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世界統一政府の出現と世界統一通貨

  世界統一政府の出現と世界統一通貨
 
  大患難時代の前半の時期に世界は統一政府を持つことになるでしょう。それは国連のような緩やかな連合体の組織ではなく、いまのEU(欧州連合)の世界版のようになるでしょう。つまり世界は通貨を統一し、国家の自主憲法よりも世界政府の憲法を優先させるような政治体制になり、関税も国境も事実上なくなってしまうはずです。そして一人の元首が世界をリードするようになるでしょう。この元首は今まで述べてきた反キリストです。彼は7年間に及ぶ大患難時代の中盤で、自分こそ神であると宣言します。しかし先に述べたようにその訪れは極めて平和的になるでしょう。同じように世界統一政府の誕生も世界中から歓迎されるでしょう。それは数世紀にわたって世界政府樹立を目指してきた人々の洗脳支配がいよいよ完成するからです。
 
  ここで一部で言われている陰謀論について少し触れておきます。このことについては次の第四章で詳しく取り扱います。ここでは、「陰謀とは常にあったしこれからもある政治的な策略である」とまず説明しておきます。これは決しておどろおどろしい、いい加減な話ではなく現実の話です。そして日本の非キリスト教徒の陰謀研究者が言うように、聖書を利用し聖書の記述に沿って世界支配を推し進めている人々も存在しているようです。そうすることによって世界支配がし易くなるのでしょう。もっと端的に言えば、「これが聖書の成就だ」と言って何かことを起こせば、多くのキリスト教徒をだますことが出来るからです。(しかしその聖書解釈は大きく歪んでいます。)
  例えば世界統一政府の出現もその一つです。本来的な解釈からは大きくずれていますが、彼らは世界平和の到来と、キリストの再臨を自分たちで演出することによって、世界統一政府の樹立を目指すでしょう。それらを演出するために「ハルマゲドン」と称して世界戦争をすることさえ辞さないでしょう。彼らがそうするのは、自分たちの造り上げた世界政府を「神の国の到来」と信じさせたいためですが、実際には聖書も神も信じてはいません。
 
  彼らの主体は信用創造と言う紙幣を印刷する権利を手に入れた人々です。彼らは経済を自由にコントロールし、世界再創造のためと称して大不況と世界規模の戦争さえ造り出す力を持っています。彼らはヨーロッパでしたように、各国の中央銀行を統一し、より大きな力を持とうとしています。そのために彼らは世界統一政府を作ろうとしているのです。そしてその動きにはすでに日銀でさえもが組み入れられているようです。
 
  2001年5月に出版されたリチャード・ヴェルナー著「円の支配者」には、日銀がどのようにグローバリストとつながり、日本を操っているかが暴露されています。同書によると戦後日本の経済発展もバブル景気も、さらにバブル崩壊から失われた十年にいたるまで、全て「信用創造」と言う通貨供給量の操作によって作られたものです。
 
  この本が出版された当時のFRB(アメリカ準備制度理事会)の議長は、アラン・グリーンスパンでした。バーナンキに議長が引き継がれた今も、彼らの行動計画は同じです。
  ヴェルナー氏は決しておどろおどろしいことを言う陰謀論者ではありません。しかし同書には中央銀行家(セントラルバンカー)たちの、飽くなき権力意欲を以下のように述べています。引用してご紹介します(「円の支配者」p.337‐338):
  
 依然として残る問題は、FRBの政策目的はどこにあるかということだ。アラン・グリーンスパンは何をもくろんでいるのだろうか? それは歴史が教えてくれるだろう。だが、わかっているのは、権力者はけっして満足しないということだ。セントラルバンカーは過去一世紀にわたってつねに自分の権力を増強し、固める努力をしてきた。それは制度的改革を通じて可能になり、制度的改革は経済危機が引き金になって実現する。権力が増強され、いっそう強固になるのは、彼らの支配権が拡大するときだ。これには拡大通貨圏の創設が含まれる。これこそ、現実に起こりつつある出来事だ。広大な通貨圏の創設である。ヨーロッパの次はアメリカ、そしてアジアだろう。
  彼らの理論からすれば、究極の目標は、通貨圏をつないで世界通貨同盟を創り出すことだろう。単一の中央銀行が運営する世界の単一通貨。それが実現すれば、マネーのプリンスたちの権力は頂点に達する。

 
 ヴェルナー氏は制度的改革が経済危機によって可能になると見抜いて、拡大通貨圏の創設となることを予言しています。彼の予言は聖書の預言の内容と同じく、世界単一通貨制度の到来を指摘しています。さらに次の箇所ではアメリカに言及し、ドル崩壊と深刻な不況の到来についても述べています。以下の記述は2008年9月のリーマンショックや、さらにそれより前のサブプライム問題以前のものです(同書 P.338.):
 
 
ヨーロッパ人は参加を拒否しないだろう。すでに、各国通貨を捨てている。アジア人たちも説得すれば参加するだろう。だがアメリカ人はどうか。自由を愛する彼らは、ドルを捨てて世界通貨を採用するのには抵抗するに違いない。ドルの主権を捨てることはできないと言い出すだろう。実際には、アメリカの主権はとうの昔にセントラル・バンカーの手に握られている。そして、セントラル・バンカーたちは単一通貨を採用するよう頑固なアメリカ人を説得するのは難しいと思っているかもしれない。ただし、ドルが崩壊して深刻な不況に見舞われれば話はべつである。危機はときには、驚くほどの効果を生むものだから……。


 繰り返しますが同書は2001年5月の初版発行です。その年の9月に起こった911や、それ以後のいわゆる「テロとの戦い」によるアメリカの疲弊も、更にはギリシャやイタリアの経済破たんによるユーロ危機の噂さえまだなかった時期です。まさに驚くべき達見であると思います。
 
  アラン・グリーンスパンよりも前のFRB議長のポール・A・ボルカー氏も、単一通貨について同じように述べています。以下の引用はアメリカのロックフェラー財団の傘下にある、外交問題評議会(CFR)の発行する「フォーリン・アフェアーズ・リポート」の日本語版ホームページからのものです。(「CFRミーティング サマーズ、ボルカーが語る世界共通通貨の可能性」2007年8月号http://www.foreignaffairsj.co.jp/essay/200909/0909_2.htm):
 

まだまだ世界単一通貨の実現にはほど遠いというのが現実だが、この方向に向けた流れのなかで金融秩序は安定的に機能している。現在のようにドルが広く使われることは、金本位制だった当時は想像もできなかった。何かあれば、太陽(ドル)を離れて、月(金)に逃げ込むことができた。これがドルの限界だった。だが、金本位制からの離脱によってその限界はなくなった。ドルに対する信認さえあれば、世界が基軸通貨を持つことには大きな優位がある。


 ドルに対する信認はいま徐々に失われつつあります。2011年11月30日現在で、1ドルが77円前後です。太陽(ドル)が消えうせ、かと言って月(金)にもどるわけにも行かなくなると、世界はドルに代わった通貨を必要とするでしょう。
 
  ボルカー氏はドルがまだ強かった2007年に、「この方向(世界単一通貨実現)に向けた流れの中で金融秩序は安定的に機能している」と述べています。世界の金融秩序が崩壊している現在、陰謀の主体者たちの計画通りにドルは弱くなり、人々は次なる基軸通貨の必要性を訴え始めています。
 
  このような銀行家たちの世界統一通貨へ向けての動きだけを見ても、世界の裏側には陰謀があると言えます。そして何よりも驚くべきなのは、このような動きがすでに聖書に記されているということです。
 
  少し前に触れたように、恐らく彼らは聖書を用いて人々を騙すでしょう。しかし行きすぎた陰謀論者たちが言うように、聖書まで彼らの創作であるとするのは誤りです。なぜなら聖書には、この陰謀の主体者らが滅びに向かうことが預言されてもいるからです。
 
  それでも彼らの惑わしは大多数の人々を巻き込んで成功して行きます。それらの惑わしはすでにキリストの時代に警告されていたことです。イエス・キリストは世の終わりについて弟子たちが質問した際に、開口一番に、「人に惑わされないように気をつけなさい」と述べています(マタイ24章4節)。このことは人の歴史が進むにつれて惑わしが多くなることを意味しています。そして世の終わりにはそれが一層顕著になって来るのです。
 
  地球環境問題やエネルギー資源問題、さらに食糧問題など、これから世間では地球規模の問題があふれだして来るでしょう。世界中の一般の人々に、「もはや自国一国のことだけを考えていてはいけない」という意識が芽生えて来つつあります。それはとても大切なことですが、陰謀の主体者たちはそこに付け入って、自分たちだけが権力を掌握するために人々を騙して導きます。そして聖書の歪んだ解釈である「ハルマゲドン」の人工的演出と(偽)キリストの仲介による一時的な平和、そして世界統一政府へと世界は導かれます。
 
  陰謀論はそれだけではおどろおどろしい話の連続ですが、聖書の終末預言と合わせて考える時、それらが現実味を帯びて見えてきます。次章ではこのことをさらに詳しく取り扱います。
 
  話が通貨統合に及んだので、ここで世界統一通貨が現れることの聖書的な根拠について見て行きましょう。次に引用する聖書個所は知る人ぞ知る、666の刻印に関する預言です。反キリストを象徴する獣が、人々に自分の名前の付いた刻印を押すという内容です(黙示録13章16節から18節):
  
  :16 また、小さい者にも、大きい者にも、富んでいる者にも、貧しい者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々にその右の手かその額かに、刻印を受けさせた。
:17 また、その刻印、すなわち、あの獣の名、またはその名の数字を持っている者以外は、だれも、買うことも、売ることもできないようにした。
:18 ここに知恵がある。思慮ある者はその獣の数字を数えなさい。その数字は人間をさしているからである。その数字は六百六十六である。

 
  キリスト教文化圏の欧米人が「666」の数字を忌み嫌う根拠がこの聖書個所です。そして同時にこの「666」の意味は伝言ゲームのように歪んで解釈されてもいます。彼らキリスト教文化圏の人々の多くが、自分で聖書を読まなくなってしまった証拠です。
 
  私はかつてアメリカのニューヨーク市の観光バスツアーに参加したことがあります。そのツアーの中で、街中のとあるビルには666番地が付けられているとガイドさんが教えてくれました。そのビルまでバスが行くと、確かにビルの最上階に赤の文字で「666」と書かれていました。ガイドさんによるとそのビルに入っている会社に就職したある女性は、初出勤の朝にこの「666」の数字を見上げて慌てて会社に電話をして辞職を告げたそうです。
  反対にこのビルのオーナーは「666」を面白がって大々的に宣伝するためにわざと赤い色で番地を表示したのだとか。また悪魔崇拝者は聖書が忌み嫌うこの数字を聖なる数字として扱っているとのことです。
 
  数十年前に日本でも公開された、「オーメン」と言う映画があります。その映画の主人公のダミアン少年は「悪魔の子」と言う設定でした。そのダミアン少年は生まれつき、頭に666と読める三つのつむじを持っていました。キリスト教文化圏の人々は、先ほどの聖書個所の知識が生半可にあるゆえに、日本人よりもこのホラー映画が恐ろしく感じたのではないでしょうか。しかしその怖さは本当の「666」の聖書理解からかけ離れたところにあります。
 
  本当の「666」の意味は、17節にあるように反キリストの名前です。この意味を解釈するにはゲマトリアと呼ばれる数秘術の知識が必要となります。

  聖書の原語であるヘブル語とギリシャ語には一つの文字にそれぞれ数字が割り振られていました。例えばα(アルファ)は1、β(ベータ)は2…、と言う風に続きます。
  「666」が名前であるとは、「獣の名」すなわち反キリストの名前のゲマトリアが666になると言うことです。つまり彼が登場した時、彼の名前をギリシャ語またはヘブル語に変換するとその数字の合計が「666」になると言う意味です。
  一部ではヒットラーにも「666」のゲマトリアが当てはまると言う人がいます。しかしそれは英語のアルファベットのAを100、Bを101として数えての計算なので、少し無理やりの感があります。しかも名字だけなので氏名全てをこの計算でやると「666」ではなくなってしまいます。「ゲマトリア数秘術」の著者、久保有政氏によるとアドルフヒットラーのヘブル語のゲマトリアは「444」です(同書p.174)。反キリストはヒットラー以上のカリスマ性を持った独裁者になるはずです。
 
  「666」が人の名前であるとは分りましたが、来るべき反キリストの名前を右手か額に刻印するとは、どういう意味なのでしょうか。そのしるしが無いと売ることも買うことも出来ないとあることから、これが経済システムの一環であることが分ります。つまりこれが世界統一通貨システム到来の聖書的根拠です。しかもこの制度ではすべてが電子決済で、キャッシュレス時代の到来のようです。
  最近でもお財布携帯やJRのスイカなどの電子マネーが幅を利かせています。聖書預言から言えば、いずれは世界中の電子マネーが統合されることになるようです。そして右の手か額に「666」の刻印が押されることになります。

  

 この「666」は反キリストの名前のゲマトリアであることはすでに述べました。それと同時に現在でも使われているバーコードシステムが、この「666」の刻印なのではないかとも言われています。

 


  図に示したようにバーコードには沢山の縦線が引かれています。そしてそれぞれの線には数字が割り当てられています。ところがこのシステムを機能させるために、両脇と真ん中の三組の線には必ず「6」を割り当てることになっているのだそうです。試しに身の回りのバーコードをご覧になって見て下さい。真ん中と両脇には同じような二本の線が並んでいます。図に示したように他にも「6」の線があれば数字も記してあり、三組の線と同じ太さの二本の線になっているはずです。(図では右から二番目に「6」の線が配置されています。)
 
  また微小の電子チップ(ベリチップ)をインプラントして「666」の経済システムを確立するのだと言う見方もあります。現在の科学技術でも注射器の針からもインプラントできる、極小の電子チップが開発されています。
 
  詳細はまだ見えてきていませんが、「666」が反キリストの名前のゲマトリアであり、経済システムの印章であることは間違いないこととされています。
   
  ここで再び聖書の預言する世界統一政府の話に戻りましょう。
 
  ダニエル書の2章には、終末の時代に起こることが示された夢の話が出てきます。
  ダニエルは今から2600年ほど前の人物で、少年のころにバビロンに捕囚されて来た古代ユダ王国の貴族でした。彼は後々までその知恵によってバビロニアで重用された人物です。
  2章でバビロンの王、ネブカデネザルは夢を見ます。その内容はあまりにも恐ろしく、王は胸騒ぎがして眠れなくなります。そこで呪術者たちを呼んで解き明かしをさせます。ところが誰も解き明かすことができません。それもそのはず、王はその夢があまりにも衝撃的だったために忘れてしまい、呼び出された呪術者たちに「私の夢とその解き明かしの両方を示せ」と無理難題を要求したからです。
  困ったのは呪術者たちで、彼らは王に対して「そんな理不尽な要求をする王はどこにもいません」と抗弁してしまいます。怒った王は彼らを含めて国中の知者をすべて処刑するようにと命じます。そこに登場するのが青年官僚としてバビロンに仕えていたダニエルです。以下に実際の聖書個所を引用します(ダニエル書2章27節から45節):
  
:27 ダニエルは王に答えて言った。「王が求められる秘密は、知者、呪文師、呪法師、星占いも王に示すことはできません。
:28 しかし、天に秘密をあらわすひとりの神がおられ、この方が終わりの日に起こることをネブカデネザル王に示されたのです。あなたの夢と、寝床であなたの頭に浮かんだ幻はこれです。
:29 王さま。あなたは寝床で、この後、何が起こるのかと思い巡らされましたが、秘密をあらわされる方が、後に起こることをあなたにお示しになったのです。
:30 この秘密が私にあらわされたのは、ほかのどの人よりも私に知恵があるからではなく、その解き明かしが王に知らされることによって、あなたの心の思いをあなたがお知りになるためです。
:31 王さま。あなたは一つの大きな像をご覧になりました。見よ。その像は巨大で、その輝きは常ならず、それがあなたの前に立っていました。その姿は恐ろしいものでした。
:32 その像は、頭は純金、胸と両腕とは銀、腹とももとは青銅、
:33 すねは鉄、足は一部が鉄、一部が粘土でした。
:34 あなたが見ておられるうちに、一つの石が人手によらずに切り出され、その像の鉄と粘土の足を打ち、これを打ち砕きました。
:35 そのとき、鉄も粘土も青銅も銀も金もみな共に砕けて、夏の麦打ち場のもみがらのようになり、風がそれを吹き払って、あとかたもなくなりました。そして、その像を打った石は大きな山となって全土に満ちました。
:36 これがその夢でした。私たちはその解き明かしを王さまの前に申し上げましょう。
:37 王の王である王さま。天の神はあなたに国と権威と力と光栄とを賜い、
:38 また人の子ら、野の獣、空の鳥がどこに住んでいても、これをことごとく治めるようにあなたの手に与えられました。あなたはあの金の頭です。
:39 あなたの後に、あなたより劣るもう一つの国が起こります。次に青銅の第三の国が起こって、全土を治めるようになります。
:40 第四の国は鉄のように強い国です。鉄はすべてのものを打ち砕いて粉々にするからです。その国は鉄が打ち砕くように、先の国々を粉々に打ち砕いてしまいます。
:41 あなたがご覧になった足と足の指は、その一部が陶器師の粘土、一部が鉄でしたが、それは分裂した国のことです。その国には鉄の強さがあるでしょうが、あなたがご覧になったように、その鉄はどろどろの粘土と混じり合っているのです。
:42 その足の指が一部は鉄、一部は粘土であったように、その国は一部は強く、一部はもろいでしょう。
:43 鉄とどろどろの粘土が混じり合っているのをあなたがご覧になったように、それらは人間の種によって、互いに混じり合うでしょう。しかし鉄が粘土と混じり合わないように、それらが互いに団結することはありません。
:44 この王たちの時代に、天の神は一つの国を起こされます。その国は永遠に滅ぼされることがなく、その国は他の民に渡されず、かえってこれらの国々をことごとく打ち砕いて、絶滅してしまいます。しかし、この国は永遠に立ち続けます。
:45 あなたがご覧になったとおり、一つの石が人手によらずに山から切り出され、その石が鉄と青銅と粘土と銀と金を打ち砕いたのは、大いなる神が、これから後に起こることを王に知らされたのです。その夢は正夢で、その解き明かしも確かです。」


 この個所に限らずダニエル書には世の終わりに対する預言が数か所に記されています。それらの個所は互いに互いを説明したり補いあったりしています。そして同時にヨハネの黙示録に記されている幻と関連してもいます。
  それらの個所は預言研究の対象としてはとても興味のある個所ですが、この本の趣旨が聖書になじみの無い日本人への、聖書の終末論の分りやすい紹介であるので、難しい解説にならないように、ここでは深く取り上げないことにしました。むしろここでは世界統一政府に関する代表的な聖句を一つだけ取り上げて、聖書が示す終末思想のエッセンスを多く取り上げることにいたします。
  もし皆さんが聖書の終末に関する記述自体にご興味を抱かれたのなら、ぜひご自分でお読みになることをお勧めします。しかし聖書は全体を通して読まないと良く分らない書物です。それゆえに少なくとも新約聖書をすべて読んでから、ダニエル書をお読みすることをお勧めします。
 
  さてこの個所でダニエルは王の見た夢とその解説をしていますが、それらは世の終わりに関することであると述べています。その夢には一つの像が出てきました。その像は頭が金で胸と腕は銀、腹と腿は青銅、すねは鉄で足は一部が鉄で一部が粘土でした。ダニエルによるこの像の解釈は、これらはバビロンを含む4つの国を現していると言うことでした。それを整理し、同時に一般的な神学的解釈を記すと以下のようになります。
 
 
第一の国 金の頭
ネブカデネザル王の大バビロン (BC606‐539)
 
第二の国 銀の胸と両腕
メド・ペルシャ (メディアとペルシャの連合国 BC539‐331)
 
第三の国 青銅の腹と腿
ギリシャ (BC331‐146)
 
第四の国 鉄のすね (一部が鉄で一部が粘土の足)
鉄のすね 
古代ローマ帝国 (BC146‐AD476以後分裂)
 
一部が鉄で一部が粘土の足足 
復興ローマ帝国(世界統一政府)
  


  以上のように王の夢は四つの国に解釈されています。そして「人手によらずに切り出された石」は聖書においては救い主であるイエス・キリストを指します。この石が復興ローマ帝国と解釈されている鉄と粘土で出来た足を砕きます。さらに金も銀も青銅もみな砕け散り、地上の王国は消えさります。そしてキリストの王国が全土に満ちて支配をする、神学用語で言う「千年王国時代」が到来します。(この「千年王国時代」については第五章で取り扱います。)
 
  もうひとつ興味深い解釈を載せておきます。それはレムナント教会牧師で、「聖書の暗号が語る獣の国アメリカ・反キリスト」の著者であるエレミヤ氏の説です。この本は少し前に話題になった聖書の暗号に関する本です。
  私個人は聖書の暗号については否定的な意見を持っていますが、その聖書の暗号が黙示録の獣の国をアメリカであると述べている、と言うのがこの本の主張です。
  その聖書の暗号の解説はともかくとして、同書でエレミヤ師の解説する同じ聖書個所の解釈はなるほどと納得するものでした。
  エレミヤ氏はこの像の第四の国が他の3つの国々を粉砕したと言う、40節の内容に注目し、第四の国はアメリカであると推測しています。
  実際には三つの国々のうちの一つはまだ健在で、これからアメリカによって粉砕されるだろうと師は解説しています。エレミヤ氏の解説による三つの国は以下のようになります。
  


第一の国 バビロン=イラク
かつてのバビロンの首都が今のイラクにあったため。
 
第二の国 メド・ペルシャ=イラン
かつてのメド・ペルシャの王都のシュシャンの城(旧約聖書エステル記の舞台)は今のイランにあったため。
 
第三の国 ギリシャ=ユーゴスラビア
ギリシャの王アレクサンダー大王の地、マケドニアはギリシャの北、ユーゴスラビアにあった場所であるため。
 
 
  三つの国々のうちイランだけはまだ健在ですが、それでもアメリカに後押しされたイスラエルよるイラン攻撃の可能性が、国際政治の中ではたびたびうわさになっています。エレミヤ氏はいずれそう遠くない未来に、第四の国としてアメリカはイランをも粉砕するだろうと述べています。
  このエレミヤ氏の説は独特で、キリスト教の中でも極めてマイナーな説です。しかし第四の国が他の三つの国々を粉砕するあたりの説明は注目に値します。師によると歴史上も含めアメリカほどこの第四の国、(黙示録で言えば獣の国)に相当する国はないとのことです。

エレミヤ師によるとアメリカは軍事費で言えば世界ナンバー1で、2位から20位までの国の軍事費をすべて足してもアメリカには遠く及ばないのだとか。いま世界を見ても、アメリカほどの横暴な国はなく、かつても無かったであろうとのことでした。
  (エレミヤ氏はネット上に「エレミヤの部屋」というサイトを運営管理されています。検索で調べれば出てきます。)
 
  いずれにしても他の説も含め、すべては神学的な解説です。どれが正しいのかはその時が来てみないと分りません。
 
  それにしてもこの第四の国、(一般的な説で言えば世界統一政府)は横暴な国であり、いずれ世の終わりには神であるイエス・キリストの再臨により粉砕されることが聖書預言上はっきりとしています。
 
 


世界統一宗教への道

  世界統一宗教への道
 
  世界統一政府の思想的なバックボーンは世界統一宗教です。宗教の統合などと言えば話が大き過ぎる感じがしますが、宗教的対立の反動としての世界中の宗教の連帯と言えば分りやすいでしょう。この連帯の動きはすでに100年以上も前の、1893年の世界宗教会議にはじまっています。
 
  911以後の世界は宗教的な対立がますます激しくなっています。そしてその反動で、地球上のあらゆる価値観の人々が連帯するようにとのムーブメントが盛んになりつつあります。そしてこれからは宗教間の神概念の統一が図られ、安全な宗教とそうでないものが区別され、連帯出来ない宗教はカルトとして非難を受けるでしょう。その行く先は世界統一宗教の出現です。
 この世界統一宗教は強制的な思想統制と言う形を取らず、徐々に浸透する洗脳の形をとるでしょう。その思想の根幹となるのが世界人民の一致と団結です。地球上の人々が自分たちのことだけではなく、ともに世界平和を考え、地球温暖化を考え、貧困や飢餓問題を解決しようという動きになれば、誰もが反対しなくなります。
 
  世界の宗教思想は協力し合えるという考えは、愛に基づいた素晴らしいことに聞こえます。しかしすでに触れたように聖書預言ではこれは滅びにつながる出来事として警告されています。すなわちそのようにして出来た世界統一宗教をやがて反キリストは乗っ取り、「自分こそ神だ」と言って人々の上に君臨するのです。
 
  黙示録の幻はどれも難解ですが、以下に示す17章もかなり解釈が分かれています。しかし本書ではこの個所を、世界統一宗教の聖書預言的な根拠として解説していきます。後に説明を加えますが、この個所は獣(この場合は世界統一政府)に乗った大淫婦(世界統一宗教)が、反キリストを含む十人の支配者(十本の角)に裏切られる個所です。抜粋してご紹介します:
   
  :1 また、七つの鉢を持つ七人の御使いのひとりが来て、私に話して、こう言った。「ここに来なさい。大水の上にすわっている大淫婦へのさばきを見せましょう。
:2 地の王たちは、この女と不品行を行ない、地に住む人々も、この女の不品行のぶどう酒に酔ったのです。」
:3 それから、御使いは、御霊に感じた私を荒野に連れて行った。すると私は、ひとりの女が緋色の獣に乗っているのを見た。その獣は神をけがす名で満ちており、七つの頭と十本の角を持っていた。

(中略)

:7 すると、御使いは私にこう言った。「なぜ驚くのですか。私は、あなたに、この女の秘義と、この女を乗せた、七つの頭と十本の角とを持つ獣の秘義とを話してあげましょう。
:8 あなたの見た獣は、昔いたが、今はいません。しかし、やがて底知れぬ所から上って来ます。そして彼は、ついには滅びます。地上に住む者たちで、世の初めからいのちの書に名を書きしるされていない者は、その獣が、昔はいたが、今はおらず、やがて現われるのを見て驚きます。
:9 ここに知恵の心があります。七つの頭とは、この女がすわっている七つの山で、七人の王たちのことです。

(中略)

:16 あなたが見た十本の角と、あの獣とは、その淫婦を憎み、彼女を荒廃させ、裸にし、その肉を食い、彼女を火で焼き尽くすようになります。
:17 それは、神が、みことばの成就するときまで、神のみこころを行なう思いを彼らの心に起こさせ、彼らが心を一つにして、その支配権を獣に与えるようにされたからです。
:18 あなたが見たあの女は、地上の王たちを支配する大きな都のことです。」


 聖書的な解釈では異教の神を崇拝することを性的な不道徳と結びつけます。ここには引用しなかった5節にはこの女を「すべての淫婦と地の憎むべきものとの母、大バビロン」と呼んでいます。このことからこの女の幻が、世界中の宗教の教えを糾合した存在であることが分ります。さらにこの大淫婦は、七つの頭を持つ獣に乗っていると聖書は述べます。このことから一部の聖書研究者たちは、世界統一政府と世界統一宗教の本拠地はローマになるのではないかと述べています。なぜならローマ市は七つの丘から成り立つ都市だからです。

 

ローマの七つの丘(wikiペディアより)


  そしてこの七つの頭を持つ獣は、昔いたがいまはおらずやがて再び現れることから、ローマ帝国の再来であると解釈されています。そしてもしそうなら、世界統一宗教の中心となる存在はローマ市に本部を置くローマカトリック教会になるのではないかと予想されています。
 
  実際にローマ教皇は「エキュメニカルムーブメント」と言う、カトリックとプロテスタントの和解を軸にした宗教間の融和運動を推進しています。この運動は「全ての宗教的な活動は、同じ神を探求する人類の精神的な表現」であるとし、ニューエイジムーブメントも含めたすべての宗教が一致出来ると言う前提で動いています。
  このようなムーブメントは最近始まったものではありません。すでに100年前からその始まりを認めることが出来ます。以下にエキュメニカルムーブメントに関する主な世界会議の年代と名前を列挙します。
 
 
1893年
世界宗教会議(World Congress for Religions)
 
1930年
世界信仰会議(World Congress of Faith)

 

1940年
世界教会会議(World Congress of Churches)

 

1970年
平和のための世界宗教会議(World Congress for Religions for Peace)

 

1974年
第二回平和のための世界宗教会議

 

1979年
第三回平和のための世界宗教会議

 

1984年
第四回平和のための世界宗教会議

 

1986年
イタリアのシシリーにて、バチカン召集の世界宗教者合同平和祈祷会

 

1989年
第五回平和のための世界宗教会議

 

1993年
第二回世界宗教会議(100周年記念)

 

1994年
第六回平和のための世界宗教会議

 

1997年
2000年の世界統一宗教率先機関(United Religion Initiative Organization)に向けて宗教者代表が署名

 

2001年
宗教的相違点保護に関する世界会議(World Congress on Prezervation for Religions Diversity)

 

2002年
バチカン召集の第二回世界宗教者合同平和祈祷会

第一回世界宗教評議会(World Council of Religions)

第一回世界平和会議(World Peace Summit)

 

2003年
第二回世界平和会議

 

2004年
第三回世界平和会議

 

2005年
第四回世界平和会議

地球的祈りの日(World Day of Prayer)

 

2006年
第五回世界平和会議

地球温暖化のための世界統一宗教会議

 

2007年
信仰統合評議会(Interfaith Council)(エルサレム)

世界教会評議会(World Council of Churches)(他宗教も参加)

 

2008年
ローマ教皇、ワシントンDCで宗教者たちと会議


  目立ったものをざっと抜き出しただけでもこれだけありますので、さらに多くの会議や集会が宗教間の和解の名のもとに行われているのでしょう。
  そしてもう一つ、これらの会議に加えて特筆すべき会議が2009年2月10日にスイスで行われました。それは「グローバルアジェンダ2009」と呼ばれる会議です。この会議は世界中の指導的立場の人々を集めて行われたものです。
  この会議の議題で特筆すべきは、文化の架け橋として世界をつなぐ、新しいテレビネットワークの創設について話し合われたことでした。このテレビネットワークは文化的宗教的な架け橋としての役割を担い、人々のアイデンティティー(Who we are)の共有を目指すとのことです。
  アイデンティティーを共有するとは、言って見れば「地球人としての自覚」です。思想も宗教も共有することの行き着く先は、宗教の統一と世界政府の樹立でしょう。この章のはじめの「神のふたりの証人」のところでも述べた、世界中の人々が三日間「ふたりの証人」の死体を眺めることを可能とする、統一管理されたテレビネットワークの下地も着々と進んでいるようです。
 
  何度も繰り返しているように聖書預言的に言えば、いずれ世界の宗教は融和策を推し進めます。その動きはすでに私たち日本人の見えないところで起こっています。
 
  聖書預言を知らなければ素通りしてしまうような情報も、預言を知れば多くの気付きを与えてくれます。それゆえキリスト教文化圏の人々は聖書を「神の行動計画書」とさえ呼ぶほどです。
  反対に聖書信仰が無い人々の中には聖書を、「陰謀の主体者たちが人々を騙すために造った計画書」とさえ呼びます。その言葉の裏には、イスラエル再建や全エルサレムのユダヤ人支配の復活など、聖書に預言されていることがこの100年来に次々と成就していることの不思議さがあるのでしょう。しかし先に述べたように、陰謀の主体者たちの滅びまで聖書が預言している以上、聖書が彼らの手によって造られたとは言えないでしょう。もちろん聖書預言を自分たちで成就してしまおうと、人々を洗脳し陰謀を企てることは可能ですが……。
 
 


フォトンベルトとポールシフト

  フォトンベルトとポールシフト
 
  さてこの章の最後に解釈の極めて難しい、終末の患難期に関する二つの聖書預言を載せましょう。 
 
  ある聖書研究者はこれらの個所はフォトンベルトやポールシフトについての預言であると述べています。しかし私にはその確信はありません。むしろフォトンベルトについては、次章で述べる如く陰謀の主体者らのでっち上げの可能さえあるのではないのかと考えています。
 
  簡単に説明するとフォトンベルトとは、1961年に科学者ポール・オット・ヘッセがプレアデス星団を観測中に発見した黄金の光に満ちた星雲のことだとされています。この星雲はフォトン、すなわち光子で構成され、ある人々はこのフォトンの帯を地球が通過する時に、アセンションと呼ばれる人類の意識変容が行われると主張しています。
  アセンションとはもともと「昇天」と訳されるキリスト教用語です。イエス・キリストが十字架の死を経て後に復活し、四十日間弟子たちを教えた後に昇天した、その昇天のことを指します。
  この人類の意識の進化とも言われているアセンションを主張する人々は、ニューエイジ的な思考を持つ人々が主体となっています。そして彼らはそのフォトンベルト通過による人類のアセンションが、2012年の12月21日より始まると主張しています。この日付はちょうどマヤのカレンダーが終わる日付と一致しています。それゆえに何やら余計に神秘的な説得力を持っているように感じさせますが、そもそもすべてが嘘っぱちである可能性もあります。フォトンベルトの騒動は、余り根拠がしっかりしていない一種の宗教のようなものです。日本の国立天文台のウェブサイトでは、質問コーナーの答えの中でこのフォトンベルトの存在を完全に否定しています。このことから私は、フォトンベルトについて主張している人々の背後には聖書を利用した詐欺的な企みがあるのでは無いかと見ています。
 
  しかしポールシフトについては、かつての人類史上においてすでに起こっていたとする説もあります。
  ポールシフトとは地軸や磁極(北極と南極の磁場の中心)が傾いたりひっくり返ったりすることです。一説には2004年12月26日に発生したスマトラ島沖地震(マグニチュード9.3)によって地軸が最大で約2cm程度傾いた可能性があると言われています。これも広い意味でポールシフトの一種と言えます。
  またさらに大規模なポールシフトが人類史上も起こっていたとする説もあります。それによるとエジプトやサハラ砂漠は、以前は今と違って熱帯雨林のような水と樹木が豊かな場所であったと言われます。その説が正しいかどうかはともかく、ポールシフトはフォトンベルトよりも現実的な話なのだと思います。少なくとも詐欺や陰謀の匂いはしてきません。
 
  フォトンベルトやポールシフトの到来をうったえる人々の説の通りに、それらがやって来るかどうかは疑問ですが、いずれにせよ聖書には天体の動きによって人類が危機に陥るのではないかと解釈できる個所があります。それがここでご紹介する下記の二つの聖書個所です。
 
 まずは一つ目の、ルカ福音書の21章25節から28節です。この個所はイエスの弟子たちがイエスに、世の終わりについて質問した際のイエスの答えの一部です。この中でイエスは以下のように言っています:
  
:25 そして、日と月と星には、前兆が現われ、地上では、諸国の民が、海と波が荒れどよめくために不安に陥って悩み、
:26 人々は、その住むすべての所を襲おうとしていることを予想して、恐ろしさのあまり気を失います。天の万象が揺り動かされるからです。
:27 そのとき、人々は、人の子が力と輝かしい栄光を帯びて雲に乗って来るのを見るのです。
:28 これらのことが起こり始めたなら、からだをまっすぐにし、頭を上に上げなさい。贖いが近づいたのです。


 日と月と星、すなわち天体に記しが現れ、人々が恐ろしさの余りに気絶するとあります。占星術のような占いごとならば、何も人々が不幸を予想して気絶することはないでしょう。つまりこの記述は実際の天体に異変が起きることを意味していると思われます。
  このようなことは今まで起こったことはありません。この聖書個所をフォトンベルトの預言であるとする聖書研究者もいます。その成否はともかくとして、いずれこの預言も文字通り成就するのでしょう。少なくとも欧米キリスト教社会の人々はそう信じています。
 
  さてもう一つはイザヤ書24章17節から21節の以下の聖書個所です:
  
:17 地上の住民よ。恐れと、落とし穴と、わなとがあなたにかけられ、
:18 その恐れの叫びから逃げる者は、その落とし穴に落ち、落とし穴からはい上がる者は、そのわなに捕えられる。天の窓が開かれ、地の基が震えるからだ。
:19 地は裂けに裂け、地はゆるぎにゆるぎ、地はよろめきによろめく。
:20 地は酔いどれのように、ふらふら、ふらつき、仮小屋のように揺り動かされる。そのそむきの罪が地の上に重くのしかかり、地は倒れて、再び起き上がれない。
:21 その日、主は天では天の大軍を、地では地上の王たちを罰せられる。


 この聖書個所も難解な個所です。地がよろめきによろめくさまは、あたかも地球がコマのように地軸をふらつかせる様子を想像させます。しかしこの個所がそのようなポールシフトを預言しているのかどうかは、まだはっきりとは分りません。全く別のことを預言しているのかも知れません。しかしいつまでも分らないままでいることはないでしょう。この預言も実際に起こってみないと分らない聖書箇所の一つです。
 
  ともあれこれら二つの聖句はまだ実現していません。そして世の終わりと呼ばれる終末の大患難時代に、あるいはそれまでには実現し、イスラエル再建の時と同じように聖書学者たちを驚かすことになるのでしょう。
  
  大患難時代はイスラエルと反キリストの7年契約によってはじまります。たとえその前に世界的な戦争が勃発したり、疫病が蔓延したりしても、7年の契約が結ばれるまではまだ聖書の預言する大患難時代は来ていないことになります。逆に7年の契約が結ばれたとしたら、たとえ世界が平和であったとしても大患難期にすでに入ったと思うべきです。
  そしてそれを示す証拠として、すでに述べたようにふたりの証人がエルサレムで預言活動を始めるでしょう。その3年半後には彼らも殺され、反キリストが自分を神であると宣言することになります。
  7年の患難期には世界統一政府や世界統一通貨制度、さらに世界統一宗教などが樹立されることになります。そしてさらに3年半後には反キリストを含む世界支配者たちの「定められた絶滅(ダニエル書9章27節)」と、キリストの再臨があります。このキリストの再臨については第五章の「神の国の到来」で述べて行きたいと思います。
 
  次章では陰謀論について取り上げます。
  陰謀論などと言うと何かおどろおどろしい企みのように聞こえますが、政治的な権謀術数は世の常です。その権謀術数という観点から見れば、私たちの知らないところで陰謀の主体者たちが人々を誘導していると考えるのはそれほど怪しい考えではないでしょう。その意味で次章では陰謀論について真面目に考えてみたいと思います。
 
 
 
 


陰謀とは?

 陰謀とは?
 
  1937年にパリで開かれた万国博覧会で、ナチスドイツはある理由から、当時最新鋭の戦闘機を自国のパビリオンに展示しました。その理由とは、敵対する国々によるこの戦闘機に関する諜報努力をそらすためでした。
 この戦闘機はヒットラーと第三帝国にとって、最も隠したいトップシークレットでした。インテリジェンス(情報)の戦いにおいては、このように最も隠したいことを衆目にさらすこと自体には、敵の目をそこからそむけさせる心理的な効果があるのだとされています。反対に必死になって何かを隠すさまは、人々の興味をそこに集中させてしまいます。
 
 陰謀のあるなしについての世の議論にも同じような心理的な作用があるように思います。もし私が陰謀の主体者なら、「陰謀なんて無いんだ!」と言って必死に陰謀論を否定するよりも、陰謀についての議論をオープンにしてしまうことの方が賢いと考えるでしょう。 そんな陰謀隠しが成功しているのか、いま世の中で陰謀論と言えば取るに足りないトンデモ理論と考えている人々が沢山いるようです。その陰謀隠しの役割を担っていると思われるハリウッド映画のひとつに、メル・ギブソン主演の「陰謀のセオリー」があります。
 この映画はいわゆる陰謀論を茶化して作られていますが、実はヒットラーのしたことと同じ作戦なのではと思えるくらいに数々の陰謀論がストーリー中に散りばめられています。
 
  映画の中でメル・ギブソンは、被害妄想の陰謀論者を演じます。彼はタクシードライバーですが、「陰謀のセオリー(conspiracy theory)」と言うニュースレターを密かに発行する陰謀の研究者です。彼の家には“敵”から身を守るための仕掛けがたくさんあり、用心のために鍵があちこちにかけられています。冷蔵庫にも鍵があり、その中に保存してある食材の入れ物にまで鍵がかけられている始末です。ストーリーはメル・ギブソン扮する主人公が、支配エリートの陰謀をニュースレターによって暴露してしまったために命を狙われることで展開していきます。

  この映画の中には軍産複合体と資産家たちの権力構造や洗脳支配のための科学技術に関することなど、世に言うトンデモ話の陰謀論が随所に取り扱われ説明されています。しかしその反面この映画を見た人々はきっと、このようなおかしな振舞いをする陰謀論者の主人公を、頭のおかしな変わり者と思ったことでしょう。そして彼の言うこと、すなわち陰謀論を変質者のたわごととして受け取ってしまったでしょう。

 このようなマスコミやハリウッドの協力もあってか、人々は陰謀について無知であるか知っていても取るに足りないことと考えています。しかし前章で見てきたように聖書的に言えば、いずれ世界は経済的に統一され、思想宗教的にも画一化されて行きます。そしてその準備は人々の見えないところで着々と進んでいます。それは怪しげなトンデモ話などではなく、見える社会の裏で行われている現実です。そして陰謀の主体者は確かに存在します。


日本にも見え隠れする支配者の影

  日本にも見え隠れする支配者の影
 
  陰謀の主体者としては金融資本家やフリーメーソンといった、私たちには見えにくい人々の存在が取り沙汰されがちです。しかし陰謀とはもっと身近なものです。そして彼らはとても巧妙に人々を動かしています。彼らは自分たちの存在を隠したり、あるいは偽の情報を流してごまかしたりしていますが、偶然と見える歴史の中にもその存在の影が見え隠れしています。
 
  彼らが日本にもその影響力を行使した例として東京裁判(極東軍事裁判)があげられます。
  結論から先に言えば、GHQは戦争直後の日本が反乱をしないように昭和天皇を用い、今上天皇(明仁殿下)に対しては皇太子時代から平和主義者になるようにある仕掛けをしました。
 
  GHQは28人の日本の政治指導者たちを予め巣鴨拘置所に抑留していましたが、彼らに起訴状が伝達されたのが1946年(昭和21年)4月29日のことです。この日は当時の天皇誕生日でした。被告となった28人には、自分たちが天皇の身代わりに裁判を受けることが無言のうちに伝わったでしょう。
  二年後の1948年(昭和23年)12月23日午前0時1分30秒から、すでに死刑判決を受けていた7人の戦犯の処刑が執り行われました。この日は現在の天皇誕生日です。そしてそんな深夜に処刑が行われたことにも理由があります。実はこれはその朝に皇居で予定されていた、昭和天皇主催の明仁殿下の誕生会を意識してのことでした。昭和天皇はその朝、7名の処刑が執り行われたという報告に気分を害され、誕生会を中止されました。
  14歳になったばかりの皇太子にとってこの出来事は、自分の誕生日に刻印された戦争の傷跡のようなものです。皇太子時代から明仁殿下には被災地訪問や平和に関する発言など、昭和天皇よりも積極的な平和主義的な傾向がありました。そしてご自分の即位のスピーチでは現行憲法に対する支持の発言もありました。それにはこのような背景があったのです。
   
  GHQのマッカーサー元帥はフリーメーソンのメンバーだったと言われています。鳩山由紀夫元首相の祖父である、鳩山一郎元首相もフリーメーソンのメンバーでした。彼の場合は自分からそれを認めていました。その彼が1956年の日本フリーメーソン本部での演説で、以下のように言っています(国際時事情報誌「エノク」宇野正美著2009年10月号より):
  
 「アメリカ建国の父であるジョージ・ワシントンは日本の子供で知らないものはありませんが、彼が偉大なるメーソンであったことを知るものは少ないのであります。ベンジャミン・フランクリンもメーソンでありました。
  占領初期から今日にいたるまでのマッカーサー、リッジウェイ、クラーク、ハル、レムニッツァならびにアチソン大使は、いずれもメーソンであります」
 
  この演説の内容の言う如くに、陰謀の主体者たちは自分たちの分子をいつの間にか社会のあらゆるところに送り込んでおり、GHQもその影響下にありました。
  GHQは日本の戦後処理をスムーズにするために天皇家を利用しました。これは堂々たる陰謀です。そしてそのGHQの主要メンバーはフリーメーソンでした。
 
  前章でカトリックは黙示録に預言されている世界統一宗教の母体となると言う聖書解釈をご紹介しました。もしその解釈が正しいのなら、すでにカトリックの中にもフリーメーソンのメンバーが入り込んでいると思われます。カトリックが天皇家を使って日本を取り込もうとした形跡は確かに歴史上に残っています。断定することは差し控えますが、恐らく間違いない事実でしょう。それは次の三つの日付によって想像することができます。
 
  一つは12月8日です。
  1941年の日本時間のこの日未明、日本海軍の空母艦載機はアメリカのハワイにある真珠湾を攻撃し、アメリカと日本は戦争状態になりました。それと同時にこの日、日本と同盟を結んでいたナチスドイツは、その同盟の規約により自動的にアメリカとの戦争に突入することになりました。
  この日はカトリックでは「聖母マリアの無原罪の祝日」です。(マリアは信仰深い女性ではありましたが、プロテスタントの信仰では聖人でも無原罪でも無く、私たちと同じような普通の人間です。)
 
  もう一つは8月15日です。
  この日は太平洋戦争の終戦記念日です。1939年にナチスドイツのポーランド侵攻から始まった、第二次世界大戦の終戦記念日と言っても良いでしょう。
  この日はカトリックでは「聖母被昇天の大祝日」とされ、マリアが天に昇った日と信じられています。(プロテスタントにはこの信仰はありません。)
 
  そしてもう一つは9月8日です。
  1951年のこの日、日本とアメリカの和平回復を正式に宣言する、サンフランシスコ講和会議の調印式が行われました。
  この日はカトリックでは「聖母マリアのご誕生の祝日」とされ、マリアの誕生を祝う日とされています。(プロテスタントにはこの信仰はありません。)
 
  これら三つの日にちに起こった歴史的イベントとカトリックの祝日は単なる偶然でしょうか。きっとまだ懐疑的な人々はこう言うでしょう。
  「たとえGHQやアメリカ政府内に陰謀の主体者たちの分子が送り込まれていたとしても、戦争はアメリカだけでは始められないでしょ?」
  確かにその通りです。ではそういう人たちのために、もう一つ次の事実を提示しましょう。それは今もある日本フリーメーソン本部のある場所についてです。
  その場所は東京六本木の、かつては水交社のあった場所です。現在でもその一部が残され、フリーメーソン本部として使用されています。
  水交社とは旧帝国海軍の将校クラブのことです。言わば旧海軍の会員制クラブのようなところです。ここでは政治的な密談もされました。そのような場所が戦後はフリーメーソンの本部となりました。真珠湾攻撃を計画したのが山本五十六を中心とした海軍軍令部であることを考えると、戦争の始めからその終わりまでが何やら計画的な匂いがして来ないでしょうか。
 
  山本五十六は1919年から1921年の二年間アメリカに駐在し、ハーバードへも留学しています。1925年には駐米武官にも任命されています。その間に陰謀の主体者側から、何らかのアプローチがあったとしても不思議ではありません。
  このような考えは陰謀論に取りつかれた、行き過ぎた憶測なのでしょうか。しかしたとえそれが憶測であったとしても、先に述べた戦争にまつわる日付とカトリックの記念日の一致、それに旧帝国海軍の水交社とフリーメーソンの関係の裏には何もなく、これらは単なる偶然の一致と考えることの方が不自然なのではないでしょうか。
  さらに聖書に預言されている来るべき世界統一政府と世界統一宗教の支配を併せて考える時、日本にもすでに支配エリートらの計画が実行されつつあることが薄々感じられます。

  たとえいま述べたことが単なる妄想であったとしても、聖書預言的に言えば前章で述べたごとく、いずれある一部の人々が世界の全権を掌握しようと目に見える形でも行動を起こし、実際に一時的に権力を握ることになります。
  それを計画的な陰謀と呼ぶのか、人間の歴史の自然な成り行きと呼ぶのか、あるいはそんな預言など成就しないと無視するのかは各人の判断の問題です。しかし私は聖書を通して現代社会を見つめることはとても有益であると考えます。なぜなら、人類の歴史が未来永劫に続くと考えるよりも、いずれ歴史に終わりが来て神の裁きが訪れると考えることの方が、今日と言う一日を無駄なく用いることが出来ると思うからです。表現は適切ではないかもしれませんが、無期懲役の囚人よりも死刑判決を受けた囚人の方が、残された日々を有効に用いようとする心理と同じです。
 
 



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