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第五幕

 煙突にこびり付くすすのせいで灰色になったヴァーキーは、足音を立てないようにヒズメを引きずって部屋の中を歩きました。どうやらそこは人間がご飯を食べる部屋らしく、暖炉の前に大きな椅子と小さな椅子などの家具があるだけで、夢の持ち主はどこにも見当たりませんでした。

「どこだ?どこにいる?」

ヴァーキーは鼻息で体についたすすを払うと周囲をよく見渡しました。真っ暗な家の中は思っていたよりもさらに狭く、壁ぎわに置かれた小さなテーブルのすぐ先に二つの扉がありました。ヴァーキーはそのテーブルを通り越し、色違いの二つの扉に注意深く耳を押しあてると、右の部屋からも左の部屋からもスヤスヤと優しい寝息が聞こえてきました。

「どっちだ?どっちの部屋の夢なんだ?」

そうつぶやきながら、ヴァーキーはクンクンと鼻を鳴らすと、

「これは左の部屋に違いない!」

そう言いつつ鼻をグルッと回し、ドアノブを器用につかんでそっと扉を開けました。すると、ちょうど目の前で桃色の布団にくるまった少女が寝返りをうっていました。

「うん、間違いない、この子の夢だ!」

お腹がペコペコだったヴァーキーは急いで少女の元に駆け寄ると、寝返りをうったばかりの少女に向けて鼻をかざし……

 

ヴォォォー!!

 

と、ベッドのまわりの空気を目一杯吸い込みました。

「うん!思った通りだ!これはうまい!!」

モグモグとヴァーキーは口を動かしながらつぶやきます。

「こんなにうまい夢は今まで食べたことがないぞ!!」

ヴァーキーは目を閉じると味覚を通じてイメージを浮かべました。

「甘くて、少し苦くて…でもそれがステキなスパイスになっていて…まるでこれは人間がおいしそうに食べる上等なチョコレートのようだ!これはきっと…この子がお父さんと一緒にいる夢だな!」

少女の夢のかけらたちがヴァーキーの喉を転がり落ちていきます。そして、その夢の中身全部がヴァーキーの胃袋の中に入ったとき、とっても大きくて、かなりまん丸で、すごくうるんだ瞳がヴァーキーをとらえました。

「あなたは誰?」

そう尋ねられたヴァーキーは慌ててヒズメで口を抑えました。

「あなたは…もしかしてバク?」

ヴァーキーは口をヒズメで抑えながらゆっくり首を縦に振りました。

「まぁ!何てことをするの!何でわたしの大切な夢を食べてしまうの?」

「………」

ヴァーキーは少女のその問い掛けに何も応えることができませんでした。

「返して!ねえ、今すぐわたしの大切な夢を返して!!」

その目から大粒の涙が一粒こぼれ落ちました。それを見たヴァーキーは少女に負けないくらい大きく開いた目をパチクリとさせました。なぜなら、ヴァーキーはこれまで一度も夢を食べている姿を人間に見られたことがなかったからです。だから、涙を落とした女の子を前にしてどうしたら良いのか全く分かりませんでした。

「な…なんだよ!夢くらい!また見ればいいじゃないか!」

苦しまぎれにヴァーキーがそう言いました。しかし、それを聞いていた少女は必死にこらえていた二粒目の涙をこぼし…

「うわーん!!」

大きな声をあげて泣き始めました。

「な…なんだよ…」

ヴァーキーはたくさんの涙をこぼす少女に何も言えませんでした。隣の部屋から女の子の鳴き声を聞いたお母さんが飛び起きる音が聞こえてきました。ヴァーキーはお母さんが来る前にクルクルのしっぽをさらにクルクルに巻いて急いでその場から立ち去ってしまいました。

 

 


第六幕

 それから何日もたちました。相変わらずヴァーキーは闇夜の空を飛び回って人間が見た夢を食べていました。しかし、どうもあの晩のことが気になって仕方がありません。

 

 そんなある日、友達のバクが少ないヴァーキーは親しいライオンに相談をしに行きました。

「あの日、女の子にあんなことを言ってしまって…悪かったかな…!?」

おりの中にいたライオンはあくびをしながらヴァーキーの話を聞いていました。

「食べたのは夢だけだろ!?オレなら女の子ごと丸呑みにしちゃうよ。なあ?」

ライオンは口を大きく開けながら、となりのおりにいるトラに話しかけました。

「ああ!オレなら女の子を丸呑みにしたあと、冷蔵庫のなかみを全部食べちゃうよ!だからヴァーキーは優しい方だよ!」

トラはうなり声をあげつつ、そう応えました。

「そう…かな…」

ヴァーキーは二匹の“独特のはげまし”に対して頭を下げると、今度は通りすがりのクジャクに相談しました。

「なあ、君はどう思う?」

ヴァーキーがそう尋ねると、クジャクは飾り羽をユサユサと揺らしながら、

「そう尋ねてくる君こそどう思っているだい?」

逆にそうヴァーキーに質問してきました。

「うーん…どうなんだろう…本心は……」

「いいかい、本心にこそ質問の答えがあるのさ!常に!」

クジャクはそう言うと誇らしげに羽を広げました。

「…うーん…」

ヴァーキーは余計に頭を抱えてしまいました。しかし、そのときです。

「クジャクくんの言っていることは一理あるよ!」

そう声が聞こえてきました。その声が辺りに響きわたると、クジャクは広げたばかりの羽をササッとたたみ、うなり声をあげていたはずのライオンとトラも静まり返りました。いつもはおとなしい長老のラクダが話し出したのです。

「ラクダさん、それはどういうこと?」

「なあ、ヴァーキーよ。胸に手を当ててみなさい」

ヴァーキーは珍しく素直にヒズメを胸に押し当てました。すると、静けさの中、再び長老のラクダが話し出しました。

「もし、少しでも悪いことをしたと思うのなら謝りに行きなさい。自分の気持ちに正直になるのが一番だよ、ヴァーキー」

「…そうだよな、やっぱり…謝りに行かないと」

 

 


第七幕

「謝りに行こう」そう思ったヴァーキーは、いつもならぐうぐう寝ているはずの昼間に、少女の様子を見にあの家へと向かいました。

「確か…あの窓枠の家だったよな…」

ヴァーキーは教会の十字架の上から飛び立つと、こっそり小さな家の小さな庭にしのびこみました。小さな庭にはその庭には似つかない大きなスコップや手押し車がありました。ヴァーキーはそれらを押しのけ青色の窓枠に鼻をかけて家の中をうかがいました。そこには小さな手で洗たく物をたたんだり、まだあどけない背中をめいっぱい伸ばし台所でお母さんのお手伝いをしている少女がいました。

「あれ…!?」

壁際のテーブルに少女がお皿を並べます。そのお皿にお母さんが温かいスープを注ぎます。しかし、そのお皿の数にヴァーキーは首をかしげました。

「…お父さんはいないのだろうか…!?」

ヴァーキーは大きなスコップに視線を送ると頭をよぎった疑問がそのまま口からで出そうになりました。でも、少女とお母さんが話し出す素振りを見せたのでヴァーキーは慌てて口をつぐみ耳をそばたてました。

「兵隊さんになったお父さんが無事に大きな戦争から帰ってきますように」

湯気の中、お母さんと少女が手を重ねると声を合わしながらそう言いました。

「ヘイタイ…。大きなセンソウ…。お父さんはあの大きなセンソウってやつに行ってるんだ…だとしたらオレは…きっと大切な夢を食べてしまったんだな…」

そう感じたヴァーキーは一段と心が重くなりました。

 謝りに来たはずのヴァーキーは、何もせずにまた空へと飛んで行ってしまいました。

 

 

 


第八幕

 ヴァーキーはそれから何日も何日も、気になってその家の中の様子をうかがいに行きました。

自分の背丈よりも高いほうきを持って部屋の掃除をしている姿や、お母さんが座る椅子に上って電球を替えている姿、お手伝いの合間を見計らって勉強している姿など、ヴァーキーの心にはその一つ一つの光景が全て焼き付いていきました。焼き付くたびに何度も何度も謝ろうとしました。しかし、あと一歩のところでヴァーキーは勇気を出ませんでした。

 

 


第九幕

 その日もヴァーキーは鼻先を窓枠に乗せて、家の中をうかがっていました。すると、こんな会話がヴァーキーの耳に入ってきました。

「ねえ…スージー…お父さんがいなくて本当に寂しくないの?」

「大丈夫だよ、わたしにはお母さんがいるもん!」

その家の薄い壁を通じて二人の会話が外にいるヴァーキーにもよく聞こえてきました。狭い庭に冷たい風が通り抜けて行きます。その風先がヴァーキーの鼻先をなでていきました。

「でもスージー…お母さんは知っているのよ。たまにスージーがひとりで泣いていることを…」

お母さんがスプーンを置いてそう言いました。

「何を言っているの!?お母さん、わたしは泣いてなんかいないよ!」

「でも…あの晩は…お父さんが戦争から帰ってくるはずだったあの日には…」

そう言うと、お母さんは暖炉のわきにかかっているカレンダーを見つめました。たくさんの日付が記されているそのカレンダーには一日だけ赤い模様がほどこされていました。

「ううん…あの晩はね、わたしの大切な夢をバクに食べられてしまったの」

少女はかじっていたパンを置くとそう言いました。

「…バク?」

「うん!」

「…そう…だったのね…」

お母さんは娘の想像力を目の当たりにして、お手伝いを欠かさない働き者がまだ小さいことを思い出したようでした。

「あのね、お父さんが帰ってくるはずのあの日…わたしステキな夢を見ていたの。白いシャツを着たお父さんと見たことのない花や草がたくさん咲いている野原で赤いボールを投げ合ったり、一緒に走ったり、肩車をしてもらったり。その他にも楽しいことをいっぱいしたわ。そしてね、その後にお父さんがしっかりとわたしのことを抱きしめてくれたの。夢の中なのに温かかったんだよ!それでね、抱きしめたままわたしの耳元で何かをささやいたの。わたしは“いつまた一緒に遊ぶのか”を言っているような気がして何度も聞き返したの…良く聞こえなかったから、何度も、何度も…そこで目が覚めちゃった…でもバクに全部食べられちゃったんだ。わたしの大切な夢…あんなに色あざやかだったのにあいまいにしか覚えていない……」

お母さんは娘の言うことを静かに聞いていました。一度置かれたスプーンはもう握られることはありませんでした。

 ヴァーキーも壁の向こう側で少女の言っていることを一言も聞きもらすことはありませんでした。そしてヴァーキーは鼻先もしっぽもうなだれたまま、小さな庭に濃い影を残し、日が落ちたばかりの空を飛んで行きました。

 

 

 



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