目次
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京都 前らへんの日
一日目
【08`09/19】京都 一日目 (その壱)
【08`09/19】京都 一日目 (その弐)
【08`09/19】京都 一日目 (その参)
二日目
【08`09/20】京都 二日目 (その壱)
【08`09/20】京都 二日目 (その弐)
【08`09/20】京都 二日目 (その参)
【08`09/20】京都 二日目 (その肆)
【08`09/20】京都 二日目 (その伍)
【08`09/20】京都 二日目 (その陸)
【08`09/20】京都 二日目 (その七)
【08`09/20】京都 二日目 (その捌) 
【08`09/20】京都 二日目 (その玖)
【08`09/20】京都 二日目 (その拾)
三日目
【08`09/21】京都 三日目 (その壱)
【08`09/21】京都 三日目 (その弐)
【08`09/21】京都 三日目 (その参)
【08`09/21】京都 三日目 (その肆)
【08`09/21】京都 三日目 (その伍)
【08`09/21】京都 三日目 (その陸)
【08`09/21】京都 三日目 (その七)
【08`09/21】京都 三日目 (その捌)
【08`09/21】京都 三日目 (その玖)
四日目
【08`09/22】京都 四日目 (その壱)
【08`09/22】京都 四日目 (その弐)
【08`09/22】京都 四日目 (その参)
【08`09/22】京都 四日目 (その肆)
【08`09/22】京都 四日目 (その伍)
【08`09/22】京都 四日目 (その陸)
【08`09/22】京都 四日目 (その七)
【08`09/22】京都 四日目 (その捌)
【08`09/22】京都 四日目 (その玖)
【08`09/22】京都 四日目 (その拾)
五日目
【08`09/23】京都 五日目 (その壱)
【08`09/23】京都 五日目 (その弐)
【08`09/23】京都 五日目 (その参)
【08`09/23】京都 五日目 (その肆)
【08`09/23】京都 五日目 (その伍)
【08`09/23】京都 五日目 (その陸)
【08`09/23】京都 五日目 (その七)
【08`09/23】京都 五日目 (その捌)
【08`09/23】京都 五日目 (その玖)
【08`09/23】京都 五日目 (その拾)
【08`09/23】京都 五日目 (その拾壱)
六日目
【08`09/24】京都 六日目 (その壱)
【08`09/24】京都 六日目 (その弐)
【08`09/24】京都 六日目 (その参)
【08`09/24】京都 六日目 (その肆)
【08`09/24】京都 六日目 (その伍)
【08`09/24】京都 六日目 (その陸)
【08`09/24】京都 六日目 (その七)
【08`09/24】京都 六日目 (その捌)
【08`09/24】京都 六日目 (その玖)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾壱)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾弐)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾参)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾肆)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾伍)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾陸)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾七)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾捌)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾玖)
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京都 後日談
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【08`09/23】京都 五日目 (その陸)

新選組に会ってみたくて(前編)

 四条大宮にてバスを降ります。
 このあたりは『歩く京都』ではあまり紹介されていません。
 『風光る京都』にモデルコースが三つ提示されているのですが、その中の一つ「島原~壬生」を参考に歩きます。ただ辿るのは壬生→島原なのでモデルコースの逆を辿っていくことになるのですけどね。

 新選組を書いた本と言えば、私の中では『新選組 幕末の青嵐』木内昇(アスコム)。
 リレー日記みたいに、新選組メンバー(及び関係者)が交代交代に、試衛館時代から戊辰戦争まで書いてあります。これ一冊で新選組が辿っていった流れが分かります。
 流れを掴むことは大事ですね。そうでないと時代の迷子になるので。

“光縁寺”
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 元治2年2月、山南敬助は新選組を脱走。脱走した理由について真相は謎とされている。その後、追跡してきた沖田総司とともに隊に戻るが、脱走の罪として切腹することに。
 その山南敬助のお墓があるのがここ。
 
 参考として。
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 お墓は坂本龍馬のお墓に行った時に、お墓に行くのはもうやめようと思ったので、見送り。

 西へ真直ぐ進んでいくと、看板発見!
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 さらに進んでいくと、見えてきました。
“旧前川邸”
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(※見えている道路を奥から手前へと向かって歩いてきました。「誠」の旗を撮りたかったので、進行方向とは逆から写しています)

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 今日は火曜日。だけど祝日なので、開いているみたいです。本には非公開と書いてあったので、前を通るだけかなと思っていたのですが、ラッキーでした。

 江戸からやってきた浪士集団は、この近くにある八木邸を本部、この前川邸を合わせて隊の根拠地とします。

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 だいたい今ここに写っている範囲しか公開されていません。他人様の家ですから。
 奥にある入口を入ると新選組グッズがたくさん売られていました。キーホルダーから模造刀まで、あれこれ売ってありました。
 記念に、旧前川邸の見取り図を購入。

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前川邸西側
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 現在は無いですが、出窓があったらしい。
 その山南敬助が切腹する際、島原の遊女・明里とその出窓越しに今生の別れを告げたというエピソードは、思い出しただけで涙がこぼれてくる。
 そのエピソードが創作だという説もあるという話を聞いたのだけど、無視の方向で対処しておく。伝聞だし、伝聞だし、伝聞だから。

2008/11/26


【08`09/23】京都 五日目 (その七)

新選組に会ってみたくて(中編)

“八木邸”
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 “八木邸”では内部を見学できます。(1,000円。お茶つき)
 自由に見学できるのではなく、新選組の歴史についての解説と、係りによる案内。そのあと戻ってきて、抹茶を楽しむという流れ。

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“隊士腰掛の石”
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 新選組の道場あたりにあた石で、隊士達がこの石に腰掛けて休んだらしい(看板より)。
 さらに看板にはこう書いてあった。「屋敷内を二、三移動した後、ここに落着きました。」正直な看板です。

 受付の後、今は前の回の説明中だとのことで、待合室で待つことに。
 門の前を右に曲がったところにありまして、待合室(部屋ではなく、ちょっとした小屋)にはNHK大河ドラマ「新選組!」のポスターが貼られていました。懐かしい。ちなみに、私は香取信吾扮する近藤勇も好きでしたが、一番は堺雅人演じる山南敬助! 山南敬助切腹以降のストーリーを全くといっていいくらい覚えていないです。毎週欠かさず観ていたはずなのに・・・・・・。

“八木邸長屋門”
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 1804年の造営で母屋とともに京都市指定有形文化財(『風光る京都』より)

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 私たちの番がやってきました。
 ぞろぞろと入っていきます。老若男女、正確に数えていませんが15人くらいだったと思います。やっぱり人気ですね。
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 中は撮影禁止。なので、ここまでしか撮っていません。

 玄関から入りまして、庭に面した座敷に通されます。いかつい顔した近藤勇の木像の前に座って、待合室にいた人が全員はいってくるのを待ちます。
 まずはここで、新選組についての一連の流れを簡単に係りの人が説明してくださいました。

 “八木邸”のメインと言えば、芹沢鴨暗殺。(芹沢鴨暗殺を扱った小説があるのですが、その紹介はまた後でさせてもらいます。)
 芹沢鴨暗殺の舞台となった、ここ“八木邸”。
 庭沿いにある廊下を渡って、隣の部屋に移動するのですが、その隣の部屋に入る前、鴨居にある傷に注目!
 タンスでもぶつけ(ry
 刀傷です。
 芹沢暗殺時に傷つけられたと言われている傷なのです。
 話に聞いて、想像していたのより浅かったです。

 ここでの係りの人の解説が面白かったです。
「この傷を誰がつけたと思いますか? 例えばあなた。あなたが土方歳三のファンであれば、この傷は土方歳三がつけたものと。そして、あなたが沖田総司のファンであるなら、この傷は沖田総司がつけたものというでしょう。つまり、真相は闇の中なのです」
 これが聞けただけでも、今日ここに来た意味があったなと思いました。
 
 歴史はいろんな人が研究していて、エライ人たちがあれこれ説だとか出しているけど、結局のところ真相だとかそういう究極の真実は誰にも分からない。そこに近づくことはできるのだろうけど、あの時あの場所にいた人しか本当の真実を知りえないといういものではないのだろうか。
 別に歴史の研究が無意味と言いたいのではなく、究極の真実に誰も到達できないのだからこそ、あれこれ説が出てきて、あれはあったとか、いやいやなかったのだとか、実はこうこうこうだったとか、そういった話が出てきて、人によって細部が異なっていく。同じ歴史のはずなのに、人によって異なった話ができてくる。そういったものをあれこれ読んでみるのが、今の私は面白くてたまらない。
 
 係りの話を聞いたときに、思わずにやりとしてしまいました。


 次は、戻って、お茶をいただきましょう。
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抹茶と“屯所餅”
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 すぐ隣がお土産屋になっていまして、“抹茶についてきたこの“屯所餅”を食べてみて、気に入った方はすぐ買えるようになっていました。なんというシンセツ設計!

2008/11/28


【08`09/23】京都 五日目 (その捌)

新選組に会ってみたくて(また中編)

“壬生寺”
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 “八木邸”から歩いてすぐそこ。
 新選組と縁の深い寺らしい。境内で相撲興業をしたというのが、ここなのだそうだ。(『風光る京都』より)

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 表門を入って、奥正面にあるのが本堂、右手にあるのが“あみだ堂”。そして、左手にあるのが老人ホーム。

 “あみだ堂”を入っていくと、奥は“壬生塚”へと入れるようになっています。
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 そこには近藤勇の胸像、遺髪塔そして、芹沢鴨、平山五郎、新見錦、野口健司ほか7名の墓碑があるそうです。(参拝料100円、霊山護国神社の時みたいに駅の改札口みたいな機械にお金を入れるようになっていました。)
 今回もお墓はスルーの方向で。気持ちの問題です。

 “あみだ堂”ではお土産を扱っている売店がありまして、ここにもいろいろな新選組グッズや本が売ってありました。
 その中で、一番注目したのが、これ。 
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 新選組飴。
 味で選ぶもよし、人物で選ぶもよし。
 私は全種買いました。今、週に一袋ずつ学校に持っていって、級友達と食べてます。飴本来の味がします。ちなみに壬生菜というのは、ここ周辺(壬生)で取れる野菜のことなのだそうだ。

“本堂”前にて
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 「沖田総司は境内に子供たちを集めてよく遊んだと伝わる。」(『風光る京都』より)

 沖田総司といえば、池田屋事変での喀血。
 池田屋事変において戦闘中血を吐いて倒れるという沖田総司のエピソードは悲劇へと向かう新選組において欠かせないもの! と思っていました。
 が、実は違うのかもしれないと教えてくれたのが、『風光る』渡辺多恵子(小学館)の第6巻。
 歴史というものは実は、奥が深いものと知る一番最初のきっかけだったと思います。
 ただ6巻を読んだ当時は、そこまで歴史に興味が無く、他の事に注意がいっていたので、それがどんなに重要なことであるのか分からなかったのですけどね。
 今歴史に興味を持つようになったベースとなったのは、間違いないと思います。

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 ではでは、次へと行きましょう。

 “光縁寺”→“旧前川邸”→“八木邸”→“壬生寺”とご近所訪問をやってきましたが、次の目的地へはちょっと歩きます。自転車という便利アイテムが浮かびますが、ここはあえての歩きです。
 『風光る京都』を片手に南下。
 目印と描かれてある社宅ビルの辺りが、なにやら建設中でしたが、近くに公園があったので位置をちゃんと把握できました。
 それから五条通りという大きな道路に出て、横断歩道を渡ります。
 渡った後ちょっと見つけるのに苦労しましたが、京都中堂寺坊城郵便局すぐ横の細い道に入ります。
 そうして左手にある2階建ての建物が、“新選組記念館”
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 個人で経営されている新選組資料館。入館料500円(予約制)。
 入らなかったのですが、玄関横にある手作りの地図がとても参考になりました。私が今から行こうとしている所が描かれてあったので、助かりました。

 それからさらに南下し、市中央卸売市場の裏を通っていき、さらに歩きます。 
 
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 私がここで歩きにこだわったのは、自転車を借りなかったからというわけではないです。
 壬生から島原まで、実際に歩いてみたらどれくらいかかるものなのか気になったからです。当時そのものの風景で歩くということはできませんが、せめて感覚だけでも味わいたかったのです。
 どうして私がそこにこだわるのか。
 それはまた次回、話させていただきます。

2008/11/28


【08`09/23】京都 五日目 (その玖)

新選組に会ってみたくて(さらに中編)

「(略)せやから、わてが心の底から好いて、命よりも体よりも大切や思うお人が、いてはってもよろしおすやんか。それもあかん言わはんのやったら、わてはそれこそ犬や猫とおんなしやおへんやろか」
                               『輪違屋糸里』浅田次郎(文春文庫)より


 全てはこの本から始まりました。
 もしこの本を読まなかったら、わたしは幕末に走らず、それこそ別ジャンルを駆け抜けていたのかもしれない。

 新選組の芹沢鴨暗殺事件を扱っている小説。
 芹沢鴨暗殺にいたるまでのストーリーで、ずっと一人の視点で語られるのではなく、複数の人物の視点で語られています。
 この小説が特に面白いなと感じたのは、新選組というと男性の物語なのですが、この『輪違屋糸里』では新選組に関わった女性達がメインなのです。
 芹沢鴨暗殺についての資料で名前ぐらいしか残されておらず、一体彼女達がどうこの事件に関わっていたのか、それを作者が想像を膨らませて書かれています。

 上で本から引用した一文は、主人公である糸里の言葉。
 はっと彼女の強さを感じた台詞です。


 京都で徳川幕府公認の花街があった地区・島原。
 島原は単に遊郭の地というわけではなく、和歌俳句などの文化活動が盛んで、当時のサロン的役割を持っていた。
 当時の面影が薄れつつあるが、大門、角屋、輪違屋の3か所は当時の面影を色濃く残している。
 “角屋”は、現在の料亭にあたり、太夫や芸妓を抱えていない店=揚屋であった。
 “輪違屋”は、島原に残る現在も営業している唯一の置屋。置屋というのは、太夫や芸妓を抱える店のことで、ここから揚屋やお茶屋に派遣していた。(『風光る京都』より抜粋)

 
 『輪違屋糸里』に出てくる女性達は、新選組(序盤では壬生浪士組)に関わりあれこれ翻弄されるのですが、翻弄されつつもどこかに強さを持っていました。
 どの女性も似たような強さではなく、それぞれが違う性質の強さを持っていて、それぞれの強さがその女性を美しく見せてくれるのです。それぞれ弱いところもあるのだけど、それがあるからこそまた強さが引き立たせていました。
 その中でも一番美しかったと思うのは、輪違屋の芸妓・糸里だと思います。
 自分には糸里みたいな強さは持てないなぁと思うから。芸妓として生きる覚悟とかそういったものは、芸妓しか本当に理解はできないだろうし、また持てないのだろうなと。だからこそ、他の人と違う美しさを持つことができるのだろうと思った。
 糸里は本当に美しかった。

“輪違屋”
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 京都に行ったら、何が何でもここに来ようと思っていた。
 そして、できることなら壬生の屯所から歩いて行こうと思っていた。
 今はフツーの住宅街で、公園では小学生が遊んでいるし、家の前では育てている花に水をやったりだとか、自動車も通るし、道が真直ぐなのは京都らしいのだけど、それ以外は本当にどこにでもある町。
 だけど、壬生から島原まで歩いていく感覚というものを体感してみたかった。
 せっかく京都に来たのだから、本の上では知りえないことを知ってみたかった。

 歩くよりも自転車が欲しくなる距離でしたが、歩くのは無理というほどはありませんでした。身体鍛えている人なら、苦にならないでしょう。
 それに、親しい人とあれこれ話しながら歩くとなると、極端に短くも無くかといって話題が尽きて話すことが無くなるということのない、本当に丁度いい距離だと思います。
 そういったことを考えると、隊士達の賑やかな声が聞こえてくるような気がしました。人によっては、騒がしかったかもしれませんけど。

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 創業元禄年間(約300年前)。
 安政4年(1857)に再建された建物で、現在京都市指定の有形文化財。(『風光る京都』より)
 建物の外観を見るだけでも楽しめました。


 『輪違屋糸里』はドラマ化されているらしく、私は見ていないので強く勧めることはできませんが、興味のある方は探して見てみるのもいいかもしれません。


 男はんはええなと、糸里は思った。剣をふるい、ひとごろしをしてしまえばすべてが終わる。しかし糸里には、まだ立ち向かわねばならぬ戦があった。
                                   『輪違屋糸里』浅田次郎(文春文庫)より


2008/11/29


【08`09/23】京都 五日目 (その拾)

新選組に会ってみたくて(後編)

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08-09-23 308

“角屋”
08-09-23 309
 建物は国の重要文化財の指定を受け、内部の美術品も多く文化財となっている。(『風光る京都』より)
 「角屋もてなしの文化美術館」として一般公開されているとも書いてあったのですが、開館時間が10時~16時なので、入れませんでした。(入館料1000円。2階の見学は別途800円で要予約)

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08-09-23 318

“島原大門”
(裏側)
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 門だけが残っています。
 角屋のあたりはそれらしい建物も近くにあったのですが、“大門”前には自転車とかバイクとか置いてあって(ここに止めないよう警告文が貼ってあったり)、“大門”だけポツンとありました。

(表側)
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右側にあるのが、“見返り柳”そして、“サラバ垣”と呼ばれる垣根。

 『風光る京都』に載せてあるモデルコースはここまで。


 京都の歴史感覚につていご指摘がありまして。
 『幕末は、京都の歴史感覚ではまだ「歴史」ではないのです』とのこと。
 えぇ! そうなの!! と驚きました。
 歴史の教科書に載ってるのだから、歴史じゃんという私の感覚は、京都に遠く及ばない……。さすが京都です。

 
 新選組に関係あるポイントを巡ってまいりました。
 級友達に「新選組が好きなんだね」と言われるのですが、「いや、新選組側の話だと薩摩がぼろくそ書かれてるから、そこまで好きじゃない」と返してます。
 今日、こうやって巡ってきたのは、『風光る』と『輪違屋糸里』、これらの作品が好きだからに他ならない。

2009/11/29



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