目次
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京都 前らへんの日
一日目
【08`09/19】京都 一日目 (その壱)
【08`09/19】京都 一日目 (その弐)
【08`09/19】京都 一日目 (その参)
二日目
【08`09/20】京都 二日目 (その壱)
【08`09/20】京都 二日目 (その弐)
【08`09/20】京都 二日目 (その参)
【08`09/20】京都 二日目 (その肆)
【08`09/20】京都 二日目 (その伍)
【08`09/20】京都 二日目 (その陸)
【08`09/20】京都 二日目 (その七)
【08`09/20】京都 二日目 (その捌) 
【08`09/20】京都 二日目 (その玖)
【08`09/20】京都 二日目 (その拾)
三日目
【08`09/21】京都 三日目 (その壱)
【08`09/21】京都 三日目 (その弐)
【08`09/21】京都 三日目 (その参)
【08`09/21】京都 三日目 (その肆)
【08`09/21】京都 三日目 (その伍)
【08`09/21】京都 三日目 (その陸)
【08`09/21】京都 三日目 (その七)
【08`09/21】京都 三日目 (その捌)
【08`09/21】京都 三日目 (その玖)
四日目
【08`09/22】京都 四日目 (その壱)
【08`09/22】京都 四日目 (その弐)
【08`09/22】京都 四日目 (その参)
【08`09/22】京都 四日目 (その肆)
【08`09/22】京都 四日目 (その伍)
【08`09/22】京都 四日目 (その陸)
【08`09/22】京都 四日目 (その七)
【08`09/22】京都 四日目 (その捌)
【08`09/22】京都 四日目 (その玖)
【08`09/22】京都 四日目 (その拾)
五日目
【08`09/23】京都 五日目 (その壱)
【08`09/23】京都 五日目 (その弐)
【08`09/23】京都 五日目 (その参)
【08`09/23】京都 五日目 (その肆)
【08`09/23】京都 五日目 (その伍)
【08`09/23】京都 五日目 (その陸)
【08`09/23】京都 五日目 (その七)
【08`09/23】京都 五日目 (その捌)
【08`09/23】京都 五日目 (その玖)
【08`09/23】京都 五日目 (その拾)
【08`09/23】京都 五日目 (その拾壱)
六日目
【08`09/24】京都 六日目 (その壱)
【08`09/24】京都 六日目 (その弐)
【08`09/24】京都 六日目 (その参)
【08`09/24】京都 六日目 (その肆)
【08`09/24】京都 六日目 (その伍)
【08`09/24】京都 六日目 (その陸)
【08`09/24】京都 六日目 (その七)
【08`09/24】京都 六日目 (その捌)
【08`09/24】京都 六日目 (その玖)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾壱)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾弐)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾参)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾肆)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾伍)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾陸)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾七)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾捌)
【08`09/24】京都 六日目 (その拾玖)
7
京都 後日談
あなたのお好みは??

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二日目

【08`09/20】京都 二日目 (その壱)

 意外と知らない人が多いのですが、「ラジオ体操」は夏休み以外もやってます。

 全国周る「今日は何とか県のどこどこに来ています~」というのは夏休みだけですが、毎日(日曜はどうだったかなぁ)ラジオ体操はやってます。

 6:30に起きて、ラジオ体操をして、第二体操まで頑張ったその後の二度寝って最高なんですよねぇ。あれほど気持ちの良い二度寝の仕方は他にはないと思っています。
 二度寝をするという堕落感に浸りつつ、残りわずかとなった時間を睡眠で貪るのがたまらない。

 そんな私ですが、京都滞在期間中は二度寝をしませんでした。というか、していられなかった!


2008年9月20日(土) 京都 二日目
ロード・オブ・ザ・フィロソフィー


 今回は京都に来ていませんが、祖父が朝散歩するというのを聞いて、私も散歩して来ました。

 朝ごはんは散歩から帰ってきてから食べることにしたので、あまり遠くまで行けませんけど。
 だけど、歩いて“二条城”に行けちゃうんですよね。

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 中には入りませんでしたが、周りをぐるっと周ってみました。
 始めは寝ぼけているような感じでしたが、歩いていくうちにだんたん頭がすっきりしてきました。

“神泉苑”
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9:00~(20:00)なのでまだ開いてませんでした。

 京都では、歴史的な建物の前には必ず立て看板があります。そこにはその建物の歴史が書かれてあるので、とても参考になります。
 目印にもなるし、目を通してみると意外な歴史を発見したりする事も。
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 ここの看板は古かったですが、たいていは新しいものだったり、あえて古いものを残してあったりしてあります。
 よくみるとセミの抜け殻が。

 二条城の周りは散歩コースになっていて、ウォーキングやジョギング、犬の散歩をしている人をたくさん見かけました。
 普通の運動公園の周りの感じです。
 だけど、京都の人はごく普通に二条城の周りで散歩してるんですよ。なんて羨ましい。そういった場所に恵まれている辺り、さすが京都です。
 二条城なんてテレビのドラマでやっとみるのが(本物ではないけれど)精一杯なのに。 

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 二条城の北側。
 朝から二条城は贅沢だ。
 周りの人はごく普通に散歩しているのですが、私は一人感動しながら歩いていました。

 二条城チケット売り場すぐ隣の自動販売機。
 よく見ると木目調。
 隣のロッカーと合わせてあった。赤だと派手すぎて浮いてしまうだろうからか。

“二条城”
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 これまで読んできた新選組の本が頭の中を駆け巡る。
 幕末関連の本は最近読み始めたので、まだ数が少ないので、無理矢理新選組を引っ張っておきました。

(幕府側の人間について、今度探して読んどこう)

 ここは8:00~(16:00)なので、開いてました。
 
 ですが、一周してさすがにお腹がすいたので、一旦帰りました。
 二条城に行くのはまた今度。

 今日の予定では、別の所に行くのです。「R」に。


【08`09/20】京都 二日目 (その弐)

 「私、昔住んでいたからここら辺は詳しいよ」

 バスから降りて、信号待ちしていたら、そんな声が聞こえてきた。
 横目でちらりと見てみれば、5人組の旅行客らしい女性達が。さっきの台詞はそのうちの一人が言ったもの。
 私と目的地が同じようだったので、後をついて行ってみることに。

 「あ、ここ“永観堂”だ」
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 ・・・・・・住んでたの昔だから、仕方ないよね。

 

 一日目でバスの失敗をやらかした私は、さすが学習しまして、『駅すぱあと』であらかじめ調べておきました。
 自力で路線図見ようと思ったけど、バスの路線が複雑に絡み合ってて、探すのが大変。『駅すぱあと』は操作は簡単だし、かかる時間まで表示されるので、かなり便利。
 『駅すぱあと』を教えてくれた叔父に感謝。これは本当に便利でした。

 が、現地で地図見るのってめんどいよね。
 鞄に『歩く京都』入れているには、入れてるんですけど・・・・・・。
 あれだ、ハプニングも旅の醍醐味ですよねってことで。(←こらこら)

 南に行けばなんとかなると思い、南下してみた。

 観光客がこちらに向かって歩いていっているので、今度は道があっているのだろう。(アバウト)

“南禅寺”
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 なんとかなった!

“三門”
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 石川五右衛門の「絶景かな」で有名な三門。
 ですが、私はあえて『金閣寺』三島由紀夫。ちょっとだけ出てくるの、ここの三門が。主人公がサボって、ここに来るんですよ。

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 どっしりしています。

 境内は自由に出入りできますが、三門の上に行くには500円の入場料が必要。
 なんとかと煙は高いところが好きと言いますが、私も大好きです。
 
 勿論、土足禁止。
 ちゃんと靴下(パンプス用の)履いてきましたよ~。
 靴は用意されていたビニール袋に入れて、上に持っていきます。そして帰るときにそのビニール袋を箱に返すという仕組み。ちょっとしたエコです。 

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 びっくりするくらい傾斜が急!
 階段を上がるのではなく、よじ登る感じで上へ。

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 絶景かな? あれから育った 木々の背で

 遠くに一応京都の街が見えるのですが、木が生い茂っててよく見えませんでした。
 遠くを見るよりも、むしろ下を覗き込むのが好き。
 ここでもやっぱり修学旅行生を発見しました。
 バスガイドの後をぞろぞろついていくツアー客団体の様子を上から見てみたり。

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 そう言われても、思わず槌と鑿をふるって彫りたくなってしまうぐらい立派で太い柱なんだ。

(さすがに持っていなかったから、やらなかったけど。というか、まず、やらない)
 
 落書の被害は、どこも頭を悩ませているのですね。
 看板は全部で四枚、一枚一枚違いました。それだけ思いが強い気がしました。

 落書は、やった人はそれで満足するでしょうけど、後から来た人がそれを見ると気持ちがいいものではないですよね。それに、わざわざそんなところで自己主張せんでもいいでしょうに。見栄えを悪くして、先人の偉業をめちゃくちゃにするのはいただけない。完成しているものに、後世の私達が勝手に手を加えることは許されないんじゃないかなと。

 これだけ大きくて立派な建物を建てた先人の偉業への賛辞賞賛は胸の中で拍手喝采する事で示して、ここに来たという喜びはその場で書いてしまわないで、後で日記に書いても遅くはないでしょう。

 看板の効果があるらしく、ここでは落書は見かけませんでした。

 ちなみに、ここ“三門”で、カメラのセルフタイマーと鞄を組み合わせてみることを思いつき、自分を撮ってみた。
 鞄を立たせて、その上にカメラを置いて、画像を見ながら位置を微調整。それからタイマーをセットした後は、カメラの前に回りこんでポーズを取る。10秒後、撮影。
 それなりに上手くいったので、あちこちで何度も自分を撮影しました。
 やっぱり風景だけじゃ寂しいし、自分も写りたいのだけど、他人に頼むのだけじゃ物足りないですしね。それに知らない人の前では、自由にポーズ取れなくて。
 それなりに周りから不思議そうに見られましたけど・・・・・・

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 頭上もだけど、足元もっと注意!!
 降りるのどきどきでした。

“三門”から奥へと進みます。
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進んだ先にある“法堂”のさらに右奥へと行くと、見えてくる赤レンガの橋みたいなもの。
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“水路閣”
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 上は水が流れていまして、北へ向かって。

 琵琶湖から京都市内に向けて引かれた水路(疏水)なのだそうです。現在は上水道の水源として利用されている現役の建造物。(参考:大本山南禅寺HP)

 勝手に「水道橋」と呼んでましたが、『歩く京都』によると“水路閣”

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 上に上がってみると、こんな感じ。
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 さらに上へ行くと鐘楼がありました。 

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 “水路閣”へは無料で行けるし、レトロな感じが大人気で、あちこちで撮影を試みる人たちが。

 勿論、ここでもセルフタイマー活用させて、自分を撮りましたよ~。
 10秒なのですが、撮ってもらう人がいないため、撮影中なのに気付かれなくて間を横切られそうになったり、ならなかったり、そのどきどき感もたまらなかったりしました。


【08`09/20】京都 二日目 (その参)

 南禅寺を出たら、とっとと本日最大の目的地に行ってしまおうという予定でした。
 が、所詮予定は予定。
 途中で通りかかったとある学校前にイラストマップなるものが掲示板に貼られておりまして、それを見ることにより予定はあっさり変更されました。

 そのイラストマップには周辺地図に、近郊にある見どころと簡単な説明が書かれてありました。

 『日本で最も古い私学の1つ』であるその学校から北へ進んで、一分のところにある“永観堂”には、『世界で唯一!! みかえり阿弥陀如来像』があるというのが、そのイラストマップで知りました。

 分かりやすい上に、人の心を掴んでいくとはなかなかやってくれますね。

“永観堂”
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門の左をみてみたらあった句言。
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 なんだか深いです。

ここから先は600円必要。
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 紅葉の時期(正しくは、11月の寺宝展開催中)は1000円。

“釈迦堂”前の庭
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 庭を見ながら休憩できるスペースあり。
 建物に囲まれている庭ですが、それでも窮屈さを感じさせないのは、緑が綺麗だったからでしょうか。
 ちなみに庭は撮影可でしたが、建物の内部・襖絵等の撮影は禁止です。

 入ってまず見える“釈迦堂”。この周囲には“唐門”、“悲田梅”があります。
 受付でもらえるパンフレットにあれこれ解説が書かれてあるので、親切。

“悲田梅”
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 永観律師のがんばり(?)に応えたという由緒正しい(??)梅。現役。


“釈迦堂”より奥へと進んでいくと、右か左かへと分かれ道。
その真ん中にあるのが、これ。
“水琴窟”
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 柄杓で水をすくって、ゆっくり水を流すと、琴の音が聞こえてくるというもの。

 なのですが、撮影者の後ろにある建物“御影堂”が修繕作業中で、肝心の音が聞こえない・・・・・・。

たまに作業音が止むので、タイミングを見計らってチャレンジしました。

 水が深い穴の奥へと落ちていく透き通った音がしました。よくよく聞いていると、たまに弦を弾くような音がすることがありました。

 水が落ちていくときに、石にぶつかってする音なのでしょうが、それが上手い具合にはじけて、そして響いたときに聞こえる音が弦を弾くような音に聞こえるというのは奇跡。

 
 まずは左へ。
“臥竜堂”
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 階段にときめいたの始めてでした。
 斜面にそって木が組み合わされているのが、すごい。すごすぎます。現代であれば、削るかどうかしてしまうでしょうが、調和を選んだんですね。そして、その選んだものに合わせることのできる技術があったということに、職人の意地を感じます。

ずっと進んでいき、途中から靴を履いて、さらに上がったところにある。
“多宝塔”
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 ここから京都の街が一望できます。
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 そして私はここでもセルフタイマーを活用して、大いに楽しみました。
 欄干に座って、京都の街を背景にポーズとって遊んでました。


 さっきの分かれ道に戻って、今度は右へ。

“三鈷の松”
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 針のような松の葉は、普通短くて、葉先はふたつに分かれています。が、この松の葉は長くて、葉先が三つに分かれているという珍しいもの。
 『この松の葉を持っていると、3つの福が授かると言われる』(パンフレットより)

 ただし、勝手に取っちゃダメですよ! 注意書きの看板もすぐ傍にあります。
 売店でもらえます。絵葉書をそこで買ったら、くれました。二本もらったのですが、一本はお財布に入れて持ち歩いてます。もう一本は祖母に渡しました。今回来れた事には祖母が絡んでいたこともあるし、福は独り占めするより共有したほうが大きいから。

 さらに進んで行った所にあるのが、“阿弥陀堂”。
 ここにご本尊である“みかえり阿弥陀”がまつられています。
 こちらでは、色彩の修復作業中でした。本堂内を色鮮やかに戻していく作業にしばし見とれてました。一気に塗っていくのではなくて、模様を上か丁寧に塗りなおしていくのです。
 
 ずっと昔に建てられた寺院というものは、長い年月を経ることで、古くかすれていってしまっているもの。そこに年月を感じて、時間の重みを感じて、自分が生まれるずっと前から存在している建物に頼もしさを感じます。
 建てた人はもういないけれど、その人が作った物、技を形にしたものが残っているというのが羨ましい。

 色彩を元に戻すことで、見かけが当時に戻ってしまったようで、なんだか年月をリセットされたような感じがしていたのですが、作業を見ていると、まぁこれもありかと思えてきました。
 建物が残っているのは、残そうとしている人がいるからで、残すためにあれこれ研究したりするのもまたそれは年月がさせるものだろうだと、そんな感じの事を思いました。こうやって修復するのも、またずっと続く歴史上の一つの出来事になっていくのだなぁと。

 目の前の目的物そっちのけで見入ってました。


 振り返ったところに美を見出すというのは昔からあるもので、ぱっと浮かぶとしたら「見返り美人図」。あの絵を描いた人はすごいなあと、文化祭のクラスの展示物で「見返り美人図」の貼り絵を作る作業にちょこちょこ加わる度に思った。
 顔だけ見ると、その女の人は美人には思えないのだけど、そこに見返っているというポーズが加わることで、美人に見えてくる。

 やはりポーズって大事なんだ!!

 “みかえり阿弥陀”はご本尊らしいオーラを放っていて、格の違いを見せてくれました。
 視線を真直ぐこちらに合わされているほうがインパクトを与えられるものです。じっとこちらをみているという力強さをひしひしと感じて、悪いこと出来ないよなぁと思わせられる。
 だけど、“みかえり阿弥陀”は左を向かれているため、逆に印象に残ります。
 真正面に座るこちらを見てこないというところに美しさがあった。他とは違うということで、その神秘さに惹きつけられてしまう。

 回りこんで、その顔を見られるようになってました。そこで見せてくれた優しそうな顔もステキだけど、やっぱりあえてこちらに向けている横顔の方が美しいと思えた。


【08`09/20】京都 二日目 (その肆)

「あいつは戻らんぜ」
「そんなわけあるもんか。約束したんだ。姉さんの結婚式が済めば、帰ってくるさ」
「あいつに姉はいないよ」
 芹名は傲然と言い放った。

『【新釈】走れメロス 他四篇』 森見登美彦 祥伝社。「走れメロス」より)

 京都を舞台としたこの本。
 “山月記(中島敦)”、“藪の中(芥川龍之介)”、“走れメロス(太宰治)”、“桜の森の満開の下(坂口安吾)”、“百物語(森鷗外)”の5つを、現代風にアレンジしてあります。 

 「走れメロス」はお腹を抱えて笑ってしまうくらい、おかしかった。
 芽野(メロス)の行動がハチャメチャで、面白かった。
 芹名(セリヌンティウス)を人質に出したのに、約束そっちのけで逃げまくります。それに気付いた学校を影で牛耳っている生徒が、彼を捕まえるべく、権力を行使しまくるという。

 なんと言っても、今回の旅を語る上で、決して忘れられない一冊。
 この本を読み終わり、京都への思いを強めていたところにやってきたのが叔父からのメール!
 これをミラクルと呼ばずになんと呼べばいい!?

 その本に出てきた一つが“哲学の道”
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 この看板が見つけきらなくて、一度通り過ぎてしまったんですけどね。
 人に聞いたら、「看板出てますよ」と言われて、引き返したら、あったと。

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 京都市左京区の「哲学の道」とは一風変わった名前だが、この道は近代日本の代表的な哲学者・西田幾太郎や経済学者・河上肇などがよく歩き、思索にふけったことから命名された、といわれている (最近、命名にまつわる新説が出版された) 。
 Kyoto Shimbun 街道を巡る「哲学の道」より引用)

 琵琶湖疎水沿いに2km続くこの道。
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 植えられている木がほとんど桜だったので、春はきれいだろうなぁと。
 『【新釈】走れメロス 他四篇』の“桜の森の満開の下”に書いてあった。
 今回はその時期ではなかったので、色づく前の桜の下を歩いていきます。

 道端で、絵葉書を売っているのを見かけて、一枚購入。水彩画で、一枚一枚手書きなので、それぞれ色使いが微妙に違ってと、世界で一枚だけの絵葉書。モミジの永観堂にしました。

“よーじ屋カフェ 銀閣寺店”
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 この建物の前に電話ボックスがあるのですが、小さな看板によると「恋がかなう電話ボックス」だとか。・・・・・・かける相手が思いつかなかった。

 その入口前、左にあるジェラート屋にて。
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 ティラミス。

 途中、“法然院”に行くために“哲学の道”から外れます。
 右か左の分かれ道。
 たぶん、右に行ったらいいだろうと思って、迷わず右へ。

 そこでは迷うべきだった。
 “安楽寺”に行っちゃった。
 春と秋に特別公開。この時は行っても、入れなかった。京都にある全ての神社、お寺が自由に入れるのかなと思っていたのですが、拝観謝絶の看板を立てているところも多かったです。

 無駄が人の発展を促進させてきたのだ!という思いのもとに行動していたのですが、さすがに動きに無駄がありすぎていいかげん面倒になってきたので、鞄から『歩く京都』を取り出して、位置を確認。
 
 あそこでは左に行けばよかった。
 そして、分かれ道の真ん中にはミラーがあって、「右・安楽寺 左・法然院」と書いてある看板が括りつけてありました。
 
 今まで私って、他人の親切を無下にしていまったのだなと。


【08`09/20】京都 二日目 (その伍)

 京都に行ったら、絶対行こう!と思っていた所の一つ。

 『歩く京都』に小さくしか載っけられておらず、かと言って何かの本で読んだわけでもなく、それでも私が行きたいと思ったのは、叔父が前に送ってくれたメールに添付されていた画像がステキすぎたからに他ならない。
 門で四角く切り取られた庭はまるで絵画のよう……。
 行きたい!見てみたい!と思うのは当然のことで、行ってみた。ちゃんと行けたよ、今度は。

 “法然院”とちゃんと看板が出ていて、石畳の道を上がっていきます。
 なだらかで、長いですが、両側には木々が並んでいるので、木の影が出来ている上、涼しい風が吹いてきてくれたので、気持ちよく歩けました。
 台風が去った後ということもあり、この日は暑かったので、この道は涼しくて気持ちが良くて助かりました。
 この日一日中外を歩き回っていたのですが、それでも途中でぶっ倒れたりしなかったのは、ここのおかげかも。

“法然院”
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 ちょうど、門の四角いところがポイント。

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 手前が暗く、門の向こう側が明るいので、切り取られたように見えるようです。

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 送られた画像の法然院は、紅葉の時期でしたが、この季節はこの季節でキレイでした。
 赤もいいけど、光り輝く緑が元気に満ち溢れていましたよ。

裏側から
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 屋根に生えている苔もまたステキ!

 苔むした門の屋根と、石の階段。
 今までいったいどんな人がここを通っていったのでしょうか。


【08`09/20】京都 二日目 (その陸)

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 ここで道は終わり。そして、またここから始まっていくのです。
 
 静かに流れる川、その川に沿って並ぶ緑の木々、そして真直ぐに続く白い石のタイル。
 他の事にわずらわされることないので、考え事に集中でき、思索にふけるのにはもってこいの道。
 どんな考え事をして、この道を歩くのだろうか。
 そして、どんな考えがこの道の上で生まれていくのだろうか。

 
 一本道なので、考え事をしながら歩くのに適した道。
 長い一本道で、考え事をせずに歩くには長いぐらいです。
 道沿いにお店があるのですが、何か考え事を持っていかないと、足りません。
 
 私が何を考えながら歩いたのかは、秘密ということで。

 
 ちなみに、“銀閣寺”は通り過ぎました。
 今度は、あえて通り過ぎたのです!
 バス停の場所を確認したかったので。
 思ってたよりも、“銀閣寺”から歩きました。
 あと時刻の確認をしたら、けっこうバスは通ってくるようなので、時間はあまり気にしなくてよかったです。

 バス停に行く途中で見つけた、アイスキャンデー屋。
“銀閣寺キャンデー店”
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 「昔なつかしの」と書きたくなってしまうくらい、アイスキャンデー屋らしいアイスキャンデー屋。今時という感じはないのですが、そこがかえって味があって良い!
 私が買ったのは、バニラのアイスキャンデー。
 お店の前に、ベンチがあるのでそこで座って食べれるようになってました。お店とベンチの間は、普通の道です。人だとか自転車が普通に通ってます。
 地元の人にも、というか専ら地元の人に愛されているようで、帰りがてらにおじいちゃんと孫がちょっとしたお土産に大量購入してたり、自転車に乗った小学生達が買っていったりしてました。

 アイスキャンデーだけでなく、パインジュースとひやしあめも売ってました。
 これは、ひやしあめ。
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 ひやしあめってなんだろうと思って飲んでみたら、ちとせあめの味がしました。ちょっと、しょうがが強い。

 
 一息入れたら、哲学の道をちょっと戻って、今度は銀閣寺に。
 人の流れで、どこにあるのか一発で分かります。

 途中、人力車の呼び込みにつかまりました。「法然院にも行きますよ」と言われましたが、さっき行ってきたのよ、そこに。(私があえて通り過ぎて、戻ってきたというのを知るわけがないでしょ、向こうも!) 


 “銀閣寺”へと続く道沿いにはいろんなお店が並んでいます。
 お土産屋はもちろんのこと、食べ物を売っているお店もけっこうありました。
 男性二人組が面白いものを食べているのを見て、私も食べたくなったもの。
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 きゅうりの浅漬け。

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 お金を払うと、店員が瓶の蓋を開けて「お好きなものをどうぞ」と言ってくれる。

 良い感じに漬けられてました。
 味がちゃんとしみこんでて、美味しかった!
 おすすめは、帰る時に買ったほうがいい。手がちょっとべたべたするから。



 次回、銀閣寺。


【08`09/20】京都 二日目 (その七)

 人が期待するのは、よく映像で見るような風景。
 日常生活からかけ離れた、まるで別世界のような所。
 絵ハガキで見たそのものを求めて訪れる。

 今回、銀閣寺に行って、残念だという言葉をよく耳にした。

『観音殿(銀閣)は只今修復中』の張り紙

 私は、残念ながら彼らの気持ちを理解することはできなかった。
 京都から帰ってきた後の私にとっつかまって、京都の土産話を聞かされた級友達ならものすごく分かってくれたと思う。私がどれだけ銀閣寺を気に入ったのかという事を。
 6日間京都に行って、話すことはたくさんありすぎて、もちろんほぼ全部話したけれど、その中でも一番気合を入れて話したのが銀閣寺でした。

正門
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 歩きながら撮ったので、まがってしまった。
 入るには500円必要です。

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 受付から入って左手。先に進むとメインが見えてくる。
 それにしてもこの白の砂利は見事ですね。


“慈照寺”こと“銀閣寺”
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 2010年春まで修復工事中。(どれくらい修復するかもめたりしたらしい。)
 庭園内は鑑賞できます。

 私としては、この修復工事中という無防備(?)な姿を見れたことに、思わずガッツポーズでした。
 なかなか見れるものじゃないから!
 修復なんてそうそうやるものじゃないですし、季節みたいに毎年巡ってくるものではないし、次いつ修復するか分かるものでもないですから。

“銀沙灘”“向月台”そして“銀閣寺”
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 手前が“銀沙灘”。
 奥に見えるこんもり盛られているのが“向月台”。
 そして修復中の“銀閣寺”。

 行く前に銀閣寺は修復中だというのを聞かされていたのですが、部分的に順次やっていくのかなと思っていたのですが、まるっとまるごとでした。
 銀閣寺の形に合わせて組まれているのが、これはこれで芸術と思えなくもない。
 マンション・アパートの外装のやり直しの工事をいくつか見かけたことあるのですが、その時は四角だったし、一戸建ての建築中の周りも四角だし。
 修復は、新しく造り出す事よりも神経使うようですね。

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 そして、庭園もステキでした。
  
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 庭園の手入れの大変さが表れてます。

“洗月泉”
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“お茶の井”
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 今でも、お茶を点てる際に使われていることがあるとか。

 小高い山を上がっていくと、“銀閣寺”を見下ろすことができます。
“展望所”より
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ズーム
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 目というのは不思議なもので、だいたい上のズームして撮った時ぐらいに見えているのですが、カメラで撮ってみると、ちっちゃくなっちゃっているという。

 この“展望所”でよく修復中の姿が見えるので、目薬点してまでして見てました。

 ここでもデジカメのタイマー機能を駆使して、自分を写していたのですが、さすがに修復中であっても銀閣寺。人が多いです。ぶつくさ文句言いながらも、皆さん銀閣寺に行かれてるのですね。
 人の列が切れることがあり、そこを狙ってセットしてました。
 だけど、ここでの10秒は意外と長い。
 よし、いない今だとセットして10秒後、そこには元気にカメラの前を横切る他人の姿が。そりゃあもうバッチリ。
 それでもなんとか3枚ほど自分が写っているのが撮れました。

 そんな私の姿を見て、よほど難儀していると思われたのか、「撮りましょうか?」と親切に申し出てくれる人がいました。流暢に日本語を話される、外国人旅行客。思いがけない国際交流。
 「ありがとうございます」を英語で私は言えました。さすがにそれだけはちゃんと言えた。

 “展望所”からは下り道になってます。
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 そして再び“銀閣寺”の前へ。
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 チラリズムですね。分かります。

 本当は全部覆ってしまいたいのでしょうけど、観光客に配慮してか上の写真のように、見れるようになっていました。

 長い長い長い時を経て、今もなお残っているのは、残そうとする人と、それを可能にする技術があってこそ。
 今回その様子をちょっこだけでしたが見れて、ラッキーでした。


【08`09/20】京都 二日目 (その捌) 

『歩く京都』によると、
京都は大きくわけて5エリア!
ゆっくり廻るなら
基本的に一日に一つのエリア。
なのだそうだ。

 朝から南禅寺→永観堂→哲学の道→法然院→銀閣寺と、南から北上してきました。だいたいここで、昼の3時前くらい。
 今日は夜にどこか食べに行くとのことだったので、4時までには戻ると約束していました。
 予定としていたところは全て廻ったのですが、約束の時間までにはまだちょっと時間があります。

 さて、どこに行こうか。
 頭の中でアバウトすぎる地図を広げて、信号待ちしていました。

 そんな私の前を通り過ぎていく、一台のタクシー。

 京都市内だけで、何千とあるタクシー。
 上半分は白で、下半分はオレンジのヤサカタクシーは、よく見かけるタクシーの一つ。
 目印は、三つ葉のクローバー。

『歩く京都』によると、
三ツ葉が目印のヤサカタクシー。その中に四ツ葉のクローバータクシーが4台ある。出会う確率はなんと4/1400だとか。

 なんとその四ツ葉のクローバータクシーが通り過ぎていきました!

 読んだときに、見てみたいなぁと思ってたけど、まさか二日目にしてそれが叶うとは!
 どんどん去っていってしまうそのタクシーをじっと見ていたのですが、なんと一つ先の信号が赤に変わるではないですか!
 停車するタクシー、そして私の前の歩行者用信号が青へと変わる。
 何も考えずに、私は走り出した。
 観光客の間を全速力で駆け抜ける私。
 一つ先と言いましたが、けっこう距離がありました。が、走っている最中はそんなことなど考えていられない。ただひたすら前へ、追いつきたいの一心で疾走。

 そして、追いついたんだ。
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 追いついたのはいいのだけど・・・・・・、いろいろと続かなくて、体力だとか、息だとかが。
 それに、どこに行くのかまだ決めてなかったし。「何にも考えずに」走り出しちゃったので。
 タクシーの運転手がこちら見た気がしたけど、あの時はいろいろといっぱいいっぱいだったので、見送りました。(ごめんなさい。運転手さん)

 歩きながら息を整え、バス停へと向かいます。そして、やってきたバスにとりあえず乗り込んでみる。
 まだ行き先決まってなかったのですが、鴨川が見えたので、他の降りる人に紛れて私も降りてみました。
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 川の水量はそんなに多くなかった。
 河口近くの川を見慣れているせいか、山の中流やや下側ぐらいの水量しかないよここと思ったのですが、地理からしてみればそれぐらいしかなくて当然なんですよね。
 京都、河口じゃないし。
 だいたい大きい街は河口にあるよなぁと私の頭にはあったので。何事にも例外はありますよね。

 『歩く京都』を開いてみて、現在位置を確認。
 このまま道を真直ぐ行くと、“京都御苑”に行くのが分かり、目的地を“廬山寺”に設定。ナビは無いですが、行ってみることにしました。

 思っていたよりも歩きましたが、(バス乗ったのだけど、バスが通ってた道から目的のところに行くまでが)目的地に到着。
 すぐ左が“京都御苑”ですが、脇目を振らずに“廬山寺”を目指しました。

“廬山寺”
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 “廬山寺”?聞きなれないなぁ、どこそこ??と思う人もいるかと思います。
 私も『歩く京都』を読むまで知らなかったですし。
 それでも行きたいと思ったのは、↓だからです。
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 言わずと知れた平安時代の長編物語。
 一部だったら、学校の授業で読んだことがありますよね。
 全部古文で読み通したという人は少ないと思いますが、大和和紀の『あさきゆめみし』で読んだという人はけっこういると思います。そうでなくても、源氏物語を題材としたものは多いですよね。マンガだけでなく、劇だとかもありますし。

 私が一番お世話になったのは、小泉吉宏『まろ、ん?大掴源氏物語』(幻冬舎)です。高校時代クラスメイトに借りて読んだのですが、返した後に自分も買いました。
 全54帖のそれぞれ1帖を2ページにまとめてあります。だから「大掴」。
 途中に当時の風俗とかも扱っていたりして、一番最初にこの本を読んでおくと、他の源氏物語作品を読む手助けになります。現に、なりました。
 古典作品を題材にしたマンガはこゆいのが多いのですが、この本のイラストはかわいい!(それが物足りないという、こゆいのが好きな人の意見がありますけど)

 本堂に入るには、400円必要。(500円で写経もできるとか。してる人いました。)
 白砂と緑の苔の庭「源氏庭」には、紫式部にちなんでキキョウが植えられているのですが、時期が合わなかったみたいです。
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 庭もいいですが、国宝の絵巻物が陳列されていたりと侮れないところでした。
 白い着物を着た源氏が赤ん坊(夕霧?おぼろげ)を抱いているという源氏物語絵巻の一つ。
 なぜ、これがここに?!とびっくりして、ガラスにおでこをぶつけました。
 
(この“廬山寺”に行く途中に、“京都市歴史資料館”という所があったのですが、「源氏物語千年紀記念特別展 「源氏物語と平安京」」というのをやっていたようです・・・・・・。後で知ったさ。)

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 京都に6日間いましたが、ここ“廬山寺”でだけおみくじを引きました。
 ちょっと験かつぎの意味を込めて。
 木の箱をしゃかしゃか振って、さかさまにしたら小さな口から木の薄くて長い棒が出てくるので、その棒に書かれてある番号を申告するというタイプのおみくじでした。
 出てきた棒に書かれてあった番号は、八〇。
 手渡された紙に書かれていたのは『大吉』!!
 
 一千年。
 どれくらい長い時間なのか、あまりにも長すぎて、すぐには実感がわかないくらいの長い時間。
 そんな長い時をずっと読まれ続けている物語があるというのがステキなことだなと。
 全く習慣が違う時代を生きる、歳は同じくらいの人間が同じ物語を読むって、ちょっと不思議なことじゃないですか。同じ物語なのだけど、感じ方は違ったんだろうなとか、理由は違うかもしれないけど、末摘花が好きな人もいたんじゃないだろうかとか考えてみたり。
 源氏物語内で経過していく時間だけでなく、源氏物語が通ってきた時代について思いを馳せるのが楽しい。

 源氏庭を眺めていたら、書店先で目まぐるしく変わっていくベストセラーの棚が思い浮かんだ。
 あの中から、ずっと未来の人間も読むような本が出てくるのだろうかなと。
 もしかしたら、源氏物語が読まれていない未来もあったりするかもしれないけど。
 未来の事は誰にも分からない。


【08`09/20】京都 二日目 (その玖)

 “廬山寺”のお隣は、“京都御苑”。
 “京都御苑”と言ったら、“蛤御門”じゃないですか。(“京都御所”はどうした!)

“京都御苑”清和院御門付近
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 “京都御苑”は、元は天皇や公家の居住地だった広大な公園(『歩く京都』より)。“御苑”(「ぎょえん」と読む)内は自由に入れます。テニスコートだとか、野球場もあったりする、緑の多い広大な公園。
 公家の邸宅はその跡地にほとんど看板が立っているだけですが、“御所”は残っています。だけど、“御所”の中に入るには、事前予約が必要。

 真直ぐ突っ切っていきました。(東から西へ)
 広い砂利道、片道2車線ぐらいの道幅がありますが、車の乗り入れはできません。歩くか自転車だけ。 犬の散歩をしている人や、テニス用のバッグを背負って自転車に乗ってる人とかを見かけました。

“建礼門”
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 この門の奥が“京都御所”。
 中学の修学旅行の時に入ったのですが、あの時はあんまり京都に興味が無かったので、今入ると絶対反応違うと思う。
 ちょっとだけ背伸びしてみたけど、門の守備は完璧でした。

“清水谷家の椋”
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 一八六四(元治元)年の禁門の変の時、長州藩士で遊撃隊(長州尊皇攘夷激派の一つ)の総督だった来島又兵衛がこの木の付近で討死したとも伝えられています。と看板に書いてあった。

 来島又兵衛、その人をメインにした本を読んだことはありませんが、『定本 河上彦斎』荒木精之(新人物往来社)の中で、来島又兵衛が出てきてました。
 図書館から借りた本だったのですが、鉛筆で線が引っ張られたり、書き込みがされてたんですよね。全ページにやられてたので、さすがに返す時に司書に言いましたけど。その書き込みの中で、ものすごく気になるのがありました。"来島又兵衛"に矢印で、「シャンプーハット」とあったのですが、あれは一体何を意味していたのでしょうか・・・・・・。

 この椋の木の前を通って、真直ぐ行くと見えてくるのが目当ての所。
“蛤御門”
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 江戸時代末期の一八六四(元治元)年、この門の周辺で長州藩と、御所の護衛に当たっていた会津・薩摩・桑名藩との間で激戦が行われました。この戦いが「禁門の変(蛤御門の変)」で、門の梁にはその時の鉄砲の弾傷らしき跡が残っています。(看板より)

 私がその日、蛤御門を前にして、思い出していたのは、『土方歳三の鬼謀①』柘植久慶(ハルキ文庫)。(PHP研究所より出されていた時の題名は『土方歳三の鬼謀 逆転「鳥羽・伏見」戦記』)
 表紙の土方歳三がかっこよかったから借りたという、ジャケ買いならぬジャケ借り。
 本の題名にあるように、土方歳三の思いも寄らぬ作戦によって、鳥羽・伏見の戦いで新選組側が勝つというIFストーリー。
 そのクライマックスで、蛤御門が出てくるのです。

 本を読むだけでは、いまいち距離が分からず、あと、場所書かれても「どこだろう」と思いながらも読み流してしまっていました。
 だけど、今回実際歩いてみて、建礼門から蛤御門が思っていたより遠くなかったので、蛤御門の重要性がやっと分かりました。

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 名残惜しいけど、そろそろ帰らないと約束の時間に間に合わなくなるので。
 この後、だいたい二条城の前あたりまで歩いて帰りました。 地図を見た限りでは距離はあまりないように思えたのですが、けっこう歩きました。
 実際に歩いてみないと、やっぱり地図の上だけでは分かりませんね。


【08`09/20】京都 二日目 (その拾)

 「衣食住」
 生活の最も基礎となる条件だと広辞苑には載っている。

 一番前の「衣」は他二つと違って、ほとんど自分以外の人たちに見られている。だからTPOによって着る服を変えたりするし、中には自己表現の一つとしてかなり力を入れて服を選ぶ人もいる。
 そうでなくても、街にでかけて自分に合う服を探し求めるということはするだろう。あらかじめファッション雑誌を読んでおいて、それを参考にして服を探したりするだろう。

 私は服を買いに行くということが好きでない。
 どっちかといえば、苦手。
 服は、全部母に買ってきてもらっている。
 どこか店に行くとすれば、本屋とかがいい。本屋に行くなら買い物について行くけど、とどうにかして連れ出そうとする母に言ったりもしている。

 私の中で「衣」はものすごく虐げられていたけれども、今回ばかりはその評価を改めさせられた。

 
夕方五時。

 帰ってくるようにと言われていた時間までに帰ってきた私は、ジーンズに半袖という歩きやすさを重視した服装から、濃い紫のワンピースに着替えた。
 夕食を外に食べに連れて行ってもらうから。
 それもホテルのフランス料理!

 旅行前に母から「一着はこの前買ったワンピースを持っていきなさい」とのアドバイスに珍しく抵抗なく受け入れていて、正解だったと思う。

 しかもこのワンピース。6月に母に街に連れ出されたときに買ったときの物で、「これなら、ちょっとお洒落してでかける時にも着ていけるわ」と母がそんなことを言っていた。私はその隣で、そんな時って、そうそう来ないよと思いながらも、早く帰りたかったからテキトーに頷いていたのだけれど・・・。
 やって来たからね、今回。あの時買ってなかったら、着ていける服持ってないことになってた。

 便利なジーンズだけど(ん?今はデニムと言うのか)、さすがにフランス料理食べに連れて行ってもらうのに着ていくのは躊躇しますね。


 夕方五時というのは、夕食を食べるにしては早い時間。
 だから、まだ店の中に私たちに誰もいない状態。貸切ってないけど、ほぼその状態。
 真白いテーブルクロスの上には、よく磨かれて光っているナイフ・フォーク、スプーンが並んでいます。しばらくすると、姿勢正しい従業員がキャンドルライトを持ってきて、テーブルの上に置いていきました。

 白ワインで乾杯した後、順序良く運ばれてくる料理をナイフとフォークを持って、自分の前に座る叔父の見よう見真似で食べていきます。(カニが出てきたときは、なかなか切れなくて焦ったけど・・・・・・中に一本あるのだから切り取れないというのにしばらくして気がついた。そういった小さなハプニングとかあったり)
 畏まってしまって、味なんか覚えてない・・・・・・ということは全く、しっかり味わいながら食べました。
 
 私は嫌いなもの、苦手なものは少ないです。
 食事が始まる前に叔父に「好き嫌いはなかったよね?」と訊かれたのには、ちょっとだけ戸惑いました。私がちっちゃい時から知っているはずの叔父に訊かれたので。
 なんでそんなこと訊くのかなぁと思ってたら、それには理由がありました。
 あちこち歩き回ったり、あちこちで写真を撮ったりと今日私がしてきた事は、祖父(今回は京都に来ていない)とすることとそっくり!だとか。その祖父が好き嫌いが多かったりするものだから、あれ?もしかして??と思われたようです。
 私の隣に座っている祖母は嫌いなものが少ない方なので、上手い具合に私の遺伝情報はMIXされているようです。

 食べれればなんでもいい!というわけではなく、やはり美味しいものが食べたいですよね。なんてったって、間に入っている「食」なのですから。
 私が今通っている学校の学生食堂は、安い、おいしいが備わったところ。ほぼ毎日夕飯は学生食堂の一つである第一食堂(通称、1食)で食べてます。(自炊もしますよ、たまにですけど)特に、1食は毎朝市場で仕入れてくるという魚定食が絶品。
 1食、べた褒めのわたしですけど、その認識を今回改めさせられました。
 この日夕食を食べたレストランには明らかに学食にはないものがあったから。
 落着いた空間に、大きな窓の外を見ればだんだんと暮れゆく空。運ばれてくる皿に盛り付けられた料理は見ていても楽しめるという、そういったそのレストランが醸し出す雰囲気。
 料理自体が美味しいというのもあるのですが、その料理をさらに美味しく感じさせる雰囲気もまた重要な要素なのです。
 学食も学食なりにおいしくていいけれど、レストランにはさらにプラスされたものがある。私はなかなかそういった所に行く機会が無いので、つれて来てくれた叔父に感謝です。ご馳走様でした。


 帰ってきたのは、夜の七時。
 一日中歩き回ってお腹ペコペコだったので、食べている時には気にならなかったのですが、叔父の家に帰ってきて時計を見て、夕食食べた時間帯が早いことに気付かされました。
 なぜあんなに早く?と思っていると、祖母が「間に合った」とテレビをつけました。
 あわせられたのは、野球の試合。
 祖母は筋金入りの巨人ファン!!
 この日は、阪神との対戦。(この時は阪神がリードしていた)
 これに合わせて、夕食の時間を設定されたようです。

 私は『パワプロ』にイチローと松井がいた頃は遊んでいましたが、それ以外に野球との接点はないです。
 巨人を応援する祖母の隣で、ノートパソコンを使わせてもらいデジカメの写真を取り込んだり整理したりしてました。(USB持ってきていましたので)
 テレビを積極的に見るつもりは無かったですし、巨人が特に好きというわけではないのですが、なんだかんだ言いながらも巨人が点数入れたときには、思わず祖母と一緒にはしゃいでしまってました。
 ちょっと記憶があやふやですが、この日か次の日だったか忘れましたが、巨人が10点入れたかなんかして、だいたいこの日ぐらいから巨人が追い上げてきたと思います。

 野球の後は、デジカメで撮った写真をPC上に出して、祖母に写真を見てもらいながら、今日一日がどんなのだったのかを話しました。私自身の記憶の整理も兼ねて。

 夜は、叔父が選んでかけてくれるCDを聴きながら、就寝。
 ここは千秋先輩(『のだめカンタービレ』より)の家ですかっっというくらいクラシック音楽のCDがありまして、その中から叔父がチョイスしてくれるのです。
 私も音楽聴きますけど、久石譲のとか菅野よう子のとか岩崎琢とかのを聴いているので、クラシックは『のだめカンタービレ』のドラマ以来ですね。あと『image』(イマージュ)。
 音楽の授業中の音楽鑑賞、そんな感じでぐすっり眠れました。 
 やっぱり、一日中歩き回った身体を休めるには、いい環境で眠らないとね。なんてたって、殿をつとめているのは「住」、安心できることも必要ですけど、その環境もまた重要ですから。