら、エルベスは男の子だけど、泣いたことあったわ!」
「無いわよ!
エルベスはこれでも根性座ってるから!」
「ええ姉様に鍛えられてね!
でも一回くらいは、泣いたわよね?!エルベス!!!」

アイリスは腕が痛くてポロポロ涙を頬に滴らせ、エルベスは二人に詰め寄られ、それは困窮していた。

「…まあ…まあ!
どうしたの一体!」

祖母が飛び込んで来て、アイリスの涙を見る。
エルベスが母に告げる。
「ニーシャ姉様が、トロフィーが欲しいなら、今から鍛えないと。
と言って、エライン姉様は剣を落とすのは女の子だなんて言うから、とうとうアイリスが…」

「…アイリスは剣を、落としたの?
大丈夫。エラインの言う事は嘘よ………まあ!」

母の叫びが大袈裟で、二人の姉妹は注目する。

「腕が…熱いわ!お医者様を!誰か早く!!!」

エルベスが飛んで行き、医者は腕を看て、吐息を吐いた。

「腕の腱が、もう少しで切れる所ですよ。
ヘタに根性が、有りすぎて痛みを我慢して無理をすると、片輪になりますよ?」

祖母は叔母と母をじっ、と見、二人は互いの顔を、見合わせた。




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