目次
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京都 前らへんの日
一日目
【08`09/19】京都 一日目 (その壱)
【08`09/19】京都 一日目 (その弐)
【08`09/19】京都 一日目 (その参)
二日目
【08`09/20】京都 二日目 (その壱)
【08`09/20】京都 二日目 (その弐)
【08`09/20】京都 二日目 (その参)
【08`09/20】京都 二日目 (その肆)
【08`09/20】京都 二日目 (その伍)
【08`09/20】京都 二日目 (その陸)
【08`09/20】京都 二日目 (その七)
【08`09/20】京都 二日目 (その捌) 
【08`09/20】京都 二日目 (その玖)
【08`09/20】京都 二日目 (その拾)
三日目
【08`09/21】京都 三日目 (その壱)
【08`09/21】京都 三日目 (その弐)
【08`09/21】京都 三日目 (その参)
【08`09/21】京都 三日目 (その肆)
【08`09/21】京都 三日目 (その伍)
【08`09/21】京都 三日目 (その陸)
【08`09/21】京都 三日目 (その七)
【08`09/21】京都 三日目 (その捌)
【08`09/21】京都 三日目 (その玖)
四日目
【08`09/22】京都 四日目 (その壱)
【08`09/22】京都 四日目 (その弐)
【08`09/22】京都 四日目 (その参)
【08`09/22】京都 四日目 (その肆)
【08`09/22】京都 四日目 (その伍)
【08`09/22】京都 四日目 (その陸)
【08`09/22】京都 四日目 (その七)
【08`09/22】京都 四日目 (その捌)
【08`09/22】京都 四日目 (その玖)
【08`09/22】京都 四日目 (その拾)
五日目
【08`09/23】京都 五日目 (その壱)
【08`09/23】京都 五日目 (その弐)
【08`09/23】京都 五日目 (その参)
【08`09/23】京都 五日目 (その肆)
【08`09/23】京都 五日目 (その伍)
【08`09/23】京都 五日目 (その陸)
【08`09/23】京都 五日目 (その七)
【08`09/23】京都 五日目 (その捌)
【08`09/23】京都 五日目 (その玖)
【08`09/23】京都 五日目 (その拾)
【08`09/23】京都 五日目 (その拾壱)
六日目
【08`09/24】京都 六日目 (その壱)
【08`09/24】京都 六日目 (その弐)
【08`09/24】京都 六日目 (その参)
【08`09/24】京都 六日目 (その肆)
【08`09/24】京都 六日目 (その伍)
【08`09/24】京都 六日目 (その陸)
【08`09/24】京都 六日目 (その七)
【08`09/24】京都 六日目 (その捌)
【08`09/24】京都 六日目 (その玖)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾壱)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾弐)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾参)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾肆)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾伍)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾陸)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾七)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾捌)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾玖)
7
京都 後日談
あなたのお好みは??

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五日目

【08`09/23】京都 五日目 (その壱)

 今朝はどこに行こうかなぁと準備しながら考えていると、リビングの方から祖母と叔父の会話が聞こえてきました。
「“(京都)御苑”とかいいんじゃない?」
「“御苑”は遠いよ」
 なるほど、やってみようじゃないですか!

2008年9月23日(火)
旅行者Xの健闘


 何がそこまで私を動かしたのか。
 できなかったらできなかっただし、できたらできたでおもしろいじゃないかという思い、ただそれだけ。

 堀川通りを北上。
 “二条城”の前を通ります。
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 “二条城”は8:45~なので、まだ開いてないみたいです。
 
 堀川丸太町の交差点付近で見つけた、写真屋の看板。
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 バス停・堀川丸太町からバスに乗ります。
 一日乗車券買ってるので、バス代についてはあまり心配しません。むしろガンガン使いたい。
 バスに乗ると、修学旅行生を見つけました。朝早くから元気だなぁと思いましたが、よくよく考えてみれば、自分も他人の事言えない。

“京都御苑”
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 地元の人の犬の散歩コースになっているらしく、信号待ちしてたら、“御苑”から出てくる飼い主と犬のグループを見つけました。
 そのグループの一人、最初掃除の人か何かと思ったんです。車輪の付いた赤いBOXを押していたので。よ~く見てみると、そのBOXの中にゴールデンレトリーバーがおとなしく入っていました。一緒にいる人が特に驚いているわけでもなく、普通に接しているので、私の見間違いかなと思ったのですが、確かにゴールデンが乗ってます。
 すれ違うときに見てみたら、そのゴールデン、耳の上のあたりを飾りの付いたゴムでそれぞれ結ばれていました。
 ああ、かわいがられているんだなぁと。世の中にはいろんなかわいがりかたがあるんですねー。

“御苑”内は自然がいっぱいで、いろいろな鳥が観察できます。
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“厳島神社”
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 “御苑”の南側。
 この前に池があります。
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 その池近くにある、橋。
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 この橋を渡ってみると、それに反応して池の鯉が集まってきました。
 大量に。
 黒いぬめぬめしたもので、一面覆われてます。めいめいクチをパクパクさせてます。君達どんだけ貪欲なのですか! 

 遠くに見えるのが、“京都御所・建礼門”。
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“仙洞御所”付近
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 車は通れません。写真の車はパトロールの車です。
 宮内庁の管轄らしく、それらしい事が車に書いてありました。

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 どこも頭を悩ませているのですね。

“仙洞御所”前
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 頑張った一枚。
 ズームするとどうしても手ブレしてしまうのですが、根性でさせなかった。2・3回撮り直してますけどね。

“京都御所”
東側
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 “建春門”
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 “御苑”は本当に広大で、この先もまだまだあるのですが、今日もここまで。
 今日は祖母と叔父と出かける予定になっているので、そんなに遠くまで行く気はありません。
 
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 “建礼門”
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“蛤御門”
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 名残惜しいので、もう一枚!

 そろそろ帰りますか。
 “御苑”は本当に自然が多く、私の感覚からすると宮崎神宮みたいだなぁと思いました。(宮崎神宮:航空写真で見てみると、住宅街の中にしっかり森があるのが見える。)神宮よりかは手入れされていますし、憩いの場として開放されてるので、違うと言われればそれまでですけど、なんとなくそう思ったのです。

 南へと歩いている途中で見つけました。
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 ちょっと分かりにくいかもしれませんが、松の木が塀に巻きつくかのように曲がっているのです。

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 この前を通ったら、もう少しで外に出られます。

 またバスに乗って、堀川丸太町へ。

“堀川”整備中
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 ここから北へ真直ぐ行きと、昨日行った“清明神社”“二條戻り橋”に行きます。

 お腹すいてきたので、叔父の家に戻ります。

2009/11/20


【08`09/23】京都 五日目 (その弐)

「そうなるかもな。ところで、数学の新しい問題をひとつ思いついた。暇な時に考えてくれないか」
「どういうのだ」
「人に解けない問題を作るのと、その問題を解くのとでは、どちらが難しいか。ただし、解答は必ず存在する。どうだ、面白いと思わないか」
「興味深い問題だ」石神は湯川の顔を見つめた。「考えておこう」
 湯川はひとつ頷き、踵を返した。そのまま通りに向かって歩き出した。
                                                   『容疑者Xの献身』東野圭吾(文芸春秋)より


 これを書いているちょうど一ヶ月前の10月22日(水)に、級友と一緒に『容疑者Xの献身』を観に行きました。
 月9の『ガリレオ』の映画化。
 実を言うと、私、「ガリレオ」は2・3話ぐらいしか観てないんです。ドラマの続きではありましたが、話は映画だけで完結しているので、ドラマを観ていない人でも話を理解することができます。(ドラマ『ガリレオ』はどっちかというと間の小ネタみたいなCMが好きでした。)
 まさにタイトル通り。
 エンディングのスタッフロールが流れている間、ずっと泣いてました。

 その後で原作の『容疑者Xの献身』を読みました。
 映画と原作、そこに描かれる雰囲気はやはり違うものがありました。映画は湯川博士の苦悩にスポットが当てられていて、原作では湯川博士は苦悩というより困惑していた感じがありました。
 映画は映像として「みせる」必要があるから、ある程度「動き」のあるように改変する必要があるんだなぁと思いました。原作は映画ほど動かないんです。

 
 京都の話をしていたのに、なんで急に『ガリレオ』の話を? と疑問に思われている方がいることでしょう。勘が良い人はピンッと来てるかもしれません。
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 叔父に連れて行ってもらいました。祖母も一緒です。

 福山雅治演じる湯川博士は、帝都大という架空の大学で物理学を教える准教授。
 その帝都大の全景がこの京都大学なのです。
 ドラマの撮影はここだけでなく、あちこちで行われているのですが、一番分かりやすいのがここ。
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 時計塔とクスノキ。
 クスノキは、京都大学のシンボルマークでもあるようです。

 京都大学の授業が始まるのは10月かららしく、またこの日が秋分の日でもあったので、学生の姿はほとんど見られませんでした。
 上の写真で、クスノキの下に写っているのは、なにやら待ち合わせをしているようなのですが、学生ではないようでした。


 話には聞いていた京都大学。
 実際に見るのも来たのも始めてです。
 自分の通う学校とは違う学校、感覚が違うのでなんだか変な感じがしました。大学という雰囲気はあるのだけど、建物だとかそいういったものが違ってて、でも大学の空気はする。
 あまり確認しないで靴はいたら、なんだか履き心地が違うなぁと思っていたら、他人の靴だった。そんな感じ。
 『憲法9条を守ろう』みたいなことが書いてある看板があったりもして、いるんだなぁと思った。そこではっきり自分の大学と違うということ分かった気がしました。私の通う校内では連絡用の許可された看板があるくらいですから。高さ2mくらいの巨大な看板があったりします。
 それからだんだん感覚が分かってきて、24時間の図書館は本気で羨ましかった! コンビニじゃないんだから!! だけど、それだけここでいろいろと研究されているってことですよね。それに対応するよう設備の整った図書館があるのだから、それだけでさすが京大という感じです。

時計塔玄関より
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 このクスノキを見上げる井上馨(柴崎コウ)を真似たポーズをして、叔父に写真をとってもらいました。

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 時計塔は現在記念館になっていて、歴史館だとかレストランだとか土産屋とかありまして、ほぼ観光地化しているようでした。
 今日は祝日だったので、地下は開いてなかったのですが、そこでは京大ビールなるものが売ってあるそうです。なんでも、エジプトのビールを再現したもので(エジプトと言ったらあの方協力のもと)、美味しいらしい。
 一階にも土産屋はあるのですが、10時開店なのに、10時過ぎてから開店の準備を始めてました。待つのもなんだったので、その間に御手洗い行っていたら、痺れを切らした他の旅行客がそれぞれ戸棚を自ら開けてました。つっこみどころ満載ですが、あえて便乗します。
 いろいろ売ってありましたよ。ボールペンやシャーペン、キーホルダーといった定番のものから、ポストカード、「京大」と絵柄が出る金太郎飴、「京都大学」とロゴを模様にした巾着などなど。ここに来たら、お土産に困らない! 
 私は、京大の大学ノート(大学の大学ノート!)と級友に送るためのポストカードセット、「京大」金太郎飴を個別包装された10個入りを買っていただきました。
 その京大ノートに、『容疑者Xの献身』の一場面を写してあります。

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 帰りに“京都大学新聞”も買ってもらいました。
 学校新聞だとかそのレベルではなくて、ちゃんとした立派な新聞です。京都大学の情報が載っていました。図書館が改修されて24時間になったとか、とり人間コンテストの話だとか、京都大学っていろいろやっているんですね。やっぱり、さすが国立です。

2008/11/22


【08`09/23】京都 五日目 (その参)

 お昼はうどん屋に連れて行っていただきました。 
 混む前だったので、すぐ席に座れました。
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 なかなかこしのあるうどんでした。
 釜飯も美味しかった! 
 京都は薄味と言われますが、私にとっては普通でした。もともと家が薄味にしてあるので、味について不便な思いはしませんでした。
 私たちが食べたのは、ごくふつうにメニューとして見かけるうどんです。 
 “うどんすき”という話を聞くとうどんのすき焼きみたいなのも、このお店は扱っているみたいでした。鍋なので、テーブルもその仕様でした。9月でまだ暑さの残る時期でしたし、お昼でしたから、その“うどんすき”を食べてる人は見かけなかった。

 この後タクシーに乗って移動したのですが、乗ったタクシーの運転手が京都のあれこれを話してくれました。
・お寺の塀に引かれている線の数は、お寺の格を表しているのだそうです。5本が一番格が高いのだとか。
・神社の鳥居。実は、鳳凰の止まり木なのだそうです。
 そして、ここから先は本当に知らなかったのですが、鳥居に止まっている鳳凰は何をしているのかと言うと、神社の受付係をやっているのです。
 鳥居に一礼一拍手、そして自分の名前と住所をここの中で言うのです。受付係の鳳凰に、名乗るのです。そうすると鳳凰が神社にいる神様にどこどこの誰々が来ましたよ~と教えに行ってくれるのです。これをしないでお参りしてしまうと、神様はどこのだれか分からないから相手にしてくれないのだとか。
 ・・・・・・知らなかった! やっちゃったよ、やらずにお参り!!
 稲荷神社の鳥居が多いのは、それだけ来る人が多いからなのだそうだ。
・八坂神社の入口は、実は目立つ所にあるのは出口だったりするので、間違って入ってしまわないようにとのこと。

 それから、京都関係ではないですが、ダイエットについても教えていただきました。
・寝る四時間前から甘いものを食べないようにすること。
 効果は運転手自身で体感したらしく、太鼓判を捺していました。
 その話にやたら食いついていたのは祖母だったり。身を乗り出して聞いていました。はたして、今も祖母は実践しているのでしょうか。

“南座”(車内より)
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 この近くに出雲阿国の像もありました。

 河原町で祖母と私は降りました。叔父とはここで一旦お別れです。
 お目当ては、“よーじや”です。

 軽く迷いました。
 大通りから入っていく細い路があるらしいのですが、見つからず。注意してみてみたのですが、見過ごしてしまったのか見当たりませんでした。一度引き返してみると、祖母が見つけました。
 ・・・・・・道?
 そこは店に入ってしまうのでは? としか思えなかったのですが、よくよく見てみると、通りのタイルは店の奥へと繋がっています。それを辿っていくと、一つ裏の道に出ました。
 振り返ってみたら、道の両脇にまたがって店があると言う感じでした。
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 これは見過ごしてしまいますね。

“よーじや本店”
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 京都に来たら、行っておきたいお店!
 私は洗顔のが目当てです。
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 本店とありますが、こじんまりとしたお店でした。それでも人気の油取紙とか、手鏡などいろいろ売ってました。
 東京や福岡にも支店があるみたいなのですが、やっぱり本店は行ってみたいですよね。
 以前、別の支店に入ったことがあるのですが、いろいろ新商品が出てました。繭玉のなんとか~とか。

 ここで買い物をすませた後、祖母と別行動になりました。



 さぁて、歩くぞ! 探すぞ! 見つけちゃうぞ!!

2008/11/24


【08`09/23】京都 五日目 (その肆)

河原町冒険譚(前編)

 今回の旅で頼りにしてきた『歩く京都』では目的の場所について対応していないので、これからはもう一冊を併用します。
 『Flower Do it! 風光る京都~沖田総司と歩く新選組の舞台~』

 書店で「すみません、『風光る』はどこにありますか?」と店員さんに訊くと、野球漫画の方を教えられる可能性の方が高いあれです。
 『風光る』渡辺多恵子(小学館)は、男と偽って壬生浪士組入隊した女の子が主人公の漫画です。この漫画に出てくる沖田総司がめちゃくちゃカッコイイ!とクラスメイトがはまっていました。
 私としては巻末のオマケ漫画の方が好きです。時代考証奮闘記なるあのオマケ漫画目当てで読んでますから。
 時代考証に手を抜かないとするのは、その意味では少女マンガらしからぬものがありますが、そこがこの漫画の良い所!

 もし京都に行くことがあったら、参考にするんだ!と持っていた『Flower Do it! 風光る京都~沖田総司と歩く新選組の舞台~』。新選組関係の史跡等について『風光る』に登場するキャラクターが紹介してくれているものです。

 『歩く京都』にはお店や飲食店等は載っているのですが、細かい史跡については載ってないんです。だから『風光る京都』の出番!
 なのですが、『風光る京都』に載せてある地図は簡略化しすぎていまして、場所がよく分からないという欠点あり。『歩く京都』にある地図と照らし合わせながらの探索です。


路地裏探検開始!
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 さてさて、どこにあるのやら。

 地図によるとこの辺りなんだけどなぁ~、どこだろう??と探しつつ、看板見つけたのだけど、その向かい側の店がどうにもいかがわしいお店だったので、早歩きで通り過ぎた。
 それからしばらく探すのだけど、他にそれらしいところが見当らない。
 ・・・・・・さっきのところですか?

“枡屋跡”
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 枡屋の主人、喜右衛門が怪しいと言う情報を得た新選組が捜索してみたところ、長州藩士とのやりとりの手紙や連判状、大量の武器弾薬が出てきた。
 この後、喜右衛門を屯所(前川邸)に連行し、取り調べを行った。喜右衛門は自分が古高俊太郎であることを白状し、さらに行われた新選組の過酷な拷問により勤王派による陰謀を語りだしたのであった。そして、池田屋事変へと発展していくのである。

 ちょこんと石柱がありますが、そこだけです。
 現、料亭「志る幸」。ここ付近一帯が、かつての枡屋の敷地だったそうです。
 「「志る幸」事態の外観は改装されていて当時のものと異なるが、(中略)店内には当時の建物が一部残っている(『風光る京都』より)」

 後ろのビルの入口に立っている店の人らしい人の視線が痛い気がするので、次に行きましょう。

 『風光る京都』は地図は頼りないですが、写真が掲載されているので、それを頼りに探します。
 写真によると、旅行代理店らしいのが写っているので、それを探しました。

 ・・・・・・ない。

 この『風光る京都』が出版されたのが2002年とあるから、やっぱり変わっちゃっているのでしょうか? 幸い、次は路地裏のどこかではなくて通りに面しているみたいなので、通りをうろちょろしていたら見つかるのでしょう。

 み、見つかるといいなぁ。

 見つかるのかなぁ・・・・・・。 

 シャッターが下りている店に狙いをつけてうろちょろしていると、やっと見つけました!

“近江屋跡”(河原町通り沿い)
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 慶応3年11月。坂本龍馬が暗殺された近江屋。
 これだけ。
 映像については、アニメ『お~い!竜馬』の最終回でも思い浮かべておきましょう。(現在、原作の漫画について集め中)

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 シャッターに貼られていて、雨風にさらされたせいでほとんど読めなくなっている張り紙によると、別の所に合併したか移転したかのようでした。

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 つわものどものなんとか。


 次は見つけやすかったです。
“三条大橋”
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 将軍警護のために幕府が集めた浪士組一行は、この三条大橋から都に入ったらしい。

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 左に見えている、川の上にせり出しているのが“納涼床”のはず。

 この橋を渡ったところに、見慣れた黄色の新古書店を発見しまして、ちょっと寄り道。
 なにがあるかなぁと物色していたら、なかなか見つからないでいた絶版本が見つかりました! アニメの小説版で、全六巻中四巻まで持っていたのですが、それから後が見つからず、ずっと結末が気になっていたんですよね。おかげですっきりできました。

 もう一度橋を渡って、戻ります。
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 次見つけたい所はどこにあるんだろうと歩いている途中に、発見!
“佐久間象山先生遭難之碑”
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 上が切れてしまってますが。
 佐久間象山を斬ったのは、確か河上彦斎。
 (河上彦斎は佐久間象山を斬った後に人斬りをやめました。それまでは人を斬ることに何も思わなかったのだけど、佐久間象山を斬ったときは違ったらしい。人斬りはずっと一生身が滅ぶまで人を斬り続けるイメージがあるのですが、それをやめるという河上彦斎はやっぱり違うなぁ。)

 『定本 河上彦斎』荒木精之(新人物往来社)が読んでいて、ものすごく面白かった。古い本なので、小難しいことが書いてあるのかなと読み始めたのですが、そこまで小難しくはありませんでした。残されている書簡だとかを引用しつつ、そしてエピソードを交えつつ史実に沿って河上彦斎がどのような人物であったのかが書かれてあります。
 この本の一番の魅力は、ここぞとばかりに河上彦斎を褒め称える作者です。ものすごく河上彦斎が好きなんだなぁと伝わってきます。

 『歩く京都』にはもちろん、『風光る京都』にも載っていないポイントだったので、見つけられたのは本当に偶然です。(『風光る京都』はあくまでも新選組関係)
 現場はここだったのかと、しばし石柱を見ていました。

 すると「あ、ここにも石柱がある。でも、載ってないな」と石柱を指差す男の子。
 何に載ってないのだろうかと、その男の子が手にしている紙をちらりと見てみると、なにやら地図が印刷されていました。
 ピンッと来た私は、その男の子と親が行く先がこれから私が行く方向と一緒であるのを確認すると、後をつけてみることにしました。

2008/11/26


【08`09/23】京都 五日目 (その伍)

河原町冒険譚(後編)

 さすが私! と自分を自分で褒めました。

 ビンゴっ!!
 やっぱり後をつけて正解でした。

 “近江屋”の事もあったので、やはり目印となる店がないか変わるかしているのではないかと思っていあのですが、案の定ありませんでした。
 『風光る京都』によるとパチンコ屋、以前見た『トリビア』という番組でもパチンコ屋だったのですが、なくなっていました。

“池田屋騒動之後”
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 池田屋事件といえば、『新撰組異聞PEACE MAKER』黒乃奈々絵を思い浮かべますね。
 時代考証には疑問符が付きますが、ストーリーは面白いです。あれこれ伏線張ってあるし。面白くするためにあれこれ変えてしまってるのでしょうけど。
 級友達が思い浮かべるの新選組ものはこちらなのだそうだ。(私は『風光る』派)
( 『新撰組異聞PEACE MAKER』の続編である『PEACE MAKER鐵』は完結してません。伊藤甲子太郎暗殺のあたりで止まってます。これからどうなるの?! というところで止まってます。続き描いてくれないかなぁと思っているのですが、無理じゃないのかなぁというのが周りの意見。)
 『新撰組異聞PEACE MAKER』のラストが、池田屋事変なのです。
 とりあえず、心の中だけで「鈴ーーー!!!」と叫んでおきました。

 この日は何かイベントがあっているようで、男の子が持っているのと同じ地図を持った子達を見かけました。
 「高瀬川舟まつり」というのが行われていたらしく、そのイベントの一つでクイズラリーなるもののようでした。
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 チェックポイントでは係りの人が待ってます。
 高瀬川など川を中心に栄えてきた街の歴史に関心を持ってもらおうと行われているイベントらしいので、その一環としてこのように史跡をチェックポイントにしたクイズラリーがあっているのでしょうね。

 係りの人にクイズラリーの地図を見させてもらい、私の次のポイントの位置を確認しました。

“京都市役所”
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 この反対側が、“京都ホテルオークラ”
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 長州藩邸跡であるここに、彼はいるはず。

“桂小五郎像”
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 見つけたぞ! 桂小五郎!! ここで会ったが百年目!!!

 それは私が小学生のときのことだった。
 学校の図書館で幕末の人物について調べようという授業があった。
 私は坂本龍馬がいいなーと思っていたのですが、担当となったのは私の期待を裏切り桂小五郎。
 これだけでも私のテンションを下がらせてくれたのですが、それだけではすまなかった。
 ない、のだ。
 桂小五郎の伝記が見つからないのだ。
 坂本龍馬の伝記はもちろんあるのだが、高杉晋作、勝海舟とかはあるのだが、桂小五郎の伝記が見当らない。
 あちこち探してみて、やっと見つかったのは多くの元小学生がお世話になったと語る「マンガ日本の歴史」。そこに1・2ページ程載っていたのである。
 やっと分かったことは、木戸孝允と名を改名したこと。
 そこで時間切れとなった。
「もう! こいつ嫌い!!!」
 後に、世界史か日本史かを選択する事になった時に、私が世界史を選択したのは、日本史だときゃつに会うかもしれないのが嫌だったから。
 
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 小学生の時にそんな事があったりしましたが、その約十年後運命の出会い(?)をすることになるのですが、それはまた別のお話(銀魂的な意味で)。

 ここでもタイマーを駆使した撮影を決行!
 クイズラリーの人が来ないのを見計らって、チャレンジしました。
 あと、「高瀬川舟まつり」係りの人にも撮ってもらいました。

 桂小五郎メインの本をまだ読んでませんが、探して読んでみたいと思っています。勿論、木戸孝允でも探しつつ。


 河原町は繁華街ということもあってか、あれこれ開発されてしまっていて、私が探したこの4ヶ所ではほとんど当時のものは残っていませんでした。
 変わり行く街の中を、あの場所はどこにあるのだろうかとあちこち探してみるのは面白かったです。
 当時がどのようなものだったのかを見てみたいという気持ちはありますが、どのようなものであったのかあれこれ小説を読みながら想像することもまた楽しいのですから。
 ただ小説上ではどうしても位置の把握をすることができないので、実際あれこれ見つけるために歩き回ってみて、思っていたより密集していたことは新たな発見でした。やはり行ってみないと感覚がつかめませんね。

 舟祭りのクイズラリーの地図によると、私が探そうと思っていたところ以外にもチェックポイントがあるようでした。 注意深く探せばあれこれ見つかるのでしょうが、今回の河原町冒険はここまで。
 次の場所へと移動しましょう。

2008/11/26


【08`09/23】京都 五日目 (その陸)

新選組に会ってみたくて(前編)

 四条大宮にてバスを降ります。
 このあたりは『歩く京都』ではあまり紹介されていません。
 『風光る京都』にモデルコースが三つ提示されているのですが、その中の一つ「島原~壬生」を参考に歩きます。ただ辿るのは壬生→島原なのでモデルコースの逆を辿っていくことになるのですけどね。

 新選組を書いた本と言えば、私の中では『新選組 幕末の青嵐』木内昇(アスコム)。
 リレー日記みたいに、新選組メンバー(及び関係者)が交代交代に、試衛館時代から戊辰戦争まで書いてあります。これ一冊で新選組が辿っていった流れが分かります。
 流れを掴むことは大事ですね。そうでないと時代の迷子になるので。

“光縁寺”
10 08-09-23 204-2
 元治2年2月、山南敬助は新選組を脱走。脱走した理由について真相は謎とされている。その後、追跡してきた沖田総司とともに隊に戻るが、脱走の罪として切腹することに。
 その山南敬助のお墓があるのがここ。
 
 参考として。
08-09-23 207
 お墓は坂本龍馬のお墓に行った時に、お墓に行くのはもうやめようと思ったので、見送り。

 西へ真直ぐ進んでいくと、看板発見!
08-09-23 211
 

 さらに進んでいくと、見えてきました。
“旧前川邸”
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(※見えている道路を奥から手前へと向かって歩いてきました。「誠」の旗を撮りたかったので、進行方向とは逆から写しています)

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 今日は火曜日。だけど祝日なので、開いているみたいです。本には非公開と書いてあったので、前を通るだけかなと思っていたのですが、ラッキーでした。

 江戸からやってきた浪士集団は、この近くにある八木邸を本部、この前川邸を合わせて隊の根拠地とします。

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 だいたい今ここに写っている範囲しか公開されていません。他人様の家ですから。
 奥にある入口を入ると新選組グッズがたくさん売られていました。キーホルダーから模造刀まで、あれこれ売ってありました。
 記念に、旧前川邸の見取り図を購入。

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前川邸西側
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 現在は無いですが、出窓があったらしい。
 その山南敬助が切腹する際、島原の遊女・明里とその出窓越しに今生の別れを告げたというエピソードは、思い出しただけで涙がこぼれてくる。
 そのエピソードが創作だという説もあるという話を聞いたのだけど、無視の方向で対処しておく。伝聞だし、伝聞だし、伝聞だから。

2008/11/26


【08`09/23】京都 五日目 (その七)

新選組に会ってみたくて(中編)

“八木邸”
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 “八木邸”では内部を見学できます。(1,000円。お茶つき)
 自由に見学できるのではなく、新選組の歴史についての解説と、係りによる案内。そのあと戻ってきて、抹茶を楽しむという流れ。

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“隊士腰掛の石”
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 新選組の道場あたりにあた石で、隊士達がこの石に腰掛けて休んだらしい(看板より)。
 さらに看板にはこう書いてあった。「屋敷内を二、三移動した後、ここに落着きました。」正直な看板です。

 受付の後、今は前の回の説明中だとのことで、待合室で待つことに。
 門の前を右に曲がったところにありまして、待合室(部屋ではなく、ちょっとした小屋)にはNHK大河ドラマ「新選組!」のポスターが貼られていました。懐かしい。ちなみに、私は香取信吾扮する近藤勇も好きでしたが、一番は堺雅人演じる山南敬助! 山南敬助切腹以降のストーリーを全くといっていいくらい覚えていないです。毎週欠かさず観ていたはずなのに・・・・・・。

“八木邸長屋門”
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 1804年の造営で母屋とともに京都市指定有形文化財(『風光る京都』より)

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 私たちの番がやってきました。
 ぞろぞろと入っていきます。老若男女、正確に数えていませんが15人くらいだったと思います。やっぱり人気ですね。
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 中は撮影禁止。なので、ここまでしか撮っていません。

 玄関から入りまして、庭に面した座敷に通されます。いかつい顔した近藤勇の木像の前に座って、待合室にいた人が全員はいってくるのを待ちます。
 まずはここで、新選組についての一連の流れを簡単に係りの人が説明してくださいました。

 “八木邸”のメインと言えば、芹沢鴨暗殺。(芹沢鴨暗殺を扱った小説があるのですが、その紹介はまた後でさせてもらいます。)
 芹沢鴨暗殺の舞台となった、ここ“八木邸”。
 庭沿いにある廊下を渡って、隣の部屋に移動するのですが、その隣の部屋に入る前、鴨居にある傷に注目!
 タンスでもぶつけ(ry
 刀傷です。
 芹沢暗殺時に傷つけられたと言われている傷なのです。
 話に聞いて、想像していたのより浅かったです。

 ここでの係りの人の解説が面白かったです。
「この傷を誰がつけたと思いますか? 例えばあなた。あなたが土方歳三のファンであれば、この傷は土方歳三がつけたものと。そして、あなたが沖田総司のファンであるなら、この傷は沖田総司がつけたものというでしょう。つまり、真相は闇の中なのです」
 これが聞けただけでも、今日ここに来た意味があったなと思いました。
 
 歴史はいろんな人が研究していて、エライ人たちがあれこれ説だとか出しているけど、結局のところ真相だとかそういう究極の真実は誰にも分からない。そこに近づくことはできるのだろうけど、あの時あの場所にいた人しか本当の真実を知りえないといういものではないのだろうか。
 別に歴史の研究が無意味と言いたいのではなく、究極の真実に誰も到達できないのだからこそ、あれこれ説が出てきて、あれはあったとか、いやいやなかったのだとか、実はこうこうこうだったとか、そういった話が出てきて、人によって細部が異なっていく。同じ歴史のはずなのに、人によって異なった話ができてくる。そういったものをあれこれ読んでみるのが、今の私は面白くてたまらない。
 
 係りの話を聞いたときに、思わずにやりとしてしまいました。


 次は、戻って、お茶をいただきましょう。
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抹茶と“屯所餅”
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 すぐ隣がお土産屋になっていまして、“抹茶についてきたこの“屯所餅”を食べてみて、気に入った方はすぐ買えるようになっていました。なんというシンセツ設計!

2008/11/28


【08`09/23】京都 五日目 (その捌)

新選組に会ってみたくて(また中編)

“壬生寺”
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 “八木邸”から歩いてすぐそこ。
 新選組と縁の深い寺らしい。境内で相撲興業をしたというのが、ここなのだそうだ。(『風光る京都』より)

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 表門を入って、奥正面にあるのが本堂、右手にあるのが“あみだ堂”。そして、左手にあるのが老人ホーム。

 “あみだ堂”を入っていくと、奥は“壬生塚”へと入れるようになっています。
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 そこには近藤勇の胸像、遺髪塔そして、芹沢鴨、平山五郎、新見錦、野口健司ほか7名の墓碑があるそうです。(参拝料100円、霊山護国神社の時みたいに駅の改札口みたいな機械にお金を入れるようになっていました。)
 今回もお墓はスルーの方向で。気持ちの問題です。

 “あみだ堂”ではお土産を扱っている売店がありまして、ここにもいろいろな新選組グッズや本が売ってありました。
 その中で、一番注目したのが、これ。 
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 新選組飴。
 味で選ぶもよし、人物で選ぶもよし。
 私は全種買いました。今、週に一袋ずつ学校に持っていって、級友達と食べてます。飴本来の味がします。ちなみに壬生菜というのは、ここ周辺(壬生)で取れる野菜のことなのだそうだ。

“本堂”前にて
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 「沖田総司は境内に子供たちを集めてよく遊んだと伝わる。」(『風光る京都』より)

 沖田総司といえば、池田屋事変での喀血。
 池田屋事変において戦闘中血を吐いて倒れるという沖田総司のエピソードは悲劇へと向かう新選組において欠かせないもの! と思っていました。
 が、実は違うのかもしれないと教えてくれたのが、『風光る』渡辺多恵子(小学館)の第6巻。
 歴史というものは実は、奥が深いものと知る一番最初のきっかけだったと思います。
 ただ6巻を読んだ当時は、そこまで歴史に興味が無く、他の事に注意がいっていたので、それがどんなに重要なことであるのか分からなかったのですけどね。
 今歴史に興味を持つようになったベースとなったのは、間違いないと思います。

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 ではでは、次へと行きましょう。

 “光縁寺”→“旧前川邸”→“八木邸”→“壬生寺”とご近所訪問をやってきましたが、次の目的地へはちょっと歩きます。自転車という便利アイテムが浮かびますが、ここはあえての歩きです。
 『風光る京都』を片手に南下。
 目印と描かれてある社宅ビルの辺りが、なにやら建設中でしたが、近くに公園があったので位置をちゃんと把握できました。
 それから五条通りという大きな道路に出て、横断歩道を渡ります。
 渡った後ちょっと見つけるのに苦労しましたが、京都中堂寺坊城郵便局すぐ横の細い道に入ります。
 そうして左手にある2階建ての建物が、“新選組記念館”
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 個人で経営されている新選組資料館。入館料500円(予約制)。
 入らなかったのですが、玄関横にある手作りの地図がとても参考になりました。私が今から行こうとしている所が描かれてあったので、助かりました。

 それからさらに南下し、市中央卸売市場の裏を通っていき、さらに歩きます。 
 
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 私がここで歩きにこだわったのは、自転車を借りなかったからというわけではないです。
 壬生から島原まで、実際に歩いてみたらどれくらいかかるものなのか気になったからです。当時そのものの風景で歩くということはできませんが、せめて感覚だけでも味わいたかったのです。
 どうして私がそこにこだわるのか。
 それはまた次回、話させていただきます。

2008/11/28


【08`09/23】京都 五日目 (その玖)

新選組に会ってみたくて(さらに中編)

「(略)せやから、わてが心の底から好いて、命よりも体よりも大切や思うお人が、いてはってもよろしおすやんか。それもあかん言わはんのやったら、わてはそれこそ犬や猫とおんなしやおへんやろか」
                               『輪違屋糸里』浅田次郎(文春文庫)より


 全てはこの本から始まりました。
 もしこの本を読まなかったら、わたしは幕末に走らず、それこそ別ジャンルを駆け抜けていたのかもしれない。

 新選組の芹沢鴨暗殺事件を扱っている小説。
 芹沢鴨暗殺にいたるまでのストーリーで、ずっと一人の視点で語られるのではなく、複数の人物の視点で語られています。
 この小説が特に面白いなと感じたのは、新選組というと男性の物語なのですが、この『輪違屋糸里』では新選組に関わった女性達がメインなのです。
 芹沢鴨暗殺についての資料で名前ぐらいしか残されておらず、一体彼女達がどうこの事件に関わっていたのか、それを作者が想像を膨らませて書かれています。

 上で本から引用した一文は、主人公である糸里の言葉。
 はっと彼女の強さを感じた台詞です。


 京都で徳川幕府公認の花街があった地区・島原。
 島原は単に遊郭の地というわけではなく、和歌俳句などの文化活動が盛んで、当時のサロン的役割を持っていた。
 当時の面影が薄れつつあるが、大門、角屋、輪違屋の3か所は当時の面影を色濃く残している。
 “角屋”は、現在の料亭にあたり、太夫や芸妓を抱えていない店=揚屋であった。
 “輪違屋”は、島原に残る現在も営業している唯一の置屋。置屋というのは、太夫や芸妓を抱える店のことで、ここから揚屋やお茶屋に派遣していた。(『風光る京都』より抜粋)

 
 『輪違屋糸里』に出てくる女性達は、新選組(序盤では壬生浪士組)に関わりあれこれ翻弄されるのですが、翻弄されつつもどこかに強さを持っていました。
 どの女性も似たような強さではなく、それぞれが違う性質の強さを持っていて、それぞれの強さがその女性を美しく見せてくれるのです。それぞれ弱いところもあるのだけど、それがあるからこそまた強さが引き立たせていました。
 その中でも一番美しかったと思うのは、輪違屋の芸妓・糸里だと思います。
 自分には糸里みたいな強さは持てないなぁと思うから。芸妓として生きる覚悟とかそういったものは、芸妓しか本当に理解はできないだろうし、また持てないのだろうなと。だからこそ、他の人と違う美しさを持つことができるのだろうと思った。
 糸里は本当に美しかった。

“輪違屋”
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 京都に行ったら、何が何でもここに来ようと思っていた。
 そして、できることなら壬生の屯所から歩いて行こうと思っていた。
 今はフツーの住宅街で、公園では小学生が遊んでいるし、家の前では育てている花に水をやったりだとか、自動車も通るし、道が真直ぐなのは京都らしいのだけど、それ以外は本当にどこにでもある町。
 だけど、壬生から島原まで歩いていく感覚というものを体感してみたかった。
 せっかく京都に来たのだから、本の上では知りえないことを知ってみたかった。

 歩くよりも自転車が欲しくなる距離でしたが、歩くのは無理というほどはありませんでした。身体鍛えている人なら、苦にならないでしょう。
 それに、親しい人とあれこれ話しながら歩くとなると、極端に短くも無くかといって話題が尽きて話すことが無くなるということのない、本当に丁度いい距離だと思います。
 そういったことを考えると、隊士達の賑やかな声が聞こえてくるような気がしました。人によっては、騒がしかったかもしれませんけど。

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 創業元禄年間(約300年前)。
 安政4年(1857)に再建された建物で、現在京都市指定の有形文化財。(『風光る京都』より)
 建物の外観を見るだけでも楽しめました。


 『輪違屋糸里』はドラマ化されているらしく、私は見ていないので強く勧めることはできませんが、興味のある方は探して見てみるのもいいかもしれません。


 男はんはええなと、糸里は思った。剣をふるい、ひとごろしをしてしまえばすべてが終わる。しかし糸里には、まだ立ち向かわねばならぬ戦があった。
                                   『輪違屋糸里』浅田次郎(文春文庫)より


2008/11/29


【08`09/23】京都 五日目 (その拾)

新選組に会ってみたくて(後編)

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“角屋”
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 建物は国の重要文化財の指定を受け、内部の美術品も多く文化財となっている。(『風光る京都』より)
 「角屋もてなしの文化美術館」として一般公開されているとも書いてあったのですが、開館時間が10時~16時なので、入れませんでした。(入館料1000円。2階の見学は別途800円で要予約)

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“島原大門”
(裏側)
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 門だけが残っています。
 角屋のあたりはそれらしい建物も近くにあったのですが、“大門”前には自転車とかバイクとか置いてあって(ここに止めないよう警告文が貼ってあったり)、“大門”だけポツンとありました。

(表側)
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右側にあるのが、“見返り柳”そして、“サラバ垣”と呼ばれる垣根。

 『風光る京都』に載せてあるモデルコースはここまで。


 京都の歴史感覚につていご指摘がありまして。
 『幕末は、京都の歴史感覚ではまだ「歴史」ではないのです』とのこと。
 えぇ! そうなの!! と驚きました。
 歴史の教科書に載ってるのだから、歴史じゃんという私の感覚は、京都に遠く及ばない……。さすが京都です。

 
 新選組に関係あるポイントを巡ってまいりました。
 級友達に「新選組が好きなんだね」と言われるのですが、「いや、新選組側の話だと薩摩がぼろくそ書かれてるから、そこまで好きじゃない」と返してます。
 今日、こうやって巡ってきたのは、『風光る』と『輪違屋糸里』、これらの作品が好きだからに他ならない。

2009/11/29


【08`09/23】京都 五日目 (その拾壱)

 “島原大門”から真直ぐ行くと、“西本願寺”の裏に出てきます。
 
 地図広げている外国人旅行者と目が合って、“東本願寺”はどこですか?みたいなことを訊かれました。地図指しながら、なんとか説明。

 脇にある門から“西本願寺”に入ってみました。

“西本願寺” 
“阿弥陀堂”
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 車椅子用のエレベーター(たぶん。ちゃんと確認してませんけど)が設置されているのには、びっくりした。

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 中は広くて、お寺独特の香りがしました。

“阿弥陀堂”隣の“御影堂”は平成大修復中
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 ここでも修復中。

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 右:“阿弥陀堂”、左:“御影堂”

“阿弥陀堂門”
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 御影堂が2008年末の改修工事中なのでここの阿弥陀堂門から入る(『歩く京都』より)
 
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 閉じかけているのは、5:30~17:30のため。
 けっこうぎりぎりに入ってしまいました。

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 表の通りから。

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“総門”
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 堀川通りを挟んで向かい側にあるのが“総門”。
 暗くてよく見えませんが、巨大な門です。

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 バスを待って、ぶらぶらしていたら、閉まってました。

 “阿弥陀堂門”のすぐ近くにバス停がありました。この西本願寺前バス停からバスに乗ると、二条城まで一直線なのです。

 新選組の屯所は壬生から“西本願寺”に移ったというのを思い出したのですが、どこにあるのか分からなかったので、特に探しませんでした。
 さすがに一日中歩き回ったので、疲れたというのもあります。

 見つけられたら見つけられたで面白かったのになぁと、バスに乗って、窓の外を見ていたら、見つけました。

“太鼓楼”(バスの中にて)
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 この建物、『風光る』で見たことある!!
 私はバス停より南の方をぶらぶらしていたのですが、この“太鼓楼”はバス停よりも北の方にあったのです。
 さすが『風光る』。ちゃんと描いてくれていたおかげで見逃さずにすみました。あらためて『風光る』に感動です。

 
 二条城に戻ってまいりました。
 昨日月曜日にも行ってみたのですが、定休日だったみたいで開いてなかったので、この日もう一度行ってみました。
“麻小路”
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 麻を100%使った小物などが置いてあります。
 ハンカチとかポーチとか。大きなものだと手提げ鞄とか。
 色使いも可愛らしくて、どれを買うのか迷ったのですが、ペンケースとポーチを購入。探していたサイズと形、それに色も柄も私の好みというペンケースが見つかって、満足♪
  
 この後、叔父の家に帰りました。
 この日はちゃんと祖母に帰りは6時過ぎになるというメール送ったので、心配かけることはしませんでしたよ。

2008/12/02