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5

大林警部は、車で菅葦の事務所に来た。紺のスーツを着ている。

ソファにすわり、菅葦と向かい合うと、テーブルにコンビニの袋を置いた。

「菅葦君。助手は雇わんのか?」

「足手まといになるだけだ」

大林は50歳。年齢は菅葦よりも4つ上だがほぼ同期だ。しかし役職は大林のほうが上だった。菅葦のように反骨精神が旺盛過ぎると、警察に限らず、どんな組織でも役職は上がらないものだ。

自分に逆らう人間を推薦する上司というのは、そういるものではない。

「どうせお茶を入れるのも面倒くさがると思って、コーヒーを買ってきたよ」

大林は冷えた缶コーヒーを2本テーブルの上に出した。菅葦は渋い顔で缶を手にすると、文句を言った。

「ホットじゃないのか?」

「きょうは暑いじゃないか」

「俺は夏でもホットだ」

「贅沢言いなさんな」

大林はコーヒーをひと口飲むと、早速話を始めた。

「簡単に言えば形を変えた売春事件だが、立証が難しいケースだ」

「・・・・・・」

「まずインターネットを使って、パソコンや携帯電話に、ダイレクトにメールを送る。そこで格闘技に自信がある女子を広く募集する」

「格闘技?」菅葦が少し関心を示した。

「ああ。まあ、悪の一味だ。そういう名簿くらい持っているだろ。無差別に撒くんじゃなく、柔道や空手をやっている二十歳前後の女子にメールを送信する」

菅葦は仕方なさそうに冷たいコーヒーを開けて飲んだ。

「見知らぬ者からのメールなんて開かずに即ゴミ箱行きにしてくれれば安全なんだが、セキュリティ意識が低いのか、簡単に開いて見てしまうんだな」

大林の嘆きに、菅葦は顔をしかめただけで、話の続きを聞きたがっていた。

「引き込むタイトルをつけるんだ。男を3人倒したら100万円の賞金とかな」


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6

大林は、臨場感たっぷりに、菅葦に詳細を説明した。

履歴書を送らせ、次に面接。そこでルックスのいい格闘女子を選び、いざ本番。柔道着や空手着に着替えて、道場へ行く。

1対1の試合で男と戦う。3人勝ち抜けば賞金100万円。試合は総合格闘技。打撃、投げ、関節技もOKの、いわゆる何でもありルールだ。問題は、女子が負けた場合、何でも言うことを聞く。

そこまで説明を聞くと、菅葦が口を開いた。

「何でも言うことを聞く?」

「かわいい女の子だ。察しはつくだろう」

菅葦は厳しい表情で想像した。

「・・・・・・」

長い黒髪の美少女。空手着を着て男と相対する。

「おりゃあ!」

腹への左中断蹴り一発で男を倒す。KO勝ちだ。次の男が出て来る。いきなりタックル。倒された。彼女は必死に逃れようとするが、素早くアキレス腱固めが入ってしまう。

「アタタタタタ・・・ちょっと待って」

真っ赤な顔で技を解こうとするが無理だ。彼女は武人の情けを期待して男を見つめる。

「待って、待ってください」

男はもとより許す気などない。彼女はたまらずタップアウト。レフェリーが逃げ道をつくれないように確認する。

「降参か?」

「外して」

「降参か?」

「わかった、降参、降参!」

すると、男たちが大勢集まって来た。柔道着を来た男たちに囲まれた彼女は、両手を出して叫ぶ。

「ちょっと待ってください! ちょっと待ってもらえますか?」

「裸だあ!」

「オオオオオオオ!」

「待って! やめて! きゃあああああ!」

「・・・・・・」

菅葦は、やや表情を動かしたが、大林を見た。

「なぜ犯罪を立証できないんだ?」

「その辺の道端を歩いているお嬢さんを連れ去るわけじゃない。本人は負けたら好きにされることに同意しているんだ。絶対勝つから関係ないと」

「・・・ふう」

「しかもそれは裏Vとして撮影されている。被害者も脅されているんだろう。訴える子がいない。まあ、自分にも否があるからな」

大林はコーヒーを飲みほすと、怖い顔で言った。

「でも女を食いもんにして金を稼いでいるのは事実だ。放ってはおけん」

 


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7

菅葦もコーヒーを飲みほした。

「よく調べたな、警部」

「問題は作戦だ。一網打尽にしたい。いちばん最良な方法は、現行犯だ。俺たちは囮捜査以外の方法をあれこれ考えたんだが、なかなか浮かばない」

「・・・囮捜査はダメなのか?」

「おいおい」大林は笑った。「警察は囮捜査なんかやらないよ。覚醒剤取締りや痴漢は別にしても、この手の囮捜査は危険過ぎる」

「そうだな」

たとえば女捜査官が囮になったとしても、万が一失敗したら、取り返しのつかないことをされてしまう危険性がある。スパイではあるまいし、女性警察官にそんなリスキーな任務を強要することはできない。

大林は急に笑顔になると、声を落とした。

「そこで君に頼みがあるんだ」

「頼み?」

「格闘技の経験がある女子を一人、探してくれないか?」

菅葦は鋭い視線を大林に向けた。

「探してどうする?」

「どうするって、そんなこと聞くなよ。わかるだろう」

「警察官も危険だからやらない仕事を、一般市民にやらせると?」

「だれも一般市民とは言っていないよ。いるだろう。そういうのがへっちゃらな女の子」

菅葦は渋い顔をした。

「今のセリフを録音しておけば良かった。警部の言葉とは思えない。揺すれる」

「暗殺するさ」大林は指でピストルの形をつくると、菅葦に向けた。

「じゃあ、マスコミに高く売るか」菅葦が真顔で言う。

「無理は承知だ。でも、こうして冗談を言っている間にも、犠牲者は出ているかもしれん」

 

 


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8

菅葦は目線を外し、少し考えたが、険しい表情で言った。

「そういうのがへっちゃら女など、いない」

「ここで道徳を語るのはよそう」大林が苦笑した。「犠牲にするわけじゃない。囮も絶対に助ける」

「絶対と言い切れるのか?」

「失敗しないように二重三重の手を打つさ」

「でも面接がある。そういうのがへっちゃらなアバズレでは、面接で落とされるかもしれない」

菅葦がなかなか首を縦に振ってくれない。大林は焦った。

「なぜ面接で落とされるんだ?」

「裏Vの撮影が目的だとすると、かなりマニアックな内容だ。この手の作品は、素人っぽくないと意味がない。つまり、いかにもアバズレではダメだということだ。マニアが求めているのは、清らかなタイプのキャラだ」

「君もマニアックだねえ、顔に似合わず」大林は指を差して笑った。「君が清らかなタイプを好きなだけじゃないのか。ハハハ、ハハハ」

菅葦は大きくため息を吐くと、あっさり言った。

「この仕事は受けられない」

「ああ、待ってくれ、すまんすまんすまん」大林は慌てた。「そう怒るなよ。相変わらず短気だな。でも菅葦君。話を聞いていて放置はできないと思うだろう?」

「・・・・・・」

「君が警察を辞めたのは組織にどうしても馴染めなかっただけの話だ。今でも正義感や使命感があるから、探偵としてとどまっているんだろ?」

菅葦は怖い顔をすると、大林を睨んだ。

「ほかにもっといいやり方があるかもしれない。作戦を練る。それに、俺は俺で調べたい」

「任せるよ。でもそんなに時間はないぞ」

 


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9

朝方。

純は目を覚ました。時計を見る。まだ4時半だ。窓から外をながめる。薄暗い。

「早く起き過ぎた」

純はベッドから出た。赤と白のチェックのパジャマ。彼女は軽く伸びをすると、ゴミ袋を掴んだ。きょうは燃えるゴミの日だ。

大胆な純は、パジャマのまま部屋を出ると、寝ぼけ眼で階段を下りる。

アパートの前のゴミ置き場にゴミを置くと、バイクが目に入った。

「お、パジャマ!」

「かわいい!」

純は目が覚めた。暴走族かどうかはわからないが、柄が悪い男が3人。淫らな目で純をからかった。

「彼女、夜にゴミ捨てちゃダメなんだよ」

「うっせ」

小声で呟いたつもりだったが、聞こえたらしい。

「おい、今何て言った?」

男たちが歩み寄って来る。

「朝だよ。夜じゃない」純は怯えた表情を見せて二歩三歩と下がった。

「ちょっと待てよテメー」

手首を掴まれた。純は慌てた感じで逃げようとする。

「何ですか、離してください」

「今、うるせえって言わなかった?」

「言ってません」純は顔を紅潮させて男たちを見上げた。

「おまえ、どこ。何号室?」

「大きい声出しますよ」

「大きい声出したらボコボコにするよ」

純は目を丸くした。ボコボコとは酷い。

「女の子をボコボコになんかしちゃダメでしょう」

「女だからって生意気言ったら容赦しないぞ」

純は心の中で呟いた。大義名分完了だ。意味もなく練習相手にはできないが、ここまでの暴言を吐くなら十分だと思った。

「離せよ」

「はあ?」男は高い声で凄んだ。

「離せって言ってんだよ!」

いきなり怒鳴る純に3人は驚いたが、狼たちにも襲う大義名分が整ってしまったらしい。

「おまえ、そういうこと言ってると死ぬよ」

「どっちがだよ!」

 



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