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手を繋ごう

 「会長(かいちょ)?」
 発売日に買いそびれてしまった週刊誌を探して、コンビニエンスストアをはしごしていた緒方竜(おがたりょう)は、何軒目かに立ち寄った線路脇の店から出たところで、踏切の、明滅する赤い警告灯に照らし出された小さな人影に目を留めた。
 踏切の向こう側にもこちら側にも人影はそのひとつきり。電車はまだ来ない。
 ――何や、ここんとこ天候不順で調子悪いんやなかったんか。
 電車を待つその横顔は、竜のよく見知ったものだった。日栄一賀(ひさかえいちが)――彼の所属する西讃第一高校お茶会同好会の現会長。
 竜はこの病弱なくせに最強最悪な先輩が苦手だった。馬鹿正直でお人好しで健康優良児の竜には、猫っかぶりで性悪で綺麗な顔の病人の考えは量りかねるもので、いつももやもやさせられているからだ。
 それでも生来の性格故、知り合いを見かけて知らん顔も出来ず、彼にしては気の乗らない足取りを踏切に向けた。
 赤い光の中照らし出される小さな影は、いつにも増して頼りなげだった。
 ――体調不良のくせにこないな時間に出歩きよってからに。
 竜はふいに胸元に湧き上がってきた不安感に、僅かに歩度をあげた。
 ――何や。この――――。
 電車が近づくに連れ、はっきりとしてくる一賀の影。彼の手はいつの間にか遮断機のポールに掛かっていた。
 一賀らしい躊躇のない動きでそれを押す。
 明るい光が一賀の顔を照らす。
 普段と変わらない綺麗で冷たい顔。
 「どこ行くんや!!」
 慌てて踏切に駆け寄った竜は、もう遮断機を越えてしまっていた一賀の体を力ずくで引き戻した。
 2人の頭上で電車の窓の明かりがちらちらちらちら通り過ぎる。
 風が、2人を走り抜ける電車へと吸い寄せる。
 竜は一賀の手を掴んで遮断機から引き離した。
 「あんた、何やってんねや!!」
 竜は人形のような手応えに、殊更に声を荒げた。
 「――――やあ、緒方」
 彼の剣幕に反して至ってのほほんと一賀は顔を上げた。
 「やあ、やあらへん。あんた、何やってんねや」
 竜は薄暗闇の中で一賀の顔を覗き込んだ。
 色白の端正な顔。
 何事もなかったかのような涼やかな瞳。
 きょとんと竜を見上げる。
 しかし、その見開いた瞳からぽろりと何かがこぼれ落ちた。
 ――な!?
 竜は両手を振り上げて飛び退いた。
 ――泣いた!?最強最悪の性悪が?
 一賀の瞳は瞬きをしてもう一度小さな雫をこぼした。
 「ああ、よかった、生きてる」
 そしてその唇は意外な言葉を吐き出した。
 にこりと笑顔を作って竜に向ける。
 涙はこぼれて落ちたものがすべてだったようだ。
 「生きてる、やあらへんやろ。何であないなこと」
 ――自殺未遂やと?最強最悪の日栄一賀が?――たく、何やっちゅうねん。
 竜は自分の思っている最強最悪の男のイメージと目の前の状況とのギャップにどぎまぎしていた。
 「よくあることだよ。体が勝手に――」
 一賀は笑顔のまま首を傾けた。
 「ようて…こないなことようあってたまるかい!!」
 竜はぎゅうっと拳を握りしめた。
 「季節の変わり目にはよくあってね。でも、怪我一つしたことないよ」
 猫っかぶりの笑顔。
 季節の変わり目――――喘息の発作か。
 ――あんたみたいな根性悪(こんじょうわる)がそないなことくらいで――。
 いやそんなことよりも。
 「当たり前や。あんたに傷一つでもついたら、あいつらどないすんねや。――銀狐(あいつら)に断りもなく」
 銀狐(ぎんぎつね)――相原裕紀(あいはらひろのり)と相原浩己(ひろき)は日栄一賀の盾だ。一賀を護るためならおそらく命すら懸けるだろう。そんな者に側にいることを許しておいて自殺未遂など。
 くすり。
 一賀が声を立てて笑った。
 「緒方はホントにお人好しだなあ」
 決して好いてはいない先輩を助けたのは可愛い後輩のため?
 いや、例え全く知らない誰かでも竜は助けるのだ。それだけのこと。
 彼だから助けたわけではないし、彼だったからと言って助けないなどあり得ない。
 ――優しいなあ。
 後先考えない優しさだと思う。
 ――鬱陶しい。
 独りの時は楽だった。相手のことなど考えなくてもよかったから。自分のことだけ考えていればそれでよかったから。今でも一賀はそう思う。独りは楽だ。
 独りは楽だ。
 「あんたみたいな性悪やのうて結構や」
 緒方竜は、いつものようにため息混じりにそう言って、そして、一賀の方へ手を差し伸べた。
 ――手?
 無意識にその手を取る。体格に見合った大きな手。
 竜は一賀のひんやりとした手を握ったまま踵(きびす)を返した。
 「家(うち)の前まで連れてったる。一人にできるかいな」
 竜に手を引かれて一賀は足を踏み出した。
 ――何て――。
 鬱陶しい。
 「独りの方が楽なのに」
 一賀はそれを口に出してみた。
 「あんたは、もうちっと苦労した方がええ」
 苦労した方がいいなんて説教くさい言葉だ。
 一人にできないなんて甘い言葉だ。
 でも。
 ――いつも縋り付こうと手を伸ばしていたのは自分の方だ。
 こんなに簡単に手を取ってもらえるなんて。
 「緒方、手、温(あった)かいね」
 こんなに人の温もりが心地いいものだなんて。
 「あんたが冷え過ぎなんや」
 竜の手が、彼の手を温めようとするように握り直されるのを感じて、一賀は少しだけその手を握り返した。
 涙が、こぼれた。


手を繋ごう あとがき

 お題初挑戦です。手を繋ごう。
 うちで手を繋ぎそうなキャラを考えてみたんですけど、あんまりいないんですよね。で、一番に思い浮かんだのが竜ちゃんでした。竜ちゃんなら誰とでも手を繋ぎそうだもん。鈍(にぶ)ちんで下心がないから相手の気持ちとか関係なく容赦なく手を繋ぎそう。いやむしろお姫様だっこだってやりそう。良し悪しだね。
 で、手を繋いでもらわなきゃならないような状況に一番陥りやすいなと思ったのが一賀ちゃんでした。それに一賀ちゃんなら男同士で手を繋いで歩くことにも何の感慨もないだろうから。ま、昔の一賀ちゃんなら腕や肋(あばら)の一本や二本覚悟しとかなきゃならないだろうけどね。
 あと松本王子って言う繋ぎたがりっていうか甘えたがいるけど、ヤツはほかのお題でどんどん出しゃばる予定だからやめときました。
 希望としてはもっと短くしたかったんだけど、やっぱ無理ですね。何となくうだうだうだうだ長くなってしまいました。そして幸せ感が足りないし。竜ちゃんに幸せにしてやろうって気がないからかな。天然だもんね。ま、小さな幸せってことでご勘弁を。
 ぢゃ、みなさんまた会いましょう。


奥付



『小さな幸せ10のお題』「手を繋ごう」


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著者 : 井沢さと
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/teatimemate/profile


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この本の内容は以上です。


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