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12月11日のおはなし「サミュエルおじさん」

 時折奇妙な夢にうなされ目を覚ます。私は中東かアジアかどこかの国で暗躍する、ある組織の重要な幹部で、大きな決断を迫られている。いままで数百人の兵隊を思いのままに操り、破壊工作を繰り返してきたのだが、同時に非常に平和的で幸せな日本での家庭生活も送ってきたらしい。その2つのことをどうして同時にできるのかわからないが、そういうことになっている。そして夢の中で決断を迫られる。そのどちらかを選べと言われるのだ。反逆者の魂と社会的成功者の魂の二者択一。大きな決断を下す寸前に私は目を覚ます。

 いま私は何不自由なく生活している。朝は5時半に目覚め、ジョギングをし、戻ってシャワーを浴びると妻が朝食を準備していて、間もなく小学生と幼稚園の子どもたちが元気よく起きてきて、おはようの挨拶をする。カリカリのベーコンと固めの目玉焼き。オレンジジュースか、時にトマトジュース、そして新聞を広げながら飲む深煎りのコーヒー。

 家族みんなに玄関で見送られ、愛車に乗り込む。会社までの40分間は心おきなく好きな音楽を流す時間でもある。時にはひとり、大声を張り上げて歌うこともある。どうして車の中なんかで歌うのかって? グレートフル・デッドなんて他にどこで聞けばいい? 笑うなら笑うがいい。私は筋金入りのデッド・ヘッドなのだ。

 会社にはいつも一番乗りだ。社長なんだから少しゆっくり顔を出せばいいのにと言う友人もいるが、私にとって仕事はできるだけ長く触り続けたい趣味のようなものだ。5年くらいしか経っていないからそんなことが言えるんだと、先の友人はよく口にするが、それは違う。子どものころからずっと変わらずカリカリのベーコンが好きなように、この仕事もずっと好きでいるとしか思えない。

 スタッフは有能で、目的意識は共有できている。だから仕事の進め方のアイデアで激しく衝突することはあっても、同じゴールを見据えているので全く問題はない。互いに非常に高く評価し合っていて、尊敬すらしているので、意見のぶつかり合いはよりエレガントな解決のためには不可欠のプロセスだとみなしている。業績も順調だ。バカげた急成長もなければ、原因不明の足踏みもない。全く理想的だと言っていい。

 多くの友人は仕事がきっかけで始まった関係ではあるが、いまではオン/オフを問わず刺激的な話し相手だ。ウィークデイの深夜にはオフィスに設けたバーコーナーでワインを開けて語り合い、休日には互いの家を訪ねて交友を深める。家。そう家にも満足している。1年かけて建築家とミーティングを重ねて作り上げた、現時点での理想的な住居だ。

「うまく行っているみたいですね」昨夜サミュエルおじさんがやってきてこう言った。私は、ええまあ、と曖昧に頷き、誰だったろうかと考えた。その様子を見てサミュエルおじさんは嬉しそうに目を細め、満足げに腕を組んだ。「交換を担当したサミュエルですよ。ほらおなじみのサミュエルおじさんですよ。おやおや。もうお見限りのご様子。こりゃ顔を出すまでもなかったかな」

「交換? 交換ってなんですか?」
「覚えていない? おっほっほう! あなたが? あの献身的で勇敢なリーダーだったあなたが? なんとまあ、それをお仲間が聞いたらどう言うでしょうね。もっともあの虫けらどもが、おっと失礼、お仲間のみなさんが生き残っているならば、ですが。ふむ。これはどうも想像以上にうまく行っているらしい」
「何のことを言っているんです? いったいあなたは何者です?」

 サミュエルおじさんは、「まあまあお気になさらず」と誠意のかけらも感じられない返事をし、私に人差し指を突きつけると捨てぜりふを残した。「わたしは、あなたにそのままでいてほしい」

 おなじみのポーズだ。と咄嗟に思ったが、初めて会うのにおなじみも何もない。いや違う。男の言葉によればどうやら前にも会ったことがあるらしい。一体何者なのか。そして私は何を交換してしまったのだろう。何かとんでもないものを交換してしまったのではなかろうか。時折そう思う。けれど私の生活は恵まれていて、何一つ不自由がない。何かを失ったとは思えない。

 悪夢にうなされ目覚めた朝、私は妻が寝息を立てるベッドで天井を見上げながら、考える。爆撃の震動で砂ぼこりの舞う地下壕で同志は私の不在をどう乗り越えているのだろうと。それからまだ夢に引きずられていることに気づき苦笑する。ベッドから飛び起き、ランニングシャツとジョギングパンツを身につけると朝まだ早い東京の街に飛び出していく。

(「交換」ordered by たけちゃん-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

4部作のご案内

この作品はたけちゃんさんからまとめていただいた4つのお題に対して、独立した4つのSudden Fictionを書きつつ、それぞれがリンクして行くというアクロバット的な書き方をした作品です。ですから、もちろん単独でお楽しみいただけますが、4つまとめて読むと「ああ、そういうことか!」という発見もあります。

良かったら合わせてお楽しみください。

SFP0164「サミュエルおじさん」(この本です!)
SFP0166「間奏曲

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5つで、お気に入り度を示すこともできるようですが、面と向かって星をつけるのはひょっとしたら難しいかも知れませんね。すごく気に入ったら星5つつける、くらいの感じでご利用いただければ幸いです。


 現在、連日作品を発表中です。201171日から2012630日までの366日(2012年はうるう年)に対して、毎日「11篇のSFP作品がある」という状態をめざし、全作品を無料で大公開しています。公開中の作品一覧


 SFP作品は、元作品のクレジットをきちんと表記していただければ、転載や朗読などの上演、劇団の稽古場でのテキスト、舞台化や映像化などにも自由にご活用いただけます。詳しくは「Sudden Fiction Project Guide」というガイドブックにまとめておきました。使用時には、コメント欄で結構ですので一声おかけくださいね。


 ちょっと楽屋話をすると、71日にこのプロジェクトを開始して以来、日を追うごとにつくづく思い知らされているのですが、これ、かなり大変なんです(笑)。毎日1篇、作品に手を入れてアップして、告知して、Facebookページなどに整理して……って、始める前に予想していたよりも遥かに手間がかかるんですね。みなさんからのコメント、ツイート(RT)、「いいね!」を励みにがんばっていますので、ぜひご協力お願いいたします。


 読んでくださる方が増えるというのもとても嬉しい元気の素なので、気に入った作品を人に紹介して広めていただけるのも大歓迎です。上記Facebookページも、徐々に充実させてまいりますので、興味のある方はリンク先を訪れて、ページそのものに対して「いいね!」ボタンを押してご参加ください。


 10月からは「11篇新作発表」の荒行(笑)を開始し、55作品ばかり書き上げる予定です。「急募!お題 この秋Sudden Fiction Project開催します」のコメント欄を使って、読者のみなさんからのお題を募集中です。自分の出したお題でおはなしがひとつ生まれるのって、ぼくも体験済みですが、かなり楽しいですよ! はじめての方も、どうぞ気軽に遠慮なくご注文ください(お題は頂戴しても、お代は頂戴しないシステムでやっています。ご安心を)。


 こんな調子で、2012630日まで怒濤で突き進みます。他にはあんまりない、オンラインならではの風変わりな私設イベントです。ぜひご一緒に盛り上がってまいりましょう。


奥付



サミュエルおじさん


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著者 : hirotakashina
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