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15

「君は、腕に覚えがあるのか?」

「格闘技は3歳の頃から」純は自慢げに言った。

「腕に自信のあるほうが危ないってこともあるぞ」

「あなたこそ」純は両拳を構えて見せた。「腕に自信があるからあの人数相手に怯まなかったんじゃないの?」

「膝が震え、心臓が喉まで来ていた」

「嘘ばっかし」純が白い歯を見せる。

「まっ、とにかく喧嘩はしないに越したことはない。喧嘩は犯罪だ。喧嘩自慢は、私は万引きが得意ですと言ってるのと同じだ」

さすがは元刑事。言うことが違うと純は苦笑した。でも命の恩人に逆らう気はない。

「あの、お名前は? あたしは梅島純です」

「純・・・。俺は菅葦だ」

「スガイさん」

菅葦は名刺を出して純に渡した。

「何かあったら警察か、俺のところに連絡してくれ。まあ、大丈夫だと思うが・・・」

お礼まわりはないと思うが、菅葦は悪の目線、悪人の発想に敏感だった。普通はここで終わるが、純はあまりにも魅力的だ。ナンパ目的で諦めない危険性は残っている。

「それじゃ、気をつけて」

「あの・・・」純は、行きかけた菅葦を呼び止めた。

「何だ?」

「事務所に遊びに行ってもいいですか?」

菅葦は渋い顔で純をじっと見る。

「ああ」

純は明るい笑顔を向けると、友好的な態度で言った。

「命の恩人です。ちゃんとお礼がしたいので」

「・・・・・・」

 

 

 


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1

翌日。

純は名刺の住所をあてにして、菅葦探偵事務所を探した。

「ここ?」

古い一軒家。ポストを見ると「菅葦友斗」と書いてある。

「ここだ」

車が止まっている。留守ではないようだ。純はチャイムを鳴らした。

「はい」

菅葦がドアを開けた。スーツ姿だ。純はかしこまった態度で長身の菅葦を見上げる。彼女は小柄ではないが、160センチまで行かない。

「こんにちは」

「・・・本当に来たのか」

「迷惑ならすぐに帰りますけど」

「迷惑じゃない」

菅葦は奥に行く。どうぞ、という意味だと取り、純は玄関に入り、ドアを閉めた。

「お邪魔します」

「どうぞ」

「あの、鍵は締めますか?」

「鍵?」菅葦は不思議そうな顔をした。

「殺し屋に狙われてそうで。締めといほうが良くないですか?」純が笑う。

「・・・そうだな」菅葦も少し笑みを見せた。

歓迎はされていると勝手に判断し、純は鍵を締めて中に入った。

二人はソファにすわって向かい合う。

「ドラマでは見たことありますけど、実際の探偵事務所に入るのは初めてです」

「そうか」

純は、やや緊張の面持ちでいたが、意を決して言った。

「実は、菅葦さんにお願いしたいことがあって来ました」

「何だ?」

「あたしを、アシスタントにしてもらえませんか?」

前置きなしの速攻だ。純は真顔で唇を噛み締め、菅葦の顔をじっと見た。

「アシスタント?」

「はい」

 


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2

菅葦は厳しい表情で純を見る。純は次の言葉を待った。

「何ができる?」

「え?」

いきなり質問を返され、純は一瞬戸惑った。

「格闘技」

「あとは?」

「掃除でも洗濯でも雑用をやる助手って必要じゃないですか? あと買い物とかも。あ、料理もできますよ」

菅葦は渋い顔をすると、ハッキリ言った。

「助手はいらない」

「でも・・・」

「今まで一人でやって来たんだ。助手はいらない」

純は怯んだが、諦めなかった。

「見習いで使ってみてください。一生懸命頑張りますから」

「俺がやっている仕事は浮気調査や人捜しじゃない。もっと危険な仕事だ」

「ハードボイルド小説みたいな?」純が生き生きとした目で身を乗り出す。

「とにかくダメだ。助手は足手まといになる」

菅葦の断定的な言葉に、純は俯いた。

「使う前から使えないって決めつけるんですね」

「そういうことじゃない」

「見習い期間中はギャラは安くても構いません」

菅葦は、諦めない純に、怖い顔で聞いた。

「なぜ探偵をやりたいんだ?」

「今、失業中で。派遣バイトをしてたんですけど、頭ごなしに怒鳴られると殺したくなるんですよね」

菅葦は笑った。

「そんなに短気じゃ探偵も無理だ」

「生活のために仕方なく働くのと、自分が選んだ道は違いますよ」

唇を尖らせる純。菅葦は、真剣に説得にかかった。

「危険なんだ。冗談抜きに。やめたほうがいい」


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3

純はムッとすると、段々喧嘩腰になってきた。

「人を見くびり過ぎですよ。確かに13人の男に囲まれたら何もできなかったけど・・・」

「たかが不良少年でも、13人となると、勝てるわけがない。でも俺のやっている仕事は、もっと危険だ。じゃあ聞くが、ギャングのアジトに潜入できるか?」

「やれと言われればやりますよ」純もムキになる。

「捕まったら終わりだぞ」

「拷問されるんでしょ?」純は赤い顔をした。「絶対に口を割らないから」

「バカ、割っていいんだ」

「え?」

「口を割らなかったら酷いことをされてしまう。その前に口を割れ。俺の名前を出してもいい」

テストしているのか。純は迷った。

「いえ、口は割りませんよ」

「ダメだ。アニメや映画じゃないんだ。拷問に耐えられるわけないんだから、拷問される前に口を割るんだ」

菅葦の真剣な表情を見て、純は聞いた。

「それは、あたしを心配して言ってくれているんですか?」

その質問には答えずに、菅葦は語り出した。

「悪人というのは、家族を人質に取ったりする。そこがウイークポイントだからな。しかし俺には家族がいない。ただ、助手がいれば、確実に人質の対象になる。危険だ」

そんなに危険な仕事をしているのか。でも純は恐れなかった。

「あたし、スリルは好きです。男たちと相対するときも、凄くスリリングですよ。だって、女は負けたらアウトだから」

菅葦は険しい顔をした。

「今まで、怖い目に遭ったことは?」

「危ない目に遭ったことは何度もありますけど、変なことをされちゃったことはないわ」

「そうか」菅葦は安堵の表情を浮かべた。


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4

純は粘った。

「あたしを一度使ってみてもらえませんか? 結構使えると思うかもしれませんよ」

「探偵はやめたほうがいい。それより失業中ということだが、ハローワークとかは行っているのか?」

純は負けずに言った。

「まさか菅葦さんの口から、ハローワークという言葉が出るとは思いませんでした」

「普通だ」

「根っからのアウトローだと憧れていたのに」

「憧れるものを間違えていないか?」菅葦はやや呆れた表情になった。「ハードボイルド小説のような、ドラマチックな展開なんかないぞ」

「そういうことじゃなく、大したことない男に怒鳴られると、顔面にハイキックしたくなるんです。でも尊敬している人に叱られても、訓練だと思うことができます。そこを世の大人はわかっていないんです」

「尊敬?」菅葦が不思議そうな顔をして聞いた。

「命の恩人だし、菅葦さんのことは尊敬しています。殴られても蹴られてもついて行きますよ」

純は真顔で睨んで見せた。菅葦は大きく息を吐くと、ソファにもたれかかった。

「殴ったり蹴ったりなんかしない。懇切丁寧に教える」

「じゃあ!」

純が明るい笑顔で身を乗り出したが、菅葦は涼しい顔で言った。

「君は向いていない」

「嘘」

「まだ若いんだ。就職口はいくらでもあると思う」

「どれだけの氷河期か知らないくせに」純はかしこまって頭を下げた。「お願いします!」

「ダメだ」

純がソファを下りようとした瞬間に菅葦が言う。

「土下座したら不採用だ」

「おっと、危ない」純は思わず笑顔でソファに戻った。

 



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