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第二幕

 みなさんはこんな話を、聞いたことがありませんか?

 一見、ボーっとしているように見える白黒二色の地味な生き物「バク」が人間が寝ているときに見ている夢を食べてしまうという話を。

 このお話しはそんな「バク」が出てくるお話しです。

 

 

 実を言いますと…この世界は…様々な地域から厳しい試験をくぐり抜けた超一流のバクたちが、夜な夜な空を飛びまわっては人間が見た夢を食べているのです。雨の日も風の日も自慢!?の鼻を風上にかざし、お月さまの明かりを頼りに、家々の煙突から香り立つおいしそうな夢を目指しては夜空を駆け回っているのです。

 


第三幕

 ある日、三日月の夜のことです。選りすぐりのエリートにもかかわらず、ちょっとだけひねくれ者のヴァーキーがこんなことをつぶやきました。

......タイセンってやつのせいだろうか!?最近の人間の夢はどれもこれも悪夢ばかりだ。食べる夢のほとんどが『苦い』ものだったり『辛い』(「つらい」夢は「からい」のです!)ものだったり…全く胸がつかえてしかたがない!いいかげんにしてほしいぜ!」

 

 お聞きの通りヴァーキーは口が悪く少し自分勝手なところがありますので、仲間のバクから距離を置かれていましたが、その「おいしい夢にありつく嗅覚は」仲間からも一目置かれていました。ですから、グルメなヴァーキーにとって悪い夢にしかありつけない今の状況はとてもとても耐えられるものではありませんでした。

「う~む……どこかにおいしい夢はないだろうか……」

ヴァーキーはそう不満をもらすと、闇夜にまぎれる白黒の体をユッサユッサと揺らしつつ長めの鼻を宙に向けてほんのりため息をつきました。

「…ん?」

すると、どうしたことでしょう。ヴァーキーのクルクルしたしっぽがピンと伸びました。

「んん!?」

さっき宙に向けたばかりの鼻が、この何百日も嗅いでいなかったおいしそうな「夢の香り」をとらえました。とても甘くて、まろやかで、それでいてちょっと苦みがきいているその香りのせいでヴァーキーのもっちりとした頬は一瞬にしてとろけてしまいました。

「んん!この夢はきっとおいしい夢に違いないぞっ!はたしてこの香りはどの煙突から出ているのだろう?」

ヴァーキーは鼻をグルグルまわし、後ろ足のヒズメをカツカツと地面に叩き付けると、空めがけて飛び上がりました。不思議なことにさっきまで重たそうだった体は一度宙に上がるとフワフワと浮かび上がり、前足を蹴り出すとその体は前へ前へとグングン進んでいきました。

 

 


第四幕

「どの煙突だ?この香りが出ているのは!?あの茶色い煙突から出ているのか!?それとも、向こうの大きい灰色の煙突から出ているのか!?」

ヴァーキーは教会の十字架の上に立ち止まると、あちこちを見回しました。すると夜でもよく見えるその目に青色の窓枠を持つ小さな家が映りました。それは、その日はやけにまたたいている北極星の下にある家でした。きっといつもなら見過ごしてしまうほどの小さなその家には、空に向かって申し訳なさそうに伸びる煙突があり、そこから例のあの香りがたちこめていました。

「あの家だ!きっとあの家に違いない!よぉし!!」

ヴァーキーはそう言うと、ニヤッと笑いながら煙突の上にピタッと止まり、丸い体をよけいに丸くして煙突の中にスッポリと入り込みました。

 

コロコロコロ、ゴロゴロゴロ、パラッパラッ、ストン。

 

 

こうして、いつものようにヴァーキーは色んな音をかなでながら家の中まで転がっていきました。

 


第五幕

 煙突にこびり付くすすのせいで灰色になったヴァーキーは、足音を立てないようにヒズメを引きずって部屋の中を歩きました。どうやらそこは人間がご飯を食べる部屋らしく、暖炉の前に大きな椅子と小さな椅子などの家具があるだけで、夢の持ち主はどこにも見当たりませんでした。

「どこだ?どこにいる?」

ヴァーキーは鼻息で体についたすすを払うと周囲をよく見渡しました。真っ暗な家の中は思っていたよりもさらに狭く、壁ぎわに置かれた小さなテーブルのすぐ先に二つの扉がありました。ヴァーキーはそのテーブルを通り越し、色違いの二つの扉に注意深く耳を押しあてると、右の部屋からも左の部屋からもスヤスヤと優しい寝息が聞こえてきました。

「どっちだ?どっちの部屋の夢なんだ?」

そうつぶやきながら、ヴァーキーはクンクンと鼻を鳴らすと、

「これは左の部屋に違いない!」

そう言いつつ鼻をグルッと回し、ドアノブを器用につかんでそっと扉を開けました。すると、ちょうど目の前で桃色の布団にくるまった少女が寝返りをうっていました。

「うん、間違いない、この子の夢だ!」

お腹がペコペコだったヴァーキーは急いで少女の元に駆け寄ると、寝返りをうったばかりの少女に向けて鼻をかざし……

 

ヴォォォー!!

 

と、ベッドのまわりの空気を目一杯吸い込みました。

「うん!思った通りだ!これはうまい!!」

モグモグとヴァーキーは口を動かしながらつぶやきます。

「こんなにうまい夢は今まで食べたことがないぞ!!」

ヴァーキーは目を閉じると味覚を通じてイメージを浮かべました。

「甘くて、少し苦くて…でもそれがステキなスパイスになっていて…まるでこれは人間がおいしそうに食べる上等なチョコレートのようだ!これはきっと…この子がお父さんと一緒にいる夢だな!」

少女の夢のかけらたちがヴァーキーの喉を転がり落ちていきます。そして、その夢の中身全部がヴァーキーの胃袋の中に入ったとき、とっても大きくて、かなりまん丸で、すごくうるんだ瞳がヴァーキーをとらえました。

「あなたは誰?」

そう尋ねられたヴァーキーは慌ててヒズメで口を抑えました。

「あなたは…もしかしてバク?」

ヴァーキーは口をヒズメで抑えながらゆっくり首を縦に振りました。

「まぁ!何てことをするの!何でわたしの大切な夢を食べてしまうの?」

「………」

ヴァーキーは少女のその問い掛けに何も応えることができませんでした。

「返して!ねえ、今すぐわたしの大切な夢を返して!!」

その目から大粒の涙が一粒こぼれ落ちました。それを見たヴァーキーは少女に負けないくらい大きく開いた目をパチクリとさせました。なぜなら、ヴァーキーはこれまで一度も夢を食べている姿を人間に見られたことがなかったからです。だから、涙を落とした女の子を前にしてどうしたら良いのか全く分かりませんでした。

「な…なんだよ!夢くらい!また見ればいいじゃないか!」

苦しまぎれにヴァーキーがそう言いました。しかし、それを聞いていた少女は必死にこらえていた二粒目の涙をこぼし…

「うわーん!!」

大きな声をあげて泣き始めました。

「な…なんだよ…」

ヴァーキーはたくさんの涙をこぼす少女に何も言えませんでした。隣の部屋から女の子の鳴き声を聞いたお母さんが飛び起きる音が聞こえてきました。ヴァーキーはお母さんが来る前にクルクルのしっぽをさらにクルクルに巻いて急いでその場から立ち去ってしまいました。

 

 



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