閉じる


<<最初から読む

11 / 15ページ

第九幕

 その日もヴァーキーは鼻先を窓枠に乗せて、家の中をうかがっていました。すると、こんな会話がヴァーキーの耳に入ってきました。

「ねえ…スージー…お父さんがいなくて本当に寂しくないの?」

「大丈夫だよ、わたしにはお母さんがいるもん!」

その家の薄い壁を通じて二人の会話が外にいるヴァーキーにもよく聞こえてきました。狭い庭に冷たい風が通り抜けて行きます。その風先がヴァーキーの鼻先をなでていきました。

「でもスージー…お母さんは知っているのよ。たまにスージーがひとりで泣いていることを…」

お母さんがスプーンを置いてそう言いました。

「何を言っているの!?お母さん、わたしは泣いてなんかいないよ!」

「でも…あの晩は…お父さんが戦争から帰ってくるはずだったあの日には…」

そう言うと、お母さんは暖炉のわきにかかっているカレンダーを見つめました。たくさんの日付が記されているそのカレンダーには一日だけ赤い模様がほどこされていました。

「ううん…あの晩はね、わたしの大切な夢をバクに食べられてしまったの」

少女はかじっていたパンを置くとそう言いました。

「…バク?」

「うん!」

「…そう…だったのね…」

お母さんは娘の想像力を目の当たりにして、お手伝いを欠かさない働き者がまだ小さいことを思い出したようでした。

「あのね、お父さんが帰ってくるはずのあの日…わたしステキな夢を見ていたの。白いシャツを着たお父さんと見たことのない花や草がたくさん咲いている野原で赤いボールを投げ合ったり、一緒に走ったり、肩車をしてもらったり。その他にも楽しいことをいっぱいしたわ。そしてね、その後にお父さんがしっかりとわたしのことを抱きしめてくれたの。夢の中なのに温かかったんだよ!それでね、抱きしめたままわたしの耳元で何かをささやいたの。わたしは“いつまた一緒に遊ぶのか”を言っているような気がして何度も聞き返したの…良く聞こえなかったから、何度も、何度も…そこで目が覚めちゃった…でもバクに全部食べられちゃったんだ。わたしの大切な夢…あんなに色あざやかだったのにあいまいにしか覚えていない……」

お母さんは娘の言うことを静かに聞いていました。一度置かれたスプーンはもう握られることはありませんでした。

 ヴァーキーも壁の向こう側で少女の言っていることを一言も聞きもらすことはありませんでした。そしてヴァーキーは鼻先もしっぽもうなだれたまま、小さな庭に濃い影を残し、日が落ちたばかりの空を飛んで行きました。

 

 

 


第十幕

 その日もヴァーキーは恐れや不安まみれの夢を食べていました。

「ウップ…」

でもヴァーキーの胃が痛むのは、悪夢だらけの食事のせいだけではありません。

 あの少女に“ごめんなさい”を言うだけではなく何かしてあげられないだろうか…?

 いつもは口が悪く身勝手で、仲間のバクからも距離を置かれているヴァーキーが少女のために何かしてあげようと考えるようになりました。

 

「“夢を食べるバクは、人から何かを奪うだけの存在なのだろうか。もしかして夢を与えられることができるんじゃないだろうか”」

 

 いつしかヴァーキーはそう考えるようになりました。そして、どんな小さなヒントでもつかみたいヴァーキーはふだんはあまり口をきかない顔見知りのバクたちにも話しを聞きに回りました。

「おい、一つ聞いてもいいか?オレらは人の夢を食べることができても、人に夢を見させてあげることはできないのか?」

ヴァーキーがそう話しかけます。

「誰かと思ったらヴァーキーか。突然話しかけてきたと思ったら急に何を言ってるんだ!?人に夢を与えるなんて…なんてバカげたことを」

「おかしなことを言っているのはわかっている。でも…できないものなのかな?」

「君のように仲間から外れ、ひとりで行動することが多いと…ずいぶんユニークな発想が生まれるもんなんだな」

顔見知りのバクたちはヴァーキーに冷たく当たりました。その冷ややかな反応を受けたヴァーキーは背中を丸めて飛び去りました。

 

 仲間のバクたちに相手にしてもらえなかったヴァーキーは再び、ライオンとトラに相談しに行きました。

「オレらバクは夢を食べてしまうだけではなく、夢を与えてあげることもできるんじゃないかと思うんだ!」

おりの中のライオンとトラは目を丸くしました。

「それはさすがにできないんじゃないか?バクが夢を与えるだなんて、そんな話聞いたことないぞ!」

そうライオンが言いました。

「まるで夢みたいなことを言ってやがる!夢を食べ過ぎちゃったんじゃないか?」

トラもそう言うと浮かない表情でヴァーキーを見つめました。そのときです、飾り羽を揺らしながらクジャクがやってきました。

「なあ、ヴァーキー。君はどう思っているんだい?」

「オレは…オレは、できそうな気がするんだ」

「そうか!だから前から言っているじゃないか。質問の答えはいつも自分が持っているものなのさ!」

クジャクは羽を誇らしげに広げながら言いました。すると、

「その通り!クジャク君の言っていることは一理あるよ」

長老のラクダがそう言ってヴァーキーのことを励ましました。

「君ができると思ったのなら、必ずできる。周りの意見に惑わされず、自分に正直になるのが一番だよ、ヴァーキー」

「そうか…そうなのかもしれない。ありがとう!」

 

 

 その日からヴァーキーは寝る間を惜しんでひとり特訓にはげみました。

 


第十一幕

 そして、季節は移り変わり美しい三日月の夜が来ました。もう、ヴァーキーが少女の夢を食べてしまったあの日から幾日もたっていました。ユッサユッサと揺らしていたはずのあの体は少し細くなり白と黒の模様のおかげでよりしまって見えました。

「青色の窓枠の家!どこだ?どこにある?」

久し振りに夜空から眺める町はだいぶ変わっていました。大砲がうち込まれた跡が残る町は昔あったはずの建物がいくつも無くなっていました。

「迷ってしまったぞ…目印は他にもなかたっけ…」

かつて止まり木の代わりに使っていた教会の十字架ももうありませんでした。ヴァーキーはひずめで頭をかきながらあちこちを飛びまわりました。記憶を頼りに頭の中に地図をつくって必死に探しました。

「そうだ!そう言えば!」

ヴァーキーはひしゃく型に並ぶ北斗七星から北極星を見つけ出しました。そして、その光が導いてくれる元へ向かいました。以前の様子とは変わってしまった地上とは違って、どこまでも広がる空からその星を見つけることは簡単でした。

「あそこだ!あのエントツだ!」

ヴァーキーは急いでスージーと呼ばれていた少女が住む家に向かいました。

 

 

 


第十二幕

 久し振りに見たその家はやっぱり小さく見えました。ヴァーキーはその小さな家の短い煙突の上に立つと、まずひずめに付いた泥を落としました。そして、

「よぉし!」

そう、ヴァーキーは一声上げると、

 

コロコロコロコロコロコロッ、パラパラッ、ストン。

 

以前よりも細くなったせいか、丸くなったヴァーキーの体は煙突の中をスルスル落ちていきました。そして見覚えのある部屋の中で、すすだらけの細い体をうんと伸ばしました。目の前には、以前と同じように壁際のテーブルのすぐ先に二つの部屋があります。右側からはお母さんの寝息が聞こえてきます。そして左側の部屋からはスヤスヤとした安らかな寝息…ではなく、何かにうなされているような声が聞こえてきました。

「ではひと仕事!でもその前に…」

そっと扉を開けたヴァーキーは、桃色の布団にくるまった、ちょっとだけ大きくなった少女に向けて鼻をかざし、

 

ヴォォォォー!

 

と、あたりの空気を一気に吸い込みました。しかし、

 

ウップ……。

 

それはグルメなヴァーキーにはすぐにわかりました。吸い上げた夢が大人顔負けの悪夢だったということを。しかし、ここで音を上げている訳にはいきません。ヴァーキーは一つ大きく呼吸をして気持ちを切り替えました。

「“ずっと心残りだったんだ!さあ、借りを返すときがきた!”」

そう心の中で言うと、ヴァーキーは鼻と体を時計まわりに三回まわし、不思議な呪文をつぶやきました。

「イーイーイーイー♪アーーアーアー♪」

これはヴァーキーが何度も失敗を繰り返して見つけた術でした。ヴァーキーは呪文をつぶやき終えると、

 

ヴォォォォー!

 

今度は鼻から目一杯息を吐き出しました。

「“この間はごめんね。今のオレにできることは…これくらいだ”」

ヴァーキーは細くなった体を引きつらせながら心の中でそう言いました。

「今のオレの実力ではオレの体の色と同じような白と黒の夢しか見させてあげられないんだ…」

自分の無力さを感じたヴァーキーは少し感傷的になりつつも、弱い自分をごまかすためにより力強く息を吐き出しました。しかしその音があまりにも大きかったせいか、桃色の布団がモゾモゾと動くと布団の中から少女がはい出てきました。

「…あれぇ…」

眠たそうな顔を浮かべた少女はヴァーキーのことを見ながらこう言いました。

「誰かと思ったら…ずっと前に私の夢を食べちゃったバクだわ!わたしの悪い夢を食べてくれてありがとう。そして、わたしにステキな夢を見させてくれてありがとう」

とっても大きくて、すごくまん丸で、かなり…寝ぼけた瞳がヴァーキーのことを見つめています。ずっと見つめられて恥ずかしくなったヴァーキーの顔は赤色に染まりました。それを見た少女はクスッと笑い再び目を閉じました。すると、

「あれ!?」

目をつぶった少女の顔がさらに笑顔になりました。

「夢に色がついたよ!この花、赤くてすごくキレイ!」

顔を赤く染めたままのヴァーキーもその声を聞いて驚きました。

「あれ!?赤いボール!!…あ…!」

スージーがそう言うと手を伸ばしました。しかし、そこには誰もいません。でもスージーは誰もいなくても手をたぐりよせました。

「…お父さんだ!!」

スージーがそう叫びました。そのときヴァーキーは気が付きました。

「“そうか…!オレの顔が赤く染まったからだ!”」

息を整える事も忘れたヴァーキーはさらに息を吐き出しながら思いました。

「“スージーが見つめてくれて恥ずかしくなったおかげで夢に色がつけられたんだ!よし!”」

そう考えたヴァーキーはありったけの力で鼻から「夢」を吐き出しました。それはとても激しく苦しい仕事でした。ですからヴァーキーの顔は白くなり、青くなり、紫になり、色んな色に変わりました。でも、顔色を変えて「夢」を吐き出し続ける目の前でスージーが嬉しそうな表情を浮かべてくれました。それを見たヴァーキーの顔色は本当は苦しいはずなのに再び赤く染まりました。

「お父さん!帰ってきてくれたんだね!ずっと会いたかったんだよ!お父さんあったかい!お父さん大好き!」

少女の目から、きっと夢の中のお父さんと同じくらいあたたかい涙がこぼれました。何粒も何粒も涙がこぼれていくのを見て、ヴァーキーは息を吐くのを止めました。そして、ハァハァする息をおさえながら、出会ったころと同じようにスヤスヤと寝息を立て始めたスージーにこうつぶやきました。

 

「きっと、その“夢”はかなえられる。大丈夫。君ならとてもステキな幸せを引き寄せられるよ」


第十三幕

 この話しは夢を食べるエリートのバクたちの間にまたたくまに広がりました。悪夢ばかりを食べていたバクたちは、ヴァーキーに習った“夢を与える”方法をまねました。

 

「イーイーイーイー♪アーーアーアー♪」

 

するとどうしたことでしょう!いつの間にかその町の人間たちは良い夢を見るくせがつき、空襲を恐れて寝付けなかった人々も寝ることが大好きになりました。バクたちも食べる夢のどれもがおいしいものばかりになり、気付けば町のみんなに笑顔が戻りました。

 そして、バクたちの間である噂が広がりました。

「どうやら、人間どもがやっていた“大きなセンソウ”とやらは終わったらしいぞ。スージーという名の少女が見るだけだったはずの夢を叶えたらしいぞ」

 

 いつしか、こわすのが得意だった人間たちはつくることの方が得意になっていました。そんな人々が作った新しい十字架に今夜もヴァーキーが止まります。そしてそこで一息つくと、広い夜空に向かって再び飛び立ちました。

 

 おいしそうな夢の香りを探すために。悪い夢を見る人間には良い夢をあげるために。

 そして、夢は叶えるためにあると教えるために。

 

 

 

 

 

9514字

 

 

 

企画 制作 75°

編集 75°and 遠名 奏

 

©2012-2014    75°

 

75°  HP  → http://75do.populr.me/75

   fbp → https://www.facebook.com/75dostory?ref=hl

 

遠名 奏 HP → http://tonakanata.jimdo.com/

 

 

 

 

※ このお話はフィクションです ※


この本の内容は以上です。


読者登録

75°さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について