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12月7日のおはなし「山登りの思い出」

 えっ? なんだって? そんな山、聞いたことがないって? ああ。まあいいだろう。おじいちゃんはその名前がいちばん好きでな。えっ? ヘンな名前だって? うん。まあ、えみるにはそう聞こえるかもしれんな。しかしおじいちゃんには「えみる」っていうのも、何だか不思議な名前に思えるんだがな。お前のお父さんがどうしてもその名前がいいって、ひらがなで「えみる」だ、って言い張るからそう決まったんだが。

 いやいや、そういうことじゃない。悪い名前ってことじゃない。ただあれだ。おじいちゃんは聞き慣れなかったから、ほら、びっくりしたというか。えっ? まあ、うん、そうだな、あれだ。うん、かわいい、名前だと思うな、「えみる」。うん。名前なんてのは自分が聞き慣れないとちょっとヘンに聞こえるってだけのものかもしれんな。うん。

 おじいちゃんの山登りの話だったな。ヘンな名前の山の話だ。それはな、世界の頂上という意味なんだ。なんと言ったかな、ネパールの方の古い言葉、サンスクリット語らしいがな、詳しいことはわからん。とにかく、世界の頂上、だ。どうだせいせいするような名前だろう。おじいちゃんはネパールから登ったからその名前で呼んどるんだ。他の名前もあるにはあるが、おじいちゃんは好かん。

 ああ。えらい騒ぎさ。何しろ世界の頂上だからな。ここに登りたいって人がたくさんいて、世界中から遠征隊がわんさかわんさか大勢でおしかけてな、あっちこっちに、やれベースキャンプだ、やれ第何キャンプだ、アタックキャンプだ、とまあ、大のおとながよってたかって大騒ぎして、シーズンになると、ちょっとした村か町ができたような有様さ。

 ああ? おじいちゃんは違う。そういうのはやらなかった。おじいちゃんはな、そういうのは好かんから一人でな、勝手に行って勝手に登ったんだ。後からあれこれ文句を言う奴もおったが、そんなのは知らん。山に登るのに、なんでいちいち登り方を指図されにゃならんのか、おじいちゃんにはわからんな。えみるも、そういう頭の固い人間にはなるんじゃないぞ。

 登り始めて間もないところにな、氷の柱がニョキニョキ立っているようなところがある。柱の下をくぐったり、上に乗って長い棒を橋渡ししながら渡ったりするんだが、これがよく崩れてな。落っこちたり、氷に押しつぶされたりしてたくさんの人が命を落とす。あれはひどいもんだ。トバ口からいきなり命がけでな。ああ? おじいちゃんが危ない? はっはっは。大丈夫大丈夫。そこで死んどったら、いまこうして、えみるに話はしてないんだから。何? 無事だったのかって? むう。

 本当を言うとな、いままで誰にも話しておらんのだが、あれだ、実はその、落っこちた。いやいや。氷の柱のところは何とか通ったんだが、それでちょいと気がゆるんだのかな。それよりずっと上の方の何でもないところで、氷の裂け目を滑り落ちてな。深い谷底みたいなところに落ちた。谷底といっても氷でできた谷だ。氷だけの世界だ。そこからえっちらおっちら歩いて、地底湖を見つけて、これを泳いで渡って外に出た。

 するとな、そこに女がおってな。おじいちゃんを見るなり、おじいちゃんと結婚すると言うんだ。え? おばあちゃんが一緒にいたのかって? ああ。あのう、その時はな、おじいちゃんはまだ若くてな、結婚はまだしておらんかった。それがおばあちゃんなのかって? まあ聞きなさい。それでその女に案内されて。いや、おかしいとは思ったんだがな。そんな山の中に女がいきなりぽつんといるなんてな。おじいちゃんが一人で登っただけでもこっぴどく叱られるような山だ。女が一人ですたすた歩き回るようなところじゃない。

 でもどうしたわけか、その時はそんなことは気にもならず、女の家に着いた。家と言っても洞窟だ。中に入るとたくさん人がいてな、みんなおそろいの毛皮を着ている。よく見ると女も同じ毛皮を着ている。それから飯を食わしてもらって、すぐにええと、あのう、そのあれだ、女とほれ、結婚というか何というかつまりまあ、いたしてだな、そこで暮らすことになった。

 山登りはどうしたのかって? まあそれはもっと後の話だ。そこで暮らすようになってしばらくしてからおじいちゃんは気がついたんだな。それがユキヒョウの一族だってことにな。ん? あ。いや。人の名前じゃない。ユンピョウって人がいる? ああそうなのかい? 似てるな。でもたぶんその人とは関係ないな。だって人じゃないんだから。ユキヒョウなんだから。

 そうなんだ。おじいちゃんは山の神様と結婚して暮らしていたんだ。子供も産まれてな。小さいうちは人間の姿にようならんから、ユキヒョウの姿のまんまでな。これはかわいいもんじゃよ。大きな子猫みたいなもんでな。それにえみるもいつかユキヒョウと暮らすことがあったらわかるが、ずいぶん人懐こいもんなんだよ。2年半。2年半そこで暮らした。狩りの仕方を教わって、山での暮らし方を教わって、生きていく掟を教わった。

 おじいちゃんがある日、やっぱり世界の頂上に登りたいと言ったら、ユキヒョウの一族はみんな快く送り出してくれた。前の晩にはご馳走をたっぷり用意してくれて、みんなが代わる代わる挨拶に来てくれてな。なんだか薄気味悪いくらいのもてなしでな。いま思えば、それがお別れになると、あっちはわかっておったんだな。そうと知っていたら、出かけたかどうか、今でもよくわからん。

 洞窟を出てすいすいとお山に登り、世界の頂上を踏んで、降りてきたらもうそこには洞窟はなかった。さんざんぱら探したがどうしても見つからなかった。おじいちゃんはな、いいか、これは誰にも言っちゃいかんぞ、おじいちゃんは山の中を歩き回りながら大泣きに泣いたんだ。わんわん泣いた。涙がかれて出なくなっても泣いた。そうしたらちびが来たんだ。おじいちゃんとユキヒョウの奥さんの子どもだ。もう人間の姿になれるくらい大きくなっていたのに、ユキヒョウの姿のまんまでな。そしてわしの顔の涙をぺろぺろぺろぺろなめて、それからきっぱり立ち去った。

 それでもうユキヒョウとの生活は終わりだということが、おじいちゃんにもわかったんだ。それで帰ってきて、やっぱりみんなから怒られたわけさ。一人で登るなんてとんでもないってな。何だって? えみるはユキヒョウの子どもなのかって? ああ。ええとそれはあの、またちょっと違うんだがな。でもまあそういうところも少しはあるかもしれん。そうかい。一緒に行きたいかい。嬉しいねえ。そんな風にできるといいんだが。

 ほらほら。お母さんが帰ってきたぞ。玄関まで迎えにいっといで。ちゃんと挨拶をしてな。お帰りなさいってな。はいはい。えみるはいい子にしてましたよ。ああ。一緒におしゃべりをしとった。山登りの話をな。今度一緒に登ろうってな。

(「ユキヒョウ」ordered by カウチ犬-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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奥付



山登りの思い出


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著者 : hirotakashina
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