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にらめっこ

 青い空に入道雲がモコモコと広がっていく。以前住んでいた東京の下町とちがって、頬を掠める風が心地いい。夏の陽を遮ってくれる白樺の林の中を油問屋・丸竹屋の小僧さんと進んでいく。

「……え? 日雇い人足?」
 学校から帰ってくるなり、洋燈がぐにゃりと丸くなると、年の頃は五、六才の小僧さんが現れる。ペコリと頭を下げて、しまい忘れた尻尾を手で隠してニヤリと笑う。
「へェ。そうなんで御座いマス。今は人手が足りませンので、是非坊ちゃんにもお手伝い頂きタイと」
 小僧さんは「坂井」さんという。最近丸竹屋の妖の間で苗字をつけるのが流行っているらしく、会う妖達みんなに苗字をつけてくれと頼まれるのが近頃の日課。

 父の恩師だった人が使っていたというこの木造三階建ての洋館に来てから半年が過ぎた。一人で住むには大きな館で、近所に人が住んでいる気配も無い。しかも山の上にあるから、めったに村人との交流もない。

― …それよりも、化け物屋敷って言われてるから、誰も近づかないんだよね……。

 一通の電報で父が帰らぬ人と知った。生活が立ち行かなくなったからこの家に越して来たのだけれど、たった一人で寂しいと思っていたらとんでもない。ここは妖怪が出入りする本物の化け物屋敷だった。

「おい、諒太郎、あんまり化け猫に肩入れするんじゃねぇぞ」
「……貴方に言われたくないですよ」
「そうダッ! オ前なんか消えチマエッ!」
 小僧の坂井さんが僕の後ろに隠れ、顔を真っ赤にして怒っている。いつもながら丸竹屋の妖達とこの男は相性が悪い。窓辺に座り込んで煙管を銜えている姿は、ただの居候。でもこの男が僕に憑いている憑妖だ。イマイチ憑妖が何をするのかわかっていないけれど、先祖代々武本家の当主に憑いていると言う。この半年の間、何度も謎の妖から守ってくれたから、そんなに悪いヤツではないようだ。
「ねぇ、坂井さん。僕は自慢じゃないけれど、力仕事は苦手なんです」
「ハァ、いやァ、大丈夫デス。御願いするのは、力仕事じゃナイ方なんで」
 坂井さんがニヤリと笑う。
「……チョイト、お相手をしてくれりャァ、イイんです」

 白樺林が鬱蒼とした藪に変わり、目の前に小さな鳥居が現れる。坂井さんがひょいっと鳥居をくぐると、その身体が消えて見えなくなる。
「っ、坂井さんっ!」
 吃驚して大声を上げると、坂井さんの手だけがにゅっと現れて僕の腕を掴んで引き寄せる。

「…っ! う、わっ!」
 思い切って鳥居を抜けると、足場が無くなって一気に落ちていく。真っ暗な雲の中を風切音と共に落ち続け、次第に明るくなってくると真っ青な空が広がる。

― 空を飛んでいるみたいだ!

 風を全身に受けるように身体を広げて、手足を伸ばす。地表を見下ろすと、一面の広がる黄色。それが近づいてくると、下降速度が次第にゆっくりとなり、ストンと地面に着地する。

「こちらでございマス、坊ちゃん」
 何食わぬ顔で坂井さんがすたすたと歩き出す。
 その黄色―それは一面に広がる向日葵畑で、その畑の所々に丸竹屋の半天を着た小さな小僧さん達が、身体からはみ出るぐらいの大きな籠を担いで行き来している。

 ひょろりと僕の懐にある守袋から憑妖が現れると、煙管を銜えて辺りを見回す。
「……こりゃ、油畑だな」
「油畑?」
「菜の花の種から油が採れるのは知ってるだろう? それと同じで向日葵の種からも油が採れるのさ。化け猫は油なら何でもいいってわけじゃないだろうが、その方面の知識は妙に詳しいからな。ただ……」
 憑妖が口ごもると、坂井さんが小さな身体を精一杯広げて見上げてくる。

「……坊ちゃん、困りますヨ。変なのまでつれて来ちゃァ!」
「すみません、一緒に働きますから。ところで僕は何をすればいいんですか?」
「へェ、この向日葵なんデスが、坊ちゃんがご存知のヤツとは違うんデス」
 坂井さんが僕の背丈よりも高く育った向日葵の前に連れ出すと、その一本を見上げる。

「お~ひさ~ま、ひ~まわ~り、お~あそ~びし~ましょ?」
 いきなり節をつけて歌いだすと、近くにいた小僧さんが横笛を取り出して伴奏をつける。すると向日葵がゆっさゆっさと身体を揺らし、首を大きく曲げて坂井さんの顔のそばに近づける。


『…ナ~ニ、シ~テ、遊ブ?』
「に~らめっこ、し~ましょ~!」
『ニ~ラメッコ、シ~マショ~!』
『「あっぷっぷ!』」


 小僧さんがヒョットコのような変な顔をしてクルクル目を動かすと、向日葵がキャーキャーと笑って種をボロボロと落とす。それを先程の大きな籠を持った小僧さんたちがすばやく拾って籠に入れていく。

「……ってこんな風にするんデス。……簡単でショ?」
 坂井さんの笑顔をマジマジと見つめてから、大人しくなった向日葵を見上げる。今までもいろいろ不思議現象を見てきたけれど、これもかなり奇怪なものだ。
「……この向日葵は、夕方になると眠くなっちまいマスので、空が赤くなりだしたら終わりって事でお願いしマス。あ、ちゃんと歌いながら、にらめっこに誘わないと拗ねマスからご注意を」
 思わず憑妖と顔を見合わせると、坂井さんに続いて歌い始める。


     *     *     *     *     *


 細く棚引く雲に夕陽の赤が映しだされる頃になると、山盛りになった籠がいくつも積み上げられ小僧さんたちが台帳に書きとめながら数を数えている。ぐったりと疲れて草むらに座り込んでいたら、どこからとも無く小僧さんぐらいの年頃の女中さんたちがやってきてお茶を淹れてくれる。

「……向日葵が静かになったね。寝ちゃったのかなぁ?」
「へェ、そうなんデス。それにしても坊ちゃん、お上手でしたねェ」
 小僧さんの小さな目が顔の中に溶け込んでしまうような笑顔を向けられると、満更悪い気はしないものだ。
「え、そう? お役に立てたのなら、良かったです」
 小僧さんがニヤリと笑うと、懐から袱紗を取り出して広げる。
「本日のお給金でございマス。有難ウございました。あァ、お帰りはその辺りの草を掴んでいてクダサイ」
「……草?」
 憑妖がスルリと守袋に入ると、掴んでいた草が前触れもなく空に向かって伸び始めて、あっという間に夕焼け雲の中を突き進む。
 手を放したらどうなるかを考えるだけでも恐ろしくて、とにかく両手で草を掴んでいると、一瞬真っ暗闇の後で足元に地面が現れ、思わず尻餅をついて転がる。

 それは最初にみた小さな鳥居の前で、白樺林が赤い夕陽を受けて光っている。

「……っ、なんだか、からくり屋敷にでも行ったみたいだよ……」
『……最初にな、言いかけたことがあったろう?』
「え? あぁ、油畑の話をしてたとき?」
 憑妖の声が頭に響いてくると、いつものように声に出して答える。考えるだけでいいんだと言われても、こればっかりはどうにも慣れない。
「で? 何を言いかけたの?」
『……遊びを強請る妖の多くは、お気に入りを見つけると滅多に手放さないのさ』
「お気に入りって?」
『……だから、お前が向日葵のお気に入りになっちまったんだろう? おそらく毎年の収穫に借り出されるな。覚悟しとけ……』
「………、そんなぁ~……」

 変な顔をしすぎてじんわりと痛む頬っぺたを擦りながら、白樺林を抜けていく。あの向日葵たちの笑い声が本当に楽しそうだったから、帰り道にそれを思い出して笑ってしまう。
 
― ああ、あんな風に誰かと笑ったのは久しぶりだったんだ。



(終)


奥付



にらめっこ


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著者 : 猫春(にゃんばる)
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