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7

菅葦もコーヒーを飲みほした。

「よく調べたな、警部」

「問題は作戦だ。一網打尽にしたい。いちばん最良な方法は、現行犯だ。俺たちは囮捜査以外の方法をあれこれ考えたんだが、なかなか浮かばない」

「・・・囮捜査はダメなのか?」

「おいおい」大林は笑った。「警察は囮捜査なんかやらないよ。覚醒剤取締りや痴漢は別にしても、この手の囮捜査は危険過ぎる」

「そうだな」

たとえば女捜査官が囮になったとしても、万が一失敗したら、取り返しのつかないことをされてしまう危険性がある。スパイではあるまいし、女性警察官にそんなリスキーな任務を強要することはできない。

大林は急に笑顔になると、声を落とした。

「そこで君に頼みがあるんだ」

「頼み?」

「格闘技の経験がある女子を一人、探してくれないか?」

菅葦は鋭い視線を大林に向けた。

「探してどうする?」

「どうするって、そんなこと聞くなよ。わかるだろう」

「警察官も危険だからやらない仕事を、一般市民にやらせると?」

「だれも一般市民とは言っていないよ。いるだろう。そういうのがへっちゃらな女の子」

菅葦は渋い顔をした。

「今のセリフを録音しておけば良かった。警部の言葉とは思えない。揺すれる」

「暗殺するさ」大林は指でピストルの形をつくると、菅葦に向けた。

「じゃあ、マスコミに高く売るか」菅葦が真顔で言う。

「無理は承知だ。でも、こうして冗談を言っている間にも、犠牲者は出ているかもしれん」

 

 


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8

菅葦は目線を外し、少し考えたが、険しい表情で言った。

「そういうのがへっちゃら女など、いない」

「ここで道徳を語るのはよそう」大林が苦笑した。「犠牲にするわけじゃない。囮も絶対に助ける」

「絶対と言い切れるのか?」

「失敗しないように二重三重の手を打つさ」

「でも面接がある。そういうのがへっちゃらなアバズレでは、面接で落とされるかもしれない」

菅葦がなかなか首を縦に振ってくれない。大林は焦った。

「なぜ面接で落とされるんだ?」

「裏Vの撮影が目的だとすると、かなりマニアックな内容だ。この手の作品は、素人っぽくないと意味がない。つまり、いかにもアバズレではダメだということだ。マニアが求めているのは、清らかなタイプのキャラだ」

「君もマニアックだねえ、顔に似合わず」大林は指を差して笑った。「君が清らかなタイプを好きなだけじゃないのか。ハハハ、ハハハ」

菅葦は大きくため息を吐くと、あっさり言った。

「この仕事は受けられない」

「ああ、待ってくれ、すまんすまんすまん」大林は慌てた。「そう怒るなよ。相変わらず短気だな。でも菅葦君。話を聞いていて放置はできないと思うだろう?」

「・・・・・・」

「君が警察を辞めたのは組織にどうしても馴染めなかっただけの話だ。今でも正義感や使命感があるから、探偵としてとどまっているんだろ?」

菅葦は怖い顔をすると、大林を睨んだ。

「ほかにもっといいやり方があるかもしれない。作戦を練る。それに、俺は俺で調べたい」

「任せるよ。でもそんなに時間はないぞ」

 


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9

朝方。

純は目を覚ました。時計を見る。まだ4時半だ。窓から外をながめる。薄暗い。

「早く起き過ぎた」

純はベッドから出た。赤と白のチェックのパジャマ。彼女は軽く伸びをすると、ゴミ袋を掴んだ。きょうは燃えるゴミの日だ。

大胆な純は、パジャマのまま部屋を出ると、寝ぼけ眼で階段を下りる。

アパートの前のゴミ置き場にゴミを置くと、バイクが目に入った。

「お、パジャマ!」

「かわいい!」

純は目が覚めた。暴走族かどうかはわからないが、柄が悪い男が3人。淫らな目で純をからかった。

「彼女、夜にゴミ捨てちゃダメなんだよ」

「うっせ」

小声で呟いたつもりだったが、聞こえたらしい。

「おい、今何て言った?」

男たちが歩み寄って来る。

「朝だよ。夜じゃない」純は怯えた表情を見せて二歩三歩と下がった。

「ちょっと待てよテメー」

手首を掴まれた。純は慌てた感じで逃げようとする。

「何ですか、離してください」

「今、うるせえって言わなかった?」

「言ってません」純は顔を紅潮させて男たちを見上げた。

「おまえ、どこ。何号室?」

「大きい声出しますよ」

「大きい声出したらボコボコにするよ」

純は目を丸くした。ボコボコとは酷い。

「女の子をボコボコになんかしちゃダメでしょう」

「女だからって生意気言ったら容赦しないぞ」

純は心の中で呟いた。大義名分完了だ。意味もなく練習相手にはできないが、ここまでの暴言を吐くなら十分だと思った。

「離せよ」

「はあ?」男は高い声で凄んだ。

「離せって言ってんだよ!」

いきなり怒鳴る純に3人は驚いたが、狼たちにも襲う大義名分が整ってしまったらしい。

「おまえ、そういうこと言ってると死ぬよ」

「どっちがだよ!」

 


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10

純は、不用意に手首を掴んでいる男の腹に左ミドルキック!

「ぎゃっ・・・」

屈むところを、思いきり足を振り上げて踵落とし・・・何と足を掴まれた。慌てて後ろに跳ぶ。

前後を挟まれた。

前から来る男に気を取られている隙に、後ろから攻撃を加えられる。男は純の股を思いきり蹴り上げる!

「あああああ!」

思わず両膝をついてしまった純。前から両手を、背後から両足を同時に掴まれ、仰向けにひっくり返された。

「離せバカ! 離せよ!」

しかし二人に手足を押さえつけられた。もう一人がパジャマをめくる。純のセクシーなおなかが見える。

「何すんだテメー、変態・・・あう・・・」

強烈なボディブロー。完全に入ってしまった。純は慌てる。全身から汗が出て、脚が動かせないほど効いてしまった。

男は純の腰をまたぐと、両拳で腹パンチ連打を狙う構え。そんなことされたら死んでしまう。純は叫んだ。

「待ってください! わかったから!」

「何がわかったんだ?」

「降参です、参った」

男は殴る構えをやめると、上から睨みながら凄んだ。

「参ったのか?」

「参りました」

「じゃあ、この体好きにしていいんだな?」

「え?」純は本気で慌てた。

「参ったってそういうことだろ?」

どうすればいい。好きにされたら困る。純が黙っていると、無慈悲な男はまた腹を殴るポーズ。

「ボンボンボンボンって行くぞ、いいのか?」とボディブロー連打の真似をする。

「待ってください、そんなことしたら死んじゃう」

実際に腹パンチなんかしたら内臓破裂だ。戦隊ヒロインではないのだ。そんな区別もつかないとは恐ろしい。

 


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11

「ほら行くぞ、ボンボンボンって」

「やめて、待って」

「ほらボンボンボン」

本気で叩かれたら本当に危ない。純は身じろぎした。悔しいけど力で押さえつけられたらどうにもならない。

そのとき、ブワンという鈍い音が聞こえた。男たちは後ろを振り向くとパトカーが止まっているので仰天した。

「ヤベ!」

男たちは純から離れた。純はおなかを押さえて横になったままだ。

警察の声がマイクで響く。

「そこの3人、そこを動かないで」

「逃げろ!」

皆はバイクに飛び乗ると、慌てて逃走した。

「そこの3人、止まりなさい!」

静かな早朝に、サイレンの音が鳴り響く。警官が一人パトカーから出ると、車は追跡を開始した。近所の人も何ごとかと出て来ている。

赤面しながら唇を噛む大注目の純は、おなかを押さえて片膝をついていた。

「大丈夫ですか?」警官が聞く。

「大丈夫です」

 

それから純は警察官に事情を聞かれ、経緯を話し、部屋に戻った。

疲れ果ててベッドにうつ伏せに倒れる。

「悔しい・・・」

悔しいし、恥ずかしいし、痛いし、最悪だ。海では5対1で圧勝できたのに、今は3対1で負けた。やはり人数ではない。それより危なかった。危うく殺されるところだった。

警察が来なかったら部屋に入られてしまったかもしれない。あの状態で脅されれば、部屋番号を答えるしかない。

「女だと思ってバカにしやがって」

修行が足りない。純は心底そう思った。



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