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4

純は粘った。

「あたしを一度使ってみてもらえませんか? 結構使えると思うかもしれませんよ」

「探偵はやめたほうがいい。それより失業中ということだが、ハローワークとかは行っているのか?」

純は負けずに言った。

「まさか菅葦さんの口から、ハローワークという言葉が出るとは思いませんでした」

「普通だ」

「根っからのアウトローだと憧れていたのに」

「憧れるものを間違えていないか?」菅葦はやや呆れた表情になった。「ハードボイルド小説のような、ドラマチックな展開なんかないぞ」

「そういうことじゃなく、大したことない男に怒鳴られると、顔面にハイキックしたくなるんです。でも尊敬している人に叱られても、訓練だと思うことができます。そこを世の大人はわかっていないんです」

「尊敬?」菅葦が不思議そうな顔をして聞いた。

「命の恩人だし、菅葦さんのことは尊敬しています。殴られても蹴られてもついて行きますよ」

純は真顔で睨んで見せた。菅葦は大きく息を吐くと、ソファにもたれかかった。

「殴ったり蹴ったりなんかしない。懇切丁寧に教える」

「じゃあ!」

純が明るい笑顔で身を乗り出したが、菅葦は涼しい顔で言った。

「君は向いていない」

「嘘」

「まだ若いんだ。就職口はいくらでもあると思う」

「どれだけの氷河期か知らないくせに」純はかしこまって頭を下げた。「お願いします!」

「ダメだ」

純がソファを下りようとした瞬間に菅葦が言う。

「土下座したら不採用だ」

「おっと、危ない」純は思わず笑顔でソファに戻った。

 


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5

結局、結論が出ないまま話は終わった。

菅葦は優しく玄関まで見送る。その紳士的な態度に純は少し救われる思いがした。

「あたしは諦めませんからね。あたしのやる気や執念をテストしてるんでしょう?」

「そんなことはしない」

「意地悪ですね。Sですか?」

唇を尖らせる純。こういう顔はめったに見せないのではないかと、菅葦は感じた。

「気をつけて帰るんだ。喧嘩をしたら不採用だ」

「犯されてもいいの?」

「そんなことは言っていない。自分の身を守るためなら正当防衛だ」

「あたしはいつでも正当防衛よ」

菅葦を睨むと、純は暗い表情のまま行ってしまった。ドアを閉めると、菅葦はため息混じりに呟いた。

「小悪魔の素質もあるな」

 

時計を見る。

菅葦は出かける準備をして、早速事務所を出た。

バスで駅に向かい、電車に乗ってファミリーレストランに入る。菅葦がハンバーグセットを注文すると、スーツを着た男が同じテーブルにすわった。

「見つかったかい?」大林警部は早速聞いた。

「まだだ」

菅葦の回答に苦笑すると、大林は小声で言った。

「一人くらいはいるだろう。君の人脈で何とか頼むよ。条件はそんなに厳しくないだろう」

菅葦は厳しい表情で大林の話を聞く。

「簡単な条件だろう。格闘技が得意で、若くてまあまあかわいければいいんだ。清らかキャラというのは俺にはようわからんが、君は把握してるんだろう?」

「女だけじゃない。万が一正体がバレた場合、助けなければいけない。その策が見つからない」

「マイクをつけるさ。マイクの音が聞こえなくなったら異変が起きた証拠だから即突入する」

大林が言うと、菅葦は怖い顔で確認した。

「本当に即突入するか? 犯人逮捕のほうを優先にする指揮官じゃ困るぞ」

 


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6

大林は声を落とすと、言った。

「大丈夫だ。指揮は俺が取る」

菅葦は一瞬考えてから、大林を鋭い目で見た。

「俺も隣にいて口出しをしていいか?」

「構わん」

「警部。マイクの声が聞こえなくなってからでは、手遅れの場合がある」

「手遅れ?」

「人を殺すのに2秒とかからない」

「殺しはしないさ」

「なぜ言い切れる?」

菅葦の責める目を交わすように、大林は言った。

「こうしている間にも被害者は増えているかもしれんのだよ。とにかく一網打尽にする」大林は独り言のように呟いた。「本当に、危ない動画なんか規制すればいいんだ」

「安易だな」

「安易?」大林が睨む。

「動画を規制したって犯罪はなくならないだろう。蓋をするんじゃなく、もっと根本的な部分から解決する必要がある」

「根本的な部分?」

「法律で規制したって、悪党は地下に潜るだけだ」菅葦が身を乗り出して語る。「法を破ることを何とも思っちゃいない連中に、規制は通じない」

「根本的な部分というのは、何だ?」

「女に悪さしちゃいけない。これを心に刻印しなければ事件はなくならない」

大林は遠い目をした。

「それは、警察の仕事なのかな?」

「地下に潜れるのは警察だけだ」

「あまり潜りたくないな」

この議論はしたくないとばかり、大林は窓の外をながめた。菅葦は構わず責める。

「民間人に危険な任務をやらせるんだ。絶対に守ると言い切れる作戦を見せることが大事だと思う。でなければ、やる女はいない。裸にされるのが平気な女などいないと考えるのが普通だ」


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7

菅葦は事務所に戻ってきた。純がいるので驚いた。

「まだいたのか?」

「ハンバーグは美味しかった?」純が笑う。

「・・・何?」

「怒っちゃダメだよ」純は両手を出す。「あなたが怒ると怖そうだから」

菅葦はドアを開けた。純が遠慮がちに声をかけられるのを待っていると、菅葦が聞いた。

「まさか、尾行していたのか?」

「怒っちゃダメですよ」

「別に、怒らない」

あまり見られたくない密談だった。内容を聞かれたとしたら大変だ。菅葦は鋭い目で純を見る。

「入ってくれ」

「殺さないでね」

純は玄関に入るとドアを閉め、鍵も締める。

「尾行をしていたのか?」

「ええ、まあ」

「なぜ?」

「認めて欲しくて」純はメモを出して読み上げた。「10時10分。駅到着。10時20分ファミレスに入り、ハンバーグセットを注文。半熟卵をゆで卵にできないかとウエートレスに言って困らせる」

菅葦は渋い顔をしながら黙って聞いていた。

「そこへスーツ姿の男性が来店。しばし小声で談笑。11時30分店を出る」

「もういい」

「11時45分電車に乗り、11時50分最寄り駅に到着。11時52分、バスに乗る」

「もういいと言った」

「そして12時8分、事務所に帰宅」

菅葦は大事なことを質問した。

「ファミレスでの話は聞いていたのか?」

 

 

 


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8

純は真顔になると、菅葦の目を真っすぐ見つめた。

「聞こえてしまいました」

「・・・そうか」

純も聞く。

「あたしのこと、全く気づかなかったの?」

「探偵失格だな」

「元刑事の探偵にそのセリフを言わせるということは、探偵合格じゃないですか?」

明るい笑顔で迫る純に、菅葦は感心した。

「さすがは、闘技者だな」

純は、初めて誉められた気がして、笑顔がこぼれた。ニンマリする純に、菅葦は質問を繰り返す。

「で、話を全部聞いてしまったのか?」

「あたしは口堅いよ。でも、助手にしてくれないと、ネットで呟きそう」

「揺するのか?」菅葦が苦笑する。

「冗談よ。それより菅葦さん」純は真剣な顔で言った。「なぜあたしを選ばないの?」

「選ぶ?」

「とぼけないで。格闘技が得意で、若くて・・・まあ、かわいくないと言われたらそれまでだけど」

「かわい過ぎるのも危険だ」

「え?」純は目を丸くした。

「アバズレのように見えて、実は清らかな心の持ち主。それは最初から見抜いていた」

「嘘」

「でも、そこまで美人だと、悪党は別のことを考えそうで、それが心配だ」

純は落ち着かないそぶりで左右を見てから、菅葦を見つめた。

「菅葦さん、あたしのこと、そういう風に見ててくれたの?」

「そういう風にって、だれが見ても美人の部類だろう」

「嘘・・・」純は情けなくも舞い上がった。「ちょっと、凄い嬉しいんですけど」

 



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