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6月4日「梅の見頃に舞を舞う」

 病魔に冒されて何年もたって世間からも隔絶されて、ようやく偲野久世太郎(しのびの くぜたろう)は梅見の開催を思い付いた。
 
 家人に言って墨と硯を持って来させ、一枚一枚丁寧に文面をしたため、全部で五十通近くの手紙を送った。そのうち何通かに返事があればしめたものと思っていたら、あにはからんやほとんど全ての送り先から丁寧な返事の書面が届き、二十人あまりが梅見に参加したいと言って寄越した。その多くは家族連れで来るというので、結局五十人近くやってくることになる。
 
 久世太郎が表舞台に姿を見せなくなってもう五年はたったろうか。全身を使った久世太郎の芸は大評判で、全盛期には久世太郎の名さえあれば連日大入り満員が約束されるとまで言われたものだ。おかげで手妻師からも漫才師からもトリを勤める噺家の大御所からも疎ましがられ、ずいぶん楽屋で意地悪をされたこともある。けれどいったん久世太郎が舞台に立つとみな息をのんでその芸を見守ったものだ。
 
 その魅力を音楽性だというものもあれば、身体表現の極地だと嘆賞するものもあった。あんなものは形を変えたフリークショーに過ぎないと非難するものもいれば、あれこそが究極のフリークショーだと絶賛するものもいるといった有様で、後にも先にも空前絶後のその芸は毀誉褒貶を巻き散らしながら話題が話題を呼ぶと言った形で帝都にとどまらず広く周辺の群県の衆客を呼び寄せた。
 
 世に「偲野久世太郎と言えばねじり棒の四股ふみ」と人口に膾炙するようになった頃、「久世太郎は八丁荒らし、久世太郎が出ると、周囲八丁の小屋は商売上がったりになる」などと評判になった頃、一方で口さがない連中が「久世太郎の神通力もそろそろ失せたろう」などとくさし始めた頃、久世太郎は突如病魔に冒され、声も身体も思うようにならなくなり表舞台を去った。病床に伏した直後は見舞客も多かったが、直前が華やかだっただけに、あまりの気の毒な姿に寄り付くものもいなくなり、孤独な歳月が過ぎた。
 
     *     *     *
 
 それだけに五十人からの来客は思いもよらなかった。予想外の反響に、久世太郎本人も驚いたが、何の相談もなく五十人の来客をもてなさねばならなくなった家人にしてみれば青天の霹靂。迷惑をかけることになるが、さぞ腹を立てているだろうと思うと意外にそうでもなく、これが最後のわがままと思っているのか、つまりそれは余命幾ばくもないということなのかといささかうら寂しく思っていると、その音が聞こえてきた。
 
 最初それは久世太郎が向かう文机に小さな振動として伝わってきた。何だろう。あまりにかすかな音なので蚊でも飛んでいるのかと思わずあたりを見回したくらいだ。けれどそれはまず机に触れる手首あたり、筆を持つ手の手首の皮膚あたりをかすかにくすぐった。机の振動と気づいてよく見ると、薬のために置いた水差しの水面にも小さな波紋がおきている。おやおや何だこれはと机に顔を近づけると、どうやら音は机が接している正面の壁から聞こえて来るらしい。
 
 壁をじっと見ているといままで気づかなかったような小さな隙間があってそこから音が漏れて来る。ぐっと顔を寄せてその隙間から覗き込むと向こうに部屋が見える。そして誰かがそこで飛び跳ねるようにしてその音を立てているらしい。家の中にそんな部屋があるわけないのだが、確かに部屋が見える。いやいや部屋ではない。びっくりするほど小さな空間にびっくりするほど小さな人がいて、そこで踊っているのだ。おでこあたりが妙に左右に張って顎の小さな三角頭のやせっぽちの男だ。その金柑頭が、びっくりするほど身軽に、まるで重力などないかのように踊っている。
 
 ツッタカタッターチッタ。
 ツッタカタッターチッタ。
 
 往年の偲野久世太郎もかくやという軽やかな身のこなしで踊り、足元のステップで音楽を奏でている。ああこれが西洋のタップダンスというものか。いつか手合わせをしてみたいと思っていた。おれの芸と、このタップダンスとが一つ舞台で競ったらさぞかし面白かったろうなあ。そう思っていると、踊っていた男がこちらに向かって何か言う様子。
 
 声は聞こえないのだが、男が久世太郎に向かってこっちに来いと呼んでいるのは分かる。馬鹿野郎めこんちくしょう、そんな鼠穴みてえな狭っ苦しいところに行けるかと思ったがその時にはもう久世太郎は男の目の前に立っていた。男がタップを踏み始める。久世太郎もまけじと芸を繰り出す。金柑頭の男が驚きの目で感嘆の意を表現する。お返しに久世太郎も金柑頭をほめてやる。
 
 タカタカタッカ、タッカタカタン。
 ツッタカタカチッチタカタカタ、
 チッタカタカタカ、タッタタン。
 ツッタカタッターチッタ!
 
 金柑頭のリズムに合わせて久世太郎がねじり棒の四股を踏む。二人で声を合わせて笑う。動かないはずの身体が動き、出ないはずの声が出る。ねじり棒の四股ふみの異名通り、あるいは柔らかくあるいは雄大に暴れ回る。ああそうか。そうかそうか。これが花道ってわけだな。いや、いい。構わない。これでいいんだ。そして五十人の来客には梅見がてら弔問に来て貰やあ、それでいい。久世太郎は笑みを浮かべる。
 
(「ツッタカタッターチッタ」ordered by suzumena-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

新作スタート。お題募集中。

2011年10月1日。
Sudden Fiction Projectの新作発表が始まりました。

1日1篇ペースをめざしていますが、これはどうなるかわかりません。
毎日、その日のお題を見て、いきなり書き始めていきなり書き終わる。
即興的に書くSudden Fictionをこれからお楽しみください。

お題募集中です。
急募!お題」のコメント欄で受け付けています。
どなたでも気軽にご注文ください。初めての人、大歓迎です。

(お題の管理上、TwitterやFacebookでは見逃しがちなので、
 どうか上記コメント欄をご利用ください)

それではこれからしばらく新作のシーズンをお楽しみください。

※発表済みの作品をご覧になりたい方は
 をご活用ください。

奥付



梅の見頃に舞を舞う


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著者 : hirotakashina
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