目次
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京都 前らへんの日
一日目
【08`09/19】京都 一日目 (その壱)
【08`09/19】京都 一日目 (その弐)
【08`09/19】京都 一日目 (その参)
二日目
【08`09/20】京都 二日目 (その壱)
【08`09/20】京都 二日目 (その弐)
【08`09/20】京都 二日目 (その参)
【08`09/20】京都 二日目 (その肆)
【08`09/20】京都 二日目 (その伍)
【08`09/20】京都 二日目 (その陸)
【08`09/20】京都 二日目 (その七)
【08`09/20】京都 二日目 (その捌) 
【08`09/20】京都 二日目 (その玖)
【08`09/20】京都 二日目 (その拾)
三日目
【08`09/21】京都 三日目 (その壱)
【08`09/21】京都 三日目 (その弐)
【08`09/21】京都 三日目 (その参)
【08`09/21】京都 三日目 (その肆)
【08`09/21】京都 三日目 (その伍)
【08`09/21】京都 三日目 (その陸)
【08`09/21】京都 三日目 (その七)
【08`09/21】京都 三日目 (その捌)
【08`09/21】京都 三日目 (その玖)
四日目
【08`09/22】京都 四日目 (その壱)
【08`09/22】京都 四日目 (その弐)
【08`09/22】京都 四日目 (その参)
【08`09/22】京都 四日目 (その肆)
【08`09/22】京都 四日目 (その伍)
【08`09/22】京都 四日目 (その陸)
【08`09/22】京都 四日目 (その七)
【08`09/22】京都 四日目 (その捌)
【08`09/22】京都 四日目 (その玖)
【08`09/22】京都 四日目 (その拾)
五日目
【08`09/23】京都 五日目 (その壱)
【08`09/23】京都 五日目 (その弐)
【08`09/23】京都 五日目 (その参)
【08`09/23】京都 五日目 (その肆)
【08`09/23】京都 五日目 (その伍)
【08`09/23】京都 五日目 (その陸)
【08`09/23】京都 五日目 (その七)
【08`09/23】京都 五日目 (その捌)
【08`09/23】京都 五日目 (その玖)
【08`09/23】京都 五日目 (その拾)
【08`09/23】京都 五日目 (その拾壱)
六日目
【08`09/24】京都 六日目 (その壱)
【08`09/24】京都 六日目 (その弐)
【08`09/24】京都 六日目 (その参)
【08`09/24】京都 六日目 (その肆)
【08`09/24】京都 六日目 (その伍)
【08`09/24】京都 六日目 (その陸)
【08`09/24】京都 六日目 (その七)
【08`09/24】京都 六日目 (その捌)
【08`09/24】京都 六日目 (その玖)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾壱)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾弐)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾参)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾肆)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾伍)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾陸)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾七)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾捌)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾玖)
7
京都 後日談
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【08`09/20】京都 二日目 (その七)

 人が期待するのは、よく映像で見るような風景。
 日常生活からかけ離れた、まるで別世界のような所。
 絵ハガキで見たそのものを求めて訪れる。

 今回、銀閣寺に行って、残念だという言葉をよく耳にした。

『観音殿(銀閣)は只今修復中』の張り紙

 私は、残念ながら彼らの気持ちを理解することはできなかった。
 京都から帰ってきた後の私にとっつかまって、京都の土産話を聞かされた級友達ならものすごく分かってくれたと思う。私がどれだけ銀閣寺を気に入ったのかという事を。
 6日間京都に行って、話すことはたくさんありすぎて、もちろんほぼ全部話したけれど、その中でも一番気合を入れて話したのが銀閣寺でした。

正門
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 歩きながら撮ったので、まがってしまった。
 入るには500円必要です。

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 受付から入って左手。先に進むとメインが見えてくる。
 それにしてもこの白の砂利は見事ですね。


“慈照寺”こと“銀閣寺”
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 2010年春まで修復工事中。(どれくらい修復するかもめたりしたらしい。)
 庭園内は鑑賞できます。

 私としては、この修復工事中という無防備(?)な姿を見れたことに、思わずガッツポーズでした。
 なかなか見れるものじゃないから!
 修復なんてそうそうやるものじゃないですし、季節みたいに毎年巡ってくるものではないし、次いつ修復するか分かるものでもないですから。

“銀沙灘”“向月台”そして“銀閣寺”
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 手前が“銀沙灘”。
 奥に見えるこんもり盛られているのが“向月台”。
 そして修復中の“銀閣寺”。

 行く前に銀閣寺は修復中だというのを聞かされていたのですが、部分的に順次やっていくのかなと思っていたのですが、まるっとまるごとでした。
 銀閣寺の形に合わせて組まれているのが、これはこれで芸術と思えなくもない。
 マンション・アパートの外装のやり直しの工事をいくつか見かけたことあるのですが、その時は四角だったし、一戸建ての建築中の周りも四角だし。
 修復は、新しく造り出す事よりも神経使うようですね。

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 そして、庭園もステキでした。
  
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 庭園の手入れの大変さが表れてます。

“洗月泉”
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“お茶の井”
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 今でも、お茶を点てる際に使われていることがあるとか。

 小高い山を上がっていくと、“銀閣寺”を見下ろすことができます。
“展望所”より
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ズーム
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 目というのは不思議なもので、だいたい上のズームして撮った時ぐらいに見えているのですが、カメラで撮ってみると、ちっちゃくなっちゃっているという。

 この“展望所”でよく修復中の姿が見えるので、目薬点してまでして見てました。

 ここでもデジカメのタイマー機能を駆使して、自分を写していたのですが、さすがに修復中であっても銀閣寺。人が多いです。ぶつくさ文句言いながらも、皆さん銀閣寺に行かれてるのですね。
 人の列が切れることがあり、そこを狙ってセットしてました。
 だけど、ここでの10秒は意外と長い。
 よし、いない今だとセットして10秒後、そこには元気にカメラの前を横切る他人の姿が。そりゃあもうバッチリ。
 それでもなんとか3枚ほど自分が写っているのが撮れました。

 そんな私の姿を見て、よほど難儀していると思われたのか、「撮りましょうか?」と親切に申し出てくれる人がいました。流暢に日本語を話される、外国人旅行客。思いがけない国際交流。
 「ありがとうございます」を英語で私は言えました。さすがにそれだけはちゃんと言えた。

 “展望所”からは下り道になってます。
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 そして再び“銀閣寺”の前へ。
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 チラリズムですね。分かります。

 本当は全部覆ってしまいたいのでしょうけど、観光客に配慮してか上の写真のように、見れるようになっていました。

 長い長い長い時を経て、今もなお残っているのは、残そうとする人と、それを可能にする技術があってこそ。
 今回その様子をちょっこだけでしたが見れて、ラッキーでした。


【08`09/20】京都 二日目 (その捌) 

『歩く京都』によると、
京都は大きくわけて5エリア!
ゆっくり廻るなら
基本的に一日に一つのエリア。
なのだそうだ。

 朝から南禅寺→永観堂→哲学の道→法然院→銀閣寺と、南から北上してきました。だいたいここで、昼の3時前くらい。
 今日は夜にどこか食べに行くとのことだったので、4時までには戻ると約束していました。
 予定としていたところは全て廻ったのですが、約束の時間までにはまだちょっと時間があります。

 さて、どこに行こうか。
 頭の中でアバウトすぎる地図を広げて、信号待ちしていました。

 そんな私の前を通り過ぎていく、一台のタクシー。

 京都市内だけで、何千とあるタクシー。
 上半分は白で、下半分はオレンジのヤサカタクシーは、よく見かけるタクシーの一つ。
 目印は、三つ葉のクローバー。

『歩く京都』によると、
三ツ葉が目印のヤサカタクシー。その中に四ツ葉のクローバータクシーが4台ある。出会う確率はなんと4/1400だとか。

 なんとその四ツ葉のクローバータクシーが通り過ぎていきました!

 読んだときに、見てみたいなぁと思ってたけど、まさか二日目にしてそれが叶うとは!
 どんどん去っていってしまうそのタクシーをじっと見ていたのですが、なんと一つ先の信号が赤に変わるではないですか!
 停車するタクシー、そして私の前の歩行者用信号が青へと変わる。
 何も考えずに、私は走り出した。
 観光客の間を全速力で駆け抜ける私。
 一つ先と言いましたが、けっこう距離がありました。が、走っている最中はそんなことなど考えていられない。ただひたすら前へ、追いつきたいの一心で疾走。

 そして、追いついたんだ。
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 追いついたのはいいのだけど・・・・・・、いろいろと続かなくて、体力だとか、息だとかが。
 それに、どこに行くのかまだ決めてなかったし。「何にも考えずに」走り出しちゃったので。
 タクシーの運転手がこちら見た気がしたけど、あの時はいろいろといっぱいいっぱいだったので、見送りました。(ごめんなさい。運転手さん)

 歩きながら息を整え、バス停へと向かいます。そして、やってきたバスにとりあえず乗り込んでみる。
 まだ行き先決まってなかったのですが、鴨川が見えたので、他の降りる人に紛れて私も降りてみました。
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 川の水量はそんなに多くなかった。
 河口近くの川を見慣れているせいか、山の中流やや下側ぐらいの水量しかないよここと思ったのですが、地理からしてみればそれぐらいしかなくて当然なんですよね。
 京都、河口じゃないし。
 だいたい大きい街は河口にあるよなぁと私の頭にはあったので。何事にも例外はありますよね。

 『歩く京都』を開いてみて、現在位置を確認。
 このまま道を真直ぐ行くと、“京都御苑”に行くのが分かり、目的地を“廬山寺”に設定。ナビは無いですが、行ってみることにしました。

 思っていたよりも歩きましたが、(バス乗ったのだけど、バスが通ってた道から目的のところに行くまでが)目的地に到着。
 すぐ左が“京都御苑”ですが、脇目を振らずに“廬山寺”を目指しました。

“廬山寺”
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 “廬山寺”?聞きなれないなぁ、どこそこ??と思う人もいるかと思います。
 私も『歩く京都』を読むまで知らなかったですし。
 それでも行きたいと思ったのは、↓だからです。
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 言わずと知れた平安時代の長編物語。
 一部だったら、学校の授業で読んだことがありますよね。
 全部古文で読み通したという人は少ないと思いますが、大和和紀の『あさきゆめみし』で読んだという人はけっこういると思います。そうでなくても、源氏物語を題材としたものは多いですよね。マンガだけでなく、劇だとかもありますし。

 私が一番お世話になったのは、小泉吉宏『まろ、ん?大掴源氏物語』(幻冬舎)です。高校時代クラスメイトに借りて読んだのですが、返した後に自分も買いました。
 全54帖のそれぞれ1帖を2ページにまとめてあります。だから「大掴」。
 途中に当時の風俗とかも扱っていたりして、一番最初にこの本を読んでおくと、他の源氏物語作品を読む手助けになります。現に、なりました。
 古典作品を題材にしたマンガはこゆいのが多いのですが、この本のイラストはかわいい!(それが物足りないという、こゆいのが好きな人の意見がありますけど)

 本堂に入るには、400円必要。(500円で写経もできるとか。してる人いました。)
 白砂と緑の苔の庭「源氏庭」には、紫式部にちなんでキキョウが植えられているのですが、時期が合わなかったみたいです。
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 庭もいいですが、国宝の絵巻物が陳列されていたりと侮れないところでした。
 白い着物を着た源氏が赤ん坊(夕霧?おぼろげ)を抱いているという源氏物語絵巻の一つ。
 なぜ、これがここに?!とびっくりして、ガラスにおでこをぶつけました。
 
(この“廬山寺”に行く途中に、“京都市歴史資料館”という所があったのですが、「源氏物語千年紀記念特別展 「源氏物語と平安京」」というのをやっていたようです・・・・・・。後で知ったさ。)

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 京都に6日間いましたが、ここ“廬山寺”でだけおみくじを引きました。
 ちょっと験かつぎの意味を込めて。
 木の箱をしゃかしゃか振って、さかさまにしたら小さな口から木の薄くて長い棒が出てくるので、その棒に書かれてある番号を申告するというタイプのおみくじでした。
 出てきた棒に書かれてあった番号は、八〇。
 手渡された紙に書かれていたのは『大吉』!!
 
 一千年。
 どれくらい長い時間なのか、あまりにも長すぎて、すぐには実感がわかないくらいの長い時間。
 そんな長い時をずっと読まれ続けている物語があるというのがステキなことだなと。
 全く習慣が違う時代を生きる、歳は同じくらいの人間が同じ物語を読むって、ちょっと不思議なことじゃないですか。同じ物語なのだけど、感じ方は違ったんだろうなとか、理由は違うかもしれないけど、末摘花が好きな人もいたんじゃないだろうかとか考えてみたり。
 源氏物語内で経過していく時間だけでなく、源氏物語が通ってきた時代について思いを馳せるのが楽しい。

 源氏庭を眺めていたら、書店先で目まぐるしく変わっていくベストセラーの棚が思い浮かんだ。
 あの中から、ずっと未来の人間も読むような本が出てくるのだろうかなと。
 もしかしたら、源氏物語が読まれていない未来もあったりするかもしれないけど。
 未来の事は誰にも分からない。


【08`09/20】京都 二日目 (その玖)

 “廬山寺”のお隣は、“京都御苑”。
 “京都御苑”と言ったら、“蛤御門”じゃないですか。(“京都御所”はどうした!)

“京都御苑”清和院御門付近
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 “京都御苑”は、元は天皇や公家の居住地だった広大な公園(『歩く京都』より)。“御苑”(「ぎょえん」と読む)内は自由に入れます。テニスコートだとか、野球場もあったりする、緑の多い広大な公園。
 公家の邸宅はその跡地にほとんど看板が立っているだけですが、“御所”は残っています。だけど、“御所”の中に入るには、事前予約が必要。

 真直ぐ突っ切っていきました。(東から西へ)
 広い砂利道、片道2車線ぐらいの道幅がありますが、車の乗り入れはできません。歩くか自転車だけ。 犬の散歩をしている人や、テニス用のバッグを背負って自転車に乗ってる人とかを見かけました。

“建礼門”
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 この門の奥が“京都御所”。
 中学の修学旅行の時に入ったのですが、あの時はあんまり京都に興味が無かったので、今入ると絶対反応違うと思う。
 ちょっとだけ背伸びしてみたけど、門の守備は完璧でした。

“清水谷家の椋”
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 一八六四(元治元)年の禁門の変の時、長州藩士で遊撃隊(長州尊皇攘夷激派の一つ)の総督だった来島又兵衛がこの木の付近で討死したとも伝えられています。と看板に書いてあった。

 来島又兵衛、その人をメインにした本を読んだことはありませんが、『定本 河上彦斎』荒木精之(新人物往来社)の中で、来島又兵衛が出てきてました。
 図書館から借りた本だったのですが、鉛筆で線が引っ張られたり、書き込みがされてたんですよね。全ページにやられてたので、さすがに返す時に司書に言いましたけど。その書き込みの中で、ものすごく気になるのがありました。"来島又兵衛"に矢印で、「シャンプーハット」とあったのですが、あれは一体何を意味していたのでしょうか・・・・・・。

 この椋の木の前を通って、真直ぐ行くと見えてくるのが目当ての所。
“蛤御門”
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 江戸時代末期の一八六四(元治元)年、この門の周辺で長州藩と、御所の護衛に当たっていた会津・薩摩・桑名藩との間で激戦が行われました。この戦いが「禁門の変(蛤御門の変)」で、門の梁にはその時の鉄砲の弾傷らしき跡が残っています。(看板より)

 私がその日、蛤御門を前にして、思い出していたのは、『土方歳三の鬼謀①』柘植久慶(ハルキ文庫)。(PHP研究所より出されていた時の題名は『土方歳三の鬼謀 逆転「鳥羽・伏見」戦記』)
 表紙の土方歳三がかっこよかったから借りたという、ジャケ買いならぬジャケ借り。
 本の題名にあるように、土方歳三の思いも寄らぬ作戦によって、鳥羽・伏見の戦いで新選組側が勝つというIFストーリー。
 そのクライマックスで、蛤御門が出てくるのです。

 本を読むだけでは、いまいち距離が分からず、あと、場所書かれても「どこだろう」と思いながらも読み流してしまっていました。
 だけど、今回実際歩いてみて、建礼門から蛤御門が思っていたより遠くなかったので、蛤御門の重要性がやっと分かりました。

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 名残惜しいけど、そろそろ帰らないと約束の時間に間に合わなくなるので。
 この後、だいたい二条城の前あたりまで歩いて帰りました。 地図を見た限りでは距離はあまりないように思えたのですが、けっこう歩きました。
 実際に歩いてみないと、やっぱり地図の上だけでは分かりませんね。


【08`09/20】京都 二日目 (その拾)

 「衣食住」
 生活の最も基礎となる条件だと広辞苑には載っている。

 一番前の「衣」は他二つと違って、ほとんど自分以外の人たちに見られている。だからTPOによって着る服を変えたりするし、中には自己表現の一つとしてかなり力を入れて服を選ぶ人もいる。
 そうでなくても、街にでかけて自分に合う服を探し求めるということはするだろう。あらかじめファッション雑誌を読んでおいて、それを参考にして服を探したりするだろう。

 私は服を買いに行くということが好きでない。
 どっちかといえば、苦手。
 服は、全部母に買ってきてもらっている。
 どこか店に行くとすれば、本屋とかがいい。本屋に行くなら買い物について行くけど、とどうにかして連れ出そうとする母に言ったりもしている。

 私の中で「衣」はものすごく虐げられていたけれども、今回ばかりはその評価を改めさせられた。

 
夕方五時。

 帰ってくるようにと言われていた時間までに帰ってきた私は、ジーンズに半袖という歩きやすさを重視した服装から、濃い紫のワンピースに着替えた。
 夕食を外に食べに連れて行ってもらうから。
 それもホテルのフランス料理!

 旅行前に母から「一着はこの前買ったワンピースを持っていきなさい」とのアドバイスに珍しく抵抗なく受け入れていて、正解だったと思う。

 しかもこのワンピース。6月に母に街に連れ出されたときに買ったときの物で、「これなら、ちょっとお洒落してでかける時にも着ていけるわ」と母がそんなことを言っていた。私はその隣で、そんな時って、そうそう来ないよと思いながらも、早く帰りたかったからテキトーに頷いていたのだけれど・・・。
 やって来たからね、今回。あの時買ってなかったら、着ていける服持ってないことになってた。

 便利なジーンズだけど(ん?今はデニムと言うのか)、さすがにフランス料理食べに連れて行ってもらうのに着ていくのは躊躇しますね。


 夕方五時というのは、夕食を食べるにしては早い時間。
 だから、まだ店の中に私たちに誰もいない状態。貸切ってないけど、ほぼその状態。
 真白いテーブルクロスの上には、よく磨かれて光っているナイフ・フォーク、スプーンが並んでいます。しばらくすると、姿勢正しい従業員がキャンドルライトを持ってきて、テーブルの上に置いていきました。

 白ワインで乾杯した後、順序良く運ばれてくる料理をナイフとフォークを持って、自分の前に座る叔父の見よう見真似で食べていきます。(カニが出てきたときは、なかなか切れなくて焦ったけど・・・・・・中に一本あるのだから切り取れないというのにしばらくして気がついた。そういった小さなハプニングとかあったり)
 畏まってしまって、味なんか覚えてない・・・・・・ということは全く、しっかり味わいながら食べました。
 
 私は嫌いなもの、苦手なものは少ないです。
 食事が始まる前に叔父に「好き嫌いはなかったよね?」と訊かれたのには、ちょっとだけ戸惑いました。私がちっちゃい時から知っているはずの叔父に訊かれたので。
 なんでそんなこと訊くのかなぁと思ってたら、それには理由がありました。
 あちこち歩き回ったり、あちこちで写真を撮ったりと今日私がしてきた事は、祖父(今回は京都に来ていない)とすることとそっくり!だとか。その祖父が好き嫌いが多かったりするものだから、あれ?もしかして??と思われたようです。
 私の隣に座っている祖母は嫌いなものが少ない方なので、上手い具合に私の遺伝情報はMIXされているようです。

 食べれればなんでもいい!というわけではなく、やはり美味しいものが食べたいですよね。なんてったって、間に入っている「食」なのですから。
 私が今通っている学校の学生食堂は、安い、おいしいが備わったところ。ほぼ毎日夕飯は学生食堂の一つである第一食堂(通称、1食)で食べてます。(自炊もしますよ、たまにですけど)特に、1食は毎朝市場で仕入れてくるという魚定食が絶品。
 1食、べた褒めのわたしですけど、その認識を今回改めさせられました。
 この日夕食を食べたレストランには明らかに学食にはないものがあったから。
 落着いた空間に、大きな窓の外を見ればだんだんと暮れゆく空。運ばれてくる皿に盛り付けられた料理は見ていても楽しめるという、そういったそのレストランが醸し出す雰囲気。
 料理自体が美味しいというのもあるのですが、その料理をさらに美味しく感じさせる雰囲気もまた重要な要素なのです。
 学食も学食なりにおいしくていいけれど、レストランにはさらにプラスされたものがある。私はなかなかそういった所に行く機会が無いので、つれて来てくれた叔父に感謝です。ご馳走様でした。


 帰ってきたのは、夜の七時。
 一日中歩き回ってお腹ペコペコだったので、食べている時には気にならなかったのですが、叔父の家に帰ってきて時計を見て、夕食食べた時間帯が早いことに気付かされました。
 なぜあんなに早く?と思っていると、祖母が「間に合った」とテレビをつけました。
 あわせられたのは、野球の試合。
 祖母は筋金入りの巨人ファン!!
 この日は、阪神との対戦。(この時は阪神がリードしていた)
 これに合わせて、夕食の時間を設定されたようです。

 私は『パワプロ』にイチローと松井がいた頃は遊んでいましたが、それ以外に野球との接点はないです。
 巨人を応援する祖母の隣で、ノートパソコンを使わせてもらいデジカメの写真を取り込んだり整理したりしてました。(USB持ってきていましたので)
 テレビを積極的に見るつもりは無かったですし、巨人が特に好きというわけではないのですが、なんだかんだ言いながらも巨人が点数入れたときには、思わず祖母と一緒にはしゃいでしまってました。
 ちょっと記憶があやふやですが、この日か次の日だったか忘れましたが、巨人が10点入れたかなんかして、だいたいこの日ぐらいから巨人が追い上げてきたと思います。

 野球の後は、デジカメで撮った写真をPC上に出して、祖母に写真を見てもらいながら、今日一日がどんなのだったのかを話しました。私自身の記憶の整理も兼ねて。

 夜は、叔父が選んでかけてくれるCDを聴きながら、就寝。
 ここは千秋先輩(『のだめカンタービレ』より)の家ですかっっというくらいクラシック音楽のCDがありまして、その中から叔父がチョイスしてくれるのです。
 私も音楽聴きますけど、久石譲のとか菅野よう子のとか岩崎琢とかのを聴いているので、クラシックは『のだめカンタービレ』のドラマ以来ですね。あと『image』(イマージュ)。
 音楽の授業中の音楽鑑賞、そんな感じでぐすっり眠れました。 
 やっぱり、一日中歩き回った身体を休めるには、いい環境で眠らないとね。なんてたって、殿をつとめているのは「住」、安心できることも必要ですけど、その環境もまた重要ですから。


【08`09/21】京都 三日目 (その壱)

 Komakai mono ga tairyou ni Konkuri-to wo tatakitsukeru Oto ga kikoetekita.
 Nandarou? to mada bonyari to shita Atama de shibashi kiiteita.
Suruto,Oto ga sukoshi dake O-kiku natta. Ribingu ni ita Sobo ga mado wo aketa rashii. Hageshiku ue kara ochite kuru Oto ha,Sobo ga mado wo shimeru to yaya kugumotte kikoeruyo-ni natta.
 Sobo to Oji ga naniyara hanashi wo shiteita. Yo ha hakkiri to sorera wo kiita wakedeha nai ga, kaiwa no tyo-shikara,mada nemureru to omoeta. Natsu you no Mouhu ni kurumari,tyoudo yoi atatakasa no naka ni mogurikonda.


2008年9月21日(土) 京都 三日目
日本雨天


 現在(10月27日)『啄木 ローマ字日記』編訳者桑原武夫(岩波文庫)を読んでいます。自分でもちょっとローマ字で書いてみました。(ただ「Yo」というのを使ってみたかっただけだったりするけど)
 気がついたら、京都へ行ったのはもう一ヶ月も前なのですね。
 写真があるのと、一日中あちこち行ったその日の夜に祖母に「こんなことあったよ!」と話をしていたので、大きく記憶が欠落しているということは今のところないです。

 特に、この日は6日間中一番雨が降った日。
 叔父が「(19日の)台風よりも雨が降っている」と言っていました。
 天候に特徴があると、思い出しやすいと何かで読んだ覚えがあります。

 日本全国的に雨。
 朝から激しく降っていて、これでは散歩に行けないだろうと思った祖母は、私を起こすのをやめたそうです。
 昨夜、叔父に朝散歩に行くなら良い所があるよと地図まで書いてもらっていたのですが、窓を閉めていても確実に聞こえてくる激しい雨音を聞いたら、明日行こうと思いました。そもそも二度寝をしたのは自分だし。

 朝ごはんは、トーストにベーコン付き目玉焼き、青汁に牛乳を混ぜて飲みやすくしたものと、ヨーグルト。健康志向のメニュー。
 朝ごはんを食べる食べないでは、全然違うので、京都滞在中朝ごはんを用意してくれた祖母に感謝です。(特に前日は昼飯食べずに一日中歩き回ってたのを考えると、よく倒れなかったなぁと思う。朝ごはんはしっかり食べよう!)

 
 雨が強く降っているので、昨日みたいにあちこち歩くのはやめて、美術館に行ってみることにしました。(そうすすめられたこともありますし)一日目に叔父が、教えてくれた美術館のうちの一つです。

 タクシーを呼んでくれて、それに乗って、美術館へ。
 京都市役所前を通った時に電光掲示板を見たら、大雨、洪水、雷注意報が出されてました。タクシー呼んでもらわなかったら、ちょっと行ききらなかったと思います。

平安神宮の大きな鳥居
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↑だと、そこまで大きいか? と思えてしまいますけど、↓を見れば分かります。

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 目的の美術館は、この鳥居のすぐ近くにありました。

“京都市美術館”
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 変に新しくないのが、ステキポイントです。
 中も特に新しくしていませんでした。

 この美術館で、『芸術都市 パリの100年展』(2008.9.23~11.3)をやっているのです。
(『日仏交流150周年記念/京都市・パリ市姉妹都市盟約締結50周年記念
 芸術都市 パリ100年展
 ルノワール、セザンヌ、ユトリロの生きた街1830-1930年』)

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 入場料>当日:一般1300円、高大生900円、小中生500円
 勿論、学生証を出しましたよ。
 思いっきり京都でない学校の学生証ですけど。

 入口から入ると、すぐ絵画が並んでいるのではなく、広いホールな所がありました。その中央に、エッフェル塔の足の部分の模型がありました。その下には、パリの街のジオラマ。
 ああマロニエに~、シャンゼリゼ~♪
 エッフェル塔の脚線美(?)にはほれぼれします。 

 私は音声ガイドを借りル派です。
 絵画の横に解説文書かれてありますが、音声ガイドはもうちょっとだけ詳しく解説してくれているので。私は最近よく美術館やら博物館に行きますが、絵画についての知識はあまりありませんから。

 その作品が作られたのがいつの時代なのか、その時代はどのようなものだったのかとかそういった事を知ると、より深くその作品をみることができるとかなんとかと、芸術の講義で先生がおっしゃっていました。
 知ることは作品をもっと楽しむのには必要です。


 1830年から1930年、パリが近代都市として変わっていく時期。作品はテーマごとに分かれていて、その中で時代ごとに違っているのをみせてくれます。

 途中、エッフェル塔建設中を撮った写真も展示されていたのですが、これらの写真が見事で、カラーでないからこそ、エッフェル塔の組まれた鉄骨の美しさが引き立てられてました。その美しさだけでなく、工程もまた面白くて、勿論足から組まれていくのですが、4本の足・塔脚それぞれから組まれていき、そして、一つへと合流していき、天へと伸びていくのです。頭ではわかっていても、その様子を写真で見せられると、なるほどと納得することができました。
 ああ、エッフェル塔に上ってみたい・・・。

 鉄の塔の話しかしてませんが、ルノワールとか、セザンヌとかもちゃんと見ましたよ! 藤田嗣治の作品もありました(名前はなんとなく知ってた)。

 私が一番気に入った作品は、ポール・シニャック≪ボン・デ・ザール≫1928年、カルナヴァレ美術館です。
 点描の、その明るい色使いに心奪われました。
 カメラのはっきりと写し出されたのも好きですが、人間の目を通し描かれた絵もまたそれはそれで好きです。
 点描は、近くで見てみると隣の色と微妙に違ったりしていて、また遠くから見てみるとちゃんと一つの絵を作り上げています。線は突き詰めれば点の集合体とか言われてますが、線を使わずに点で描いてしまうのは、その技術だとかセンスだとかがすごいなぁと。

 ジョルジュ・ダンテュ≪トロカデロ公園、サイ、雪の印象≫1933年カルナヴァレ美術館もいいなぁと思った。雪降る公園に、サイの像があるのですが、当たる光の加減がいいのかそれを意図したのかは知りませんが、いい感じに光が当たって、本当に雪が降っているみたいに見えました。
 誰もいない静かな公園に、ひっそりと佇むサイの像。しんしんと降る雪。不思議な世界に引き込まれそうでした。

 作品を見ていると、ものすごい団子になって一つの作品を見る集団が近づいてきました。
 なんだろう? とその集団を見てると、どうやら学芸員による解説が行われているらしくて、皆さんそれについていっているようでした。(全ての作品についてではなくて、ところどころの作品について解説しているようでした。音声ガイドに入っているのとは違う作品の解説もしてました。)
 私はあえてその集団の後ろに回りこんで、集団を先に行かせました。学芸員の解説も気になりましたが、もうすでに入る余地がなさそうでしたし、自分のペースで見て回りたかったので。
 
 始終自分のペースで回ることができました。
 叔父曰く「普通だったら、行列ができている」とのこと。大雨様様です。あとからちょっと増えたけど、私が一通り見終わった頃だったので、問題ありませんでした。

 会場を出ると、またエッフェル塔の模型のあるホールに出るのですが、入口と違って、売店が設置されていました。
 早速絵葉書を買おうと、あれこれ探したのですが、無い。
 くるくるラックを回してみるのですが、見つからない。
 なんでないの! ポール・シニャック≪ボン・デ・ザール≫!!
 絵葉書セットの中にはあるのですが、単品では見つかりませんでした。売店の人に聞いてみたら、そもそもその作品は売り切れの状態だったらしい。
 絵葉書以外でないのかと探してみたら、ドレス・ステッカー(カードに貼り付けて、目隠しするもの)でありました。
 自分用にエッフェル塔の絵葉書とポール・シニャック≪ボン・デ・ザール≫のドレス・ステッカーを購入。
 売店では展覧会図録も売ってあり、宝石だとかそういった高価なものも売ってありました。


 うっかり会場の外に出てしまったのですが、会場内にしかお手洗いはありません。
 理由話して、もう一回入れてもらいました。
 係りの人、ありがとうございました。


 京の都に行きながら、さらに遠くのパリの都も見ることができました。二つも都を見てしまうなんて、もしかして私って欲張り?

2008/10/29



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