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「寂しいでしょ、香。あたしがいなくなっちゃうんだもんね。すぐ帰ってくるからちゃんといい子で待ってんのよ」
「帰ってこなくていいよ」
「本当は寂しいのよねえ」
 姉ちゃんと母さんはそう言い合って笑う。父さんと叔母さんは二人でちびちびと日本酒をそそぎあって美味そうに飲んでいた。テーブルの真ん中には鍋。三月といっても夜は冷えるから、温かい鍋で室内も暖まってちょうどよかった。
 明日、姉ちゃんがマンションから出て行く。就職も決まって、四月から一人暮らしをするからだ。俺は近くの高校に進学したので、相変わらずこの家で暮らすのは変わりない。兄ちゃんも仕事のきりがついたら由佳さんと来るといっていたからもうすぐつくだろう。
 結局、姉ちゃんは兄ちゃんの結婚式には出なかったし、大学四年になった姉ちゃんは就職だなんだで忙しく、兄ちゃんと姉ちゃんはお互いもう一年半近く顔を見ていないことになっていて、兄ちゃんは引越しのときぐらい顔を見たいと言っていた。姉ちゃんはイケメンの顔が拝めるから嬉しい、なんて言っている。テレビを見ていていくらイケメンって人が出ていても嬉しそうにしないくせに。母さんがキッチンに行って、兄ちゃんがいないうちに苺を食べようと冷蔵庫から運んでくる間、隣に座った姉ちゃんは思い出したように俺の頬を触った。
「あんときごめんね。痛かったでしょ」
「別に」
 姉ちゃんの爪は綺麗に丸く切られていて、刺さりもしない。ついでにかさかさだった指先はつるつるしていて、もうぞわりともしなかった。
 ぽっちゃりと別れた次の日、学校から帰ってきてベランダを覗くと姉ちゃんはいつも通りタバコを片手にそこにいて、俺の顔を見て何も知らないという顔で「おかえり」といったのだった。緊張していた俺は少し拍子抜けして、でもほっとして「ただいま」と言った。
 それからぽっちゃりの話を始め、恋愛とかの話はしてない。学校の話をしたり、姉ちゃんの就職の話しをしたり、天気の話をしたり、家族の話をしたりする。姉ちゃんはタバコを吸い、ぼけっとしてたまに聞いてるか聞いてないかの返事をしてきた。いつも通りの姉ちゃんだった。それでよかった。

 鍋の食べすぎなのか体が妙に火照って寝苦しく、そっと居間へ行ってベランダに出た。冷えた風が体をさましてくれる。街中の立つビルには、たくさんの電気がまだともっている。製鉄工場の方もうっすら赤い。生まれてからずっとここに住んでいるから見慣れた景色といえば景色だけど、深夜なのに空はうっすら明るく星も月もあまり見えないのは残念な気がする。春とはいえ少し寒く、はっくしょんとくしゃみをすると、隣でがたっと音がした。驚いて首を伸ばしベランダを覗くと、姉ちゃんが小さなウッドチェアに座って目をこすっていた。
「姉ちゃんいたのかよ。風邪引くだろ、なんでそんなとこで寝てんだよ」
「香?あんたも何してんの……ねむい……タバコ吸ってたら寝ちゃったわ」
「明日早いんだろ。早く寝ろってば」
「うっさいな。あと一本」
 そう言って、膝においていたケースから一本取り出して火をつけた。暗い中、じわりと光るタバコの火は少し幻想的だった。姉ちゃんは立ち上がり、塀ぎりぎりまでやってきて、柵との角からこっちに身を乗り出してくる。
「危ないだろ、俺もそっち出るからそんな出てくるなってば」
「香ってさ、あれだよね、お母さんみたい」
「うっせーな」
「そんなんだと、変な女に引っかかるよ」
「うるさい」
「彼女できた?」
「いない」
「じゃあゲイかよ」
「好きな女はいる」
「お、新しい切り替えし」
 姉ちゃんはにやにやこっちを見て、タバコを吸う。俺は答えないまま、また空を見た。もう一度くしゃみがでる。鼻をずるずる吸うと、やっぱり鼻の奥がつんとした。あ、そうだ、と姉ちゃんは大きくつぶやいて、タバコを口から離した。
「タバコ、吸ってみる?」
「俺、未成年」
「何事も経験でしょう」
 姉ちゃんはくわえていたタバコをこっちに差し出してくる。俺がもらうまで待つ気のようだったから仕方なく手を伸ばす。指で挟むときに姉ちゃんの指と触れた。眠くて温度が高いからか温かい指だった。遠くでクラクションの間延びした音と、ブレーキの音がはっきり聞こえるほど静かだった。俺はそっと、タバコをくわえた。吸って、吐く。予想していたほど苦しくなく、味も少し苦い程度だった。
「吸えるでしょ?軽いのだから。それに間接キスだね」
「馬鹿じゃねえの」
 少し笑うとその振動で、指先からぱらぱらと灰が落ちた。


「ねえ、香」
 姉ちゃんにタバコを返そうと指にはさんで差し出すと、姉ちゃんの手がこっちに伸びてくる。と、俺の指を通り越した姉ちゃんの手は俺の肩をぐいっと引っ張った。塀と柵にはさまれて変な風に突き出た俺の顔に、姉ちゃんの顔が近づいてくる。そしてそのまま、姉ちゃんの唇が俺の頬に当たった。違う、キスされた。離れるときにぺろっと耳たぶもなめられる。ぞわぞわっと腰から下に刺激走った。
「あたしにはこれが精一杯だわ。あんたさ、高校行ったらちゃんと部活やりなよ。あたしもういないんだし、話相手になってくんなくてもいいから。ちゃんと彼女作って結婚するんだよ」
「……高校生で結婚とか早すぎるだろ」
「そりゃそうか」
 姉ちゃんは、くすくす笑った。ぽっちゃりみたいな、由佳さんみたいな、女らしい笑い方。ああ、俺は姉ちゃんがすごく好きだと、実感した。同時に一生無理な恋だとも。
 急激にタバコを持っていた指先が熱くなってはさんでいたタバコを姉ちゃん側のベランダに落とした。タバコは随分短くなっていて、姉ちゃんは拾い上げるといつものビールの空き缶にそれを捨てた。ついでに、くしゅんとくしゃみをして、俺もそれにつられてまたくしゃみをした。
「そろそろ寝るか。じゃ、また明日。見送ってくれるんでしょ?」
「起きれたら。……姉ちゃん、」
 ぽっちゃりがまだここに出入りしていた頃は俺の方が姉ちゃんより小さかったけど、今は姉ちゃんの方が小さい。帰ろうとして振り返った姉ちゃんは、小さくて細くて色が白くて美人だ。化粧をしていてもしていなくても、姉ちゃんは綺麗だ。きっと男にモテるはずなのに、姉ちゃんは女が好きでどうしようもなく好きで、でもどうにもならないってことも分かってる、そういう姉ちゃんが俺は。
「俺の結婚式には、ちゃんと来てよ」
「……あたしは年下キラーだから、あんたの奥さんとっちゃうかもよ?」
「……そしたら俺が姉ちゃんごと養う」
「ガキだね。ばか。おやすみ」
 姉ちゃんはひらひら手をふって、向こうに行ってしまった。窓が閉まる音がする。俺はベランダにもたれかかり、もう一度空を見つめてから部屋に入った。


 次の日、姉ちゃんはわざわざ朝早くにうちにやってきて俺の部屋に入ってくるなり、俺の枕元に何かを置いた。じゃあね、ばいばい、と言っていたような気がするけれど寝ぼけている俺にはよく聞き取れず、むにゃむにゃといっているうちに姉ちゃんは出て行ってしまった。すっきり目が覚めたのはそれから三時間後ぐらいで、もちろん姉ちゃんは出発した後だった。居間に行くと母さんと叔母さんがお茶をしていて、あんた遅いわよ、と口をそろえて言われた。姉ちゃん俺の部屋に来てたよね?と尋ねると、うちには朝来たけどあんたの部屋に行ったかはわかんないよ、と母さんに言われて夢だったのか、という気にもなってきた。
 部屋に戻り遮光カーテンをあけると、枕元に何かがおいてある。少しつぶれたタバコの箱だった。半分減っている。表に油性ペンで

『早くいい男になっていい女捕まえて私にくれ』

 と書いてあって、声を出して笑った。

 

END


あとがき

本を読んでくださった方、DLしてくださった方ありがとうございました。

初めてのあとがきです。こんにゃくと申します。

 

今回、このお話にはとても思い入れがあってあとがきを書こうと思い立ったのですが

いかんせん言葉にするのが上手くないので、やはり書かないほうがいいのかもしれない、と

こうして文字をつづっている間もとても迷っています。

 

「マイ・カズン」を書いていて、「人を愛することは当然だけど当然じゃない」

ということを思っていました。

私は妃子のように同性愛者ではありません。

でも、誰もが愛されたいと願うのは一緒です。その対象が各々あるだけで。

一般的に男は女に愛されるのを当然と思っているし、女を愛します。

女は男に愛されるのを願い、男を愛します。

でも、そうじゃないことだって多々あります。恋人同士だけじゃないこともあります。

そういうことを、少しでも書けたらと思ってはいたのですけれども、結局言い訳ですね。

とにもかくにも此処まで読んでいただいて本当にありがとうございます。

 

最後に宣伝?です。

アップしているものはサイトからの抜粋になっています。

普段は純文学のような小説や少しBLとは言いづらいようなBLをちまちま書いています。

お気軽に遊びにきてくださいね。

オリジナル小説サイト「InU」 http://sbrxsbr.web.fc2.com/

 

2011.11.18 こんにゃく 拝


この本の内容は以上です。


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