閉じる


6月3日のおはなし「タラ・クラタ「つから始まることば」について」

 君のような明日が来て
 君のような椅子に座る
 君のような海猫さえ
 君のような笑みを絶やす
 君のような終わりは近い

 明暦三年一の月に公實參創(こうじつさんそう)が書いた漢詩は、意味不明でありながら何故か人口に膾炙し、やがては様式化した形で芸者遊びの場でも愛唱されるほどの人気歌謡となった。その一因は執拗なまでの「君のような」の繰り返しにあるとされた。これほどまでにためらいもなく相手への思いの丈を連呼するような詩をまだ誰も目にしたことがなかったからだ。

 君のような鏡に映る
 君のような季節は過ぎる
 君のような水母の群れも
 君のような獣に追われ
 君のような子どもを宿す

 「ぬしのよな」と花柳界のおんなたちは唄ったらしい。それに続くことばが「あいうえお、かきくけこ」になる、つまり「明日、椅子、海猫、笑み、終わり、鏡、季節、水母、獣、子供」となるようなことば遊びの決まりごとだけが守られて、折々に即興で歌い変えられて行ったそうだ。

 「ぬしのよな」の中には、折々の流行り言葉を読み込んだ滑稽なものもあれば、色事にかけて時世を皮肉ったものもあり、そしてもちろん目の前の旦那の気を引くような思わせぶりなものも多かったらしい。そのほとんどはその場限りで消えていくので記録に残っているものはほとんどない。

 ぬしのよなさくらまいちる
 ぬしのよなしとねのうえに
 ぬしのよなすずもふろうか
 ぬしのよなせなにつめたて
 ぬしのよなそりがたなゆえ

 これなどは大変にあからさまに思い人に向けたエロティックな歌詞だが、品川の菊乃というあまり売れない芸妓がつくって大変に評判になり、たちまちどこの花街でもくちずさまれるようになったという。明治以降、舶来の文化の前に端唄小唄の類が下賎なものと退けられるようになり、一時すたれていたが、二十世紀も終わりに近づいた頃、博覧強記で知られるパンクロッカー、倉田蔵多がこれに目をつけた。

 おまえのような爛れた時代に
 おまえのような血の海におぼれ
 おまえのような罪ほろぼしさえも
 おまえのようなテロの前に
 おまえのようなトラウマの闇

 歌詞の中で小悪魔的な「おまえ」は徐々に破壊的な人格を身につけ、やがては周囲のありとあらゆる人を不幸に陥れる恐るべき女神へと変貌していく。その過程を「甘い裏切り」に始まり、「んーーーーー!」という唸り声に終わる歌詞に叩き付け、「あ」から「ん」まで46回繰り返すという、居合わせた聴衆にとっては苦行のようなパフォーマンスで一部の熱狂的な支持を受けたが、ライブハウスではおおむね不評だったという。

 倉田蔵多はまさしくこの歌「おまえのような」そのままの人生を歩み、バンドも破壊し、家族も破壊し、やがては自分の喉を破壊し、指を破壊し、最後は自分の肉体と命を破壊してこの世を去った。本業の音楽ではなくその破滅型の人生と、折々に起こす傷害事件で三面記事を賑わすお騒がせミュージシャンとして倉田蔵多の名前を知る人の方が多いかもしれない。けれども少なくとも「おまえのような」を歌っていた頃、バンドはライブハウスを超満員にするカリスマ的人気を誇っていた。

 今日紹介するこの絵は、歌詞の中の「おまえのような罪ほろぼしさえも」にインスパイアされたもので、破壊し尽くした世界にたたずむ女神の姿が描かれている。女神はくだけた2つの破片を慎重に合わせるようなポーズをしてたたずんでいる。「あ」から「ん」まで46文字の中で唯一「罪ほろぼし」だけが破壊ではなく建設を意味する言葉であることに目をつけた画家は、破壊神の唯一の善行の描写に挑戦したのだ。タラ・クラタというふざけた画家の名前は本名で、お気づきの通り、蔵多の娘である。

(「罪ほろぼし」ordered by suzumena-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

新作スタート。お題募集中。

2011年10月1日。
Sudden Fiction Projectの新作発表が始まりました。

1日1篇ペースをめざしていますが、これはどうなるかわかりません。
毎日、その日のお題を見て、いきなり書き始めていきなり書き終わる。
即興的に書くSudden Fictionをこれからお楽しみください。

お題募集中です。
急募!お題」のコメント欄で受け付けています。
どなたでも気軽にご注文ください。初めての人、大歓迎です。

(お題の管理上、TwitterやFacebookでは見逃しがちなので、
 どうか上記コメント欄をご利用ください)

それではこれからしばらく新作のシーズンをお楽しみください。

※発表済みの作品をご覧になりたい方は
 をご活用ください。

奥付



タラ・クラタ「つから始まることば」について


http://p.booklog.jp/book/39512


著者 : hirotakashina
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/hirotakashina/profile


感想はこちらのコメントへ
http://p.booklog.jp/book/39512

ブクログのパブー本棚へ入れる
http://booklog.jp/puboo/book/39512



公開中のSudden Fiction Project作品一覧

http://p.booklog.jp/users/hirotakashina



電子書籍プラットフォーム : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/
運営会社:株式会社paperboy&co.



この本の内容は以上です。


読者登録

hirotakashinaさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について